魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
竜の卵が孵って数日後。
辺境伯領にお出かけする準備が整った。仔竜が飛べないとディアンさまとベリルさまに相談したのだが、教えたくても身体の大きさが違い過ぎて参考にならないと凄く申し訳なさそうな顔で仰った。ならやはり、辺境伯領の大木の下で子育てをしている竜の皆さまに教わるのが一番だろうと、セレスティアさまの提案を吞むことになる。
辺境伯家に事情を話すと、辺境伯閣下とセレスティアさまが是非お屋敷に泊まって欲しいとのことなので、迷惑でなければよろしくお願いしますと伝えておいた。
私が辺境伯邸に泊まることによって、社交界で優位に立つとかなんとか。そんなことで優位に立てるのか不思議であるが、貴族女性のお茶会は情報収集と流行把握とマウント合戦がメインである。討伐遠征だと野営が基本で、お貴族さまから屋敷に泊まらないかと誘われてもやんわりと断っていた。突発の治癒依頼が発生する可能性もあったし、面倒事を避けるための自衛だったのだが、ヴァイセンベルグ辺境伯閣下であれば問題は起こさないという信頼がある。
「クレイグ、サフィール、お留守番よろしくお願いします」
私はお留守番組となるクレイグとサフィールと言葉を交わす。彼らも一緒に行こうと誘ったけれど、クレイグは家宰さまの下で勉強したい、サフィールは子供たちのお世話があるからとやんわり断られた。
それなら辺境伯領のお土産を買ってくると、昨日約束を交わしている。孵ったばかりの幼竜は相変わらず、ジークの腕の中である。私が仔竜に手を伸ばすと、ぷいと顔を背けてジークの腕と身体の間に挟まって隠れてしまう。少し寂しいが、私に懐いてくれないのだから仕方ない。クロとロゼさんとヴァナルが慰めてくれるし、雪さんと夜さんと華さんも気遣ってくれる。
「おう。気を付けて行ってこいよ。問題、起こすんじゃねぇぞ」
「気を付けてね、ナイ。問題が起こったら、ちゃんと皆さんに報告するんだよ。小さなことまで忘れずにね」
どうして二人は私がやらかすこと前提なのだろうか。辺境伯領の大木の下へと行き、竜の皆さまや幼い竜の方々に飛び方をレクチャーして貰うだけである。
確かに行くところ行くところで問題を起こしてきたが、今回は何度も訪れている辺境伯領だ。問題なんて早々起きないと、二人に返事をすると疑いの視線を向けられ、私は問題なんて起こらないよと言って二人と別れた。
私の肩の上にはクロが乗り、後ろにはジークとリンが控えて彼の腕の中には卵から孵ったばかりの幼竜が。ヴァナルも一緒に付いてくるので、必然的に番である雪さんと夜さんと華さんも一緒だ。
ロゼさんは今回一番大変な転移の仕事を請け負ってくれるのだが、みんなで転移するのが嬉しいのか凄く張り切っている。お猫さまとジルヴァラさんはお留守番組だった。お猫さまはお屋敷で自由に過ごす方が良いらしい。ジルヴァラさんは子爵邸のお掃除をしているので、お気になさらずと言っていた。
庭に出れば準備を終えたセレスティアさまも待っており、ふふふと不敵に笑っている。竜が大好きな彼女のことだから、竜が増えることは嬉しいだろうし幼竜が一生懸命に空を飛ぶ姿を想像しているのかもしれない。
ばっちりと決まっているドリル髪が普段よりキラキラしている気がする。あ、あと亜人連合国からご意見番さまがお気に入りだった花を分けて貰った。去年は忘れてしまったので、今年は大木の下にきちんとお花を添えようと考えたのだ。気まぐれすぎて申し訳ないのだが、こういうものは気持ちの問題である。ご意見番さまが大地の中で喜んでくれれば嬉しい。
「参りましょう、ナイ」
「はい。ロゼさん、お願いします」
セレスティアさまが私に声を掛け、私はロゼさんへと声を掛けるとぽよんと身体を揺らす。ロゼさんと副団長さまの師弟関係はまだ続いており、子爵邸に顔を出した副団長さまに教えを乞うているみたい。それが理由か分からないけれど、長距離転移が得意になっている辺りロゼさんの魔術の上達振りが早い。
ロゼさんのマスターである私より早くて私の立つ瀬がないが、副団長さまに師事しているのが原因なのかロゼさんは攻撃系の術が得意なので、防御系となると私に分がある。
『ロゼの周りに集まって!』
ロゼさんの指示に従って、みんながまわりに集まった。そうして詠唱が始まると大きな魔術陣が展開する。ふっと内臓が浮く感じがすれば、景色は子爵邸の庭から森の中へと変わっていた。
近くには辺境伯家の騎士さまが在中する小屋が建っており、先にご挨拶に向かおうとセレスティアさまと私は並んで歩いて行く。その後ろをジークとリンにヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも一緒に歩いてくる。ロゼさんは興味を失ったのか、私の影の中へと消えていた。
「ミナーヴァ子爵、ようこそヴァイセンベルク辺境伯領へ」
私たちが小屋に辿り着く前に扉から出てきたのは、ヴァイセンベルク辺境伯閣下、ようするにセレスティアさまのお父上である。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんに驚きつつも、平常心を保っているのは流石だろう。どことなく彼女に似ているかなと頭の中で考えながら、私も挨拶をしようと口を開いた。
「閣下。急な申し出を受け入れてくださり感謝いたします」
私が口上を終えると、肩の上のクロが脚を器用にふみふみしながら顔を擦りつけてきた。どうしたのだろうとクロを見ると、目を細めながら口を開く。
『ナイ、ナイ。ボクも挨拶して良い? ――いつもありがとう。これからもよろしくね』
クロにどうぞ、と返すと嬉しそうに閣下へと顔を向けて礼を述べる。確かに辺境伯領だったからこそ、誰にも邪魔されずに竜の皆さまが子育てに励むことができるのか。ご意見番さまの大木が小さな領にできると、凄く目立つだろうし管理も大変な上に竜の皆さまも住み着くのだから。
「いえいえ、お気になさらず。亜人連合国の代表殿には世話になっている上に、この場にいらっしゃる竜の方々にも我々辺境伯領の者は助けられております。これもミナーヴァ子爵がいらしたからこそ――」
大規模討伐遠征までは魔物の襲撃で周辺領も大変だったけれど、浄化儀式からは凄く落ち着いているそうだ。
『うう、ごめんねえ……悪気はないんだけれど……竜って死に場所を凄く大事にしているのに邪魔されちゃったから……』
クロが翼を広げて器用に自分の顔を隠した。どうやら先ほどの辺境伯さまの言葉に思う所があるようだが、クロが謝る必要はないのでは。大地に還ろうと気に入る場所を探していたご意見番さまに手を出した銀髪くんが悪いのだから。
「ああ、申し訳ありません! 決して貴方さまを責める意味で申した訳ではないので……私の失言でしたな。以後、気を付けましょう」
辺境伯さまが慌てた様子でクロへと頭を下げる。ご意見番さまの記憶……といより情報を持っているクロは他人事とは思えないようだ。
「クロ。誰だって悔やむことだろうし、終わったことでもあるんだよ。あと浄化儀式がなければ私はクロや亜人連合国の皆さんと会えていないし、ソフィーアさまとセレスティアさまが私の侍女になっていないよ」
子爵位も賜っていないし、多分、フィーネさまとも関わることはなかっただろう。教会にお金を奪われたまま泣き寝入りするか、国か教会が手を回して私が直接聖王国へと乗り込むことはなかった。それからもいろいろあるけれど、ご意見番さまの浄化儀式を執り行っていなければ今の私はなかったと自信を持って言える。
泣く泣く運営しはじめた領も、発展していく所や新規に特産物を作ろうと考えたり領地に住まう方々がより良い暮らしをするにはどうすべきかを考えるのも楽しいのだ。お貴族さまなんて面倒だと考えていたけれど、領地運営は楽しいし、真面目にお貴族さまをやっている方もいらっしゃる。案外悪くはないのかなと、考えを変え始めているのだから。
「言い方は悪くなるけれど、ご意見番さまが辺境伯領方面を選んでいなければ、今こうして竜の皆さんが卵を産むこともなかったからね」
『ありがとう、ナイ。えっと……セレスティアのお父さん、で良いかなあ。これっきりにするけれど、ごめんね。あとさっきも言ったけれど、これからもよろしく』
クロの『セレスティアのお父さん』という言葉に思う所があったのか、セレスティアさまが妙な顔になっていた。貴族のご令嬢として不味い顔なので、これ以上はなにも言えない。辺境伯さまがクロに『はい。よろしくお願い致します』と言いながら娘の背中を引っ叩くと彼女は平常を取り戻していた。
「では閣下、我々は大木の下に参ります」
辺境伯さまに頭を下げて、私たちは竜の皆さまの下へと歩き始めた。
◇
辺境伯領の大木は、季節が夏ということもあり鮮やかな緑色の葉っぱが生い茂り、風が吹けば枝をしならせながら揺らしている。小さな洞にはリスが住み着いているようで、時折空洞から顔を覗かせてこちらを窺っていた。竜の方々がいらっしゃるので大型の肉食動物が少なく、小動物にとって大木周辺は住みやすい環境となっているようだ。
監視小屋に在中している騎士さまの案内で大木の下へと進めば、寝ていた竜の皆さまがむくりと首を起こしてこちらをむいた。大人の竜の皆さんはその場で待ってくれ、仔竜の皆さんはこちらへと駆けてくる。
走っている仔もいれば、飛んでこちらにくる仔もいるので、卵から孵ったばかりの幼竜さんの参考になれば良いのだけれど。幼竜さんは相変わらずジークの腕の中で、きょろきょろと顔を忙しなく動かし状況に目を白黒させている。
仔竜の皆さまがこちらへとやってきて『聖女さまだー!』『聖女さまー!』私たち一行の周りを走り回る。飛んできた仔竜は地面に脚を付けて上手く着地した。勢いをゆっくりと抑えて、脚をちょこまかと動かしている様は可愛い。微笑ましい光景をみて楽しんでいると、大きな竜の方が首を伸ばして顔を私たちの目の前に出して小さく口を開いた。
『お久しぶりです、聖女さま』
竜のお方は声帯を使って喋るというよりも、魔力を使って疑似的に喋っているという感じだ。多分、私たち人間に合わせてくれているような気もする。
「皆さま、お久しぶりです。子育ては順調ですか?」
ひと際大きい竜の方のお顔が目の前にあるのは壮大な光景だ。近くに寄って頭を下げると、目を細めながら『フスー』と竜の方が息を吐くと私たち一行の髪が揺れる。
本当に大きいよねえとしみじみ感じながら、撫でて欲しいという気配を感じ取ったので鼻先を撫でた。仔竜の皆さまが『ズルい!』『聖女さま撫でて!』と、直接リクエストされたので彼らも撫でる。脇の間に顔を突っ込んでみたり、クロと挨拶をしたり、卵から孵った幼竜が気になるのかジークの下へ行き、すんすん鼻を鳴らしたりと忙しい。
『はい。環境が凄く良く、辺境伯領の方々もお優しい方ばかりなので問題はありません。時折、悪戯目的で侵入してくる方もいますが、騎士の皆さまと我々で対処できております』
子育ては順調なようでなによりだ。辺境伯領に忍び込んで悪さをしようと考えている人たちがいるようだが、竜の皆さまに敵う気がしないし、騎士の方々も在中しているのだから無謀なことをするものだ。少し離れている場所で待機している騎士さまが、ふふふと良い笑みを携えて胸を張っているので、侵入者を許さないという意気込みの表れだろうか。
「無理や無茶はしないでくださいね」
『そうだよ~。敵わない相手かもしれないから、その時はみんなを連れて逃げてね』
とはいえ勇者さまのような『無敵の人』が出てくる可能性は十分にあるのだから、油断しない方が良いだろう。
『はい、承知いたしました。今日は、産まれたばかりの竜に飛び方を教えて欲しいとのことでしたが……我々成体では少々不都合がありますので、子供たちに任せてしまおうかと』
成竜さんがジークの方へ視線を向けると、幼竜は吃驚したのか身体を動かしてジークの腕と身体の間に顔を隠した。微笑ましく見守る人たちに竜の方たちは少々驚いている。
『おや。照れ屋なのか、警戒心が強いのか……どちらかは分かりませんが、臆病が原因でなければ良いのですが』
確かに臆病なのは問題なのかもしれない。自然界で食物連鎖の頂点に立つであろう竜が臆病というのもいかがなものかと考えてしまう。そういえば幼竜は一人で行動しない。常にクロが一緒にいるか、ジークとリンの腕の中である。あまりにも酷いなら自然の中に一頭で過ごすことも考えた方が良いのだろうか。もちろん、ディアンさまとベリルさまに相談してからだけれど。
「臆病なことは、竜の皆さまの間では問題ですか?」
私が小さく首を傾げると成竜さんも同じように小さく首を傾げながら考える様子を見せた。
『個体によりますね。ただ他の竜たちから気弱な奴と馬鹿にされる可能性がありますし、臆病な度合いが酷いと引き籠ってしまうので。それではあまりにも可哀想です。我々には翼がある。やはり空を飛んでこその竜でしょう』
『飛ばない仔もいるけれどねえ。多くの竜は空を飛ぶのが宿命みたいなものだから』
成竜さんとクロが目を細めながら、私を見た。飛ばない、というより飛べない個体かなあ。確か飛べない竜の方は飛べる竜の背中に乗って、ご意見番さまの大木の下までやってきていた。飛べるのに引き籠りじゃあ勿体ないし、幼竜が臆病でなければ良いのだが。まさか家具を壊そうとしたのは、知らない物があるからその恐怖故の攻撃だったのかもなあ。
『あの仔が臆病と決まったわけじゃないし、みんなと一緒に頑張って飛び方を教えてみるよ。ナイはどうするの?』
クロの言う通り、産まれたばかりで警戒しているだけなのかも。未だにジークの腕の中で顔を隠して尻尾を隠していない幼竜に苦笑いを浮かべる。
「とりあえず頂いたお花を添えてくるね。竜のみんなが飛ぶところも興味があるから見学させて欲しいかな」
頂いたお花を抱えたままだし、辺境伯領の大木の下へ訪れて真っ先にやりたいことだから。ご意見番さまの生まれ変わりはクロであるが、ご意見番さまの意思は大地に還っている。本当に妙な縁だけれど、手を合わせるくらいは良いだろう。
『わかった。ボクはみんなに状況を話してくるね~』
「お願いします、クロ。――君はどうするの?」
私の肩の上から飛び立つクロを見送り、ジークの腕の中で顔を隠している幼竜に声を掛けた。一瞬、目だけを出して私を見るとまたジークの腕に顔を埋めて隠れる。
あちゃあ、重症だなあとジークを見上げると、彼も片眉を上げながら困った顔になっていた。その近くでしょぼんとしているセレスティアさま。幼竜さんが自分に懐いていればジークのように振舞えたのにと、残念がっているのだろう。
「ジークから離れそうにないね。とりあえず私は花を添えに行ってくるから」
花を供えると言いたくなくて、以前から花を添えると言っている。ご意見番さまは竜として大地に還ったのだから、彼のお方の魂はきっと大地の中で生きている。自己満足かもしれないが、供えると言ってしまうと死ねば終わりと告げているようでなんだか悲しい。
「俺も行こう」
「私も行くよ、ナイ」
ジークとリンが半歩前に出る。二人もご意見番さまに小さな花束を用意しているので、私は二人に視線を向けて頷く。
「ナイ、わたくしも参りますわ。花を用意しておりますので」
セレスティアさまも一緒に花を添えてくれるようだ。花を用意していた気配はなかったけれど、辺境伯閣下に連絡すれば簡単に手配できるだろう。大勢で向かう方が賑やかで良いだろうと、私は彼女にも確り頷いて歩き始め大木の下へと辿りつく。地面にしゃがみ込んで、ご意見番さまが生前好いていたという花を大木の根元に添え目を瞑る。
二年前から今日まで……――いろいろとあったなあ。大変だったけれど、振り返ってみると悪くなかったかもしれない。心の中で凄く文句を垂れていたけれど、今に繋がっている。でも犠牲にしたものもあるから喜んで良いことばかりじゃない。でも、まあ。
――ありがとうございます。
ご意見番さまの浄化作業を執り行わなければ、今の私はない。こうして花を添えることもなかっただろう。私ではなく他の聖女さまが執り行っていれば、その人が今この場に立っていたかもしれないけれど。本当に運命の巡りあわせというものは不思議なものだ。
『本当に、不思議なものですね』
女性の穏やかで厳かな声が耳に届いた。聞き慣れない声で、子爵邸の面子ではないことが直ぐわかる。
「え?」
私の口から抜けた声が出て目を開くと、大木の下に添えた花の側から緑色に淡く光る女性の姿。長く伸びた髪の先は辺境伯領の大木の下に繋がっている。すすすと私に近寄り手を伸ばそうとする女性の前に、護衛の二人が立ち塞がった。
「ナイ!」
「ナイ、下がって!」
ジークとリンが私の前に立ち緊張が走る。けれど、それも直ぐに解けるのだった。
『大丈夫よ! この子は木の精霊。敵意もないし、彼女に興味を持って現れただけだから平気!』
ぱっと眩しく光るとお婆さまが現れた。いつも気まぐれで現れるけれど、目の前に佇んでいる女性同様に本当に唐突である。
「お婆さま。どこに行ったのかと思えば、いらっしゃったのですね」
『いつでもどこでも現れるのが妖精だもの。貴女が魔力を注いで二年が経っているし、どこかの精霊に挿し木をした時も魔力を与えていたじゃない。精霊が産まれても驚かないわよ!』
お婆さまの言葉に、いや驚いてくださいと反論したくなるけれど、今までが今までだけにこの状況を認めて現状を把握しないと、後で大変なことになりそうだと女性の精霊さんと視線を合わせる。にこりと綺麗に微笑む精霊さんに、どう言葉を掛けたものかと考え始めるのだった。