魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
呪いの刀を浄化し、日が昇る頃、帝さまの前に刀を献上して問題はないと太鼓判を頂いた。フソウ滞在二日目は何故か帝さまのお屋敷でお世話になることになり、ドエ城の料理とちょっと赴きの違う品を楽しませて頂いたし、レダとカストルが喋ることに凄く驚く面々と顔を嬉々として二振りとお喋りを繰り広げた某方を見て苦笑いを浮かべていたりと、一日はあっというまに過ぎた。
夜の帳がおりて一夜明け、九条さまたちフソウの使者さんたちを送り届けたお礼の品やら、浄化のお礼と称してまた違う品を沢山渡された荷物をすっかりと纏めていた。凄く広い帝さまのお屋敷の門前で、私たち一行を見送りにきてくれた帝さまとナガノブさまが一歩前に出る。
「二日間、お世話になりました。出島に寄ってアルバトロスに戻ります」
聖女の仕事が突然に舞い降りたけれど、無事に終わって本当に良かった。
「世話になったのは我らだぞ。お主がいなければフソウは呪いの島と化していたのかもしれぬ」
苦笑いを浮かべるナガノブさまだが、彼には美味しいお酒を紹介して頂いたので気にしないで欲しい。業物のフソウ刀まで贈って頂いているのに、これ以上望むものなんて思いつかないし。
「ええ。我々を立てようとしなくとも良いのですよ、みなーばぁ。こうして歩けるまで回復したのは貴女のお陰ですもの」
帝さまの黒い痣は綺麗に消え、体調もご快復されている。大巫女さまも儀式を執り行ったあと、体調に問題はない上に調子が何故か良いのだとか。
クロが私の魔力の影響じゃないかと言っていたが、私の魔力ってどこまで他の人に影響を与えてしまうのだろう。今はプラスの方向に作用しているから良いけれど、いつかマイナスの方へ向かった時が怖い。この辺りは副団長さまかダリア姉さんとアイリス姉さん、もしくはシスター・リズ辺りに相談案件だ。アルバトロスに戻ったら、鸚鵡さんの行方の問い合わせを終え次第聞いてみようと頭に刻み込む。
「九条!」
「はっ!」
ナガノブさまが九条さまの名を呼ぶ。九条さまは頭を下げてから、一歩前に出た。まあ、これは理由を知らない方々のためのパフォーマンスなので、私は黙って彼らのやり取りを見守るだけだ。
「此度も使者はお主だ」
「申し訳ありませんが、もう一度使者としてアルバトロスに向かってください。みなーばぁ、九条たちをよろしくお願い致します」
帝さまももちろん知っている。今回の浄化の依頼を事後報告となってしまった謝罪とお礼を兼ねた使者さんを九条さまが務めるのだ。
九条さまはアルバトロス上層部の既知の人だし、違う人を向かわせるよりも印象が良いだろうと選出されたのだとか。報告書とかお仕事があるだろうに、大丈夫なのか心配していると部下が代わりに務めてくれるそうだ。ご家族と顔を合わせる時間が少なくなっているので、少々寂しいが仕方ないと笑っていた。なんだか申し訳ないので、彼らがアルバトロスからフソウに戻る際はお土産を一杯手渡そうと考えている。
「承知致しました。九条さま、道中よろしくお願い致します」
九条さま以外のフソウの面子は総取り換えだから余計に気になるのだ。アルバトロス土産ってなにが良いのだろうか。むむむと悩んでいれば九条さまがこちらを見る。……首が痛くない。
「こちらこそ。また世話になります」
小さく頭を下げた九条さまに一つ頷いて、帝さまとナガノブさまの顔を確りと見たあと礼を執る。
「それでは行ってまいります。出島の入場許可書発行もありがとうございました」
一応、フソウの入国許可は帝さま直筆のものを頂いているから問題ないけれど、出島の管理はその土地のお殿さまとなるので、ナガノブさまがささっと一筆認めてくれたのだ。もの凄く力強い達筆な文字が紙の上に踊り、左端には大きな印鑑が押されている。
フソウの入国許可書と出島の入場許可書があれば問題なく入れるし、疑うなら帝さまとナガノブさまに直接問い合わせば良いとも仰ってくれた。時間が経てば経つほど根回しされているので、問い合わせは今回くらいではないだろうか。なににせよ至れり尽くせりだと感謝して、凄く大きくなったヴァナルの背中に乗る。
「よろしくね、ヴァナル」
『シッカリ掴まってて』
ドエから出島までは、ヴァナルの背中に乗って移動する。ドエ城の外で待機している竜さんたちと合流して、
雪さんと夜さんと華さんは妊娠中だし、無理はしない方が良いと誰も乗せない。荷物はロゼさんにお願いしている。転移ができず凹んでべちょーと伸びて、フソウの皆さま方を驚かせていたけれど、次にフソウに赴く時はロゼさんの転移で行こうと約束すると張りを戻してくれた。
『ユキ、ヨル、ハナ……乗る?』
ヴァナルが雪さんたちの方を向いて声を掛けると、彼女たちは尻尾をぶんぶんと振ってヴァナルの背中に乗った。かなり大きくなっているので、全員が乗っても随分と広い背中だ。
ダブルコートの毛が柔らかく、手で撫でるとふさふさしているし、撫でている手を止めるとヴァナルの温もりが伝わってくる。彼がお父さんになれば、雪さんと夜さんと華さんと共に甲斐甲斐しく産まれた仔の世話を焼くのだろう。本当に産まれてくるのが楽しみだ。
『いく。振り落とされないデ』
ヴァナルが二歩、三歩と助走を付けると、大きく跳躍した。私の背にはリンがいて、振り落とされないようにと確りと抱き留めてくれている。
ドエ城の外で待っていた竜さんたちと合流して、地上組と上空組に分かれた。私とジークとリン、クロと幼竜さんと雪さんたちは出島までヴァナルに乗せて貰う。アルバトロスの外交官さんや九条さんたちは、竜さんたちの背中に乗って短い空の旅を楽しんでいた。
「…………」
お腹に回っているリンの腕に力が入り過ぎているような。いつも口数が少ないし、不満があっても口にしない子である。気付かれないように後ろを見ると難しい顔をしている。
――リンの機嫌がおかしい。
機嫌が悪いと言うか、悩んでいると表現する方が正解だろうか。彼女の兄であるジークはいつも通りで、周囲を警戒しつつ私がヴァナルから落ちないようにと気を配ってくれていた。私より妹の心配をお願いしますと言いたくなるが、いくら兄妹でも聞けないことはあるだろう。なら、私が直接彼女に聞いた方が早いかと、もう一度後ろを振り向く。
「リン」
「…………」
「リン?」
あれ、珍しい。私がリンの名を呼べば、彼女は一度で気付いてくれるのに。結構な距離が開き、声が届きそうになくとも『どうしたの、ナイ』といつも返事をくれるのに。クロもジークも私の声は聞こえており、クロはこてんと首を傾げ、ジークは少しだけ目を細めていた。幼竜さんはジークの肩の上で大人しくしている。
「リンさん?」
「どうしたの、ナイ?」
あ、やっと気付いたとリンの瞳を見る。疲れているとか、熱があるとかではなさそうだ。彼女は私を確りと捉えているし、腕から伝わる体温も高くない。なら一体どうしてと、リンの疑問を疑問で返すことになる。
「リンの方こそどうしたの? 元気がないけれど、なにかあった?」
「……」
私の言葉を聞いて、お腹に回る腕がぎゅっと締まる。加減はしてくれているようで、サバ折りにはならなかった。
「リン。今ならアルバトロスの人もいないし、大丈夫だよ」
外交官さんたちと九条さんたちも一緒であれば、こうしてリンに問いかけることはなかっただろう。身内しかいないし、クロもロゼさんもヴァナルも雪さんたちも他言しないと確信している。リンもその辺りはキチンと考えられる子だから、昨日は我慢していたようだし、今ここで吐いておいた方が後を引きずらないで済むはずだ。
「……ナイを守らなきゃいけないのに、あんなのに負けそうになった」
あんなのと言うのは呪いの刀のことか。私たちを守るために前に出てくれたし、ジークが助太刀に入ったから問題ないような。呪いの刀を打ち払うか、真っ二つに折るくらいの気概で立ち向かったなら、凹んでいる理由に納得できる。
『待て、待て、待て、待て、ジークリンデ! お前の腕は超一流だぞ! あの呪いの剣は今までの恨みで狂っちまった代物だ。普通の人間なら、あんな芸当できねえからな!』
カストルがリンの腰元で声を上げた。お調子者のカストルだけれど、意志を持つ剣だし言っていることは本当だろう。私は剣術はさっぱりなので、腕前を量ることはできないけれど、ジークとリンは実力があるからこそ『黒髪聖女の双璧』と二つ名が付いているのだし。
「負けてないよ、リンは。真っ先に飛び出して助けてくれたのはリンだからね」
リンに体重を預けると、ジークがリンを見た。
「俺が先に出ていれば押し負けていた。あの場はリンが適任だった。リンの判断は間違っていないし、弱くない」
単純な力ならジークよりリンの方が上である。ジークも分かっているから、力勝負の時はリンに任せていた。気にするなとジークがリンの肩を軽く叩くと、彼女の目が私を捉える。
「……本当?」
腹に回っているリン腕に力が籠って、彼女の頬にどうにか右手を伸ばす。
「うん」
紛れもなくリンとジークは私の盾であり剣でもあるのだと笑みを浮かべ。
「そっか。でも、もっと強くなれるように頑張らないと」
目を細めて笑うリンに、今以上に強くなればゴリラになるよ……とは言えず。真面目な話は長くは続かず、出島買い付けメモを懐から取り出して、肉じゃがさん、筑前煮さん、きゅうりの酢物さんと呪文を唱えていると出島に辿り着いた。
大きな竜とフェンリルの登場に驚く出島の皆さまに申し訳ないと頭を下げていると、越後屋さんがぴゅーっと飛んでくる。買い付けすると以前交わした約束を果たしにきたと告げれば、越後屋さんは嬉しそうに笑ってお店へと案内してくれた。
ちなみに雪さんたちが懐妊していることは、仔が産まれてきてからとフソウ上層部からお願いされている。越後屋さんは仲良さそうに歩くヴァナルと雪さんと夜さんと華さんを微笑ましそうに見ているので、言いたくなる気持ちをぐっとこらえていると違和感を抱いた。
「あれ?」
移動途中、看板のない大きな店の前を通った。確かここって……。
「大黒屋さんは潰れてしまいました。経営状態は悪くなかったはずですが、不思議なこともあるものです」
越後屋さんの言葉に驚きつつも、商売は水物だし急に駄目になることもあるだろうと彼のお店へと足を進めるのだった。
◇
越後屋さんでメンガーさまに書いて頂いた欲しいものリストにある品が欲しいとお願いすると、直ぐに手に入るものなので用意いたしますと仰ってくれた。有難いなあとお茶請けと緑茶を飲んでいると、私が幸せそうな顔をしているからとお茶の葉まで頂いてしまった。
本当に気を使って頂いてすみませんと伝えつつ、前回購入していなかったし量を頂いたから、料理長さんたちに紹介してみよう。気に入ってくれたらアルバトロスでも緑茶文化が広がるかもしれない。紅茶や烏龍茶に似たものは存在するけれど、緑茶は馴染みがないのでどうなることやら。
他にもゴボウさんに山芋さんに筍さんも紹介して頂いたので、喜んで買っている。記憶の奥底に『木の根っこを与えられた! 人権侵害だ!』と叫んだ方がいるとなにかで読んだことを覚えているけれど、アルバトロスの方々の口に合うだろうか。
寒冷地なのによく育つなという疑問があるけれど、アルバトロスでも寒い土地で育つ作物を育てていることがあるので、この世界の特性なのだろう。アルバトロスに馴染む食べ方は料理長さんたちに相談案件だろう。珍しい食べ物としてお貴族さまの間に広がるか、民間に広がるかはまだ分からないけれども。
『結構、買い付けた?』
「どうだろう。一般的なお貴族さまの買い付け量が分からないから……お金は使って良い額を家宰さまに教えて頂いたから、子爵家が傾くことはないよ」
クロの疑問に答える。越後屋さんとお別れをして、今は青空の下で竜の方の背中に乗ってゆっくりとアルバトロスに戻っている最中だ。
九条さんは慣れて余裕の表情だけれど、初めて竜の背に乗ったフソウの使者さんは驚いていたり、顔を青くしている方もいる。吐き気止めの魔術があるけれど、どうか最後まで我慢して欲しいと苦笑いをしつつ空の旅を楽しんでいた。
同じ子爵位を務める方のお小遣い事情は分からない。フソウに赴く前に私が自由に使えるお金の金額を教えて欲しいと家宰さまに金額査定を頼んだ。法衣子爵位の年金と領地の税収で経営は安定していると聞いた。貯め込んでも仕方ないので、割と大きな金額を使って良いと仰って頂いている。
自分で稼いだお金だけれど、今は自分だけのものではない。領に住んでいる方々が豊かになるなら良いし、アルバトロスが発展するなら聖女として良いことだから制限があっても仕方ない。それに自分と仲間であるジークとリンとクレイグとサフィールだけでは、貯めたお金を使い切れないのだから。
ぱーっと散財する方法を考えているけれど、美味しいものを買ったり、日常品を買うくらいだけれど、当主となってからその手のことは子爵邸で働く人たちの役目である。こうして旅に出た時くらいしか、自分のお金を使う機会がないというのは不思議な感覚だった。
『珍しそうな食べ物があったねえ』
クロが私の影を見た。越後屋さんから買った品々はロゼさんの収納魔術の中にあり、結構な量を買ったというのに容量にはまだ余裕があるとのこと。どこまでロゼさんは凄いことができるのだろうと気になるけれど、聞いてしまうと頭を抱えそうなので問い質したことはない。
「うん。懐かしくて買っちゃった。ジークとリンは『ゴボウ』って見たことある?」
前世で食べていたから、ゴボウさんや長芋さんは懐かしかった。アルバトロスの小麦粉で合うものを探せば、お好み焼きとか再現できそうだったので、つい買ったとは言えないけれど。
「いや、ないな」
「食べられるの? 凄く堅そうだった」
ジークとリンはゴボウは未知の食べ物のようだ。貧民街時代であれば『草を拾った!』と大事に掲げて食べていただろうが、生活は安定しているのだから喜び勇んで食べる代物じゃない……見た目的に。少し呆れているジークとこてんと首を傾げるリンに『食べ物だから食べれるよ。好みはあるだろうけれどね』と伝える。
「あ、あと、アガレスのさつま芋さんとフソウのさつま芋さんの食べ比べをしなきゃね。美味しいと良いなあ……」
そうそう。今回で一番の楽しみは、フソウでもさつま芋さんが存在していたので譲って頂いた。アガレスのさつま芋さんより丸みを帯びているから、品種が違うのだろう。アガレスのさつま芋さんは面長であるが、フソウのさつま芋さんは丸顔なのだ。
「ナイはそればかりだな」
「美味しいと良いね」
ふっと柔らかく笑うジークとリン。私の食い気が人並み以上なのは彼らの良く知るところなので、受け入れてくれている。リンはリンで足りないのではないかと心配している時がある始末だ。流石に太ましい聖女さまなんてイメージ的にありえないだろうから、太ればダイエット令が下りそうだ。
『ボクも楽しみ~』
クロはご機嫌に尻尾を揺らして、ぐりぐりと顔を顔に擦り付ける。幼竜さんはジークの肩の上で大人しく、クロを見ているので少しづつ私に慣れてくれていると良いのだけれど。前より怖がられていないのだが、安心して急接近しても驚かれるだけなので向こうからこない限りは無理に踏み込むつもりはない。自然に任せようと、まだまだ様子見であった。
「ん?」
リンが上空を見る。
「どうしたの、リン?」
空の上にいるのに上空を見るとはこれ一体とリンの名前を呼び、彼女の視線の先を見た。ジークもリンと同様になにかを捉えたようで『あれは……』と呟いているし、クロは『ああ』と納得した様子を見せ、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんたちは『?』と不思議がっている。
「あれって……南の島で助けた仔?」
上空を見上げながら首を傾げるリン。
「う……見えない。みんな目、良いなあ」
私はまだ鯨さんを捉えられないでいた。ジークたちは分かっているようで、隣にいる九条さまも見えたようだ。みんなの視力ってアフリカ大陸のどこかの民族の方々以上に良いのではと、少し引きつつ上を見上げていると陽の光に陰る姿がようやく見えた。
大小二体の鯨のお腹側を視界に捉え、ゆっくりとこちらへ下降してくる。九条さんたちとアルバトロスの外交官さまたちが驚いていた。そりゃ事情を知らなければ、未知の生物が突然現れたのだから混乱しても仕方ない。アルバトロスの皆さまは噂くらいは知っているかもしれないが、空飛び鯨さんの姿を見た人は限られるだろう。
「大丈夫だよね?」
怖がっている方もおり、私の言葉より説得力があるだろうとクロに聞いてみた振りをする。敵意がないのはなんとなく分かるので落ち着いていられるけれど、そうでない人はたまったものじゃないだろう。
『うん、大丈夫だよ。周回中にボクたちを見つけて、降りてきたんじゃないかな? 空飛び鯨は空を泳ぐ生き物だから、なかなか低い空には降りてこないんだよねえ。あと海で泳ぐ姿を見たなら、凄くすごーく運が良いよ。まあ鯨と見た目は一緒だから、海だと分からないんだけれどね』
クロは私の意図を理解してくれて、事情を知らない人たちに向けた言葉を紡いでくれた。ありがとうと顔を寄せれば、どういたしましてとクロが嬉しそうに顔をすりすりしてくれる。クロの説明にほっとしたような姿の面々に安堵の息を吐くと、空飛び鯨さんの親子が私たちの横に並走した。
母鯨――多分――さんの低くて心地良い鳴き声が響くと、仔鯨さんの少し高い鳴き声が空に響き渡る。楽器の音では表現できない神秘的なもので、聞き惚れてしまいそうだった。
『助けて貰ってありがとうって言ってるよ。前は直接言えなかったから、ナイの気配を辿って王都で潮を吹いたみたいだね』
ダリア姉さんとアイリス姉さんから吉兆の印で、おめでたいものだと聞いていたが、空飛び鯨さん親子にとってはお礼の印だったようだ。
「そっか。ねえ、クロ」
『ん?』
「傷はもう大丈夫って聞ける? 開いた所とかあるって聞いて欲しいんだ」
傷を治して直ぐに動き出せば傷が開くこともある。人相手であれば言葉で伝えれば済むし、説明した上で開いてしまったなら自業自得と言い張れる。怪我を負った空飛ぶ鯨さんはまだ幼いし、自然に生きる生き物だ。外敵から逃げることもあるだろうし、無茶をしなくちゃいけない時もあるだろう。
『もちろん』
「あ、あと鯨さんを襲った誰かがまだ分からないから十分に気を付けてねって」
クロが私の肩から悠然と飛び立ち、鯨さん親子の横を行ったり来たりして挨拶をしているようだ。
「怪我をしていなきゃ良いが」
「ね」
そっくり兄妹が心配そうな顔を浮かべて頷き合う。暫く待っていると、クロがぴゅーっと飛びながら戻ってきた。
『傷は開いていないし、綺麗に治っているよって。ナイの気配を感じて降りてきたんだって』
「そっか。良かったよ」
『普段より高い所を周遊しているし、低い所や海の中には潜ってないみたいだよ』
クロから鯨さんたちの様子を聞く。どうやら普段よりも高い位置を飛んでいるようだし、気を付けているのなら大丈夫だろうか。ルカを襲った黒い竜も見つかっていないし、何事もなければ良いけれど。鯨さんたちがまた潮を吹いて、遥か空の上へと昇って行くのだった。