魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――王妃さまの母国へ行こう計画。
王妃さまの伝手を頼って入国許可証を発行して頂こうと考えたのだけれど、周りの皆さまが『ナイが赴くより、相手を呼びつけた方が良い』と判断されて、王妃さまの母国から、追い返された件の方たちが再びアルバトロスへとやってくる手筈になった。
冬休み期間なので時間の融通は利くから、いつでもこーい、バッチコーイの状態なのだが、メンガーさまが共和国から戻ってきたという報告を聞いて、チベットスナギツネみたいな顔を披露してしまう。ジークとリンに顔、顔、と指摘されるまで妙な表情だったらしいのだが、どうしてメンガーさまが共和国に赴いたのか意味不明だった。
「件の者は尋問で心折れたが、向こうで調子を取り戻したらしくてな……」
「……で、公爵閣下が最後の手段とメンガー伯爵家のエーリヒさんを共和国に差し向けたのですわ」
ソフィーアさまとセレスティアさまが、ほとほと困った顔になっている。
「ロゼさんとエルフのお二方の尋問を受けて尚、懲りずに共和国で自分の主張を繰り返したのですか?」
ようやく反省したと周囲を思い込ませて、メンタル復活したルグレ少年の図太さに感心しつつ、大らかな精神を持ち合わせていなければ出鱈目な主張はできないか、と納得する。
いや、でも、本当にロゼさんとダリア姉さんとアイリス姉さんの尋問を乗り越えたなんて……信じられないんだけれど。内容がアレ過ぎて詳しいことは教えられていないし、尋問官が暫く恐怖で立ち直れなかったと聞いているのに。
「そのようだな」
「信じられませんがねえ」
むーと目を細めるお二方に、苦笑が漏れる。
「メンガーさまはいつお戻りに?」
「昨日だ。簡易の報告がなされ、一先ずは旅の疲れを癒すために今日一日は休養となっている」
「明日、正式な報告会となりますわ」
ならば明日の私は報告会に参加となるのか。特に用事もないし、予定があれば別日に開かれていただろう。メンガーさまも出世の道を歩んでいるし、将来はアルバトロス上層部中枢に組み込まれるのではないだろうか。報告会に参加することに首を縦に動かすと、セレスティアさまがそわそわしている。
「では部屋に戻ります」
「ナイ、わたくしも一緒に部屋へ赴いてもよろしいですか?」
セレスティアさまが私に声を掛け、期待に胸を膨らませている。ここ最近の同じパターンなので断る理由もないし構わないのだが、真面目なお方は気になるようだ。
「セレスティア、あまり当主の部屋に入り浸るな。我慢している者に示しが付かないだろう」
「分かってはおりますが、お可愛らしい時期は短く儚いものでございましょう。たっぷりと堪能しておかなければ後悔してしまいます。それにソフィーアさんも気を抜いて顔が緩いではないですか」
ソフィーアさまの最後の言葉は彼女の本音なのだろう。我慢している者の中に彼女自身も含まれている気がする。セレスティアさまは言いたいことが言えたので、鉄扇を口元で広げてドヤ顔を披露していた。
「なっ!?」
真面目な彼女は気付かれていないと思い込んでいたのか、図星を突かれて顔が赤くなっている。ソフィーアさまが赤面するなんて珍しいと、微笑ましく見守っていると彼女が私に救いを求める視線を向けたので意志を汲み取った。
「みんなで私の部屋に行きましょう」
『みんなで行こう~』
クロも困っているソフィーアさまを見て思うことがあったのか、私の肩の上で移動を促す。席を立ってジークとリンに視線を向けると、彼らも頷き移動を開始。執務室を出て廊下を歩きながら、すれ違う方に声を掛けつつ自室に戻る。みんながいるので部屋の扉は開放したままだ。
「ただいまー」
自室に入って『ただいま』と告げるのはおかしなものだが、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんがお留守番を担っているので間違いではないだろう。
産まれた仔たちはすくすく成長しており、ふかふかの毛が確りと生え真ん丸になっている。毛玉ちゃんなのは相変わらずだけれど、目も見えているし足取りは随分と確りして個性がそれぞれに出てきている。一番腕白なのは黄色ちゃんだ。赤色ちゃんと白色ちゃんは大人しく、個別行動していることが多い。緑色ちゃんと青色ちゃんは雪さんたちの下にいることが多く甘えたれっぽい気がする。
「嗚呼、この時期の可愛さは異常ですわ! どうしてこうお可愛らしいのかしら!?」
随分と大きくなったし、産室から私の部屋にも移動して行動範囲も広まったから、いろいろな方に慣れて頂こうとヴァナルと雪さんたちが子爵邸で働く方たちにも触れあって欲しいとお願いされた。
今はソフィーアさまとセレスティアさま、ジークとリンにクレイグとサフィール、家宰さまと私付きの侍女さんたちと触れ合っている所だ。もっと行動範囲が広くなれば、エルたちとも顔合わせをするし、お猫さまとジルヴァラさんに幼竜さんとも付き合いが始まるのではないだろうか。
『おかえりなさい』
仔たちの面倒をみていたヴァナルが立ち上がり、私の下にきて顔を擦り付ける。頭を撫でていると影の中からロゼさんがポーンと出てきて、ヴァナルの頭の上に乗った。気にする様子もなく普通にロゼさんを乗せたまま元の位置に戻って、また仔たちのお守りを再開してた。
『おかえりなさいませ』
『仔たちは元気が有り余っています』
『大きくなりましたねえ』
雪さんと夜さんと華さんが床に寝たまま、顔だけを起こしてこちらを見た。少し前までは頻繁にクロと幼竜さんが床に降りて仔たちの相手をしていたのに、大きさと力負けするようになってクロと幼竜さんは相手をあまりしなくなった。
力を出すと仔たちを吹き飛ばしかねないから遠慮しているようだけれど、降りたら降りたで仔たちになんの遠慮もなく揉みくちゃにされるのである。見ている私としては可愛くて微笑ましい光景なのだけれど『助けて~』と声を上げるクロと、凄く情けない鳴き声を出す幼竜さんは仔たちの圧に負け床に降りることを断念していた。
「大きくなったね。でも、まだ大きくなるでしょう?」
雪さんたちの横に座って、彼女たちと視線を合わせる。最低でも狼サイズくらいにはなるらしい。私の部屋と隣の産室で広さは足りるのだろうか。まあ、散歩とかできるだろうし、ルカを傷付けた竜の件が片付けば外に出られるようになる。
産まれた仔たちをフソウの方々にお披露目したいし、名前も話し合って決めたいところ。産まれた仔たちの名前はフソウの皆さまに命名して頂いても良いんじゃないかな。私が付けると、変な名前になる可能性もあるのだから。
『ええ。育ち切れば、番さまほどになるのではないかと』
『体の大きさも自由に変えられるでしょうし』
『時間が経てば、言葉も操れましょう』
どうやら仔たちの能力はヴァナルの力を引き継いでいるようだ。やっぱりみんな一緒に私の影の中に潜るようになるのだろうか。
「早く一緒にお喋りできると良いね」
でもまあ、お喋りできるようになれば賑やかになるし、きっと楽しいだろうと雪さんたちの頭を撫でると目を細めて受け入れてくれる。ソフィーアさまとセレスティアさまの足元には仔たちが匂いを嗅ぎつけて、くんかくんかと興味津々に嗅いでいる。
ひとしきり匂いを嗅ぐとジークとリンの足元に行き、くんかくんか。幼竜さんの気配を感じ取ったのか、黄色ちゃんがジークの片足に前脚を乗せ登ろうと試みているけれど、登れずぽてんと床の絨毯に転がった。
ころりと一回りした黄色ちゃんの下に赤色ちゃんが鼻を鳴らしながら『大丈夫?』とやってきて、鼻先で黄色ちゃんの身体を突っ付いていた。ぶはっとなにか吹き出す音が聞こえたけれど、あえてスルーをみんなが決め込む。破壊力が凄まじい、と声が聞こえたけれど幻聴として捉えておいた。
黄色ちゃんは幼竜さんの下には行けず諦めて、白色ちゃんとマウント合戦を繰り広げ遊んでいる。青色ちゃんと緑色ちゃんが雪さんたちのお腹の所で寝息を立て始めたから、遊び疲れたのだろうか。私の背中をつんつんしているのを感じ取って後ろを振り向くと黄色ちゃんがいた。
「どうしたの?」
声を掛けると、私の前によたよたと歩いてきた赤色ちゃんが膝に脚を掛けて、膝の上に登ろうと試みている。助けようかと迷ったが、頑張れと見守るだけにしておいた。後ろ脚を必死に動かして自分の力で望みを叶えようとする姿は微笑ましい。何度も後ろ脚を動かしてようやく引っ掛かりを見つけて、私の膝の上によじ登った。
「頑張りました」
ふふ、と自然と笑みが零れて赤色ちゃんの頭を撫でると気持ち良いのか目を細めて、膝の上でお股パッカーンとお腹を見せる。これはお腹も撫でて、という主張だろうと遠慮なくお腹を撫でた。
ぽよぽよのお腹はまだ毛が生えておらず、桃色の肌が丸見えである。いろいろと丸見えであるが気にしちゃいけない。顔から顎下に手を動かし、前脚の付け根を撫でてからお腹の所を優しく撫でる。くーんとなんとも言えない甘え鳴きをした赤色ちゃんは可愛いくて可愛くて仕方ない。デレっとしていたのがバレたのかクロが顔を私に擦り付け、長い尻尾でべしべし背中を叩いた。
『あらあらまあまあ』
『よほど気持ち良かったようで』
『気を許しておりますねえ。良いことです』
雪さんたちも自身の仔が幸せそうな顔で私を受け入れている姿を微笑ましそうに見守っている。ぷーと顔を膨らませている例のお嬢さまを手招きして、私の横に座って頂いた。そうして赤色ちゃんを彼女の膝の上に乗せてみる。案外彼女の膝上も気持ち良かったのか、お腹の方に顔を向けて寝息を立て始める。
いろいろな感情を押し殺して、赤色ちゃんを起こさないように奮闘しているお嬢さまを見ながら、呆れているお方がいた。そのお方も手招きして私の横に座って頂く。物音に目覚めた青色ちゃんと緑色ちゃんがむくりと起き上がって、ソフィーアさまの膝の上に乗ってまた眠りに就いた。
「ナイ、助けてくださいませ……あ、足が」
「そ、そろそろ私も限界なのだが……」
膝の上の仔たちは物音も気にせず、彼女たちの膝の上でぐっすりと寝息を立てている。割と長い時間同じ体勢だったので、お二人は限界を迎えたようだ。普通の方々であればもっと早くギブアップ宣言を出していただろうが、お二人は結構長い時間を仔たちの温かさを直に感じ取っていた。
「もう少し頑張ってください」
ソフィーアさまとセレスティアさまに揶揄われることもあるので、偶には良いかと助けるのを止めた。流石に可哀そうと感じ取ったのか、ヴァナルが膝の上の仔たちを口に含んで雪さんたちの下へ移動させる。はあ、と大きな息を吐いたお二人が『足が痺れた』と暫く立てないでいるのだった。
◇
メンガーさまが共和国から戻ってきて報告を受けたのだが、ルグレ少年はようやく心折れて大人しくなったそうだ。メンガーさま曰く、自身の言葉よりもプリエールさんの言葉が効いていたのではないか、と推測を立てていた。
報告を聞いている限りメンガーさまも割と彼の心をぽっきりと折ろうとしているのでは、と首を傾げていた。とりあえず、共和国との問題はこれを持って終了とし、あとはプリエールさんたちが魔術留学と称して来年の春からアルバトロスにやってくる。今はアルバトロスと共和国と細かい調整をしているそうで、春までに準備を終えると関係各所の方々が仰っていた。
メンガーさまは気を使って、共和国のお土産を届けてくれた。西大陸と東大陸のアガレス、北大陸のミズガルズとは違い、共和国はお菓子の類が発展しているそうだ。
お砂糖さんの原料が沢山とれること、チョコレートの原料であるカカオも取れ、チョコレートスイーツが彼の国の富裕層の方々の間で流行っているらしい。少し羨ましい環境だなあとしみじみしていれば、日持ちするチョコレートを頂いた訳である。
一応、西大陸でもチョコレートは存在するものの、薬として捉えられていた。なのでデザートに使用するという概念はないし物凄く値段が張る。無理をすればお金を払って購入できるけれど、そこまで無理をして手に入れなくても良いかと今まで買わなかった。
共和国の方は安価――といっても富裕層向け――なので、メンガーさまが丁度良いと判断して、お土産として渡してくれたようだ。
侍女の方にお願いして紅茶を淹れて頂き、ジークとリンとクレイグとサフィールで一緒に食べようと、私の部屋に集まっている。チョコの残りは、子爵邸の皆さまでと伝えてあるので、まあ適当に行き渡るだろう。争奪戦が起きなければ良いけれど……そのうち誰かに共和国へ買い付けに行って貰うこともできるので、私たちが独占する理由はなかった。
湯気の立つ紅茶がそれぞれの目の前に置かれ、真ん中のお皿の中にはチョコレートさまが鎮座している。沢山手に入れられたなら、チョコレートフォンデュをやってみたい。
テレビで観たことはあるものの、お洒落なものや流行りに乗れなかった口なので興味がある。果物は普通に手に入るし、チョコレートが固まらないように熱を掛け続けていればできるはず。楽しみがふえたなあと喜んでいると、へらへらしていたのがバレてみんなが小さく笑う。
「良かったな、ナイ」
「気が利くんだね、あの人」
ジークが小さく笑い、リンがメンガーさまの名前に興味がないようで指示語で呼んでいた。せめて覚えてあげてくださいな、と思うけれど私も人の名前を覚えるのは得意ではないので黙っておく。
肩の上のクロがチョコレートを見て不思議そうに首を傾げているので、どんなものか分からないようだ。ロゼさんはヴァナルの頭の上で、産まれた仔たちを観察しているし、雪さんと夜さんと華さんは床に寝そべって仔たちを見守っている。
お猫さまは一度、仔たちに揉みくちゃにされて私の部屋に寄り付かなくなった。寂しいから気が向けば部屋にきてねと伝えているが、仔たちが大きくなって周りを理解できるようになってからだろう。
「共和国で私が食べ物を買って帰らなかったことを、気にしてくれたみたいで」
私が共和国で買い付けしなかったことを気にしたメンガーさまはマメである。フィーネさまにもお土産を購入したようだし、公爵さまにも同じものを贈ったようだ。まだ学生の身分だから自由に使えるお金は限られているだろうに、本当に感謝である。
私もなにかお返ししなければいけないけれど、メンガーさまってなにを渡せば喜んでくれるか謎である。食材関係でも喜ばれそうだし、ドワーフさんが鍛えた包丁とかナイフとかでも普通に受け取ってくれるだろうし……エルフの皆さまの反物……未来の奥さまへのプレゼントとして受け取ってくれるだろうか。良く分からないーと頭がパンクしそうなので、考えることを一旦止める。
「良い人だな。ナイの食い意地を考慮してくれるなんて」
「クレイグ……どうして余計なことを言っちゃうかなあ」
クレイグとサフィールが言葉を零す。二人は公爵さまの命で、学院の冬休み前に貴族籍に入っていた。ジークとリン同様に男爵位の家である。
ヴァイセンベルグ辺境伯さまの寄り子のお家で、凄く長ったらしい名で何度か噛みながら言い切れた。二人は苗字が付いたことに慣れていないようだけれど、そのうちに慣れるだろう。顔合わせも穏やかに済ませ、近況報告を時折出すことになっているそうだ。
――貧民だったことが信じられない。
でも、まあ……みんなで顔を突き合わせて笑いあっていられるのだから幸せであるし、私が大切にしたいと思う方たちが増えていることも良いことだ。面倒なことがこれから先も起こるかもしれないが、頼れる方は沢山いらっしゃる。
「みんな、ナイの食い気が凄いことを知ってるだろ。で、王妃さまの母国の連中に会うのか?」
クレイグが例の人たちを話題に出した。
「うん、会うよ。一応、治癒依頼だから国と教会を通して貰う。平民みたいだし、あまり大きな金額は毟り取れないけれど目的があるからね」
王妃さま情報だと、彼女の母国の王都で商会を営んでいるのだとか。運営は順調で借金もないらしい。病気の人は詐病かなと考えていたが、何年か前から娘さんの調子が悪いとのこと。
「毟り取るなよ。ナイが本気出すと毛の一本も残らねえだろうに。んで、南大陸に行きたい、だったか」
クレイグは私と初対面の時に容赦なかったことを覚えているようだ。金的に眼突きに鳩尾やらを遠慮なく狙っていったから根に持たれている……というか、笑い話として良く掘り返されている。
「うん。ルカを襲った犯人がいるみたいだから、追いかけてみたいんだけれど……陛下方は乗り気じゃないみたいなんだよね」
追いかけたいのは山々だけれど陛下の判断は、相手が私たちに用があるなら向こうから接触してくる、という判断を下している。だから勢い勇んで南大陸に飛び込む事態にはならなかった。今回、王妃さまの母国の方がアルバトロス王国に入って私と接触を試みようとしているのは、黒い竜と怪しい魔術師になにか関係しているのでは、と勘繰ってしまうのは仕方ないことだ。
「そりゃそうだろ。これで南大陸の国と国交を開いたら、アルバトロス城の人たちがてんやわんやしなきゃならないからな。ちったあ我慢しろよ」
「分かってる。でも、今回のことはなにか切っ掛けになりそうだから、あの人たちに会ってみる」
なにか起こる度にお城で働く人たちが右往左往しているのは知っているし、事後処理も大変なことも分かっている。いろいろと丸投げにしている所はあるが、私ではどうしようもない部分でもあった。今回、自ら動くことにより東大陸と北大陸の時とは違う結果になり、上層部の方々が各国とのやり取りに奔走する羽目になるかもしれない。
ただ、ルカと空飛び鯨さんを傷付けたこと、魔術の知識が薄い共和国で魔術を広めて騒ぎを起こそうとしたことは見過ごせない。
南大陸が共和国のように魔術の技術や知識に乏しければ、ルグレ少年が引き起こしたことより酷くなる可能性だってあるのだから。正義を気取るつもりはないが知ってしまった以上、放っておくのも寝覚めが悪い。
「ま、止めやしないが……無理と無茶はすんなよ。今はもう俺たちだけじゃなくて、子爵邸や領の連中をナイは背負ってるんだ。搾取するだけの駄目な奴なら、こんなこと言わないがなあ……子爵領の運営は順調だし領民の支持も厚いからな」
死なれちゃ困るのは教会とアルバトロスだけじゃない、とクレイグが続けて言った。子爵領の運営は代官さまが優秀なことと、私の知名度が高くなったことで移住者が増え税収も上がっている。クレイグは家宰さまの下に就いているので、領地運営と子爵家の財政状況を知っている。だからこその言葉なのだと彼の顔を見る。
「ありがとう、クレイグ」
珍しく真面目な彼の言葉に片眉を上げながらお礼を告げた。そうしてクレイグはふっと笑って立ち上がって、お皿に手を伸ばす。
「ばーか、んな顔すんな。うわ、甘っ。――そんじゃあ、ごっそうさん。仕事に戻るわ」
チョコレートを一枚手に取って口に運ぶなり、目を細めて微妙な表情を浮かべた。どうやら食べたチョコレートが凄く甘かったようだ。
片手を上げて部屋を出て行くクレイグの背を見送るれば、サフィールもジークもリンも彼らしいと笑っている。私は真面目な空気を誤魔化すように『食べよう』とみんなに勧めて、お皿に手を伸ばしてチョコレートを一枚口に含んだ。
「……甘い!」
凄く甘い。あ、いや、甘ったるいと言えば良いだろうか。クレイグがさっき顔を顰めながら甘いと言った理由を今理解した。なんだろう、凄くお砂糖が入ってて甘すぎる感じだ。
記憶の中にあるチョコレートの甘さの比ではない。共和国ではこんな味のチョコレートが好まれているのかと三人の顔を見る。
「甘い、ね」
リンが微妙な顔で味を教えてくれる。
「これは……甘いね。ジーク、大丈夫?」
サフィールが甘いものが駄目なジークへ視線を向け、私もリンも彼に視線を向けた。
「………………」
ジークは普段あまり表情を変えないけれど、今の彼の顔は『無』という言葉がぴったりだった。どうして甘いものが苦手なのに手を出したのか不思議だが……チョコレートの知識が薄いことと、私が食べようと勧めたことで口にせざるを得なかったのか。
「顔が死んでるよ、ジーク……」
想像を超えた甘さに、彼の中に流れる時間が止まっているようだ。
「兄さん、なんで食べたの」
甘い物が駄目なことを知っている妹が兄に微妙な視線を向けて、サフィールがジークの前に置かれていた紅茶を差し出す。
「ジーク、ほら、紅茶飲んで。少しは口の中マシになるはずだよ」
サフィールの言葉に反応したジークがゆっくりと紅茶に腕を伸ばして、ティーカップに口を付け中身を一気に飲み干した。
「……想像を絶する甘さだった」
少し青い顔をしたジークに苦笑いを浮かべ、私でも甘かったのだから甘い物が苦手な彼には危険な代物だったのだろうと、みんなで笑うのだった。