魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――南大陸へ合法的に足を踏み入れる方法。
少し前から考えているんだけれど、野蛮な方法が頭の中に過るだけ。クロに大きくなって貰って乗り付ける。アガレスから飛空艇を借り受けて上陸。
旅券を発行して頂いたところで南大陸の国家と交流がないので、なににしろ不法入国者である。アルバトロス王国に所属する爵位持ちが、勝手に南大陸の国に入って好き勝手している、なんて噂が流れれば陛下にご迷惑を掛けるだけ。面倒な展開になっているけれど、ルカと空飛び鯨さんを傷付けた責任は取って頂かねば。竜の飼い主がいるなら、その人にも躾がなっていないと文句を言いたい。
「南大陸って乙女ゲームの舞台にはなっていないのですか?」
ふと気になって、フィーネさまとメンガーさまを学院のサロンにお呼び立てしていた。ここにいるのはいつもの面子と信頼のおける護衛の方たちのみである。
なんでも良いから情報が欲しいという気持ちももちろんあるし、フィーネさまとメンガーさまが情報を持っている可能性だってある。公爵さまはメンガーさまを気に入っているので、先に彼から情報を引き出しているかもしれないから二度手間になってしまうのは申し訳ないところ。
「発売されたのはファーストIPが三シリーズ、セカンドIPが二シリーズのはずです。それから数年間音沙汰がなく、ファンの間ではメーカーに新作を制作する体力がないと言われていました」
フィーネさまが難しい顔で教えてくれた。資金調達とか時代の流れとかいろいろ重なって企画がぽしゃることもあるのだろう。巨大コンテンツに成長すれば、十年先くらいは安泰だろうが、一部の小さな界隈で流行っているだけなら辛い所がある。
「そうでしたか」
ゲームの情報に頼ろうとしたのがいけなかったのか、手掛かりはナシか。メンガーさまも申し訳なさそうな顔で私を見ているし、情報を持ち得ていないのだろう。
ふう、と息を吐いてティーカップの中身を覗き込む。琥珀色の紅茶の味は未だによく分からないけれど、学院で提供されているものだから高級品である。紅茶の美味しさが理解できないのは、私にお貴族さまらしさがないからだろうか。うーんと片眉を上げた私の顔が、紅茶の液面に映し出されていた。
「………………」
「……っ」
私たち三人のやり取りを見ているソフィーアさまとセレスティアさまが、口元をヒクヒクさせている。彼女たちがそんな顔をするのは珍しいと視線を向けると、盛大な溜息を二人同時に吐いた。
「ナイ。なにか思い出すことはないのか?」
「ええ。そろそろ頭の片隅にでも浮かんでいるのではないのですか?」
ソフィーアさまとセレスティアさまが遠回しに言葉を紡ぐことは珍しい。お仕事関係なのでいつも端的に分かり易く教えてくださるのに。とりあえず、なにか思い当たる節がないだろうかと頭の中を捏ね繰り回してみるけれど、なにも見つからないのだが。
「なにかあります……?」
考え込んでも仕方ないし、聞いてみる方が早いとお二人に言葉を投げると、また盛大な溜息が聞こえた。フィーネさまとメンガーさまがいるのに、どうしてそんな態度を取るのだろうか。
「祖父からナイが気付くまで暫く黙っておけと言われたが」
「気付く様子はありませんね」
公爵さまが関わっているのならば、彼女たちが妙な顔を浮かべるのも致し方ないのだろうか。ついでにメンガーさまとフィーネさままで苦笑いを浮かべているし。ソフィーアさまが呆れた顔から真剣な表情に変わり口を開く。
「あまり耳にしたくないだろうが、ナイの父親を名乗った人物の実家……更に遡れば南大陸の出身家系だっただろう」
少し言い辛そうに彼女が告げた。そういえばフェルカー伯爵が囲っていた男性は西大陸のアルバトロスより更に南に位置する国の出身で、元は南大陸の家系と聞いていた。男性に関わることはないからと綺麗に忘れていた。妙なところで妙な繋がりができていたなと感心しつつ、私が男性とコンタクトを取るのは避けたい。
「思い出したようですわね。まあ……あまり良い話ではありませんし、ナイにとって男性の話題は不愉快かもしれませんが」
セレスティアさまも言い辛そうである。副団長さまの魔術鑑定により、彼の男性は私の実父であると判明している。確か、南大陸も黒髪黒目が貴重で、濃紺色の髪の男性から、黒髪黒目の子供が産まれる可能性が高いと期待され、嫌になってアルバトロスに逃げてきた、という話だったはず。
「ああ、いえ、気になさらないでください。ただ、あの男性や実家の方々と直接会うのは避けたいですね」
男性の実家から南大陸の話が聞けると良いのだが、これまた他国にいる方々であるし、黒髪黒目を望んでいる家系の方々と会うのは避けたい所だ。
「そう言うだろうとアルバトロス上層部は考えていてな」
「ナイには申し訳ないのですが、先に動いております。まあ、逃げた黒い竜の話が主なので、亜人連合国の方々が主導となっておりますが」
ありゃ。意外な展開、というか私が気付くのが遅かっただけか。あと公爵さまも辺境伯さまもアルバトロス上層部の方々も、あの男性の話を私に伝え辛かったこともあるのだろう。アルバトロスと亜人連合国が動いてくれたならば、私が動く必要はない。あとは報告を待っていれば良いだけである。
「そうでしたか。黒髪黒目関係の話になると、途端に雲行きが怪しくなるので助かります」
有難いが、どうやって西大陸の南の国と連絡を取ったのだろうか。なにか伝手はあったかなあと頭を捏ね繰り回すと、王妃さまのご実家だったような。王族のプライベートスペースで薄いドレスを纏っているのは、母国がアルバトロス王国よりも気候が暑く、ご衣装が薄いのが基本だったのだっけ。
陛下と王太子殿下とは顔を合わせているけれど、王妃殿下と第三王子殿下と第一王女殿下とは久しく顔を合わせていない。一年生の夏休み間の離宮生活があったからこそ、彼女たちとの縁が取り持てた。元気だと良いなあと、みんなの顔を見る。
「この先、どうなるか分かりませんが……事の次第で南大陸に渡ることもあるでしょう」
黒い竜がルカたちを傷付けたなら許せないので、丁重にお話をしなければ。竜の主人も同様である。
「ゲームの知識は頼りになりそうにありませんね。聖王国の大聖女として、お力添えができると良いのですが」
フィーネさまが私を見る。ぶっちゃけ彼女は関係ないので巻き込みたくはないし、他国の方なので巻き込むわけにはいかない。
「俺も微力ながら協力します。とはいえ、できることは本当に少なくて申し訳ないです」
メンガーさまも確りと目を合わせて頷いてくれた。流石に今回は荒事となりそうなので、無茶ができない方々に無茶をお願いできないだろう。でも、こうして話して頭の中を整理するだけで、状況は前へと進んでいる。
「あとはアルバトロス王国と亜人連合国からの報告を待つだけ、ですね」
報告はいつ齎されるのだろうか、と気になるけれど待つしかない。とんとん拍子で上手くいくことなんて滅多にないのだし、どっしりと構えて待つしかないのだろう。少し重い空気になっているみんなに視線を向けて、写真の魔術具を取り出す。
「ヴァナルと雪さんたちの仔の魔術具の絵です。滅茶苦茶可愛いので、是非見てください」
写真の魔術具で撮った写真擬きを机に映し出す。
静止画しか撮れないのが残念だけれど、仔たちが一列に五頭並んですやすや寝ている所に固まってじゃれ合っている所、ヴァナルのお腹の中に必死に隠れようとしている赤色ちゃんや、すんすん絨毯を匂いながら雪さんたちの下へ這っている白色ちゃんと黄色ちゃん。
緑色ちゃんと青色ちゃんが雪さんたちの背中に登ろうとしている所とか、我ながらいろいろなシーンを写真に収めていた。可愛いですね! とフィーネさまが目を輝かせながら仰り、メンガーさまも仔の破壊力に負けたのか柔らかい顔で映された静止画を見ている。
空気が明るくなって良かったと安堵していると、セレスティアさまが凄い視線でなにかを訴えてきた。彼女の言いたいことは理解できるし、フソウにも写真擬きを送るつもりなので副団長さまに焼き増しをお願いしよう。おそらく彼も学術的に必要です、とかなんとか理由を付けて欲しがる筈だ。
「ここでずっと考えていても仕方ありませんし、帰りましょうか。お集まりいただき、感謝致します」
鴉は鳴いていないけれど帰ろう帰ろうとみんなで席を立って、帰路に就くのだった。
◇
――随分と秋が深まった頃。
件の男性の実家にはアルバトロス上層部の方々が向かい、南大陸の情勢を聞き出してきたそうだ。王妃さまの母国なので融通が利き、直ぐに接触ができたとのこと。どうやって取り調べを行ったのか全く状況を知らないが、厄介事を持ってきた元南大陸の子孫とアルバトロス王国や王妃さまの母国から認識されてしまったようだ。
彼らから齎された話では南大陸も黒髪黒目信仰があるようだが『畏怖』の対象として見られており、件の家の方々は黒髪黒目を何故か『信奉』しているそうで、お家騒動に発展して南大陸から逃げてきた本当の理由が分かった。
南大陸で黒髪黒目がどれほど怖がられているのかは謎だし、凄く恐れられているのならば信奉する人なんて出てこないはず。私が南に赴けば、恐怖の大魔王さまとして南大陸の方々に平伏されるのかもしれない。
子爵邸の自室でジークとリンと私は紅茶を飲みながら、南大陸について話していた。言葉にしてみる方が理解が深まりそうだし、三人寄れば文殊の知恵と言うのだから良い解決策が誰かの口から齎される可能性もある。クレイグとサフィールはお仕事中なので部屋にはいないが、ジークの肩の上には幼竜さんがいて定位置と化している。
「流石にあの男と実家の者には会わないだろう?」
「会っても厄介なことになるだけ……」
そっくり兄妹が小さく右に顔を傾けて私に問う。
「うん。話はアルバトロス上層部の方々が聞き出してくれているから、会う必要はないなって。ただ南大陸に行きたいけれど、行けないのがもどかしいよね」
会う必要性は感じられないので、乗り込む気は全くない。彼らと面会すればきっとややこしいことになりそうだと言うのが、みんなの見解だし、私の見解である。しかしまあ……東大陸では黒髪黒目を崇め、南大陸では畏怖されているとは。時と場所が違えば物事の考え方が違うのは分かっているけれど、極端すぎではないかというのが正直な感想だ。
南大陸に魔術が存在していなければ、ルグレ少年のように黒い竜に騙される人が出てきてもおかしくはないし、警告くらいはしたいものだけれど。
アルバトロスも亜人連合国も伝手はないし、王妃さまの母国も南大陸の国とは縁がないそうだから外交ルートは無理そうである。竜の皆さまが直接乗り付けて『危ない竜がいるから気を付けて』と警告を出すくらいだろうか。南大陸の方々は西大陸の人たちより強いこともあり得るから、無用な心配になるなら少々恥ずかしい気もする。
「南大陸に行かなくても良いんじゃないか、と言いたい所だが、被害が出ているからな」
「ルカを襲った犯人みたいだしね、黒い竜は」
三人で息を吐いたことにおかしさを覚えて、視線を合わせて私たちは笑う。
『笑っていないで助けてよ~、ナイ、ジーク、リン~』
クロが絨毯の上で産まれた五頭の仔たちに揉みくちゃにされていた。まだ小さいので力技で抜ける訳にもいかず、されるがままでピーピーと鼻を鳴らしている仔たちにクロが責められているのだ。
産まれてから三週間が経ち、脚元が随分と確りしたし産箱から出てきて、私の部屋にまで行動範囲を広げていた。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんたちは、クロが揉まれていても気にしていない。良い経験だと言って、クロが危なくならない限りは放置である。信頼しているから、クロが仔たちに危害を加えるとは微塵も思っちゃいないようだった。
「クロ。クロが床に降りたからでしょう。自己責任だよ」
クロは私たち三人で話していると暇だったのか、それとも仔たちが気になったのか、肩から降りて見守っていた。
クロに気づいた仔たちがわらわらと寄って行き、体を擦り付けたり匂いを嗅いだり、口を開けて甘噛みしたり、クロの背中に乗ろうとしてバランスを崩してころんと転がったりと楽しそうにしている。
五匹を相手にしなければならないクロは大変そうだけれど、凄く微笑ましい光景だし、産まれてから時間が経って大きくなった仔たちは丸っこくて毛玉感が可愛いのだ。写真の魔術具で今の光景を撮ると、クロが微妙な顔になる。今撮った写真をセレスティアさまに見せて高額な値段で売ると言っても買い取ってくれそうな光景である。写真を売る気はないけれど、欲しいなら彼女に渡そうとクロをもう一度見た。
『そうだけれど……あ、そこは駄目だよ~ボク、そこ感覚が敏感になっている所だから~』
クロの声のトーンが普段より上がった。流石に駄目だと判断したヴァナルが立ち上がって、クロの下へと行き仔たちを離している。大きな口で首根っこを噛んでいるのだけれど、良く歯が立たないなと感心した。ピーピーパーパー鳴いている仔たちからクロが飛び上がり、私の肩の上に乗る。どうやら仔たちの圧に参ったようだった。
「竜もどうにもできない時があるんだな」
「可愛いけれど、相手をするのは大変そう」
ジークとリンがクロに視線を向けて目を細めた。孤児院の子供たちの押しも強いが、産まれた仔たちの圧も凄い。
『うううっ。こんなつもりじゃあなかったんだけれど……』
クロが翼を広げて顔を隠す。床に座っていると匂いを嗅ぎつけて群がってくることがあるのだが、何故か上へ上へと上がろうと試みて最終的に顔をペロペロ舐められる。
舐めても美味しくはないし、味もないはずなのだが、止めないと永遠に舐めていそうな気配がするのだ。ヴァナルと雪さん曰く、私の魔力量が高いので仔たちは興味津々らしい。舐めても美味しくないよーと言いながら抱き上げて床に下ろすけれど、また膝の上に前脚を置き、後ろ脚を何度も動かして上がろうと試みていた。
「元気だよねえ」
クロがいなくなって暇になったのか、仔たちは雪さんたちのおっぱいを求めてくんかくんか床を匂いながら探し求めている。足元が覚束なくて、べしょんと絨毯の上に倒れこんだり、仔同士がぶつかって倒れたりと忙しない。
『主のお陰』
ヴァナルが鼻先を使って、仔たちを彼女たちの下へ誘導しながら目を細めた。
『ええ』
『無事に産まれ、大きくなっているのですから』
『フソウでは難しかったでしょうし』
そうこうしている内に、横座りした雪さんたちの下に体の大きな仔からおっぱいの出が良い位置を陣取る。人間と一緒に暮らしても、弱肉強食の世界を垣間見た瞬間だった。
「毛玉ちゃんたちは大きくなるかな?」
ヴァナルのように十メートルを超える巨体となるのだろうか。ディアンさまとベリルさまと比べると小さいけれど、それでもヴァナルは大きいはず。他のフェンリルを見たことがないので判断の基準が分からないが、十メートル越えは十分に大きい類に入るはずだ。
『この仔たちの意志次第』
ヴァナルがそう言いながら私が座る椅子の横に腰を下ろして、膝の上に顎を乗せた。どうやら撫でて欲しくてこちらにきたようだ。なら遠慮はいらないと、頭を撫で顔の横を撫で、首を撫でる。
フェンリルも竜の皆さまと同様に、個々の考えで体の大きさが決まるようだ。大きくなりたいと願えば大きくなるし、小さなままで良いと判断すれば成長が止まるとのこと。とはいえ小さくとも狼くらいには成長するんじゃないか、とヴァナルが教えてくれる。
「フェンリルとケルベロスのハーフになるんだよね?」
で、良いんだよね。頭が三つある仔が産まれていないから、フェンリルの血が色濃く出たのだろうか。
『そうですね。ケルベロスもフェンリルも中々いませんしねえ』
『珍しいですもの。探せばどこかに他の者がいるかもしれませんが』
『ケルベロスの特徴は出ませんでしたねえ。少し残念ではあります』
雪さんたち的には仔どもが儲けられただけでも幸運だったそうだ。番が見つかる可能性は随分と低く、もう出会えないと諦めていた所にヴァナルという運命の番と出会ったとのこと。ケルベロスという純血を残すよりも、自分たちの仔を残せたことが奇跡だし、幸せだから、ケルベロスが増えなかったと嘆いてないって。
「そっか。いつか雪さんたち以外のケルベロスさんも見つかると良いねえ。もちろんヴァナルのお仲間さんも」
西大陸では竜の方々と天馬さまたちが増えているので、フェンリルとケルベロスが増えても問題は少ないはずである。もちろん北大陸でも東大陸でも増えるのであれば良いことなのだろう。東大陸は魔素が薄い地域だけれど、巨大魔石の破壊によって少しずつ魔素が増えているとヴァエールさんが言っていたので、幻獣や魔獣の皆さまが住み着く日も近いのかもしれない。
『増えたら嬉しい』
ヴァナルが私の膝に顔を置いたまま尻尾をばっふばふ振り。
『良いことです』
『お会いしてみたいものですね』
『同族と会ったのであれば、それは初めてですし』
雪さんたちも仔におっぱいを飲ませながら、尻尾をぶんぶん振っている。広い世界だから、いないと言うことはあるまいとヴァナルの頭をまたなでなでするのだった。