魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0443:ヤーバンという国。

 ――アルバトロス城・待機室。

 

 アルバトロス上層部はヤーバン王国へ魔術具で連絡を入れ『グリフォンさんが大陸の西の端から我が国にやってきたが問題はないか?』と問い合わせを急ぎ行った。今は相手国からの返事待ちとなり、子爵邸の面々はお城の一室を借りて待機している。

 

 彼の国はアルバトロス王国と同様に引き籠もり体質なのだが、障壁を国中に展開できるわけではない。ヤーバン王国と関われば面倒だから国土を広げない限りは放置、と諸外国から見られている所為である。

 何故、諸外国がヤーバンと関わらないと決めた理由までは学院で教えてくれなかった。とりあえず、ヤーバン王国は西大陸内で一番関わってはならぬ国だから放っておけ、とだけ教えられたのである。

 

 「なんでだろう?」

 

 本当にどうしてだろうかと左へ首を傾げれば、私の肩にクロはいなかった。クロは孵ったばかりの仔竜さんが気になるようで、リンの肩の上で仔竜さんと一緒に並んでいる。ぐりぐりと顔を押し付け合っている姿は可愛いけれど、なんだか肩が軽くて違和感があった。丁度、タイミングを同じくして部屋から出ていたソフィーアさまとセレスティアさまが戻ってきた。

 

 「さあな。騎士科は西大陸の全ての国を教わったわけじゃない。力になれなくてすまん」

 

 「ナイを害するなら斬り捨てるだけ」

 

 ジークとリンが私の疑問に答えてくれた。西大陸の西の端が生活圏のグリフォンさんは知っていますかと問えば『申し訳ありません、人間のことは詳しくないのです』と仰った。

 気まぐれで聞いたので問題ないのだけれど、卵さんの扱いも今後どうするべきか決めなければならないし、ヤーバン王国も口出ししてくるだろう。どうなるのかなあ、と部屋の天井を見上げるとソフィーアさまとセレスティアさまの顔が私の視界に映る。

 

 「ナイ。教えて良いと許可が下りたから伝えるぞ。ヤーバン王国の者たちは血の気が多い。私は王子妃教育を受けたから学んだが……ヤーバンへ侵略を試みたとある国の軍隊を壊滅させたんだ」

 

 どういう経緯で戦端を開いたかによるけれど、壊滅させたって凄いなあ。確か、大部隊が三割程度消耗すれば撤退が始まると聞いたことがあるのに壊滅させるとは。その間に降伏勧告も出さなかったのであれば、血の気が多いと称されても仕方ないだろう。血の気が多いという言葉とソフィーアさまの顔色が気になり聞きたいことが増えた。

 

 「捕虜は?」

 

 流石に降伏した人を殺しはしないだろうし、賠償金を得ようと身分の高い方を捕虜に捕ることはままあること。

 

 「捕っていない。文字通り全滅……ようするに皆殺しだ」

 

 どうやら降伏した人たちも斬り捨てたようだが、そうなると学院の授業で習っていても良さそうだけれど。

 

 「最近の話ですか?」

 

 「百年ほど前だな。ヤーバンの国土を得ようと周辺国はそれ以前に何度も攻めていたが、一度も勝てた試しがなく諦めた。そしてヤーバンには関わらないと決め今に至る」

 

 ヤーバンもヤーバンで他国に旨味がないと判断しているのか、攻め出ることもなかったそうだ。陸の孤島状態となっているなあと、ソフィーアさまともう一度視線を合わせる。

 

 「そのような状態なのに、連絡手段があったのですね……」

 

 陸の孤島で他国との関わりを持ちたくなさそうなのに、連絡用の魔術具を維持管理しているとは。

 

 「血の気は多いが、ヤーバンの地を余所者が踏まない限りは理性的らしい。百年間、関わろうとする国がなかったせいか情報が古いが連絡手段だけはあった」

 

 試しに連絡を外務部の方が取れば、ヤーバンの方と繋がったそうだ。外務部の方たちも凄く驚いたそうだけれど。しかしヤーバンの引き籠もり体質はアルバトロス王国よりも亜人連合国のようだなと思ってしまったのは内緒である。

 

 「では百年前から連絡用の魔術具が各国に設置されていたのですね」

 

 「まあ、設置していた理由は宣戦布告用だったと聞いたことがあるな……」

 

 元も子もない、というか夢も希望もないけれど、百年ほど前は世情が荒れていたと聞くからそんなものだろうか。勝手に戦端を開くと周辺国から睨まれるし、一応国同士が戦争を開始する掟が存在する。手順をすっ飛ばせば卑怯者の国となり、戦に勝っても周りの国から良く思われず滅ぼされることもあるそうだ。平和な時代で良かったと息を吐くと外務部の方がやってきた。

 

 「失礼します、ミナーヴァ子爵。二日後、転移陣を利用してヤーバン王国から使者がやってこられる、とのことです」

 

 神妙な顔で告げた外務官さまは、直ぐに部屋を出て他の用事に向かう。引き籠もっている国の方が外に出てくるのは珍しい。グリフォンさんの保護を目的としているようだが、グリフォンさんは私と共に暫く過ごすと決めている。

 人間の世話になる気はないと仰っているし、ヤーバン王国の地に降り立つことはあるかもしれないが、彼の地の方々と関わるつもりはないとのこと。なんだか荒れそうだなあと目を細めていると、お迎えの近衛騎士さまの案内で会議室へと向かい、陛下とアルバトロス上層部の方々との話し合いを済ませて、二日後に登城することになった。

 

 共和国の研修生の受け入れを進めており、外務部の方たちや関係各所の方たちが忙しそうだったのに、ヤーバン王国のお偉いさん方の受け入れ計画も立てなければならないので城内は騒がしかった。

 

 ――二日後。アルバトロス城。

 

 子爵邸の転移陣からアルバトロス城へと向かえば、お城の方たちが右往左往して忙しそうな雰囲気を醸し出していた。近衛騎士さまも普段より多く配置されており、厳戒態勢だと分かる。各部署の官僚の皆さまもお城の廊下を行ったり来たりしていて、騒がしい城内となっていた。私たちは案内役の近衛騎士さまに導かれ謁見場へと向かっている。

 ヤーバンの方々がどう出るか読めないので、警戒を怠るなと公爵さまと陛下から告げられていた。謁見場で騒ぎを起こせば国際問題に発展するから大丈夫と思いたいけれど……こればかりは分からない。ふと、廊下を進む人に見覚えがあるなあと視線を向ける。

 

 「あれは……」

 

 後ろ姿ではあるが、メンガーさまではないだろうか。書類を抱え、小走りで廊下を進んでいる。表情は見えなかったけれど忙しそうだった。私のふいに出た声に、一緒に歩いていたメンバーが視線の先を見る。

 

 「エーリヒだな。既に城で働き始めていたか」

 

 「みたいだね」

 

 目の良いジークとリンが言うなら間違いはないだろう。ジークはメンガーさまの名前を呼び合う仲となっているようだし、知らない間に交友関係が増えていた。ギド殿下とも言葉を少し交わすようだから、仲が深まると良いけれど。リンは騎士科の女子生徒と喋るところを見たことないけれど、大丈夫なのだろうか。教会騎士だから、騎士団の女性陣と交わることが少ないし、リンの友人が増えることはあるのだろうか。

 アリアさまが時折リンに言葉を投げて答えて無言になっている所を見たことがある。コミュ力満点のアリアさまがリンの牙城を崩すことができれば、私の心配も少しは減るけれど……こればかりはリン次第なのかもしれない。

 

 「メンガーであれば、どの部署でも上手くやっていけそうだな」

 

 「世渡りがお上手そうですものねえ」

 

 目を細めて笑うソフィーアさまとセレスティアさま。彼がお城のお役人となったので、頑張れと言いたいらしい。お二人は私たちが転生者と知っているので、前世でどんな生活を送っていたのかある程度理解しているから、環境が全く違う世界へと渡った苦労を察してくれているのかもなあと目を細める。

 

 「メンガーさまならソツなくお仕事を済ませていそうです」

 

 歩きながら子爵邸の面子が小さく笑うと、クロとグリフォンさんとジークとリンの肩に乗っている幼竜さんたちがこてんと首を傾げる。

 そうして謁見場へと辿り着き、公爵さまと辺境伯さまやお城に勤める主だったメンバーが揃い、ヤーバン王国の使者さんたちを待つことになった。私はいつも通り公爵さまの横に案内され、挟まれる形で隣には辺境伯さまが立っている。

 

 「またナイは面白――大物を引っ張りだしてきたなあ。今度はヤーバンの者たちとグリフォンときたか」

 

 公爵さまが私に顔を向けて笑っているけれど、今、面白いと言おうとしていなかったかなあ。公爵さまにとっては面白いのかもしれないが、陛下とアルバトロス上層部の皆さまは、二日間で謁見の準備と受け入れを整えなければならなかったから大変だったはず。城勤めが始まったメンガーさまも新人でありながら既に忙しそうだった。

 

 『ご迷惑をおかけしているようで、申し訳ありません』

 

 公爵さまの言葉にグリフォンさんが首を下げて、しおれている。大丈夫かなあと嘴を撫でると気持ち良いようで、顔を上げてくれた。この二日間でグリフォンさんの撫でて気持ち良い所は把握済みである。黄色い卵さんは今日は私は持っておらず、巾着袋に綿を敷き詰めてグリフォンさんの首に掛けて貰っていた。

 ヤーバンの方は血気盛んのようなので私が持っていると喧嘩になりそうだと伝えて、グリフォンさんの首に下げて貰うようにお願いしたし、謁見場にグリフォンさんがいると彼らがどんな行動を取るか分からないので、少しの間隠れていて欲しいとお願いしている。グリフォンさんは人の壁を利用して、後ろで伏せの態勢で話を聞くそうだ。相手に見えないので問題ないし、グリフォンさんに懐いた毛玉ちゃんたちが一緒にいることになる。

 

 「気になされるな。ナイが其方に魔力を注ぎ込んだと聞いて驚きはしたが……次はグリフォンがアルバトロス王国に居つく可能性が出てきた。被害を受けた者もおらず、其方は友好的。ならば起きた事態を上手く利用して状況を整えるのは、我々の務めなのです」

 

 にや、と笑う公爵さまも好戦的だよなあと私は苦笑いになった。まさか公爵さまとヤーバンの方々が戦ったりしないよねえと、ありもしない未来を描いてしまう。そうしてグリフォンさんは毛玉ちゃんたちと一緒に後ろに下がっていった。

 

 ――陛下御入来!

 

 大きな声と共に陛下がステージ横の扉から現れて玉座に腰を下ろす。そうして少し待っていると正面の大扉からヤーバンの方々が現れると、謁見場にどよめきが走った。ヤーバンの使者さん五名は堂々と真っ赤な絨毯を進み玉座の前に立つ。

 

 「アルバトロス王よ、御前失礼する! 我らが頭を下げるのは我が国、ヤーバンを統べる者一人。無礼を承知して頂きたい」

 

 ヤーバンの代表さまがステージ上の玉座に座る陛下へ顔を上げ立ったまま口上した。胸に手を当てているので敬意は表してくれている。

 陛下はふむ、と一つ考える仕草を見せ右腕を肘掛に置き手を顔に当てた。陛下の珍しい態度だけれど……なるほど、使者の無礼を許すとは言えないので、陛下も少しお行儀の悪い態度で相殺しようということか。

 

 「貴殿らの名は?」

 

 「ヤーバン王国が第一王子、シルヴェストル! 我が国の国獣であるグリフォンを保護したと聞き、父王より使者を命じられ急ぎ参った次第である!」

 

 だん、と片脚を上げて床へと叩きつけ胸に手を当て、大音声で名乗りを上げた。ヤーバン王国の礼の執り方なのだろう。しかし………………正装が腰布一枚と外套姿で上半身むき出しとは恐れ入った。第一王子殿下は顔が整っている上に鍛えており、お腹に胸も腕も足の筋肉も発達しているから、みっともなさは感じない。他国の文化を否定するわけではないが、謁見場にいるアルバトロスの女性陣が目のやり場に困っていた。私は聖女なので男性の裸を見慣れているので問題はないけれど。

 

 さて、どう話を持っていくのかなあと丹精な顔立ちの第一王子殿下を謁見場の一角で見守ることになった。

 

 ◇

 

 ヤーバン王国からきた使者代表さまは向こうの国の第一王子殿下らしい。歳は二十代中頃か後半くらいで、端整な顔つきに鍛え上げた筋肉が凄く目立っている。

 かといって太いという感じはなく、ボディービルダーのように作った筋肉ではなく、運動した末に付いた自然な筋肉と称せば良いだろうか。陛下を確りと見据え自信にあふれる顔は、アガレス帝国の元第一皇子殿下を彷彿とさせた。金ピカ鎧のような方ではないようにと祈らずにはいられない。

 

 「貴国が保護したグリフォンと卵は我々ヤーバンが国へ連れ戻したい。ただグリフォンは人間が簡単に捕獲や保護をされるような幻獣ではないことを、この場にいる皆は承知していることだろう」

 

 第一王子殿下が右腕を上げ外套を翻し、謁見場に控えている方々の顔を見渡した。

 

 「グリフォンを保護したならば、鎖に繋ぎ、檻に閉じ込められているはずだ。急ぎ我々が預かり受ける! 保護の一報を齎してくれたことには感謝する! だがグリフォンを国の宝と掲げているヤーバンだ! 仮に貴国が保護したグリフォンに命に関わるようなことがあれば…………」

 

 きっ、と視線を厳しくした殿下は陛下を見上げる。保護した状況と経緯を伝えているので、暴れているとか困っているとかアルバトロス側が嘘を伝えることはない。

 もしかしてヤーバン王国ではグリフォンを手懐けるまでに、暴れられ怪我を負った方でもいらっしゃるのだろうか。国獣と定めている故に、そうしなければならないのか事情が全く知らないけれど……難儀なことである。

 

 「どうするというのだね?」

 

 陛下は余裕の表情で段下にいる王子殿下を見つめていた。

 

 「誇り高きヤーバンの民はアルバトロス王国を滅ぼすことになるであろう!!」

 

 またざわりと謁見場内がざわめき立つ。王子殿下の威勢は良いけれど、物理的距離があることをどう解決するつもりなのか。それこそグリフォン騎乗部隊でもあれば空を移動してアルバトロス王国へ辿り着くことができる。

 少し前までなら、アルバトロス王国は空からの攻撃に為す術もなく防戦一方な展開になるが、今は竜騎兵隊が編成されているので空からの攻撃にも備えている。割と無理があるし、防衛戦しか経験のないヤーバンが攻勢に上手く出られるのかは謎だ。

 

 私の隣で公爵さまがウッキウキの顔になって今にも『攻めてこい!』と言わんばかりの雰囲気である。そんな公爵さまに気付いたのか、陛下がちらりとこちらを見た。

 

 「面白い話だが、我々アルバトロスは無用な争いを好んでいない。ミナーヴァ子爵、グリフォンを呼んでくれ」

 

 グリフォンさんを檻の中へ閉じ込めてはいないし、普通に会話ができるので直接ヤーバンの殿下と話をして頂いた方が良いだろう。

 

 「承知致しました」

 

 陛下の声に頭を下げて後ろを見ると、壁になってくれていた方々がモーゼのなんとかみたいにすっと道を空けてくれる。グリフォンさんも話を聞いていたので、よっこらしょっと立ち上がって歩を進め私の横に立った。毛玉ちゃんたちもグリフォンさんの後ろをちょこちょこと着いてきて、五頭が綺麗に並んでお尻を床に付けるのだった。

 

 「なっ!? グリフォンが暴れていないだと!? しかも人間の隣にいるっ……!? え、子供の肩に乗っているのは竜なのか……? 五頭の犬もただならぬ気配を感じるのだが……一体……何故、このような事態に……」

 

 ヤーバンの殿下は脳味噌とお口が直結しているタイプのようだ。小さな声であるが、地の声が大きいので呟いたことが周囲に聞こえている。他の使者の方が『殿下!』と注意をすれば、すまんと謝って口を閉じた。

 

 「グリフォンを保護した我が国のミナーヴァ子爵だ。前へ」

 

 陛下が御前にくるようにと促し、近衛騎士さまが案内をしてくれる。私の直ぐ後ろにジークとリン、そしてグリフォンさんと共に歩き始めると毛玉ちゃんたちも一緒に付いてくる。

 一応毛玉ちゃんたちの入場許可は取っているけれど、まさかグリフォンさんに懐いて一緒に行動するとは。ヴァナルと雪さんは私の影の中でまったりしていて、毛玉ちゃんたちが問題を起こせば対処するらしい。

 

 こうなった場合、どう対処をするかは打ち合わせを済ませている。話が通じず相手が暴挙に出るならボコって良し。グリフォンに危害を加える場合もボコって良し。まともに話し合いができるのであれば、交渉次第ということになっていた。で、ここから先はグリフォンさんを保護した私に任せるとも。

 

 「ヤーバン王国、シルヴェストル第一王子殿下、お初目に掛かります。アルバトロス王国所属、ナイ・ミナーヴァ子爵と申します。此度は我が領地で倒れていたグリフォンに治癒を施し、卵を預かり受けました」

 

 殿下を先頭に使者さんたちと相対する。状況をきちんと説明できていないけれど、私がグリフォンさんを助けたことに間違いはない。グリフォンさんは状況をいまいち掴めていないが、人間のルールに付き従う必要はない。だからまあ、全てはグリフォンさんの意思次第である。

 

 「名乗り、感謝する……本当にグリフォンを其方が手懐けたのか……?」

 

 殿下は私と並んだグリフォンさんを見て目を丸く見開いたのち、顔をこちらへと向けた。

 

 「手懐けたのではありません。領地を視察していた際に彼女と出会い、卵を産む現場に居合わせたのです」

 

 まあ、グリフォンさんは竜の方々に托卵を企んで、結局私に托されたけれど。ね、とグリフォンさんの顔を見上げれば、顔を下ろして嘴をすりすり身体に擦り付ける。目の前の殿下は経緯説明を黙って聞いてくれそうなタイプではないので、グリフォンさんに解説をお願いしたいのだが喋る気はないらしい。

 

 「なっ!? 卵を産み落としたというのかね!?」

 

 「はい。彼女が首に下げている袋の中に卵が入っております」

 

 殿下と使者さんたちはぎょっとした顔になり、グリフォンさんが首から下げている袋に目が釘付けになっている。そういえばグリフォンの卵って貴重なのだろうか。ヤーバン王国で繁殖していれば珍しくはないだろうから、今の反応を見るにグリフォンの卵って貴重そうだなあと意識が遠くなる。

 

 「グリフォンは托卵して仔を育てる! 本来は卵を産み落とす竜や幻獣の元へ預けるのだ! 何故、雌のグリフォンが卵を抱いているのだ! まさか強制か!?」

 

 遠くなった意識が殿下の大きな声に引き戻された。私の言葉では信じて頂けそうにないと、グリフォンさんに顔を向けて助けを求める。

 

 『違いますよ。私が産み落とした卵は彼女に預けたのですが、今回の件を受け私が持っていた方が、貴方方を刺激しないと考えたのですが逆でしたねえ』

 

 グリフォンさんは言葉を言い終えると、私の顔に嘴をすりすりしてくる。なんだか見せつけているような気もするけれど、彼女の行動にどんな意味があるのだろう。私が口を出すと殿下がヒートアップしそうなので、この場はグリフォンさんに任せよう。落ち着いて話ができると一番良いけれど、頭に血が昇っているようだから心配だ。

 

 「な……人間の言葉を理解なされているのか?」

 

 『ええ、理解しておりますし、言葉を交わすことができるようになりました。ナイさんに出会っていなければ、わたしはあの場で命を落としておりました。無論、卵も同じ運命の下にあったでしょう』

 

 グリフォンさんが殿下にアルバトロス王国へきた経緯を説明してくれる。托卵先を探していたこと、途中で卵を産みそうになったけれど、力尽きて倒れたことを。殿下は『なんと……』と割と大きめな声を漏らして顔を顰める。

 

 「ぐっ……そうでありましたか。ミナーヴァ子爵、無礼な態度を取って申し訳なかった。私の早とちりで其方を責めてしまった。アルバトロス王にも謁見場の方々にも失礼を働いてしまった……私一人の命で足りるか分からぬが……忠誠を誓うヤーバンに迷惑は掛けられぬ!」

 

 殿下が腰布に指していた小剣――長剣は謁見場手前で預けている――を抜いて逆手に握り、床に膝を突きお腹を目指して……って見ている場合ではない。ヤーバンの他の使者四名はぐっと何かを堪えるように動かず、殿下の突然の無茶な行動を見ているだけである。いや、止めて! と叫びたくなるのを我慢して殿下に一歩近づいた。

 

 「お待ちください! この場で殿下が自害しても解決にはなりません! それどころかアルバトロス王国とヤーバン王国の関係が悪化しましょう。早まった行動はお止めください!」

 

 ああ、小剣の切っ先が殿下の肌にちょろっと刺さって血が流れてるぅ! もう嫌だぁ目の前の殿下。どうして行動が極端から極端に走るのだろうか。この場で自害されてもヤーバン王国の方たちが怒って面倒になるだけだ。

 二十代後半で王太子殿下ではなく、第一王子殿下の称号のままなのは国から必要とされておらず、だから他国の使者に任命されたのだろうかと考えが過ってしまった。

 

 「私の無礼を許してくれるのか?」 

 

 「ご裁可を下すのはアルバトロス王でございましょう」

 

 申し訳ありません、と陛下の顔を見上げる。流石に勝手に王族の方の命の選択を私が判断することはできない。

 

 「謁見場を血濡れにするわけにはならん。シルヴェストルよ、事情はきちんと理解できたな?」

 

 ふう、と大きく息を吐いた陛下が殿下を見下ろす。殿下は膝を床に突き、右手の拳も床に着け頭を下げていた。グリフォンさんに起こったことと、アルバトロス側の事情を呑み込んでくれて、落ち着きを取り戻した。

 自害すると言い放った時は驚いたが、横柄な態度のままで話し合いをしてもお互いによろしくない。今までであれば殿下のような方は破滅街道まっしぐらであったが、血の気が下がったようでなによりだ。

 

 「はい。私の失礼な態度と早まった行動により皆さまにご迷惑をお掛けしたこと、どう詫びてよいやら……」

 

 殿下は歯切りしそうに唇を噛みしめて、陛下の顔を見上げた。

 

 「ならば、此度の件をきちんとヤーバン王家に報告せよ。グリフォンはミナーヴァ子爵と暫くの間過ごすと決めている。貴国はグリフォンを保護することを願っているが、アルバトロス王国へやってきたグリフォンは望んでいない、とな」

 

 まあ穏当なところなのか。事態説明は終わったし、グリフォンさんもアルバトロス王国で暫く過ごすと言っているのだから。

 

 「承知致しました」

 

 殿下が穏やかな顔で頭を再び下げる。それを見た陛下がなにかに気付いたように口を少し開いた。

 

 「いや、待て。手ぶらでヤーバンに戻った場合、其方らの処遇はどうなるのだ?」

 

 手ぶらで戻ったら駄目なのだろうか。あ、でも……グリフォンを必ず連れ帰れとヤーバン王から命じられていれば、殿下の命が危ない。もしかして先ほど自決を選択したのは、後がないからだろうか。

 

 「……良くて幽閉、悪くて処刑でございましょう。しかしながら後悔などありませぬ。グリフォンが卵を抱え、新たな命を紡いでいるのですから」

 

 ふふ、と穏やかに笑う殿下にアルバトロス王国のメンバーが微妙な顔になる。もしかしてヤーバン王はアルバトロスを敵視しているのだろうか。

 グリフォンを国獣と定めて大切にしているヤーバンと、アルバトロスが棚ぼた的にグリフォンさんと友好を持ち、卵も預かるようになったことをヤーバン王が激怒してもおかしくはない。なんだか、更に面倒になってきたかと陛下の顔を見ると、彼は静かに玉座に腰を下ろして黙ったまま殿下を見ているだけだった。

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