魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0440:卒業後。

 お別れ会の次の日。

 

 フィーネさまとアリサさまとギド殿下が母国へ戻って行った。フィーネさまには納豆を、アリサさまには子爵領で採れたトウモロコシさんを、ギド殿下にはオレンジを別れ際に渡しておいた。

 昨晩、フィーネさまに私が差し出したハンカチを拒否されたことを鑑みて、急遽贈る品を変えた。納豆は傷みが早いので、魔術具で造って頂いた簡易冷蔵庫に納めた。構造は単純なもので、箱の中に魔石を放り込んでいるだけのもの。魔石には一定温度の冷気を放つように術式が刻まれているのだが、副団長さま曰く『魔石に術式を仕込むこと自体は簡単ですよ』と仰っていた。含みを持たせた言い方だったので、才能の有無や得手不得手で術式を刻むのは大変な場合もあると予想している。

 

 「寂しくなりますね……」

 

 昨夜、フィーネさまがみんなの前で涙したのでアルバトロス王国の元特進科主要メンバーがほぼ集い、彼女たちを見送りにきていた。また泣きそうな顔のフィーネさまと、彼女を慰めているアリサさまと、どうするべきか迷っているギド殿下を送り届けた所である。アルバトロス城の転移陣を使用してそれぞれの国へ戻っているので一瞬だけれど、滅多に使用できないし、次にお三方と会うのは夏であろう。

 

 「ですね、ミナーヴァ子爵。子爵はこれからどうなされるのですか?」

 

 お城の転移陣の部屋でメンガーさまが私を見下ろす。フィーネさまと別れる前に彼も餞別の品を渡しており、手のひらサイズの小さな箱だった。

 食い気が先行した私と違って、メンガーさまであれば小粋な品を渡しているに違いない、と私はしたり顔で手渡す様子を見届けていたのだが少し甘い雰囲気があったような気がする。フィーネさまはフィーネさまで昨日メンガーさまから受け取ったハンカチを洗って返していた際に、一緒に手紙を渡していたし……。

 

 「私は領地運営に本格的に乗り出そうかと。聖女の仕事もありますし、代官さまにお任せすることが多いでしょうが、当主が無知なのは問題ですから。メンガーさまは、アルバトロス上層部のどの部署へ?」

 

 メンガーさまは伯爵家の三男坊で、彼の長兄が次代を担う。メンガーさまも家督争いを起こす気はなく、官僚として働くと前から仰っていた。無事にアルバトロス城で働くことができる、と安堵した姿を二月頃に教えてくださったのだが、どこに配属されるかまでは知らなかった。

 

 「外務部に決まりました。人手が足りず人員募集を沢山掛けたようで、俺もおこぼれに預かれました」

 

 ふふ、と片眉を上げて短く笑ったメンガーさま。彼なら『おこぼれ』ではなく、普通に学院の成績と人柄で掴んだものだろうに。ふと私の隣に立っていた方が顔を動かした。

 

 「学院を卒業して本格的に貴族として振るまわなければならないが……ナイ、一人で行動を起こす前に相談を持ち掛けてくれ! 良いな、必ずだぞ! 巻き込まれて対処するのは致し方ないが、ナイが動くと事態も大きく動くからな。メンガーにも迷惑を掛けることになるぞ」

 

 ソフィーアさまが念を押すように私に確りと視線を合わせて、身体を動かし肩に手を置いた。確かに私が行動を起こせば、話が大きくなる場合が多いなと過去を振り返る。

 

 「そうですね。加減をして頂けると助かります」

 

 今度は苦笑いを浮かべたメンガーさまに迷惑を掛けるつもりはないので首を縦に振る。

 

 「メンガーさま」

 

 「はい?」

 

 さて、これで学院生としての行事は済ませたとメンガーさまの顔を見上げた。

 

 「外務部でのお仕事、頑張ってください。私も子爵領を盛り立てていきたいと思います」

 

 「ありがとうございます。ミナーヴァ子爵であれば問題なく領地を豊かにできますよ」

 

 お互いに良い顔で笑い、アルバトロス城の転移陣がある部屋から出て別れた。本当に、今度こそお別れだなあと少し感傷に浸りながら、障壁展開のための魔力補填部屋にジークとリンと私と、ソフィーアさまとセレスティアさまとで足を向ける。

 

 ――この時の私はメンガーさまが爵位を賜るなんて全く知らず。その日の夕方。

 

 子爵邸でソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまから今後の予定をざっくりと聞いている。学院へ赴くことはなくなったので、空いたその時間は領地運営と事務仕事を学ぶ時間となった。

 といっても毎日ずっと根を詰めることもなく、午前中に当主としての仕事を実地で経験していく形になっている。領地運営は子爵領は黒字となっているのでお金の心配は必要ないし、私が子爵領をどう発展したいかが一番大きな課題なのだとか。あとは災害に見舞われた時に対応できるようにと、食料の備蓄とお金を貯めていこうとなっている。

 

 聖女のお仕事は学院に通っていた時と同じ頻度で良いらしい。むしろ学院へ通う前が働き過ぎだったようで、聖女になって今までの仕事内容を伝えるとソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまにドン引きされた。

 

 お貴族さま出身の聖女さまは、治癒院に頻繁に顔をだしていない――もちろん例外もある――し、討伐遠征にも参加していないそうだ。私の場合お金を貯めたいから教会の打診を頻繁に受けていたと伝えれば、仲間のためが大きいだろう、と深い息を吐かれてしまう。壁際で話を聞いていたジークとリンも微妙な顔になるのだが、みんなそれぞれで自立していったので私の心配は必要なかったのだ。

 

 クロが何故か顔をすりすりし始め、私の足元では毛玉ちゃんたちが固まっている。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは少し離れた位置で、二頭一緒に寄り添っていた。

 

 微笑ましいなあと彼らをみんなで見たあと、ソフィーアさまがなんとも言えない表情から真面目な顔になって言葉を紡ぐ。

 

 「来週の頭には共和国から魔術の研修を受ける者たちがやってくる。月が変わればアガレス帝国の皇女殿下の戴冠式があるな」

 

 共和国の方々との縁は私が築いたようなものだし、教会の聖女として実習生たちと立ち会う機会もあるそうだ。ウーノさまとは今も手紙でやり取りをしており、帝国の内情が駄々洩れのような気がしている。確りとした方であるから、大事な所は見せないし記しもしないだろうけれど、陛下とヒロインちゃんの様子を綴ってくれることもあった。

 

 「ジークフリードさんとジークリンデさんの叙爵式と南大陸のC国からの褒章授与式もアルバトロス王国で同時に開かれる、と噂されていますわ。筆頭聖女選定の儀も執り行われますし、当然ナイも候補の一人でございましょう」

 

 セレスティアさまが鉄扇をばっと開いてジークとリンへ視線を向けてふふふと笑っている。ジークとリンに嫉妬しているというよりも『竜殺し』の二つ名を賜らずに済んだ安堵であろうか。彼女なら必要に迫られれば竜も倒せるはずなのに、笑みを浮かべる意味があまり理解できなかった。告げられた予定以外でもやりたいこと、やらなきゃいけないことは沢山ある……。

 

 「あれ、私の予定……割と詰まっていませんか?」

 

 学院を卒業すればもう少し自分の時間を捻出できると考えていたけれど、学生時代とあまり変わらない気がする。でも前世のことを考えれば学生時代より社会人の時の方が自由時間は少なかった。なら今の状況を嘆く必要はないし、ソフィーアさまとセレスティアさまだって婚姻して当主夫人を務めるはずが、引き続き私の侍女を担ってくれる。

 

 「忙しいのは良いことですよ。やるべきことを必死になって探している者もいますから」

 

 家宰さまがにっこりと笑顔を浮かべ明日の分のお仕事を少し片づけましょう、と仰る。頑張れば明日の分の仕事が減るし、これからのことを今から愚痴を零しても仕方ないと書類に向かい、決裁のサインを入れていくのだった。

 

 ――食事を終え、お風呂に入る前。

 

 赤子の様子を伺おうと屋敷の一室に入って乳母さんと挨拶を交わした。彼女は子爵家で雇った方で、三十代手前の未亡人である。旦那さまを亡くし、途方に暮れていたところに子爵家で乳母を募集していると聞き飛びついたとのこと。

 元々、貧乏男爵家出身であり、亡くなった旦那さまは平民である。ご実家を頼り出戻ったものの、居候の身では肩身が狭い。子爵家は住み込みで働くこともでき託児所もあることから、運が良かったと仰ってくれた。

 

 「ご当主さま。この子は本当に大人しいです。ですが、泣かないのは些か問題があるのでは、と」

 

 「子育てを経験した皆さま仰っていますね……刺激を与えて反応はあるのですが、嫌がる素振りも見せませんし困ったものです」

 

 感情が薄いことは気付いているし、赤子の仕事は泣くことなのに泣かないのは不味い。ただご飯――今はまだお乳でそろそろ離乳食――は確り食べてくれるから、身体の成長に問題はなさそうである。

 

 「はい……なにか良い方法があると良いのですが」

 

 「ええ。毛玉ちゃんたちに囲まれても微動だにしなかったので、もっと強い刺激を与えた方が良いのか迷います」

 

 赤子の感情が薄いと分かり、毛玉ちゃんたちにペロペロ攻撃をお願いしたものの泣きも笑いもせず、無の表情で攻撃を受け入れていた。テレビでお笑い芸人の漫才や芸を見て『くだらない』と一笑に付すような子に育たないと良いけれど。

 

 「ご当主さま、幻獣の方々にご迷惑をお掛けするのは……あまり……あ、ご当主さま」

 

 「はい?」

 

 乳母さんは困ったような顔から、真面目な顔になって私を見た。どうしたのだろうと首を傾げると、肩の上にいるクロに当たってしまう。ごめんと目で謝って、少し待ってくれていた乳母さんへ再度視線を向けた。

 

 「この子のお名前はどうなさるのですか? 流石にずっと貴女と呼ぶには限度がありますので、名前を決めてくださると私たち乳母は嬉しいです」

 

 赤子の頭を愛おしそうに撫でながら乳母さんが仰った。そうだ。赤子の名前は候補を絞ったものの決められずにここまできてしまっている。『ユウ』をもじった名前をと考えて候補はいくつか頭の中にあるのだけれど、みんなの前で口に出してはいない。彼女が言うとおりいつまでも名無しの赤子ちゃんでは駄目だし、腹を決めようと乳母さんの顔を見上げる。

 

 「明日、時間はまだ分かりませんが、赤子の名前をみなさんに発表しますね。あとアンファンの様子はどうですか? 赤子の面倒以外に彼女の世話も担って頂いているようで申し訳ありません」

 

 アンファンが赤子と朝と晩、そしてお休みの日は一緒に過ごしている。当然、乳母さんも彼女と関わることになるので、仕事が増えてしまうがアンファンを見て貰うこともお願いしたのだ。一応、その分のお給金を上乗せしているので大丈夫だと思いたいが、面倒が増えただけと捉える方がいてもおかしくはない。

 

 「良い子ですよ。私がこの子のおむつの替え方を教えると、率先して替えてくれますから。感情が薄いことも伝えて、なるべく刺激して欲しいともお願いしております」

 

 「そうですか。アンファンは私を苦手としているので助かります。交流が増えれば、アンファンにも赤子にも良い影響となるはずですから」

 

 暫く忙しいと思いますがよろしくお願いします、と告げて、子爵家で働くに際して問題や足りない物や欲しい物があれば伝えて欲しいとお願いする。

 家宰さまと侍女長さまが窓口になっているけれど、言い辛ければ直接教えてくれても良いし、誰かと一緒に訴えても大丈夫だと言っておく。改善できるかは分からないけれど、問題を抱えたままでは仕事はし辛いし、やり甲斐もない。ブラック企業と呼ばれないように、子爵邸の管理も怠ってはならないと肝に銘じておくのだった。

 

 ◇

 

 乳母さんと約束した通り、赤子の名前を皆さまに発表した。特進科にいた際に皆さまに相談していたし、世間的に問題のない名前になったはずだ。

 

 ジークとリンとクレイグとサフィールにも再度相談に乗って貰って、妙な名前になっていないと確認して貰った。アンファンにも赤子の名前を決めたことを報告して了承を得ている。

 彼女は赤子にまともな名前を付ける自信はないと凹んでいた。教育不足によるものなので、アンファンが大人になって好いた人と添い遂げ、赤子を産んだ際にはきちんとした名前を贈れるように勉強を確りお願いしますと伝えておいた。

 私の話を聞いているのか、聞いていないのか分からないけれど、今はまだ彼女にとって私は敵視すべき人間でしかない。こればかりは子爵邸の皆さまにアンファンのぐちゃぐちゃになっているであろう気持ちを解いて頂くほかない。

 

 ――ユーリ。

 

 赤子に名を授けたことを子爵邸の皆さまの前で報告した。国により男性名と成り得るのだが、アルバトロス王国では女性にも付けられる名前である。ユウ、と言ってしまった手前、それに掛かっていることを前提条件としたので代り映えはしないけれど、二文字の音数よりは良いのだろうか。

 皆さまに発表し終えると、乳母さんたちが『ユーリ』と呼び始め周りの方々も『ユーリ』と呼んでくれる。赤子、もといユーリに早く名付けてあげるべきだったなと反省しながら、子爵邸の皆さまが名前を覚えるために何度か声にしていたことに目を細めていた。

 

 一応漢字で書いた場合も考え『悠里』とあてた。南大陸で生まれた子が西大陸で暮らすようになったのだ。彼女にとって西大陸のアルバトロス王国が『長の里』であるようにと無理矢理にあてたとでも言うべきか。少し重いものを背負わせてしまっている気もするけれど……。

 これについては身内の方々のみに打ち明けているし、赤子が成長していろいろと分かるようになって、私が転生者であることを語れた時にでもネタとして打ち明けられれば良いなあと考えている。

 

 そうして共和国から研修生がやってくるまであと数日。今日は子爵領に行って、代官さまや新しく建てた子爵家のお屋敷で働く方々との顔合わせをする予定だ。新築のお屋敷を観たいとのことで転移を望む方々が多くいるのだが、ロゼさんに全員転移は可能か聞いてみた。

 

 『大丈夫! ロゼに任せて! ヴァナルたちはマスターの影の中!』

 

 ロゼさんの声と共にヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちが無言で私の影の中へと入っていく。子爵領に定住するかもしれないと伝えると、彼らも一緒にくるとのこと。エルとジョセ一家も一緒に行きたいと言っていたので、王都のお屋敷よりも広いし領内であれば自由に闊歩できる。彼らにとっては住環境が改善されると言っても過言ではない。

 

 「皆さま、準備はよろしいでしょうか? ロゼさん、よろしくお願いします」

 

 クロとジークとリンにソフィーアさまとセレスティアさま、子爵邸から領へ異動となる侍女さんに見学希望の非番の方たちが私の声に頷きロゼさんの周りへ集まる。

 サフィールとクレイグも予定が合えば見学に行きたいと言っていたし、家宰さまも代官さまと話し合いをしたいそうで一度は訪れておきたいそうだ。今日は都合が付かず、彼らは王都にお留守番だった。

 

 『ん!』

 

 私の声に返事をくれたロゼさんの下に大きな魔術陣が現れて光を放つ。あれ、起動詠唱を唱えたかなあと朧気に頭の中で考えていると、視界が真っ白になってお腹の中身がひゅっと浮く。そうして眩しさから解放されると、子爵領領主邸の門の内側へと転移していた。

 

 「ロゼさん」

 

 『マスター、どうしたの?』

 

 こてんと真ん丸ボディーを変形させてロゼさんが答えてくれる。可愛いなあと目を細めていたけれど、聞きたいことを聞かねばならない。

 

 「今気づいたけれど、ロゼさん転移魔術を無詠唱で行ってた?」

 

 『うん。マスターの魔力が沢山あるから、ロゼも沢山! 無詠唱でも問題ない! 変な奴がきてもロゼがやっつける! マスターは後ろで魔力をロゼに譲渡してくれれば、永遠に術を打てるって。ハインツが教えてくれた!』

 

 ぷるんと身体を揺らしたロゼさん。副団長さまはロゼさんに魔術を教えただけでは飽き足らず、動く砲台と化せるように教え込んだようだ。ロゼさんを相手にできる方がいるなら『逃げてー!』と最初に一言添えた方が良さそうである。どうか敵対する方は一生現れませんようにと願いながら、庭の向こうにある屋敷を見た。

 

 「大きい……部屋の場所覚えられるかな……」

 

 子爵領のど真ん中にどーんと鎮座しているお屋敷は、王都の子爵邸よりも凄く広い。王家とハイゼンベルグ公爵家とヴァイセンベルク辺境伯家が資金提供してくれたのだから、そりゃちんちくりんなお屋敷が建つとは考えていなかったけれど。

 

 「中は王都の屋敷より広いだろうな」

 

 「そのうち妖精や幻獣でたくさん埋め尽くされそう」

 

 ジークがお屋敷を見つめて素直な感想を口にし、リンがあり得ないことを口にした。いやいや幻の獣だから幻獣なので、そうそう人間が住まうお屋敷に居くことはないだろう。今までの三年間が特殊だっただけで、これからはきっと増えることはないはず……はず。

 

 「子爵位の領地貴族の家より広く設計されたのは、ナイの陞爵は確実だと伯爵位規模の屋敷となったからな」

 

 「実際、陛下から陞爵が決定したと伝えられましたし、丁度良かったではありませんか」

 

 ソフィーアさまは『直ぐに慣れるさ』と苦笑を浮かべ、セレスティアさまはドリル髪がわさぁと盛り上がったので幻獣が増えることを期待しているようだ。本来、馬車で進むため屋敷の大門からお屋敷の玄関までかなり距離があるけれど、庭の様子も見て回ろうと私たちは歩いて進む。庭も広く、王都にある子爵邸の庭の規模とは大違いだった。

 

 これ、全部田畑に変えてしまえば結構な収穫量が見込めるのでは……と欲望が頭を過る。誰にも分からないように幻想を振り払い、新しく雇う庭師さんが困ってしまうから駄目だ。子爵領には試験的に育てている果樹園があるので、個人的に育てたいお野菜さんや果物さんがあれば農作業は園を利用しよう。鈴生りのオレンジの木があるので、今更なにが起こっても問題ないはずだ。

 

 『完成前に見たけれど、やっぱり大きいよねえ』

 

 クロが声を上げると、影の中からヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちが出てきて一緒に歩き始める。桜ちゃんがぴゅーと真っ直ぐ走って行き、少し離れたところで後ろを振り返り誰も走っていないので、ぴゅーっとまた戻ってきた。子爵邸の面々の周りを二度走り、他の毛玉ちゃんたちと合流して普通に歩き始める。毛玉ちゃんたちは初めて訪れる場所のため、刺激が多くきょろきょろと顔を方々へ向けている。

 

 「ね。当主用の部屋も広いのかな?」

 

 私もきょろきょろと庭を眺めながら真っ直ぐ歩いて行く。王都のお屋敷の自室ですら広かったのに、これ以上広い部屋に住まうことになろうとは。

 

 「当たり前だ。王都の子爵邸より狭くなってどうするんだ」

 

 クロと私の会話を聞いていたソフィーアさまがたまらず突っ込んでくれた。彼女は苦笑いを浮かべているので、私たちの呑気な会話に呆れているのかもしれない。

 

 「あ、広くなっているならば、家具はどうなるのですか?」

 

 王家から子爵邸を貸与された際は最低限の家具は取り揃えてあったので、私が新に買うことはなくソフィーアさまとセレスティアさまが呆然としていた。

 私物が少ないと心配されていたけれど、私は今の部屋ですら贅沢で豪華な部屋という認識だ。そういえば公爵家と辺境伯家の当主さまのお部屋ってどんなものだろうか。公爵さまは武具類を沢山飾っていそうだし、辺境伯さまもおしゃれな部屋なのかな、なんて妄想してしまうのだが。

 

 「その辺りも踏まえて、今日の見学だ。当主の美的感覚が問われるぞ」

 

 「ですわねえ。成金貴族のお屋敷へ参りますと、派手な絵画や金の甲冑なんてものが飾られておりますわ」

 

 美的センスがヤバいととんでもないヘンテコなお屋敷となってしまうらしい。侍女さんの一人が苦笑いを浮かべながら、とある貴族家のことを教えてくださった。曰く、ヘンテコな絵画を集め廊下に飾って自慢を始め、聞いてもいない説明を事細かに開始されて困っていたとか。

 

 「将来的に価値がでるかもしれませんよ?」

 

 絵画は十年後とか百年後に評価を受けることがある。お貴族さまが絵画を沢山飾るということは、絵師の方の出資者なのだろう。沢山絵画を所有しているならば、一枚くらい価値が出てもおかしくはないはずだ。

 

 「どうでしょうか……私には理解できないものでした……周りの方々も仰っていたので以前働いていたご当主さまの趣味は凡人には理解できないと皆で結論付けました」

 

 むーっと侍女さんが考える素振りを見せ、顔がどんどん変化して苦笑いとなった。件のご当主さまのセンスは使用人の皆さまには合わないが、大きな被害を受けていないから黙認されたのだろう。センスのないお貴族さまが誰なのかは分からないが、日々の生活を絵師の方が送れるのであれば慈善事業の一類なのかもしれない。

 

 「絵を自分で買ってみるのもアリでしょうか……?」

 

 「それより前にナイの自画像を描いて貰え。初代当主なんだ。大きな一枚絵を目立つところに飾っても文句は誰も言わないぞ」

 

 「ええ。ご一緒にクロさまとロゼとヴァナルさんたちにギャブリエルとジョセフィーヌを描いて頂きましょう! きっと良い絵が完成されますわ!」

 

 ソフィーアさまがやらなければならないことを見つけたと言わんばかりだし、セレスティアさまは違う意味で盛り上がっている。お屋敷に私の姿絵が飾られるなんて、凄く恥ずかしい。

 できれば却下したいけれど、お貴族さまの習わしと言って絵師の方を呼ばれそうである。せめて誰か一緒に描いて貰わないと恥ずかしいので、ジークとリンとクレイグとサフィールを巻き込んでしまっても良いだろうか。

 

 みんなでお喋りをしていると、お屋敷に辿り着いた。玄関前の馬車回りはかなり広いし、玄関の扉も重厚かつ大きなものが取り付けられている。

 

 「おかえりなさいませ、ご当主さま。お待ちしておりました」

 

 「お久しぶりです。子爵領の運営を任せきりにして申し訳ございません。これから少しづつ私も領の運営に関わっていければと考えております」

 

 代官さまが私たちの到着を玄関前で待ってくれていた。恭しく頭を下げ丁寧な対応だった。落ち着かないなあと苦笑いしつつ、今後のことを伝えておく。

 

 「早速でございますが……人工池のほとりに住まう竜の卵がもう直ぐ孵ると報告が上がりました。領邸の見学と竜の方々のご様子を伺うこと、どちらを先になされますか?」

 

 代官さまが少し疲れた様子で告げた。いや待って、ねえ。卵が孵ったという報告は受けていないから、卵が孵ることは嬉しいことだけれど。朝方、卵に皹が入り、番の竜の子たちの話によればお昼くらいに孵る予定とのことで私がここに来るまで報告を待っていたとのこと。

 

 「……」

 

 でも、どうして狙ったようなタイミングで卵が孵るのだろうか。

 

 『本当? 嬉しいなあ。また仲間が増えるよ、ナイ』

 

 クロが喜びを体現しているのか、私の顔に顔をすりすりしながら、肩の上で足踏みをしている。

 

 「ナイ、ナイ! 屋敷の内見はあとからでもできましょう! 急ぎ竜の方の下へ参った方がよろしくありませんか? もし先に屋敷を見学するのであれば、せめてわたくしだけでも竜の方々の下へ向かう許可をくださいませ!!」

 

 セレスティアさまはセレスティアさまで自身の欲求に凄く正直だった。彼女の直球な要求は見習わなければと、先に池のほとりへ行きますと代官さまへ伝えるのだった。

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