魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ヴァレンシュタインの言葉に、勝手に同胞を殺さないで欲しい……と言いたくなるのを我慢した。ルグレと名乗る子供が使っている洗脳の魔術は、聴衆に一定の効果を示しているが……弱い。
子供は演説を取り止め、先程まで肩の上に乗っていた竜がいなくなり、空の上に飛んでいった竜を探しているようだった。演説を聞いていた聴衆は、突然止まった声に困惑している。
「若、私は黒い竜を追いかけます。間に合わないかもしれませんが、なにもしないより良いでしょう」
ハンベルジャイトが私の耳元で囁く。どうやら王都の外に出て、竜化するつもりのようだ。
「頼む。なにが起こるか分からん。気を付けてな」
「ふふ、若は心配性です。竜を逃がしてしまい、エルフの二人に嫌味を言われる方が心配ですよ」
では、と言い残したハンベルジャイトが共和国政府の者に許可を取り、凄い速さで街中を駆けて行く。彼であれば大丈夫だろうと、ヴァレンシュタインと顔を見合わせたあと子供のもとへ歩いて行き口を開いた。
「君は黒髪黒目の者を利用しているが、本人に許可を得ているのかね?」
本当にこれに尽きるだろう。あの子は誰かに利用されることや被害を受けることは気にしないが、自分の身や彼女の周囲の者が迷惑を受けるのであれば容赦はない。あと必ず多方面に影響が及ぶはず。亜人連合国が今まで関わったことに関して、上向きに改善されており気にはならないが……アガレス帝国で一人奮闘していた話を聞けば、無茶をしたと言わざるを得ない。
あの子は話の通じる者であるし、争いを好まない。できることならば話し合いで解決すれば良いのだが、さてどうなるか。
「誰だ……? 共和国の者ではない……ですね……」
ルグレは私の顔を見上げて、額から生える角に視線が固定されていた。東大陸では竜の存在が身近でないとはいえ、共和国の高官や護衛が私たちの周りに侍っているのだから、ある程度状況は把握できそうなものである。
警戒心を露わにしている目の前の子供は、乱暴な言葉使いになるのを堪えて丁寧な口調になった。どうにか状況を把握できる頭を備えているようだ。
「亜人連合国で代表を務めている。名を名乗る習慣がない故に、無礼を許して欲しい」
「……ルグレ・――です。共和国にて政治活動を執り行っております。亜人連合国、とは? それにその角は一体……」
私の顔に視線を向けたまま名乗った子供は、亜人連合国を知らないらしい。西大陸と東大陸は交流を持ち始めたばかりだから、知らなくても致し方ないのか。とりあえず、西大陸の北西部にある国で名前の通り亜人が住まう国だと説明をした。
「なるほど、西大陸の存在は知っていましたが、全ての国を覚えておらず失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません。何故、俺を訪ねてこられたのですか?」
共和国政府から子供は政治家を目指していると聞いたのだが、自身の呼び方を取り繕う気はないようだ。身長の高さや顔立ちで目の前の子供の方が年下であると、直ぐに理解できる。だというのに、子供は『私』とも『僕』とも呼び方を変えるつもりはないようで、心の中で溜息を吐いた。
「君の肩に乗っていた黒い竜の話を聞きたかったこと、そしてなにより……黒髪黒目の者を利用している件についてだ」
黒い竜についてはハンベルジャイトが情報を齎してくれる。おそらく、碌でもない竜であろう。もう一つは、あの子を利用していることだ。我々も利用している気もするが……持ちつ持たれつの関係である。一方で目の前の子供は、利用することしか考えておらず益を求めているだけだった。
「竜、ドラゴンのことなら俺が聞きたいです。どうして勝手に飛び立って行ったのか分かりません。黒髪黒目のお方については他国の方には分かり辛いでしょう。黒髪黒目信仰は東大陸特有のものでり、西大陸では馴染みのないものと周囲の者から聞きました」
「ふむ。今は竜のことはよかろう。黒髪黒目信仰について理解したい。説明を求める」
私の言葉で優位に立てる可能性があると理解したのか、表情が少し明るくなった。そうして子供から齎された情報を整理するに、ただ都合よく黒髪黒目の者を祭り上げているだけではないのかと、疑問が湧くばかりだ。
それぞれが信じるものにケチをつける気はないが、黒髪黒目の者が滅多に現れなくなった今、その信仰は危うさを孕んでいる。黒髪黒目の者を周りが祀り上げ信仰の対象に変えてしまうのは如何なものだろうか。
「危険ではないか? 仮に黒髪黒目の者から『死ね』と言葉を賜れば、君はどうするつもりだ。言われるままに自害するのかね?」
「え……なんで、人間がそんなことを言うんだ?」
甘い考えだ。あの子は言わないだろうが、他に黒髪黒目の者がいて面白がって告げた場合、信仰を仰ぐ者たちは実行に移すのだろうか。
言葉通りに死に絶えれば狂信者であるし、言葉に従えないなら不信心と周りから言われる可能性もある。まあ、共和国の者が全員、黒髪黒目信仰を仰いでいるのならば誰もいなくなるので、真実は闇の中であるが……。現実は、死を選ぶ者はそう多くないだろう。
「もう一度問おう。君は君の信仰する黒髪黒目の者に『死ね』と言葉を賜れば、殉じることができるかね?」
目の前の子供にその覚悟があるとは思えない。都合良く信仰を利用している道化師と変わらぬだろう。
繰り返すが、あの子が誰かに『死ね』と口にすることはあるまい。幼き頃、貧民街で生きるか死ぬかの瀬戸際で生き抜き、我々のご意見番の葬送を担い、南の島の鸚鵡のために大陸を渡り話を付けてくれるような優しい子なのだから。私の目の前にいる、他人を都合よく利用しようと画策している子供とは全く違う。
「そ、それは……」
言い淀む子供に、もう一押しかと半歩距離を詰めた。何故、私を恐れる。敵意もなにもなく、ただ話をしているだけなのに。あの子は二年前、私の前で堂々と振舞ってのけたぞ。我々の大事な方を無下に扱い申し訳なかったと、あの子のせいではないのに代わりに頭を床に擦り付けたのだぞ。他人の力に頼ろうとする者が、なにかを手に入れるなど笑止。
「ひっ、あ……――」
詰めた距離を子供が半歩後ろに下がって、そのまま気絶してしまった。頭を打っては不味かろうと、地面に倒れ込む前に袖を掴む。
「っ、すまない」
しまった。魔力が漏れ出てしまったのだろうか。とりあえず子供にこれ以上触れる気もないので、地面に転がすと共和国政府の者たちがわらわらと取り囲んだ。
「代表さまの魔力で彼は気絶したようですねえ。倒れたお方の魔力は微々たるものですから、致し方ないのでしょう。現に、周りの皆さまも驚いていますし」
彼らが気絶しなかったのは、距離が空いていたことと私の意識が子供に向けられていたからだろうとヴァレンシュタインが教えてくれる。
「……申し訳ないことをしてしまったな。これでは話ができない」
ヴァレンシュタインもアルバトロス王から子供について調べてこいと命を受けていただろうに。気絶した子供に謝る気はないが、同道した者たちには悪いことをしてしまった。
「いえいえ。さて、僕たち魔術師はお仕事を終えなければ。よろしくお願いしますね」
ヴァレンシュタインの部下が一歩前に出て右手を掲げる。
「――"吹け、一陣の風"」
低い声が聞こえると、部下の魔力光が辺りを照らす。ヴァレンシュタインの説明によると子供が使った魔術を解除するためなのだそうだ。
あの子が唱えていたものなので、どうして同じ言葉を使うのかと問えば、言葉は同じでも頭の中に展開する術式が違い効果も別のものらしい。面白いと感心していれば、ヴァレンシュタインが共和国の者たちに説明を行っていた。
「ヴァレンシュタイン卿、お手数をお掛けして申し訳ないのですが……可能であれば今の魔術とやらを次期大統領候補にも施して頂けませんか?」
「構いませんよ。陛下から魔術についての判断は僕に一任されておりますので。しかし後でアルバトロス王国から事情説明をお願いされるかと」
にこりと笑みを浮かべたままの魔術師が共和国政府の要請に頷くと、政府高官たちは安堵したように息を吐いた。確か次期大統領候補は子供の父親だったか。近くにいた故に標的にされたのだろう。魔術を知らぬ者からすれば対抗手段などないし、致し方ないことである。
子供は力を持って勘違いをしてしまったのだ。ハンベルジャイトが黒い竜を捕まえられると良いのだが……待つしかあるまい。とりあえず、この場にいる者たちと協議をしなければと皆を集め、子供諸共に会議場へと案内されるのだった。
◇
――亜人連合国代表の方とアルバトロスの魔術師の皆さまの圧が強い。
大統領から命を受け、彼らの案内人として私は務めているのだが、最初に挨拶を交わした時から感じているものである。
ヴァレンシュタイン卿曰く魔力量の差で感じてしまうらしいのだが、逆に魔力が多く備わっている証拠なのだとか。魔力というものは生きる者すべてに多かれ少なかれ宿っており、少なすぎれば感じることができない……と教えてくださった。そしてルグレ少年の洗脳魔術に掛かっていた可能性もあるだろうとも。
共和国首都に住む人たちが受けた洗脳はさほど効果はなく、直ぐに術は解けるだろうとのことだ。足元に転がっているルグレ少年に宿る魔力量はさほど多くなく、効果時間が短いだろうと予測を立てていた。
「私がミナーヴァ子爵さまの魔力を感じ取れなかったのは……」
もしかして、黒髪黒目のお方に嫌われていると感じ取ることができないのだろうか。それとも黒髪黒目のお方である子爵さまは、魔力を持ち得ていなかったとか……。どちらにしてもショックを受けてしまう案件である。遠目に子爵さまの姿を見ていたのだが、お可愛らしい容姿に確りとした立ち居振る舞いで感動を覚えていたのに。
「単純に彼女の魔力量が多過ぎるからではないでしょうか?」
にこりと笑みを浮かべるヴァレンシュタイン卿。どうやら子爵さまについて深入りしない方が良いようで、残念な気持ちに駆られつつも、ふと気が付いたことがある。
「では、ミナーヴァ子爵さまはドラゴンよりお強い、と……」
小柄な身体からは信じられないが、魔術が存在すると知った今は、強力な魔術を使えるのならばドラゴンを倒すことも可能であろう。
亜人連合国の代表はドラゴンから人の姿に化けていると聞き、彼から放たれる独特な圧は今にも気絶しそうであるし、私の隣をゆっくりと歩くヴァレンシュタイン卿からも同じ圧を感じる。それより凄い黒髪黒目のお方は一体どのような存在なのだろうか。
「んふふ。女性に向かって言って良い言葉ではありませんねえ」
ドラゴンは神聖な生き物であり、時に人間に大きな災いを齎す存在である。確かに一個人の女性に言ってはならぬことかと私が渋い顔を浮かべると、近くにいた亜人連合国の代表殿がふっと笑った。どうしてそんな笑みを携えたのか分からないが、気を悪くしているようではなさそうだ。
「確かにそうでした。失礼なことを言ってしまい申し訳ない。さて、聴衆の洗脳魔術は解かれ問題児も気絶しております。官邸に戻りましょう」
聴衆の中にプリエールさんたちが紛れ込んでいた。黒髪黒目のお方が共和国へ渡ることになった鸚鵡の飼い主であるとお伝えしたい所ですが……話の腰を折ってしまうと首を小さく振って諦める。
「おや、あちらのお方は……魔力が十分に備わっているようですよ。共和国で魔術師を増やしたいならば、声を掛ける候補に入れてみては?」
ヴァレンシュタイン卿の視線の先は、プリエールさんであった。報告書で名前くらいは知っているのだろうが、流石に顔までは知らない様子である。
「彼女はプリエールです。ミナーヴァ子爵さまと面会した者と言えば通りが良いでしょうか」
良く見つけたなと感心しながら、プリエールさんに魔力が備わっていたからこそだろうとヴァレンシュタイン卿と代表殿の顔を見上げた。
「おや、彼女が」
「すまない。時間が許すのであれば、彼女と挨拶を交わしても良いだろうか?」
もちろん構いませんと私は彼らに伝えると、感謝すると告げた代表殿とにこりと笑みを浮かべたままのヴァレンシュタイン卿が、プリエールさんたち貧裕会の皆の下へと歩いて行くのだった。
◇
――どちら様でしょうか。
見慣れない衣装を身に纏ったお二人が私たちに近づいてきます。その後ろには護衛の方でしょうか、動物の耳が生えている方々や紫色の派手な外套に身を包んだ方、その後ろには共和国高官の方々と護衛が沢山おられます。
ルグレさんは何故か気絶して、共和国の護衛の皆さまに囲まれております。先程、紫色の外套を纏っている方がなにかを仰ると不思議なものを感じ取り、周囲の空気が少し変わった気がしました。なにが起こったのか分かりませんが、超常的な現象が起こったようにも見えました。
「君が、鸚鵡を助けてくれた者だと聞いた。亜人連合国の代表を務めている者だ。名乗る習慣がない故に、名乗らぬことを許して欲しい」
凄く背の高い、額の横から黒い角を生やした御仁が背を折って、私と視線を合わせてくださいました。
「プリエールと申します。家名はありません。ソルくんを……鸚鵡を助けたのは、ルグレさんです。お恥ずかしい話ですが、私はお金も持ち得ておらず彼を頼りました」
「事情はある程度把握している。君が訴えなければ叶わなかったことだ。そして過去に島で住んでいた鸚鵡が他にも見つかった」
目の前のお方は南の島を護るために尽力なさっているそうです。西大陸でドラゴンが増え、東大陸にも行動範囲を広げたいと共和国にお願いするために、今回やってきたとのこと。
そして、新たに見つかった島に住んでいた鸚鵡さんたちと戻るか、このまま共和国で過ごすのかという話を先ほど終えたそうです。どうして鸚鵡さんと会話できるのか不思議ですが、話を聞いていると代表さまはドラゴンなのだそうです。長く生きていると力を得て、人に化けることができるそうな。凄いなあと感心していると、物凄く顔が整った銀髪の方が胸に手を当てて私に向き直りました。
「初めまして。ハインツ・ヴァレンシュタインと申します。アルバトロス王国にて魔術師団副団長を務めており、この度は共和国政府の方々よりご招待を受けてこちらに参っております」
にこりと目を細めて名乗ってくださいました。代表さまより背が低いお方ですが、それでも共和国の男性より身長が高くお顔は素晴らしく整っていらっしゃいます。私はもう一度名乗ろうとしますが、彼の言葉に遮られてしまいました。
「共和国では珍しいですねえ。貴女の魔力は他の方々と比べて多く備わっております。魔術を覚えれば、ある程度の使い手になれるかと」
「お言葉は有難いのですが……魔術を教えてくださる方がいませんし……誰かを傷つけるようなことはしたくありません」
ルグレさんが使った洗脳魔術なんて以ての外でしょうし、誰かが怪我を負って苦しんでいる姿は見たくはないのです。
「残念です。振られてしまいました。ですが魔術は攻撃や誰かを傷つけるものばかりではありませんよ。治癒魔術もありますからねえ。まあ、使えるのは適性がある方だけで、僕もそちらはさっぱりですので!」
しょんぼりしているヴァレンシュタインさまに申し訳ありませんと伝えれば、いえいえと言葉が返ってきました。どうやらあまり気になされていないようで、彼は掴みどころのない方です。
揶揄われていたのかなと感じつつ、貧裕会の皆さまも紹介しました。会の皆さまはここ最近、状況を変えようと張り切っています。私の演説にも一緒に赴いてくださいますし、読み書きができない方は頑張って文字が読めるようにと勉強を開始される方が増えました。
良い兆しなのだと思います。選挙で議員になれるかどうか決まっていませんが、流れは少しずつ変わっているのですから。
――治癒魔術。
ヴァレンシュタインさまが仰った声が頭の中で引っ掛かりました。貧民の方々は富める方々と比べると、医療機関にお世話になる機会はほとんどありません。
理由は単純なもので、お金がないからお医者さまは診てくれないのです。もし、治癒魔術と言われるものが人々の間で広まって、病気や怪我を治せるようになるならば、どんなに良いことでしょうか。ですが大きな問題があります。魔術を扱える方が共和国にいません。
「あ、あの! 治癒の魔術を教わることはできませんか?」
周りの方々がぎょっとしたのが分かりました。私から彼らに要望することは失礼にあたるかもしれませんが、機会を失えばもう叶うことはないでしょう。
「共和国政府からの要望があれば、教えることはできますよ」
ヴァレンシュタインさまは治癒魔術を扱えないそうです。基礎であれば教えることは可能ですが、それより優れた効果を持つ魔術となると、治癒を扱える方から教えを受けた方が良いとのこと。他国の方ですし、やはり共和国政府の許可が必要ですか……仕方ない、と諦めて私は肩を落とすのでした。