魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0036:伯爵邸。

 ――親子だと言われても仕方ない。

 

 こりゃあ、マルクスさまがジークとリンを見て、一瞬で既視感を抱くのは仕方ない。そのくらい伯爵さまと二人は似ていた。

 

 数日前、宿舎へとやってきたクルーガー伯爵家からの使いは当主からの手紙を持って、私へと寄越した。内容はその場で確認してよいとのことで、教会職員から借りたペーパーナイフを手に取って丁寧に開くと、奇麗とは言い難い文字で『伯爵家に招きたい』と書かれていたのだった。

 そして同時に教会からの要請が私の下へと入った。伯爵さまからの治癒依頼だと告げられて、日付や時刻も一緒に知らされた。伯爵さまの手紙に書かれていた日付と同じだったので、教会を経由して治癒依頼を出し、尚且つ個人的な"何か"があるのだろうと考えながら、今日という日がやって来たのである。

 

 公爵さまの家よりも敷地面積や建屋は小さいけれど、豪邸という域を超えている屋敷がどっかりと鎮座していた。

 貴族街に建てられている家々よりシンプルな造りなのは、騎士家系だからだろうか。正門を抜けて真っ直ぐに屋敷へと繋がる道を馬車がゆっくりと進み、停車場で止まるとジークとリンが先に馬車から降り彼が手を差し出してくれた。

 

 「ありがとう、ジーク」

 

 今日は聖女としての正式な訪問となっているので、聖女の衣装を身に纏っているし、二人も教会騎士として私の護衛として控える。

 

 「大きいねえ」

 

 公爵邸よりは小さい伯爵邸を見上げる。見慣れた公爵さまの屋敷よりもシンプルな造りではあるが、お貴族さまらしく凝っている所は凝っているし、修繕しつつ家の歴史を引き継いでいる部分が所々見受けられる。

 

 「伯爵さま、だからな」

 

 「うん」

 

 玄関前に控えていたぴっちりと燕尾服を着た妙齢の執事さんが迎えてくれる。ジークとリンとは顔なじみとなっているようで、挨拶を交わしていた。お互いに仕事中なので、かなり軽くではあるが。そうして招き入れられた玄関ホール正面、一番上の階段からゆっくりと降りてくるボルドー色――暗い赤の髪を揺らしながら降りてくる男性の姿。

 

 「――ようこそ聖女さま! ジークフリード、ジークリンデも来てくれたのだね、嬉しいよ!!」

 

 年齢は四十歳前後といったところだろうか。私の後ろに控えている二人にそっくりな男性は、その年齢の割に随分とテンションが高いと心の中でぼやきつつ、男性を見据える。

 騎士の人たちの間で今まで噂が広がらなかったものだと思えるくらいには、二人にそっくりである。面倒ごとに首を突っ込みたくないから、黙っていたのかも知れないけれど。

 

 「クルーガー伯爵閣下、本日はお招きいただき感謝いたします」

 

 静かに聖女としての礼を執る途中、伯爵夫人らしき人物が視界の端に映りこんだ。まるでこちらを品定めしているような目で見ているから、あまり良く思われていないのだろう。

 ジークとリンの件もある。奥方さまにとっては由々しき問題だろうから、厳しい目で見られても仕方ない。

 

 「いえ、とんでもない! わざわざ邸までご足労頂き申し訳ない。――ただ、屋敷で施術を行っていただける方がいろいろと問題が少ないもので……」

 

 「お気になさらないでください。さまざまな事情が御有りなのは教会も当方も理解しております。早速で申し訳がないのですが、治癒をご希望の方はどちらに?」

 

 元気そうな伯爵さまが治癒の施術を望んでいる人ではないだろう。奥方さま、使用人もしくは離れにでも匿っている愛人であろうか。

 

 「ええ、私の妻になります。――こちらへ来なさい」

 

 「はい、旦那さま」

 

 伯爵さまに呼ばれて一人の女性がしずしずと歩いてくる彼女の顔は、マルクスさまに似ていると瞬時に判断できた。

 どうやら治癒を希望する方は奥さまのようだ。教会経由で依頼は貰っていたものの当日まで内容は伏せたいと希望し、ジークとリンも伯爵さまからはなにも聞かされていない。てっきり匿っている愛人だろうかと失礼なことを考えていたので、伯爵さまの株が少しだけ上がる。

 

 「よろしくお願いいたします、聖女さま」

 

 「こちらこそ」

 

 長々と顔を見るわけにもいかないので、ほどほどの所で視線を逸らして、また聖女としての礼を執り顔を上げると彼女は微笑んでくれた。

 マルクスさまに似ているというのに、纏う雰囲気は穏やかで優しい。なんだか意外だと感じつつ、きょろきょろと周囲を見渡した。

 

 「流石にこちらで施術をする訳にはまいりません。別室をご用意いただけると助かるのですが……」

 

 玄関ホールに椅子やベッドはないので、出来れば落ち着いて施術できる場所が良いし、人目は少ない方が良いだろう。

 

 「ええ、勿論ですとも! 来賓室へご案内いたしましょう」

 

 テンション高めな伯爵さまと静かな伯爵夫人。玄関ホールから来賓室へと向かう二人の背中を見つつ、どういう夫婦関係なのかが気になる所だけれど、さっぱり分からない。

 

 ジークとリンは伯爵さまが作った愛人の子だから、夫人は快く思うはずはない。二人の過去を知れば同情心くらいは湧くかもしれないが、自分が産んだ子供の嫡男としての地位が危ぶまれるとなれば、心穏やかにはいられまい。

 

 ちなみに今日は普通に登校日だったが、学院を休んでこちらまで来ている。ジークとリンには護衛は教会騎士の他の人に頼めば良いから学院に行けと言ったのだけれど、聞き入れてくれず私について来た。

 実技だけじゃなく座学の授業もあるのだからと説得しても、首を縦に振ってはくれず。まあ、いつもの事だなと騎士服に身を包んだ二人に苦笑いをしながら、一緒に馬車に乗り込んだのだ。

 

 「――どうぞ、お掛けください。今、茶を用意させましょう」

 

 「閣下、申し訳ありませんが今は治癒を優先させて頂けないでしょうか? 伯爵夫人もご了承頂けると良いのですが……」

 

 「ああ、そうですな。では終わり次第に美味い茶を淹れましょうぞ。――聖女さま、どうか妻の病気を治してくださいませ」

 

 「はい、全力を尽くす所存です」

 

 やっぱり動作が大仰だよなあと、伯爵さまの身振り手振りを見つつ奥方さまへと向き直る。

 

 「夫人、少し聞き取りをさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 「はい。答えられるものならば」

 

 とまあ椅子へと座り、夫人へ問診を開始する。どうやら長年腰の痛みが酷いようで、最近は歩くことすら辛くなってきているという。

 ドレスにヒールが標準装備のお貴族さまである。そりゃ余計に負担が掛かって仕方ないだろう。家でならばまだ楽な格好でいられるだろうが、外出や社交界へ顔を出すとなれば長い時間を立ちっぱなしだったり、馬車に長時間揺られることもある。

 

 我慢するばかりに酷くなってしまった典型例だなあと、目を細くしつつ夫人を見つめ。

 

 「よく我慢なされていましたね……」

 

 痛みに耐えて立派ではあるが、早く治癒を申し出ていれば簡単に治っていただろう。これ、何度かに分けて治癒魔術を掛けなきゃならないから、その辺りも説明しておかないと。

 伯爵さまも気付いていただろうに。ここまで放置していたのは一体どんな理由がと気になるが、患者のプライベートには首を突っ込まないのが鉄則である。

 

 「さて、治癒を施します。申し訳ありませんが、女性以外は部屋を出て行って頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 「ああ、構いませんが、どうして?」

 

 「服を着ていない方が魔術の通りが良いのです。少しではありますが、効果も上がりますので」

 

 「なるほど、そういうことなのですね。――皆、出るぞ」

 

 来賓室の中には夫人と壁際に控えている伯爵家の侍女数名とリンと私。外には伯爵家の護衛が居るだろうし、夫人に何かあればすっ飛んでくるだろう。伯爵さまが退室を簡単に呑んでくれたのは、そういう理由があるからだ。

 

 「――そろそろ大丈夫ですね。高貴な方にこういうことを申すのは気が引けますが、軽くで良いので服をはだけて下さい」

 

 流石に全裸になれとは言わないし、そこまでする必要もない。私の言葉に頷いてするすると服をはだける奥方さま。

 毎日侍女に着替えを手伝って貰っているだろうし、お風呂も介助が就いているのだろう。脱ぐことにあまり抵抗はなさそうだった。

 

 「では失礼します――"吹け命の躍動よ""君よ陽の唄を聴け"」

 

 そう言って治癒の魔術を施す。とりあえず悪い患部を治す為の魔術と自然治癒を促す魔術の二重掛け。地味な効果なので直ぐ現れるわけではないし、重ね掛けもしなきゃいけない。ただ長年、痛みに悩まされてきたというならば、高度の治癒魔術は控えた方が良いだろう。

 

 「あ……鈍い痛みが引きました」

 

 「良かったです。ですが先程も申した通り、長年我慢していたこともあり何度か施術が必要になりますので、何度か訪れることをご了承下さい」

 

 「わかりましたわ。――もっと早くに診て頂ければよかったのですね」

 

 まあいろいろと事情があるのだろう。我慢強さも美徳とされているところもあるし、弱みを見せられないこともあるのだろう。ゆるゆると首を振って奥方さまの施術を終える私だった。

 

 ◇

 

 治癒を終えたことを告げると、いそいそと伯爵さまやジークに護衛の男性陣が来賓室へと戻ってきた。

 

 「聖女さま、この度は妻の持病を治して頂き感謝申し上げます」

 

 お礼はいらないので、教会から後日申請される費用をきっちり払って頂ければそれで良い。後払いにしているからか、時折ゴネてケチをつけ値段を下げようとしたり、そのままバックレようとする人が居る。 

 その時はヤクザ並みに強面な騎士の皆さまが取り立てに伺うことになっている。

 ちなみにコレをやられるとお貴族さまには悪評が立つ。

 治して貰ったというのにお金が払えない、もしくはケチろうとしたのだと。お貴族さまって他人の追い落としに必死だよね。

 

 「いえ、お気になさらず。――まだ完治したと言い切れませんので、申し訳ないのですが何度か治癒を施します」

 

 「おや、一度での快癒は無理でしたか……」

 

 侍女の人がティーワゴンを押し、少し離れた場所で紅茶を用意し始めた。いい香りが漂っているので、上物を使用しているのだろう。猫舌だから味はあまり分からないが。

 

 「はい。高度な魔術を使用すると、術者が放った魔力に酔ってしまう可能性もあり、どんな影響を及ぼすのかがわかりませんので」

 

 施術をされた人の魔力量にもよるのだけれど、上級の治癒魔術を使用して怪我を治すと、時折魔力酔いを起こす患者がいる。

 そういう人は大抵、自身が所持する魔力量の低い人だった。膨大な魔力量を所持する私が、上級魔術に分類されている治癒を使うと、結構な頻度で魔力酔いを起こす人が多数居る。

 なので教会からは、ゆっくりと何度かに分けて治療するようにと仰せつかった。緊急時は致し方ないが、切羽詰まっていない案件はこうして何度か足を運ぶ。

 

 「それは、それは。――して寄付は増えてしまうので……?」

 

 侍女から差し出された紅茶を受け取った伯爵さまは、ソーサーからティーカップを持ち上げて一口紅茶を啜った。

 

 「いえ、完治までがお約束ですから、寄付に関しては教会が定めているもので構いません」

 

 私が特殊といえば特殊なので、こうして何度か足を運ぶにあたって料金の増額はされない。伯爵さまが気にしたのは教会が定めた馬鹿高い寄付金の心配だろう。

 いわゆる西洋医学は発展していないし、外科的治療も遅々として進んでいないのだから。治癒の魔術を使える人間が居るばかりに、本来進歩するはずの医学発展が滞っているのは如何なものか。

 とはいえ施術行為でお仕事をさせて頂いている身だから、文句は言えない。

 

 「そうでしたか、失礼を」

 

 にんまりと笑う伯爵さま。この家、金銭的に困窮しているのだろうか。歴代の当主は近衛騎士団長に任命されるから、そんなことはないはず。

 まあ気にしても仕方ないと、伯爵に笑い返して口を開く。

 

 「仕方ありません。馬鹿にならないものとなりますから」

 

 繰り返しになるが教会の定めた寄付額設定は高い。私なら絶対に利用しない、と言い切るくらいには。

 一応、お貴族さまと平民とで値段を分けて設定しているそうだが、ぼったくり価格には間違いない。

 

 「ええ、ええ。教会も、もう少し国民に寄り添って頂けると良いのですが」

 

 「教会に伝えておきますね」

 

 マルクスさまの言葉使いは乱暴だというのに父親である伯爵さまはかなり丁寧である。

 社会に出て揉まれてから身に着けたのかもしれないし、マルクスさまも変わる可能性は十分あるだろう。

 

 「親父、お袋、なにやってんだ……というかお前らもなんで居るんだ。学院、サボったのか?」

 

 いきなり来賓室の扉を開いて、顔を出したマルクスさま。噂をすれば影というのはこういうことだろうかと首をひねりつつ、どうして彼が顔を出したのだろうか。来客中にその家の子息であろうとも、失礼に当たる気がするけれど。

 

 ここ何度か彼がと接しているけれど、言葉遣いは乱暴ではあるが礼儀に欠けているとは思えない。なら、教会の馬車を見て従者から来客が居ると聞き、こうして顔を出したのだろう。

 黒髪黒目の聖女が来たと聞けば、王都では確実に私のことを指すのだから。

 

 「マルクス、お客人に失礼な態度を取るんじゃない」

 

 「確かに親父たちの客かも知れんが、学院で同じクラスだからなソイツ。ジークフリードとジークリンデは顔合わせしてるから問題ないだろ」

 

 どうやら随分と時間が経っていたようで、学院から戻ってすぐこちらに顔を出したようだ。

 

 「ソイツ呼びも止めなさい。彼女は聖女さまだよ」

 

 「知ってる」

 

 「なら、尚更ではないか」

 

 「……学院生じゃねえか。今はいいだろ……」

 

 確かに彼の言う通りまだ学生なので問題は……――いや、ある。今回は聖女として訪れているので、それなりの態度が必要なのだけれど。

 本当、この辺りの感覚は社会に出てからでないと身に付きにくいのだろう。ガシガシと頭を掻いているマルクスさまが特殊とも言えるが。

 

 ぶっきらぼうな彼の態度に苦笑いしつつ動向を見守っていると、どうやら伯爵さまが先に折れた様子。

 

 「聖女さま、息子が失礼な態度を取って申し訳ない。後で言い聞かせておきますので、お許しください」

 

 椅子に座ったまま黙礼する伯爵さまに、ゆっくりと首を左右に振る。

 

 「いえ、お気になさらず」

 

 お貴族さまに謝罪されると受け入れなければならないのが辛い所で。とはいえもう慣れてしまっているというのが現状。そしてマルクスさまの言葉使いにも。

 

 「で、治ったのか?」

 

 どうやら母である夫人の持病が気になっていたようだ。どかりとソファーに座って私に視線を寄越してくるマルクスさま。

 

 「いえ、完治はまだですね。もう何度か施術を行うので、こちらに訪れることになります」

 

 「でも鈍い痛みは引いたし、随分と具合はいいわ」

 

 「そうか。――治るようで安心した」

 

 それを聞いたマルクスさまはもう用はないとばかりに立ち上がって、部屋を出ていくのだった。

 

 「本当に息子が失礼を」

 

 「母親思いの良い息子さんではありませんか」

 

 なんだか伯爵から寄付をふんだくるのは気が引けてきた。家族なんてものを持ったことは一度もないから、こういう感情は理解し辛いけれど。一般常識と照らし合わせれば、そういうことになるのだろう。

 私の言葉に、後ろで控えていたジークとリンが目を細めていたことなど露知らず、何度か伯爵とやり取りをして屋敷から去るのだった。

 

 ◇

 

 伯爵邸から帰った時はもう遅い時間だった。早々に夕ご飯を済ませ、お風呂に入り、学院の授業の自習やら予習やらをして就寝。

 そして朝。身支度をして馬車へと乗り込み学院へと着いた。いつもの場所でジークとリンと別れて特進科の教室を目指し、いつものように自身の席へと座り一限目の授業を受ける準備をしていた。

 

 ふっと陰る何かに気が付いて顔を上げると、そこにはむっとした顔のマルクスさまが。そしてその隣には彼の婚約者であるセレスティアさまが。私から声を掛ける訳にはいかないので、失礼にならない程度に顔を見ていると、ガシガシと頭を掻きながらようやく口を開いた。

 

 「悪いな、お袋の持病を診て貰って」

 

 「まあっ! あのマルクスさまがお礼を述べていらっしゃいますわっ! ――と言っても、もう少し言い方はなんとかなりませんこと?」

 

 「うるせえ!」

 

 いつもの夫婦漫才が始まったなあと二人を眺めながら、まさかマルクスさまからお礼を言われる日がこようとは。意外な展開に少々驚きつつも、言い合う二人は止まらない。高位貴族なので誰も二人を止められないなあと、遠い目になっていると救世主が現れた。

 

 「教室の出入り口近くで騒ぐな。邪魔だ」

 

 薄い紫の目を細めて、丁度登校してきたソフィーアさまが苦言を呈する。

 

 「あーらソフィーアさん。相も変わらず真面目で堅物だこと。そのような調子では新しい婚約者探しも大変でしょう?」

 

 セレスティアさまの漫才の矛先がソフィーアさまに移った。なんだかちょっと前の胃薬をくれと願っていた頃に戻ったような気がするけれど、気のせい気のせい。

 

 「そうだな。だが、碌でもない人間の妻を務めるくらいならば、独立して事業でも立ち上げた方がマシだろう。女は政略として嫁ぐことが宿命だが、別の道もあっても良いのではないか?」

 

 「――本当に貴女は嫌味な方ですわね」

 

 「そうか。お前に褒められて光栄だよ」

 

 なんだかこのやり取りが日常になっているよなあと、一限目の授業の用意が出来ないまま予鈴が鳴ると同時に試合終了となるのだった。

 

 ――そんな毎日を過ごすこと、一週間。

 

 もう一度夫人へ治癒を施す為に伯爵邸を訪ねると、何故か伯爵さままで家に居て私を出迎えてくれた。いつものようにジークとリンも一緒。今日は学院が休みだったので事前に打ち合わせて、この日が良いと伯爵さまに我が儘を聞いてもらっていた。

 

 「本日もよろしくお願いいたします、聖女さま」

 

 「よろしくお願いします。――ではさっそく治癒を行いますので……」

 

 以前と同じように玄関ホールで伯爵さまに出迎えられ来賓室へと案内されると奥方さまが部屋の中で待っていた。

 一度行っているので、もう慣れているのか手際が随分と良い。ならばさっさと済ませ、宿舎に戻って休日を謳歌しようと前回と同じ魔術を発動させる。どうやら奥方さまの調子は良いようで、日常生活が随分と楽になったと穏やかな顔で伝えてくれた。あと何度か施術が必要だけれど、順調に回復しているようで重畳だ。

 

 「次の施術で終わりにしましょうか。――また痛みがぶり返すようなことがあれば教会に連絡をしてください。その場合の寄付は望みませんので」

 

 「はい。――本当にお世話になりました」

 

 前回の時よりも穏やかな表情で笑う奥方さまに笑みを返す。長居をするのは趣味じゃないので、用が終わればさっさと退散すべきだろうと席を立つ。伯爵さまにまた玄関ホールまで案内され、もう一度別れの挨拶をしようと居住まいを正す。

 

 「聖女さま。――申し訳ないのですが、折り入ってお願いがございます」

 

 こういう時のこういうパターンって大体碌なことがない。ないのだけれど話を聞かなければ始まらないのが、悲しい運命。

 

 「どういたしましたか、閣下」

 

 「ええ、ここでは話し辛いので別室で……」

 

 そう言って伯爵さまに先程の来賓室とは違う部屋へと案内される。しかたない今日は少々我が儘を言って日程を決めていたのだ。このくらいは我慢するかと小さく息を吐いて、指定された椅子へと座る。

 

 「すまないが人払いを。――特に聖女さま以外の女性は出て行ってくれ」

 

 とまあ変わった命を下す伯爵さま。

 

 「ジークリンデ、君もだよ」

 

 いそいそと出ていく侍女の人たちを見ながら、リンの方へと顔を向ける伯爵さま。先ほどまでの雰囲気と打って変わって、なにか緊張したものを感じ取る。

 

 「……でも」

 

 剣呑な空気が流れ始めたのを敏感に感じ取ったのか、リンが少し嫌がった。彼女が拒むのは理由がある。

 

 「閣下、申し訳ありませんが聖女から離れることは教会騎士として失格と言われております。どうかご許可を頂けませんか?」

 

 教会が定めたルールで何があろうとも仕事中は聖女から離れるなと厳命されている。聖女が怪我や命を失い騎士だけが生き残ると、不忠者と後ろ指を指される。

 

 「しかし……」

 

 「では、この話はなかったということでよろしいでしょうか?」

 

 依頼ということであれば聖女には拒否権もあるので失礼ではあるが、断ることも出来る。ジークとリンに関わる話なら、リンを追い出そうとはしないだろうから、おそらくは治癒依頼だろう。教会を経由しない不正規のルートだけれど。

 

 「む……わかりました、仕方ありませんね」

 

 後ろに振り向いて、リンを安心させるようにと笑う私に彼女が笑みを返してくれる。

 

 伯爵さまに何をお願いされるのやら。

 

 可能性は薄いが愛人にでもなれ――以前、聖女の力を目的に望まれたことがある。もちろん教会にボコられてたけれど――とでも言われるのだろうか。

 それとも他になにか違うことを、伯爵さまの口から聞くことになるのだろうかと、ふうと息を吐き大きく息を吸って、心を落ち着かせる私だった。

 

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