魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――リンとミズガルズの聖騎士さまとの試合が始まる。
騒がしい小さな円形闘技場は、二人の入場によって静かになった。今までは前座と悟ったのか、開始線に立つリンと聖騎士さまに観衆の視線が釘付けになっている。
ピン、とした空気が流れて闘技場の舞台に立つ二人の戦闘スイッチが入ったようだ。ごくり、と誰かが息を呑む音が聞こえて……。
「アルバトロス王国、ジークリンデ・ラウ、ミズガルズ神聖大帝国、メリディアナ・ヴァジェート。前へ!」
審判さんが高らかに二人の名前を告げると、名前を呼ばれた二人は半歩前に進んで開始線の丁度手前に立った。リンの背が高いので身長差はほとんどないけれど、聖騎士さまが佩く長剣の幅が太い。
リンの持つ長剣も厚みがあるが、聖騎士さまほどの無骨さはなかった。
「お互いに、礼っ!」
審判さんの声と共に、リンと聖騎士さまが綺麗なお辞儀を執った。学院行事なので勝っても負けても問題ないけれど、心臓が酷く脈打つのは何故だろう。
私の後ろに控えているジークは静かに佇んだままで、リンの心配なんて欠片もしていないようだ。クロは私と同じ気持ちなのか、肩の上で顔を上下に動かしたり、左右に振ってみたり、首を傾げてみたりと忙しない。
近くでソフィーアさまとセレスティアさまも試合を観戦しているけれど、普段通りである。ロゼさんは試合に興味がないので、私の影の中で静かに過ごしているし、ヴァナルはヴァナルで自分が外に出るとみんなが驚くからと気にして出てこない。
聖王国の大聖女さまであるフィーネさまに、イクスプロードさま、リーム王国のギド殿下も同席していて、武闘場を興味深そうに見下ろしていた。
審判さんがリンと聖騎士さまに禁則事項を確認し終えると一歩後ろへと下がり、片腕を前へと突き出した。
「――試合、開始っ!!」
声と共に突き出された腕を真上へ掲げれば……。
「!」
刹那、真っ先にリンが聖騎士さまへと距離を詰め、いつの間に剣の柄に手を掛けていたのか、抜刀しながら聖騎士さまへ切りかかった。
「甘い!」
聖騎士さまの声と共に、剣と剣がぶつかる音が闘技場に響く。甲高い音の余韻を残しながら、間を置かず二合、三合と切りかかるリン。
二人の剣筋を目で追えないので、はっきりと状況を理解できないのが少し悔しい。いつもであればジークが隣で解説を担ってくれるけれど、今は護衛の最中だし隣には第一皇女殿下がいらっしゃる。殿下は二人の試合を面白そうに観ているので、ちゃんと状況を悟っているのだろう。二人の剣卓の音が絶え間なく響き渡り、会場はどちらが勝つか大盛り上がり。
「メリディアナとこんなに打ち合える方は初めてみました。流石、ミナーヴァ子爵の護衛騎士を務めるお方」
皇女殿下が私に顔を向けて綺麗な笑みを浮かべた。聖騎士さまが勝つと、何故か彼女の心の声が聞こえた気がして私もにっこりと笑みを浮かべる。
「有難うございます。わたくしも、ジークリンデと対等に渡り合えるお方を初めてみました。北の覇者を名乗る国が抱える人材は優れておりますね」
うふふ、はははとお互いに笑みを深めれば、ジークが呆れた顔を浮かべ、ソフィーアさまが小さく息を吐き、セレスティアさまが『もっと言いなさい』という顔になり、フィーネさまは青い顔をし、イクスプロードさまはイマイチ状況を理解しておらず。
ギド殿下は『やりすぎは駄目だぞ、ミナーヴァ子爵』と言いたげだし、ミズガルズの護衛の方々はぴくりと眉を動かした。先に言い出したのは皇女殿下なのだから、そう怒らないで欲しい。
本当はセレスティアさまとリンの訓練だと、負けたり勝ったりを繰り返しているのが事実であるが。リップサービスでもあるので致し方ない。
女の口喧嘩って、本気なら今のような生易しいものじゃないし、下手をすればキャットファイトに発展するから。皇女殿下も私も立場があるから、軽い冗談に留めている。問題はなく、接待の範疇だ。
ミズガルズの人口はアルバトロスを上回っているはず。人数が多いなら優秀な人材も多くなるのは必然だ。勇者さまのような人を生み出すこともあるので、一長一短かもしれないが。帝室という大仰な制度を運営しているし、向こうは一体どんな所だろうとちょっと気になり始めた。私的にはゴテゴテの金ピカな王宮が聳え立っていて欲しい。
「力任せの荒い剣ですね……もう少しハッタリや搦め手があっても良いのではないでしょうか?」
涼しい顔の聖騎士さまがリンに助言を告げながら、迫る剣を受け止め流す。
「……」
流された剣を切り返したリンが、また聖騎士さまへと差し迫り、横薙ぎ、大上段、袈裟懸け、逆袈裟懸けと仕掛けているけれど、有効打を出せないまま幾度かの斬り合いが続く。
「っ!」
「!」
ガン、とひときわ大きな音が鳴ると、リンと聖騎士さまがお互いに距離を取って離れた。危険を察知して離れたのか、はたまた状況を変えたい為の仕切り直しなのか……。
「いい加減、勝負を付けましょう。この後も試合が続きますからね」
「……」
聖騎士さまのケリを付けようという言葉にリンが黙ったまま頷く。せめて口にして同意をしよう、とリンの塩対応を見て心配になってくる。聖騎士さまは正眼の構えを取り、リンは長剣を後ろに引いて足を前後に開いて腰を落とした。どこからともなく舞い降りてきた枯れ葉が、二人の間……地面に落ちた、その瞬間。
「はっ!」
これまで後手で対応していた聖騎士さまが先手を切って、正眼の構えを変えて勢いよく足を踏み出し横薙ぎでリンの腹を狙う。
そうはさせまいとリンもリンで剣を構え直して防ぐと、甲高い鉄と鉄がぶつかり合う音が場内に響く。先ほどの斬り合いよりも、音の質が変わって随分と重く感じる。全力の勝負に移ったと感じ取って、歯噛みしながら試合を観ていることに気が付いた。
『ナイ、大丈夫。リンは強いから』
試合前に呟いた言葉を取られてしまったと、苦笑いを浮かべながらクロを見る。
「うん。有難う、クロ」
どういたしまして、と言いながらクロが尻尾で私の背中を何度か叩く。心配するなと言いたいようで、いつもよりちょっと尻尾の威力が強めだった。砂埃を立てながらリンと聖騎士さまの――あ……。聖騎士さまの有効打がリンに入ったことだけは分かった。地面に倒れ、ピクリとも動かないリンを見るのは初めてだった。
「ご安心ください。峰打ちです」
聖騎士さまがリンを見下ろしながら、まるで付いた血を払うように剣を振って鞘へと戻せば、審判さんがリンの様子を伺う。彼の判断次第だが、リンが立ち上がらなければそのまま聖騎士さまの勝ちとなる。私は真一文字に口を結ぶと、自然と席から立ち上がっていた。
「リン、起きてっ!!」
咄嗟に私が叫ぶと、地面に倒れているリンの手がびくっとなって、彼女がぬらりと立ち上がる。
「なっ、意識を戻すなんて!」
聖騎士さまが驚いて小さく一歩後ろに下がった。
「…………ナイの声が聞こえた」
リンはそれ以上何も言わず、剣をゆっくりと持ち直して構えを取る。日常生活では感情の起伏をあまり見せないリンが珍しく覇気を醸し出していた。私が咄嗟に叫んだことで、彼女の心に火が付いたのか。分からないけれど、試合直後の雰囲気と一転して青白い炎が上がっているように幻視すると、リンが地面を力強く蹴って跳躍する。なっ、と驚く声を上げた聖騎士さまが慌てて剣を構えた。
「重い……今までは本気ではなかったという事ですか! 最初から本気を出していればいいものを!」
にぃと歪に口元を伸ばしながら声を上げた聖騎士さまに、鍔迫り合いを披露していた。力で負けているのか、聖騎士さまはリンに押し込まれており、地面には数メートル聖騎士さまの踏ん張っている足跡が線として描かれていた。有利に試合を展開していた聖騎士さまが初めて表情を暗くした。鍔迫り合いが解かれるとリンは黙りこんだまま、聖騎士さまへと剣を打ち込む。
――ピシ、と音が鳴った。
聞き慣れない音は直ぐに聞こえなくなり、しばらくすると聖騎士さまの持つ剣が真っ二つに折れた。ただ聖騎士さまはそれで諦めることはなく、不敵に笑いリンに素手で挑もうとする。リンもリンで剣を持っていない相手に剣を向けることは卑怯と考えたのか、長剣を地面に突き立てて素手での勝負に挑んだ。――なんでキャットファイトが始まるのだろう。
いや、勝負だし良いのだけれど。眼下で繰り広げられている光景は、正々堂々たる騎士の勝負というよりタダの喧嘩である。しかも二人とも力が強い所為で、割と酷いことになっているのだが。
どすん、ごすんとヤバい音が鳴っているような気がしてならない。そうしてリンの左のジャブから右のストレートが聖騎士さまの顎にキレイに当たると、聖騎士さまが直下に崩れ落ち地面に倒れるのだった。試合を見届けていた審判さんが聖騎士さまの様子を確認すると、首を左右に振って……。
「勝者、アルバトロス王国、ジークリンデ・ラウ!」
リンが立っている方に片腕を差して、勝者がリンに決まったことを告げたのだった。
◇
審判さんが勝者の名前を口上して、試合が終わったこと告げると会場がわっと盛り上がる。闘技場にいる聖騎士さまはまだ目覚める気配を見せないのだが、大丈夫なのだろうか。
必要であれば救護班として呼ばれるので慌てる必要はないけれど、ぴくりともしないミズガルズの聖騎士さまの事が心配になる。リンは闘技場に立ちつくしたままでなにを考えているのか分からない。ほどなくして、リンが顔を上げると観客席にいる私に視線を向けて、力なく笑みを浮かべた数瞬後。地面へと横に倒れたのだった。
「リンっ!」
リンの名前を呼ぶ。本来であれば聖騎士さまが勝っていた試合だ。倒れたリンの名前を呼んでしまい、無理矢理に覚醒させてしまった私が不用意だったのだろう。
「ノッテ」
私の影の中からヴァナルが一瞬で出てきて、乗れと言う。兎にも角にも、直ぐにリンの下へ行きたい私はヴァナルの言葉に従って背の上に乗ると、数歩助走をした後大きく跳躍して試合会場へと降り立った。周りのみんなが驚いているけれど、一切合切無視を決め込む。私が客席から動いたことで、護衛のジークもヴァナルの後ろに付いて後を追っている気配を感じた。
「リン!」
リンの下へ行くなり、降りやすいようにヴァナルはべたんと地面に伏せてくれた。後でお礼を言わなければ、と頭に刻み付ける。学院の制服が汚れるとか、大勢の人が客席から見ているとか気にしている暇はなかった。リンの側に駆け寄って、脈があるか、息をしているのか確認をすると、ただ気絶しているだけだった。
ふうと大きく息を吐いて、リンの頭を私の膝上に置いて適当な治癒魔術を施すと、今まで肩の上で黙っていたクロが『リン、大丈夫?』と聞いてきた。大丈夫だよと返事をすれば『そっか』と短く言葉を告げて、地面に降りてリンの顔をちょんちょんして私の肩に戻ったのだった。
「ナイ。三節も術を掛ける必要はあったのか?」
ジークが私の背後にゆっくりと歩み寄って、呆れを含んだ声を上げた。
「念の為だよ。なにかあっても困るから」
顔をジークに向けることなく、言い訳をした。ジークの言う通り三節も術を発動させる必要はなかったけれど、心配なのだから仕方ない。後々、後遺症が出てくる場合を考えると念には念を……と考えるから。
勿論、治癒院で術を施す時は勝手をできない。一節、二節、三節と詠唱が増えると寄付代が加算される為、払えない人には多大な負担となってしまう。その辺りの見極めも大変であり、聖女の実力を鍛える場でもあった。
「ナイはリンに甘いな」
ジークの声に振り向くと苦笑いを浮かべており、釣られて私も笑みを浮かべ。
「かもね」
否定はせず曖昧な言葉を返すと、ヴァナルが私の顔を覗き込みながら『ムレのダレカ心配ナノはアタリマエ』と言って、私の横にちょこんとお座りしたので、丁度良いかと口を開く。
「ヴァナル、ここまで連れてきてくれてありがとう。助かったよ、流石に客席からここまで走るともっと時間が掛かっただろうから」
ヴァナルがあの場に出てきてくれなければ、私は客席から地下へと赴き、入場門を通ってリンの下に駆けつけなければならなかったから。
どうしてだか影の中に居たロゼさんも顔を出して、私の横にちょこんと控えて、身体の一部を伸ばして私に触れた。
『キニシナイ。ナカマをタスケルのはトウゼン』
手を伸ばしてヴァナルを撫でると、目を細めながら顔を寄せてくる。ふかふかな毛並みを撫でるのは気持ちよくて癖になりそうだ。身体をでろーんと伸ばしたロゼさんに苦笑して、ロゼさんボディーも撫でてジークを見上げる。
「ジークもごめん。黙って勝手に動いたから……」
「いいさ。俺はナイの護衛だ。どこへだって付いて行く。だがまあ……怒られるかもな」
ジークが緩く首を横に振った後、片眉を上げて妙な顔になった。彼の言う通り勝手に客席から試合会場に踏み入れたことは怒られるのだろう。覚悟の上での行動だったから、申し訳ありませんでしたと平謝りするしかない。少しすると、入場門からソフィーアさまとセレスティアさまに、何故か皇女殿下と聖女さまと魔術師さままで顔を出すと、救護班の方々が担架を持って彼女たちと一緒にやって来る。
「ジークリンデは大丈夫なのか?」
「見たところ気絶しているだけのようですが」
ソフィーアさまとセレスティアさまが心配そうな顔をしてリンを見る。半ば無理矢理に起き上がって試合を継続したことが原因だろうから、時間が経てば目を覚ますはず。慣れている人たちは平気なのだけれど、ヴァナルとロゼさんに驚いているようなので影の中に戻って貰う。
二人に治癒を施したことを伝えて、救護の方々の手に寄ってリンは担架に乗せられて、円形闘技場の救護部屋まで行きベッドへと移動させられていた。
聖騎士さまは直ぐに目を覚まして、問題ないと仰っていたし、ミズガルズの聖女さまが手当てしていたから問題ないだろう。いつの間にか椅子が用意され、腰を下ろしてちょこんと座していた。隣にはジークが静かに控えている。
ベッドに横になっているリンの顔を見る。ゆっくりと上下する胸を見て安堵の息を小さく吐いた。出会った頃よりも幼さが抜けて随分と美人さんになっているし、身長も一年生の時より更に高くなっている。まだまだ成長の余地があることが羨ましいが、無茶をしなくちゃいけない状況は幼い頃から変わらない。
危険度の差はあれど、騎士という職業はどうしても命を掛けなきゃいけない。リンにはもっと安全な道もあったのではと考えてしまうが、私が聖女の道を選んだからこそリンもジークも騎士の道を選ばざるを得なかった。聖女の道を選んだことに後悔はない。だけれど、ジークとリンの道を狭めてしまったことだけは、心のどこかにずっと残っているしこりだった。
「…………ナイ?」
もぞりとベッドの上に横たわっているリンが、私に顔を向けて名を呼んだ。
「ん?」
伸びてくるリンの手を握り返すと、いつもより体温が温かいことに気が付く。私の体温が高く、寒い日はよく引っ付いて過ごしていた。懐かしさに目を細めてリンを見ると、彼女も笑い返してくれる。
「勝ったよ。ちゃんとカッコいい所見せられたかな?」
へへへと笑うリンに、苦笑しながら口を開いた。
「うん、見てた。そういえば勝った人には褒章が出るんだよね。――リンはなにを貰うの?」
試合を盛り上げる為なのか、無理のない範囲で勝った人の望みを叶えてくれることになっている。成績不振な人はチャンスを貰えたり、単純に賞金が出ると聞いている。現金だけれど、私だって賞金やご褒美が出るとなるとやる気が上がるから良いことだ。
「興味ないよ。それよりナイからご褒美が欲しい……かも」
ベッドから起き上がったリン。クロが『大丈夫?』と顔を覗き込むと、大丈夫とリンが返して私を見る。
「私が提供できるものなら良いけれど、大したことはできないよ?」
リンなら大層なものは望まない、というか私にできる範囲を知っているから、国からの報酬よりも豪華なものは望まない……望めないだろう。
「本当?」
私の言葉を聞いてへにゃりと笑うリン。この顔に弱いし、ジークが確りしているからリンの甘え癖が余計に目立つというか。ジークもそんなに咎めないし、私も咎めないのだから直るはずもなく。
「うん。無茶は聞けないよ?」
「嬉しい。大丈夫、無茶は言わない……はず」
リンさんや、何故最後に言葉を付け足すのか。なにを望まれるのかという不安とリンに欲しいものがあるならばなるべく提供したいという気持に駆られていると、彼女の口から出た言葉は……なんのことはない日常が望みで。
最近、一緒に居るものの二人っきりの時間がめっきりと減っていたので、彼女的に不満があったらしい。お風呂を一緒に入ること一緒に寝ること、私が作る堅いクッキーをまた食べたいとか、本当に些細なお願い。そんなことで良いのならと快諾すれば、嬉しいと良い顔を浮かべたリンの腕が伸びてくる。力いっぱい抱きしめられて蛙が潰れたような声を漏らすのは、いつもの事だった。