魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0435:少女の気持ちは難しい。

 毛玉ちゃんたちの命名式とお祝いの宴会を終えた。

 

 フソウのドエ城の賄い方の人たちに、蒸し饅頭や茶わん蒸しのレシピを教えて頂いた。餡子の作り方も教えて貰ったのだが、砂糖が貴重で結構な値段になって庶民の皆さまの間では高級品だそうだ。

 

 共和国はお砂糖が安いと聞いているから、フソウ国に横流し……違う、転売、いや違う……流通経路を確保できないだろうか。アルバトロスにも売ってくれるなら買い付けを申し出たいのだが、なにせ黒髪黒目を崇めている国である。

 面倒なことにしかならない気がする上に、甘々チョコレートを買って改良したい気持ちに駆られてしまう。私の料理の知識はありふれたもので、特化していない。誰かにお願いすれば、ご迷惑が掛かってしまう。我慢、我慢、と越後屋さんで足りないフソウ食材を買い付けて、竜の方の背の上で空の旅を楽しんでいる所だった。

 

 「ツバキ、カエデ、サクラ、ハヤカゼ、マツカゼ。フソウの風土の名前なので少し言い辛いですわ……ナイ、申し訳ありませんが、今一度お願い致します」

 

 セレスティアさまが珍しく困った顔をして私を頼った。フソウ国の名前は独特なので、アルバトロス王国や諸外国の方々には発音が難しいようだ。 

 言葉は共通語なので通じるけれど、どぎつい方言みたいなものだろうか。私もセレスティアさまが考えたギャブリエルとジョセフィーヌは言い辛いものだったし、今回セレスティアさまに至難の時が訪れた。とはいえ、慣れれば問題なく彼女は仔たちの名前を言えそうな気がする。

 

 「椿、楓、桜、早風、松風……ですね。発音、難しいですか?」

 

 新しく決まった五頭の仔たちの名前を口にすれば、竜の背の上で遊んでいたみんながピタリと止まりこちらを見た。どうしたの、と私が首を傾げるとワラワラと五頭が一斉に走ってくる。

 手前できゅっと脚を止め、黄色ちゃん改め桜ちゃんを先頭に、椿ちゃんと楓ちゃんが横に。少し後ろに早風と松風がお座りして私を見上げる。相手をして欲しいのかなと、少し体の位置をずらして膝の上をポンポンと叩けば桜ちゃんが真っ先に私の前で伏せをして、右前脚を上げて膝をぺしぺし叩いている。

 

 「少しばかり。フソウの名は慣れないですわ。どうしてナイは綺麗な音で言えるのでしょうか……」

 

 しょんぼりとした顔になったセレスティアさまに、早風と松風が『どうしたの?』と言いたげに彼女の顔を覗き込んだ。彼女の自慢のドリル髪もだらんと伸びていたのに、早風と松風に構って貰えて元の巻き具合に戻っている。現金だなあと笑って口を開いた。

 

 「前に住んでいた国がフソウと似ていましたから」

 

 前世では郷愁とか良く分からないものだったけれど、違う世界に生まれ変わって日本食や日本的なものが恋しくなることがあった。これが故郷というものなのか……と思えど、少し違う気もして難しい。

 

 「そうでしたか。ならば、刀を持った男性が沢山いらしたのですね」

 

 西洋剣と日本刀、もといフソウ刀の赴きは全く違うので、セレスティアさまは興味があるようだ。越後屋さんに頼んで刀屋さんを紹介して貰って買い付けても良いけれど……帝さまとナガノブさまからフソウ刀を譲り受けているので、並の品を見てもしょっぱいと判断しそうで怖い。

 

 「えっと、随分と昔になりますね。フソウ国よりも近代化していましたので、刀を携帯することは時代の節目で禁止されました」

 

 「魔術も存在しなかったと聞き及んでいますが、どうやって身を守るのです? 危ないのでは……」

 

 セレスティアさまがご機嫌に早風と松風を撫でながら、私に問うてきた。刀を携帯できなくても物騒なことは起きていたし、アルバトロス王国やこちらの世界でも物騒なことは起きている。

 

 「住んでいた国はかなり治安が良い国でしたので。それでも危ないことは起きていましたし、身を守りたいなら護身術を習ったり、暴漢に対抗するための道具、なんてものがありました」

 

 スタンガンとか催涙スプレーとかがメジャーだろうか。護身術は空手や合気道を習えば、素人さんであれば対応できそうだ。どうしても男性と女性の筋肉量の差が出てしまうので、簡単に勝つことは難しい。

 

 「話が逸れてしまいましたわ!」

 

 セレスティアさまがいかんいかんと言いたげに、また仔たちの名前を連呼し始めた。様子を見届けていたソフィーアさまは暫く放っておけと、視線で促したので彼女は放置しておく。空の旅をみんなで楽しみながらアルバトロス王国へ戻ってきた。登城してフソウでの報告を簡易に済ませて、子爵邸に戻るとちょっとした事件が起きていた。

 

 まあ、見通していたので大きな問題にはならなかったけれど。

 

 「おかえりなさいませ、ご当主さま。少しお耳を……」

 

 お城から子爵邸地下の転移魔術陣を経て、上階に上がった時だった。困った顔の侍女長さまが私に頭を下げて耳打ちをした。その内容を聞き苦笑いが漏れる。ジークとリンにソフィーアさまとセレスティアさまに侍女長さんから伺った内容を伝えれば、彼ら彼女らも『やれやれ』と言った感じである。

 私の肩の上に乗っているクロは『大丈夫かなあ』と心配しているし、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは『元気が有り余っている』と言いたげだ。仔たちはさっぱり気にした様子もなく、歩きながらお互いにじゃれ合っている。

 

 「怪我を負った方はおられませんか? それと、執務室にアンファンを呼んでください」

 

 どういう意図でアンファンが脱走を図ったのか聞かなければ。赤子を連れて屋敷から逃げようとしたけれど、彼女が取り得る行動の範囲内だったので大事にならずに済んだ。

 魔力を制限できる魔術具も施しているので、魔術は使用できないのに無茶をしたものである。監視役の騎士さまにあっさりと捕まったそうだ。

 

 「怪我を負った者は一人もいません。承知致しました」

 

 注意を払っていたから怪我を負った方はいないし、処罰を受けるようなミスもなく済んだみたいだ。良かった、と安堵するとクロがぐりぐりと顔を擦り付けてきた。どうしたのだろう、とクロの顔を見れば少し心配そうな顔で口を開く。

 

 『ナイ、あの子に怒るの?』

 

 「怒らないよ。ただ、説得を試みるだけ。いや、まあ……人のことは言えないんだけれどね」

 

 教会から脱走癖のあった私が、まさか数年後に逆の立場になるとは全く想像できなかった。この話をシスター・ジルとシスター・リズと神父さま、そして公爵さまに話せば大笑いされそうである。そして説明をした私は顔から火を噴くレベルで恥ずかしいに違いない。

 

 『?』

 

 私の言葉に要領を得ないクロが首を傾げ、ソフィーアさまとセレスティアさまとヴァナルと雪さんたちも首を傾げる。ジークとリンだけには意味が通じたようで、困ったような、なんとも言えない顔を浮かべていた。

 

 「執務室に参ります。ヴァナルと雪さんたちはどうする?」

 

 私が告げるとソフィーアさまとセレスティアさま、ジークとリンが小さく頷く。そしてヴァナルたちに顔を向けた。

 

 『一緒に行っても良い? 保護した子も群れの仲間。どんな子か気になる』

 

 『では私たちもご一緒します』

 

 『ええ。どのような子か気になります』

 

 『私たちの仔と仲良くしてくださると良いのですが』

 

 ヴァナルと雪さんたちもアンファンの様子が気になるようだ。子爵邸の一員として既に認めてくれているようだし、有難い限りである。なら、きちんと話を聞いて説得しなければ、また脱走を試みるだろう。雪さんたちとヴァナルが一緒なら、当然仔たちも一緒に付いてくる。そういえばアンファンはヴァナルたちと初顔合わせだなあと、移動している廊下の天井を仰ぎ見た。

 

 執務室へ入ると家宰さまが待っていてくれた。彼から話を聞くに、アンファンは私が出掛けたタイミングを狙っていたようだ。

 私がいないことを幸いと思ったようだが、考えが甘かった。騎士さまが監視についていること、侍女さんと下働きの方々も彼女に気を払っていたことで彼女の逃走計画は事前にキャッチされている。アンファンが立ち入り禁止となっている二階に上がった時点で計画は失敗となったわけだ。赤子が過ごしている部屋で、彼女は捕縛されることになった。

 

 「逃げても行くところなんてないだろうに」

 

 「ええ。子供が考えそうなことですわ。ナイ、確りと諭しておかねばなりませんが、大丈夫ですか?」

 

 「どうでしょうか。彼女に守りたいなにかがあるなら、また脱走を試みそうですから」

 

 こればかりはどうしようもない気がする。まだ子爵邸にやってきたばかりだし、彼女の心の中には不安もあるだろう。子爵邸の方たちや私と打ち解けるにも時間が掛かるし、上から目線で説教をかましても届かない。

 とりあえず反省してくれれば今回は良いかと、アンファンがくるのを待つこと暫し。扉をノックする音が聞こえ、ジークが対応してくれた。開いた扉から顔を出したのはアンファンと彼女の護衛を担っている騎士さまである。騎士さまが二名に増えているのは脱走を試みたからだろう。

 

 「お久しぶり、というわけではありませんが……こんにちは。単刀直入にお聞きいたします。アンファンは何故、子爵邸から逃げようと試みたのですか?」

 

 執務机の前にぶすくれた顔のアンファンが私の前に立つ。どうにも以前の私を見るようで、ソワソワして仕方ない。

 

 「だって……赤ちゃんに会えなかったから! 先生の赤ちゃんを守るって約束したのに、全然守れていないんだもの!」

 

 しまった。そういえば彼女の衣食住を整えて、健康を保てることを最優先にしたから赤子との時間を設けていなかった。二階は立ち入り禁止とされているし、赤子に暫く会えなければ不安は募ってしまう。子爵邸に訪れて一週間も経っていないのだから、アンファンの面倒をみている人たちが『赤子は大丈夫』と伝えても、彼ら彼女らの言葉がアンファンにとって信頼できるものではない。

 

 「赤子に会わせてあげられなかったのは、私の落ち度です。申し訳ありませんでした。仮の話ですが、アンファンは赤子と一緒に過ごす時間がどれほどあれば安心いたしますか?」

 

 「そんなのずっとに決まってる!!」

 

 やはりずっと一緒に過ごしたいと願うのか。でも、それは無理な話である。

 

 「起きている時も寝ている時も赤子と一緒とはなりません。アンファンの生活だってありましょう。託児所で読み書きの練習が始まりますし、赤子にも赤子の都合があります」

 

 「じゃあ、どうすれば良いの!?」

 

 「そうですね……――」

 

 対価をチラつかせるのは良くないけれど、託児所で昼の時間を過ごせば、朝と晩に赤子との時間を設けること。お休みの日は、乳母さんの邪魔をしなければ赤子と一緒に過ごしても良いことを伝える。

 一緒にいすぎると依存してしまわないか心配になるが、様子を伺いながら判断するしかない。あとはアンファン次第だし、私と子爵邸の皆さまに掛かっているのだろう。涙目で私を睨んでいるアンファンに苦笑いを零し、ままならないものだなあと窓の外へと視線を向けるのだった。

 

 ◇

 

 先生の赤ちゃんと同じ髪色と目を持つ子供に怒られてしまった。

 

 子供が出掛けている隙に赤ちゃんを連れて屋敷から逃げ出そうと、屋敷の二階に上がって赤ちゃんがいる部屋を見つけて抱き上げた瞬間に、騎士と侍女の人に捕まった。

 逃げようとした理由を聞かれて答えると、大袈裟に溜息を吐いて『ご当主さまに伝える』と言った。どうして子供が屋敷で偉そうにしているのか分からない。男の人も女の人も子供を敬いながら話をして、子供も子供なのに子供らしくない態度で大人と言葉を交わしている。

 

 託児所にいる子たちも『ごとうしゅさま!』と呼んでいるし、意味が分からない。それにしたって――……。

 

 「怒られた。わたしと歳は変わらないのに、なんであんなに偉そうなの」

 

 ぽつりと口から声が漏れた。はっとして託児所の部屋を眺めると、私を気にしている人はいなくてほっとする。託児所はわたしと同年代の子供たちがいて、面倒を見る大人も一緒に過ごしている。

 陽が沈む頃に親が迎えにきて、世話役の人と託児所での様子をお話をしてそれぞれの家に戻っている。お父さんとお母さんがいるのは良いことだ。ご飯を与えてくれるし、綺麗な寝床も用意してくれると聞いたことがあった。わたしはお父さんとお母さんの顔を知らないから、親の良さは分からないけれど。

 

 貧民街で死にそうなわたしを助けてくれた先生には感謝している。赤ちゃんはわたしが生きるために、いてくれなきゃいけない。

 なのにあの子供は数日間、赤ちゃんと会わせてくれなかった。アルバトロス、と呼ばれるお城で過ごしていた時も会えなかった。わたしにご飯を運んでくれる人に赤ちゃんの様子を聞けば『元気だよ』と教えてくれたけれど、会わせてはくれなかったのだ。どうしてわたしの大事なものを取り上げるのだろう。貧民街でわたしの食料を奪い取った人たちのように意地悪だ。

 

 「ムカつく」

 

 「ムカつくって、どうしたの? アンファン」

 

 部屋の隅っこで膝を抱えて座っているわたしの前に、サフィールさんがにっこりと笑って首を傾げている。この人は託児所というこの場所の『責任者』なのだとか。良く分からないけれど、ご飯とおやつをくれる優しい人だ。それにわたしの話を否定せず聞いてくれるから、託児所の子たちと話すより口数が多くなってしまう。

 

 「…………なんでもない」

 

 「そっか。もう少しでお昼の時間だから楽しみにしていてね。ご当主さまがフソウ国に赴いていたから、おやつはフソウの品だよ。アンファンの口に合うと良いなあ」

 

 託児所で出されるお昼ご飯は、いろいろなご飯が食べられる。先生が用意してくれた緑色のスープはちょっと苦くて、飲むのが少し苦手だった。でも、お腹は膨れたし凄く眠くなる。

 そんな時は必ずと言って先生が『寝て良いわ。赤ちゃんの面倒は私がみるから、ゆっくり休みなさい』と優しい声で言ってくれる。床にごろりと寝転がれば、先生はわたしに布を掛けておまじないを掛けてくれた。でも、あの子供のせいで優しい先生はどこにもいない。腕を回している膝に、くやしくて更に力が籠った。

 

 「どうしてあんな奴の……」

 

 「アンファン、さっきからどうしたの? なにかあった?」

 

 サフィールさんがわたしの横に座って顔を覗き込む。先生のことやムカつく子供のことを話すか迷って、サフィールさんなら大丈夫かなと先生のことやムカつく子供のことを伝えてみた。

 

 「アンファンは先生のことが大切なんだね」

 

 わたしが一生懸命に伝えると、サフィールさんは優しく笑う。

 

 「うん。だって貧民街から助けてくれた人だから。死にそうだったわたしにご飯をくれて、寝る場所も与えてくれたし魔術も教えてくれたよ」

 

 屋敷から逃げようとしたとき、先生から教わった魔術を使おうとすれば発動しなかった。わたしの指につけられている指輪がなにかあると思うけれど、外そうとしても外れない。

 紫色のマントを羽織った人が魔力を抑える魔術具と言っていたのは、本当だったみたい。そんなことできる訳がないって思っていたのに。本当にどうしてこんなことになるのだろう。先生がいればきっと逃げ切れたはずだ。

 

 「そうなのか。僕もね、子供の頃は貧民街で生活していたんだ。今でこそ落ち着いて暮らせているけれど、小さい時は本当に必死だったなあ。貧民街で一人で生きていたアンファンは凄いよ。僕は徒党を組んでいたからね」

 

 彼もわたしと一緒だったのだろうか。痩せてもいないし、身形も良いし、物腰も貧民街の大人たちとは全然違う。

 貧民街に住む大人の目はギロリと鋭く、わたしや子供に酷いことを平気でやってのける。食料を持っていれば奪われるし、ムカつくことがあったからと場にいるだけで蹴ったり殴られたりした。サフィールさんは怒りもしないし、こうして側でわたしの話を聞いてくれる。先生の優しさと少し違うけれど、一緒にいても怖くない人になっている。

 

 「凄い、のかな」

 

 「うん。だって、機嫌を伺って大人たちの下に就くこともできたでしょ? 僕は運良く面倒を見てくれた人の下に就くことができたけれど、お別れすることになっちゃってね――」

 

 それから一人になってご飯も食べられずに死にそうになっていた所で、貧民街で助け合うことができる仲間と出会ったと教えてくれる。

 

 「良いなあ。わたしにはそんな仲間、いなかった」

 

 誰も助けてくれなかったし、わたしも誰かを助ける余裕なんてなかった。

 

 「なら、ここで作れば良いよ。貧民街じゃあないけれど、仲良くなった仲間や友達はアンファンが困った時にきっと助けてくれる。もちろん僕も。付き合いはまだ浅いけれど、ここにきた子たちは僕が守らなきゃいけないからね」

 

 ふふ、と短く笑うサフィールさん。先生も笑うけれど、こんなに柔らかく笑わなかったなあ。どうしてだろう。

 そして友達や仲間と呼べる子は託児所でできるのだろうか。わたしに遊ぼうと最初に誘ってくれた子たちは、なにをして良いのか分からないわたしに困って大人たちを頼りに行った。大人たちがわたしに遊び方を教えてくれたけれど、なにが面白いのか楽しいのかが分からない。

 

 遠巻きにわたしを見る子たちの視線が痛くなって、最近ちょっと距離を取っているし、取られている気配がする。

 

 「できると良いなあ……」

 

 屋敷で暮らすことに不満はない。ご飯と寝床と赤ちゃんがいるのだから。でもやはりあの子供がいるのが気に入らないし、腹が立つ。

 

 「大丈夫。アンファンは確りしている子だから、きっとみんなと打ち解けるよ。今は、時間が必要ってだけじゃないのかな」

 

 先生にも同じことを言われた。わたしは確りとしているから赤ちゃんを任せても心配は必要ないって。確りとしていることが、どういうことか分からないけれど、先生とサフィールさんに言われたなら大丈夫なのかな。

 

 「頑張ってみる……でも、赤ちゃんと会いたい」

 

 できれば赤ちゃんとは一緒にいたい。お腹が空いていないか気になるし、先生に貰った緑色のご飯を食べさせてあげないと。

 

 「朝と夜に託児所がお休みの日に会えるようになったんでしょ?」

 

 逃げようとして怒られたあと、赤ちゃんと会わせてくれた。すやすやと眠っていて元気そうだったけれど、目が覚めた時に先生やわたしがいなければ寂しいだろう。また夜に会えると教えてくれたけれど、その間まで大丈夫だろうか。

 

 「うん。あの子に言われた」

 

 小さな子供の癖に立派な机の椅子にちょこんと座って、わたしの前で声を上げていた。怒られると思ったけれど、淡々とした子供らしくない口調でわたしに命令していた。む、っと口が伸びると、サフィールさんが真面目な顔になって私と確り視線を合わせる。

 

 「あの子、じゃないよ。ご当主さまって言わなきゃ。彼女はこの家の主人だからね。ご飯とおやつがでるのも、本が読めて勉強ができるのも、この場所を用意してくれたのはご当主さまのお陰なんだ」

 

 サフィールさんが今までで一番真剣に言葉を伝えようとしているような。どうしてサフィールさんのような立派な人があの子供に付き従っているのか分からない。

 

 「だってあの子ってわたしと同じくらいの歳でしょ?」

 

 子供時代は貧民街で過ごしていたというなら、わたしよりサフィールさんは大人である。大してあの子供は私と背格好が変わらない。だから同じくらいの歳なのに。

 

 「違うよ、小柄だけれどアンファンより年上だよ。あと身分もね」

 

 あの子供が貴族だってことは知っている。貴族なんてみんなふんぞり返って、大きな態度を取っている人ばかりで好きになれない。そういえばどうして同じ歳くらいなのに……子供なのに貴族なのだろうか。親から引き継いで、偉そうな態度を取っているだけかもしれないと、サフィールさんの顔をもう一度見る。

 

 「あの人って今、何歳なの?」

 

 「僕と同じ。次で十八歳になるんだ」

 

 「え、嘘。だって全然見えないよ? 背だってわたしと同じくらいだ! サフィールさんと全然違う!」

 

 「ご当主さまは小柄だからね。小さい頃から知っているけれど変わらない。でも、貧民街から身一つで貴族になったんだよ?」

 

 アンファンが理解するにはまだ早いかな、とサフィールさんが首を傾げる。

 

 「嘘。だって、あの人は貧民街出身なんて言わなかった。わたしと同じだったって一言も言わなかったよ!」

 

 苦労もしていない貴族の子供だって決めつけていた。もしかして、わたしと同じようにお腹を空かせて死にそうになっていたこともあるのだろうか。

 

 「昔のことだし、アンファンに貧民街出身だと伝えて同情を誘っても意味がないって考えたのかもしれないね」

 

 時々、ご当主さまはなにも考えずに行動することがあるから微妙だけれど……と困った顔でサフィールさんが言っている。

 

 もしかして、お屋敷にいる喋る猫や翼の生えた馬に時折光るなにかは、あの子供が従えているのだろうか。先生と同様に肩に竜を乗せているし、背の高い赤毛の男の人の肩の上にも竜が乗っている。大きな竜も子供と仲良さそうに話ていたし、王さまがいるお城の中にも入っていた。

 もしかして子供って凄い人なの、と悩み始めるけれど、あの小さい背では大人に見える訳がない。あれ、先生の赤ちゃんも子供と一緒の黒髪黒目だけれど、小さいままなのだろうか。それはそれで可愛いけれど、大きくならないのも困るとサフィールさんの顔を見た。

 

 「わたしの背伸びるかな?」

 

 あの子供と身長が変わらないのは絶対に嫌だ。

 

 「沢山食べて、運動して、夜十分に寝れば身長は伸びると思うけれど……こればかりはなんとも言えないかな」

 

 サフィールさんが身長が伸びる方法を教えてくれると直ぐに、お昼ご飯を食べようと言って話が終わるのだった。

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