魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0340:うるさい剣。

 一学期の始業式から一ヶ月が経ち、ミズガルズ神聖大帝国からとある大貴族と勇者さまがやってくる、とアルバトロス上層部から連絡が入った。

 ミズガルズの帝室とアルバトロス王が決めたことで、不敬を働けば潰しても問題ないとのこと。勇者さまがどう出るか分からないので、彼には慎重に対応するようにとのこと。

 向こうで伝わる勇者伝説は魔王が現れると、どこからともなく勇者さまが現れ、魔王が齎す厄災から守ってくれるとの事らしい。魔人の少女がこれから先、なにかあって人間に被害を齎す可能性がないとは言えず、それから勇者さまが現れるならまだ理解できるけれど。今回は、順番が逆になっていないかな。

 

 「え、本気ですか?」

 

 学院から戻り子爵邸の執務室で家宰さまから報告を聞いた私の第一声だった。ミズガルズの皇女殿下たちは勇者さまから逃げてきたというのに、態々接触する可能性を跳ね上げてどうするのか。

 

 「ああ、陛下が決定したそうだ」

 

 「ずっと居座られても困りますもの。問題を早々に解決して、彼女たちを送り返したいのでは?」

 

 ソフィーアさまが神妙な顔で家宰さまの報告に情報を付け足してくれ、セレスティアさまが遠慮のない本心を言った。陛下が決定したというなら文句を言う気はなく、私もミズガルズの彼女たちがずっといるのは気を使うし、逆に彼女たちも居心地は良くないだろう。

 やはり慣れ親しんだ自国が一番で、他国に渡るなら相応の覚悟が必要になる。勇者さまから逃げる為、アルバトロスへ避難している彼女たちの気持ちは慮るべきだけれど、アルバトロスに不利益を齎すならお貴族さまとして、それ相応の態度で挑まなきゃいけないから。

 

 「勇者さま御一行の到着はいつ頃に?」

 

 ずっと手をこまねいているよりは良いのかな。珍しくアルバトロス側が好戦的だけれど、状況的に仕方ない部分もあるだろうし。亜人連合国と魔人の皆さまにも情報は渡り、対策を考えているはず。私に出来ることは少なそうかなあと、お二人と家宰さまに視線を合わす。

 

 「長期休暇前だな。準備と移動で少々時間が掛かるようだ」

 

 「海路と陸路を使用しますから、致し方ないのでございましょう」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまが息を吐きながら教えてくれる。勇者さま、勇者さまの癖に単身で来る気はないのか。強いと聞くから超長遠距離転移とか使えても良さげだけれど、勇者さまだから剣技に優れている方なのかな。

 転移が得意そうな魔術師さまは、アルバトロスで過しているし無理か。なら海路と陸路を使って、正規ルートを辿るしかない。飛行する幻想種を従えられるなら、空を飛んでやってこられるけれど。単身で他国に渡るのは危険だろうし、見つかって無許可だと知れ渡れば勇者の名に傷がつく。やらないかな、と息を吐いて本日の当主の仕事を終え私室に戻る。

 

 「――ん?」

 

 部屋に入って直ぐ、通信魔法具から気配を感じる。クロとロゼさんとヴァナルがびくんと反応したし、私のベッドで寝ていたお猫さまもむくりと起き上がる。いつの間にか部屋にいるジルヴァラさんも魔法具へと視線を向けたので確実だろう。部屋に一緒に戻ったジークとリンは不思議そうな顔をしているので、感じ取れないみたい。

 

 『ナイちゃん~』

 

 『ナイちゃん。注文を受けていた鎖帷子がこっちに届いたから、ウチに来て頂戴な』

 

 魔法具からアイリス姉さんとダリア姉さんの声が聞こえた。私が部屋にいると分かっているのか、返事もないまま言葉にしたのだけれど、もし留守だったらどうするのだろう。取り敢えず、返事をしなくてはと魔法具の側に行きクロと一緒に見下ろす。

 

 「ダリア姉さん、アイリス姉さん、連絡有難うございます」

 

 魔法具越しに言葉を介すと、ダリア姉さんとアイリス姉さんの雰囲気が明るくなる。魔力を使っているからか、向こうの雰囲気が伝わりやすい。

 

 『今からでも大丈夫だけれど、どうする?』

 

 『ダリア。私の言葉を取らないで~』

 

 ダリア姉さんとアイリス姉さんの後ろで、ディアンさまが呆れているような気がする。私の後ろで様子を伺っているジークとリンに大丈夫かと無言で問いかけると、問題はないようで。ならば早々に引き取った方が先方も困らないだろう。試着して合わなければドワーフさんたちに差し戻しになるんだし。

 

 「それなら、今からお邪魔しても構いませんか?」

 

 私の声に『ええ。できることならお嬢さん二人もお願いね』『ナイちゃん、待ってるよ~』とダリア姉さんとアイリス姉さんの声が届く。

 着替えて隣に行こうとジークとリンを誘い、執務室に残っていたソフィーアさまとセレスティアさまにも声を掛ける。少し帰りが遅くなってしまうが、こればかりは仕方ない。お二人も事情を理解して快諾を得たので大丈夫だろうと、お隣さんである亜人連合国領事館へ向かう為に裏庭を通る。

 

 「あ、大豆さんももう直ぐ収穫できるかな。クロ、ジーク、リン、楽しみだね」

 

 途中、家庭菜園を横切るので視線をやると少し前に種を蒔いた大豆さんが鈴生りになっていた。肩の上に居るクロと後ろに控えているジークとリンに声を掛けると、クロは『楽しみだね』と言って顔をすりすりし、二人は静かに頷いてくれた。

 

 「ナイ。普通より大豆の成長が早いことを無視していないか?」

 

 家庭菜園を横目で確認したソフィーアさまが、微妙な顔を浮かべて私に問いかける。もう慣れてしまったというか、今回はお味噌さんとお醤油さんが目的なので畑の妖精さんの不思議パワーに頼り切っている。お味噌さんとお醤油さんが手に入るならば私的には問題ないし、大豆は色々な料理に使えるから無駄にはならない。納豆はご勘弁頂きたいけれど。

 

 「ソフィーアさん。妖精がいらっしゃるのですから、今更の言葉でございましょう」

 

 セレスティアさまが諦めろと言いながら、畑の側にいたエルとジョセとルカに視線をやって、ソフィーアさまの方を見ていない。天馬さまたちは畑の妖精さんが間引きした、野菜の苗を食んでいた。

 お野菜だからお腹は壊さないし、ジョセは妊娠中。そろそろ生まれるだろうし、また満月の夜の真夜中に悲鳴が上がりそうだなあと、天馬さまたちから視線を外し前を向く。

 

 「そうだがなあ……そう、なんだがなあ……」

 

 真面目なソフィーアさまと愉快なセレスティアさまの間には、少しばかり解釈の違いがあるようだ。多分、真面目に考えると胃に穴が空く羽目になるので、魔力が齎す恩恵と捉えておいた方が気は楽だ。子爵邸と領事館を繋ぐ小さな門を抜けお屋敷の玄関に辿り着くと、待っていましたとばかりに扉が開いた。そこにはダリア姉さんとアイリス姉さんにディアンさまが出迎えてくれて、中へと案内される。

 私は何度もお邪魔しているから既に慣れてきているのだけれど、ソフィーアさまとセレスティアさまは少し緊張した面持ちだ。

 ソフィーアさまとセレスティアさまはお三方に頭を下げると、ディアンさまが『そう緊張するな』と伝える。私はアイリス姉さんに背中を押され、ダリア姉さんといつの間にか利き手を繋いでいた。割とあるので気にすることはないなと来賓室に案内されて、応接机の上にある箱に視線を向ける。

 

 「女の子に重い鎖帷子はどうかと思って、私たちエルフと妖精が頑張って反物に魔法を付与してみたの。依頼は鎖帷子だけれど、こっちも受け取って」

 

 「勇者がくるって聞いたし、変なのに絡まれた時に対応できたら良いよね~ってみんなで話したからね~。私たちも同じものを用意したし、遠慮なく受け取ってね~」

 

 ダリア姉さんとアイリス姉さんがにっこりと笑いながら教えてくれる。付与した魔法は『対物理攻撃』と『対魔術・魔法』らしい。鎖帷子にも同じ魔法を付与してくれたようで、本当に有難い。

 流石にタダで受け取る訳にもいかず、お礼はなにが良いですかと聞くと『南の島に、またみんなでお出掛けしましょう』とダリアねえさんとアイリス姉さんが。妖精さんたちには魔力をお裾分けすることにして。

 

 「はいはい、試着するから男共は出て行ってね~」

 

 ダリア姉さんの言葉に、ディアンさまとジーク、クロとロゼさんとヴァナルが来賓室から追い出される。扱いが悪いけれどいつものことである。後で謝罪を入れようと頭に刻んで、取り敢えず鎖帷子に袖を通す。ちょっと重量感はあるけれど随分と確りした出来だし、自分の魔力を通すと硬さが変わるとかなんとか。

 私が魔力を注ぐと壊れかねないから止めて置けと言われるのは解せないけれど、緊急時には役に立ちそう。魔術を付与した反物も、王都の仕立て屋さんで服を誂えて貰おうって。下着感覚で着られるから良いよねと女性陣と話し終えると、ディアンさまとジークたちが戻ってくる。

 

 「久方振りじゃ。迷惑を掛けて済まんなあ……」

 

 と、魔人の少女と強面の魔人さんが姿を現したのだった。

 

 ◇

 

 魔人の少女と強面の魔人さん、そして亜人連合国の面々と子爵邸の面々が応接椅子に座す。黒髪に一房の赤のメッシュというカラーは天然なのだと聞いた。不思議な感じだけれど、そういう方が居てもおかしくはない世界なので深く考えない方が楽で良い。

 

 「ミズガルズの姫さまたちは、どんな感じなんじゃ?」

 

 「至って普通かと。あと皆さまが生きていらっしゃることを知ると、安堵を浮かべておりました」

 

 友好的過ぎて、なにか裏があるのではと疑ってしまうくらいには。治癒院に訪れた時はどうしたものかと頭を抱えたけれど、学院では普通に授業を受けているし、親善試合も問題なく進んだ。リンが私に褒章を譲ってくれたお陰で、事態が少し進んだような気もするし。魔人さんたちの協力もなければ無理だっただろうけれど。

 

 「伝承のお陰で大帝国とは知らぬ存ぜぬを決め込んでいたのじゃが、我々のことを帝室は気にかけてくれていたのか」

 

 北大陸では魔人の方々は恐れられているそうだ。勇者と魔王の伝承のお陰で人々の間で魔人は怖い者だと、刷り込みされているらしい。帝室も伝承を否定も肯定もしないので、長い間恐れられたままなのだとか。

 魔人に昔のような力はないと知っていたそうで、勇者さまが魔王を倒したと聞き何故そのような事態にと驚いたらしい。勇者さまの後ろ盾になった大貴族が声高に恐怖を煽るものだから、訂正も難しくなってしまったと。帝室が弱く、大貴族が力を持っているという歪な関係の所為で、帝室は後手に回ってしまうことが多いようだ。

 

 「はい。勇者の件が解決すれば彼の地に戻って頂きたい、と。密かに帝と第一皇子殿下が皆さまが住まう土地の管理を命じられたとのことです」

 

 皇女殿下からの情報では、魔人の里を現状維持できるようにと人を使わせたとのこと。乗っ取りにならないかと聞けば、信頼のおけるものを帝が送ったので奪うことは絶対にありえないと言い切っていた。そこまで言うのであれば問題はないだろうし、悪いのは力を持ってしまった大貴族さまが原因みたいなので、突っ込むのもよろしくないと引き下がった次第。

 

 「有難いことじゃの。数年離れてしまえば、家や田畑は荒れ果ててしまうからのう」

 

 放置すると直ぐに荒れ果てるから、魔人の皆さまにとって有難い申し出だったようだ。勇者さまの件が片付けば魔人の少女たちは元の家に帰ることができるのか。今度やってくると言う勇者さまと大貴族の実力で明暗が分かれそう。

 

 「勇者さまの実力はどの程度なのでしょうか?」

 

 一番気になるのは勇者さまの実力や後ろ盾の大貴族さまがどこまで遣り手なのか。先ずは勇者さまの情報だよねと、先に聞いてみた。

 

 「魔力はお主に負けるであろうなあ。だが剣技は確かなものじゃし、飛び道具も持っておってな、それが厄介という所か」

 

 「飛び道具、ですか」

 

 ということは銃かな。ゲームだと銃と剣が合体して、近接も遠距離も両方担える武器が存在している。この世界もゲームが舞台だしなあ。

 

 「こちらの大陸には存在しないと聞いておるのじゃが、銃という物を持っているのじゃよ。離れた場所から小さな鉄の塊を飛ばしてきよる。単純な筋じゃが速度が速いから避けるのは難しいかもなあ」

 

 銃って直線にしか発射できないから、単純だけれど速度が速い。狙撃銃になれば音が後から聞こえると聞くし、見切るのは至難の業だろう。強面の魔人さんも苦戦したし、撃たれた後に更に撃ち込まれたとのこと。

 確実に命を獲りにきていたのだが……。割と勇者さまはエグいなと息を吐く。片刃の珍しい刀を持っていると聞いていたのに情報が違うのだが、メンガーさまを責めることはできない。ゲームの勇者さまと現実の勇者さまは違うかもしれないし、私たちのように転生者で銃が便利だと知っているから得物にしているかもしれないし。

 

 「魔術で防ぐことはできるでしょうか?」

 

 障壁で防げると良いけれど、銃や銃弾の特性で貫通しそうな気もしなくはない。その為に鎖帷子を用意したのだけれど、果たして有効なのかどうか。実際に試す訳にもいかず不安が広がる。

 

 「そうじゃのう。実力次第ではないか? お嬢ちゃんの魔力量であれば、大量に打ち込まれない限りは平気そうだが……勇者がもっと強力なものを所持しているかもしれぬしなあ」

 

 ですよねえ。考え始めるとキリがないけれど、こうして話しながら対抗策を練るのも悪くはないはず。うーん、うーーんとみんなで唸りながら、なるようにしかならないと結論付けて。ただ気を抜くようなことはしないと、確りと確認する。

 

 「ナイ、これを渡しておこう。うるさいが持っていて損はない、君の護衛に持たせれば十全に使役できるさ」

 

 ディアンさまが黒い箱を二つ持って私に差し出した。そして『うるさい』という言葉で中身を理解してしまった。

 

 「うるさいけれど、使い勝手は良いはずよ」

 

 「良い素材を使っているし、ナイちゃんの魔力を込めたから双子との相性は良いはずだよ。白い剣の方はナイちゃんが命じれば言うこと聞いてくれるはず~。うるさいけど」

 

 ダリア姉さんとアイリス姉さんが喋りながら、玄箱の留め具を開けるとあの白と黒の長剣が姿を表した。うるさいけれど使いこなせるならば、治癒が勝手に掛かるし魔力さえあるなら魔術を放つことができる。長剣としても切れ味は十分なので、普段使いも出来る。うるさいけれど。

 

 「感謝いたします、皆さま」

 

 みんなの気遣いに感謝して頭を下げる。あれ、でもコレを受け取ると私が勇者さまの前に出ることは確実になるのでは。でも、第一皇女さまに魔人さんたちのことを伝えたし、いろいろと話を聞いて貰っている。どちらにしろ大貴族さまと勇者さまがやってくれば、謁見やら会合があるだろうしお貴族さまとして出席しなければならないだろう。深く考えるのは止め、ミズガルズの皇女殿下御一行と魔人さんたちが無事に里に戻れるように考えないと。

 

 もう一度頭を下げて、亜人連合国領事館から子爵邸に戻り。勇者さま御一行との面会の打診が国から届いて。さあ、そろそろ件の勇者さまがやってくるぞ、という時だった。

 

 『ああああああああああああああああああああああああああ!』

 

 子爵邸の自室。深夜。ベッドに入って深い眠りに入った頃だった。凄い声が聞こえて、目が覚めて飛び起きる。

 

 「うわ、吃驚した。……なに?」

 

 きょろきょろと周囲を見渡しても、自室はいつもと変わらない。幽霊かなと身構えれば、勝手に魔力が漏れていた。

 

 『ナイ。大丈夫、怖くない。ジョセだねえ。仔馬が生まれるみたいだ』

 

 籠の中で寝ていたクロが起き上がって、私の肩へと飛んでくる。ベッドの足元でじっとしていたロゼさんと、床で丸くなって寝ていたヴァナルも起き上がって『マスター、怖くない』『ダイジョウブ』と慰めてくれる。あ、そういえば前に聞いた事のある声だと窓の側に行くと、ベランダにルカが滞空飛行して私の前に現れた。

 

 「ルカ。ジョセが産気づいたの?」

 

 私はルカに喋りかける。ルカは言葉は喋れないけれど理解は出来ているから問題ないし、仮に分からないとしても喋りかける事、コミュニケーションを取ることは大事。私の声にルカが嘶くと、クロが『そうみたいだよ』と教えてくれた。通訳さんがいるので、ルカが未だに喋ることができないのでは。ま、いいかと上着を羽織って部屋を出る。

 途中、ジョセの悲鳴で起きた人たちに説明しながら、今年もクレイグとサフィールは部屋に戻り、私とジークとリンで庭へ足を運ふ。去年から子爵邸で過ごすようになったアリアさまとロザリンデさまが、驚いた様子で厩舎に姿を現した。ジョセが産気づいた声に吃驚して飛び起きたそうな。

 

 「エル。ジョセは?」

 

 厩舎の前で忙しなさそうにウロウロとしていたエルを呼び止めると、ぱたっと足を止めて私たちを見る。

 

 『聖女さま。もう直ぐ生まれるようですが、いつになっても落ち着きませんね……申し訳ありません』

 

 エルが申し訳なさそうに首を下げて今の気持ちを教えてくれた。人間も動物も出産は命がけだし、エルが慣れないというのも理解できる。無事に生まれてくると良いねとエルの顔を撫でる。

 暫くすると、ディアンさまとダリア姉さんとアイリス姉さんとお婆さまが姿を現した。ルカの時と同様、心配なのでなにが起こっても対処できるように私がお願いしておいたのだ。集まった人たちでジョセと仔馬の無事を願っていると、邸で働いている夜勤組の人たちがお湯や布を用意してくれた。彼らに頭を下げて暫く経っても、仔馬が生まれる様子はない。

 

 「時間、掛かっているみたいだね~」

 

 「今回は時間が掛かるのかしら」

 

 アイリス姉さんとダリア姉さんが厩舎を見ながら、ボソリと呟いた。あまり長くなると母体が持たない可能性もある。お婆さまがちょっと見てくると言って、ぱっと姿を消し暫く待つ。

 

 『大変! 逆子よ、逆子っ!! ジョセの許可は取ったからみんなきて!』

 

 お婆さまの言葉を聞くなり走り出す。あまり時間が経ってしまうとジョセも仔馬も助からない。厩舎の中に入ると、ジョセの後ろからは仔馬の脚が見えていた。

 足が出ているならば、どうにかなるだろうか。知識はないけれど仔牛や仔馬の脚に紐を括りつけて、人力で引っ張っているシーンを見たことがある。最悪、強化魔術を掛けて引っ張ることもできるし、急いで出してあげないと仔馬が息をできない。馬房の中で立ち竦んでいるジョセに近づいて顔を撫でる。

 

 「ごめんね、ジョセ。人の手を借りるのは嫌かもしれないけれど、このままだとジョセも仔馬も危ないから……」

 

 痛みに耐えているジョセから返事はない。お婆さまが詳しいのか、みんなに指示を出していた。ディアンさまは力が強すぎるとのことで、黙ってみていろと言われて壁際に立ち竦んでいるけれど。ジークとリンとダリア姉さんとアイリス姉さんが仔馬の脚を掴む。

 

 『一気にいくわよ! せーのっ!!』

 

 お婆さまの声に合わせて四人が力を入れると、一気に仔馬が引き出された。急いでそちらに駆け寄って羊膜を剥がすと、自発呼吸をし始めた。

 

 「……ああ。よかった」

 

 へなへなとその場に座り込む。体に付いている膜を拭きとって、あとは初乳を済ませれば大丈夫かなあ。場に集まっているみんなも胸を撫で下ろし、どうにか立ち上がろうとしている仔馬に視線を落とした。生まれたての命は、弱々しいけれど必死に生きようと足掻く姿は何とも言えない。しばらく見守っていると、ようやくジョセのお乳に辿り着く。

 

 『みなさん、ご迷惑をお掛けしました』

 

 『この度も有難うございます』

 

 いつの間にか厩舎にやってきていたエルと落ち着いたジョセが頭を下げた。気にしなくて良いよとみんなで伝えると、エルがジョセと仔馬を見る。

 

 『これは珍しい。赤い毛並みですね。女の子のようですよ』

 

 あれ。羊水で赤いのかと思いきや自前の赤だったようだ。って、天馬さまから赤い天馬さまって生まれるのだろうかと首を傾げた……。

 

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