魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
試験を受けた二週間後、試験結果が送られてきた。細かく分析された採点結果は苦手部分を補えということなのだろう。この結果は合格者のみに送られるそうで、落第者には結果が知らされることはない。
「凄いじゃないか、ナイ」
「うん、凄い」
「うーん。……凄いのかなあ」
教会の宿舎に併設されている食堂で三人が集まり、試験結果の用紙を回し読みしていた所だ。
私の筆記試験の結果は全て満点に届かずのところで終わってた。どこかしらでケアレスミスをして点数を落としている。締まらないなあと苦笑しながら、ジークとリンの結果にも目を通す。
「騎士科のボーダーラインを余裕で超えてるジークも凄いよ。リンは……ギリギリだったね、筆記は」
リンは元々勉強が苦手だったから仕方ないけれど、もう少し点数を上げることも出来たように思える。実技の結果は二人とも有無を言わさずの結果だった。
私は普通科に入るので実技の結果は白紙状態。まあ魔術科に引き抜かれた人がいるなら、詳しく分析されているんだろうなあ。魔術科の教師は変態が多いと噂だから。良い意味でも悪い意味でも。
「……ナイを守れる力があればそれでいい」
「嬉しいけれど、自分のことを一番に考えようね」
その言葉を聞いて、突き放されたような子犬みたいな顔になるのは罪悪感が湧くので止めて欲しい。
私を一番に据えずに自分の事をもっと優先して考えて欲しいものだけれど、孤児時代から一緒なので離れるという考えには至らないのだろうか。
いまだにしょげくれてるリンの頭を撫でると、抵抗する素振りはみせないのでどうやら少しはご機嫌が戻った様子。年を追うごとに身長と体格にも差が出てきているので、知らない人が見ると年下が年上を慰めている構図になるというヘンテコな光景は、実情を知っている教会の宿舎では微笑ましく見守られていたりする。
「良い匂いしてきた」
くんくんとリンが鼻を鳴らしながら、先程とは打って変わってへにゃりと笑う。部屋には微かに甘い匂いが漂っているので、嬉しいのだろう。
ジークはあまり甘味やお菓子には興味を示さないので、黙って椅子に座ってるのだけれど、部屋に戻らずこうして付き合ってくれるのだからマメなんだろう。
「もうすぐかな」
かたりと音を鳴らして木製の椅子から立ち上がり、石釜へと近づいて火力を見る。このままでも十分に焼けるかと椅子へと戻る。
「順調?」
「うん、今回は上手くいくはずだよ」
教会が運営している孤児院に行こうと、お菓子の差し入れを作っていたのだ。あまりお金はかけられないのでバターや砂糖は少なめになっているけれど、甘味なんて滅多に食べられない故に喜ばれるんだよなあ。
前世で飽食時代を体験している身としては、切ない限りである。この世界での庶民には砂糖やバターは高級品だけれど、教会に寄付として貢がれるために神父さまが使い切れないから『おさがり』だと告げられ頂いたのだ。
「楽しみ」
菓子でも作って花嫁修業しなさいという神父さまなりの配慮なのだろうけれど、結構大変だったりする。オーブンレンジなんてないし、道具もお粗末だし、ベーキングパウダー……ようするにふくらし粉なんてないので、美味しく作るには時間と労力が随分と必要になる。
教会は清貧を旨としているから魔術具で作られる冷蔵庫も満足にないのでバターなんて日持ちしないだろうし、消費することもままならなくて、それならば孤児院に訪問することになっているから作って持っていこうという話になった。小麦粉は王国では安価に手に入れることが出来るので、クッキーを作るのに適しているといわれる品種のものを購入して作っている。
庶民に普及しているクッキーは滅茶苦茶硬かったりするので、初めて食べた時は歯が折れると錯覚するくらいには硬かったし味があまりしない。
なんぞこれと疑問を感じつつ、五年前はお菓子なんて口に出来なかったので、咀嚼しているとほんのりと口の中に広がる甘さに幸福感を覚えたものだ。五年前が懐かしいと苦笑しながらもう一度釜の様子を見れば、火は十分に通ったようでいい色をしていた。厚手の手袋をはめて道具を使って中から目的のものを取り出す。
「ん、大丈夫かな」
どうにか奇麗に焼けた。試行錯誤しながら、何度か失敗しているのでこうしてきちんと焼き上がりをみると嬉しくなる。一応魔術具としてオーブンレンジっぽいものは存在するそうだが、手に出来るのは極一部。
手に入らないなら仕方ないし、こうして工夫するのは嫌いじゃない。それに娯楽が少ないので時間が余るということもある。本を読むことも出来るけれど、教会にある蔵書はこの五年間で読破してしまったので、暇つぶしの為の道具を見つけるのが大変だ。で、見出したのが料理である。作れるレパートリーがかなり少ないけれど。
「味見していい?」
「いいけど、まだ熱いよ」
「ん、気を付ける」
鉄板から皿へと移したクッキーを手に取り幸せそうに頬張るリンを見ながら、ジークの方を見る。
「俺はいい。すまん、甘いものは苦手なんだ」
「知ってる。一応ね」
知っていて聞いたので肩を竦めながら笑うと、ジークも笑い返してくれたので気にしてはいないだろう。
「ナイ、口開けて」
「あ」
背丈の違いもあるのか親鳥がひな鳥に餌をやるようだったと、後からその場に居た人から聞いた。
リンと私の年齢は一緒の筈なのにどうしてこうも成長に差があるのか、身長もそうだけれど出てる所は出てるし引っ込んでる所は引っ込んでる。私は顔もそうなんだけれど、凹凸が少ない。神さまなんて信じていないけれど、こればかりは絶対に捻くれてる神さまの嫌がらせだと思ってる。
半分に割られたクッキーを口の中に放り込まれて咀嚼すれば、ほんのりとバターの味が広がる。自分で作っておきながら、会心の出来だと目を細めながら、とりあえず袋に包んで孤児院に行こうと二人に声を掛ける。
教会が運営している孤児院へと向かう、といっても教会関係者の宿舎からほど近いので直ぐにつく。きいと鳴る蝶番の音と同時に、部屋の中で遊んでいた子供たちがこちらに気付きわらわらと私を取り囲む。
「聖女さまっ!」
無邪気に笑い私に群がって来るんだけれど、クッキーを持参しているのを目敏く嗅ぎつけたのだろう。前に今度来るときは何か差し入れをすると伝えていたし。一人の子に渡すとシスターの下へと走っていく。時間以外に食べることは基本駄目だと教え込まれているから、食べていいのか許可を取りに行ったのだろう。
「元気だね」
「だな」
顔を見合わせて笑う二人を見ていると、また奥から他の子どもが出てくる。
「ジーク兄、リン姉っ! 遊ぼうっ!!」
二人の手を握り外へと出ていった。子供の相手は慣れているし、いつもの事だから放っておいても問題はない。先程の子供たちよりいくぶんか年上の線の細い少年がこちらへとやって来て、私と対面する。
「ナイ」
「やっほ。久方ぶり、と言っても二週間弱ぶりか」
彼は私が孤児だった頃の仲間の内の一人だ。この孤児院で住み込みで働いている。
同じ境遇の子供を見て見ぬふりは出来ないからと、孤児院の職員として生きることを決意した優しいヤツである。
「入学手続きとかで忙しかったんでしょ? こうして顔を見せてくれるだけでも有難いよ。子供たちは『聖女さままだ来ないの?』って待っていたから」
「食べ物につられてるだけのような気がするけれどね。もろもろの手続きは終わったからこっちに来れる回数増えると思うよ。相変わらず忙しいんでしょ?」
一応聖女としてある程度のお勤め代を貰っているので寄付をしても良いんだけれど、この辺りは貴族の役目でもあるので余計なことは出来ない部分もあるし、いろいろと制約がある。
大金を寄付して横領されたりとかザラにあるから、お金に関してはだいぶ敏感である。なので必要な物品の方が有難い部分もあるそうで。あまり品物を寄付することは出来ないけれど、こうして顔を出すだけでも良いそうだ。
「ああ、うん。公爵さまに援助してもらってから大分環境は良くなったけれど、それでも人手は足りないから大変だよ」
実はこの孤児院は公爵さまの援助を受けている。まあ私が公爵さまに願い出て快諾されたのが縁なのだけれど。それまではもっとぼろぼろで経営もいっぱいいっぱいの状態だったそうだ。
「何か手伝うことある?」
「午後の仕事は殆ど終わったから大丈夫、有難う。――あ、熱を出してる子が居るんだけれど診て貰ってもいいかな?」
会って真っ先に言われなかったので容体は酷いものではないのだろう。一定の年齢に達していなくても子供の生存率はあまり高くないから、熱でも楽観視は良くないけれど。赤子になると更に低くなる。特にお金を持っていない貧民街の孤児ともなると。
「了解。そうだ、ちょっとだけ先にシスターに挨拶してからでも良いかな?」
「わかった、部屋で待ってるね」
片手を挙げ部屋へと向かっていく彼の背を見送り、院長室の前に立つ。ノックをすれば直ぐに『どうぞ』と少ししわがれた女の人の声が扉を通して聞こえてきた。
「失礼します、シスター」
「聖女さま、ご機嫌麗しゅう。それと合格、おめでとうございます。――まさかあのどうしようもなかった子が、王立学院に通うようになるだなんて、世の中なにが起こるか分かりませんね」
五年前、聖女候補として召し上げられた際、公爵さまに次いでお世話になったのが目の前の人である。にっこりと笑い深いシワを刻むその人は、規律に厳しい人だったのでかなり迷惑を掛けている。
「昔話は勘弁してくださいシスター。あの頃のことは恥ずかしくてしかたないので、出来るだけ内密に……」
ジークやリンをはじめとした仲間内には知られたくないのである。
兵士に取っ捕まって教会へと連れてこられ、聖女候補としてそのまま教会へ住む流れになった私は焦った。
戻ると約束をしたというのに、自分一人だけ温かい食事と寝床を安易に手に入れてしまったことは認めがたく、食料を持って脱走を図ったこともある。直ぐにバレて教会騎士が追っかけてきて捕まり戻されを何度も繰り返した。
そしてあの測定で突然目覚めた大量の魔力を持て余した。
割ってしまった水晶玉には魔力測定をするだけでなく、本人が気づいていない魔力を呼び起こす機能も付与されているそうだ。本来はきちんと教育を受けてから測定を行うのだけれど、『黒髪黒目の少女を探せ』と筆頭聖女さまから告げられ、ことを急いでいた教会は忘れていたそうで。
仲間を見捨てたという感情を苛立ちとして抱えた私は、体の中を巡る大量の魔力を持て余し暴走させた。
魔力を御せないこともストレスだったし、仲間を見捨てたという感情も余計に拍車を掛け周囲を巻き込んだから。その頃は必死で周囲を見る余裕もなかったけれど、死人がでなくて本当に良かった。教会が私の扱いを持て余したところで、筆頭聖女さまを経由して公爵さまに私の話が伝わったらしい。こうして公爵さまとの縁が繋がった訳なんだけれど、こうしてまだ繋がっているのも不思議である。
「ええ、約束は違えませんよ。それよりもいつもありがとうね。貴女がこうして顔を見せてくれれば子供たちは喜ぶもの」
「食べ物につられているだけのような気もしますがねぇ」
あんなものでも喜んでくれるのだから、ここでの生活がうかがい知れる。もちろん貧民街で暮らすより、こちらのほうが安全で快適で質素ではあるが食事はきちんと出るし、寝床もある。
けれど親の加護なんてものはないし、教育を十分に受けることも出来ない。読み書きが出来ない子が殆どだし、職員の人も教える暇はないのだ。機会があれば外に出て、地面に文字を書きながら教えているけれど、読み書きができることの大事さを子供自身が理解していないから、あまり身に付かないし。ままならないなあと笑うしかないが、こういうものは根気が必要なのだろう。
「それでもいいのですよ。笑うことさえ忘れてしまった子もいるのですから」
シスターの言葉にこくりと頷く。環境が酷い所為で感情をどこかに置いてきた子もいる。そういう子が少しずつ色んなことに興味を持ちはじめながら、少しずつ変化を見せてくれる時は素直に嬉しい。
「そうですね。――さて、熱を出した子がいるみたいなので様子をみてきますね」
ここに伺っているのは、こういうことが時折あるからで、聖女としての仕事を果たす為である。まあ本当に緊急性が高くなれば職員の誰かが私の下に走って来るけれど。宿舎が近いんだし。
「ええ、お願いしますね、聖女さま」
シスターに役職で名を呼ばれることにむず痒さを覚え『勘弁してください』と言い残して部屋を出た。そうして院長室を抜け大部屋へと向かうと、ベッドに横たわる少女と先程の少年が。
「様子は?」
「うん、まだ熱が下がらないみたい」
足音をなるべく立てずにベッドサイドに立つと顔を紅潮させた少女が胸を上下にさせながら眠っていた。少し辛そうだなあと、頬に触れると手に伝わる体温が随分と温かい。
「そっか。――"君よ陽の唄を聴け"」
病気の治療の為というよりも、彼女が持つ本来の自然治癒を高める魔術を掛けた。あまり魔術に頼るのはよくないし、重病という訳ではないのだからこれで十分だろう。
医者に診てもらうのが一番なのだけれど、治癒魔術や聖女が存在する為に科学的治療の進歩は牛歩の歩みだからなあ、この国。身体の欠損を治すこともできるので、全くと言っていいほど進まないんだよね科学的研究が。
「大丈夫かな?」
「うん、体力落ちてるだけみたいだから、栄養のあるもの食べて寝てればすぐ治るよ」
素人診断だから怖い部分もあるけれど、みた感じは風邪の初期症状ぽいし子供の治癒力に期待しよう。これ以上に酷くなるようなら、もっと上級魔術を掛ければいいだけだ。
「よかった。寝てるだけじゃあつまらないし、みんなと早く遊びたいよね」
ふうと安堵の溜息を吐くと、布団を掛けなおしてる。
「ま、宿舎の食堂からなにかかっぱらってくるよ」
「え……それって怒られないの?」
「んーまあ、上手く誤魔化すから」
「ようするに怒られるんだね……でも、いつも有難うナイ」
彼と出会った頃は『有難う』ではなく『ごめん』が口癖だった。あまりにも連呼するからその言葉より感謝の言葉の方が嬉しいと伝えると、頑張って変える練習してたから彼の口癖は『有難う』になっている。優しいが少し気の弱い部分があるので心配していたのだけれど、孤児院で職員として頑張っているようでなによりだ。
「気にしないでいいよ、一応仕事でもあるからね」
そう、聖女としての役目でもある。欲のある聖女さまはお金をふんだくっているそうだが、私は基本的にお金持ちか貴族さまからしか受け取らない。
もしくはその人が払える限界にあわせて料金設定を変える。憧れるよね、前世で読んだ漫画の某無免許天才外科医のカッコよさとあの人間臭さには。私は聖女であって医者ではないけれど。
私がこうして孤児院をマメに訪れるのは、仕事の一環ともう一つ理由がある。
この孤児院は私が公爵さまにお願いして支援をしてもらい、逼迫した状況を変えて貰っており、金銭支援も続いている。
公爵さまはノブレスオブリージュ――身分の高い者はそれに応じて果たさねばならない社会的責任と義務――としか考えていないだろうけれど、世間の目というものは存外厳しいもので。子供がよく死ぬ孤児院だなんて噂された日には、公爵さまの顔に傷がつく。あの公爵さまが噂ごときに折れることはないだろうけれど、貴族なのだからどこから何を言われるか分からないし、用心しておいた方がいいという下心がある。
「また明日も様子みにくるから。――それじゃあ、また」
「うん。有難うね」
我ながら打算的な生き方してるなあと木板の廊下を歩きながら外に出てジークとリンに声を掛け宿舎へと戻り、食堂で下働きをしている人を捕まえ小金を渡し、明日の買い出しでついでに買ってきて欲しいものがあると頼んで用事を済ませた。
明日も明日で忙しい。
一ヶ月後には学院で着用することになる制服の採寸やら教科書の受け取りやらがあるし、登城して障壁維持の為に魔力を注ぎ込みに行く予定であるし、孤児院にも顔を見せると約束している。
暇を持て余すよりいいのだろうけれど、時折何もしない時間も欲しいなあと欲が出てしまう。そうして忙しい日や、そんな忙しい日に嫌気がさして一日なにもしないと決めた日を繰り返していれば。
◇
――入学式、当日。
一ヶ月なんてあっという間に過ぎていった。学院の正門すぐ横では桜のような木の花が咲き乱れ、花を散らして地面を桃色へ変えている。慣れない真新しい制服に身を包み、学院がここまで通学する為に用意している乗合馬車に乗り込んで、ジークとリンそして私は王城近くの学院までやってきた。
「生徒、結構居るんだね」
「ほとんど御貴族さまだけどな」
ジークの言葉通り、この学院に通う生徒のほとんどは貴族の子女である。民間にも門戸が広がったとはいえ、その門は狭い。
騎士科や魔術科は学科の特性上、貴族と平民の割合が逆転するけれど、お貴族さまの方が幅を利かせるのは自明の理。学院の騎士科出身だった教会騎士の人から聞いた話であるが、その鬱憤はそのうち始まる試合で晴らすのだとか。
学院の敷地内に馬車は緊急時以外は入れない決まりなので校門前が渋滞してたことに驚いたし、それを見届けるそれぞれの家の使用人の数にも驚いた。使用人を侍らせてその数を競い合っている学院生がいるそうで、私たち三人は冷ややかな目でその横を通り過ぎてきた。
「兄さん、ナイ……あっちにクラス編成と今日の予定が張り出されてるから、先に見ておけって」
案内役の教師から聞いたのかリンが掲示板の方を指差した。
「行くか」
「ん」
人だかりが出来ている方へと三人で歩いていき、前が捌けるまで待っていた時だった。
「邪魔だ、どけっ!」
「っ」
待っていた私に新入生男子の腕がぶつかると、私の顔を睨みつけて文句を言われた。元気が有り余っているなあと目を細め、私の横に立つジークとリンの気配が一変したことで、少し頭に昇った血が急激に元に戻る。
「申し訳ありません、次から気を付けますのでお許しいただけますでしょうか?」
悪いのは向こうだけれど、私は平民であるので無用な争いをしても負けてしまうのがオチだし、下手をすれば不敬だと言われて首と体がお別れしてしまうこともある。
なので、無難に頭を下げ謝罪の言葉を紡ぐと、かなり嫌そうな顔と舌打ちをされたのだけれど、これ以上は不味いと思ったのだろう。
「っ、――ぼけっとするな、チビっ! くっそっ!!」
捨て台詞を吐いて、掲示板の前へと進んでいくのだった。先程の彼は爵位が高い家出身なのだろうか。まあ高位貴族の子女ならば顔を覚えているはずだし、彼らの記憶の中に私の顔はなかったと判断してああいう言葉と悪態をついたのだろう。
寄り親や寄り子、敵対している家。成人前とはいえ貴族の皆さまはこういうことを気にして生きていかなければならないし、嫡子となれない男子は自力で就職先を探したりどこかに婿入りしなければならないのだから大変である。楽しく馬鹿ができるのは学院生までだろうし、羽目を外したい年頃なのかとひとりごちる。
「いいのか、ナイ」
「いいもなにも、逆らっても意味ないし波風立てない方が余計な恨みを買わないで済むよ。それにどこの家の人か分からないからね」
面子を大事にする貴族だ。平民に言い負かされたなんて噂は不名誉だろうし、どんな人かも分からないから。
横の繋がり縦の繋がり下の繋がり、どこで何が繋がっているのかなんて不勉強だから分からない。彼を貶めようという人がいれば、女子生徒に無理矢理に難癖を付け罵倒し、貴族の品位を落としているとでも噂を流されれば彼自身。
高位貴族の出身者くらい覚えておけと公爵さまから言われ、姿絵入りの貴族名鑑が送られてきたのである程度覚えてる。
ただ、先程の彼に既視感がなかったので、伯爵家以下の出身だろうなと当たりをつけたけれど、貴族から売られた喧嘩は買わない方が無難だ。公爵さまの後ろ盾があるとはいえ、迷惑を掛ける訳にもいかないし。子供同士の喧嘩で親を出すようなものだから、恰好悪いし。
「それに他の人も同じような目にあうだろうし、我慢するしかないよ」
ムキになって言い返していたら、相手も意固地になりそうだもの。平身低頭、ことなかれ主義。ああ素晴らしきかな日本人であった会社員時代の教訓よ。セクハラ、パワハラを受けた訳でもないし、あれくらいならば可愛いものだ。
「……」
「そう怒らないでよ。それにジークやリンにも降りかかることもあるんだから、絶対に何か言ったり手を出しちゃ駄目だよ」
「わかってはいるが……」
「不条理だよねえ。でもこれが今の現状だからね。変えたいっていうなら革命起こして平民の中から代表者を選出するようにしなきゃ変わらないと思うよ」
「っ!」
「?」
民主化なんて夢のまた夢か、何百年もかかってしまうかだろうな、この感じなら。
ジークはハッとした顔をし、リンは意味が分かっていないようだった。少々危険な発言だったかなあと、周囲を見渡すけれど私たちを気にしている人はいなかったので大丈夫だろう。
「順番きたよ」
「……ああ」
割り込まれてしまった分、少々遅くなってしまったけれど順番になったのでようやくクラス編成を確認できる。
「――兄さんと私は同じクラスだね」
騎士科は二クラス、魔術科一クラス、普通科三クラス、特進科一クラスというのがこの学院の一学年の学科編成である。さて私は普通科のどのクラスかなと、張り出された紙を左から右へと視線を動かして確認していく。
「は?」
「ん?」
「?」
普通科の編成が書かれた紙の最後に『右記二名は筆記試験の結果を考慮し、特進科へ転科とする』と書かれた場所に私の名前が載っていたのだった。
「意味が分かんない、なんで……?」
「だが、書かれてることは事実だろう」
「すごいよ、ナイっ!」
無邪気に喜んでくれるリンには悪いけれど『特進科』は貴族出身の成績優秀者のみが入れると聞いていたので、二人も普通科から転科しているのが意味不明である。
しかも普通科よりも勉学の内容が難しくなるので、大変になるのは確実だ。さらに授業で周辺国の言語を習得しなければならない。
貴族の子女ならば、入学前にある程度知識を身に着けているだろうけれど、私はゼロからのスタートになるので不利極まりないのだけれど。人間関係は期待していない。貴族の、しかも雲の上の人たちと仲良くなれることはないだろう。彼らは彼らの付き合いがあるのだし。
「え、嘘っ! 私が特進科にっ!?」
どうやら私の隣に居たお嬢さんが、もう一人の特進科に転科となった生徒の一人のようだ。随分と可愛らしいこだなあと、一緒のクラスになる人がどんな人なのか横目で見ていた。
緩くウェーブの掛かったピンクブロンドの長い髪に若草色の瞳に少し涙を浮かべ、胸の前で両手を組み無邪気に喜んでいるけれど、私はこれからの事を考えると彼女と一緒の気持ちになる事はなかった。