魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
地面には大きな刀が転がっていた。随分と強引な浄化魔術だったので、心配していたのだが成功したようで安堵する。鞘と刀は別々になっており、鞘にはたくさんのお札が付いている。お札はボロボロになっているから、封印が弱まった原因なのかもと大巫女さまを見た。
「呪いは完全に無効化しているようですね。みなーばぁ子爵の魔力はわたくしより……いえ、大君より強大なものでした」
大巫女さまは刀から私へと視線を移して、ぴしりと背を伸ばした。
「我々フソウが手をこまねいていれば、民に被害が及びました。此度の協力、感謝してもしきれません」
そうして彼女は最敬礼を執る。本当ならフソウの問題だから、他国の人間が介入することを嫌うはず。大巫女の立場もあるだろうに、深々とお辞儀するには覚悟が必要だったはずだ。
「お気になさらないでください。アルバトロスの聖女として務めを果たしたのみで、寄付額などは後日正式にアルバトロスからフソウへ請求されます」
要請がなければ、他国で勝手な行動を取れない上に、教会が設定した寄付額が請求されるので、フソウ的には財政が圧迫されるはず。国同士、仲が良ければ分割払いとかできるそうだが、相手方の態度が悪いと一括請求されることもあれば、割高で請求することもあるそうだ。
こればかりは聖女は口出しできず、国同士の外交努力により決まるものである。現アルバトロス王は無茶は言わないはず。フソウとは長く良いお付き合いをしたいので、なるべく穏便に済むと良いのだが。
「承知いたしました。子爵の働き、きちんと報告に記させて頂きます」
私も、私がフソウへ訪れたことで呪いの刀が力を得た可能性があることを記しておかなければ。確証はないけれど、寄付代が少しでも安くなれば御の字だ。
「ありがとうございます」
大巫女さまはこれ以上なにも言わず、ゆっくりとした動作で地面に転がっている大刀を拾い鞘へと納めた。護衛についている方々に緊張が走るけれど、浄化されているので問題はなく禍々しい気配も感じない。
クロが私の肩の上に戻り、幼竜さんがぴょんと一度跳ねて、ジークの脚を蹴り胸の位置で再度蹴りを入れて肩の上に跳び乗った。器用だなと感心していると、大巫女さまが小さく笑みを浮かべて口を開く。
「さあ、大君に報告に参りましょう。呪いは消えましたから、大君の体調も戻っているはずですから」
彼女の言葉に頷ずいて、一行は移動を始めた。お屋敷まで少し歩くけれど、移動できない距離ではない。
「しかし……剣が流暢に喋ることなんてあるのですね」
前を歩いていた大巫女さまがジークとリンが腰に佩いているカストルとレダを見た。鞘と柄はシンプルな造りだけれど、見る人が見れば超業物であると分かるらしい。刀剣類のコレクションを趣味としているお貴族さまとお城ですれ違うと、凄い目で凝視していた。私はさっぱりだけれど、ジークとリンも二振りの価値を確りと理解しており、手入れを怠っていない。
そしてレダとカストルもそっくり兄妹の丁寧な手入れを受け入れている。だからこそ、ジークとリンは使い手として選ばれているのだろう。
『俺たちはお嬢ちゃんの魔力をたらふく込めて、ドワーフの職人に鍛え上げられたからな。そんじょそこらの剣とは一線を画す代物だぞ!』
『マスターの魔力は心地良いものです。故に私たちはこうして意志を持ち、語ることができます。そこの馬鹿剣まで喋るのは不本意ですが、マスターの力が優れている証拠。皆、マスターを褒めたたえるべきです』
「仰っていることは理解できますし、現に剣さま方が喋っておりますので信じます。ですが、もう少し時間が掛かるものではないでしょうか?」
大巫女さまが首を傾げて、レダとカストルに問う。どうやら彼女は魔力を込めて鍛えれば、物が喋ることもあるけれど、意志を持つまでに時間が掛かってしまうのではと言いたいらしい。
フソウ、というか日本には付喪神の概念があるから理解し易いのだろう。でもレダとカストルは鍛えてから……一年未満で喋っているような。確かに意志を持つには長い時間が必要そうだけれど……意志を持って喋ってしまったのだから受け入れるしかない。
『ナイの魔力も凄いけれど、鍛えたドワーフの腕も良かったからねえ。レダとカストルが直ぐに意志を持ったのは必然だと思うよ?』
クロが私の肩の上で胸を張りながら言った。どやあとした顔で大巫女さまを見ているのだが、彼女は『ひえ!』と驚いている。どうやらクロが喋ることは分かっていたものの、自分に語り掛けるとは思っていなかったようだ。
「竜のお方……そういうことなのですね。理解いたしました」
大巫女さまは少し緊張しながらクロに言葉を返した。
『クロで良いよ。みんなボクのことを敬ってくれるけれど、生まれたばかりだし、みんなと同じ扱いの方が嬉しいから』
毎度クロは呼び捨てで良いよと言っているが、大体の方は敬称を付けている。クロを呼び捨てにするのって、私とジークとリンとサフィールとクレイグくらいではないだろうか。
あとは孤児院に赴いた時に竜のことを良く分かっていない子供たちが『クロ! クロ!』と呼んでいるけれど。さて、大巫女さまはどう呼ぶのかなと顔を見ると、微妙に引き攣った表情になっているからクロの願いが叶う未来は遠い。
「大巫女さま、よくぞご無事で!!」
大きなお屋敷の玄関前で警備を担っていたお侍さんが、私たちを見た第一声がソレだった。大きな声だった所為か、お屋敷の中が一気に騒がしくなったので帝さまに伝わるのも時間の問題だ。そうこうしているうちに、帝さまの寝所に呼ばれることとなるのだった。
「大巫女、みなーばぁもご苦労さまでした。呪いの刀の痣は消え、体調も元に戻りつつあります」
帝さまが着物の袖を捲ると、黒い痣は綺麗に消えている。ならば呪いは払われたと解釈しても良いだろう。呪いの残滓があるならば、痣は綺麗に消えないはずだから。
「いえ。大巫女の務めを果たしたのみ。大君に大事なく安堵致しました」
真面目な顔で大巫女さまが頭を下げ、私も次いで頭を下げる。ナガノブさまやフソウの重鎮が寝所に集まっているので、私的な態度は取らない方が良い。
「大巫女さまが執り行った儀式のお陰でございましょう。此度の件はアルバトロスとフソウの絆をより一層深めることになったと、わたくしは捉えております」
だから越後屋さんとの取引を継続させてください。メンガーさまに記して頂いた購入リストの買い付けがまだだし、これからずっと先も日本食、もといフソウの食材を手に入れたい。どうか国同士が仲違いしませんようにと願ってから顔を上げる。
「此度の件は両国の絆を深めた……と言うよりも、フソウはアルバトロスに感謝せねば。本当にみなーばぁの周りは不思議な力で溢れておりますねえ」
目を細めながら帝さまは私を見る。まあ、雪さんと夜さんと華さんが妊娠しているし、朝廷のお屋敷で鎮めていた呪いも消え去ったから、フソウ的には喜ばしいことだろう。私個人の願いは『越後屋さんとの取引継続』なので、その他の面倒なことは国同士でお願いしたい。
「有難いことに、わたくしは魔力を多量に持ち得て、アルバトロス王国から重用されておりますゆえに」
アルバトロスの聖女でなければ、クロと出会うこともなかった。副団長さまに興味を持って貰わなければロゼさんとも会えなかったし、ヴァナルもお猫さまもジルヴァラさんも、エルにジョセ、ルカにジア、亜人連合国の皆さまとも会えていないし。
本当に筆頭聖女さまと公爵さまと教会と国には感謝しないとなあ。教会上層部には私が稼いだお金を着服されたけれど、戻ってきたのだし、今いる方々はマトモである。
「でも、心根が腐っているなら、其方の肩に竜の御仁はいませんよ」
帝さまが柔らかい表情でクロに視線を向けた。
『うん。今のボクがいるのはナイのお陰だし、いろんな国を見れるのは楽しいよ』
クロの元となるご意見番さまは西大陸北西部に引き籠っていたから、今生はいろいろと世界が見たいと言っていたから。クロが私の顔にぐしぐしと顔を擦り付ける。ナガノブさまが羨ましそうな視線を向け、帝さまは綺麗に微笑み、大巫女さまは若干引いていた。
「さて、報酬の話をしましょうか。みなーばぁはなにが望みです? なるべく貴女の望みは叶えましょう」
帝さまが微笑みながら告げ、私も彼女に笑みを返す。
「では、アルバトロスとフソウの友好を願います。できることならば、この先も……」
アルバトロスとフソウは距離が随分と離れている。地政学的に同盟を結ぶとしても旨味は少ない。下心アリアリなら、フソウの食品を取引したいだけなのだが、やはり日本という国家を模している所為か贔屓してしまう。
「欲がありませんねえ……もっと、こう、フソウの土地や地位が欲しいと言ってくれた方が、こちらとしても楽なのですが」
帝さまが苦笑いを浮かべながら仰る。彼女なりの冗談であろうが、もしかすれば私がフソウの一員になって欲しいという本音が垣間見れた瞬間なのかもしれない。真意は分からないが、アルバトロスの聖女を務める身としては首を横に振るしかなく。結局、報酬の話はアルバトロス上層部へと丸投げになるのだった。
◇
――アガレス帝国・皇宮
アガレス帝国兵の案内で、皇宮内へ足を進める。私の少し後ろには緊張した面持ちのメンガーさまの姿がある。私は聖王国の命を受け、大聖女としてアガレスへと足を運んだ次第だ。
前回、ナイさまとアガレスの皇宮をウロウロとした時は夜の帳が落ちていたので、広いなと単純な感想を抱いたのみだが、今は違う。帝国と名乗るだけあって、天井には絵が描かれ、建物を支える柱は大きく太く立派な彫刻が施されている。聖王国とアガレス帝国の力の差を見せつけられている気がするけれど、第一皇女殿下がアガレスの実権を握られてからは友好な関係を築けているはず。
「はるばる聖王国とアルバトロス王国からアガレスへようこそ、大聖女さま。メンガーさま。長旅、お疲れさまでした」
ただっ広いホールで皇女殿下方ご一行は私たちを待っていた。
「お招きいただき感謝致します。ウーノ皇太子殿下」
「ご招待ありがとうございます、殿下」
今日は元第一皇子殿下と兄弟の方々が迷惑を掛けた謝罪を理由にアガレスへ招かれた。
私は共和国の乙女ゲー主人公の話を聞きたくて、アガレスへ渡ったのだ。エーリヒさまはアドバイザーを理由に、少々強引に私の補佐役――表向きは一緒に強制召喚された被害者だけれど――で赴いている。……アガレスの謝罪は表向きだ。本当の理由は共和国の主人公がアガレスでなにをしていたのかを聞きたいからとウーノ殿下にお願いして、今回の面会が叶った訳である。
共和国の主人公は母国に戻ったけれど、ナイさまが関わっていることがこれで収まるのだろうかという、聖王国上層部とアルバトロス上層部、そして私とエーリヒさまの懸念から今回のアガレス訪問なのだ。ナイさま不在をウーノ殿下は凄く、凄く残念がっていたけれど、休暇と公務を兼ねて南の島とフソウに赴いているのだから仕方ない。
『おお少年よ! あと大聖女も! 久方振りだなあー! 二人共、ちいとは大人の顔になったのではないか!?』
ヴァエールさまが骨の馬に跨って、意気揚々と声を掛けた。殿下を遮っているけれど良いのだろうか。彼は精霊の枠組みだし、アガレス上層部の者ではないと言い切れば逃げられるとは思うけれど。愉快な御仁がいるならば、今回の会談の雰囲気は軽くなるかもしれないと髑髏の眼底を覗き込んだ。
「ヴァエールさま、お久しぶりでございます。成長できていたなら嬉しいのですが……」
私は聖王国の聖女として成長できているのだろうか。未だに分からないこと、慣れないことが多くて、周りの方々を頼ることが多い。本当であれば、エーリヒさまを誘ってアガレスに赴く必要はなかったはず。もっと確りとしなければいけないな、とヴァエールさまに小さく頭を下げた。
「お久しぶりです。以前より貴方の存在感が増している気がします」
メンガーさまがヴァエールさまを見上げながら言った。
『お嬢ちゃんが巨大魔石を破壊してくれたからな! 魔素が多くなって力を付けておるのだよ! もう少し力を得るのが早ければウーノ嬢と手を組むことはなく、アガレスの皇宮で暴れ回ったのになあ……残念だ!」
ガハハと笑うヴァエールさまに困り顔を向けているウーノ殿下。仲が良さそうでなによりと、エーリヒさまを見ると彼も片眉を上げて笑う。
ちょっと格好良いなあと思ったのは一生の秘密だ。言い方は悪くなるけれど、乙女ゲー世界が舞台なので、エーリヒさまより見目の良い男性は沢山いる。彼は真ん中も真ん中で、普通という評価に落ち着くのに。なんでだろうと首を傾げると、ウーノ殿下が身体の向きを変えて右手を伸ばした。
「さあ、参りましょう」
殿下に促されて移動を開始するとアガレス儀仗隊の歓迎を受けた。こういう時は儀仗隊の皆さまの顔を確りと見るのが礼儀なのだとか。
兵士の方々の身長や体格が揃っていて、格好良いなあと見惚れていると、エーリヒさまが見栄えも重要なので似た体格の人を集めて編成するのが常と教えてくれた。そうなんだと納得していると会談の場へと案内された。おもてなしを受けていて少々むず痒いが、ナイさまがいればもっと豪華になっていたのだろうか。
「ウーノ殿下、この度は会談の場を設けて頂き感謝いたします」
お伺いを立てると、直ぐに返信をくれて会談の場を設けてくれたのだ。しかもアガレスが私たちを強制召喚に巻き込んでしまった謝罪という形を取ってくれている。聖王国から派遣された宣教師とも話をしたくて、アガレスの入国許可を取りたかったのだが、ナイさまに関わることだしと仰ってくれ、確度の高い情報交換の場になるはず。
「いえ、お気になさらないでください。共和国の方がアガレスに赴き、ナイさま……ミナーヴァ子爵と接触を試みておりました。お若い男女二人組でしたから、若さゆえの万能感に駆られ大陸横断という無茶を実行できると踏んでしまったのでしょう」
ふうと殿下が吐息を零す。彼女にとって黒髪黒目に私欲で接する者は、あまり良いと思っていないようだ。
ナイさまと会いたいと願う、乙女ゲームの主人公とヒーローは聖地巡礼を掲げ、ナイさまが召喚されたアガレスを目指したようだけれど……アガレスでなにをするつもりだったのだろう。
共和国から西大陸に渡るには船旅一択となり、かなり時間を要する。私たち一行は亜人連合国の飛竜便を使用してアガレスへと渡ったから、たった一日で大陸を渡ることができた。
差別を受けている主人公が黒髪黒目の前作主人公を頼り、アガレスに赴くのがゲームのシナリオだけれど……この世界は乙女ゲーが舞台とはいえ、大きくシナリオは変化している。知らないことは可哀そうだけれど、きちんと考えれば、ナイさまに会って差別を消して欲しいという願いが無理難題ということは分かりそうなものなのに。
「共和国へと還された若い二人の顔の特徴を知りたいのですが、可能でしょうか?」
ウーノ殿下の目を確りと覗き込む。最初から本題なので有難い。私の横にはエーリヒさまが席に座って、緊張した面持ちで私とウーノ殿下のやり取りを眺めている。
「ええ、もちろです。アガレスを介さず、アルバトロスに向かうこともあろうと、絵師に似顔絵を頼んでおります」
殿下が係の方に指示を出すと、私とメンガーさまの前に二枚の小さな油絵が差し出された。記憶を掘り返し、主人公とヒーローの顔を思い出す。
「…………っ」
大きな声を上げなかった私は偉い。姿絵を見ると、ゲームの主人公とヒーローそのままだった。ヒーローはメインヒーローとプレイヤーの皆さまに呼ばれているので、長めのプレイ時間が必要だった。
共和国は階級制度はないものの、自由至上主義――だったはず――故に貧富の差と元階級社会で上位にいた人たちとそうでない方々、そして新興で成り上がったお金持ちの方々との格差が酷い。前世でも貧富の差はアメリカあたりで大きく取り上げられていたし、人種差別ももちろんある。
ゲーム主人公は難しい立ち位置であり、貧富の差と人種の差で悩んでいた。お金持ちの政治家のお坊ちゃんと結ばれ、差別問題を解決していくのだけれど……今でこそ断言できる。世界はそんなに簡単なものじゃない、と。
「どういたしました?」
「いえ、知り合いに似ていたので少し驚いただけです。改めて拝見すると全くの別人ですし、知り合いは聖王国の者ですからあり得ません」
ウーノ殿下が驚きを見せた私を不思議に思って問いかけられたが、口八丁で誤魔化してしまった。でも私とエーリヒさまは転生者でゲームをプレイし、この世界の少しだけ覗いたことがあるとは言えない。信頼を築くことができるなら言える時がくるかも知れないが今はその時ではなく、探りを入れられないために必要だった。
「そうでしたか……色鮮やかな鳥を肩に乗せておりましたから、あれはミナーヴァ子爵の模倣でしょうか?」
あ、そういえばマスコットとして主人公の肩に鸚鵡が乗っているのだった。ゲームの中では随分と渋い声で『遅刻するぞ~』と主人公をベッドから叩き起こしていたけれど。
「流石に鸚鵡が竜の代わりを務められるとは思いませんが……」
クロさまの真似を鸚鵡が務められるかは謎である。確か、お祭りの縁日で売れ残っていた鸚鵡を不憫に感じた主人公が、ヒーローに強請って買った気がする。
しかも歳を経ているからと、ヒーローがお店の主人と値切り交渉を粘っていたような。お祭りイベントは花火を見ているヒーローのスチルが最大の目的で、鳥イベントは流して良いものだったから頭から抜けていた。
「共和国との境にある領では、色鮮やかな鳥を飼うことが流行りとなっています。もしかすれば彼の国の文化が入ってきているのかも知れませんね」
まさか共和国はアガレスの領土を欲しているのだろうか。随分と落ち着いた様子のウーノ殿下であるが、侮れない方だと知っている。裏でいろいろと情報を掴んでいるだろうと、ゲームの主人公とヒーローの話を聞こうと居住まいを正すのだった。