魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0433:ご紹介。

 翌朝。――警戒されているなあ。

 

 女の子の姿を見て、まるでハリネズミのようだと苦笑いになる。赤子は少しざわついている子爵邸の玄関前ですやすやと眠っており、肝が据わっているなあと感心していた。ホールでみんなに彼女たちを紹介しなければ、と屋敷の中に入ろうとして大事なことを思い出す。

 

 「あ、そうだ。もう一度自己紹介するね。ナイ・ミナーヴァです。説明を受けていると聞いたけれど、ミナーヴァ子爵家の当主を務めております。貴女の名前を教えてください」

 

 私はまた名乗りを上げる。C国で自己紹介したけれど、少女が名前を教えてくれることはなかった。彼女の名前を知っているけれど、出来ればきちんと名乗ってから私も彼女の名を呼びたい。

 子爵邸で働く方々が固唾を飲んで見守っている。少女の態度次第で、彼らも彼女との付き合い方を考えなければならず『名乗って!』『生い立ちを考えれば仕方ないが、状況を受け入れろ』と言いたいのだろう。

 

 「…………アンファン……。先生が付けてくれた」

 

 「そっか。貴族の家だから、守らないといけないことが多いけれど、慣れると過ごしやすいはずだよ。邸で働く人たちにアンファンと赤ちゃんのこと紹介するね」

 

 むすっとした顔のままアンファンは名乗ってくれた。少し関係が前進したけれど、彼女の姿を見た周りの皆さまが『ひっ!』と声を飲む。おそらく彼女が私に対して敬語を使っていないことに、内心冷や汗を掻いているのだろう。

 立場の教育はもう少し先だし、家宰さまにお願いして簡単な教育を受けられるようにしなければ。一通りの教育を終えれば、子爵邸で働きつつ彼女にやりたいことができたならば、進みたい道に進めば良い。

 

 ご機嫌な副団長さまとお婆さまとエルたち家族がやってきて、エルとジョセとルカとジアがこちらへ歩いてきた。エルがアンファンと私を見て目を細めながら口を開く。

 

 『ご挨拶をさせて頂いても宜しいでしょうか?』

 

 「うん。お願いします」

 

 許可を得れば、エルとジョセが二頭並んでアンファンの前に立つ。驚かれないようにゆっくりと視線を合わせて、いつものように天馬のガブリエルとジョセフィーヌと名乗り、後ろで変顔を披露している息子と落ち着き払ってこちらを見ている娘も紹介している。

 アンファンは天馬さまの存在を知らず、目を白黒させていた。翼が生えた喋る馬は珍しいようで、カチコチに固まった。

 

 『驚かせてしまいました……』

 

 『申し訳ないことを。今はまだ周りの皆さまが怖いのかもしれませんが、私たちは貴女と仲良くしたいのです。それだけは覚えていてくださいね』

 

 エルとジョセが少し気落ちし、変顔を披露していたルカが鳴りを潜め、ジアは隣のお兄ちゃんになにをしているのやらと呆れている。ではまた、と言って去っていくエルたち一家に後でフォローを入れようと、クロの顔を見ると確りと頷いてくれる。

 

 「中に入ろう。お婆さまと副団長さまはどう致しますか?」

 

 「僕もお屋敷の中に入れて頂けると。産まれた仔たちの状態を見届けたいですし」

 

 『私は戻るわね~代表たちに魔術師の魂がどうなったか教えなきゃ!』

 

 副団長さまもお婆さまも自由気ままである。分かりましたと返事をすると、お婆さまはぱっと光って消えた。またアンファンが目を白黒させながら硬直して口をはくはくさせている姿に、子爵邸の皆さま一同『そうなるよな』『そうなりますよね』という顔をしている。

 私は解せないけれど、いつの間にか不可思議生物が増えていたのだから仕方ない。というか、天馬さまと妖精さんで驚いているけれど、玄関を抜け中に入ったら彼女はどうなってしまうのか。少し心配になりつつ慣れて頂くしかないので、腹を括って歩を進めた。

 

 「以前に通達しておりますが、今日から子爵邸に新たな仲間として加わります。特別扱いは求めておりません。自己紹介、できますか?」

 

 こうしてアンファンと赤子を紹介をしている時点で特別扱いである。アガレス帝国の奴隷を引き取ったこともあるけれど、直ぐに託児所の皆さまに預けた。

 今は文字も書け、簡単な計算もできるようになっている。時折、子爵邸の仕事を手伝っているので、この二年で彼らは成長した。春を迎えれば、子爵領へ移り住み田畑を得て仕事を始め自給自足の生活と少しの現金収入で生計を立てる。慣れない野良仕事を担うようになるけれど、領の方々の支援を受けられるので大丈夫だろう。

 

 ――って、今は目の前のことを。アンファンは緊張した様子で、目前に並んでいる大人たちを見ていた。大丈夫、と彼女の背中に手を当てて、半歩前に進ませた。

 

 「アンファン、です。よろしくお願いします」

 

 名前を言い、小さく頭を下げた彼女に安堵する。アンファンは私に対して憤りを抱いているようだ。そうであれば最悪は彼女と私が顔を合わせなければ良いだけ。子爵家で働く方たちは、自分の仕事に誇りを持っているから彼女と揉めたりしないだろう。とりあえず、アンファンは若手の侍女の方に預けて一旦別れることになる。

 

 「では、彼女をお願い致します」

 

 「承知致しました。――さあ、部屋に案内します」

 

 侍女さんに連れられて、一つ頷いたアンファンは私に背を向けて廊下を進んで行き、少し遅れて護衛の男性も歩いて行くのだった。

 

 ◇

 

 長い廊下を進んで行く。わたしの前には女の人が、後ろには男の人が付いている。

 

 きょろきょろと周りを見渡していると、なにかがぱっと光ってぱっと消えた。驚いたわたしはびくっと身体を揺らしてしまう。そうすると前を歩いていた女の人がわたしに振り返り、小さく笑った。

 

 「妖精だよ。このお屋敷には妖精が住んでいるの。最初は驚くけれどじきに慣れるから。他にも沢山驚くかもしれないけれど……慣れるから。うん、慣れは大事だね」

 

 にこりと笑う女の人がなにを考えているのか分からず警戒してしまう。貧民街でわたしに笑みを向ける人はいなかったし、黒髪黒目の子供の前では丁寧な言葉使いだったのにわたしの前では口調を変えていた。きっとなにか裏があると私の服や小物を入れた鞄をぎゅっと抱いて、彼女に視線を合わせた。

 

 「緊張してるかな? 知らない人ばかりだから仕方ないけれど、ご当主さまに失礼な態度を取っちゃ駄目。貴女の事情はみんな知っているから最初はそれで良いかもしれない。でも、今のままの君だと周りの人たちから反感を買うことになる」

 

 そんなの言われなくても分かっている。今のままじゃ駄目だって。でも、あの子供は先生を殺したんだ。だからわたしを保護するというなら、子供を利用すると決めた。貧民街の大人たちのようにへらへら笑って、お金持ちの子供に媚びを売るなんてできない。

 

 以前、お金持ちの子供が貧民街に住んでいた人たちに『犬のように媚びを売れ! 僕を満足させることができれば金をやる!』と、護衛を連れてやってきた。大人たちはお金をくれる、という一言で目の色を変え、良い服を着た子供にへこへこしてお金を貰っていた。わたしは物陰で様子を見ながら、あんなみっともないことはできないと場を去った。

 

 あの時見た大人たちのように振舞えない。

 

 これからわたしはこの家で過ごすことになっている。勉強を受けつつ、子供たちの世話や簡単な仕事に従事するって教えて貰った。赤ちゃんは大人の人が責任を持って育てると聞いている。先生の子供を取られてしまった。先生がわたしに赤ちゃんを任せてくれたのに……。

 

 「ここが君の部屋だよ。最低限の必要な物はご当主さまが用意してくださっているわ。もし足りない物があれば、こちらで用意するから教えてね」

 

 開かれた扉の前に立つ。中にはベッドと机と衣装箪笥が置かれていた。先生が取っていた宿の部屋より狭いし、飾り気のない部屋だ。入って、と促されたわたしは部屋の中へと足を進める。

 

 「さて、お屋敷で過ごす注意事項を伝えるね。二階はご当主さまたちが生活なさっているから、上がっちゃ駄目だよ。――」

 

 他にも一階にも立ち入り禁止の場所があって、食堂と来賓室とサロンには入ったら駄目と教えられる。図書室は本来入れる場所ではないけれど、子供の厚意で開放されているのだとか。わたしには、この家のどこにどの部屋があるのか分からず首を傾げていると、女の人が後で案内すると笑って教えてくれた。

 

 「場所を覚えるのは大変だし、他の貴族家と違う施設があるから、子爵邸が一般的な貴族家と同じと思わないでね……?」

 

 苦笑を浮かべた女の人が荷物をベッドの上に置いてと指示を出し、わたしの背を押して部屋の外に出た。廊下を歩いて、食堂――子供が使う食堂とは別の場所――とお手洗い場に生活に必要な場所を一通り教えてくれる。そうして庭に出ようとした際、黒い猫が目の前を横切り、何故かくるりと身体を返してわたしたちの前で止まる。

 

 『なんだ、新人か?』

 

 機嫌良さそうにゆらゆらと揺れる尻尾は三本生えていた。え、普通の猫は尻尾は一本だ。初めて、尻尾が三本も生えている猫を見た。

 

 「あ、お猫さま。はい、新しく子爵邸に入った子です。ご当主さまから聞いていませんか?」

 

 『最近、上階は危険が一杯なのだ! ペロペロと我を舐めるのは嫌なのだ! だからあ奴とはなかなか喋っておらん。ちと、寂しい……美味しい焼き魚を強請れない!!』

 

 ゆらゆらと揺れていた尻尾が力なく床に垂れるし、猫の顔も下へと向いた。

 

 「あ……そうでした。お猫さまが美味しいお魚を食べたいと仰っていたこと、ご当主さまにお伝えしておきますね」

 

 『本当か!?』

 

 女の人が猫に声を掛けると、黒い猫はぱっと顔を上げて尻尾が三本ピンと上に伸びた。

 

 「はい、本当です」

 

 『すまんの。礼に我を撫でても良いぞ!』

 

 「お仕事中なので、後でも良いですか?」

 

 『もちろんだ! あとで部屋による! ではな!!』

 

 ふふん、と顔を上げた黒い猫が、てててと歩いて去っていく。あれ、猫って喋れたっけ……にゃあと鳴くのが普通だった気がする。

 

 「託児所に行こうね」

 

 嬉しそうに笑った女の人の後について行き、別館の前に立つ。こちらも立ち入りは禁止だそうで、名のあるセイジョさまが暮らしているのだとか。

 セイジョってなんだろうと首を傾げていると、いずれ分るよと女の人が笑っている。そうしてまた別の建屋の中に入り、とある部屋に赴いた。扉を開けるなり、わらわらとわたしより小さな子供と同じくらいの年齢の子が笑顔を浮かべてやってくる。奥には背の高い男の人が、優しく笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

 「お姉ちゃん、遊ぼう!」

 

 「遊ぼう!!」

 

 子供に手を引かれて中に入れば、訳の分からないまま遊びの輪の中に入っていた。

 

 「サフィールさん、後はお願いします」

 

 「はい。任せてください」

 

 私を案内してくれた女の人と部屋にいた男の人がやり取りをしている声を聞きながら、部屋の子供たちに促されるまま遊びに興じてしまっていた。

 

 ◇

 

 アンファンは託児所で子供たちと遊んでいると報告が入った。私は子爵邸の執務室で家宰さまとジークとリンと赤子のことを相談していた。乳母さんに預けるのはもちろんだが、そろそろ離乳食を始めても良い時期だし、託児所の子供たちと過ごしても良いだろう。でも、真っ先に決めなければいけないことがあった。

 

 ――名前、どうしよう……。

 

 保護した赤子には名前が付けられていなかった。生んだ責任を最低限でも果たしておけと言いたくなるが、私も名前を付けられてはおらず自分で付けていたことを思い出す。そういえば前世でもぽいっと施設の前に捨てられており、名前は役所が与えたものだと聞いたような記憶が残っていた。

 

 流石に私と同じ思いはさせたくないなあと、籠の中できょろきょろと顔を動かしている赤子に視線を向ける。

 

 「…………私が子供の名を付けるのか」

 

 どう考えても私以外いないけれど、自然に口から言葉が漏れていた。

 

 「それはもちろんでしょう。ご当主さまと血が繋がっておられるようですし、赤子を養子として迎えればミナーヴァ子爵位の継承権第一位となりますよ。現状では、ですが」

 

 家宰さまが私が漏らした声に答えてくれる。ソフィーアさまとセレスティアさまは今日はお休みで、王都のそれぞれのお屋敷でゆっくり過ごしているはずだ。

 お二人が不在なので家宰さまが真っ当なことを仰った。確かに彼女を養子としてミナーヴァ子爵家の籍に入れば、血統的に継承権第一位を持った子になるかも。私の意思次第だが、子爵家を存続させたい場合はアリな選択だろうか。とはいえ赤子が継ぎたくないなら継がなくて良いものだけれど……アルバトロス上層部は私に子を望めなかった場合は苦肉の策として考えていそうである。

 

 「直系がおらず、この子が大人になって子爵家を継ぎたいと言うならば考えますが……今はまだ養子の話も保留でしょうね」

 

 とりあえず、目の前の大きな使命は名前を赤子に授けることである。ヴァナルと雪さん夜さんと華さんの仔たちにも名前が用意されていないのに、先に赤子の名前を決めなければならぬとは。

 意外なところに大きな問題が転がっていたなあと天井を見上げた。……あ、天井の模様が肉まんに見えてきた。食べたいな……アルバトロス王国は蒸し系の食べ物って少ないから、フソウにお饅頭の作り方を聞いて、応用してみようかな。

 細かいことはメンガーさまと料理長さんに聞けば解決しそうだ。あれ、でも学院を卒業したらメンガーさまに頼れなくなる。付き合いは途切れないだろうけれど、顔を合わせる機会は確実に減るなと、妙な方向に思考が走り始めて肉まんを食べたい気持ちを吹っ飛ばす。

 

 「子供が大きくなってから、お決めになさるのですか?」

 

 家宰さまが不思議そうな顔を浮かべながら私に問うた。

 

 「私の考えではそのつもりです。陛下とアルバトロス上層部の方々がどう仰るか次第ではありますが」

 

 今はまだ、アンファンと赤子が健やかに育ってくれればそれで良い。将来の目標は彼女たちが決めるべきものだし、私は先達として道を示すのみである。

 

 「そうですか。しかれど、赤子の名前を決めなければなりませんね。いつまでも赤子や子供と呼ぶわけにはなりませんし、アルバトロス王国の籍にも登録も済ませないと」

 

 「…………」

 

 「難しく考えなくても良いのでは? 貴族の皆さまは割と適当に決めていますよ」

 

 家宰さまが苦笑しながら教えてくれた。占領した土地の名前とか、先代の名前を引き継いだり、親戚の仲の良い相手の名前を付けたりするそうで、割とさっくり決まるらしい。名前辞典を参考にするのもアリだけれど、私がちゃんと考えた方が良いのだろうか。

 

 「二、三日考えさせてください。それまでには決めますので……」

 

 「承知致しました。さて、溜まっている仕事を片付けましょう」

 

 にこやかに笑った家宰さまは、机の上にどん! と書類を置いた。大方、決裁の確認なのでサインを入れて終わりだけれど、これが結構大変である。

 内容を確認してサインを書き込み、必要ならば封蝋で子爵家の紋章を施す。何度も繰り返すこと暫く、溜まっていた書類が片付いた。これだけの作業で済んでいるのは家宰さまとクレイグのお陰である。お疲れさまでした、と声を掛け合い赤子が入っている籠を抱えて執務室を後にした。通りすがりの侍女さんや下働きの方に挨拶をしながら自室を目指す。

 

 「ただいまー」

 

 自室に入ると、恒例になってきた私の『ただいま』の言葉で産室から五頭の仔たちが一斉に駆けてきた。くるくると私の周りを駆けて満足すれば、抱えている籠に気付いて床にお尻を付け顔を伸ばして鼻をくんかくんかと鳴らしている。

 今の五頭の仔たちなら赤子を見せても大丈夫だろうと、膝を折り籠の中で大人しくしている赤子をゆっくりと床に置いた。遅れて合流したヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも、興味深そうに籠の中を覗き込む。

 

 「?」

 

 赤子は目を開いてみんなを認識しているけれど、どうにも感情が薄いようで反応が鈍い気がする。子育てをしたことはないし、頭の中にある雑な知識しかないけれど、笑ったり怖がって泣いたりするのではないだろうか。

 お腹空いた、おむつが気持ち悪いと訴えて泣くこともないし、問題が浮き彫りになっていく。五頭の仔たちは黄色ちゃんが代表して、赤子の頬をぺろりと舐めた。

 

 「!?」

 

 肌に伝わる黄色ちゃんの舌の感触が初めてのもので、ぴゃっと赤子が目を見開いた。感情は死んでいないようだから、刺激を加えてあげれば月齢通りの成長を見せてくれるだろうと安堵する。

 

 『小さい。主の匂いと似てる?』

 

 こてんと首を傾げるヴァナルの頭の上に、私の影から出てきたロゼさんが乗った。ヴァナルは特に気にした様子はないし、ロゼさんも当たり前のように頭の上に乗っている。

 良く落ちないな、と感心しながらヴァナルと視線を合わせた。クロも興味を持ったらしく赤子を匂っているけれど、ヴァナルほど鼻が良くないので目を細めながら『分からないや』と首を振る。

 

 「血は半分繋がっているはずだけれど、匂いまで似てるの?」

 

 『なんとなく、だけど』

 

 ヴァナルが床に伏せて、赤子の顔を覗き見る。その横で三つの顔を並べた雪さんたちも赤子に視線を向けて、尻尾をぶんぶん振っていた。

 

 『可愛いですねえ』

 

 『黒髪黒目の人の子は初めて見ました』

 

 『元気に育って欲しいものです』

 

 雪さんたちも赤子に向ける思いは一緒のようで有難い。丁度、毛玉ちゃんたちもいるから、一緒に元気に大きくなってくれると嬉しい。

 外にはエルたち家族もいるうえに、子爵邸で働く人たちの子供とも触れ合える。情緒を育むには、誰かとお話したり遊んだりすることが一番だから、四ヶ月ほどマトモに人と触れ合えなかった分を取り返して欲しい。

 

 「毛玉ちゃんたちと一緒に成長していって欲しいよねえ……って、そろそろこの仔たちの名前も決めないと、赤色ちゃんとか白色ちゃんで定着しそう……」

 

 私が赤色ちゃんとか白色ちゃんと呼ぶと、尻尾で反応を返してくれたり、片方の耳を倒してくれたり、顔を傾げてくれている。流石に不味い時期に差し掛かっている気がして、雪さんたちに名前の件を振ってみた。

 

 『あの子たちは真剣に悩んでいるようですから』

 

 『そろそろ催促しても良さそうですね』

 

 『候補の名はいくつか上がっているでしょう』

 

 流石に私が催促すると失礼なので、雪さんたちの名前を借りて手紙を記すことになった。手紙さえ届けば、毛玉ちゃんたちの名前は直ぐに決まるかなと安堵していると、仕事を抜け出したクレイグとサフィールが私の部屋にやってきた。

 部屋に入ってきた人を察知して、毛玉ちゃんたちが突撃していく。侍女さんたちにも同じ行動を取る上に、お座りして顔を見上げる姿は心に迫るものがあるらしい。どこぞのご令嬢さまではないが『うっ』と短く言葉を吐きながら仕事に従事している。モフりたいけれど仕事中だし我慢しているようだ。もう直ぐ、二階から一階に行動範囲を広げるので、子爵邸で働く方々も毛玉ちゃんたちと触れ合える。

 

 「お疲れさん」

 

 「お疲れさま。わ、流石にまだ小さいね……可愛いなあ」

 

 クレイグとサフィールが部屋の中に足を進め、私たちの隣に腰を下ろした。籠の中を覗くとサフィールが小さく微笑んで、手を伸ばし赤子の頬に触れている。サフィールに抱いても良いかと問われて小さく頷けば、慣れた手つきで赤子を抱き上げた。男の人の腕の中だと、小ささが増すなあと微笑ましい光景だった。

 

 「名前、どうするんだ?」

 

 クレイグに黄色ちゃんが『遊んでー』とじゃれついているけれど、太い前脚を両手で持って膝上に乗せた。黄色ちゃんは遊んでくれないと気付いて、クレイグの膝上で不貞寝を始める。

 黄色ちゃんの様子を見て、赤色ちゃんと白色ちゃんもクレイグの膝上に乗ろうとするけれど、先に乗った毛玉ちゃんが占領していて諦めてジークとリンの膝上に乗った。ちょっと羨ましいと嫉妬しつつ、クレイグと視線を合わせる。

 

 「家宰さまには二、三日待って欲しいって伝えたけれど、候補は頭の中に浮かんでるんだ」

 

 血が繋がっているならば、と考えた名前が一つある。ただアルバトロス王国では聞きなれない名前だし、どうしようか迷うところだ。変な名前と言われかねないし、DQNネームと捉えられても仕方ない。

 

 「聞いても良いか?」

 

 クレイグが膝の上の黄色ちゃんを撫でながら問うた。

 

 「ユウって名前はどうかなーって」

 

 「聞きなれない、変な名前だな」

 

 やはりか。

 

 「私の名前と逆の意味だからね。元いた国の言葉で、名前として使われることもあるよ」

 

 みんなに私の名前の由来を初めて伝えた。私の『ナイ』という名前は貧民街に生まれて、親もお金も地位も名前もなにも無いという皮肉を込めて付けたこと。元の子供を乗っ取ってしまった無責任な人間だという意味もあることも。

 

 「だから『無い』じゃなくて『有』って名前も良いかなって。皮肉で付けた名前を覆して欲しいなーって考えてる」

 

 赤子に名前の由来を語る日はくるのだろうか。そんなものを押し付けるなと、成長した赤子に怒られることもあるかもしれない。でも、ただ……貧民街で過ごしたような苦労は味わって欲しくない。だからこそ、この名が浮かんだとみんなに伝えた。

 

 「…………だぁああああああ! 怒るに怒れねえじゃねえか!!!」

 

 「どうしたの、クレイグ?」

 

 クレイグがいきなり大声を上げるものだから、みんな吃驚しているのだけれど。一体どうしたのだろう。変な話をしたつもりはないし、私なりに真面目に説明したのだが。

 

 「阿呆! お前の名前の由来を聞いて怒らねえわけねえだろうが! 俺らは貧民街でナイに助けて貰ったんだぞ! なんだよ、なにも持ってねえから『ナイ』って名前を付けたって……!!」

 

 ぐぎぎと歯軋りをしながら、なんとも言えない表情を浮かべているクレイグ。サフィールもジークもリンも困った表情で、彼と私のやり取りを眺めている。

 

 「ばーか、ばぁああああか! ナイの馬鹿野郎!」

 

 「え、うん。私が馬鹿なのは知ってる。なんか、ごめん……確かに最初は皮肉で付けたけれど、今は気に入っているよ。みんなが私の名前を呼んでくれるのは嬉しいから」

 

 最初は皮肉で付けた名前でも、自分が認めた人たちが名前を呼んでくれるのは嬉しいし有難い。この世界で生きていても良いんだと実感できる。

 

 「はあ……ナイはもう少し自分のことを思いやれ。あと、お前が考えているより、俺たちはナイのことを大事に思ってる。それだけは忘れるな、ばーーか!」

 

 クレイグの語彙力が地の底に落ちている気もするけれど、正面切って言葉を伝えてくれるのは鈍い私にとっては分かり易くて有難い。

 

 「私もみんなのことは、誰よりもなによりも優先するよ」

 

 「だから、ソレが馬鹿だっつってんの! 確かに俺たちはナイの庇護下にいるが、もう子供じゃねえし一人ででも生きていられるからな! ナイもナイで自分のことを優先しろ! 良いな、ばーーーか!」

 

 クレイグが膝の上の黄色ちゃんを下ろして立ち上がり、どすどす床を歩いて部屋から出て行った。

 

 「……馬鹿なのかなあ、私」

 

 「クレイグが言いたいことはそういう意味じゃないと思うよ。ナイは自分のことを後回しにしていることがあるから、それが言いたかったんじゃないのかな?」

 

 サフィールが赤子を抱いたまま、優しく笑っている。喧嘩仲間みたいな側面があるから、恥ずかしくて言いたいことをちゃんと伝えられなかっただけだ、と。なんだか妙な空気が流れつつ、各々の仕事に戻っていくのだった。

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