魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ミナーヴァ子爵たちが部屋から出て行く背中を見送りながら小さく息を吐く。
わたくしたちミズガルズ神聖大帝国が、西大陸のアルバトロス王国に目を付けた理由は、魔術の障壁展開で国防を担っているからだ。
勇者に婚姻を迫られたわたくしたち四人は困った。一夫一婦制度が普通のミズガルズ神聖大帝国だというのに、何故勇者は四人もの女性を妻として乞うたのか理解できない。
帝である父も、次代である兄も頭を抱えて困っていたが、帝室派の貴族が国外に避難させてみてはと提案し、西大陸に良い国があると教えて貰ったとのこと。確かに都合よく、アルバトロスは魔術障壁を展開して国を護っていた。緊急時には王国全土に障壁展開させることができるから、わたくしたちの身に危険が迫れば勇者の無茶な行動を多少は防ぐことができるだろうと。
『アルバトロスには聖女と魔術師が多くいると聞く。学べることもあろう、留学と称して暫くの間この地から逃げておきなさい』
『ベルナルディダ。私たちが不甲斐ないばかりに苦労を掛けて済まない』
アルバトロスに向かうと決まった時だ。帝と第一皇子としての言葉ではなく、父と兄としての言葉だった。長い時間を経て帝室の力は落ちている。民からの信頼は厚いが、長年帝室を支えてきた貴族が力を持ちすぎている状態だ。だが彼らは帝の立場を欲している訳ではない。
父や兄を傀儡とし、面倒は押し付け甘い汁を吸いたいだけの者たちだ。もちろん帝室を真摯に支えようとする貴族もいるが、悪いことを考えている者が幅を利かせてしまうのは世の理なのだろうか。貴族と帝室の力の均衡は微妙な所で押し留まり、帝室の権威をどうにか維持していた。噂で兄の代に変われば、さらに危うくなりミズガルズ家は失脚するのではと噂が立っていた。
己になにも力がないことが悔やまれる。有力貴族との婚姻で帝室側に益を齎す事もできるのに、邪魔が入ってわたくしの婚姻先はまだ決まっていない。聖騎士である護衛のディフィリアも、魔術師であるシラヤも決まっていない。帝室に忠誠を誓い、己が力を帝に捧げているのに……。
いきなり大帝都に現れた勇者さまの存在は、帝室にとって頭の痛い存在となってしまった。せめて勇者さまを真っ先に帝室が保護できていれば。
勇者さまが四人を娶りたいと願ったのは、誰かに入れ知恵されたのだろう。調査の末に勇者さまの身元は割れ、田舎の町出身の普通の青年である。幼い頃から優秀で、魔術と剣術に長け町の人間の誰よりも賢く、勇者さまから知恵を授かった町は結構な発展を遂げていた。
優秀な勇者さまを有力貴族は逃さなかったようだ。そうして勇者さまは彼らの手に落ち、わたくしたち帝室は困った状況に陥り、貴族の思惑と勇者さまとの婚姻を避ける為にアルバトロスに逃げた。
――ふう、と小さく息を吐く。
ミナーヴァ子爵が教会の客室から出て行って、少しの時間が経った。ディフィリアの気持ちを知っている、ミズガルズの面々は、ソファーの上で小さくなっているディフィリアに申し訳ない視線を向けている。
かく言う私も彼女に対して甘い所があるのは重々承知している。彼女の提案を呑みアルバトロス上層部に掛け合って、ミナーヴァ子爵と面会する許可を取ったのだから。先ほどのような展開になるとは全く考えておらず、己の浅はかさを恥じるばかりだ。
「ディフィリア、そう気落ちしないで。アルバトロスでの学院生活は続くわ、ミナーヴァ子爵と喋る機会はありましょう。その時に貴女の気持ちを伝えれば良いではありませんか」
ミナーヴァ子爵との面会許可が下りた理由のひとつに、アルバトロス王とハイゼンベルグ公爵が仰った『御せるものなら御してみろ』という言葉があったからだ。子爵を御すつもりは微塵もなく、ただ親しくなりたいだけと私が申せば、ハイゼンベルグ公爵が『殿下はお優しいですな』と笑みを浮かべ真意を暈されてしまったが。
「ベルナルディダさま……面会の場を設けてくださったのに申し訳ありません。黒髪の聖女さまにはすげなく断られてしまいました」
力なく笑うディフィリアの背に触れて、優しく撫でる。彼女は十歳の時に貧民街から教会がたまたま救い上げ、聖女の力を覚醒させた。
教会から報告が上がり帝室は彼女を保護し、聖女を担えるようにと教育を施した。貧民街出身者だというのに彼女は努力で教養を身に着け、聖女としても力を発揮させた。失った手や足を再生させることができる上に、治らないと医者から告げられた病人も全快することができる。
己の心に真っ直ぐで民に優しく自分に厳しい子なのだが、優しい故に甘い部分が残っている。かく言う私も第一皇女として覚悟も経験もまだまだ未熟である。だからこそ、ハイゼンベルグ公爵が不敵な顔をわたくしに向けていたのだろう。ディフィリアを聖女の座に据えて帝室の為に利用しているのは理解している。彼女のほんの些細な願いを叶えたかったのだけれど……。そこもまだ甘い部分なのでしょう。
「いいのよ。ディフィリアよりミナーヴァ子爵の方が聖女として、貴族としての覚悟が早熟だったのでしょうね。わたくしもミナーヴァ子爵がどういう人物か見誤っていたもの」
ミナーヴァ子爵の背が小さく、見た目で騙されてしまった。同年代のアルバトロスの女性と比べて随分と背が小さく、お顔立ちも綺麗な方が多いのに可愛らしいという印象だ。
伝え聞いた話は、アルバトロスが彼女を持て囃す為に仰々しく流した噂ではないのかと疑っていたが、少し前のお茶会と今の面会ではっきりした。彼女の肩の上に竜がいるのも、後ろに凄腕の騎士が控えているのも、隣に高位貴族のご令嬢が側仕えとして控えているのも、彼女自身が実力で得たものだと。
「黒髪の聖女さまに教えを乞う事は叶いませんでしたが、お友達になれるでしょうか?」
わたくしと視線を合わせたディフィリアの瞳には光が宿っていた。たった一度で諦める気はないようだ。
「留学期間は一年ありますからね。ディフィリアの人となりや実力を知って貰えれば、良き友になれるでしょう。――さあ、わたくしたちも戻りましょう」
ソファーから立ち上がり歩を進める。教会まではアルバトロスの魔術師団副団長に転移魔術で主要な面子を運んで頂いている。
始終、にっこりと笑みを浮かべている副団長、ハインツ・ヴァレンシュタインさまの感情は読み取り辛い。今回、無理を言ってミナーヴァ子爵との接触を図ったわたくしたちを笑っているのでしょうか。教会の方々にご迷惑を掛けてしまったことを謝罪し、ヴァレンシュタインさまに向き直ると彼は一つ頷き。
「では皆さま、行きましょう」
ヴァレンシュタインさまの声が上がると同時、足元に魔術陣が浮き上がる。一瞬にしてアルバトロス城の中庭へと戻ったのだった。
本来であれば馬車で城下を移動するのだが、転移で移動をしている時点でアルバトロスが我々ミズガルズを丁寧に扱っていることが理解できる。ヴァレンシュタインさまや他の方々の話では、転移魔術を発動できる魔術師は多いそうだ。得手不得手があり、移動距離や運べる人数に差があるようだけれど。
魔術に長けている国だから魔術師であるシラヤも興味が随分と惹かれているようだし、聖騎士であるディフィリアも強い騎士がいると知り胸に期待を膨らませているらしい。
二人曰く、ミナーヴァ子爵も凄いが側仕えのご令嬢二人も実力者。できることなら手合わせしたいと願っていた。あれ、貴女たちはそんなに好戦的だったかしら。聖騎士と魔術師を名乗っているし帝室お抱えだから、腕を磨くことに抜かりはないのでしょうけれど。
無茶はしないでくださいね。
ここはミズガルズの地ではなく、他国であり交流を開いたばかりのアルバトロスなのだから無理はできない。竜使いの聖女と呼ばれるミナーヴァ子爵に、魔術師として実力の高いヴァレンシュタインさま。
ハイゼンベルグ公爵さまも、帝国貴族では滅多にみることのない覇気の持ち主。アルバトロス王も温和でありましたが、底知れぬ方でありました。西大陸には亜人と呼ばれる方々もいらっしゃり、北大陸の魔人とはまた違う方々でございます。アルバトロスは東大陸のアガレスと共和国とも縁を持っているようです。
ん、あら……もしかして、勇者さまとの婚姻を四人が認め、勇者さまを垂らし込む方が楽だったのでは…………いえ、まさか、とアルバトロスの晴れた空を見上げました。
◇
三年生の一学期が始まって一ヶ月が経った。学院は恙なく授業が進んでいて、一年生の時に右往左往していた事が随分と懐かしい。勉強は難しい所もあるけれど、周りの人に助力を願えば教えて頂ける。
魔術関連は副団長さまに問えば、交換条件がつくけれど丁寧に分かりやすく教えてくれる。盲目のシスターであるシスター・リズは及第点をくれるものの、まだまだ精進する余地はあるとのこと。教会も一時期存続が危ぶまれていたようだけれど、随分と持ち直したようで職員の人たちや神父さまとシスターたちは明るさを取り戻していた。
ミズガルズの面々もアルバトロスの授業に余裕で対応しているのだから、凄いものだと感心していた。聖女さまが平民出身ということで少々苦労しているようだけれど、フォローが入っているので問題はなさそう。急に教会に訪れて、弟子にしてください発言には驚いたけれど、アルバトロス側かミズガルズから注意を受けたのか、あの日以来聖女さまが私に無茶を言うことはなくなった。
なくなったのだけれど、別の所で意気投合している人物がいる。放課後、騎士科の訓練場を借りて、模擬戦を繰り広げている二人を柵越しに見ていた。
「元気ですね」
「そうだな、はあ……」
私の隣に立つソフィーアさまになんとなく言葉を漏らすと、呆れているのか彼女が盛大な溜息を吐いた。肩の上に乗っているクロは本気の戦闘ではないと分かっているので、首をこてんこてんさせながら面白そうに見ているだけ。ロゼさんとヴァナルも私の影のなかで静かに過ごしている。ジークとリンはソフィーアさまの反対の位置で私の隣に控えていた。模擬戦は速すぎてさっぱり目で追えず、どう動いているのか読むのは諦めた。
「ふふふ、流石は聖騎士を担っているお方。お強いですわね!」
セレスティアさまが不敵に笑いながら、鉄扇片手に長剣を受けているのだけれど……よく鉄扇で受け止められるなと感心する。長剣と鉄扇ではリーチが違い過ぎて、懐に入らなければならないセレスティアさまが確実に不利になるだろうに。
不利な状況でも、ドリル髪を華麗に揺らしながら余裕の表情で模擬戦を継続している。長剣と鉄扇がぶつかって、カンと小気味いい音が鳴る訓練場は野次馬が多く集まっていた。おそらく騎士科の人たちで、良い一本が入る度に『おお!』とどよめきの声が上がっている。
「ただのご令嬢に過ぎない貴女が、私と対等に張り合っている方が驚きですがっ!」
ぎりぎりと鍔迫り合いしながら、ミズガルズの聖騎士さまが声を上げた。
「ただのご令嬢とは心外ですわよっ! 文武を極め、領や民を守る。辺境伯家の娘に生まれた者の使命でございましょう!」
セレスティアさまは特進科三年生の女性陣の中で一番上背があるのだけれど、聖騎士さまは少しばかり上回っている。背が高いなら力、というかウエイトが優っているはずなので、力負けするのはセレスティアさまの方なのだけれど……苦い表情を浮かべているのは聖騎士さまの方だった。
「っく、――然り!」
鍔迫り合いが崩れず一旦仕切り直す為なのか、お互いにバックステップで距離を取って訓練場の土が舞い上がる。
「……」
「…………」
二人の時間が止まる。どうやら均衡状態を打ち崩す為に機を狙っているみたい。私の横に控えているジークとリンの身体が時折にぴくっと動いているので、脳内でイメトレしているようだった。
――何故、こんな展開になったのか。
魔術の授業が切っ掛けだった気がする。アルバトロスのお貴族さまの魔力量は一般の人たちよりも多く、術式さえ習えば中級の魔術ならば使えるようになる。魔力を外に放出できない人は話が別になるけれど。
ソフィーアさまとアリアさまと私は完全に魔術師タイプだ。備わっている魔力が肉体に巡らせられないので、騎士や軍の方々のように体力や力に劣ってしまう。逆にギド殿下とジークとリンに、ついでにマルクスさまは、魔力を外に放出できないタイプで魔術を扱えない。
で、一番特殊というか器用貧乏というか……セレスティアさまが両方に属する人だった。魔術も体術も十全に使える人。
副団長さま曰く、時折天性の才能でそういう人が現れるらしい。訓練をしなきゃ芽が開かないし、本人に適正がなければ死んだ才能となるけれど。辺境伯家出身のセレスティアさまは幼少期からの英才教育で、魔術も武闘もこなせる人になり、能力もかなり高い。
剣技のみの訓練でジークとリンが彼女に敵わない時があるし、魔術の授業ではソフィーアさまと肉薄している。私も攻撃系の魔術を扱えるようになったけれど、豊富な魔力量で威力を誤魔化しているだけなので、限られた魔力で高威力の魔術を何度も放てるソフィーアさまとセレスティアさまは凄い人である。
そんな凄い人が在籍する特進科。武闘派、ようするに脳筋組が意気投合するのは必然だったようで。
「メリディアナ、楽しそうですね……はあ」
数歩離れた場所で見学しているミズガルズの第一皇女殿下が、目を細めて盛大な溜息を吐いた。どうやら心中は私たちと同じらしい。
「メリディアナさまもヴァイセンベルグ辺境伯嬢さまも凄いです! お互いに勝負を譲りません」
胸の前で手を組んでミズガルズの聖女さまがキラキラした表情で模擬戦を見ていた。手に汗握る試合だし、観戦している側は面白い。目で追えない所があるのが、少々勿体ない気がするけれど。
「魔術師の出番もあると良いのですが……」
魔術師さまがぼやいた。魔術師となると命の危険があるので、目の前で繰り広げられているような実践的訓練は中々難しい。
練習に練習を積んで、討伐遠征で魔術師として華々しくデビューするのがアルバトロスの魔術師団の方々だって教えて貰った。命の危険があるし、必ず先輩魔術師とコンビを組むとのこと。魔術科もあるから魔術の訓練は行えるけれど、出番は難しいかもしれない。それこそなにか問題が起こらない限りは。
セレスティアさまも聖騎士さまも魔術を使えるそうだが、危ないので剣技のみの使用である。
「そろそろ、鉄扇というふざけた得物を持ち換えて欲しいですね……――少し、本気を出します」
にぃ、と不敵に笑う聖騎士さま。その言葉に対して余裕の笑みで口を開くセレスティアさま。
「あら、鉄扇と馬鹿にされておりますが、わたくしの鉄扇は特別……――まあ、いいですわ。受けて立ちましょう」
訓練場内で言葉を零した二人に、しんと野次馬たちが静まる。これで勝負が決まるのかな。騎士さんたちの試合展開の読みは苦手だから、多分だけれど。
聖騎士さまが剣を納め構えた。居合切りをする侍のような恰好に、これから先どんな展開が待ち受けるのか。セレスティアさまが聖騎士さまの懐に飛び込む可能性もあるし、逆に聖騎士さまが一足飛びでセレスティアさまとの距離を詰めて首を取るかもしれない。セレスティアさまは優雅に足を揃えて、構えも取らず立っているだけだった。
「……大丈夫かな」
国を背負っての勝負という訳じゃないから、気負う必要はないのだけれど、やはり身内と認めている方に勝って欲しい気持ちがある。聖騎士さまの実力を知らないし、ゲームだと勇者と一緒に魔王を倒した実力者なのだから強いはず。
「どちらも良い腕をしているように見えるから勝負は分からんな。ジークフリードとジークリンデはどう見る?」
耳聡くソフィーアさまが私の言葉を拾って、ジークとリンに勝負がどうなるのか問いかけた。
「試合を観る限り、優劣はつけ難いかと」
ジークが訓練場から一瞬目を離して答えた後、直ぐに視線を元に戻す。
「魔術を使えるなら勝てる試合……」
リンも答えるなり、訓練場へと視線を戻した。ジークとリンは訓練に手を抜かない口だから、良い試合を見逃したくないようだった。
ソフィーアさまと視線が合って苦笑いを浮かべると、彼女も軽く笑い返してくれたので、ジークとリンの態度に思うことはないらしい。リンもなかなかセレスティアさまに勝てずに、難儀していたからなあ。これで聖騎士さまがあっさりと勝ってしまえば、リンもリンで複雑な心境となってしまうだろうし、セレスティアさまには是非とも勝ちを取って欲しいのだけれども。
「っ!」
前後に足を開いて構えを取っていた聖騎士さまが、地面を穿ちセレスティアさまとの間合いを一気に詰めた。
地面を蹴った音が凄く大きくて驚いたのも束の間、一瞬で抜刀し逆袈裟懸けで迫れば、セレスティアさまも鉄扇で応酬する。長剣と鉄扇が競り合い、変化が訪れた。
「な……!」
セレスティアさまが目を見開いて驚いているような声を上げると、鉄扇が半分に折れて地面に突き刺さる。え、竜の鱗で鍛えて貰った鉄扇が折れた。彼女が持つ鉄扇が竜の鱗を使ったものだと知っている人たちも目を見開く。物はいずれは壊れるものだけれど……まさか、折れてしまうとは誰が考えただろうか。
「……わたくしの負け、ですわね」
「なにを言いますか、これからが勝負でしょう。剣を抜いてください」
聖騎士さまが折れた鉄扇に数秒視線を向けて、セレスティアさまが腰に佩いている剣を顎で指した。けれど、戦意を失っているセレスティアさまがこれ以上試合を続ける気はないのは明らかで。
「戦う気力がないようですね……仕方ありませんか」
ふう、と浅い息を吐いた聖騎士さまが剣を鞘に納めて、訓練場から引き揚げるのだった。