魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
伯爵邸から帰る馬車の中。ジークが物凄く不機嫌だった。リンは不思議そうに首を傾げているけれど、あまり気にはしていない。
君のお兄さんなんだからもう少し興味を持って何があったのとか聞こうよ……とか考えるけれど、この二人の関係は結構淡白だったりする。いやジークはリンを大事にしているし、リンもジークを兄として慕っているけれど。まあ思春期真っただ中だし、性別の差もあるから仕方ないのかも。
「ジーク、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「……怒ってはいない」
「?」
つい、と私から視線を外すジーク。リンは伯爵邸での部屋の中の出来事をあまり理解していないようだ。夫人が乱入の際に、彼女がいろいろと色事に関して口走っていたから、ある程度は気付いているだろうと考えていたのだが。
うーん、性教育がそろそろ必要だろうか。
生理については教会の年上の女性たちと私が教えたから、初潮の際にはパニックにはならず『ナイ……きた』と神妙な顔をして告げてくれたけれど。十八歳になれば婚姻可能になるし、夜の知識もないと夫婦生活が上手くいかないだろう。娯楽が少ない世界なので、楽しんでいる人たちもいるだろうし。
とはいってもどうレクチャーすべきだろうか。知識が乏しい子に赤裸々に語るのは気が引けるから『初めての時は目いっぱいに足を開いておけ』くらいしか思いつかない。
どうしたものかなと頭を掻きつつ、口を開く。
「これからもこういう事があるだろうし、慣れておかないとね」
「……おい」
「ん?」
「お前は、平気なのか?」
「平気というよりも、無心でやればなにも感じない、かな」
平気という訳ではないけれど……。そもそも魔物討伐の際、治癒の為に脱がすなんてことはよくあること。怪我の状況を確認する為に全裸になってる男の人を時折診ることがある。
最初は吃驚したけれどもう慣れてしまっているし、相手から下心を感じ取れないなら不快感はない。そもそも怪我をして痛みで苦しんでいるから、性欲なんて湧かないだろう。ナスやキュウリくらいに思っておくのが一番である。
私の言葉にジークがありありと溜息を吐くと、その後は教会の宿舎まで無言だった。だらだらと三人で喋っていることもあれば、私が寝落ちして宿舎について起こされることも偶にある。無言でもなにも感じないのが常なのだけれど、今日は違和感があるような。
まあ、こういう日もあるかと無言のまま教会宿舎へと辿り着き、食事を済ませいつも通りに学院から出た宿題や予習復習に時間を割いて、お風呂に入って就寝する。
翌日、学院へ行くとマルクスさまが微妙な顔で私をみつつ、なにか喋りたそうにしてたけれど内容が内容だから結局諦めて席で静かに座っていた。
彼を見たセレスティアさまが『明日は槍が降りますわね』と割と酷いことを言い放つのも、お決まりとなってきた今日この頃。また日を跨いで学院から教会宿舎へと戻った今日、職員の人から手紙を渡されたのだった。
聖女さまと奇麗な文字で綴られた手紙の裏面を見るとクルーガー伯爵家の封蝋が押されており、微かに良い匂いを纏わせていた。
これは伯爵さま本人ではないだろうなと苦笑いをしながら、いつものように自室で三人、私がペーパーナイフを使い丁寧に開封する。中身を取り出すと微かに香っていた匂いが強くなると、リンが鼻を鳴らして『いい匂い』と呟いた。
「夫人は何と?」
中身が気になるのかジークが問うてきた。
「はい、読んでも問題ない内容だから」
大したことは書いていない。先日の施術のお礼と伯爵閣下が迷惑を掛けて申し訳ないという内容だ。もちろん話はボカシてあるので、当事者だったジークならば読めば夫人の言いたいことが分かる内容だった。ジークが読み終わるとリンにも手渡すと、手紙へと視線を落とす彼女が微妙な顔をしている。
「――夫人の苦労は察するが……」
「ジークとリンからすれば複雑だよねえ。悪癖は治らないみたいだし……。リンはどう思う?」
「えっと。難しいことは分からないけれど……あの人に迷惑は掛けたくはない、かな」
「あの人って?」
伯爵さまではないのだろうと感じつつ、抽象的な言葉なので確認を取る。
「んと、夫人。最初に会った時に、伯爵さまの不始末で迷惑を掛けてごめんなさいって言ってくれたんだ」
おや、そんなことが。奥方さまはどうやら伯爵さまの不始末に奔走するばかりか、その子供にまで頭を下げているようだ。お貴族さまだというのに人格者だと目を細めつつ、まだ何かを伝えようとするリンの言葉を待った。
「上手くは言えないけど、あの家に行ったら駄目なんじゃないかなって」
クルーガー伯爵家の状況を何となくではあるが感じているようだ。二人がクルーガー伯爵家に入ることは良いことだ。騎士科の学院生たちからのやっかみは減るだろうし、お貴族さまの女性陣から見目を目的に引き抜き要請を受けることも少なくなるはずだ。
とはいえ本人たちの意思が一番大事である。伯爵さまからの命令となれば嫌でも籍へ入ることになるだろうが、そうなれば公爵さまに言えばなんとかしてくれるはず。
「嫡子を挿げ替えたい人が居ればその可能性が出てくるからねえ。それで担ぎ上げられるのはジークだけれど……どうするの?」
リンからジークへと視線を変えると微妙な顔をしている彼。まあ、答えは決まっているようなものだろう。以前から気乗りしない感じだし。
「行く気は更々ないし、そろそろ食事会もいい加減に止めたいが……」
「こっちからは言い出せないよね」
「ああ」
どうしたものかねと三人で知恵を絞っても、何の力を持たない私たちはどうすることも出来ないのだった。
◇
――数日後。
公爵邸の来賓室にて護衛や侍従を必要最低限にして、公爵さまとの話し合いの席についていた。
「困ったものだな、クルーガー伯爵も。夫人も苦労しているようだし……」
そう言いつつ顔は面白そうに笑っているから、目の前の偉丈夫にとって大した問題ではないと判断しているのだろう。公爵さまが本気でキレるとチビる勢いで怖いから。
呼び出しを貰ったと思ったら、伯爵邸で起きたことを洗いざらい喋れと『命令』されたので、なにも躊躇うことなく目の前の公爵さまに洗いざらい喋ったのが先程である。
「私はお金さえきちんと頂けるのならばそれで良いのですが」
奥方さまが薬を盛っていたので、お金をふんだくる機会を消失してしまったのは残念である。あとちゃんと効果があるのか試したかったというのも理由にあるけれど。
「お前さんはもう少し恥じらいというものを持て。あと、いい歳をした大人が十五歳の聖女に言っていいことと悪いことの区別は付けぬと不味いであろうに……」
「切実な問題だったのでしょう。男としての象徴ですからね」
「……枯れとるのう」
はあと深々と溜息をひとつ吐く公爵さま。
「誰がですか?」
「お前さんが、だ。もう少し恥じらいというものを持て。あと初々しさも」
前世という経験もあるから、私はもうそういうものは随分と薄くなっているけれど、公爵さまも割と酷い気がするが。
「そんなものは疾うの昔に置いてきました。――あの場所で生き残るにはそんなものは要らないものでしたから」
孤児生活において、食べることには異常に執着するようになってしまったけれど。今では趣味みたいなものになっているのかも。王都のお店で美味しいものを探すことは楽しいし。行儀が悪いけど、出店で食べ歩くのも楽しいから。学院や聖女の仕事もあるので、最近出来ていないのが残念である。
「はあ。――お前さんは……まあ、いい。本題だ。ジークフリード、ジークリンデ」
「はっ」
「はい」
私の後ろで控えていた二人が公爵さまの言葉に短く返事をして直立になると、公爵さまがふっと笑う。
「クルーガー伯爵家への籍に入る気はないと聞いた。だがこのままの状態であれば伯爵も諦めがつかんだろう。ワシが用意した寄り子の籍へ入る気はあるか?」
「閣下発言をよろしいでしょうか」
公爵さまの言葉にジークが許可を求める。地位に天と地ほどの差があるから、本来ならば公爵さまとジークは喋ることなんて一生ない間柄だ。
「構わんよ、二人に問うているのだからな」
許可が下りたけれど、少し考えをする素振りを見せるジークの言葉をゆっくりと待つ公爵さま。答えを急かす気はないようで、考えをまとめてからの方がいいと判断したのだろう。
「――有難い話、であるとは思います。ですが……」
「二人の進退の問題だ。言いたいことはきっちりと言っておけ。後で後悔しても遅いからな。貴様たちの意見はなるべく尊重するつもりだ」
なるべく、がミソだよね。どうにもこうにもならなくなったら『命令』に変わってしまうのだろう。公爵という地位に就いているので王家に近しい存在だから、力は持っているのだ目の前のお人は。
「俺たち二人だけが貴族籍になるというのも気が引けます」
「そこにいる枯れている奴は貴族のようなものだろうに。本人はあまり自覚しとらんようだが、学院に入って名が売れてきておるだろう?」
なんだか失礼な物言いだな公爵さまとジト目を向けるけれど、意に介さず。ジークとリン、二人の問題だから私が関われないのは仕方ないけれど、仲間外れにされたようでちょっと寂しい気持ちになる。
というか現実から目を逸らしていたのに、現実に引き戻さないでくださいな、公爵さま。合同訓練以降はなんでか注目を浴びているし、私と接触したそうな人も多々居るんだよね。
何故かソフィーアさまとセレスティアさまと一緒に居る時間が増えたので、遠巻きに見ているだけの人が殆どだけど。二人の家の力がなければ、直接治癒依頼とかされていたんだろう。教会を通すと馬鹿高い寄付を払わされるから、事情を話して同情を煽れば安くなるかもしれないし。
「はい。入学当初より聖女さまは周囲からの視線に晒されております」
「だろうなあ。元殿下に対する割り込み行為や魔獣討伐に貢献しとるが、枯れとる所為かそれを有用に使わんのはなあ。野心がないのは結構だが、無さ過ぎるのも困りものだな」
「話がズレていますよ、閣下」
にやにやと私の方を見る公爵さまに釘を刺す私。
「おっと、すまん。――で、ジークフリートは仲間にも同じものを用意しろと申すか?」
「いえ、そうではありません。仲間もおそらく貴族籍は求めてはいないでしょう」
「では先程の発言は方便かね?」
「申し訳ございません。少し、逃げた言い方になりました」
目を伏せて小さく頭を下げるジークを公爵さまはじっと見る。
「まだ若いな。――構わん、正直に言え。今回は何を言っても不問としよう」
「有難うございます、閣下。我々が貴族籍に入れば貴族としての振る舞いをしなければならず、その為の教育を受けてはいませんし今更受けても遅いでしょう」
ジークの言葉にゆっくりと頷く公爵さまは何も言わないので続けろということだろう。
「もう十五になり、成人まであと三年。教会騎士として自活も出来ております。貴族籍に入る必要はないかと存じます」
「いや、あるぞ。クルーガー伯爵の誘いをどうするつもりだ。のらりくらりと躱している訳にもいかんだろうに。ならばどこかの籍に入っておけば少しはマシになろう。ワシが関わっておるしな」
「しかしこれ以上閣下にご迷惑をお掛けする訳には……」
公爵さまには孤児院の支援に私たち三人の学費を出して貰っているからなあ。ジークが遠慮する理由もわかる。
「何を言う、今更ではないか。それにな、そ奴の護衛を続けるなら家名は持っておいた方が良い。欲のある奴が現れてみろ、簡単に二人の地位を奪われてしまう。その時に寄り子であればワシも守りやすくなるのだよ」
見返りは求めないけれど、公爵さまには公爵さまなりの事情があるとのこと。クルーガー伯爵家とハイゼンベルグ公爵家がどういう関係なのかは知らないけれど、騎士団長を務める家と軍のトップを務める家だから何かあるのかもと勘ぐってみる。
「それに二人に対する伯爵の声も止まるだろうよ」
にたり、と笑う公爵さま。どうやら伯爵さまが二人に粉をかけていたことを気に入らないようだ。
「止まるのでしょうか?」
「公爵家の寄り子の籍に入るのだし、そ奴は元伯爵家の人間だよ。当主の座を息子に譲って今は男爵を名乗っておるが、その伯爵家はクルーガー家よりも歴史が長いからな」
そういうことならばクルーガー伯爵さまからの横入りの可能性は低くなるだろう。家が存続した長さも貴族として重要視される所だから。
「クルーガー伯爵家の当主は騎士としては有能だが、家ではどうしようもないようだからなあ……夫人には同情するよ。お前さんたちの存在を知って、ほうぼう人を使って情報を得ていたようだがな」
バレている時点で問題のような気もするけれど、相手は公爵さまである。伯爵夫人が公爵さまの情報網に掛からないようにするには、大分骨を折らなければならないだろう。
「ならば余計にクルーガー伯爵家へ我々が籍を置く訳にはいきません」
「だから用意した籍へ入れと言っておるのだよ。――お前さんたちが貴族を好きになれんのは理解しておるよ、汚い欲を側で見せられればそれは嫌にもなるだろうて。だがな意地を張るのはもう止めろ」
あ、これ公爵さまの囲い込みが始まったかな。もう既に逃げられない気もするけれど、さらにジークを追い込むようだ。なるべく自分の意思で籍へ入って欲しかったのだろうけれど、随分と嫌がっているからなあジーク。でも気持ちは分かるつもりだ。
「確認をよろしいでしょうか、閣下」
「構わんよ、言いなさい」
「ひとつ、貴族籍に入るとして我々は貴族としての生活を求められるのでしょうか。ひとつ、男爵家の嫡子の存在の有無に継承権争いが起こる可能性を教えて頂きたく」
「尤もな質問だな。貴族としての振る舞いや生活は求めておらんが当事者には顔見せは必要だ。もう引退した夫婦でな、寂しいと零しておったから、彼らを気に入れば時折相手をしてやってくれ」
どうやらこれはお願いレベル。あとは男爵家を継ぐようになるのかどうかだろう。ジークを当主に据えるとなれば、血縁者でもないし周りから止められそうだけれど。
「家督争いは起こらんよ。男爵の爵位は元の伯爵家に戻るだけだ」
お貴族さまのシステムに詳しくないのだけれど、その場合二人はどうなるのだろうと首を傾げる。
「名はそのままだ。そして伯爵家の庇護下に入るしワシも居る」
口には出さなかったけれど、公爵さまには私の疑問がバレていたようで答えてくれた。
「ありがとうございます、閣下」
「さてどうする? 一度持ち帰って二人で考えてもかまわんぞ」
「いえ、この場で返事をさせて頂きます。――よろしくお願いいたします、閣下」
深く頭を下げるジークを見る。リンの意思を確認していないけれど、良かったのかなあと目を細める私だった。