魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――た、卵が孵った。
というには語弊があるだろうか。部屋のベッドの横にある棚の上に鎮座している、バレーボールほどの大きさの卵に罅が入ったのだ。つい、慌てて大声で叫んでしまったことは反省しなければならない。
部屋にいたジークとリンが凄く驚いて身構えたし、まだ休暇に入っていない侍女さんたちが血相を変えて私の部屋へと急いでやってきたのだから。申し訳ないことをしたと事情を話して平謝りしつつ、竜の卵が孵る一瞬を目にしたことが嬉しかったのか『おめでとうございます』と言い残して、彼女たちは部屋から仕事へと戻って行った。
「ごめん、驚かせた」
私の部屋で控えているジークとリンにも謝っておく。
「いや、構わないが……こんなに直ぐに孵るものなのか?」
「クロの時より早い気がする……」
確かにクロの時より早いかも。でも卵を落とした竜の方曰く随分と前に生み落とし、そろそろ孵る頃なのに孵化しないので心配になって魔素の多い子爵邸に託したとのこと。
ディアンさまたちから聞いていた情報よりも凄く早いけれど、一体どうしてこんなに早く孵ってしまったのだろうか。人間であれば早産で未熟児となってしまうのだが、竜の卵の場合はどうなるのかと心配になってくる。私の部屋で普段は過し、学院や外へ赴く際は肌身離さず確りとした生地の高級な巾着袋に入れて、有袋類よろしく持ち歩いていた。それが功を奏したのかは分からないけれど。
『ナイの魔力はボクが卵だった時よりも多くなっているからね。早く孵っても驚くことはないよ』
「そうなの?」
『大丈夫、心配ないよ。魔素を沢山吸い取ったみたいだし、きっと強い仔が産まれてくる』
私の肩の上に乗っているクロが嬉しそうに目を細めて顔を擦りつけてくる。尻尾も揺れて背中を叩いているけれど、いつもより力が入っているような。
確かにクロが卵の時よりも魔力量は上がっているけれど……副団長さまとダリア姉さんとアイリス姉さんが拵えてくれた魔力を抑える魔術具を身に付けているのだが。あ、でも余剰魔力を体外に排出する機能も付与されているから、漏れ出た魔力が原因で卵の成長を促進させたのだろうか。
『竜の卵がこんなに早く孵るだなんて!』
『ええ。長ければ何千年と掛かることもありますのに』
『二週間ほどしか経っていませんよ、奇跡です!』
興味深そうに、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが棚の上を見上げていた。ちなみに彼女たちは身籠っている。直ぐに分かるものなのか不思議だったけれど、全ての生命に魔力が宿るので新しい命が産まれると分かるものらしい。
私は弱くてはっきりとまだ感じられないけれど、雪さんと夜さんと華さんは愛おしそうに自分のお腹を舐めていることがあるし、ヴァナルも父親として気になるみたい。
甲斐甲斐しく彼女たちの世話をし大丈夫かと体調を気にしているし、自分のご飯を彼女たちに分け与えている所も見る。子爵邸は魔素が満ち溢れているから、彼女たち的には十分な環境らしいのだが、強い仔を欲しがるのは自然に生きる生き物の定め。ヴァナルが分けたご飯を有難く食べているし、ここ最近赤子に栄養を取られているはずなのに毛艶が良くなっていた。
『ココ、魔力二溢レテイルカラ当然』
ヴァナルが彼女たちの横で声を上げ、彼の頭の上にはロゼさんも興味深そうに卵が孵る瞬間を見届けるらしい。
『マスターの魔力が凄いから当然!』
ドヤと目を細めて尻尾をばふばふしているヴァナルと、ドヤとつるんとした身体を揺らすロゼさんに苦笑いを浮かべた。
いずれにせよ、卵に罅が入ったのは事実だし、ディアンさまに連絡を取ってお知らせしなければ。先ほどより罅が大きくなっているし、殻から自力で抜け出すのも時間の問題だろう。連絡用の魔法具の前に立って魔力を練ると、きんと耳に音が響いてお隣さんと繋がったことを知らせてくれた。
『あ、ナイちゃんだ~』
『あらあら、どうしたのからしら。なにか困ったことでもあった? お姉さんたちはいつでも相談に乗るわよ』
アイリス姉さんの気の抜けた声が聞こえて直ぐ、ダリア姉さんの声も聞こえてきた。いつも私に対して気を使って頂いているので、有難い限りである。兄弟姉妹はいないので、姉がいればお二人みたいな感じなのだろうか。
「ご相談というよりも、報告に上がりました。預かっている卵が孵化しそうなので、ディアンさまたちにご連絡を、と」
魔法具の前で声を出す。前世で携帯電話やスマートフォンに慣れていたのに、姿が見えないのに声が聞こえるのが凄く不思議。
魔法具なので魔力的に声を変換しているのだろうけれど、一体どうやっているのだろう。あれ、でも、電話も声が届くメカニズムを詳しく知らないなあ。電波を使って声が届いているという、凄く大雑把な知識しかない。
『随分と早いわね。でもまあ、ナイちゃんの側にいたなら当然かしら』
『無事に孵るんだね~、良かったよ。じゃあ代表たちに知らせてくるね~』
驚きつつもダリア姉さんとアイリス姉さんからは嬉しそうな感情が漏れ出ている。お二人は竜なんて~と言っているけれど、なんだかんだでディアンさまたちと仲が良い。
「はい、よろしくお願いします。邸の中へこられることも、家の者には知らせておきます。あと、みんなで卵が孵る所を見守りたいので、庭に出ようかと」
竜の卵は子爵邸の庭に落とされたので、エルとジョセにルカとジアも竜の卵が孵ることを楽しみにしていた。時折、私の部屋のベランダに舞い降りて部屋の中を覗き込んだり、卵を持ってベランダに出て成長過程を見守ってくれていたから。
ジアが訳が分からず口の中に含んでしまったけれど、食べてはならないものだとルカが教えていたこともある。なら、竜の卵が孵るのを見届ける場所は庭が一番適切だろう。
『庭で見届けるの……? あ、そっか。天馬たちも喜んでくれていたものね』
『悪いことじゃないし、大勢が見ているならナイちゃんの部屋じゃなくて外が適切だね~。じゃあ、代表たちを呼んで子爵邸の庭に行くね~』
ダリア姉さんとアイリス姉さんの気配が遠くなる。どうやらディアンさまたちを急いで呼びに行ってくれたようだ。それじゃあ準備をしますかねとクロの方を見る。
「勝手に外でって決めちゃったけれど、持ち歩いても大丈夫?」
お姉さんズに注意されなかったから問題はないと踏んでいるけれど、念の為にクロにも聞いてみる。持ち歩いている途中で孵ると不味いし。
『うん、問題ないよ。卵の殻を破るまではもう少し掛かるはずだから、ゆっくりでも平気』
クロの言葉に良かったと返して、落とさないようにと大きな布を何度も重ねて折って、竜の卵をゆっくりと布の上に乗せて確りと抱え込んだ。
ジークとリンには記録用の魔術具を持って貰い、場にこれないセレスティアさまと副団長さま用に記録係となって貰う。卵を抱えて移動する私に、大丈夫かと心配そうに私を見ているジークと、好きなようにすれば良いという視線を向けているリン。二人の反応の違いに苦笑いを浮かべているとお猫さまを抱いたジルヴァラさんが部屋へとやってきた。
卵が孵ることを知ったようで、一緒にきてくれたそうだ。なら、みんなで一緒に庭に出ようと伝えるとジルヴァラさんはこくんと小さく頷いてくれる。
「ナイ、みんなを引き連れてどうしたんだ?」
クレイグがひょっこりと自室から顔を出して声を掛けてくれた。卵が孵りそうだから庭に出てみんなで孵る所を見守ると伝えると、サフィールや子供たちも呼んでも良いかと問われた。
私は答えられない代わりにクロが『みんなで見守ってくれると嬉しいなあ』と言ってくれた。子供たちも竜の卵が孵るところなんて珍しいだろうし、見ておけば良い体験になるだろう。クレイグに暇な方や興味のある方も誘って欲しいと伝えれば、応と答えて部屋を出て行った。私たちも庭を目指して歩いて行き、外へと繋がっている扉を開けた。
夏の日差しが強く少し眩しいが、空は真っ青に晴れ渡り風が吹いていた。少し暑いので、雪さんと夜さんと華さんに大丈夫かと声を掛けると、アルバトロスの気候に慣れてきたから平気とのこと。良かったと安堵しつつ、お腹に赤ちゃんがいるんだから無理はしないでねと念を押す。
「どこが良いかな……?」
みんなで見守るならどこが適切だろうと首を捻る。妙な場所だと庭木が植わっているので、見えない人もいるだろうし。むっと口をへの字にしていると、笑みを浮かべたジークとリンが私の横に並んで顔を見る。
「改修工事をしている所が一番広いな」
「そこなら今はなにもないね」
あ、冒険者パーティーリーダーが怪我を負った時に、庭が凄いことになった場所だ。人を雇って穿った地面を修復し終えた所なので丁度良いかも。じゃあそこに行こうと二人に声を掛けると、ディアンさまたちが領事館から駆けつけてくれ挨拶を交わす。エルとジョセとルカとジアも姿を現した。
「無事に産まれそうなのか。すまない、君には沢山迷惑を掛けてしまっている」
ディアンさまが卵を見て嬉しそうに笑みを浮かべると、ふいに真面目な顔に変わって私に謝罪をした。
「お気になさらないでください。ディアンさまたちには私もご迷惑を掛けていますから」
出会ってからというもの、事件が起こり過ぎている。とはいえ迷惑を掛けたり掛けられたりなので文句などなにもない。
彼の横にいたベリルさまも申し訳ないと言っているけれど、ベリルさまには北に赴く足になって頂いたり、勇者さまの件でお世話になっているので全然気にならないのだが。持ちつ持たれつの関係が一番良いよねと心の中でうんうん頷いていると、ダリア姉さんとアイリス姉さんが『やっぱり竜は堅いわねえ』『竜だからねえ~』と呑気に声を上げていた。
「移動しましょうか。このままでは危ないので」
私が抱きかかえたままだと、そこから落ちる可能性がある。竜なので強いだろうけれど産まれたばかりの仔が地面に叩きつけられ、骨が歪んでしまったとか十分にあり得る事態だ。
そうして竜の卵が孵りそうと聞きつけ、用事のない人たちが子爵邸の庭へと集まっていた。そうして一際大きな光が現れると、その中から妖精さんとセレスティアさまの姿も現れる。ヴァイセンベルク辺境伯領に戻っている彼女がどうしてと事情を知っている面子が驚く。
「あ、あら。ここはミナーヴァ子爵邸?」
きょろきょろと周囲を見渡すセレスティアさま。良かった、普通に普段着を纏っていて。これで夜着とかだと貴族のご令嬢として大問題だ。いや、勝手に貴族のお嬢さまを連れてきたことも大問題だけれど。
『貴女、竜の卵が孵る所を一番楽しみにしていたじゃない! だから連れてきてあげたわ! あ、魔術や魔法を使った誘拐は駄目だって条約が結ばれたから、貴女の父親には直談判してるわよ!』
何故、北に行ったきりだったお婆さまが子爵邸に姿を現すのだろうか。いや、まあ力の強い妖精さんだし北大陸から西へと戻るのは簡単なのだろうか。
しかしまあ、ヴァイセンベルク辺境伯さまも突然現れた妖精さんに驚いたことだろう。しかもお婆さま、以前に結んだ条約の内容を知っていて、守るために閣下にちゃんと相談済みのようだ。本人には無許可だけれど……。
「お婆が女性に失礼なことをしたようですね……お嬢さん、亜人連合国の者が突然現れ失礼を働きました。どうかお許し頂きたい」
「君の父君にも話をきちんとつけよう。お婆が済まないことをした」
ベリルさまとディアンさまがセレスティアさまに謝罪を入れる。まあ突然転移すれば誰だって驚くし、貴族のご令嬢だと問題視されても仕方ないから。
「い、いいえ、とんでもございません! 竜の卵が孵る所に立ち会える栄誉を頂き感謝いたしますわ!」
そうこうしている内に、竜の卵が随分と罅割れ卵の中が見えていた。力強く体を必死に動かして、殻を割る姿は生命力に満ち溢れている。
『あ、ナイ。孵るよ! ――え?』
「嘘、不味い!」
「みんな逃げて~!!」
クロの戸惑った声とダリア姉さんとアイリス姉さんが声を張った。卵から孵った竜が大きく翼を広げながらかぱっと口を開き、こちらに向けてブレスを放つなんて一体誰が予測しただろうか。ダリア姉さんの言う通りこのままでは不味いし、詠唱をする暇なんてない。ならば――魔力をごっそりと練って魔術障壁を張り、ブレスが空の上へ逃げるように斜め四十五度に展開させた。
いきなりのことでなにが起こったのか分かっていない面々に、状況を理解しつつも突然のことで対応できない方たち。状況は様々だが、私が張った障壁により子爵邸が焼野原になる最悪の事態は避けられ、ふうと安堵の息を吐く。
王都の空に火柱が上がった数日後、王都全体でミナーヴァ子爵邸が大炎上し即座に元に戻ったと噂が流れるのだった。
◇
卵から孵った竜は小さな身体でも、その身に宿る魔力は膨大。一発のブレスで死人が出てしまうほどの威力を持ち、竜の皆さまがブレスを吐いた所を見たことがなく――クロはブレスではなくレーザーなので……ノーカン――凄く驚くし、一瞬にして非常事態となったので驚く暇もなく、ありったけの魔力を集めて無詠唱で障壁展開したけれど。
「ナイ、大丈夫か?」
「ナイ?」
いつも私の後ろに控えているジークとリンが前に立っていた。ブレスを受けてしまうと咄嗟に私の前へと出てくれたのだろう。だからこそ私は急いで障壁を展開したし、二人とみんなが無事で本当に良かった。驚いたままの面々の顔色を確認しつつ、そっくりな二人の顔を見上げた。
「ジーク、リン、驚いたけど大丈夫。それより孵った卵は……」
どうなったの、と口にできないまま卵があった場所へと視線を向けると、何故か卵から孵った竜が殻を食べている。孵って直ぐブレスを吐くことが普通なのか、異常なのかの判断が付かずディアンさまとベリルさまの顔を見る。
『!』
孵ったばかりの幼竜は視線を向けた私たちに気付き、翼を精一杯開いて鳴く。ブレスは先ほど放った一発が限界だったようだ。口から吐こうとしているけれど、小さな口から小さな炎を発しているのに放つまでには至らない。
いわゆる、不完全燃焼状態だった。幼竜のその姿は私たち威嚇しているようだから、怖いのだろうか。クロとディアンさまとベリルさまは竜なのに、仲間がいると気付いていない。
どうしたものかとクロに視線を向けると、首を傾げて状況を理解しかねていた。ご意見番さまの記憶情報を持つクロでも幼竜の行動が分からないようだ。ブレスを吐いたのでその時の勢いはなくなり、今は一生懸命に翼を広げながらこちらを威嚇しているだけで飛んで逃げたり、爪や牙で攻撃する気はない様子。
「ナイ、ナイ!」
「どうしました、セレスティアさま?」
私の肩を叩く彼女に顔を向ける。ぐぐぐと握り込んだ鉄扇がミシミシ音を鳴らしているのだが、竜の鱗でできた扇が音を鳴らすって大概なのだが。
「なにを呆けた顔でいるのです! 竜が産まれましたのよ! しかも産まれたばかりで鱗もまだ柔らかいお姿……! 魔術具で状況を記録したいのに突然子爵邸へと赴いたので、道具を用意できておりません!」
セレスティアさまが凄く残念そうな顔を浮かべて悔しがっているのだが、ブレスをぶっ放した恐怖はないのだろうか。そういえばこの場に集まっている面子は恐怖に打ち震えている方がいない。
え、私の考え方が変なだけ? もう一回ブレスを放たれると不味いので、魔力を練ったままの臨戦態勢のままなのだが。流石にクレイグとサフィールは驚いているけれど、きゃっきゃと楽しそうな子供たち……うん。強く育ってくれて嬉しいけれど、恐怖心は持とう。生き延びる、という観点なら恐怖心を持っておいた方が無難なのだから。逃げる、という判断を迷いなくできる方は生存本能に長けているはず。
「ああ、それなら。ジーク、リン、魔術具をセレスティアさまにいくつか渡して貰って良いかな?」
セレスティアさまから視線を外して、ジークとリンの顔を見ると確りと頷いてくれる。持っていた魔術具の入った巾着袋をいそいそと持ち出していた。
「よろしいのですか!!」
「問題ありません。副団長さまに記録用の魔術具としていくつか分けて頂いておりますし、記録係は多い方が良いかと」
副団長さまからは記録用の魔術具を沢山受け取っているし、竜の卵が孵るということで私も副団長さまから魔術具を買っている。個人的に残したいシーンもあるだろうし、支給された魔術具と個人用の魔術具を分けて渡してセレスティアさまに事情を話しておく。
「あ、あの! 産まれたばかりの幼竜さまのお姿をわたくしが納めるご許可を頂きたく……」
セレスティアさまは私の話を聞き、くるりと体を回してディアンさまたちへと顔を向け言葉を紡いだ。彼女のドリル髪が一瞬しな垂れたのは何故だろう。
「許可など必要なかろう。それに若い竜たちの参考になるだろうからな。我々も君たちが王国に提出する記録には興味がある」
「ええ。記録用の絵を頂くことは叶いませんが、絵師にお願いして複製し文字は複写すれば良いだけですから。アルバトロスに許可を頂き我々も後世に残せるように致しましょう」
ディアンさまとベリルさまには竜の成長記録を残す許可を以前に頂いていた。亜人連合国の竜の皆さまは本能で子育てするので、記録とか文献は全然残っておらず良い機会だと二つ返事で許してくださった。
まかり間違って人間の手元に渡り卵が孵った時に役に立つだろうし、悪い人に取っ掴まっても育てば竜の方が力を持つ。隷属の魔術を施される可能性もあるが、そこまで気にしていると前に進むことができなくなるので、その手の心配は今は考えていない。
そしてセレスティアさまのドリル髪に張りが戻ると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて魔術具を手に取った。
「しかし……産まれたばかりというのに盛大にブレスを吐くだなんて……元気なことは良いことですが大丈夫なのでしょうか?」
髪の張りは維持しながらも、しょんと困り顔になるセレスティアさま。確かに産まれたばかりなのに高威力のブレスを吐いたことは、幼い竜の身体に影響はないのだろうか。
産まれたばかりの幼竜は、まだ私たちを威嚇して『近づくな!』と訴えている。青みの掛かった銀色の竜の姿は少しだけクロに似ているかもしれない。クロは尻尾が長いことが特徴なのだけれど、尻尾の長くないクロと言えば良いだろうか。奇しくも色味も似ているし、きょうだいと言われると納得できそうなほどに似ていた。
「我々も初めてみたからな……力の強い証拠ではあるが……少し心配だ。だが、魔素が多い場所だから魔力を失っても直ぐに回復する。そう気にする必要はあるまい」
「番となった竜は子育てをしますが、単体で卵を産んだ竜は放置が普通ですからねえ……我々も考え方を変えて、群れで育てることも考えるべきなのでしょうか、若」
ディアンさまとベリルさまが顔を見合わせる。単体で卵を産むと放置が基本なのか。あ、もしかして強い個体から産まれた卵だから生き延びる可能性が高く放置だったのかもしれない。保護されるようになって、生き延びる確率が上がるなら良いことだろうし、竜の皆さまがお世話してくれるなら、所謂『暴れ竜』のような存在が減るのではなかろうか。
「ああ、群れの中で育てるのも良いのかもしれんな」
「そっちの方針に口を出す気はないけれど、良いことじゃない。産んで放置していたことも竜の数が減っていた証拠でしょうに」
「エルフも数が減っているから竜のことを責められないけれどね~。でも、楽しいことが増えていて、長生きしようって気張っているエルフが増えたから~私たちの人口も増えるよ~」
ダリア姉さんが片目を瞑って軽い調子で言い放ち、アイリス姉さんもエルフ族が抱える問題と未来について語る。そういえば亜人連合国のエルフの街で幼いエルフさんを見たことがないような。見たことがないというのは誤解を招くかもしれないが、人口に対しての年齢分布が極端で、幼い方が凄く少ない気がしたのだ。
ま、まあ……エルフの方々の見た目は若く、実際年齢を聞くと凄く驚くけれど。以前、お姉さんズの年齢を問うと驚いた。
『はーい、ナイちゃん。それ以上は駄目』
『女の年齢は口にしちゃ駄目だよ~』
何故、思考を読まれているのだろう。しかも周囲に聞かれたくないのか、お姉さんズは念話で言葉を届けた。毎度のことと化しているし、妙なことを考えていた訳じゃないから良いけれど。
『貴女は分かりやすいんだもの。諦めなさいな』
お婆さままで……。そういえばお婆さまは北大陸でなにをしていたのだろう。
『ちょっと妖精の仲間がいないかしらと思って、向こうをウロウロしていたの。あとついでに大貴族、だっけ。彼のお仲間たちの弱点を北の王さまにこっそり教えておいたわ! 馬鹿じゃなければ役に立てるはずよ!』
えげつないなあ。バレないと思って安堵していた所に、お婆さまの悪戯で悪事が白日の下に晒された訳か。北の陛下であればお婆さまが齎した情報を上手く利用するだろう。少しでも帝室の皆さまが動き易い状態となり、民からの支持を得られると良いのだけれど。
『~!』
幼竜さまから私たちの意識が離れたことが気に喰わないのか、産まれたばかりの竜が一度吠えた。ぴりと耳に届いたその声は小さい体の割に、迫力がある。構って欲しい所は子供そのものだなと、私は地面へ屈み手を差し出す。
「こっちにおいで。怖くないよ」
産まれたばかりの竜としっかりと視線を合わせながら言葉を紡ぐ。きっと言葉は通じていない。でも、理解できなくとも言葉を交わすことはきっと大事なことである。私と視線を合わせた幼い竜はこてんと首を傾げて、口をかぱっと開けてなにかを訴える。――大丈夫ともう一度声に出すと、竜はなにか考える様子を見せながら後ろ脚を一歩踏み出した。
『…………!』
差し出した手を前にした竜が大きく口を開いて……。
「痛っ!」
……思いっきり閉じた。甘噛みの力加減を覚えておらず、結構痛い。私の指の肉に幼竜の口が喰い込んで血が出ている。指を嚙みちぎる気はないようで、首を振ったり顎に力を入れる気配はない。喰い込んだ口の端から私の血が漏れ出ているが、力任せに引き抜くと肉が削げるだけなので動くと危ないなと竜の機嫌に任せることにした。
しばしの時間が経つと、私の指から口を離してぽてん、と倒れる産まれたばかりの幼竜さん。
え、え、と困惑する私に『なんてことをするのです、ナイ!』と悲鳴に近い言葉を投げるセレスティアさま。
どうどう落ち着いてとセレスティアさまを落ち着けるダリア姉さんとアイリス姉さんに、ディアンさまとベリルさまが『彼女の血の中の魔素が濃いのか?』『限界を超えて摂取して、魔力酔いを起こしたようですね』と呑気に状況を判断している。とりあえず気絶しただけなので大丈夫というお墨付きを頂き、これからどうしたものかと首を捻るのだった。