魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
辺境伯領の大木から精霊さんが産まれた。竜の卵が孵ったばかりなのに、いろいろなことが起こり過ぎではないだろうか。辺境伯領の発展を考えると良いことだから、セレスティアさまは凄く喜んでいる。事実を知った辺境伯さまは驚くかもしれないが、辺境を統治する方なので大丈夫だろう。竜の皆さまと護衛の騎士さんたちが大木を守っているのだし。
『随分と前から意識はあったのですが、せっかくならば私へ魔力を注いでくれた方へ一番最初にご挨拶をと考えまして』
大木からは離れられないのか、精霊さんは佇んだまま一歩も動かない。エルフのダリア姉さんとアイリス姉さんも人間離れした美しさであるのに、目の前の精霊さんは二人を超える美しさ。ただでさえ顔面偏差値が高い世界なのに、まだ上を行く方がいるだなんて。本当に世界は広いなあと感心していると、お婆さまが私の横に移動し肩の上に乗る。
『ね、ね。ご意見番の意識はあるの?』
お婆さまが私の肩の上に乗ると、クロが気づいてこちらへと飛んできて反対側の肩に乗る。竜の皆さんへの説明は終えたのだろうかと顔を向けると、クロも顔を向けてこてんと首を傾げた。
『意識というより記憶の欠片のようなものでしょうか。過去に彼の方の周りで起こったことを部分的に知ることができます』
精霊さまはご意見番さまの記憶情報があるものの、ご意見番さまという訳ではない。あくまで別の個体であり、大木から産まれた精霊さんなのだそうだ。動けないので辺境伯領の大木周辺の見届け人となるそうで、精霊さんが産まれたことに驚いている竜の方々は次第に、めでたいめでたいとお祭り騒ぎのようになってきた。
「クロとの関係性はどうなるのですか?」
クロと精霊さんはどういう関係になるのだろうと、直接聞いてみた。私の言葉ににっこりと微笑みを浮かべた精霊さんは、もっと近くに寄れと手招きする。嫌な感じはしないし、辺境伯領の大木の精霊さんであれば大丈夫だろうと、二、三歩前にでる。
『関係ないとは言えませんが、全くの別の個体となりましょう。彼の方が残した卵から孵ったのでしょう?』
『うん。ボクは彼の生きたいという願いを引き継いだからね。引き籠っていた彼の代わりに、世界を沢山みてみたいんだ』
ご意見番さまが起因しているけれど、クロと精霊さんは同じではないようだ。とはいえご意見番さまの記憶を情報として持っているようだから、知識量は凄く高そうである。何万年も生きた記憶を処理できる脳を持っているって凄くないかと思うし、何万年も生きたご意見番さまも凄いけれど。
『私は大木を守って欲しいというご意見番さまの願いから産まれましたから。しかし貴女は人の身でありながら私たちのような者に好かれておりますね。魔力を注いで頂いたお陰で私も並々ならぬ感情を抱いております』
いやいや。そんなはずは……確かにリームの聖樹さんに挿し木をするため、小枝を頂いた時に魔力を注いだが気持ち程度である。南の島に阿呆ほど注いだ時とは訳が違う。きっと辺境伯領の魔素量が高いことと、ご意見番さまの最後の場所だから、精霊さんが産まれた一番の原因はソレであろう。
「有難いことに皆さまには良くして頂いております」
『それはそうでしょう。貴女の魔力の多さは特出しておりますから』
ふふふと笑って手を差し伸べ、私の頬を撫でる精霊さん。人間の体温よりも低いのか、少し冷たさを感じて目を細める。む、と首を傾げたクロが顔を擦り付け、その様子を見たお婆さまがニヤニヤした顔を浮かべていた。なんだろうこの状況と頭を悩ませつつ、目の前の精霊さんは大地の見届け人となるのだろうか。
『ええ、この地で竜の皆さまと一緒に過ごします。ご意見番さまよりも長生きをしたいですねえ』
『木の精霊だから大丈夫でしょ!』
お婆さまが両手を腰に当てて、仁王立ちのポーズを取る。前世の記憶があるせいか、文明が進んで伐採されなければ良いのだけれど……と切ないことを考えてしまう。魔力や魔術があるからどう文化や歴史が成熟するのかは未知だけれど、ずっとずっと根を張って生き抜いて欲しいものだ。
『またこの地にいらしてくださいね。私はいつでも歓迎いたします。――さあ、孵ったばかりの仔竜に飛び方を教えるのでしょう。私に幼い竜が成長する姿を見せてください。お花、ありがとうございます』
「いえ。私たちも思い入れのある場所ですし、竜の皆さまもいらっしゃいます。今後ともよろしくお願い致します」
精霊さんは私たちの目的を知っていたようで、更に柔らかく微笑んで私たちを待っている竜の皆さまへと視線を向けた。竜の皆さまが精霊さんの視線に気が付いて、今がチャンスと考えたのかこちらへとやってくる。
『精霊さんだー! よろしくねぇ!』
『僕たちここにいて良かった!』
小さな竜がジークや私の間を通ってぬっと顔を出し、精霊さんへと声を掛ける。精霊さんも微笑んで、よろしくお願いしますと挨拶を交わしているので喧嘩の心配はなさそう。卵から孵ったばかりの幼竜さんは、ジークの腕の中にまだいて状況をあまり掴んでいない様子。
『めでたいことですね。我らのご意見番さまのご意思を継ぐ方が違う形で現れてくださいました。我々は歓迎いたします。ああ、代表にも知らせなければなりませんね』
大人組の竜の方が一頭顔を近づけて精霊さんと挨拶を交わした。あ、そうだ。アルバトロスに報告しなくちゃいけないけれど、亜人連合国にも私から一言あった方が良いだろう。危ない忘れるところだったと安堵の息を吐いて精霊さんを見る。ご意見番さまに近しい方なのか、凄く存在が穏やかで竜の方にもふふふと笑みを浮かべていた。
「飛ぶ練習、してみなきゃね」
『そうだね。頑張ろう……って、ナイが声を掛けると隠れちゃうね。どうしてだろう……?』
ジークの腕の中にいる幼竜に声を掛けると、また顔を隠してしまった。竜の皆さまはやれやれと言った感じで見ているだけだ。うーん。ちゃんとお話したいのだけれど言葉はクロか他の誰かに通訳をお願いしなくちゃいのは少し寂しい。
『恥ずかしいだけではないですか? 貴女の魔力が影響しているならばあり得ることかと』
精霊さんが小さく首を傾げながら言葉を紡ぐ。精霊さん曰く、強く影響を受けているだろうから照れ隠しの一種なのだとか。幼竜との最初の邂逅が拒否された感じだから、私は遠巻きで幼竜を見ているだけでクロに任せていたことが不味かったのかもしれない。子育てって難しいねと口を真一文字に結ぶと、周りのみんなが苦笑いを浮かべる。
「それだけなら良いのですが。あれ、もしかしてジークの言うことなら聞いてくれる?」
私の言葉にジークが微妙な顔になる。幼竜は気配を感じ取ったのか、隠していた顔を出してくるっと首を傾げた。小さくて可愛いなと目を細めると、びくっと身体を揺らしてまた顔を隠す。どうしてぇ……と泣きそうになるがジークの顔を見上げて、幼竜になにか言ってあげてと無言で訴えると、彼は腕の中の幼竜を上手く誘導して視線を合わせた。
「――なあ。君に危害を加える者はいないし、邪魔をする者もいない。飛べなくても良い、他の竜と遊んできて良いんだ」
『ほら、ボクと一緒に行こう』
ジークが幼竜に声をかけ、クロも私の肩の上から飛び立ち声を掛ける。幼竜はジークとクロの言葉に納得できたのか、彼の腕からひょいっと降りて地面に着地する。
相変わらず飛べないようなのだが、今から仔竜の皆さまに飛び方を教わるのだから、直ぐに飛べるようになるかもと期待しながら見守っていると精霊さんがおいでおいでと手招きをした。逆らう理由もなく精霊さんの隣に立つと地面を指差され、精霊さんと私は地面に座る。お婆さまも私の膝の上に座り、ヴァナルも横に寝そべると雪さんと夜さんと華さんも地面に身体を横たえた。
『飛べると良いのですが』
クロと幼竜が仔竜さまたちの下へと行って、わちゃわちゃと遊び始めた。飛び方を教わるのではと首を傾げるが、遊びの中で学べることもあるのだろう。
仔竜の一頭が鼻先に幼竜を乗せておもいっきり放り投げたり、背中に乗せて飛んでみたりと忙しない。クロは微笑ましそうに見守っているし、ジークとリンは私の近くで待機している。セレスティアさまは至福の光景に蕩けた顔をしていた。そのうち現実に引き戻るから好きにして頂こう。
「ですね」
私がそう口にすると、精霊さんの髪がぬぬぬとこちらに伸びてきて、私の手首に絡みついた。一体なにごとかと驚いた顔になれば、精霊さんも驚いて無意識でやってしまったとのこと。気持ち魔力を吸い取っていった気もするが、クロやお婆さまに竜の皆さまだって私の魔力を吸い取っているのだから、精霊さんにだけ怒れないなと夏の晴れた空を木々の隙間から見上げるのだった。
◇
辺境伯領の大木の下へと辿り着き、数時間が経っていた。
仔竜さんたちの中に交じって、幼竜さんが一生懸命に翼を広げて飛ぼうとしているのだが空へ飛び立つことはない。手本として空中に浮きあがる仔竜さんを見て、幼竜さんがなんとも言えない一鳴きを零す。
『どうしてだろう?』
『なんでだろう?』
飛べない幼竜さんに首を傾げたあと、へなっと首を下げる姿は可愛いのだが、やはり飛べないことは問題だよねと目を細める。私の隣に立つ大木の精霊さんも竜が飛べないことに首を捻っているし、顔を寄せている大人の大きな竜の方も悩まし気な顔をしていた。
『大丈夫だよ。飛べないなら飛べないで生きていけるし、魔力を一杯蓄えれば飛べるようになるかもしれない』
クロが幼竜さんに声を掛ける。竜の方曰く、空を飛びたいと強く望めば飛べるものなので、幼竜さんは空を飛びたいと願っていない可能性もあるのだとか。それなら無理に飛ぶ必要はないのかなと頷き、自然の流れに任せた方が良い気がする。亜人連合国には空を飛べない竜の方もいると聞くし、生きて行く上で問題がないのであれば構わないのだから。
とはいえ飛べないことに対して、翼を広げて切なそうに鳴く幼竜さんを見るのは心が痛むし、周りにいる仔竜さんたちも目を細めて気落ちしているので、飛んで欲しいというのが私たちの本心だった。
『今日はここまでですね。聖女さまは辺境伯閣下の所で一泊すると聞き及んでおりますが……明日もこちらへ?』
大人の竜の方が問いかければ、精霊さんの絡んだ髪に少し力が籠った。先ずは問われたことを答えようと、竜の方と視線を合わせる。
「はい。閣下とセレスティアさまにお招き頂いたので、領邸に泊まり明日またこちらへ顔を出そうかと」
明日もお邪魔するのでよろしくお願いしますと竜の方に伝えれば、絡んだ髪の力が緩む。あ、精霊さんが誕生したことを王国以外に亜人連合国へ伝えなければと、はっと気が付くのだが連絡用の魔術具は王都の子爵邸に置いてきた。
どうしようと頭を悩ませていると、私の肩の上に乗るお婆さまがディアンさまたちへと伝えてくれると胸を張る。話が凄く間違った方向で伝わりそうだなと考えてしまうのは、お婆さまに失礼だろうか。
『失礼ね! ちゃんと事実を伝えるわ! 子供じゃないのだから、そんな可愛らしい悪戯なんてしないわよ!』
えげつない悪戯であれば実行するのだろうかとお婆さまに視線を向けると、ぷいと顔を逸らされた。悪戯は妖精さんのアイデンティティだ。彼ら彼女たちから悪戯を取り上げると精神崩壊しそうである。
『明日もこちらにこられるのですね。皆、喜びます』
成竜さんが嬉しそうにフスーと鼻息を漏らすと髪が揺れ、セレスティアさまが羨ましそうな視線を向ける。私の側にいれば何度も浴びているのに、どうしてそんな顔になるのやら。
ではまた明日と伝えると、クロが私の肩に飛び乗り、仔竜の皆さまが私たちの周りをくるくる回り、幼竜さまはジークの腕の中にジャンプする。ジークの身長は高いので、必然的に跳ぶ高さも高くなるのだけれど幼竜さんは余裕の跳躍を見せる。ジャンプと空を飛ぶのとは違うから仕方ないのかと笑みを浮かべ、辺境伯領の騎士さまが待機する見張り小屋へと歩いて行く。
『じゃあ、私はみんなに精霊が誕生したと伝えてくるわね! またねー!』
小屋に入る前にお婆さまが機嫌良く言葉を残して、ふっと消えた。妖精さんと精霊さんって似ているから、同族に近しい方が誕生して嬉しいようだ。
亜人連合国の皆さまに大袈裟に伝わらないようにと願いつつ、待機小屋の扉を二度ノックする。暫く待っていると、騎士さまが顔をだし辺境伯さまを呼んだ。では、領邸へ赴きましょうと告げる辺境伯さまに頷くと、転移を担う魔術師さんも顔を出す。どうやら辺境伯領お抱えの魔術師さんだそうで、実力は高く転移魔術も結構な距離を移動できるのだとか。
――領邸まで一瞬だった。
転移の便利さを覚えてしまうと、他の移動手段が億劫になってしまいそうで怖い。馬車の窓から覗く景色を見るのは好きだし、竜の皆さまの背の上で地上の景観を眺めるのも好きなのに、便利さには勝てないらしい。
人間、というよりも私の意思の弱さかなと誰にも知られないように苦笑いを浮かべ、辺境伯領邸の玄関前に立つ。移動の際に外に出ていると魔力を多く消費するからと、影の中へ入っていたヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが現れた。辺境伯さまが戻ったことを伝えると、ヴァイセンベルクご一家の皆さまとお屋敷で働く方々が勢揃いして出迎えてくれる。子爵邸で働く人数よりも多く、数の多さに少々面くらいつつ挨拶を済ませた。
大木の下から辺境伯領邸に土だらけかもしれない靴で入るのは少々気が引けると考えていると、ヴァナルが私の服の袖を噛むと『仔猫、オオキクナッタ?』と首を傾げる。
ヴァナルは辺境伯夫人が仔猫を引き取ったことを理解しているからこその主張なのだろう。王都の子爵邸で、お猫さま以上に甲斐甲斐しく世話を焼いていた。母親であるはずのお猫さまは、仔は勝手に育つが持論だったから……。
すんすんと鼻を鳴らして仔猫の匂いを辿っているようだし、私も仔猫がどれほど成長したのか気になる所である。辺境伯さまにお願いして、後で面会させて頂こう。流石にお貴族さまのお屋敷を猫は自由に闊歩できないだろうから、猫部屋なるものが存在しているはず。
「聖女さま、よろしければ引き取らせて頂いた猫と会ってくださいまし。随分と大きくなり、立派になっておりますわ!」
「ええ。とても毛艶もよく大柄な成猫へと変わっております。ナイが驚いてしまうかもしれませんわ! ヴァナルさんも一緒に参りましょう」
辺境伯夫人の喋り方はセレスティアさまと同じだった。彼女たちを見た辺境伯さまは、ほどほどにしておきなさいという顔になっているのだが、口を出す気はないようだ。
『せれすてぃあ、アリガトウ。……ナマエ分からないケド、アリガトウ』
ヴァナルがゆっくりと歩いてセレスティアさまの横に座って見上げながらお礼を述べ、辺境伯夫人にも視線を向けて頭を下げた。ご両人とも頭の上に感嘆符を付けながら驚きつつも、セレスティアさまは顔を輝かせ、夫人は大人の余裕を失わずに凄く喜びヴァナルと自己紹介を交わしていた。
セレスティアさまの幻獣好きを拗らせているのは、もしかすると夫人の影響なのかもしれない。ヴァナルの番となった雪さんと夜さんと華さんも『子煩悩な方で嬉しいですわ』『子育てを雌に任せっきりにする雄でなくて嬉しいです』『仔が産まれるのが更に楽しみになりました』と話している。一体の身体なのに頭が三つあるため、会話が成り立っていた。神獣さまを見た辺境伯邸の皆さまは驚きを直ぐに隠す辺りは流石プロである。
辺境伯さまに、夕食までの私の相手は夫人とセレスティアさまに務めて貰うと言い残し、執務へと戻って行き、辺境伯邸で勤めている皆さまも各々の仕事へ向かう。
玄関に残ったのは辺境伯夫人とセレスティアさまとジークとリンと私に、クロたちだった。夫人とあまり関わることがないので、挨拶をちゃんと交わしておこうと視線を合わせる。……いつも見上げる形となるのはご愛敬だが。
「夫人、ご挨拶が遅れましたが、本日と明日お世話になります」
目礼すると、夫人は小さく微笑み口を開いた。まじまじとお顔を拝見したことがなかったのだが、セレスティアさまにどことなく雰囲気が似ている。彼女のドリル髪の印象が強すぎて、夫人とセレスティアさまが似ていると思えなかったのかもしれないが。
「ええ。よろしくお願い致します、聖女さま」
「仕事中ではないですし、名前で呼んでくださると嬉しいです」
聖女の仕事で赴いたというより個人的な用事で赴いているのだから、名前で呼ばれても問題はないだろう。閣下とはお仕事の範疇で話してしまったので機会を逃してしまったが。とはいえ辺境伯さまの名前を呼ぶのは随分と失礼だし、こういう見えない格を量るのは難しい。多分、問題があればやんわりと止められるはずだ。
「ではナイさま、と呼ばせて頂きますわ。わたくしのことはアルティアと呼んで頂けると嬉しいのです」
「ありがとうございます。ではアルティアさまと」
辺境伯夫人、もといアルティアさまは綺麗に笑って手で行先を示す。十年後くらいにはセレスティアさまもアルティアさまのような落ち着いた物腰になっているのだろうかと、少し先の未来を考えるのだった。