魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
一応、お忍び外交ということだったのに、何故黒髪黒目がいると一般のみなさまに露見したのだろうか。ある程度時間が経っているので、我慢できず誰かが喋ってしまったのかもしれない。それか偶然目にした人がいたのか。
変装しておけば良かった……と後悔しつつも、共和国へ入国できたのは私の容姿が黒髪黒目であるからだ。黒髪黒目である事実は変わらないし、偽るのも変である。
ただ珍しいからと持ちあげられる扱いをして欲しくないだけ。女神さまの生まれ変わりとか、女神さまの使いと叫んでいたが、女神さまがどんな方であるかも知らないのだ。詳しく調べてみるのも手かもしれないが、首を突っ込むと関りを持ちそうで怖い。
目の前に現れてくれるのが一番分かり易くて良いけれど、神さまはちっぽけな人間に興味はないだろう。馬車の中でふうと息を吐けば、ソフィーアさまとセレスティアさまが微妙な顔で私を見る。
「本当に黒髪黒目を信仰しているのだな」
片眉を上げながらソフィーアさまは私を見た。信仰というよりアイドルと近いものに感じてしまったのだが、共和国の人々の心境が分かる筈もなく。
「ナイの言葉で幸せになれるならば簡単ですが、果たして上手くいくものでしょうか?」
セレスティアさまが鉄扇を開いて口元を隠し、馬車の窓へと視線を向ける。会場からは随分と離れ、共和国とアガレスの国境付近までやってきている。
『女神の生まれ変わり、かあ……そうは見えないけれどねえ』
クロが私を見ながら不思議そうに首を傾げた。クロさんや、それは体型的な意味でございましょうか。女神さまの容姿ってばんできゅでぼんなイメージである。すとーんで低身長な女神さまは聞いたことがない。ロリが好きならあり得そうだけれど特殊な事例だし、女神という言葉から浮かぶイメージってスタイル抜群の綺麗な女性であろう。
『どうしたの、ナイ。変な顔してるし、魔力が漏れているけれど』
クロの認識は単純で、古代人の先祖返りが私というものである。だから女神さまの生まれ変わりと言われても、イメージできないようだ。私も女神さまの生まれ変わりと言われても困るだけだ。
「ん、なんでもないよ。鸚鵡さんのことは大方解決したし、早くアルバトロスに戻って新学期の準備をしないとね」
共和国の少女とはお互いに勉学に励もうと約束している。彼女は貧しいことを嘆いておらず、共和国内でいつか差別が解消されることを願っている。
どうやら彼氏さんが政治家になって、少しずつでも意識を変えて行こうと目指しているようだし、頑張って欲しいものだ。少々、直情的なところがあるから心配だけれど、周囲のサポートを得られるなら親の『カバン』を継いで上手くやっていけるだろう。
馬車の中で話をしていれば、国境検問所に辿り着きアガレス側へと無事辿り着く。帰国するため、待って頂いていた竜さんの下へ行くと、大勢の人だかりができていた。
誰だろうと首を傾げると、ウーノさまが顔を明るくして私の下へと歩いてきて挨拶を交わす。どうやら心配になってこちらへ赴いてくれたようだ。忙しいはずなのに有難いと感謝を述べて、竜の方の背中に乗る。ゆっくりと空へと上がり、ウーノさまたちに手を振りながらアガレスを後にした。
アルバトロスに戻るなり、上層部に簡単な報告を済ませ子爵邸へ帰宅した。なんだかほっと落ち着くのは二年近く住んでいるからと思いたい。屋敷の皆さまに帰還報告をして、自室に戻る。広い部屋は相変わらず慣れないけれど、お猫さまがいたりジルヴァラさんが顔を出したりして一人でいることは滅多にない。
お留守番をしていたヴァナルと雪さんと夜さんと華さんにも挨拶を交わし、机に向かって報告書を認める。外に出るとこうして報告書を上げなければならないが、要点やまとめ方は同じなので直ぐに済む。決して、事件が起こり過ぎて慣れてしまったからではない。
「始業式の生徒会長挨拶も考えないと……」
報告書よりこちらの方が問題かもしれない。定型文が存在するけれど、流石にそのまま使うわけにはいかずアレンジを加えなければならないし。以前はソフィーアさまとセレスティアさまが手伝ってくれたが、今回は自分で考えることになっている。
『人間は大変だねえ』
クロが机の上で私が広げている紙を見ながら、尻尾を揺らしている。幼竜さんは旅疲れからか、籠の中で寝息を立てていた。
「群れで生きているからねえ」
人間は社会を構築して生きている生き物だ。竜は単独で生活でき、独りであっても孤独感は少ないらしい。スライムのロゼさんもヴァナルも雪さんと夜さんと華さんも、単独で生きられるそうだ。
『面白い所でもあるけれどねえ』
机の上でクロが背伸びをする。癖なのか、背伸びをすると翼も一緒に広げていた。力を抜くと、元の位置へと自然と戻っている。可愛いと、クロの下顎を撫でると目を細めながら受け入れてくれた。
「だね。あ、そうだ。料理長さんに渡したゴボウさんと山芋さん、使い方分かったかなあ」
使い方を伝える前に鸚鵡さんの件で旅立ってしまっていた。見た目が本当に木の根っこだし、未知の食材を渡されても困るだけだろう。
『あの木の根っこみたいな野菜?』
クロでも木の根っこに見えるようだ。ゴボウは下処理が必要だし、そのまま使うのは難しい。
「うん。クロが言った通り、木の根っこに見えるから調理方法考えるの難しいかもって……今思った」
『ボクなら生でも食べることができるけれど……人間だからねえ。フソウの食べ物は面白いよね。筍? も木だったからねえ』
筍も存在していた。でも時期ではないので、持ち帰ることは叶わなかった。クロは筍が分からず、竹から生える若芽だよと説明したのだが、ちゃんと伝わっているのか微妙だ。機会があれば実際に生えている所を目にできるだろうと、時期が訪れたらフソウをまた訪ねてみようと約束している。
お仕事が舞い込んだので、お芋さんの食べ比べもしていないから料理長さんとお話しておく方が良いかもと、急いで生徒会長挨拶の原稿を仕上げる。どうにか形になり、自室の椅子から立ち上がった。部屋を出て歩いていると、侍女さんたちとすれ違う。
廊下の端に寄って頭を下げる侍女さんに『お疲れさまです』と告げながら、調理場へ辿り着く。当主が夜中になにか食べたいと言い出すこともあるので、誰か常駐しているのだ。料理長さんだと良いなあと覗いてみると、紙になにかを書き込んでいる料理長さんがいた。
「ご当主さま、どういたしました?」
私に気付いた料理長さんが、椅子から立ち上がり帽子を取って胸元に充てる。子爵邸の調理場を預かる方は、四十代ほどの方である。公爵家の調理場で修業をしていたらしい。
らしい、というのは、人事に関しては全て任せきりだったから、詳しい内情を知らないからだ。卒業して、子爵領のお屋敷で雇う方々も王家や公爵家に辺境伯家の皆さまが選出してくれる。ただ王都の子爵邸と違うのは、他の方からの推薦も受け付けるので結構な人数が集まっているとか、ないとか。
「遅くにすみません。先日お渡ししたフソウの食材についてお伝えしたいことがありまして……」
「な、なにか問題でもありましたか?」
少し身構えた料理長さんに苦笑いになる。そんなに驚かなくても良いのに、立場上、畏まられてしまう。
「いえ。アルバトロスでは見慣れない食材ですし、下拵えや使い道をと思い立ちました」
「助かります。調理方法を考えていたのですが、フソウの皆さまは木の根っこをどう食べるのかと悩んでおりましたから」
料理長さんは、やはり悩んでいたのか。申し訳ないことをしてしまったと謝れば、彼は驚いた様子を見せた。とりあえず基本的なことを伝えると、速攻でメモを取る料理長さん。きんぴらごぼうや炊き込みご飯などに使うと追加で伝え、使用する食材や調味料も伝えた。
「しかしまあ、国によってこうも違うとは。料理はやはり奥深いものです。また皆と話し合いながら、新たな作り方を考えてみますね」
にこりと笑う料理長さんにお願いしますと告げて、調理場を去るのだった。
◇
二学期が始まった。三年生となるから学院生活も残り少なくなっている。学院で勉強をした記憶よりも、国外に飛んで事件に巻き込まれていた記憶の方が多い気がする。
そのことについて考えてしまうと抜け出せなくなりそうなので、残りの二学期と三学期は真面目に授業を受けたいところ。朝、子爵邸で働く方々に見送られ、アリアさまと一緒に馬車に乗り込み、今まで通り他愛のないことを話しながら学院へ向かっている。
「そういえば、アリアさまのご実家は順調ですか?」
「え? は、は、はい! いろいろと着手できることが増えていますし、天馬さまが居着いてくれました。鉱脈、あ、いえ。なんでもないです!」
私の質問にアリアさまが答えてくれたのだが、最後に視線を逸らされた。彼女は会話の最中に視線を逸らすような人ではないのに、一体どうしたのだろう。フライハイト男爵領の鉱脈開発は順調と報告書に記されていたので問題はないはずと、話題をフソウのお土産話に変える。
「珍しいお野菜を頂いているので、料理長さんの創作料理楽しみです」
フソウ食ならぬ、日本食での調理方法は伝えたので、時間が経てばアルバトロス料理風としてなにか出してくれるはず。さつま芋さんの食べ比べもまだ実施していないし、みんなで楽しまなければ。庭で焚火はできないけれど、窯があるので焼き芋はできるはず。火加減がいまいちわからないから手探りになりそうだけれど、美味しい焼き芋さんを食べたいものだ。
「ナイさま、また珍しいお野菜や食べ物を持ち帰ったのですか?」
こてん、と首を傾げるアリアさまにクロが顔を向けて垂らしていた尻尾を丸めた。
『ナイの趣味みたいになっているからねえ。ご飯を作る人たちは大変だ』
丸めた尻尾を伸ばして、私の背中をてしてし叩く。
「あはは……でも、子爵邸で出されるご飯は美味しいです。少し前に侍女さんたちが、子爵邸で出されるご飯が美味しくて太ってしまったと零していましたよ」
アリアさまが悩みを零した侍女さんたちを思い出したのか、苦笑いを浮かべた。子爵邸の警備は特殊で、王家と公爵家と辺境伯家から人が派遣されている。お屋敷内には託児所もあり、ご飯を作る量が必然的に増えるのだ。香辛料が手に入るならカレーとか作れそう……話が逸れた。
お腹が空いて、調理場に併設されている食堂に赴けば、二十四時間なにかしら温かい料理が食べられるようになっている。警備の方々は中に入ることができないので、申請制だけれども。体重増加の原因は夜食や間食だろう。調理場の方々は気前の良い方が多く、多めに盛られることもあるだろうし。
「みんなで太れば怖くない……けど、アルバトロスの貴族女性は細い方が好まれるから駄目でしょうねえ」
うーんと馬車の天井を仰ぎ見る。過去、ふくよかな女性を好まれた時期もあるそうだが、今現在の貴族間の価値観は細身の女性である。これが平民の皆さまの間となると、骨格が確りした腰の大きい女性である。赤子を産むのは命懸けだから、安産型の体型が好まれているのだ。
「社交界で人気となると細見の綺麗な女性ですね。あまり参加したことがないので詳しくは分かりませんが、ロザリンデさまから教えて頂きました」
アリアさまが小さく笑う。子爵邸の下働きの方々は平民出身者がほとんどを占め、侍女さんたちはお貴族さまの娘さんたちである。
子爵邸という狭いコミュニティーの中で働いているから、出会いの場とかあるのだろうか。幼い頃から婚約者がいれば婚活はしなくて良いが、相手が空席の場合、社交に参加しまくって血眼で探すと聞いていた。
「社交、ですか……」
小さくぼやけば、肩の上のクロが大きく首を傾げ、アリアさまも不思議そうな顔になった。
「どうしました、ナイさま?」
「ああ、いえ。私が主催で夜会を開いてみるのもアリかなあと」
学院を卒業すれば成人となるし、そろそろ聖女の功績で貴族になっただけと言い張るのも限界がありそうだ。まだ二、三年は言い張っても良いかもしれないが、そのうち言えなくなりそうだし。侍女さんたちの婚活の場を用意するのも当主の務めだろう。良いお相手を見つけるのは、貴族女性の宿命みたいなものだ。
「ナイさま主催だと大勢の方々が参加を表明しそうですね。お知り合いも多いでしょうから、かなり規模が大きくなりそうです」
「規模の大きなものはできないかと」
にこりと笑みを浮かべるアリアさまに、ゆっくりと首を横に振る。会場を借りる伝手はあるけれど、陛下に願い出て良いものだろうか。となると公爵さまとなるのだが、バーコーツ公爵さまに引導を渡した会場になるのか。あの会場も随分と豪華で大きかったから、小さい会場で十分だけれどとアリアさまの顔を見る。
「規模が大きくなくとも、ご招待する方がご高名ではないですか?」
「ハイゼンベルグ公爵閣下にヴァイセンベルク辺境伯閣下はお誘いするとして……あれ、お二方を招待するならちゃんとした会場じゃなければ失礼に……」
なってしまうよなあ……と考えを改める。もしかして私が夜会を主催する場合、きっちりとした大きな会場を選ばなければならないの、と冷や汗が背中に流れる。夜会を開くことはソフィーアさまとセレスティアさまによって情報が駄々洩れになるし、誘わなければ失礼だし……逃げられない。
「お誘いすれば、陛下もきて下さると思いますが」
「まさか。流石に陛下はお忙しいでしょうし、名代で王太子殿下がきてくだ……え?」
とんでもない事実に気付いた気がする。陛下をお誘いしたとして――できるかどうか知らないけれど――忙しければ、王太子殿下が名代として寄越されそうではある。
殿下と面通しは済んでいるし、王太子妃殿下とも面識があるのだ。あれ、私の人脈とんでもないことになっていると改めてみるが、他国にも知り合いがいて、しかも、皆さま国のトップを務めているか、それに近しい方々ばかり。どうしてこうなったのと頭を抱えるが、そうなってしまったのだから事実を受け入れるしかない。
「ナイさまは聖女としても貴族としても名を上げております。誇って良いかと!」
「ありがとうございます。とはいえ今すぐという話ではありませんし、家宰さまと相談しながらですね」
思いつきで話してみただけで、今すぐ実行するという訳ではない。資金も必要だし、招待者の選定もしなきゃならないだろうから、割と大変そうだ。そもそもどうやって夜会を催しているのかも分からないし。
身内だけなら子爵邸でこじんまりとしたものをとなるのだけれど、まだ開いたことはない。きちんとした夜会を初手でやるより、子爵邸で小さなパーティー開くほうが先かなと頭の片隅にメモしておく。
「あ、お話はここまでですね」
少し残念そうに告げるアリアさま。学院に着いたので、お喋りはここまでだ。ノックの音が響くと扉がゆっくりと開かれ、御者の方が顔を出す。先にアリアさまが降りて、ジークが私のエスコートを担ってくれた。
「ありがとう、ジーク」
「気にするな」
いつものようにやり取りを交わし、リンが羨ましそうに見ているので帰りは彼女がエスコートを担ってくれるだろう。とりあえず校門を目指して歩いていると、ソフィーアさまとセレスティアさまと合流する。
私を先頭にして歩いているのだけれど、学院に通う人たちはこの光景に慣れたのか最初の頃より視線が刺さらなくなっていた。有難いことだと前を向いて歩く。アリアさまと一旦分かれて生徒会室に向かい、必要な物をカバンから取り出そうと留め具を外し手を中に入れる。
「原稿、忘れた……」
数日前に書いたはずの始業式に読む、生徒会長挨拶の原稿がどこにもない。カバンを全部ひっくり返しても出てこないので、机の上に忘れたのだろうか。しまったなあと頭を抱えるのだが、始業式まであと一時間程度。噛んでしまわないようにと、何度も目を通していたことが裏目に出たようだ。
「……ナイ。少し抜けたところがあるから、きちんと確認して学院に赴けと……数日前に助言したところなのに、何故お前は……!」
ぐっと握りこぶしを作って呆れた様子で呟くソフィーアさま。すみません、本当にすみませんと心の中で謝っておく。ソフィーアさまは私の性格を良くしっているので、忘れるなよとマメに言葉をくれる。カバンにちゃんと入れたと思ったのに、こう大事なところでポカミスをやらかしてしまう。
「ソフィーアさん。仕方ありませんわ、ナイですもの。さ、新たに原稿を書き起こしましょう」
ぱん、と小気味よい鉄扇の音を鳴らしてセレスティアさまが告げる。原稿を取りに帰るよりも、書き直した方が早いなと頭を切り替えて……。お二人に原稿の赤ペン先生をお願いしておいて良かったと息を吐きながら、新しい原稿を十分程度で書き上げるのだった。