魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0423:特進科男衆。

 ――学院三年生、最終学期が始まった。

 

 アルバトロス王国の進学校に位置する学び舎だから、三学期であるというのに卒業式まで勉強尽くめではある。この辺りは前世の俺が高校三年生の時、大学受験に必死になっていたことと同じだが、ここまで学校に通っていた記憶はない。

 

 ただ受験がないので心穏やかに過ごせるのは楽だし、就職先が決まってた俺は運が良いのだろう。一年生の時に仲良くなった噂好きの友人は、王都で官僚になるべく頑張っていたが、まだ見つかる気配はないようで頭を抱えている。

 学院の特進科三年生の教室、昼食を終え五限目の授業になるまで各々仲の良い友人の下でお喋りを繰り広げている。俺も彼らに倣い、仲の良い友――友と表現して良いのか微妙だ――と顔を突き合わせていた。

 

 「エーリヒはアルバトロス王国の官僚になるのか。俺は彼女の実家の領地で過ごすから離れてしまうな。せっかく友となれたのに、それもあと三ヶ月で終わりか……」

 

 ギド殿下が寂しいという表情をありありと出して俺に告げた。大柄な男が少し背を丸めている姿は、超大型犬がしょぼくれている姿に凄く似ている。その姿を可愛いとは思わないが、友人と認めてくれたことは素直に嬉しい。

 リーム王国の第三王子殿下の地位に就いている彼が、隣の国の伯爵家三男坊と縁を繋ぐことなどなかっただろうに、こうして言葉に出して惜しんでくれることは有難い。

 

 「ギド殿下。卒業して夏がきたら南の島に遊びに行きましょうと、ミナーヴァ子爵に誘われているではありませんか」

 

 ギド殿下はハイゼンベルグ嬢に婿入りして、リーム王国からアルバトロス王国に生活の基盤を移す。そしてハイゼンベルグ嬢はミナーヴァ子爵の侍女として、卒業後も仕えることが決定しているのだから、彼女の夫が誘われないということはあるまい。

 

 「だが、あの誘われ方だと俺もきちんと数に入っているのか不安だ」

 

 確かにミナーヴァ子爵のお誘いを受けた時、女性陣が中心となっていて野郎は少し外れた位置にいた。でも子爵のことだから、きちんと数に入っているし参加しなければ何気に彼女は気にするはず。

 子爵は一度身内と決めると義理堅い人だし、周りを良く見ているから殿下が不安を抱えていることを見抜いている可能性もある。それに誘われていなくともハイゼンベルグ嬢からお誘いがあるのではないだろうか。

 どこか冷たい印象を受ける公爵令嬢も、真面目で優しい人である。言葉を交わした数は限られるが、アガレス帝国から帰還する時や公爵閣下の命を受けて戻った時には『大丈夫か?』『祖父が迷惑を掛けてすまない』と短いものであるが、俺に気を配ってくれたのだから。

 

 「大丈夫ですよ。それに学院を卒業したら会えなくなる、なんてことはないでしょうし」

 

 ミナーヴァ子爵は俺たちが離れてしまうことを考えて、南の島に誘ってくれたのだろうか。彼女のことだから気楽に考えて物を言った可能性があるけれど……貴族女性が南の島に行けば日焼けするのは大問題だし、なにも考えていなかった可能性が高いな。でも、まあ、以前は海で泳げなかったので少々後悔しているので有難い話である。

 

 「エーリヒが言うなら安心できる。まだ気が早いが、夏を楽しみたいものだな」

 

 「ええ」

 

 ギド殿下がにっと笑い、俺も笑みを返すと盛大に溜息を吐いたもう一人の友人がいた。

 

 「お前ら二人は良いな……俺はセレスティアの鉄扇の暴力に耐えなきゃならん」

 

 「む、それはマルクスがきちんと振舞えば良いだけの話だろう。ヴァイセンベルク嬢がマルクスに告げる言葉はなにも間違ってはいないぞ」

 

 マルクスの言葉にギド殿下が片眉を上げながら苦言を呈す。一年の建国祭が終わった頃、彼は彼女から鉄扇攻撃を一番受けていた時期である。徐々に回数は減っているものの、マルクスの根っこの部分が変わらないために、今でも時折教室内に快音が響く。子爵曰く、夫婦漫才が始まったと言うがアレは単純に調教に近いものと俺は考えている。

 

 「そうだが……やり過ぎじゃねえか?」

 

 「マルクスが改めれば良いだけだ。卒業して騎士より位の高い近衛に入るなら、言葉使いと態度は十分に気を払わねばならぬし、周りをきちんと見なければならないぞ。まあ、俺の言葉に信用はないかもしれないが」

 

 ギド殿下は一年生の二学期に盛大にやらかしている――演技だったが――から、人のことを悪く言えないと苦笑いを浮かべた。でも、間違ってはいないし、マルクスも腹を決めなければならない時期にきていることは分かっているはず。

 

 「分かっている」

 

 マルクスがむすっとした表情になる。まあ、男の子だから周りとは違うと反発したくなる気持ちも理解できる。

 

 「なら、何故、実行しない?」

 

 「それは……まだ学院生だから」

 

 ギド殿下もマルクスも騎士となるべく育てられたからか、立ち居振る舞いが似ている所がある。なにか違うところを探すとすれば、王族と貴族ということだろうか。

 凄く単純であるが、持って生まれた環境の違いは覚悟の違いに直結している気がするのだ。なにか、真面目な兄と駄目な弟の会話のようだと、微笑ましく見守ることにした。

 

 「甘えだな、マルクス。もしかしてヴァイセンベルク嬢に構って欲しいのか?」

 

 殿下がふと気付いたのか、思ったことをそのまま声にした。ああ、確かにそれなら納得できると俺も小さく頷く。いつも、いつも自分から鉄扇を貰いに行くような態度だし不思議だったのだが、今の言葉で腑に落ちた。

 

 「なっ……ち、違うっ!!」

 

 顔を一瞬で真っ赤にしたマルクスが俺たちに抗議する。割と大きな声だったので教室のみんなが俺たちに顔を向けたので、騒がせて申し訳ないと小さく視線を下げれば直ぐに興味は引いたようだ。

 憎まれ口を叩いているが、幼い頃から付き合いがあったのだし思いが成就して良かった。ただヴァイセンベルク嬢は政略婚としか見ていないから、マルクスの思いが伝わる未来があるのか心配になってくる。

 

 「マルクス、己の気持ちは言葉と態度で伝えなければ相手に届くことはない。気付いて欲しいからと言って、悪態であれば負の感情が生まれてしまう。完全に嫌われる前に改めた方が良い。友が悲しい顔をしている所を俺は見たくないから忠告しておく」

 

 「…………」

 

 「図星のようだな。染みついた癖を直すには時間が掛かるだろう。でも理解できたなら、悪いようにはならんさ。俺たちも手伝うから、マルクスは前を向け」

 

 にっと笑うギド殿下。どうして一年生の頃に彼のような者がマルクスの側にいなかったのだろう。そうすればマルクスはもっと早く気付いて、ヴァイセンベルク嬢とも、騎士になる過程の距離も近くなっていたのではないだろうか。

 

 「……すまん」

 

 「気にするな」

 

 手を伸ばしたギド殿下がマルクスの肩を軽く叩く。あれ、俺も巻き込まれていないかと首を傾げるが、ギド殿下もマルクスも悪い人間ではない。これから長く関係が続いていくなら良いのだろうと、照れ臭そうなマルクスの顔を見て俺も小さく頷いた。

 

 「しかし俺とマルクスに婚約者はいるが、エーリヒはいないだろう。誰か良き人はいないのか?」

 

 ギド殿下、話があっちこっちに飛び過ぎではないでしょうか。他人のことよりご自身のことを気にしてくださいと言いたいが、目の前の大柄な男は割と順調な道を歩んでいる。

 

 「そういえばエーリヒに相手はいねえな。メンガー伯爵は縁談を持ってこないのか?」

 

 片方の肩を上げたマルクスが不思議そうな顔になった。そうして大柄な男の二人分の視線が俺に刺さる。

 

 「アガレスの件以降、縁談の話はきていますが……」

 

 嘘を吐いても仕方ないし、貴族の身の振り方を考えたり相談するなら、ギド殿下とマルクスならば適任か。ミナーヴァ子爵に同じことを相談すれば、彼女の一声でとんとん拍子で話が決まってしまいそうだ。

 

 「俺は伯爵家の三男で、家督は兄が継ぎます。仮の話ですが、長兄になにかあったとしても次兄がいます」

 

 俺がメンガー伯爵家を継ぐことはないだろう。もう就職先も決まっていると父にも告げてある。ハイゼンベルグ公爵閣下の差配と知り口を出す気はないようだ。兄たちにも話を通して問題ないと判断を仰いでいるし、お互いになにかあれば協力し合おうとなった。

 

 「だが、名声は兄上二人よりエーリヒの方が高いだろう。伯爵殿から良き相手を紹介されてもおかしくはない」

 

 確かに。親父は爵位の高い家と縁を繋げられないかと機会を伺っている気配がする。法衣の爵位を賜ることになっているから、お金の心配は必要ないのだが爵位が違い過ぎると生活感が全く違う。

 親父は大丈夫かと心配になるが、今の所縁談を持ちかけられてはいない。機会があるのなら卒業前後であろうと踏んでいるので、それまでに逃げ道を作っておかないと危ない気がするので、公爵閣下に父親が暴走しかねないと相談しているから大丈夫なはず。

 

 「貴族としての命令であれば受けますが、正直それで幸せな家庭を築き上げられるのか不安です」

 

 幼い頃から結ばれていたならば、情が湧き愛も生まれるのかもしれない。ただ今からとなると家と家との関係や周囲の思惑が頭に浮かんで、相手のことを慈しむことができるのか不安である。前の記憶がある所為か、おっさんであろう俺と結婚する相手に申し訳ない気持ちもあった。

 それに女々しいと言われるかもしれないが、結婚するなら幸せな家庭を築いて子供を儲け、年齢を重ね穏やかな晩年を過ごしたい。

 

 「俺やマルクスとは立場が違うから、エーリヒがそう考えても致し方ないのか」

 

 ふう、と軽く息を吐く殿下に苦笑いを浮かべる。俺の未来はどうなるのだろう、と教室へ視線を向けるとフィーネさまと視線が合う。へらりと笑う彼女に小さく頭を下げた。

 

 「!」

 

 「?」

 

 丁度、五限目の授業が始まる予鈴が鳴って男三人組は自席へと歩いて行くのだった。

 

 ◇

 

 ――好き、なのだろうか。私の胸にある温かな気持ちと、落ち着かない気持ちは。

 

 アルバトロス王国に留学して随分と月日が経ち三年生三学期を迎えて、もう直ぐ留学も終わろうとしている。ナイさまとメンガーさまと一緒に過ごせる時間がどんどん少なくなっていることに寂しさを覚えていた。

 お二人は『いつでも会えます』『またアルバトロスにきて下さい』と言っているけれど、聖王国に戻ればまた、大聖女として教会で大陸中から集まった信者さんとのお話や、治癒院に参加して忙しい日々が始まるのだろう。

 

 アルバトロス城の来賓室で、用意された紅茶を一口飲み乾いた喉を潤した。

 

 「フィーネお姉さま?」

 

 「どうしたの、アリサ」

 

 アリサが私に声を掛けた。はっと顔を上げて彼女に言葉を返したけれど、心配そうな表情で私を見ている。彼女は随分と落ち着いた。アルバトロス王国の聖女さま方とナイさまの実力を認められたことは大きかったのだろう。アルバトロスの教会に赴いて、治癒魔術について勉強をし直したり治癒院に参加して、術の腕前を随分と上げていた。

 

 私も負けていられないので、彼女と一緒にアルバトロスの教会の治癒院に参加させて頂いたこともある。いろいろと取り入れるべき部分を見つけたし、新しい教皇猊下に治癒代を寄付として払って頂こうと進言して聖王国で取り入れるべきか協議中だ。

 

 「いえ、浮かない顔をしておりましたので、お声掛けを」

 

 「ごめんなさい、考えごとをしていたの。アルバトロス王国で過ごす時間も僅かなのねって」

 

 嘘を吐いても誤魔化しても仕方ないと素直に伝える。とはいえ表層の部分のみで、ナイさまとメンガーさまと別れることが寂しいとは口が裂けても言えなかった。

 

 「そうですね。聖王国に戻る時間が近づいていますから。こちらで学んだことを教会で発揮できると良いのですが……」

 

 「アリサ?」

 

 彼女にしては珍しい表情だ。いつも自信に満ち溢れ明るい顔をしているというのに、一体どうしたのだろう。

 

 「少し不安です。アルバトロス王国の聖女さまは、討伐遠征に参加して実地を踏んでおられ、怪我の具合の判断が早いのですが、私には即座に判断する力がまだ備わっておりません」

 

 なるほど。真面目に学んだからこその悩みが湧いてしまったようだ。猪突猛進なところがあるので周りを見る目が養われたことは良いのだろう。

 勢いが彼女の売りの部分もあるので少し寂しい気もするが、聖王国に戻れば成人し大人の仲間入りとなる。悩みを抱えるのは悪いことではない。答えを導き出せたなら、きっと彼女の中で大きな糧となり得えよう。 

 

 「でもアリサは大勢の方を一度に治癒を施すことができるでしょう。自信、あったのではなくて?」

 

 ふふ、と笑みを浮かべて彼女の顔を見る。片眉を上げたアリサは苦笑いを浮かべて、私にこう言った。

 

 「自信はありました。聖王国では多くの方に治癒を一度で施せる方は私以外に見たことがありませんでした。でもアルバトロス王国では魔力量さえ気にしなければ、大体の聖女さまが術を行使できると神父さまが教えてくださったのです」

 

 生意気を言っていた頃の自分が凄く恥ずかしい、と言葉を付け足す。

 

 「そうね。前のアリサより今のアリサの方が落ち着いているし、周りを良くみることができている。私が特進科の教室でアルバトロスの方々と話していても、口を出さなくなったのは凄く進歩した所だわ」

 

 留学したばかりの頃であれば誰彼構わず噛みついていた彼女が、今では私の少し後ろで控えて話を聞いているだけである。そして不味い方向へ話が流れていくと、さりげなく用事があるように装って声を掛けてくれ話を切り上げることができていた。

 

 本当に彼女は成長したと手放しで褒めてあげたいくらいだ。私に褒められたのが恥ずかしいのか、嬉しいのか、顔を赤く染めて『お姉さま……』と熱い視線を向けてくる。

 思春期特有の憧れによって、私に向ける感情が明後日の方向にいっているだけだと放っておいた。同性愛は厳しく糾弾されるから、彼女の中に特別な気持ちがあったとしても隠し通すだろう。でもそろそろ、きちんと向き合うべき時期にきているし、彼女自身にも問題が降り掛かるのだから、先達として正しい方向へ導かないと。

 

 「アリサ、聖王国に戻ればお見合いを受けるようになるのでしょう?」

 

 聖王国における女性の婚姻適齢期は二十歳前後である。貴族家出身であれば、平民の方々より早く嫁入りか婿を取ることになっている。もちろん家の状況にもよるけれど、聖女であれば引手数多で相手先の紹介も多い。聖女であることは嫁入り先に困ららず、玉の輿を狙っている家では相手を真剣に選び子供に紹介する。

 

 「はい。父も教会も相手を探すと仰ってくださいますが……お姉さまもでは?」

 

 「へ?」

 

 彼女の言葉に私の目が丸くなる。言われてみれば、私も聖王国に戻れば大聖女としてお相手を探すことになるのだった。先々代の教皇さまにも両親にも、そして現教皇さまにも大聖女の相手にふさわしい人物を探してみせると息巻いていた。アルバトロス王国での生活が楽しくてすっかり忘れていたことを、アリサの言葉で記憶の奥から引っ張りだされた。

 

 「フィーネお姉さまの実績を鑑みれば、聖王国で将来有望な殿方がお相手に選ばれるのでしょうね! 私は、私がお姉さまのお側にいることを許してくださり、普通の経済力と普通の容姿を持ち合わせた男性であれば特に気になりませんから」

 

 いや、気にしよう。聖王国で聖女を担っているから生活には困らないが、うら若き乙女が普通の容姿と経済力があればそれで良いなんて悲しいじゃない。

 

 アリサは可愛いのだから、格好良い男性を望めるし、聖女だからそれなりの地位にいる方を選べる立場を得ているのに。でも、生粋の貴族のご令嬢として育てられた影響なのだろう。私にはアリサのように、経済力と容姿が普通であれば良いだなんて割り切れない。

 やはり好きな人と添い遂げるのが一番の幸せだし、そんな人と一緒にいられるのならば不幸になっても構わないと思えるほどの深い情を育んでみたい……なんて考えるのは夢を見すぎなのだろうか。

 

 「猊下も先々代の教皇さまも他の方々も、大聖女であるお姉さまの伴侶に相応しい方をお探しになるのでしょう!」

 

 アリサは手を胸の辺りに添えて、ぐっと力を入れ握り込んだ。私の相応しいお相手ってどんな方になるのだろう。聖王国が崩壊一歩手前になった二年前の件で、随分と金満貴族は粛清されている。

 

 そんな家のご令息が私の相手に選ばれないことは安心できるけれど、貴族の政略的結婚に抵抗がある。だから先延ばしにして頂いていた所もあった。恋愛婚をしたいと聖王国上層部の皆さまには伝えてある。

 たからタイムリミットを設けられ、二十五歳までお相手が見つけられなければお見合いをすることになっている。そして婚約者候補の中から興味のある男性と会食でもしてみては、という話も出ている。紹介状を見させて頂き、どの方も身分も顔も経歴も申し分のない方ばかりだった。でもビビッとくる方はいらっしゃらず、会食も未定のまま。

 

 「待ってアリサ。盛り上がっているけれど、私の気持ちはどうなるの?」

 

 私の相手を頭の中で想像しているアリサに待ったをかける。

 

 「え、あ……申し訳ありません、一人で勝手に舞い上がってしまいました。でも、お姉さまのお相手はどんな方なのか凄く気になります」

 

 「私もアリサがどんな殿方と婚姻を果たすのか興味があるわ」

 

 暴走癖のある彼女を御せる男性って貴重なのでは、と失礼なことを考えてしまった。アリサはまだ若いから、あと二年か三年もすれば年相応の落ち着きを見せるだろう。

 ゲームのヒロインだから可愛いのは間違いないし、根は素直な子だから男性にも受け入れ易いはず。私に対して重い感情を抱いているけれど、それも時間と共に薄くなっていくだろう。

 

 「お姉さま、一つお聞きしても良いですか?」

 

 「どうしたの?」

 

 アリサがはっとしたような顔になり、私に問いかけたので先を促した。

 

 「特進科のメンガーさま……お姉さまが気になっている男性なのでしょうか?」

 

 彼女の言葉にどきん、と大きな鼓動が響き心臓が早鐘のように鳴り続ける。忙しなく動き始めた心臓によって、頭に血が昇ったのか顔がやたらと熱くなるのを感じ取った。

 

 「なっ! なにを言うの、アリサ! き、気になってなんか、ないわ!!」

 

 がたりと椅子から立ち上がって、したり顔のアリサを見る。確かに学院の教室でメンガーさまを見ると、胸が温かくなって今日も一日頑張ろうという気力が湧いてくる。

 彼とお話ができた日の夜は、何度も頭の中で会話を反芻して眠れない。これが恋だというのなら、なんて甘酸っぱいのだろう。前世で気になる人はいたものの、メンガーさまに向ける気持ちの方がはっきりしている気がする。

 

 「お姉さま、分かり易すぎます。でも聖王国とアルバトロス王国の関係を考えれば、悪くないお相手なのではないでしょうか?」

 

 政治の話になって、熱かった顔は急激に冷めてしまった。

 

 「メンガーさまは、ハイゼンベルグ公爵閣下とアルバトロス上層部の方々が重用されております。私なんて……候補にすら上がりませんし、そもそも私は聖王国の大聖女だから……」

 

 聖痕が消えない限り、大聖女の座を退くことはできないのである。私のお臍の下にある複雑な紋様は薄くなることもない。

 

 「なら大聖女の座を辞せば大丈夫ですね。好きな方との接吻で聖痕は消えると噂で耳にしましたよ」

 

 本当なのでしょうか、とアリサが首を傾げた。そして私の記憶がぱっと蘇る。ゲームの中で主人公の友人ポジであるフィーネについて多くを語られることはなかったが、そんな一文を読んだ記憶があった気がする。いや、確かに読んだ。

 

 「…………忘れてた」

 

 私の声が聞こえなかったのか、アリサは不思議そうに首を傾げた。

 

 「でも、好きな人とのキ、キキ、キキキ……ちゅうってどういうことなの…………!!」

 

 政略婚が当たり前な世界で好きな人とのちゅうって難易度が難し過ぎではないだろうか。そして好きではない方と添い遂げれば、一生聖痕は消えることがないという事実に頭を抱えるのだった。




 キスと言えないフィーネさま。
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