魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――今日は治癒院が開かれる。
学院に通っている間は、討伐遠征に参加できないので治癒院に足を向けることに比重を置いていた。王都の教会で催される治癒院は毎度患者さんで溢れている。軽い怪我や病気の人から、骨折や打撲で来院する人に酷い病なのに体に鞭打って教会まで赴く人。
訪問治癒を行うなら高額になってしまうから、お金がない人は無茶をしながら治癒院まで訪れる。聖女が各家庭に訪問治癒を行っても良さそうだけれど、その場合は高額になってしまうから。詮無いことを考えても仕方ないし、今は訪れている患者さんと真摯に向き合うべきと息を吐く。そうして診断という名のお医者さんごっこが開始して、訪れた人たちの怪我や病気を魔術で治していく。
「ありがとうございました、聖女さま」
「いえ。無茶をなさらず、きちんと食事を摂ってくださいね」
治癒を終えて、席を立った方に声を掛けながら小さく頭を下げる。次の方どうぞ、と口を開こうとしたその時。教会の治癒院が開かれている部屋が、ざわりと騒がしくなった。
時折、暴れる人が乱入して騒ぎになるのだけれど、その雰囲気ではない。肩の上に乗っているクロと顔を見合わせる。影の中のロゼさんとヴァナルが警戒していないので、差し迫った危険ではないのは確かなのだが確認は必要だろう。
暴れる人であれば訪れている人たちは『ああ、またか』という雰囲気になるのだが、どちらかと言うと戸惑いや困惑しているような感じだった。
私の後ろに控えているジークとリンが何事かと、剣の柄に手を掛けながらジークが外を確認する為に足を進めた。私は椅子に座って待っているしかないなと、大人しく待つだけ。リンは私の横に付いて警戒態勢を取っている。
「誰だ?」
「恰好からして金持ちのようだが……」
仕切りの中にいるので、院内の様子がイマイチ分からない。患者さんの声から察するに、治癒院に訪れるはずがない人がやって来たようだが……。ジークが仕切りの外を確認すると、むっと目を細めるのを感じてしまった。前を向いているからジークの顔は見えないのに、良く分かったな私と自画自賛。
「ナイ」
「ジーク、どうしたの?」
ジークが振り返り短く息を吐いて、視線を私に向ける。仕事中にジークが微妙な顔になるのは珍しいのだけれど、仕切りの外でなにが起こっているのか。
「護衛を引き連れた、ミズガルズの聖女が居る。……驚いて当然だな」
「え?」
意外な事態に短く声が漏れた。ジークが言うには、仕切りの外には護衛を沢山引き連れて、ミズガルズの聖女さまと聖騎士さまがいらっしゃっているとのこと。大帝国の護衛の皆さまと副団長さままでくっついている辺り、聖女さまはミズガルズにとって大事な存在だというのは理解できる。
できるのだけれど、大勢で来られると大勢患者さんがやってきている治癒院が狭くなるのは当然で。しかも、大聖女さまと他の人たちとの距離が近いので、なにが起こるか分からない。患者さんの中に勇者が交じっていればとんでもないことになりそうだけれど、アルバトロスの許可は取っているのだろうか。許可が下りていたとしても、問題が起きて聖女さまの身になにかあった場合、アルバトロスの責任になるのだけれど彼女は理解していらっしゃるのか。
「どうしよう……声、掛けた方が良いのかな……」
ジークの報告を聞いて、むうと唸る私。一応、クラスメイトとなるので声を掛けた方が印象は良いのだろうけれど。いつもより騒がしい治癒院内。患者さんたちは興味深そうにミズガルズ御一行を眺めているらしく、普通の方が聖女さまに襲い掛かっても護衛の人たちに遮られるだろうとジークが教えてくれた。
ミズガルズの聖女さまの魔力量は多いはず。魔力を練っていないから、正確な量は感知し辛いけれどなんとなく雰囲気で分かる。この場にはいない魔術師さまも結構な量を有しているだろう。
ジークとリン曰く、聖騎士さまもかなりの使い手なのだとか。歩き方を見ていると、常人の脚運びじゃないって。エキゾチックで美人さんな第一皇女殿下も見た目に騙されるなよ、と教えて貰っている。下手なアルバトロスの近衛騎士より強いぞ、と。
「見学なら放置で良いんじゃないか?」
「迷惑」
ジーク、リン。少しはっきりと言葉にし過ぎじゃないかな。まあ私もどうして訪れたと、口を開くと言ってしまいそうだが。
「仕事中だし、声を掛けるなら終わってからだよね」
聖女の務めを果たしているのだから、お貴族さまとして政治を担わなくても良いだろう。もしお貴族さまとしてミズガルズの聖女さまと接触するなら、聖女のお仕事を果たしてからだ。
ミズガルズの聖女さまが妙な行動に出れば、立場的に出張らないといけないけれど、今はその様子はないみたい。終わるまで待ちきれずに滞在先の王城に戻るかもしれない。私の場合、治癒院が閉まる最後まで残っていることが多いので、その時間まで待っているのは結構大変だろう。
「次の方、どうぞ」
椅子に腰かけたまま次の人へ声を掛ける。治癒院へ訪れた理由を聞き出し魔術を施して……を何度も何度も繰り返すと、時間は陽が沈む時間が訪れていた。仕切りの外に出てみると、ミズガルズ御一行さまの姿は見当たらない。流石にお城へ戻ったかと、短く息を吐く。神父さまとシスターたちが片付けを開始しているので、ジークとリンにお屋敷に帰ろうと声を掛けた。
以前なら、片付けを手伝って神父さまやシスターから現物支給された寄付の中から、日持ちしない物を譲って貰っていたけれど。爵位を得てからは、片付けも手伝わずに屋敷に戻っている。少し寂しい気持ちを覚えつつ、子爵家の馬車を止めてある裏口に行こうと、三人で歩き始めたその時。
「ナイちゃん、お疲れさまです」
「お疲れさまです、ナイさん」
ふいに呼び止められて、振り返る。
「シスター・ジル、シスター・リズ、お疲れさまです」
振り向いた先にはクレイジーシスターと盲目のシスターの姿が。私が小さく頭を下げると、お二人は丁寧に頭を下げてくれた。子爵位を得てからも、個人的な場面では名前で呼んで貰っている。貧民街から教会に保護された私を、一番面倒を見てくれた二人なのでどうにも与えられた名で呼ばれることに慣れなくて、お願いしているのだ。
「黒髪の聖女さまにお会いしたいと申される方がいらっしゃいます」
「ええ。ミナーヴァ子爵、どういたしますか?」
シスター・ジルとシスター・リズは綺麗に笑って、私の事を聖女と子爵の両方の名前で呼んだ。言葉から察するに、聖女としてもお貴族さまとしても会って欲しいようだ。治癒依頼かなと頭を過ったけれど、それならばシスター・リズも『聖女さま』と私の事を呼んだはず。二つの側面を持ちながら、会わなきゃならない人物なんて限られているよねえと小さく息を吐いて。
というか、この状況だとミズガルズの聖女さまだろう。シスター二人に、誰が私と面会したいと問うことはせず。
「承知いたしました。――ジーク、リン。ごめん、お屋敷に戻るのはもう少し待って」
帰ったらご飯だねと話していたけれど、少し時間が遅くなりそうだった。子爵邸で準備して待ってくれている方々にも申し訳ないが、仕事ならば諦める他ない。そして仕事だったならば、子爵邸の方々も私を責めることはないのだから。やるべきことをやろうと、ジークとリンの顔を見上げる。
「謝らなくていいさ。仕事なら行かないとな」
「ん。終わったらご飯一杯食べようね、ナイ」
イケメンと美女が綺麗に笑う。見慣れた顔なのに、時折凄く眩しく感じるのは私がちんちくりんだからだろう。私たちの関係を知っているシスター二人は何も言わずに待ってくれていた。そうしてシスター二人に向き直って口を開く。
「お願いします」
「はい、承りました」
「では、参りましょう」
シスター二人が行く先を手で示して、歩き始める。その後ろに私が進み、ジークとリンは私の後ろを行く。廊下ですれ違う人がぎょっとした顔になるけれど、割といつものことだったり。爵位を賜ってから多くなった気がする。そうして客室前に案内されると、廊下の外にはミズガルズの護衛の皆さまが沢山並んでいた。
部屋の中にも護衛の方々が控えているのだろうなと苦笑いを浮かべれば、シスター・ジルの手に依って扉が開かれる。部屋の中のソファーに座すのは、第一皇女殿下と聖女さま、護衛である聖騎士さまと魔術師さまがいらっしゃったのだった。
◇
教会の客室には護衛を引き連れた、ミズガルズの第一皇女殿下と聖女さまがソファーに行儀よく座していた。流石は皇女さまと聖女さま。彼女たちからあふれ出す気品は並大抵の物ではない。しかし、どうして城から出て教会にまで出張ってきたのだろうか。城で大人しく過ごす方が安全だし、アルバトロス王国側もそちらの方が助かるだろうに。
現に護衛として副団長さまがいる辺り、最大級の警戒を図っていますと言っているようなものだ。まあ、一応はミズガルズの護衛の人たちで場を占領している訳だが。兎にも角にも私に会いたいという理由は聞き出すべきか。ふざけた理由ならば、迷惑が掛かっていることを知って貰わなければならないし。
陛下と王太子殿下は頭を抱えていそうだよね。ミズガルズがアルバトロスに目を付けた理由は、障壁展開させて国を護っているから……と聞いた。勇者も単独でアルバトロスの障壁は壊せないという判断らしい。
私の姿を確認するなり、第一皇女殿下と聖女さまが立ち上がる。どうしたのだろうと視線を向けつつ、お二人の対面にあるソファーに足を向ける。
ジークとリンは私の後ろに控え、クロは肩の上に。影の中にはロゼさんとヴァナルがいるから守りは完璧、のはず。アガレスの時のように強制転移なんてことにならなければ。クレイジーシスターと盲目のシスターも壁際に控えているので、報告の義務を背負っているのだろう。見届け人は多い方が助かるので有難い。
「ミナーヴァ子爵、急な呼び出し申し訳ありません」
「黒髪の聖女さま。私がベルナルディダさまに我儘を申し、アルバトロスに許可を取って頂きました」
第一皇女殿下と聖女さまが立ち上がるなり声を上げて、深く頭を下げた。そうなると、私は強く出られない訳でして。
「顔を上げてください。治癒院に訪れられた理由をお聞きしても構いませんか?」
こう取り繕うしかないよねえ。先ずは着席してから話をしましょうと声を掛け、ソファーに腰を下ろす。
「ミズガルズで聖女の数はかなり限られております。それ故にアルバトロスに大勢の聖女さまがいらっしゃることに興味がありまして……」
「酷い怪我や病気に見舞われた方々の治療は聖女の務めとなっております。後学の為になにか学べることはないかと、無理を承知でお願いいたしました」
ミズガルズの医療技術はボチボチと発展しているそうだ。ただ酷い怪我や重い病気になると魔術に頼るしかなく、聖女の存在が貴重だそうだ。
医療が進んだとしても、不可思議な力は重宝されるものなのか。私の記憶にある現代医療技術に辿り着くまでは、あと少しの時間が必要だけれど救えない命は技術が発展しても存在する。
もしかすれば魔術の方が優秀……というか優れている。失くした腕や足を再生させることも可能だし。恐らく、目の前の聖女さまも奇跡を顕現させることができるのだろう。私は前世の知識があるので、無理だけれど。
「そうでしたか。得られるものがあったならば、わたくしも治癒院に訪れた甲斐があるものです。両国の発展の為に得るべき所があるのは良いことでしょう」
で、本心はどこにあるのだろうか。治癒院に訪れて見学を望むだけなら、そそくさとお城に戻れば良い話で私を呼び出す必要はない。
「見ていた所、黒髪の聖女さまは時間の許す限り王都の民の皆さまに治癒を施しておられました。その奉仕精神は私が見習うべき所です。魔力切れを起こしてしまい、大勢の方に治癒を施すことは無理ですから」
両膝の上に置いている手をぎゅっと握り込む聖女さま。己の力不足に嘆いているのか、口も真一文字に結んでいた。そんな聖女さまを気遣って、第一皇女殿下が聖女さまの背に手を回し撫でていた。第一皇女殿下と聖女という関係がどれほどのものか分からないけれど、二人の仲は悪くないようだった。
「わたくしが沢山の方々に治癒を施せるのは、持ち得る魔力量の多さにあります。決して、ミズガルズの聖女さまが劣ると言うことはありません」
私が最後まで残っているのは、宣言した通り魔力の多さが取り柄だからだ。治癒に自信のある聖女さまなら、失くした腕や足を生やす事だってできるし、半死半生の方を後遺症も負わずに元気にさせることができる。私は脚や腕を生やせないし、後遺症を残さずに治癒を施すことは不可能である。
「いいえ、いいえ! 黒髪の聖女さまのお心は見習うべきものです! どうか私を黒髪の聖女さまの弟子になさってくださいませんか!?」
ソファーからずり落ちそうになった。なんだろうこの既視感。どこかで同じようなことを言われたような気がするけれど……嗚呼、思い出した。アリアさまだ。アリアさま二号だよ、ミズガルズの聖女さまは。一度そう考えてしまうと、目の前の彼女に犬耳と尻尾が生えている気がしてならない。
そして、副団長さまとシスター二人が吹き出しそうになっているし、ジークとリンは飽きれた雰囲気を醸し出している。
ミズガルズの護衛の皆さまも目をひん剥いていたけれど、聖女さま以外の女性陣三人は至って普通だから、事前に知らされていたのか。微妙な所だけれど。
副団長さまであれば、ミズガルズの魔術に興味があるから引き受けて……あ、攻撃一辺倒だったから無理か。でもミズガルズの魔術師さまと聖女さまは確実に目を付けているはず。
「お待ちください。先ほど申した通り、わたくしは内包する魔力の多さだけが取り柄でございます。ミズガルズの聖女さまが見習うべき方は、アルバトロス王国内であれば大勢いらっしゃいます。そして、心がどうあるべきかはご自身で導き出すものでしょう」
頭を抱えそうになるのを我慢して、どうにか言葉を捻り出した。攻撃系なら副団長さまに習えば良いし、魔力操作なら盲目のシスターであるシスター・リズにお願いした方が確実に学習できる。傷を綺麗に治したければアリアさまの特性が適当だろうから、アリアさまを紹介するしなあ。
「ディフィリアは、貧民街から身一つで道を開かれたミナーヴァ子爵に憧れているのです。アルバトロスに赴く際もお会いできることを楽しみにしておりました」
「無理を言っていることは十分に承知しております、ですがそれでも、黒髪の聖女さまに一歩でも近づけるように、ミズガルズの聖女として一人で立てるようになりたいのです!」
第一皇女殿下曰く、ミズガルズの聖女さまの実力は十分に備わっているそうだ。失った腕や足を生やせるし、半死半生の人を後遺症を残すことなく治せると。
私はミズガルズの聖女さまのような実力は持ち合わせていないので、師事しても得る物はないのだが。私が成り上がったのは、アルバトロス王国の特性と魔力量の多さが原因だ。他の国に生まれていれば、野垂れ死にしていたかもしれないし、冒険者となって非正規雇用者として働いていたかもしれない。
なんにせよ、運が良かっただけである。
ミズガルズの聖女さまは帝室の庇護下に置かれ、彼女自身の影響力は低いのだとか。それならば爵位を与えて、お貴族さまとして立たせても良いのではないだろうか。本当に実力が備わっているなら、勝手に伸し上がっていくだろう。
「聖女さまのご意思は尊重いたします。ただ師事すべき相手はわたくしではございません。ミズガルズで地位を得たいならば、適切な人物に教えを乞いミズガルズの地で名を上げるべきでございましょう」
戻って努力をなさるべきかと、と最後に付け加えた。ちょっと前のめりすぎる行動かなあ。気持ちは理解できるけれど、急ぎすぎの行動だし皇女殿下も彼女の行動を止めるべきだったのでは。
「これ以上は不毛な争いでしょうか。ミナーヴァ子爵、無理に引き留めて申し訳ございませんでした。ディフィリアには十二分に言い聞かせておきますので、ご了承を頂きたく」
皇女殿下がようやく聖女さまを御してくれた。もう少し早く止めてくれれば良かったのだけれど、愚痴を言っても仕方ない。
「いえ、殿下。聖女としてふさわしい立場を手に入れたいというご意思は尊重すべきものです。ただ師事すべきはわたくしではなく他の方が適任というだけです」
「ご謙遜を。ミナーヴァ子爵は相当の使い手と見受けます。――本日はご迷惑を掛け本当に申し訳ございませんでした」
頭を下げる皇女殿下に私も頭を下げる。ミズガルズの聖女さまはしゅんと項垂れていた。無下に断って申し訳ないことをしたかと少々心が痛むが、師事するべきは私じゃないことは確実だ。
魔術を教える家庭教師だって存在するのだから、お金を払えば先生として教えてくれる。副団長さまや魔術師団の方々ならば、ミズガルズの魔術情報と引き換えに嬉々として教えてくれるだろうし。その辺りはアルバトロス上層部との交渉しだいなので、彼女たち自身でどうにかして頂くしかない。
なんだか最近、問題が起こりそうで起こらないことが多いなあと、客室から出て軽く息を吐くのだった。