魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0379:辺境伯家の猫さん。

 にーにー鳴いていた仔猫は随分と大きくなり、立派な大人となっていた。辺境伯領領主邸のとある部屋は猫専用の部屋となっており、結構な頭数を飼育している。お貴族さまだから、下働きの方にお世話をお願いするから多頭飼育崩壊は起きないだろうし、病気の対応はお金を出してくれるなら聖女や治癒師の方がいるので心配は必要ない。

 

 「ふさふさだ。大人しい。可愛い」

 

 人懐っこい猫が一匹、私に近寄って足に体を擦り付けてくる。確か、この仔はお猫さまが産んだ一匹だったはず。夫人とセレスティアさま曰く、お猫さまが産んだ猫は賢くて、人間の言うことを理解しているらしい。他のお猫さまとも喧嘩もせず、日がな一日を過ごしているそうだ。

 

 辺境伯夫人、もといアルティアさまに触れても良いか許可を取ると快諾してくれた。ご飯の量の管理がきっちりされているのか、王都の子爵邸にいるお猫さまよりお腹がすっきりとしている。怖がらせないようにゆっくりとしゃがみ込んで、手を差し伸べると猫の方から手に顔を擦りつけてくれた。それが嬉しくて頬が緩むのが分かってしまう。

 

 「抱くと嫌がるかなあ……」

 

 見知らぬ人間が急に猫を抱いてもストレスになるだけ。抱きたい気持ちをぐっと堪えていると、クロが通訳してくれた。クロ曰く、長い時間抱かれると暑いので短い時間であれば大丈夫とのこと。

 季節は夏。長毛のお猫さんだから、そりゃ夏の暑さは耐えかねると苦笑いを浮かべながら手を伸ばすと、ひょいと腕の中へと飛び込んでくれた。体勢が辛くないようにと、きちんと抱いて猫さんの頬を撫でる。目をまん丸にした猫さんは、気持ち良さそうに喉を鳴らして私の手を受け入れてくれていた。

 

 『気持ち良いって。でも暑くなるから悩ましいみたい』

 

 お猫さまの仔はセレスティアさまが教えてくださった通り、随分と大柄な猫さんへと成長していた。おそらく大柄な種の血がどこかで混じったか、父猫が大柄だったのか。

 お猫さまは黒い短毛の街でよく見かける普通サイズの猫なので、私の腕の中にいる猫さんの体形はお猫さまと似ていないし長毛で灰色だ。ふさふさで気持ち良いと猫さんの身体を撫で捲る。屋敷に棲み付くことになった三又のお猫さまは、気まぐれで身体を中々預けてくれない。本当にお猫さまに似ても似つかないねと苦笑いを浮かべていると、ふと鼻を突く臭いがどこからともなく漂ってきた。

 

 「?」

 

 お貴族さまのお屋敷で漂う臭いではないと顔を上げ、臭いが流れてくる元に視線を向けた。私の護衛として側にいるジークとリンも気付いて、きょろきょろと視線を動かしている。

 彼らの腰に佩いているレダとカストルも異変を感じたようで、剣から発している魔力の流れが少し変わった。私たちの様子が変わったことに気付いた猫さんが、一鳴きして顔を身体に擦り付ける。どうしたのだろうと、視線を合わせるとなにかを訴えるようにまた一鳴きした。キャットタワーもどきから他の猫さんたちも降りてきて、私の周りを取り囲む。

 

 「え、え?」

 

 どんな状況なのコレ、と首を傾げる私。無類の猫好きであれば恍惚の表情を浮かべて、並々ならぬ感情を浮かべていただろうが、生憎と私は猫に対してそこまでの情熱を持ち合わせていない。

 至って普通の猫好きというだけで、オタクを拗らせた変人の領域に達するにはまだまだ未熟者である。どうしたのと抱いている猫さんや他の猫さんに視線を向けると、にゃあとかみゃあとかめーと鳴くだけだ。訴えたいことがあるのは分かるけれど、私は人間なので猫語は分からない。通訳をお願いしようとクロやヴァナルに顔を向けると、妙な雰囲気で考え込んでいる。

 

 「ナイさま……」

 

 「ナイ」

 

 猫部屋の一角で私を微笑ましく見守ってくれていたアルティアさまとセレスティアさまが一歩前に出て私の名前を呼んだ。前に出たお二人も、クロとヴァナルと雪さんと夜さんと華さん同様に妙な雰囲気を醸し出している。

 

 「アルティアさま、セレスティアさま、どういたしました?」

 

 流石に私がしゃがみ込んだままでは彼女たちは喋り辛いだろうと、抱いていた猫さんを下ろして立ち上がる。猫さんはヴァナルの側へ歩いて行き、前脚を綺麗に揃えてちょこんと床に腰を下ろした。猫さんに気付いたヴァナルは鼻で匂いを嗅ぎ身体を寄せ、鼻先で猫さんの背中を優しく突く。

 

 「少しお話をよろしいでしょうか」

 

 「ナイ。あまり耳に心地良い話ではありませんが、どうか母の話を聞いてくださいませ」

 

 彼女たちの視線の先は猫部屋の奥にある扉に注がれており、臭いの発生源はそこからのような気がし始める。お二人の言葉に確りと頷くとクロが『ボクからもお願い』と言い、ヴァナルまで『オネガイ』と体を擦り付けて主張する。

 彼らが主張するのであれば、動物関連だろう。クロとヴァナルは殊更に自然を愛しているから。こくりと頷くと部屋から一旦出て、日当たりの良いサロンへと案内されてお茶とお菓子が用意された。私が抱っこした猫さんも一緒に付いてきている辺り、かなり賢いのではないだろうか。紅茶の良し悪しは舌が慣れず未だに良く分からないが、私の適温に冷めると美味しい。

 

 「せっかく領邸へ遊びにきてくださったのに、こんなことになって申し訳ありません」

 

 急に決まったから致し方ない所はあるだろう。それに話を聞いてから判断しなければならないことだろうし。なんだかしょぼくれている夫人に視線を向け居住まいを正す。セレスティアさまのお母さまなのだから、彼女本来の姿はセレスティアさまのような元気なお方であって欲しいし。

 

 「アルティアさま、先ずはお話を聞かせて頂いてから判断させてください」

 

 「そうですわね。わたくしが旦那さまと婚姻して一年経った頃でしょうか。旦那さまが一匹の猫を誕生日を迎えたわたくしに贈ってくださいました。もうかれこれ二十年近く前となります。――……」

 

 貴族の間で流行っている純血種の猫であったそうだ。その猫は次期ヴァイセンベルク辺境伯さまと一緒に成長してきたと言っても過言ではなく、セレスティアさまも他のごきょうだいも長い時間を共に過ごしてきた。

 アルティアさまはお貴族さまの女性としては珍しく、乳母と一緒に子育てをし三人の子供を立派に育てあげた。純血種の猫は賢く、そんな彼女と共に泣く子をあやしたり、一緒に遊んだり、噛まれても、雑に扱われても怒ることはなかったとのこと。

 初めて飼った猫が優秀だったこともあり、辺境伯邸で飼う猫が増えていった。夫人が猫が好きということが分かり、辺境伯さまが誕生日プレゼントとして良く贈るようになったのも原因のひとつなのだとか。

 

 「ただの猫には二十年という時間は途方もなく長かったのでしょうね。普通は隠れて死ぬものですが……その力すら残っておらず、あの部屋で死期を待っているのです」

 

 アルティアさまが紅茶を置いているテーブルに視線を落とす。そっか。あの臭いは死臭だったのか。死が近くなると、人間でも動物でも臭いを発すると聞くのでなんら不思議ではない。

 私も聖女として治癒をお願いされ赴いた家に入ると同じ臭いを嗅いだことがあり、その臭いを発する方に術を施しても手遅れだ。魔力の無駄なので治癒を断るものだが、寿命だと伝えても納得できないご家族には寄付を頂くことを確約して貰い術を施したこともある。……失敗しているので結局寄付は取れないのだが。

 誰も死から逃れることなんてできやしない。何万年と生きたご意見番さまだって、地に還ったのだから。アルティアさまの話を聞いて、ふうと息を吐く。

 

 「ナイさまがこちらへ赴くとのことで臭い対策は施したものの、どうやら完璧ではなかったようです。改めて、申し訳ございませんでした」

 

 「お気になさらないでください。仕事柄、直面する機会がありましたので。それにご家族なのでしょう。猫たちを見れば分かります、大切になされているのだと」

 

 お猫さまのように猫又化はしなかったようだ。猫として生き、猫として死を迎え空に還る。辺境伯邸で過ごす猫たちの毛艶は凄く良いし、快適な部屋で過している。妙な人に飼われると、雑な扱いをされ玩具のように扱う方だっているのだから。猫の生態を理解して、大切に飼われている辺境伯邸の彼らは幸せだろう。

 

 『話に割って入ってごめんね。あのね、ナイ。猫たちが言うには長老は朝がくれば旅立っているって』

 

 言葉通り、クロが珍しく話に割って入ると、ひょいっと猫さんがテーブルの上に乗って私と視線を合わせる。あらあらまあまあとアルティアさまが猫さんをテーブルから降ろそうと腕が伸びるが、猫さんは軽く腕を躱す。長老って二十年以上生きた猫のことだろう。アルティアさまとセレスティアさまがクロの言葉に目を細め、ゆるゆると小さく首を振った。私はクロの言葉にひとつ頷いて、次の言葉を待つ。

 

 『もし良ければだけれど……葬送をお願いしても良いかな? えっと、ボクが脱皮したヤツを報酬として渡す、じゃあ駄目?』

 

 長老さんにはお世話になったからと、辺境伯邸に住む猫全員が望んでいるそうだ。クロの言葉と猫さんたちの望みに二つ返事で了承したくなる。

 

 「それは……気持ち的にはやりたいけれど、辺境伯閣下が決めることだし勝手はできないよ、クロ」

 

 『駄目かあ……』

 

 『……ザンネン』

 

 クロがしょぼんと顔を下げ、テーブル横で話を聞いていたヴァナルも落ち込み鼻を鳴らす。許可が取れるなら、クロが報酬を提示してくれているので問題ない。でも、ここは辺境伯邸なので私はお客さんでしかなく勝手に動けない。

 

 「ナイさま、では我が旦那さまを説得して参ります! ええ、必ずや。息子たちも彼には世話になってきました。最後を黒髪の聖女さまに送って頂くなんて、最高に栄誉なことでございましょう! セレスティア!」

 

 「はい、お母さま。兄上を連れ、父の元へ参りましょう。ナイ、少々こちらでお待ちくださいませ! 直ぐに話を終えて戻って参りますわ!」

 

 がたりと椅子から勢い良く立ったアルティアさまとセレスティアさま。お貴族さまとして品を失わない程度に速攻で部屋を出て行く。

 似た者親子だなと感心しつつ、クロのすりすり攻撃を受け入れる。猫さんも何故か私の膝上に乗り視線を合わせて、にーと一鳴きした。どうやら感謝を伝えているみたいで。嵐が過ぎ去ったような感覚に襲われつつ暫く待っていると、少し疲れた様子の辺境伯さまが私に教会が定めた寄付額を支払うのでどうかよろしく頼むと頭を下げるのだった。

 

 ◇

 

 アルティアさまとセレスティアさまに、セレスティアさまのお兄さまたちは辺境伯閣下を説得できたようだ。直ぐに話を終えると告げた通り、サロンに戻ってきた辺境伯さまと辺境伯一家の方々に頭を下げられたのだから。ヴァイセンベルク辺境伯家の猫の葬送を担ったと王都の教会に事後報告すれば、彼らはどのような反応を示すのか分からないが、人も猫も生きて死を迎えたならば神の身元へ行きたいだろう。

 

 「ナイさま、無理を申しているのは重々承知しております。しかしながら竜使いの聖女さまに葬送を担って頂ける機会などそうありません。きっと我が家の猫は喜ぶでしょう」

 

 アルティアさまが嬉しさと悲しさを半分ずつ混ぜ込んだ顔で私に告げた。二十年以上の時間を猫と共に過ごしたならば、やはり家族同然なのだろう。化け猫……長く生きれば猫又になると言われて久しいが、辺境伯家の猫長老さんはその選択を取らず生き物としての死を受け入れた。ならば私は聖女としてお見送りをするべきだろう。

 

 「まだ葬送を執り行うと決まった訳ではありません。奇跡が起こって、まだまだ長生きする可能性だって残っているのですから」

 

 楽観的な希望を簡単に口にすべきではないのは理解している。一日でも長く生きて欲しいという気持もあれば、苦しいなら楽になった方が良いのではないかという考えが頭の中に過ぎる。

 命の価値は個人で違い、亡くなった方を想う人、気持ちに整理を付けて前へ進む人、一切悩まない人、もう死んでしまうからと感情を殺して己の心を守る人、様々である。人の在り方に文句を言うつもりなどないが、せめて誰か想ってくれる人がいるならば嬉しいことだ。一度死んでしまった身故に、余計にそう感じてしまう。

 

 「そうですね。そうなると良いのですが」

 

 アルティアさまは長老猫の命が頑張って最後の灯を照らし続けているだけと理解なさっているようだ。長老猫の様子を見た訳ではないが、臭いとクロたちの言葉で判断している。

 辺境伯家の皆さまは夕食を終えたあとは、長老猫に挨拶をして眠りに就き、アルティアさまは一晩一緒に過ごすとのこと。隠れて死ぬのが野生の生き物の定めであるが、長老猫さんは家猫である。飼い主に見守られながら逝くのもアリなのだろう。

 

 そこから時間が過ぎるのは早かった。辺境伯家の皆さまと豪華な夕飯を済ませ、葬送儀式を執り行うために辺境伯家の家宰さまと明日の予定をすり合わせる。

 人員を確保できないので変則ではあるが、せっかくならクロたちにも葬送儀式に関わって貰おうと話すと快諾されたし、クロたちも縁は大事だからと了承してくれた。ジークとリンにも仕事をお願いすると、なにも言わずに確りと頷いてくれたし、レダとカストルにもお願いすると割と良い返事を貰えて意外だった。

 

 あと辺境伯領邸で働いており、尚且つ仕事に支障のない方々の参加も家宰さまから願われた。見送る人は多い方が良いと、辺境伯さまの許可があれば良いでしょうと返事をすれば、既に辺境伯さまの許可は取ってあるとのこと。仕事の回し方が早いなと感心しながら、その日は豪華な客室で就寝することになった。

 

 「ジーク、リン、休みだったのに仕事を引き受けてごめん」

 

 就寝前の客室。幼馴染同士ということで辺境伯さまの気遣いで私的な時間を用意してくれていた。教会には辺境伯家経由で葬送儀式を私に依頼したと伝えて貰っているので問題はない。必要な道具は辺境伯領にある教会から届けられる。

 問題はないのだが、本来は学生として長期休暇中だったし、ジークとリンは私といつも一緒に行動するから巻き込まれてしまう。

 

 「戦いに赴く訳でもないからな。気軽に……とは言えないが、これも騎士の務めだ」

 

 「うん。兄さんの言う通りだよ、ナイ。ナイが気にすることじゃないし、栄誉なことだと思う」

 

 赤髪紫眼のそっくり兄妹が落ち着いた声色で答えてくれた。幼竜さんは相変わらずジークの腕の中で過しているか、クロと一緒に遊んでいるかだ。

 

 「ありがとう。せっかくなら猫には長生きして欲しいけれどね……こればっかりは決められることじゃないから」

 

 私の言葉に『まあな……』『……うん』と言葉を静かに零す二人。ジークの腕の中にいる幼竜さんがジークの腕に頭を擦り付けて何かを訴えていた。落ち込むな、とでも言いたいのだろか。仮に明日、葬送を執り行わなくても、連絡を受ければ辺境伯邸まで転移で飛び実行予定である。こればかりは本当に未定なので、日にちがズレる可能性もあるのは重々承知していた。

 

 『ジーク、リン、引き受けてくれてありがとう。ナイとジークとリンがいてくれて良かった』

 

 クロが私の肩の上で言葉を紡ぐ。聖女一人でも執り行えるけれど、剣を掲げて歩く騎士さんがいた方が見栄えは良くなる。辺境伯家という位の高い家で執り行うのだし、見た目も大事になるのだから。

 時間も時間なので寝ようとなり、ジークとリンは宛がわれた部屋へと戻って行った。幼竜さんはクロと一緒に用意された籠ベッドの中で一緒に眠るつもりで、クロの顔に顔を擦りつけご機嫌な様子だった。微笑ましい光景を見守りながらベッドの中に潜り込み目を閉じる。いつもであれば直ぐに寝落ちできるのに、今日はなんだか意識が途切れるまで時間が掛かってしまった。

 

 ――夜が明ける。

 

 クロや猫たちが告げた通り、長老猫さんは旅立ったそうだ。それならばと、お腹が空いたという余計な思考を過らせないように確りと朝ご飯を頂いた。なにかあるかもしれないと聖女の衣装はロゼさんに預けていたので、出して貰ってありがとうと伝えるとロゼさんの身体がぽよんと揺れる。

 着付けはセレスティアさまと何故かアルティアさまに、辺境伯領で雇っている侍女さんが担ってくれた。リンは教会騎士服を着込み壁際で私の警備を担い、ジークとクロたちは外で待機中。

 

 森の中で亡くなっていた方の葬送とは違い、お風呂場で水浴びを済ませて身を清めている。道具は早朝に辺境伯領の教会から届いたし、神父さまが祭壇を部屋に用意してくれたそうだ。神父さまがいるなら神父さまが実行すれば良いのではとなるが、依頼は私を指名されているので神父さまは補助役である。

 

 列を成し、猫部屋の奥を目指して歩いて行く。私の目の前にはジークとリンが行き、彼らの後ろに私が続き、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さん――ヴァナルの頭の上にはロゼさんが、夜さんの頭の上に幼竜さん――が続いて歩く。その後ろにアルティアさまとセレスティアさまに侍女さんたちがしずしずと歩く。

 猫部屋前には辺境伯さまとセレスティアさまのお兄さまたちが待機しており、辺境伯家の皆さまは見届け人を担って頂く。ゆっくりと扉を開けて猫部屋を抜け奥の部屋に入る。つん、と鼻を突く臭いが気になるが、直ぐに慣れた。猫たちも気になるのか猫部屋奥の部屋の隅でちょこんと大人しく見守っていた。祭壇の前に立ち、籠の中で眠る長老猫さんへと視線を落とし……。

 

 「――"神よ、我らを見届け給え"」

 

 術を唱え葬送儀式が始まった。籠の中で眠る長老猫さんに右手でそっと触れる。

 

 老いた身故に毛は抜け落ち白い肌が丸見えだった。老いた身故に痩せ細り骨ばっていた。老いた身故に弱り果てた。きっと病気もなく元気に過ごしていたけれど、老いには勝てなかったようだ。

 お疲れ様。二十年という長い時間を生きた君には大事なものが沢山あるのだろう。辺境伯さまからアルティアさまへと贈られた君はヴァイセンベルク辺境伯家の飼い猫として使命を果たした。だからゆっくりで良い。神の身元に辿り着き、後からくるであろう方々を待っていて欲しい。

 

 「――"吹け、一陣の風"」

 

 この世に、後悔も未練も残さぬようにと唱えた。最後に神父さまが用意してくれた聖水を手で掛ける。清めの儀式を終え、布に包まれた長老猫さんを確りと抱き抱える。人間だと男性に担って貰うのだが、今回は猫さんなので私が抱き抱えられるということで、そういう手筈になった。ジークとリンに顔を向けると、二人は腰に佩くレダとカストルを抜き、天へと掲げ前に立つ。

 私が彼らの後ろに就いたことを気配で感じとれば、ジークとリンが歩き始めみんなで庭へ出た。どうやらお猫さまの仔供猫さん二匹を先頭にして、辺境伯家の猫さんたちも一緒に付いてきているようだ。なんとなく気配で理解した。

 

 辺境伯邸の庭の片隅、飼っていた猫さんたちを祀る場所へと辿り着くと、深く掘られた穴へしゃがみ込む。

 周りには辺境伯邸で働く方たちが、見守ってくれていた。長老猫さんを穴の中へと納め、何度か手で土を掛け立ち上がる。最初に辺境伯さまが道具で土を掛け、アルティアさまにお兄さまたちと続き、セレスティアさまも何度か土を掛ける。使用人の皆さまも土を掛け終えれば、随分と土が掛けられ彼らの手に依り墓標が掲げられた。きっと辺境伯邸で長老猫さんが愛されていた証拠だろうと、ひとつ息を吐き魔力を練る。

 

 「――"突風の馬車で君を迎えよう"」

 

 術を一節唱えると、ひゅっと風が私たちの髪を撫でていく。まるで長老猫さんが最後の挨拶をしたようで、寂しいような無事に旅立ったのだろうと嬉しい気持ちも湧いてくるような……なんとも言えない気持ちとなった。

 葬送を終えたと伝えると、辺境伯家の皆さまがほっと息を吐いて、各々私にお礼の言葉を告げた。最後にセレスティアさまが私の前に立つと、綺麗に笑みを浮かべる。

 

 「ナイほどの聖女さまに葬送して頂いたのです。きっとあの仔は神の身元へ辿り着いているか、ナイの様に新たな命を手に入れているのかもしれませんね」

 

 彼女の言った通りになっていると良いなあと、目尻の赤くなっているセレスティアさまに気付かないフリをして、青く晴れた空を見上げるのだった。

 

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