魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
大蛇さまたちと一緒に沼を目指す。やはり前に会った時より一回りほど大きくなっている気がするのだが、大蛇さまはご機嫌なご様子なので、大きくなりましたかと聞けば凄く喜んで答えてくれそうだから敢て聞かなかった。
九条さまたちははへーと大蛇さまを物珍しそうに見ていた。このサイズの大蛇さまは珍しいそうで、フソウでも伝承でしか残っていないらしい。仲良さそうに歩いているヴァナルと雪さんと夜さんと華さんを見て『善きかな、善きかな』と呟いているので、フソウの方々に彼女の妊娠は吉報となるだろう。
『お主が欲しがっておるものは順調に育って秋に穂が実ったなあ。量が欲しいと言っていたから、穂をそのままにしておいた。しかし……去年の倍ほど生えてくるとは思わなんだぞ!』
沼地の一部に生えていたお米さまは、今年は頑張って沢山穂から芽を吹いたようだ。去年の倍になるとは全く考えていなかったけれど、量が取れるイコール沢山試食できるし、来年の種籾にできるので有難い限りである。
「本当ですか? 沢山収穫できると良いのですが」
嬉しくて笑う私の後ろに控えているジークとリンが『ナイは食い物の話になると機嫌が良いな』『ナイだからね』と失礼極まりない双子の心の会話を盗み聞きした気がする。私の肩の上にいるクロは『美味しいと良いねえ』と顔をすりすりしながら、ジークの腕の中にいる幼竜さんを気にしていた。なんだかんだで、面倒見の良いお兄ちゃんかお姉ちゃんだから微笑ましかった。
大蛇さまも私に視線を向けて、小さいと言いかけて飲み込み『一杯食べろ!』と力強く仰ってくれる。フソウのお米さまも美味しいけれど、育った場所で味が違うから南の島のお米さまも食せるようになるのが楽しみだ。
「みなーばぁ殿はフソウで米を手に入れたのでは?」
私の少し後ろを一緒に歩いていた九条さまが、首を傾げながら問うた。九条さま以外の使者さんは、雪さんと夜さんと華さんの様子を凄く気にしている。お腹に仔供がいるから、どうしても気になるようだ。犬や猫と比べるのは申し訳ないが、自然に生きているのだから妊娠している方が外をウロウロすることもある。気にし過ぎると、月代部分が増えちゃうよと心の中でぼやく。
「こちらの島にも自生しているお米さま……ぽいものが生えていたのです。一年前に見つけたのですが食べられないかなあと」
去年は残念ながら食べることはできなかった。我慢した代わりに、今年は沢山実ったそうだから我慢した甲斐があったものである。ふふふと笑う私に九条さまが心配そうな顔になった。なんだろうと彼の顔を見上げると、口を開いてこう言った。
「そうでござったか。しかし身分の高いお方が沼地に赴くなど……我々は武士故に気にはなりませんが、女子の方が赴くとなると大変でしょうに。よろしいので?」
「問題はありません。大蛇さまがしっかりと島を守って下さっているので、野生生物と魔物に遭遇する心配はありませんし、護衛の皆さまも強いですから」
私の言葉に大蛇さまがどやぁ~と顔を上げ胸を張っている。自生している木の高さを超えているのだが、気にしたら負けだろうか。
ダークエルフのお姉さんによると、魔物は出るが自分たちで対処できるレベルだし、特殊個体が出現しても大蛇さまが対処してくれる。あらゆる生命体の長として大蛇さまは君臨しているから、島限定であれば特殊個体の強い魔物でも敵わないとのこと。
「いえ、そうではなく……汚れることを貴女は厭わないのでござるか?」
九条さまは、貴族の女性が獣道を歩くことが信じられないようだ。確かに汚れるのは嫌だけれど、美味しいお米さまのためである。少しくらい泥を被っても全然問題ない。
「汚れたとしても、体や服は洗えば済みますから。それに聖女として討伐遠征に帯同しますので、汚れることには慣れております」
遠征に出ればお風呂に入れないので、水浴びか清拭で我慢するしかない。最近、討伐遠征に参加することが減ってしまったが、我慢しなきゃいけない時は我慢しなきゃならないのだ。
「女子が戦いの場にでるので?」
フソウとアルバトロスでは価値観が違うのだろうか。九条さまの根底には女性が戦場に出ることを良しとしていないようだ。確かに男性よりも女性の方が体力面で劣ってしまうので、彼の言いたいことは理解できる。ただ魔力で男性と女性の差が消えてしまう場合もあるし、現にリンが護衛として控えている。頭では理解できるけれど、感情の部分で納得できないのかもしれない。
「フソウの女性は
「もちろん立つことはありますが……やむにやまれぬ事情があった時のみかと」
どうやらフソウの女性が戦場に立つことは稀のようだ。日本の戦国時代は女性が戦った記録も残っていたはずだし、くノ一と言う女性忍者もいるのに。フソウに事例がないのかもなあ。
「アルバトロス王国は聖女を重宝しております。それ故にわたくしは今の地位を手に入れました。平民から貴族位を得ましたから、汚れ仕事に嫌悪を抱きにくいのでしょう」
まあ、貴族なのに汚れることを厭わない珍しい珍獣ではなく、元々汚れることを厭わない人間だったと言うだけだ。貧民街生活で余計に慣れてしまったけれど。
「込み入ったことを聞いてしまいましたな。申し訳ない」
「いえ。誰でも知っていることなので、お気になさらず」
九条さまが小さく頭を下げるけれど、問題ない範囲の情報公開なので咎められることはない。これでお互いに国の重要機密をホイホイ喋っていれば、後で大事になるのは必至。フソウの使者さまたちが常識のある方ばかりで良かった。なければアガレスの元第一皇子殿下のような事態に陥っていそうだもの。
獣道を進みながら他愛のない話を繰り広げていると、沼地に辿り着いていた。あれ、去年はなかった花が咲いているし、緑が多くなっているような気がしてならない。大蛇さまの趣味なのかなと、きょろきょろと周囲を見渡していると、ぬっと大蛇さまがこちらを見た。
『お、着いたぞ。我が手塩に掛けて育て見守ってきた米だ。喜んでくれると良いが』
「凄いですね。去年より沢山お米さまが……あの、見ても良いですか?」
田んぼをまじまじと見たことはないけれど、黄金色に色づく前のお米さまだった。穂も実り、これから大きくなっていくのだろう。
『もちろんだとも! お主の願いのために我が育てたのだからな!! まあ、我がここまで大きくなれた礼だな』
大蛇さまは私のためにお米さまを育ててくれていたようだ。あと時々妖精さんが手伝ってくれていた。凄く有難いなと感謝しながら、少し足下の悪い沼地のへりを歩いて行く。前は興奮して直線で進んでしまったから、泥だらけになってしまった。二度同じことをする訳にはならないので、ちゃんと歩ける所を見定めてお米さまの下へ辿り着く。
「どんな味がするんだろう。楽しみ」
『良かったね、ナイ』
私がぽつりと呟いた言葉にクロが嬉しそうに尻尾で背中を叩く。しかしちゃんと穂に中身は詰まっているのだろうか。
『米は米だが、種類はあろう。確かめてみんのか?』
大蛇さまが中身を確かめるように勧めてくれるが、それはそれで勿体ないような。でもちゃんと中身が詰まっているかも気になるし、一本の穂を取って実を取り出してジークにナイフで切って貰った。
私の掌の上にちょこんと乗るお米さまの粒は真っ白ではなかった。え、え……どういうことだと混乱する。そして私と同様にお米さま大好き同盟であろう九条さまが、しげしげと私の手の平を見て口を開いた。
「赤米ですな。みなーばぁ殿。フソウでは出回っていないので、今は幻の米と呼ばれておりますぞ。栄養価が高く、戦ではむすびにして食べましたなあ」
あ、あら。お米はお米でも赤米だったのか。確か古代米の一種だと聞いたことがある。五穀米のひとつとも聞いているし、九条さまの仰る通り栄養価が高いとも。私が想像していたのは白銀のお米さまだった。でも、お米はお米だし、食べたことがないので美味しくないと決めつけるのは、食への冒涜である。
大蛇さまに秋まで面倒を見て頂くことと、栄養価が高いなら量産したいと目的を告げると、任せておけと仰ってくれた。お米さまの収穫が楽しみである。精米方法はフソウの方々に聞けば良いし、お米の炊き方も分かっているから大きな問題はないだろう。楽しみが増えたと喜んでいると、黒い影が視界から消えた。
『あら?』
『おや?』
『まあ』
雪さんと夜さんと華さんの間抜けな声が上がれば、水が跳ねる音が響く。視界に映っていた黒い影が消えたのは沼地に嵌った雪さんと夜さんと華さんだった。身体の半分が泥だらけになって、ふさふさ感を失ってしまい貧相になっていた。ヴァナルも彼女たちを助けようと、沼に突っ込んでしまい泥を被ってしまい、いつもより細身になっていた。ちょっと可愛いかもと笑っていると、それどころじゃない方がいた。
「神獣さまがぁぁあああああああ!! お腹のお仔がぁぁぁああああああ!!」
九条さまの絶叫が沼地に響く。他の使者さまも彼と同様に動揺していた。
『九条は心配し過ぎです』
『泥に塗れただけのこと』
『洗い流せば問題ありませんよ』
大丈夫と言いう雪さんと夜さんと華さんに、大きくなったヴァナルが胸の部分に突っ込んで沼から引き揚げた。
『ダイジョウブ?』
「大丈夫? 雪さんと夜さんと華さんとヴァナルで温泉に入ろうね」
彼らの下に行き、泥を温泉で落とそうと提案する。温泉という言葉に嬉しそうな顔を浮かべる雪さんと夜さんと華さんに、温泉がなにかイマイチ分かっていないヴァナルは首を傾げ。温泉で彼らの泥を落としたあと、凄い圧のぶるぶる攻撃を受けてしまい、私はびちょびちょになるのだった。
◇
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんのぶるぶる攻撃を受けて、ずぶ濡れになった私は慌てて布を持ったリンに水気を取って貰っている。 今回は南の島からフソウへ向かう予定なので、侍女さんたちを連れておらず細々したことは私自身の手で行うか、今のようにリンに助けて貰っていた。
ジークは男性のため横で見守ってくれているのだが、気を抜いていない辺り護衛だよねえと身も蓋もないことを実感する。気を抜いても良さそうだけれど、気を抜いていてなにかあったでは問題になるので、本当護衛のジークとリンを始めとした皆さまには感謝だ。
「大丈夫、ナイ?」
「大丈夫だよ、お湯を被っただけだから。リン、ありがとう。でも、今回はお仕事みたいなものだから、もう少し気を付けておけば良かったかも……」
一通り拭き終わると視界が開けた。目の前にはリンがいて楽しそうな顔をしているし、クロと幼竜さんはジークの肩の上で大人しくこちらを見ている。幼竜さんは機嫌が良いのか、ジークの顔に顔をすりすりしていた。ちょっとジークに嫉妬心を抱きながら、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんを見る。
『ゴメンナサイ』
『申し訳ありません』
『本当に』
『つい、無意識で……』
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが耳をへにょっと後ろに下げて、伏せをしたまま私に謝ってくれた。いつも元気に動いている尻尾は、へたんと地面に横たわったままだ。
九条さまたちは驚きつつも、神獣さまの威厳のない態度にちょっと妙なスイッチが入って『お可愛らしい』とか言っちゃってる。うーん、二千年以上生きている彼女たちは、フソウできっと威厳のある姿しか見せていなかっただろうし、新たな一面を知れたなら良いことなのだろうか。
「謝らなくて良いよ。癖みたいなものだし、濡れただけで怪我もしていないから。お仕事なのに、気を抜いたのは私の方だったしね……」
王都の子爵邸で温泉に入ることはできないし、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが泥塗れになれば侍女さんか下働きの方々の出番である。今日は手を借りられる方がいないので、私が彼らを洗ったけれど。
『気持ち良さそうだったねえ』
『我も温泉に入りたいが、ちと苦手だのう』
クロがジークの肩の上でこてんと首を傾げながら言葉を紡ぎ、大きな顔だけを森から出して大蛇さまが温泉は苦手と言った。大蛇さまは興味本位で大きな巨体の先にある尻尾だけを温泉に浸けてみたが、どうも彼には水の温度が高かったようで、直ぐに尻尾をお湯から退避させていた。
温泉に入っている大蛇さまの絵面も面白いのに、残念ながら見られなかった。しかし……去年の夏は沼から離れられないと聞いていたのに、森の奥に位置する温泉にどうして大蛇さまは顔を出せたのだろう。
「大蛇さま、沼から離れて大丈夫なのですか?」
気になるなら直接問えば良いと、ド直球で聞いてみた。大蛇さまは私の言葉を咀嚼して、目を細めて顔を地面から離して上に掲げる。
『長い間は離れられぬが、前よりも力を得ているのでな。問題はないぞ! しかし、沼の米はどうする?』
大蛇さまは、私が欲しいと願い出て彼が育てたから、沼のお米さまは私の好きにして良いとのこと。有難い言葉だけれど、全部取ってしまうと沼の生態系が変わってしまう恐れもあるし、どうしようか。あ……。
「えっと、半分は収穫して、半分は来年用にそのままにしておく方が自然を壊さないかなと。素人考えですが……」
もっと専門的な農業知識あがあれば良かったけれど、一次産業について義務教育で習うのはほんの少しだった。アルバトロス王立学院の図書棟で読んだ本は、とうもろこしさんと果樹についての本だった。小麦とお米の本も見つけて読んでおくべきだったと反省する。
『根こそぎ取っていくよりは良いことだな。よし、では秋になったらダークエルフたちに願い出て収穫しよう。お主は学び舎に通わねばならぬから、こられぬよな?』
ちょっと寂しそうな雰囲気の大蛇さま。でも収穫作業は楽しいだろうし、子爵邸の子供たちも誘えば喜びそうだ。もちろん親御さんの許可を頂いてになるし、まだ決まっていないのだし。
「学院のお休みの日であればこられますが……あ、日程って合わせられますか? それならどうにか……」
ロゼさんの転移魔術で何度か大陸を経由して南の島に赴くことが可能になっているし、飛竜便をお願いすれば割と早くアルバトロスから南の島までの移動が可能だった。
移動手段が増えて有難いけれど、私自身で転移魔術の距離を伸ばしたい所だが、ロゼさんに『ロゼの仕事取らないで!』とお願いされている。転移魔術の練習をしていると、最近はロゼさんのご機嫌が下降してぺしょんと潰れてしまう。可愛いお願いだから良いかと、最近は転移魔術の練習を行っていなかった。
『おお! その手があるのか。よし、ダークエルフの者たちに願えば連絡は付けられる。あとは時期的に嵐がこなければ良いが、こればかりは運かのう」
南の島の秋の時期は台風に襲われやすいそうだ。稲が倒れてしまい、水に浸かったままだと腐ってしまうので避けたい所である。とはいえこれも自然のものだし、仮に全滅したなら諦める他ないのだろう。
「そうですね。天候が良い日に収穫が行えると良いのですが」
確か収穫したあとも乾燥作業とかあるはず……教科書かテレビで稲穂を干している所を観たことがある。どのくらいの期間、天日干しすべきなのかさっぱりだが、今ならば頼もしい方々がいるではないか。
「九条さま」
「どういたしました、みなーばぁ殿?」
彼の名を呼べば小さく首を傾げながら、私の名前を呼んだ。
「お米さまを収穫してから、農家の方々がどんな作業を執り行っているか私は全く知りません。もし可能であればフソウでお米さまを栽培している知識を教えて頂けませんか?」
できることなら、種籾から発芽作業とそこから苗の作り方まで習いたいよねえ。大蛇さまには沼で採れたお米さまを子爵領で増やす許可を頂いているから、白いお米さまだけじゃなくて赤いお米も増えれば面白いだろう。
九条さまが仰った通り栄養価が高いので、偶に食べるのも良いかもしれない。物珍しさで他のお貴族さまが買ってくれる可能性もあるのだから。
「そのくらいであればお安い御用です。秘匿している情報ではありませぬし、農民の皆が知っていることですからな」
「ありがとうございます。では、ナガノブさまにお知らせして技術料がいくらするのか問い合わせをしますね」
流石にタダと言う訳にはいかないだろう。九条さまはお安い御用と言っているが、フソウの技術なのだから対価はきちんと払うべきだ。いやいや、それは頂けませんと九条さまは仰るが、九条さま一人で決めて彼に責任が降りかかっても問題があるだろう。
できることなら穏便に平和に済ませるのが一番だ。お金で解決するなら一番分かりやすく、シンプルな交渉なのだし。
「全く、貴女という人は。損をすることもありましょうに……」
九条さまは呆れ顔で私をお人好しだと言いたいようだが、お付き合いを続けていくなら気にしておいた方が良い。誰かになにかをやってあげたのに、あげた相手は受け取るだけでなにもしない、とか感情が湧いてしまうから。
『人間は面倒だのう』
小さく大蛇さまが零して、九条さまと私は顔を見合わせて苦笑いになる。まあ、人間として生まれてきたのだから、汚い部分も綺麗な部分も持ち合わせながら生きて行くしかないだろう。
「あ、大蛇さま。森の中を九条さまたちと供に散策したいのですが、構いませんか?」
九条さまたちは南の島の植生が気になるようだし、食べられる果物でもあれば持ち帰って育ててみたいとのこと。南と北の温度差が心配だけれど、なにごとも挑戦である。奇跡が起こって、フソウで新な品種として確立するかもしれないし。美味しければ、買い付けてありつくこともできる。
『構わんよ。しかし、森の中は迷うと大変だからな。ダークエルフの者を一人か二人は連れて行け』
「主殿、感謝いたします」
「ありがとうございます、大蛇さま」
こうして、九条さまたちお侍さんと南の島の森の中を探索することになったのである。面白いもの、美味しいものが見つかると良いなあ……。