魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0044:野営地にて。

 服飾店からの帰り道、元来た道を辿り町の出入り口を目指していた。荷物を抱えて少し足元が怪しいけれど、重くはないのでまだマシ。転倒だけしないように、足を確りと上げて前へと歩を進める。

 

 「早く戻ろう、リン」

 

 「そうだね。――っ」

 

 早く戻らないと日が暮れてしまうし、食事にありつけなくなってしまう。規模の大きい編成となっているので、炊き出しが行われ配膳されるのだ。片づけもあるので、暗くなる前に全てを終わらせてしまうだろうし、ジークも待っているだろうから。

 

 「どうしたの?」

 

 「ナイ、下がって」

 

 突然立ち止まったリンへと顔を向けると、ある一点に視線が止まっていたものが、少しして動き始める。

 

 「ヘヘヘ……お嬢ちゃんたち……日暮れ前に女二人で行動するなんざ、襲ってくれと言っているようなものだよなあ?」

 

 にやにやと笑う肉付きの良い男性と年若い男二人に道を塞がれた。確かに、ただの女性であれば問題行動かもしれない。でもリンは冒険者の格好をしているので、ある程度の腕っぷしは備えていると初見でも分かるはずだ。

 

 ということは目の前の男性三人は私たちよりも強いと判断したのだろう。市中での魔術行使は禁止だし『どうしよう』とリンを見ると『大丈夫』と視線で答えてくれる。なら平気かなと確信している辺り彼女の強さを信頼しているというべきか。

 

 「この町の人間じゃねーだろう。王都の連中なら金を持っている筈だ。有り金全部置いていけ」

 

 「嫌です」

 

 男の言葉にピクリと片眉が上がるリン。はっきりと耳に届いた声には、怒りが込められているような。

 あまり感情が外に出るタイプではないので、珍しいとリンの手元をみると青筋が立っているので、随分と力が入っているようだ。

 

 「舐めた真似してっと、お嬢ちゃんたちがどうなるか知らねーぞ。アンタはある程度力に自信があるようだが、後ろの妹がどうなってもいいのか?」

 

 「は? ああ、うん、そうか……そう。兄さんが居なくて良かった」

 

 あ、リンの地雷を踏み抜いた。ターゲットが私に向けられた為に、完全に切れている。ぶっちゃけこういう手合いに掛ける慈悲はないので合掌したい所だけれど、そんなことをしている場合じゃないし、こういう時に頼りになるジークが不在である。物理で彼女を止められる人間が居ないと頭を抱えて、リンの服の袖を掴む。

 

 「待って、リン!」

 

 「でもっ!」

 

 「良いから。戻ってご飯食べよう、ね?」

 

 頭に上った血が少しマシになったのか、私に意識を向ける為にリンの手を握ると憤怒していた顔から、へらりといつものリンに戻るのだから現金だとは思うけど。まあ、チンピラの人たちが助かったのならば、それでいいかと納得して二人で戻ろうとした時だった。

 

 「手前ら!! 勝手に話終わらせてんじゃねーよっ!!」

 

 逆上したチンピラ三人組が一斉に襲ってくる。魔術の使用は街中だと禁止。

 

 「ちょっとごめんね、ナイ。――ふっ!」

 

 「ぐべぇ」

 

 「ごぉほ」

 

 「ぶへっ」

 

 繋いだ手を離して男三人を瞬殺……地面にひれ伏しているのだけれど、大丈夫だろうか。世紀末列伝みたいな声を出しながら、倒れ込んでいたのでちょっと心配である。

 一瞬治療を施そうかと思ったけれど、この町って治癒魔術の使用って、許可制なのだろうか。王都だと聖女の資格を得ていれば個々人の判断で使用可だけれど、この町のルールはどうなっているのだろう。それぞれの土地や治める領主の考えで微妙に違うことがあるから、迂闊なことはしない方がいい。

 

 街の人に聞きたくても、危険を察知したのか周囲には誰も居なくて困り果てる。

 

 攻撃系の魔術は王国全体で街中では使用禁止と発布されているから、基本的に使えない。例外は魔術学院や王立学院等の教育機関や専門の訓練場となっており、冒険者の人も勝手に使うと資格剥奪とかあり得たりする。

 確認が取れなきゃ治癒魔法は使えないなあと地面へ視線を落としていると、騒ぎを聞きつけた町の警備兵が数名こちらへと駆けつけ、事態を飲み込めないのか唖然としてる。

 

 「だ、大丈夫ですか、聖女さまっ!」

 

 「騎士の方に守って頂いたので怪我もなく平気です」

 

 町へと入る際に許可証を確認した人がこちらまで来ていた。私の声を聞いて大きく胸を撫でおろす警備兵の方々。身分がバレているので、私の身に何かあると怒られるのは彼らである。騒ぎを起こすつもりなんて毛頭なかったけれど、こうして絡まれたら対処するしかないもの。

 

 「申し訳ありません、こいつらこの町のゴロツキでして……最近、行動が酷くなっていたので正直助かりました」

 

 警備兵の人たちは、聖女を襲ったという理由で捕まえて罪を問うようだ。三人に手際よく捕縛用の縄をかけていく。チンピラより酷いゴロツキと表現されるなんて、彼らは手に職付けぬまま無頼漢として生きてきたのだろう。

 

 「そうでしたか。――ひとつ、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 町の警備兵とはいえお貴族さまが何処にいるかは分からないので、なるべく丁寧な言葉で対応する。聖女とバレているので粗相が出来ないというのもあるけど。

 

 「答えられることであれば、なんでも!」

 

 私の方が聖女なので身分が高くなるようだ。大人の男性が子供にこうした態度を取るのは、位が高いという証拠。

 あまり畏まられるのも妙な気分になってしまうので止めて欲しいけれど、仕方ないと諦めている。目の前の彼らとこれから仲良くなるというならば、敬語は止めて欲しいと願い出るけれど、おそらく今後会うことはないから。

 

 「この領都での治癒魔術の使用は許可制でしょうか?」

 

 「いえっ! 聖女さまであれば個人の裁量で可能となっております!」

 

 「なるほど。お答えいただき、感謝いたします」

 

 そう言って頭を下げると、なんだか凄く驚いた顔をしている警備兵の皆さま。とりあえず町のゴロツキの治療をしようと、チンピラ改めゴロツキ三名の側へとしゃがみ込む。

 捕縛されているので警戒する必要はない。適当な治癒魔術を発動させ怪我の治療を施すと、疑問符を浮かべているような顔になる。

 

 一瞬、答えてしまおうかと考えたけれど、結局答えは伝えないまま立ち上がり、警備兵さんたちの下へ。

 

 「お騒がせをして申し訳ありませんでした」

 

 「いえ、こちらこそご迷惑をお掛けし誠に申し訳ありませんでした」

 

 それでは失礼いたしますと警備兵の人たちに声を掛け、領都の門をリンと二人で潜るのだった。

 

 「よかったの、ナイ?」

 

 門を抜けてしばらくすると、困ったような何とも言えない顔でリンが問いかける。

 

 「よかったって、私が魔術を使ったこと?」

 

 私が町のゴロツキに治癒を施したのには理由がある。リンが今回守ってくれたけれど、何かあれば過剰防衛だと騒がれると迷惑極まりない。

 大した罪にはならないだろうけれど、リンの教会騎士としての道が閉じてしまうのは避けたい所である。まだまだ先の長い人生だ。こんなところで、そしてつまらない理由で駄目にするのは馬鹿馬鹿しすぎる。

 

 「うん」

 

 「あの人たちが怪我して何かあったら困るのは私たちになるからね。念の為だよ」

 

 リンが誰かに責められる所なんて見たくはないし、と付け加えると嬉しそうに彼女は笑うのだった。

 

 ◇

 

 町の門を出て、野営場所へと戻ると数多くの天幕が張られていた。工作兵の人たち凄いなと目を細め周りを見ると、まだ細々としたところは終わっていないようで、忙しなさそうに軍や騎士の人たちが動いている。

 作業をしている人たちの中からジークを見つけて、そちらへとリンと二人で歩いて行く。

 

 「ジーク、ただいま」

 

 「ただいま、兄さん」

 

 「ああ」

 

 声を掛けると、振り返って短く言葉を返してくれたジーク。私たちが持ってきた荷物は天幕の中へと既に移されている。聖女用の天幕は教会のマークが描かれているので分かりやすい。

 そして自分用の天幕を見つけ、先ほど町で買ってきた商品を中へと運び入れ、また外へと出る。

 

 「何か手伝う?」

 

 取りあえず聞いた方が早いと判断して、まだ作業を続けているジークに問いかけた。

 

 「こっちは足りてる。給仕の連中が人手が欲しいと言っていたぞ」

 

 「じゃあ、そっちに行ってくる。リン、一緒に行こう」

 

 「うん」

 

 力仕事は苦手だけれど、給仕ならば手伝うことが出来るだろう。

 その前に教会のお偉いさんに許可を取ってからだなと、その辺りで暇そうにしていた責任者へ一声かけると、やる気なさげに許可を出してくれた。

 

 軍や騎士の人しか居ないとはいえ、聖女が一人で行動すると白い目で見られる。なのでリンと一緒に給仕部隊の人たちが集まっている場所を目指しつつ、きょろきょろと周囲を見渡しつつ、何処になにがあるのかを記憶していく。

 たった一晩しか滞在しないけれど、いざという時になにが何処にあるのかの把握は重要だ。誰かが火の不始末で火事になれば直ぐに燃え移るだろうし、指揮官や重要人物が滞在している天幕の把握は最優先となる。

 

 「ナイ、あれって」

 

 「ああ、ハイゼンベルグ公爵家の家紋と……隣はヴァイセンベルク辺境伯の家紋だね」

 

 家名が似ている所為なのか家紋も似ているのだけれど、なにか関連性でもあるのだろうか。軍の総帥を務める家と辺境の守りを担う家なので『盾』をモチーフにした家紋である。

 爵位の違いからか公爵家の方がデザインが細かい。これを考えた人のセンスが良いのか、悪いのか。美的センスは乏しいので、よく分からない。

 

 二家の天幕の前には騎士の人たちが数名、立ち番をしている。どうやら家から派遣されている騎士のようで、騎士団の人たちの装備よりも確りとしたものを纏っていた。

 びしっと微動だにしていないあたり流石だなあと横目で見つつ天幕を通り過ぎ、給仕部隊が作業をしている場所にたどり着いた。

 

 ほぼ作業は終わらせているのか、良い匂いがあたりに立ち込めている。ちょっと来るのが遅かったのかなと苦笑いをしつつ、片腕にだけ腕章をつけている料理番の偉い人を見つけ声を掛けた。

 

 「すみません。――お手伝いできることはありますか?」

 

 「おや、聖女さまではありませんか。ありがたいお言葉ですが、よろしいのですか?」

 

 味見のし過ぎで肉襦袢を纏っているその人とは、以前に参加した遠征時に自己紹介を済ませてあった。私の姿を見て笑みを浮かべる料理番長は、どうしたものかと考えているようだ。

 教会の聖女さまたちは天幕の中へ籠っていることが多く、力作業や細かい作業を手伝うことを嫌っていて、こういう食事も兵士や騎士の人たちと一緒に食べることはない。

 私のように外に出てウロウロしている聖女さまの方が珍しいので、最初の頃は兵士や騎士の人たちからの視線が凄かった。知り合いが増えるとずいぶんと減ったし、隊長さんのように気さくに喋りかけてくれる人もいる。

 

 「大したことは出来ませんが……教会からの許可は得ていますので」

 

 「では、配膳作業をお願いできますか? 今回は何分人数が多く我々の人手が足りていないもので」

 

 「わかりました。作業内容は係の方にお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 「ええ。私が言っていたと伝えて頂ければ、話は通じますから。それでは聖女さま、お手を煩わせて申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」

 

 あとで食事にはイロをつけておきますね、と周囲に聞こえない程度に料理番長さんは囁いて、さらに笑みを深めるのだった。気を使わせてしまったなと苦笑しつつ、リンと二人で移動する。ほどなくして作業場に着いて適当な人を捕まえる。

 

 「すみません、人手が足りていないと聞いてお手伝いに参ったのですが」

 

 「せ、聖女さまっ!!」

 

 私の姿を見てびしっと直立不動になった青年は、どうしたことか緊張している様子。

 

 「ああ、聖女さま、お久しぶりです。ソイツ、前に怪我して貴女の治癒を受けたんですよ。本来なら高い施術料を取られますが行軍中だったので……」

 

 そういうことかと男性の言葉に頷く。

 

 個別で怪我の治癒を依頼すると教会から寄付をふんだくられるものね。魔物討伐での行軍の際は請求管理が大変なので、施術回数は数えず軍や騎士団から一括払いになっているもの。

 世知辛い世の中だけれど、そういう仕組みになっているのだから仕方ない。知り合いの料理番の人が私に礼をしてから、理由を話してくれた。そういえば、青年の顔はなんとなくであるけれど見覚えがある。

 

 「お久しぶりです。――怪我の具合は如何ですか? まだ痛みや違和感があるならば、もう一度治癒魔術を掛けますよ」

 

 今なら業務中となるので追加の寄付料は取られないもの。やるなら今である。

 

 「い、いえ! 聖女さまの魔術は完璧でした! 痛みや違和感もありません!! あの時は碌にお礼も言えず申し訳ありませんでした!!」

 

 またしてもびしっと九十度に腰を折って礼をする青年に『お礼は不要です、顔を上げてください』と言って、この妙な状況から抜け出す。周囲は微笑ましそうに見ているだけで、青年の行動を止めてくれないのだけれど。

 

 「ようやく礼を言えたな。よかったじゃねぇかっ!」

 

 べしっと青年の腰に太い手が思いっきり振られて当たる。

 

 「痛いですよ、何をするんですか!」

 

 「まあいいじゃねえか。聖女さま、仕事内容はコイツに聞いて下さい」

 

 「はい。――お手を煩わせて申し訳ありませんが、ご指導よろしくお願いいたします」

 

 軽く頭を下げると、物凄い勢いでテンパり始める青年を周囲の料理番仲間が茶化していた。

 

 「へ? お、俺が聖女さまに手ほどきするんですかっ!?」

 

 「ああ。何も問題はないだろう?」

 

 男性の言うように問題はないけれど、どうして青年はこうも慌てているのだろうか。

 

 「ほれ、ぐだぐだ理由を付ける前に行ってこい! 聖女さま、ちょいと頼りない奴ですが根は真面目なので、よろしくお願いします」

 

 「いえ、こちらこそお仕事の手を止めさせ、申し訳ありませんでした」

 

 「気にせんで下さい。――ほれほれ、さっさと行け! 仕事はまだまだあるんだぞっ!」

 

 「痛いっ!」

 

 そんな料理番の人たちの愉快なやり取りを見ながら、配膳作業に取り掛かるのだった。

 

 ◇

 軍や騎士の人たちへの配膳作業が始まってから暫く。リンは聖女の護衛として後ろで立っている。以前に暇じゃないかと聞いたところ『大丈夫。ナイが動いているところを見るのは楽しい』と言っていたのだが、そんなに面白いものだろうか。

 まあ本人はまんざらでもなさそうだし、時折、重いものとかは持ってくれるのでありがたいけれど。

 

 顔見知りの軍や騎士の人たちと短い会話を交わしながら作業をしていると、げしげしと頭を掻きながら私を見下ろす中年男性。というか隊長さんである。

 

 「なんだ、嬢ちゃんじゃねーか。相変わらず、暇人だなあ……」

 

 やっぱり行軍に参加していたのか、と苦笑いをしながら挨拶をすると、あまり畏まらないでくれと言われてしまう。

 私にラフに語りかけてくる人の数は少ないので、声で直ぐに分かってしまうのは付き合いの長さ故。暇人と言われてしまったのは、私のような行動を取る聖女は限られているから。まあ、私がじっとしている時間が苦痛だからという理由もあるけど。

 

 「以前は外套をありがとうございました。洗って持ってきてるので、どこかのタイミングでお返ししますね」

 

 「あいよ。――しかし、今回は聖女さまの参加人数が多いな。貴族出身のご令嬢だそうだが、初っ端からやらかしてくれていやがるよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして明後日の方向を向く隊長さん。その方向はお貴族さま出身の聖女さまたちが天幕を据えた方角で。どうやら一悶着があったようで、軍の人たちはソレを被ってしまったようだ。

 

 「大変そうですね」

 

 「他人事だなあ、嬢ちゃん。ま、関わらない方が平和だな。――と、ありがとな」

 

 「いえ」

 

 「まあ、今回の遠征期間は長い。またどこかしらで会うだろうし、世話にもなる。よろしくな、お嬢ちゃん」

 

 配膳を受け取り、片腕を上げ仲間の下へと戻っていく隊長さんの背を少しだけ見送って、次の人、次の人と捌いていく。本当に今回は参加人数多いなあと、終わらない配膳作業に飽き始めた頃意外な人たちの顔を見ることになった。

 

 「ナイは何故、こんなことを?」

 

 「ですわね。聖女である貴女がすべきことかしら?」

 

 何故こんな所にお貴族さま、しかも高位に位置するご令嬢が配膳の列に並び、あまつさえ配膳作業員から受け取っているのだろうか。疑問に思いつつも顔には出さず、聞かれた答えを言わねばと口を開く。私が参加しているのは二人は知っているので、それは省略。

 

 「単純に手持無沙汰だったので、こうしてお手伝いをしております」

 

 ようするにやることがなく暇というだけの理由だ。その言葉にぷっと一度吹いて私を見るソフィーアさまとセレスティアさま。

 そんなにおかしなことではない筈だけれど、彼女たちの琴線に何故か刺さったようで微笑ましそうに見ているのだけれど。こういう視線をよく貰うなあと頭の隅で浮かべながら、二人がこの場に居る理由を聞いてみる。ひとつ質問され答えたのだから、彼女たちに問うても問題はないだろう。

 

 「お二人は何故こちらに? 副団長さまの転移魔術で既に辺境伯領へ参っているものだと……」

 

 「転移で先行したのは、軍や騎士のお偉いさん連中だよ」

 

 「わたくしたちは参加させて頂いている身ですもの、無茶は言えませんわ。まあ、あの侯爵令嬢は貴女と違い見事な仕事振りのようですが」

 

 ふふふと不敵な笑みを浮かべるセレスティアさまに、こめかみに手を置いて頭が痛そうなポーズを取っているソフィーアさま。

 聖女さまの一人である侯爵令嬢さまは、どうやら侯爵令嬢として周囲に誇示しているようだ。聖女仲間の内の一人は確実に何かやらかしている様子だし、こうお貴族さまの務めを果たそうとしている真っ直ぐな人たちをみると眩しく感じる。

 

 「私たちも手伝うべきなんだろうが……」

 

 「……まあ、邪魔にしかなりませんわね。家名が周囲に圧を掛けてしまいますもの」

 

 真面目! 真面目過ぎだよお嬢さん方。

 

 もっとこう、わかりやすいお貴族さまムーヴを見せてくれれば、関わりたくない人物としてリストアップするのに。そういえば毒見役は必要ないのだろうか。手渡しで受け取っているし、そのまま箸を付けるつもりなのか。

 

 「毒見役なら、この場にいる連中で十分だろう?」

 

 「大鍋でまとめて作られていましたものね。偶にはこうした物も口にして庶民の方々を理解しなければ」

 

 どうやら心の中の疑問が漏れ出ていたようで、二人が答えてくれる。確かに大鍋で作ったものだし、同じところから配膳しているので毒を盛られていれば先に症状が出る人が居るはずだ。

 

 「それに毒を盛られたとしてもお前さんたちが居るからな」

 

 「ええ。聖女さまたちが随伴しているのならば、あまり心配することではありませんものね。ただアレの奉仕にだけは掛かりたくはありませんが」

 

 「その辺りにしておけ。侯爵令嬢だが、一応は聖女の称号持だ。立場はあちらが上になる」

 

 「ふふ、笑わせてくれますわね」

 

 うわあ……本当にあの侯爵令嬢さまは何をしたのだと訝しむ。この二人が人のことを悪く言って……いや、あったか。貴族としての務めを果たしていない人には割と……いや、めっちゃ辛辣だった気がする。

 

 「…………」

 

 「ああ、そうだ。先生が今回討伐参加しているが、話は出来たのか?」

 

 「話、ですか?」

 

 「ええ。以前貴女が魔力を消費しすぎて鼻血を出していたでしょう。そのことをお師匠さまに相談したのです」

 

 「ナイの身に何かあれば困るのはこの国に住む人間全てだからな」

 

 まって、ねえ、なんだか凄い事態になっているし、規模が大きくなっている! 私はただ魔術陣に魔力補填をしているだけの聖女に過ぎないので、過大評価は止めて頂きたいのですが。

 

 取り敢えず、副団長さまが先ほど私と接触してきた理由は分かった。まあ、魔術具も作って頂いているから無下にできないということもあるし、魔力操作が下手だということなので教示してくれるのは有難い話。

 

 「陛下は周辺国との調和を望んでいらしていますし、次代を継ぐ殿下もそれを標榜しておりますが、何が起こるかは分かりませんもの」

 

 代替わりで『平和』路線から『侵略』路線に切り替わる可能性だってあるし、何かが起こって独裁者や戦狂いと化す王さまが出てきても何らおかしくはないからなあ。

 

 「私たちの世代は歴史で学ぶしかないが、平和なぞ儚いものだ」

 

 人間の歴史なんて争いや戦争の繰り返しである。元居た日本は平和だったけれど外に目を向ければ、内戦やら部族間抗争、国同士で戦争なんてザラにある。大陸続きのアルバトロス王国だから、周辺国への警戒は怠れないのだろうね。

 

 「ええ。珍しく意見が合致しましたわね」

 

 「嬉しくはないがな」

 

 なんだか、以前の調子を取り戻してきているような。ところで最近くっついていたマルクスさまは何処にいるのだろうか。聞きたいけれど二人の話の中に入っていくのもなあと、遠慮する私だった。

 

 ◇

 ソフィーアさまとセレスティアさまがこの場を後にして暫く。まだまだ続く配膳作業に腕がちょっと疲れてきた、そんな頃。

 

 「あ、なんでアンタが此処にいるんだ。聖女だろうが」

 

 ぶっきらぼうな言葉とともに配膳している容器を受け取るマルクスさま。どうやら彼は騎士団の方に同道しているらしく、先輩騎士なのだろうか騎士装備に身を包んでいる方数名とご飯を受け取りにきていた。

 

 「痛て!」

 

 「馬鹿者っ! 彼女が聖女さまだというのならば、その態度はなんだ!!」

 

 遠慮なくマルクスさまに拳骨を落として大きな声で叫ぶ騎士さま。どうやら彼も真面目な部類にカテゴライズされるようで、すごい剣幕で怒っている。鍛えているからか声が凄く大きいし、先ほどとは違う意味で注目を浴びているのだけれど。

 

 「え、学院でクラスメイトなんですよ」

 

 「だから馬鹿者だと言っておる……ここは学院ではないのですぞ、マルクス殿。敬意を払わねばならぬ人間はきちんと見定めておきませんと」

 

 なんだか立場がチグハグな物言いになっている気がするけれど、気の所為かなあ。マルクスさまの事を敬っているのかいないのか。不思議な関係性だなあと見守っていると、訥々と理路整然にマルクスさまに諭している騎士さま。

 

 「その、スマン」

 

 「いえ、お気になさらず。――マルクスさま、セレスティアさまとご一緒しないのですか?」

 

 「ああ。今回は俺が騎士団に同行したいと親父に進言したら、こうなった。先任の連中に揉まれてこいとさ」

 

 やらかしまくっている伯爵さまではあるが、仕事に対してだけは信頼があるようなので、部下の人たちも伯爵さまの言葉を無下には出来ないようだ。まだ騎士になっていないマルクスさまを引き受けるあたり、面倒見が良い人なのだろう。

 

 「そうでしたか。――どうぞ」

 

 「ありがとうございます、聖女さま。しかし、マルクス殿の言うように貴女さまが何故このような場所に?」

 

 まあ、給仕を手伝う聖女さまなんて珍しいのか。後ろには護衛騎士を控えさせているし。

 

 「単純に暇を持て余していまして。何かお手伝いできることはないかと私がお願いしたのです」

 

 苦笑いを浮かべつつ彼の質問に答えると、目を真ん丸にして驚いた表情を作る騎士さま。

 

 「おお、なんという高潔な精神! 先ほどは失念しておりましたが、黒髪の聖女さまはお噂通りのようだっ!」

 

 さっきの言葉から推察するに、雑用係として軍か教会に同行する丁稚くらいに考えていたのだろう。マルクスさまの言葉から私が聖女だと気づいたようだ。

 

 「私の噂、ですか?」

 

 何かあったっけと首を捻るけど出てこない。目の前の彼は他の聖女さまの勘違いを……と思ったけれど黒髪の聖女って私しか居ないのだった。忘れてた。

 

 「なんと! ご自身のご評判を知らぬと申されますかっ!」

 

 なんだかテンションの高い騎士さまだなあとマルクスさまを見ると、ゆるゆると首を振って両手を広げ肩をすくめたので、どうやらこれが普段からの素の様子。伯爵家の嫡子を預ける実力や指導力はあるのだろうけど、如何せん独特なテンションの高さに慣れないなあと苦笑い。

 

 「平民や位の低い者にも丁寧に接し、あまつ気さくにお声掛けをされ、治癒の魔術も小さな怪我でさえ行使して下さるお方だと聞き及んでおりました!」

 

 立場があるからそう振舞うしかないだけなんだけれど。騎士さまはいたく感動されているようで、口が止まらない。

 

 「いやはや噂とは尾ひれ背びれの付くものですが……噂通りのお姿とはまこと感服いたしました」

 

 そうしてざっと膝をつく騎士さま。同道していた他の騎士さまも同じように膝をつき、腰に佩いていた剣を地面に置く。

 

 「この剣は陛下の為に振舞うもの。しかしながら国を守るという同じ志を持つ貴女さまに共鳴をいたしました」

 

 うーん、そんなに大仰にされると困るのだけれど。というか滅茶苦茶恥ずかしい。後に続く人たちが何事だと野次馬化している。聖女と騎士の誓いの場になっているのに、配膳用のお玉を持ったままだから締まらない光景になってるよ。

 気付いてくれないかなあと願うけれど、彼らの視線は地面に向けられている。マルクスさまは正式な騎士ではないので、一緒にこれをやるつもりはないらしい。

 

 「貴女さまも国と陛下と共に在るべき存在」

 

 嫌だー! 勝手に祭り上げないで! 貴方たちが忠誠を誓う陛下と同等に並べちゃ駄目だから!

 

 「非才な身ではありますが、どうぞ我らをお使い下さい」

 

 剣を預けられていないからまだマシだけれど、うわー……これ、断れない奴じゃないか! 騎士って国や陛下に忠誠を誓っている。それは絶対で、彼らの曲げぬルールだ。

 厳格で忠誠心の高い騎士ほど、最上位に置いているのだけれど、会ってから一、二分しか経っていない聖女に誓うことじゃない。

 

 まあ、位の低い騎士だと陛下に会ったことがあるのは叙任式の時くらい。騎士になると全員漏れなく騎士としての儀式を行うから。

 陛下と会える機会なんて早々なく遠い存在だだから、身近に居る存在の方が分かりやすいのだろうか。でも、やっぱりこの状況はおかしくないかな、と頭を抱えつつも放置する状況ではない。

 

 「感謝いたします。騎士の皆さまのお心遣い、しかと受け止めました」

 

 「我々も感謝いたします!」

 

ふわりと髪が揺れる。

 

 「――"神の加護を"」

 

 一節の魔術を発動させ、いまだ地面に膝を突いている騎士の人たちへと施す。神の加護と大げさに唱えたけれど、ちょっと運気が上がる程度の効果しかないものだ。

 ジークとリンが私の専属騎士になった時も同じことをした記憶がある。聖女の祝福と呼ばれるもので、効果は聖女によって効果が微妙に違うらしい。

 二人の時は、めっちゃ効果が掛かれ~掛かれ~神さまなんて信じていないけれど、この時だけは信じてあげるからと魔力を多めに込めた記憶が。

 

 「おお、まさか祝福を頂けるとは! ありがとうございます!」

 

 騎士さまの後ろに居る人たちも驚いた様子を見せる。まあ、そうそう祝福なんてしないけれど、誠意をみせられるとこうせざるを得ない。

 

 「いえ、筆頭聖女さま程の効果はありませんので、期待はしない方が……」

 

 「それでも、戦場を駆ける身としては有難いものなのです。このような機会は二度とありませんでしょう」

 

 効果が切れているなら重ね掛けするけれど、とは口にはしない。まあ術者の才覚に左右されるものだから、効果は本当に人それぞれ。筆頭聖女さまはこの手のモノが得意らしく、王国の戦力増強に一役買っていると聞いたことがある。

 

 「あまり長居をしてもいけませんね、では我々はこれで!」

 

 すちゃっと立ち上がり、すちゃっと敬礼してこの場を去っていく騎士御一行さまと若干呆れながら事態を見守っていたマルクスさま。

 そうして配膳作業が再開すると、並んでいた人たちから何とも言えない視線を頂く。いや、聖女の祝福をもらっても目に見える程の効果はないから。あの場はああするしかなかっただけだし。

 

 ようやく配膳作業が終わってリンに向き直る。

 

 「泣いていいかな」

 

 一部始終を見ていたリンだ。私の言葉の意味は理解しているだろう。

 

 「それは駄目。なにかあれば肉壁にすればいい」

 

 リンさん思考がデンジャー過ぎますよ、と突っ込むのは止めておく。むーと拗ねているので、先ほどの行為が気に入らなかったようだ。とりあえずこの場にいないジークと自分たちのご飯を受け取って、自分の天幕へと戻るのだった。

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