魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――学院の中庭、昼休み。
随分と日差しも強くなり、木陰に入らないと汗をじんわりとかくようになってきた今日この頃。
ジークとリンがラウ男爵家への籍へと入ることが決定した。どうやら公爵さまの根回しは済んでいたようで、本来もっと時間が掛かるはずの貴族籍登録は直ぐに済んだ。
話し合いをしている時点で、公爵さまの腹の中では既に決定事項だったのだろう。でなければこれほど早く手続きが済む訳はないし、ラウ男爵さまとの面会だってジークが返事をした翌日の晩には行われたのだから。
「ジークフリート・ラウ。ジークリンデ・ラウ。――うん、良い響きなんじゃないかな?」
二人の新たな名前を口にして、舌触りを確認する。長ったらしい家名だと、ちゃんと舌が回るのか自信がない。時折、凄く長ったらしい家名の人に出会って、困る時がある。
噛んでしまうと失礼に当たるので、何度も必死に口にして間違わないようにと練習することもあるのだ。ジークとリンはそんな私を見ておかしそうに笑っていたけれど、教会から怒られるのは私だ。我が身は大事だし、聖女としての品格を落とす訳にもいかないので、結構大変だったりする。
「慣れないな。家名なんて名乗ってなかったから」
「変な感じだね」
書類にサインして提出して終わりだったものね。サインだけして、公爵さま経由で公的機関へと提出したみたいだし。その辺りは詳しくないから、任せっきりになってた。
苦笑いをしている二人を見ながら、気になっていたことがあったのだ。聞くタイミングは今しかないなと、口を開く。
「リンは良かったの? ジークが公爵さまに返事をして、そのまま話が進んじゃったけど……」
「兄さんが一緒だし、問題はないよ。公爵さまの話だと今まで通りの生活で良いみたいだし、男爵さまも夫人も悪い感じはしなかったから」
人の判断は付き合いの長さでようやくわかるものだけれど、リンは勘が鋭いから当たっている可能性の方が高い。
私は男爵さまとは顔合わせはしていないので、どういう方なのかはさっぱりであるが、公爵さまの推薦人だしリンの勘も当たるだろうから、心配は必要なさげだ。
「そっか。――お祝いって言ったら変かもしれないけど、みんなで集まってなにかしようよ。久方ぶりにみんなが集まるのも悪くないし、もうすぐ長期休暇だから時間取れるだろうしね」
学院へと入学してから三ヶ月強、そろそろ長期休暇という名の夏休みに入る。領地持ちの人は王都から実家へ帰省する人が多いし、避暑地へと赴く人たちも居るそうだ。
私たちは王都暮らしだから、基本的に王都から出ることはないから、夏休みの二ヶ月間は暇なのだ。討伐依頼で騎士団か軍の人たちに同行するかもと考えていたけれど、依頼が舞い込む気配はない。
「俺たちを口実にナイが騒ぎたいだけだろう?」
「みんな揃うのは久しぶりだから、いいかも」
学院に入ってからというもの勉強に追われていたし、城にも行って週に一度は障壁を張る為の魔術陣へ魔力充填をしたり、魔獣が出たり、婚約破棄事件があったり、伯爵さまの落胤話が二人に舞い込んできたりと騒がしかった。
偶には羽を伸ばしてもバチは当たるまい。孤児仲間を集めて、王都近くの丘にでもお弁当を持って出掛けるのもいいだろうし、どこかのお店に入って飲み食いするのも悪くはない。
「まあ、騒ぎたいっていうのはあるかも。色々あったし、自由時間も大分少なくなってるから長期休暇くらいはゆっくり休むか遊び倒したい」
私は遠巻きに見ていただけなので、当事者という訳ではないから気楽なものであるが。
「だな」
「うん」
いつものように三人で会話を交わしていると、足音を鳴らしてこちらへとやってくる人がいた。何事だろうと顔を上げると、マルクスさまが仁王立ちしている。よっこいしょと口にすることなく立ち上がり私が礼をすると、ボリボリと片手で頭を掻いている。
「あー……その、なんだ、親父が迷惑を掛けたな。スマン」
相変わらず言葉にするのが苦手だよねマルクスさまと苦笑いしつつ、私に頭を下げられても困るのでジークとリンの方へ視線を向ける。
それに気付いた彼は口を伸ばして気まずそうな顔をしたけれど、一度深い息を吐くと二人に顔を向けた。
「また手合わせしてくれると有難い」
「お気になさらず。――手合わせは申請さえ通して頂ければいつでも受けて立ちます」
ジークが言葉を口にし、リンは黙って目を伏せる。落胤問題は伯爵さまが原因であって、マルクスさまが謝る必要なんてないのだけれど、近頃は視線を寄越されていたので気になっていたのだろう。
人目があると誰かに聞かれてしまう心配があるので、どうやら機会を窺っていたようだ。セレスティアさまがこの場にいれば驚くだろうなあと苦笑する私。
「言いたいことは言った。じゃあな」
あっさりとしているのか不器用なのか判断のつかない行動だったけれど、何もないよりは良いのだろう。ジークとリンは何も言わないけれど、マルクスさまに原因がある訳じゃないし、むしろ彼は巻き込まれた側なのは理解しているはず。
「そろそろ時間だね、教室に戻ろう」
「ああ」
「うん」
そう言って歩き出すと、スカートのプリーツを優しく撫でる風が吹く。いつもの場所で二人とは別れ、特進科の教室を目指すのだった。
◇
――どこか懐かしい雰囲気を持つ女だった。前世で一般的だった黒髪黒目で小柄、顔が平凡故にだろうが。
死んだ、転生した、貴族だった。そしてこの異世界は『乙女ゲーム』が舞台の世界だと確信したのは、王立学院に入学し特進科の教室でピンクブロンドの少女が、第二王子殿下に無邪気に声を掛けた時だった。
その瞬間を見た俺は正直何をやっているのだと、頭を抱えた。平民の女が学院内とはいえ第二王子殿下に声を気軽にかけるものではない。
貴族と平民との融和を学院は謳っているが、そんなものは建前だ。ある程度のことは許されるが、第二王子殿下を始め側近を篭絡した手腕は女として素晴らしい。だが平民が、それも国の中枢を将来司る人物たちを腑抜けにしたのは不味かった。
主人公補正など生きていく上では存在しないし、もっと現実を見ればよかったのにと教室の片隅で溜息を吐く。
ヒロインが辿ったルートは恐らくファンディスクのルート。無印版の攻略キャラ七人を同時に獲得できるという滅茶苦茶設定だったが、齟齬が出ていた。
騎士科に所属しているジークフリートと魔術科へ特別講師として招かれる魔術師団副団長のハインツ・ヴァレンシュタイン。その二人はヒロインに攻略されていない。ゲームではなく現実なのでこういうこともあるのだろうと、自分を納得させたのを今でも覚えている。
前世で男の動画配信者が乙女ゲーをプレイし、突っ込みどころに突っ込むという映像を見ていただけなので、記憶は随分と不確かだが。
幸せになっていたハズの王子もヒロインも今では幽閉塔の中。本来ならば破滅していた悪役令嬢二人は、普通に学院へ通っている。
そして一番の大きな変化。
ナイ、という平民の女の存在である。入学した時から既に聖女だというのに、ゲーム中に一度も登場してこなかったし、黒髪黒目の女キャラも出てはこない。
明るい派手な色合いの連中が多いこの国だ。俺も生まれ変わって金髪とまではいかないが、くすんだ金に近い色の髪で瞳も青。そしてそれなりに顔も良く、背も高い。
「イケメンだよな」
誰にも聞こえないようにぽつりと呟く。前世よりは確実にイケメンであるが、周りがそれ以上に顔が良いので、埋もれてる。ようするにモブだ、モブ。
こんな世界で主人公をやれるほど能力はないのでモブで十分だが。それなりの爵位の家に生まれた三男坊、それが俺のステータス。運よく特進科に入れたものの、目立つ連中が沢山いるので注目なんてされたことがない。
「ごきげんよう」
貴族だからクラスの女子連中のセレブリティーな挨拶の声が響く。縁遠い世界だと感じていたのに、直接こうして聞くようになるとは。
机に教科書を広げ自習している振りをしながら、教室の中を観察していると、件の黒髪聖女が教室の入口を通り、席へと着いた。周囲よりも小柄な彼女に声を掛けたい連中が多く視線が刺さっているが、気にする素振りもなく鞄の中から中身を取り出し一限目の授業の教科書以外は仕舞い込む。
そうして手に取った教科書を開いて自習を始めたのだった。彼女は俺たち貴族に関わる気はないらしく、教室の片隅で静かに自習や予習をしていることが多い。
「熱心だな」
「ですわねえ」
我がクラスでのヒエラルキーの頂点に立つ二人、ソフィーア譲とセレスティア嬢が聖女の前へ立つと、ゆっくりと開いていた教科書を閉じて立ち上がり挨拶をする。
聖女はどうやら二人のお気に入りらしい。おそらくは周囲への牽制なのだろう、聖女は平民だというのによく声を掛けている。第二王子殿下の婚約破棄事件の際に、ソフィーア嬢との間に割って入ったというのに不問になっていたから、陛下にも顔は覚えられているのだろう。
――主人公だよなあ、物語ならば。
合同訓練の時も討伐困難といわれる魔獣の攻撃を防ぎきり、魔術師団副団長の馬鹿火力な魔術から味方を守ったと聞いている。
「ジークフリートとジークリンデが貴族籍に入ったと祖父から聞いた。これで妙なやっかみも少しは減るな」
「ですわね。わたくしとしてはマルクスさまの地位が揺るぎないものになったので有難いですが、クルーガー伯爵家に入る予定もあったのでしょう?」
確かに男爵家に入るよりも伯爵家に籍入りした方がやっかみという部分は減るはずだが。
「伯爵閣下から打診を頂いていましたが、二人は望んでいませんでしたから……」
「それでハイゼンベルグ公爵が出てきたのですのね」
ジークフリートというキャラはクルーガー伯爵の落胤で、彼の嫡子であるマルクスと因縁の対決を繰り広げていたが、そんなイベントは起こらないまま。
しかも幼い頃に死んだ筈のジークリンデが生きているのだから、驚きだった。ただ聖女と幼馴染だと後で知ったので、どこかで大きくシナリオが変わってしまったのだろう。
確かクルーガー伯爵のお手付きになった侍女が妊娠。当主や夫人に迷惑が掛かることを恐れ無断で伯爵家を辞め、王都のどこかに移り住み子を産んだという設定だった。
途中、侍女を探し当てた伯爵か伯爵夫人が支援をしていたというのに、悪意ある人物に支援金を中抜きされ病気になった母親は治療を受けることもできず亡くなる。幼い二人は家を追い出され貧民街に辿り着き孤児として生活をする中、劣悪な環境で妹は死に、ジークフリートは身一つで学院の騎士科へと入学したはず。
それがどうだろう。ジークフリートにはジークリンデと聖女が居るのだ。
しかも既に教会騎士として働き学院に通うようになったのは、ハイゼンベルグ公爵が手配したと小耳に挟んでいる。
あの三人には公爵が後ろ盾になっているのだ。ならば、幽閉されているヒロインなんぞより注目すべきではないだろうか。
長期休暇を終え二学期に入るとゲームは『続編』と入るのだが。ゲームとどう違ってくるのだろうかと、俺は教室の片隅で溜息を吐くのだった。
主人公が結婚したみたいなサブタイに(笑 モブくんはモブくんでしかない予定です。ノープランなので先のことは分かりませんが。