魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
子爵邸の庭に倒れた幼竜を見下ろす。ディアンさまとベリルさまにクロは慌てる様子はないし、ダリア姉さんとアイリス姉さんも見ているだけなので問題はなさそう。先ほど聞いた言葉通り、魔力を吸い取り過ぎて気絶しただけのようだ。
見下ろすってちょっと新鮮だなんて欠片も思っちゃいない……大丈夫かなと膝を突いたまま、ぽてんと寝転がったままの小さな竜に手を伸ばして差し入れる。クロよりちょっと重い気がするのは、気絶しているからだろうか。膝の上に乗せると、小さく息を吐いて眠っているようだった。私の肩の上に乗っているクロが首を捻りながら、口を開いた。
『ナイの血ってどんな味なんだろう?』
どうって単純に鉄の味しかしないような。逆に竜の血って人間とどうちがうのかと首を傾げたくなる。竜の血を飲めば健康になるとか、寿命が延びるとか噂があってもおかしくはなさそうだ。
人間よりも備わっている魔力が高いだろうし、好事家や長生きしたいお貴族さまは血相を変えて手に入れたい代物ではなからろうか。副団長さまもディアンさまの血を手に入れていたのだが、彼はあの後ディアンさまの血をどうしたのだろう。
「舐めても大丈夫なら、舐めてみる?」
まだ傷が塞がっておらず、真っ赤な血が滴り落ちている。リンが凄く気にしてソワソワしているけれど、怪我の度合いは大したものではない。自然治癒で十分治る範囲であるが、傷が残らないかが一番の問題だろうか。お貴族さまとなっているので、体の傷があると腫れもの扱いである。私は気にしないし、むしろ言い寄ってくる男性が減るなら大歓迎だが国と教会に公爵さま方が許してくれないはず。
『え、良いの?』
「傷が塞がっていないし、まだ血が流れているからね。傷跡が残らなければ良いけれど」
いつも私の魔力をバカスカ吸っているクロだから問題はなく今更でもある。お婆さまにロゼさんとヴァナルとお猫さまと雪さんと夜さんと華さんが、ぴくりと身体を跳ねさせて興味を持っていることを示す。エルとジョセとルカとジアも興味があるけれど黙ったままで様子見するらしい。ディアンさまとベリルさまも興味があるようだが、お姉さんズに白い目で見られているので自重するようだ。
「あ、傷なら綺麗に私が治してあげるわよ、ナイちゃん。もちろん無料!」
「ダリアずるい~! 私も治せるよ~ナイちゃん!」
はいはーいと手を挙げたダリア姉さんに、アイリス姉さんも名乗り出てくれた。有難いことだけれど、ほいほいと引き受けて良いものだろうか。エルフの方々が使用する魔法は、人間が確立した魔術体系とはちょっと違ったものである。
奇跡と呼ばれることを簡単に成し遂げられるから価値がある。でもお二人のご厚意を無下にはできないので、素直に受け取っておこう。お願いしますと私が伝えると、凄く嬉しそうな顔で頷いてくれた。
「クロ、はい」
私が指を差し出すとクロは口をぱかっと開けて食む。加減を知っているから痛くはないし、クロの舌が伸びてきて血を舐めとっているのが分かる。
『うーん。この子が魔力酔いを起こしてもしかたないのかも。ナイの血は魔力が多い気がする』
舐めて人心地が付いたクロは口を開けて、私の指を解放してくれた。
「あれ、そういえばクロは果物が好物だから、生血って嫌いな部類に入らないの?」
クロは果物を好んで食べており、お肉系は一切口にしていない。あとは空気中の魔素や私の魔力でお腹を満たしているのだが、血ってお肉系だろから不味い気がしてきた。
『ナイの血だから深く考えなかったよ。他の生き物の血ならちょっと遠慮したいなあ』
クロと私が話していると、ロゼさんがこっそり私の膝上を張ってスライムの身体を一生懸命に伸ばしているので指を差し出す。
ぬっと伸びてきたスライムボディーはちょっと冷たくて気持ち良い。血を吸い取ったのかロゼさんは直ぐに離れると、通常の水色からピンク色へと一瞬変化させた後に直ぐ色が戻った。
どろーんと身体を伸ばして動かないけれど大丈夫だろうか。ヴァナルも鼻先を私に向けて興味があると行動で示す。苦笑いを浮かべながら指を差し出すと、長い舌を伸ばして血をひと舐めすればこてんと地面に伏せる。大丈夫かと心配する番の雪さんと夜さんと華さんが私の方へと顔を向け、順に指を舐めると大きな体を地面に直ぐ横たわらせた。
「大丈夫、みんな?」
私がみんなに声を掛けると、ロゼさんがぴくりと身体を動かし、ヴァナルが尻尾をぺったんぺったん地面に打ち付ける。雪さんと夜さんと華さんはどうにか首を起こして大丈夫と教えてくれた。エルとジョセとルカとジアはみんなが倒れてしまったことにより、ちょっと驚いて興味を失ったようだ。
「君の魔力に酔ったようだな。意識はあるから直ぐに回復するだろう」
「ええ。やはり血液中の魔素が濃いようですねえ。魔獣の方々がこのようになるとは驚きです」
みんなはどうにか意識を保っているけれど、卵から孵ったばかりの幼竜さんは流石にキャパオーバーとなり意識を失ったようだ。でも目が覚めたら先ほどよりも強くなるのは確定なのだとか。親和性が高いので、自分の身体の中に取り込みやすく消化しやすいのだって。
「はいはい、これ以上は駄目。ナイちゃんもほいほい血を渡すのは駄目よ」
「そうだね~。みんなナイちゃんに懐いて大変なことになっちゃうかな~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんがこれ以上は駄目だと、私の指に魔法を施してくれた。綺麗に治っている辺り、やはりエルフの方たちの魔法は凄い。確かに魔獣の皆さまが私に懐くと困る。子爵邸をこれ以上幻獣まみれにする気はなく、今でも多すぎるくらいだから。ちょっと残念そうな雰囲気のエルとジョセとルカとジアに苦笑いしながら、膝上の竜を見る。
「またブレスを吐くかもしれないし、この子の目が覚めるまでお屋敷の中には戻れないかな」
ふうと小さく息を吐いて、孵ったばかりの小さな身体を撫でる。鱗もしっかりしていなくて、トカゲのような姿だ。しかし初手でブレスを吐いたのは、私たちを敵と認めてしまったのか。次に目が覚めた時にどうなるのかと、ディアンさまとベリルさまを見上げる。私が地面に座り込んでいる上に、お二人の身長がジークより高く首がもげそう。
「普通は初めて見た者を親と認識するのですが……」
「君の魔力の多さに驚いたのではなかろうか。卵から孵ったばかりで視力が弱いだろうしな。魔力感知に敏感な個体であるなら納得はできる」
ベリルさまとディアンさまが腕を組み、頭を抱えながら言葉を絞り出した。どうも今回ブレスを吐いたのは例外中の例外のようで。
「しかし、孵ったばかりなのにブレスを放つのは、この子にとって負担なのではないですか? 無茶をした影響がなければ良いけれど……」
最後の方は私的な感情なので、言葉遣いが随分とラフなものになってしまった。クロ曰く、ブレスを放てて竜として一人前なのだとか。だから大丈夫だよと、私の肩の上で尻尾を揺らしている。クロの言葉を疑う訳ではないが、心配なものは心配で。膝の上の小さな命を撫でていると、ぱっと目が開く。私と視線が合い、乗っていた膝上から飛び上がって地面に着地する幼竜さん。
『――っ!』
一鳴きすると、翼を大きく広げて威嚇する。流石にブレスを吐く気配はないけれど、仲良くなるには時間が掛かるのだろうか。クロが私の肩を蹴って飛び上がり、孵ったばかりの竜の下へと並んだ。
人の言葉ではなく、竜の鳴き声を上げてコミュニケーションを取っている。あ、そっか。最初からクロに任せておけば良かったか。ディアンさまとベリルさまもうんうん頷いて、満足そうな顔をしているから大丈夫だろう。しばらく待っていると、クロの尻尾に幼竜さんが尻尾を搦めて機嫌よく顔を擦り合わせていた。その光景に胸を撫で下ろし、ハイテンションで魔術具で写真を撮っているお方も。
『ナイが怖かったみたいだねえ。魔力量が多すぎて敵う訳はないけれど、抗ってみたんだって。大丈夫だよ~って伝えたから、もうブレスは放つことはないよ。あと、竜や人間のことを一杯教えてあげないとねえ』
どうやら世間の理というか、竜の世界での生き方と人間との交わり方を今回のことを踏まえて、クロは幼竜さんに教えるようだ。
「そっか、良かった。ありがとう、クロ」
こちらへと戻ってきたクロにお礼を告げると、嬉しそうに顔へ身体を擦り付けた。会話の通じる相手って大事だよねえ。孵ったばかりの幼竜さんにクロの言葉が通じるのが不思議だけれど、竜の言葉で話したようだから納得はできる。
『ううん、みんなと仲良くして欲しいからね。ナイの下にいるなら凄く強くなってくれるだろうし』
「いや、私の下で生活すると決まった訳じゃないからね?」
『そうかなあ。そう思えないけれど……』
幼竜さん次第かなと、子爵邸の庭に出ている面子で地面で翼を広げている仔を微笑ましく見るのだった。
◇
卵から孵った小さな竜。見た目は可愛いく、クロとそう大きさも変わらず色味も白銀と白金だからきょうだいと言われれば納得できる。が、竜であることには変わりなく、凄く力も強い。興味のある物に反応して、ぶつかってみたり噛んでみたりと忙しい。クロが竜語で話して抑えてくれているので、少しずつマシになってきているけれど。
竜の卵が孵った翌日。ディアンさまとベリルさまは私が幼竜を預かることは問題なく、クロも一緒なので大丈夫と判断して亜人連合国へと戻っていた。
仔竜は私の部屋で過しているのだけれど……。
午前中に貴族のお仕事を終えてジークとリンと私は部屋に戻ると、籠の中で寝ていた仔竜が私の気配を感じてむくりと体を起こす。
クロも幼竜と一緒に過ごしているし、幼竜もクロから離れるつもりはない様子。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんとも問題なく過ごし、ロゼさんとお猫さまは気まま組なので我関せずか気が向いた時にだけ幼竜を相手している。ジルヴァラさんも『可愛らしいです』と言って幼竜を抱きかかえると、幼竜は嬉しそうにジルヴァラさんの顔にすりすりしているのに。
『!』
籠から首を起こした幼竜は私を見ると、目をまん丸に見開いて籠に敷いてある布の中に顔を突っ込んだ。隠れたつもりなのだろうが、身体の半分と尻尾が出ているのでそこにいるのはバレバレである。とはいえ隠れているつもりなのは承知しているので、そのままにしているけれど。今の今まで、こんなことはなかったので複雑な気分だった。
『ナイ、そんな顔をしないで』
幼竜の面倒を見るために部屋に残っていたクロが、戻ってきた私に気付いて肩の上に飛び乗った。顔をぐしぐしと擦り付けて慰めてくれるのだが、幼竜は籠の中で隠れたまま。昨日、クロが説得してくれたはずなのに何故か私を怖がるのだ。私の血を飲んで気絶してしまったから、余計に怖くなってしまったのか。昨日からこの調子なので、暫くの間はこのままのような気がする。
「しかしナイに懐かない仔がいるだなんて……しかし尻尾だけ出しているお姿も可愛らしいですわ!」
私と一緒に部屋まできていたセレスティアさまが、魔術具で写真を撮りながら不思議そうな顔をして私を見る。お婆さまの転移により、辺境伯領から子爵邸へと戻ってきており、辺境伯さまも事情を知っていたのでこのまま子爵邸で長期休暇を過ごすとのこと。
用事がある時だけ辺境伯領に戻る予定で、ロゼさんの転移で戻ることになっている。私も転移の練習をしたいので、短距離の転移を練習している所。王都の子爵邸から子爵領までの転移なら、どうにか転移を成功させている。ただロゼさんの方が長い距離の移動が可能なので、私の出番は少ないけれど。
「どうして私だけ……」
幼竜は懐いてくれないのだろう。クロが仔竜から聞き出してくれたことは、魔力量が多すぎて私が怖いとのこと。卵から孵ったばかりで視力が弱く、魔力で周囲を判断していると教えてくれた。
クロは卵から孵ってすぐに認識していたのに、と口をへの字にしながら聞いてみると『個体差があるからねえ』と普通の答えが返ってくる。
『深く悩む必要はないはずだよ、逃げないから本気で怖いわけじゃないだろうから』
「そうだと良いんだけれど……部屋の状況凄くなっていないかな?」
壊れていないけれど、家具が定位置から動いている。昨日も幼竜は体をぶつけて家具の位置を変えていた。寝る前にジークとクレイグとサフィールに元の位置に戻して貰ったのに、またお願いしなくちゃいけないなと苦笑いを浮かべた。
まあ、まだ小さいし可愛らしい悪戯なので怒ることではないし、本当に不味ければクロが止めてくれる。その辺りはクロを信頼しているし、元ご意見番さまのご威光というか……竜の方々はクロを上位に置いている節があり仔竜も同様だから。
『ごめんね。多分、力を持て余しているんじゃないかなあ。加減とかまだ分からないだろうしね』
クロが首を傾げながら言葉を口にする。もしかして私の血を飲んだから力加減が難しいのだろうか。いや、幼竜の力がもともと強い可能性だってるのだから、うぬぼれは良くない。
「孵ったばかりですし、親である竜の方がいらっしゃいませんもの。もしかして寂しいのでは?」
セレスティアさまは辺境伯領の大木の下で子育てに励んでいる番の竜を見ているので、親の竜がいないことが心配みたい。普通の生き物だと一定の期間は親元で育つけれど、竜は幻想種となり卵から孵ると一人前扱いなのだとか。例外は番で卵を産んだ場合とのこと。
『うーん、どうだろう。卵から孵れば単独で外で生きるのが普通だし、人の家で暮らすには慣れが必要なのかもね』
確かに部屋の中や家に竜がいることが異常なのだろう。慣れてしまい竜が自室にいても疑問を感じない私も私であるが。あ、あれ。部屋にスライムとフェンリルとケルベロスと猫又さまがいることも異常なのでは。最近、感覚が麻痺してきたのか増えても『ま、いっか』で済ましているような。
「普通は自然の中で育っていきますものね。今の状況で済んでいることが逆に奇跡なのでしょうか?」
『かもねえ。ボクは前の記憶があるし、ナイの側にいたいって気持ちが強くて無茶をしなかったからね』
セレスティアさまが私の肩の上に乗っているクロを見下ろしながら話をしていた。幼竜は隠れているのにクロが相手をしてくれないことが気になったようで、布から顔を出してクロへと視線を向けていた。午前中はクロが構ってくれていたけれど、今は私の肩の上である。じっとクロを見つめて一鳴きして、こちらにきて欲しいと言っているような。
「行かなくて良いの?」
『うーん。あまり彼女のいう通りにするのも問題だからねえ』
「あれ、女の子なの?」
『うん、あの仔は女の子だよ。言ってなかった?』
「初耳だね――あ」
クロが相手をしてくれなかったことに拗ね、幼竜はジークの下へと歩いて進む。昨日からジークには懐いており、甘え鳴きをしているから彼を相当に気に入っているらしい。
ぺたぺたと絨毯の上を歩いて、ジークの下へようやくたどり着くと、背の高い彼を見上げて一鳴きした。ジークは困ったように私とクロを見て、床にしゃがみ込んで手を差し出す。後ろ脚の力でジークの腕の中へと飛び込んで行く。抱きかかえたジークが立ちあがると、リンも幼竜が気になるのか彼の腕の中に視線を向けた。セレスティアさまは彼女の下へきてくれないことに落ち込んで、しょぼんとなっている。
「翼、使ってないね……大丈夫かな」
幼竜は飛ばない。いや、飛べないと言った方が的確だろうか。二本の後ろ脚でお尻を揺らしながら、ゆっくりと歩くだけ。クロの時は直ぐに飛びまわっていたので、深く考えていなかった。卵から孵って二日だから、気にし過ぎと言われるとそうだとしか言えない。
『そういえば、一度も飛んでいないね。直ぐに飛べるはずなのになあ……ボクは無意識で飛んじゃったから飛び方を教えてあげられないし』
うーん、とクロと私は頭を抱える。クロは一切手が掛からなかったし、ルカもジアも親であるエルとジョセが天馬のルールを教えていた。お猫さまも仔猫に一応は猫のルールを教えていたので、やはり親の存在って大きい。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんの仔は二頭がきっちりと育てあげてくれるはず。ヴァナルはお猫さまの仔猫を育てていたし、雪さんと夜さんと華さんは初めての出産になるのだが、天馬のジョセになんだかんだと聞いている。
「クロさま、ナイ! 竜の教育であれば辺境伯領の大木に参りませんか? 竜の皆さまが仔育てに励んでおりますのから、この仔に丁度良い環境でございましょう!」
セレスティアさまの言葉に納得したクロと私は確りと頷く。確かに辺境伯領の大木の下であれば、竜の皆さまがいらっしゃるので仔竜に飛び方を伝授して頂けるかもしれない。彼の場所に居付いている皆さまは穏やかで紳士的な方ばかりだから、幼竜も彼らを見て学ぶことがあるだろう。
「では辺境伯さまに許可を頂いて、大木の下に行ってみましょう」
辺境伯さま以外にも、亜人連合国のディアンさまたちや王国と教会にも話を通しておかなければ。なにか問題が起こって、私の居場所が不明だと騒がれても困る。
移動手段はロゼさんにお願いすると、快く快諾してくれた。ジークの腕の中にいる幼竜に視線を向けると、ぷいと顔を逸らされてしまい少々悲しい気分になりながら、連絡を取るために部屋から出るのだった。