魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
広い広いお屋敷の一室で、帝さまが目の前に静かに座している。お偉いさん方とこうして謁見や面会をすることが増えたけれど、いつもよりも増して緊張しているのは、日本人として朝廷の方を敬わなければという遺伝子でも仕込まれているのだろうか。
「此度、雪と夜と華の番が見つかったことは、我が国にとって喜ぶべきことであるのぅ」
ゆっくりと穏やかな口調でそう告げたのは、朝廷のトップ、ようするにフソウ国の帝さま。いつもと違うのは女性であること、随分とお年を召していること。
おそらく筆頭聖女さまより上ではなかろうか。その歳まで現役を続けているのは凄いことである。私の隣に座す大樹公さまは先ほどから随分と緊張しているようで、ガッチガチなので大丈夫か不安になってくる。大樹公さまでも礼儀を尽くしているのだから、フソウ国においての彼女の立ち位置が窺い知れる。
「其方たちがフソウに参られたのは偶然とはいえ、こうして彼女たちが番を見つけたのであれば必然であろう」
す、すみません。感動されている所を申し訳ないのですが、単純にお醤油さんとお味噌さんとお米さま、他もろもろの日本独特の調味料が欲しかっただけなのです。
調味料がなければフソウに訪れてはいませんとは言えず、帝さまの話にうんうんと頷く。ヴァナルは神獣さまの横で楽しそうに顔をぐりぐりと擦り付けたり、神獣さまの毛を舐めて毛づくろいしている。
神獣さまとヴァナルが番になったのは良いけれど、神獣さまの扱いはどうなるのだろうか。聞いてみるのが手っ取り早いだろうと、帝さまと視線を合わせる。
「護国を司るフソウ国の神獣さまをお預かりしてよろしいのでしょうか?」
神獣さまがあっさりとヴァナルに告白しヴァナルも受け入れたけれど、アルバトロスに向かって良いものなのだろうか。神獣さまは私たちとくる気満々でも、フソウの方々が納得していなければ不味いだろう。
「良いもなにも、雪と夜と華が決めたことゆえ問題はない。ただひとつ我らが願いたいことは神獣殿が成した仔を一目見て見たい」
あ、凄く軽く返事をされた。神獣さまは敬われていながら、自由は認められているようだ。てっきり護国を守る神獣としてこの地に縛られていると考えていたのに。国で一番偉い方が認めてくれるなら安心だろうか。
『そんなことで良いのです?』
『アルバトロスへ参ると、なかなかに難しいでしょう』
『時間さえあれば願いは叶いましょうが……』
フソウ島の皆さまが難しい顔をする。一度、移動してしまえばもう二度と帰れないような雰囲気になっているのだが……いや、待って。今回越後屋さんから買い付けたものを消費すれば、また出島に赴く気満々なのだけれど。
「西大陸各国と北大陸を統べるミズガルズにフソウ島のご許可さえあれば、フソウへ参る手段を我々は持ち得ています。騒ぎになることをお許し頂けるのであれば、時間はそう掛からないかと」
まあ、神獣さまとヴァナルの子供ができるまで、どの位の時間が掛かってしまうのか未知数であるから、いつフソウ国へ行けるかも未定だけれど。あ、大樹公さま、目をキラキラさせて子供のような顔をしないでください。クロと喋っていて竜の背中に乗れることを知ったから、乗りたい乗りたい言っていたものね。クロは機会があれば乗せてあげると言っていたけれど、征夷大将軍を務めているのだから時間は取れるのだろうか。
「個人で移動手段があるものなのか?」
不思議そうに帝さまが首を小さく傾げた。
「個人というよりも、お金を払って竜の背中に乗り移動して参ります。高速で飛べる竜のお方であれば、アルバトロスからフソウ島までの時間はさらに短縮されますから」
と言っても、二日掛かってしまうけれど。休憩と睡眠を兼ねてどこかで一泊は必須なのである。でもまあ、飛行機がない世界で大陸間移動を二日間で終えられるのは凄いことだろう。フソウ島の皆さまは私の言葉に驚いているし、ミズガルズの商人さんも驚いているし。
「わたくし個人で判断できないことがありますので、できうるのであればアルバトロス王国との国交を開いて頂きたく。ただアルバトロス王国側への打診はまだですので、破談になる可能性もご承知おきください」
飛行許可をスムーズに得るならば国交は開いておいた方が無難である。あとはアルバトロス王国とフソウ間で調整をお願いしないと。外務卿さまに仕事を押し付けることになるので、あとで謝罪しなければ。
「ふむ。雪と夜と華の後押しがあれば国内の取り纏めは可能かのう。のう、長信よ」
「はっ。神獣殿の言葉はフソウの言葉。我々は従うのみ。アルバトロス王国が我々との取引を望み、益があるのであれば尚のこと話は進みましょう」
帝さまと大樹公さまが頷きあう。凄い方に惚れられたものだねえと、呑気に後ろ脚でカイカイしているヴァナルを見ると私に気付いて首をこてんと傾げながら、尻尾をばふんばふんと上下にさせている。
まあ、神獣さまの子供が産まれたらフソウに戻るという大義名分ができたので、ついでにお醤油さんたちの買い付けを行おう。堂々とフソウ国の出島に入れるだろうし。帝さまとは今日限りの縁だろうけれど、政治面で大樹公さまとはお付き合いがあるかも。
「感謝の極み」
「無理を申しているのはこちらの方。みなーばぁが頭を下げる必要はなかろう」
帝さまが目を細めながら私を見る。確かに頭を下げる必要はないのかもしれないが、対外上必要なことだしなあ。この場にいる全ての人が、私たちに対して良い感情を持っているとは限らない。で、あるのなら下手に出ておいた方が得策なのである。打算塗れだけれど。
「いえ。神獣さまとヴァナルの間に仔が産まれればめでたきことであります。わたくしもヴァナルの伴侶を探しておりましたから、互いの望みが叶い縁を持てたことは奇跡と言って良いのでしょう」
私の後ろでソフィーアさまとセレスティアさまが『うっかりお前が言葉にするから……』『ナイですもの仕方ありません』と二人でアイコンタクトを取っている気配を感じる。
ジークとリンは『功績になるな』『うん』と言いたげだった。功績に入るのかなあ。他国の神獣さまをアルバトロスに連れ帰るのだから、神獣さまになにかあると責められるのは私なのだけれども。ヴァナルはフェンリルだし強いから大体のことは対応できるけれど、神獣さまの実力ってどのくらいなのだろう。ケルベロス……地獄の番犬っぽいから、力は強そうだけれど。
「確かになあ。外の脅威に怯え国を閉ざしていた。――良い機会、なのかもしれぬのう」
帝さまがぽつりと零した言葉に大樹公さまが確りと頷く。いやいや、国外の人間がいる所で自国の政治の話をしないでくださいな。
そうなると確実に私が巻き込まれてしまい、アルバトロスの皆さまを頼らないといけなくなるから。そして何故か爵位があ……いや、考えないでおこう。現状で十分満足しているし、越後屋さんとの伝手ができたから日本の調味料には困らなくなった。良いこと尽くめだから、これ以上の幸せを望めば罰が当たるというものだ。
「皆を呼び、協議致しましょう」
お願いですから、私がいない所で是非ともお願いします。
「今回ばかりは我々朝廷も参加しなければならぬか。幕府、朝廷共に決めるのも悪く無かろうよ。――しかし、みなーばぁよ。其方が買い付けたものは味噌と醤油と米と煎餅に餅とは如何なものか……」
帝さまが呆れた顔で私を見る。仕方ないじゃないか、ずっと食べたかったのだから。目の前の方は私が日本人の記憶を持っていると知らず、外の商人さんが興味を持っていない食料品を買い付けたことに疑問というか呆れを持っているようだけれど。
「女子であれば、多少は色気のあるものに興味を持ってもよかろうに」
帝さまの言葉にソフィーアさまとセレスティアさまが力強く頷いている。一応、爵位持ちなので侍女さんたちに化粧をお願いすることもあるし、私服も増えている。
服飾センスがないので、侍女さんたちに選んで貰っているけれど。
「……まあ良いか。頓着していないお主だからこそ魔獣殿も懐いているのだろうしな」
帝さまが一人で納得していた。確かに頓着していないけれど、最低限の身嗜みは整えています。そうして朝廷からの帰り際、何故か化粧道具一式を帝さまから私へと贈られた上に、フソウの入国フリーパス権――意訳だけれど――を頂いてしまった。
どうしよう……帝さまに贈るものが浮かばない。と、とりあえずは神獣さまとヴァナルとの間に産まれるであろう仔を、早く彼女に見て貰うことかなあと、仲良さげに二頭一緒にあるく神獣さまとヴァナルを目を細めながら見るのだった。
◇
――ん?
帝さまとの謁見を終え大きな屋敷からドエ城へ戻ろうと足を進めていた時だった。違和感を感じた方へと顔を向けると、小さな鳥居が建っている。しかし何故、帝さまが住まうお屋敷の中に鳥居が建っているのだろうか。鳥居があるということはその先に神社や祠があるはずだけれど、人が住まうお屋敷に庭に在ることに首を傾げてしまう。
「みなーばぁよ、どうしたのだ……ああ、鳥居に気付いたか」
大樹公さまが私を見ながら問いかけ、私が向けた視線の先へと彼も顔を向けた。身長差が少なくて首が痛くないことに喜びそうになるけれど、大樹公さまの表情は浮かないので鳥居になにか思う所があるのだろうか。
クロも私に倣って首を傾げ、神獣さまは大樹公さま同様に渋面になっている。ヴァナルは、神獣さまと大樹公さまと私の顔を順に見て首を傾げた。私と一緒に付いてきてくれているソフィーアさまとセレスティアさまに、ジークとリンは鳥居がなにか分からないようで不思議そうな顔をしている。
「なにかあるのですか?」
鳥居があることも不思議であるが、それ以上に気になることがある。
「客人に話すことではないのだが……あの場所はフソウの巫女によって封印処置を施している場所。帝が住まう場所にあるのは、祀っているモノに対して毎年神事を行っているからな」
あ、そうか。帝さまって神社で一番偉い神主さん扱いになるんだっけ。うろ覚えであるが、そんなことを聞いた気がする。だから巫女さんと一緒に神事を執り行っているのかも。
しかしまあ封印だなんて物騒な。なにを祀っているのか聞きたい所だけれど、聞くと碌なことにならないはず。だって鳥居は普通、赤に塗られているか素材そのものの色を生かしているのだが、視界に捉えている鳥居は真っ黒に塗られ異質を放っていた。
『ねえ、ナガノブ、封印って?』
私の腕の中にいるクロが大樹公さまを見上げて問いかけた。その言葉に彼はでれっとした顔になるが、中年の小父さまが浮かべて良い顔じゃないような。まあ、貴族令嬢として不味い顔を浮かべている方が身内にいるので、決して口にはしないけれど。
「クロ殿も気になるのであるか?」
『うん、なんだか嫌な感じがするからね』
「そうでござるか……――この話は随分と長くなる故、道すがら」
大樹公さまが鳥居から視線を外して、止めていた足を再度動かし始める。フソウの方たちが微妙な顔になっているのだけれど、一体どうしたのだろう。取り敢えずは大樹公さまの話を聞くべきかと、私も一緒に歩いて行く。
――ずっとずっと昔。
首切り侍と呼ばれた者がいた。その者が持つ太刀は何人斬っても切れ味が落ちず、持ち主の技量もあって千人斬っても刃こぼれも、折れも、脂巻きもしないと言う。そうこうするうちに、二千人斬り目前で首切り侍は命を落とした。
首切り侍本人はどこかの地で埋葬されたものの、彼が残した太刀は二千、というキリの良い数字まで行けなかったことを悔やんでいるのか、夜中にカタカタと音を鳴らしたり、太刀を買った好事家の枕元で『斬りたい、斬りたい』と夢に出てくるのだとか。
太刀の持ち主を狂わせ、人斬りに変えてしまうそうだ。で、あと一人で二千人という所で封印処置を受けたとのこと。この地に封じているが、またいつ暴れだすのか分からないらしい。
「……………………幽霊」
もうそれって、単純に幽霊じゃないか。私はこの手の話が大嫌いなので耳を塞ぎたい。幽霊が苦手なことを知っているジークとリンは心配そうな顔をしている。ただジルヴァラさんとの初対面のように脅された訳ではないので、逃げたしたりはしないが……すうはあと息を吸ったり吐いたりして、どうにか心を落ち着かせる。
「幽霊というより、呪いの類であろうな。幽霊であるならば首切り侍本人が現れるであろう……お、おい、みなーばぁよ、風も吹いていないのに、どうしてお主の髪が揺れている。ワシは『首切り侍の呪いの太刀』よりもお主の今の状態の方が怖いのだが?」
大樹公さまが私を見て驚いているけれど、だって仕方ないだろう。苦手な幽霊系の話になると身構えてしまい、体の中にある魔力を上手く御せないのだから。
いや、まて首切り侍の太刀が魔力を感知して、もっと力を持ってしまうと大変だから魔力はきちんと御しておかないと不味いのでは。魔力制御を副団長さまとシスター・リズから随分と叩き込まれたから、以前よりもマシなはず。大丈夫。封印処置を施しているのだから、私の前には現れない。平気。フソウの巫女さまの力を信じよう。
「申し訳ありません、取り乱しました。――フソウには呪いや幽霊を払えるお方はいらっしゃらないのですか?」
私の言葉を聞いたあと神獣さまが『あれは魔力か?』『魔力の波を初めて目に捉えたぞ』『凄いですわね』とそれぞれが口にする。いや、そんなに驚くほどのことではないような。
魔力持ちであれば魔力を放出すると、目に捉えることができるのだ。その証拠に魔術を使用すると、魔術陣が浮かんだり魔力の色が見えるのだから。魔力は個人で色が違っていて、性格にも影響されていると聞くけれど真意はわからない。
「陰陽師や霊媒師がいるが、彼の者たちでは手に負えないのだよ。太刀の力の方が彼の者たちを上回っていてなあ……だから巫女が身を捧げ、太刀の呪いを抑えているのだ」
目を細め忌々しそうな顔になる大樹公さま。もしかして、巫女さまは人柱なのだろうか。命を捧げてまで封じなければならない呪いなんて。
『ねえ、ナイ。どうにかならないの?』
私の腕の中でもぞもぞと動いてクロが顔を見上げた。どうにかなるのであれば、どうにかしたいけれど他国のことなので内政干渉になってしまうのだから。まあ、今の今までいろいろな事に関わってきた私が言うべきことではないが。
「待ってくれ、クロ殿。流石に他国の者に頼る訳にはならぬ。フソウのことはフソウで解決せねばならん」
『でも……解決できる方法があるかもしれないんだよ?』
大樹公さまだけでは判断できないだろう。おそらく他の有力者にも判断を仰がなければならないことだ。鎖国をしているから余所者には余計に敏感だから、国内の取り纏めは難しそうである。
「ぬ……しかしな……」
クロの言葉に考える素振りを見せる大樹公さま。
「クロ、無茶を言ったら駄目だよ。――ただアルバトロス王国を介して依頼を頂けるのであれば、浄化魔術を試してみるのもひとつの手であるかもしれません」
失敗するとお金を貰えず、頂けるのは旅費くらいだから。とはいえアルバトロスとフソウ島の距離は随分遠いから、旅費代とか滞在費用は嵩んでしまうかも。依頼を頂いて、教会と国の許可が下りるならば、浄化魔術を施す為にフソウ国へ正式に入国することになるからなあ。フソウの方々はどう捉えるのだろうと、大樹公さまの顔を見る。
「そうか。一考する余地はありそうだな」
「国を通した依頼であれば、アルバトロス王国上層部と教会が聖女を派遣するか決めております。もし決まった場合は……国交を開いてからでしょうか」
連絡方法が限られているからなあ。ミズガルズからアルバトロスを経由することができるけれど、フソウ国の方がどう考えるか。まあ、なるようになるだろう。今回、起こったことは報告書に纏めなければならないし、フソウ国へ訪れ大樹公さまと帝さまと謁見したことも記さなきゃならないのだから。
「確かにな。しかしまあ、神獣殿が番を見つけ、外の国の者が我々と縁を持ち、朝廷から贈り物を賜るとはなあ。みなーばぁよ、本当に貴殿は何者だ?」
「魔力量が多いだけの聖女です」
大樹公さまが目を細めながら私を見るので、魔力量が多いだけの人間であることと、アルバトロスの聖女がどんなものかを伝えておく。同じことを言っているような気もするが、認めてしまうとこれからの人生もトラブル塗れになりそうだし。
「しかし我々の神獣殿を失うのは手痛いな」
「……」
それはそうだろうなあ。護国の神獣っぽい立ち位置なのだから。国内からの突き上げをくらうだろうし、朝廷と幕府はどう収めるのだろう。どうしたものかと考えているとクロが身じろぎして、ぴょっと翼を広げた。
『ねえ、ナガノブ。西大陸で竜が多くなっているからフソウでも過ごせない?」
私の腕の中でクロが大樹公さまを見つめながら言葉を紡いだ。まあ、亜人連合国の土地が狭くなったから南の島の移住計画がある訳だし、フソウ島も移住地候補に上がれば少しはマシになるのだろうか。代表さまの判断によるだろうけれど、上手く話が纏まれば竜の方が過ごす場所が増える。魔素が少ないらしいが、西大陸に時折戻れば良いらしく問題は少ないらしい。
「クロ殿!! そんなことがあっても良いのでござるか!?」
『まだ分からないけれど、そんな未来があっても良いかなって。それにあの仔とヴァナルの子供もいずれこっちに移住するかもしれないしね』
あ、そうか。神獣さまとヴァナルの仔ができたらフソウ島に戻る仔もいるかもなあ。とりあえず、ディアンさまたちと話してみようとなり。ふう、と息を吐きドエ城へ戻って出島に向かう。越後屋さんと再度挨拶をし荷物を受け取り、ミズガルズの大帝都へと戻る為に船に乗り込むのだった。