魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ヤーバン王国との国境付近。
ひえ……。
と、目の前の圧巻な光景に心の中で驚いた。腰布一枚と外套を羽織り筋骨隆々の方々が堂々たる出で立ちで、二百メートルほど先にヤーバンの戦士たちが大勢並んで私たち一行を睨んでいた。
どうしてこうなるのかなあと頭を悩ませるが、現実なのだから諦めて対処するしかない。
ふう、と息を吐いて、ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさま、クロとロゼさんとヴァナルと雪さんたちにグリフォンさんに視線を向けた。確りと頷いてくれたので打ち合わせ通りに進むと良いなあと前を見据え、一歩を踏み出した。
――時間は数時間遡る。
ヤーバン王国の第一王子殿下がアルバトロス王国へやってきて、使者として謁見を終えた直後だった。近衛騎士の方が私の名前を呼び、お城の迎賓室に通された。部屋の中にはヤーバンの第一王子殿下と公爵さまと宰相さまと外務卿さまがいらっしゃる。壁際にはぴしりと背を伸ばしたメンガーさまも控えており少し緊張した面持ちだった。
「ミナーヴァ子爵、こちらへ」
宰相さまの声に、近衛騎士の方が席まで導いて椅子も引いてくれた。よっこいしょと声には出さず腰を下ろす。ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまは壁際に控え、グリフォンさんは私の隣に、毛玉ちゃんたちは空気を読んだのか壁際に五頭並んで大人しくしてくれている。
「ミナーヴァ子爵。手ぶらのままシルヴェストル殿下をヤーバンへ帰せば、彼の命はないそうだ。ヤーバン王国へグリフォンと殿下と共に赴き、ヤーバン王家を説得せよと陛下が仰っている」
公爵さまは不敵に笑って声を上げた。この場を設けたのは、陛下のご意思のようだ。ヤーバン第一王子殿下は椅子の上で小さくなっているし、宰相さまと外務卿さまは微妙な表情で公爵さまの話を聞いている。
確かに目の前のお方が母国へ戻り、使者として結果が振るわず処刑された……なんて話を聞けば寝覚めが良くないし、関わった以上ヤーバン王国がアルバトロスにどのような報復に出るのかも分からない。こうなれば対処するしかないなあと腹を括る。ただ、いろいろと気になることはあるので話を聞かなければ。
「しかしヤーバン王国は他国の者が彼の地に踏み入れることを嫌悪していると聞いております。ヤーバンの地をわたくしが踏めば激怒なされるのでは?」
「ああ、そこでだ。空白地帯を利用し、ヤーバン王、もしくは彼の者の使者と会談の場に立て。そしてグリフォンの意志を伝えなさい。ついでに殿下の助命もだ」
公爵さまは既に考えがあるようで、ヤーバン王国とヤーバンと隣接している国の間に設けられた空白地帯で話し合いをし、良き成果を持って帰れと言いたいようだ。既にヤーバンとの連絡は取っており、向こうの方々もアルバトロスの提案に乗ってくれたとのこと。グリフォンさんの意志を伝えるのが一番で、殿下の助命は可能な限り叶えよというものだ。
「手間を掛け申し訳ない。グリフォンがアルバトロスで暫く暮らしたいと願っていることが直接伝われば、俺の命はどうとでもなって構わない。グリフォンの事実だけ伝われば、ヤーバン王も納得してくれるはずだ」
殿下がなんとも言えない表情で言葉を口にした。殿下の話によると、ヤーバン王国の方たちは他国の者の言葉をかなり警戒しているようで、アルバトロスからの連絡も最初は疑っていたそうだ。
嘘でヤーバンの者を呼び出したとなれば、殿下と使者の方々に謁見場内で大暴れして、アルバトロス王を殺せと命じられていたとか。たった五人で陛下の命が奪えるとは思えないが、先手を打って魔術を使用できなければ大きな被害を受けていたかもしれない。
アルバトロス王国がグリフォンを保護したことは事実だったし、殿下が大暴れする機会は無くなった。殿下が自分の命を容易く捨てられる行動を取ったのは、使者として決死行だったからだろう。銀灰色の髪に深緑の目を持つ彼は大変な役目を負わされたものだ。
「疑い深い者たちなのだろうなあ。冒険者ギルド本部での会議も関知しておらなんだ……閉じ籠っている故に他国の情勢も知らぬのだよ」
約三年前の冒険者ギルドの改定にヤーバン王国は参加していなかったのか。ということは自前で魔物や魔獣に対処できる国となる。アルバトロス同様に魔力を多く備える方たちがヤーバンにいるのだろう。
「申し訳ない」
目を伏せて不甲斐ないと言いたげな殿下。でも腰布一枚と外套を羽織っている姿なので、どうしても緊張感というものが演出されない。
「貴殿を責めているわけではないが、父王殿には大陸の情勢を知っておいて欲しかったな」
「他国の者を受け入れていないから、情報が入ってこないのです。父は昔気質で『力こそ全て』と信じて、国内にしか目を向けていない……今回の件は恥ずべきことなのでしょう。話は変わるが、……か弱き女性を使者にして良いのであろうか? 貴国のことに口出しすべきではないが、斯様な少女にヤーバンの者と面と向かえるのか」
凄く気になっている様子で告げた殿下に『ぶふっ』と吹いた公爵さまと、吹くのを我慢している宰相さまとどうにか堪えている外務卿さま。私の評価は皆さまの中でどうなっているのだろうか。
とりあえず『か弱き女性』には分類されていないようである。されても真実ではないので困るけれど。ジークとリンは無表情、ソフィーアさまは顔が引き攣っているし、セレスティアさまは面白いと口を伸ばしている。メンガーさまは無の境地のようで、普通の顔だった。反応を見せてくれないのは、心の内を読めないので少々困る。
「グリフォンに懐かれ、竜と天馬、フェンリルたちに気に入られている者がか弱いなどありえんよ。子爵に侍っている者も同様だ。問題はない」
「…………」
『ボクたちがいなくても、ナイなら大丈夫だよ。でも心配だから一緒に行くね』
ぐりぐりと顔を擦り付けるクロにお礼を告げると、ヴァナルとロゼさんと雪さんたちも私の影から顔を出す。ぎょっと驚いた殿下が目をぱちくりさせながら私を見るけれど、無言のままである。言いたいことがあるならば仰って頂いても大丈夫なのだけれど。
『私も一緒に参ります。私から言い出したことですし、ナイさんに迷惑をお掛けするつもりは毛頭ありません。それに卵を育てて頂きたいですし』
私の隣で大人しく話を聞いていたグリフォンさんも着いてきてくれるようだ。それならば話が早く進むだろうし、殿下の助命を願えば希望は見えてくる。殿下からヤーバン王国との接触方法を聞き出し、謁見から数時間後にはヤーバン王国との緩衝地帯を目指すのだった。
『こちらの国の空は我々竜は近寄らないようにしておりました』
亜人連合国の飛竜便で移動をしている最中だった。ディアンさまが牽制にもなろうと、担当してくれた竜の方はかなり大型であった。青色の竜のお方なので、南大陸から黒い竜を運んでくれた方かもしれない。
竜のお方曰く、ヤーバン王国と亜人連合国とは契約を結んでいないので、移動の際はヤーバン王国上空は避けて飛んでいるとのこと。必然、周辺国にも近寄らなくなるので、新鮮な気持ちで空を飛べますと仰ってくれた。
知らないところで話が動いていたのだなあと地上を見れば、アルバトロス王国周辺よりも緑が深く、広大な森が広がっていた。森の中にぽつんと集落があったり、怪しい塔が建っていたりして眺めているだけでも楽しい。第一王子殿下を始めとしたヤーバンの使者さんたちは高い所が苦手なのか青い顔をしていた。酔い止めの魔術を施した方が良いだろうかと思案していると、青竜さまの声が届く。
『そろそろ指定の場所ですね』
声が聞こえるとゆっくりと下降態勢に入ったようだ。高度が下がって行くと、深い森が途切れて平原が現れる。目に見えている先の奥がヤーバン王国の国境であり、私たちが降り立つ場所は空白地帯となっている。
ヤーバン王国と隣接する国に話は通してあるし、その国の方は連絡用の魔術具の向こうで『アルバトロスの方々が無事に戻って参られるように』と祈っていたとか。死ぬ気はないし、私の人生はあと六十年は続くはず。残りは平穏無事に過ごしたいと願っていると竜の方が平原に降り立った。
「殿下、平気……ではなさそうですね。酔いがマシになる魔術を施します。他の方も順番で」
「ありがとう。其方は優しいのだな」
術を施せば殿下の短い灰銀色の髪に夕陽が差し、深い緑色の目が細められた。とりあえず殿下は終わったので次の方に術を掛ける。
優しいのではなく単にお仕事だからであり、彼らが使い物にならなければ困るのは私である。打算により動いているだけとは言えず、先に降りた殿下の手によりエスコートされてしまった。ジーク以外の男性のエスコートを受けたのは、ディアンさま以来だろうか。なんだか妙な気分だなあとジークとリンに視線を向ければ、微妙な顔でこちらを見ているそっくり兄妹の顔があった。
「時間まで余裕がありますね」
「おそらくヤーバンの者は遅れてくるかと。強き者は遅れて現れるものだと根付いているので」
私の言葉に殿下が答えてくれた。約束の時間は陽が沈む前と指定してある。地平線に陽が沈むまでには今少しの時間が必要だろう。
時計はアルバトロスに存在するが、ヤーバンは陽時計で把握しているとか。閉じ籠っているためか文化の醸成が諸外国より遅れていると、第一王子殿下は此度の件で気付いたそうだ。そんなこんなで待ち時間は皆さまとお喋りをしていた。殿下からは話せる範囲でヤーバンのことを、グリフォンさんからは彼らの生態を、そしてこの先にある会談の話になった。
「ナイ。相手が話に応じずナイに迫った時は斬る。良いな?」
「兄さんと同じく。ナイに危険が及ぶなら容赦はしない」
ジークとリンが真面目な顔で私を見下ろした。二人には無駄に剣を抜いて欲しくない。レダとカストルは思うことがあるのか黙ったままだったし、私も良いとは言えず口を閉じてしまった。
「やはり其方は優しいな。ヤーバンの者が剣を抜いた時は死を覚悟している。仕える主人のためならばそれで良いのではないか?」
殿下がまた私を優しいと評した。今のは単純に私が人を斬れと命じる覚悟も、人を斬る覚悟もできていないだけである。既に誰かを犠牲にして進んでいる人生だから、綺麗ごとなのかもしれないが……。
「相手が着いたようだぞ、ナイ」
「数は三百程度でしょうか」
ソフィーアさまとセレスティアさまの声に従い顔を向けると、大勢のヤーバンの方たちが横に並び立っている。二、三歩ほど前に女性が立っており、横にはグリフォンさんの姿がある。
「あ、あれは……我が国の精鋭部隊……! 先頭に立っているのは我が妹とヤーバン王家に懐いているグリフォンです!」
殿下が驚きの声を上げ、精鋭の三百名で国を一個落とせる力があると零した。精鋭部隊を寄越したとあれば、相手方は事を構える気があるようだ。腰布一枚と外套を羽織った約三百名とアルバトロスのメンバーは五人と書記官さんと外務官さん数名に何故かメンガーさまも帯同している。
さて、無事に交渉が済みますようにとアルバトロス王国の旗とミナーヴァ子爵家の旗を掲げ、ジークとリンと私に、殿下とグリフォンさんと書記官さんと共に一歩前へ踏み出すのだった。
◇
第一王子殿下の妹さま、ようするに王女殿下がヤーバンの国章旗を掲げて前に歩を進めると、彼女の横にいたグリフォンさんも一緒に歩き始めた。その少し後ろにはヤーバンの方々が三名一緒に歩いてくる。ヤーバンの精鋭部隊約三百名は、静かに場に待機したままだ。
私たちもゆっくりと歩みを進めていくと、相手の精鋭部隊が待機している場所とソフィーアさまとセレスティアさまたちが待機している場所のちょうど真ん中で王女殿下と対面することになった。距離は五メートルほど取っているけれど。
歩幅の関係で相手側が進んでいる気もするが、きっと勘違い勘違い。
そうして王女殿下と相手のグリフォンさんの顔を見る。第一王子殿下から妹殿下は二十歳と聞いている。背はリン並に高く……というかジークとリンの間くらいだから一九〇センチほどあるのではないだろうか。
ヤーバンのグリフォンは私の横に立つグリフォンさんより一回り小柄で隻眼だった。傷は完全に癒えているので古傷である。少々痛々しいものがあるが、あまりみると無礼になると視線を王女殿下と合わせる。
「ヤーバン王国が王太子アレクサンドラである。アルバトロス王国で最強の人物を使者として送れと願い出ていたのだが…………ヤーバンを恐れるあまり錯乱したのか?」
王女殿下は綺麗に整った顔を歪めて、どうして子供が……と言いたげに私を見下ろした。アルバトロス王国内で最強の人物であるならば、副団長さまか公爵さまが選ばれても良かったのでは……でも、そうなるとグリフォンさんが共に行動を取ってくれないし、それを理由に私も一緒に行ってこいと命じられるので同じことか。
相手を刺激するよりも穏便な手段で解決せよと暗に言っていたのかもしれないので、頑張って交渉を纏めよう。
「アルバトロス王国、ナイ・ミナーヴァ子爵です。貴国のご要望は確りと叶えてあります故にどうかお気になさらず」
名乗ったあとに礼を執ると、ふうと王女殿下が息を吐く。王女殿下が申した『最強』が腕っぷしなのか、魔術なのか、頭の回転の良さなのか……なにを示しているのか分からないし、魔力だって立派な武器である。戦力というならば、ヤーバンの精鋭三百名とロゼさんと私のコンビでどうにかなりそうだし、ヴァナルに加勢して貰えば状況は一気に変わるはず。
「貴殿の言葉に嘘はないと?」
「はい」
第一王女殿下の言葉に確りと頷いた。第一王子殿下は私たちのやり取りをハラハラした様子で見守っており、問題を起こさず本題に入れるようになって深々と息を吐く。
王女殿下が始めようと言葉を紡げば、ヤーバンの国章旗を地面に突き刺して地面に腰を下ろし胡坐を組んだ。女性が胡坐を組んで良いものか悩むが、ヤーバンでは普通なのだろうと私も地面に腰を下ろす。
お付きの方々も後ろで腰を下ろしたので、ジークとリンも皆さまも相手に倣い腰を地面に落とせばアルバトロスの面々と第一王子殿下も倣った。私の横にいたグリフォンさんも地面に伏せて、話を聞きますよという意思表示をしてくれる。
「アルバトロス王国の言葉のみでは真意は推し量れない。魔術具により兄殿下の話も聞き、信じられぬことばかりだったが……本当にグリフォンが貴殿に懐いているのだな。そして貴殿は竜をも手懐けている、と」
むーと腕を組んだ王女殿下は伸びた口の端を歪にしていた。やはり魔術具なぞより直接話した方が早い、と王女殿下がぼやいている。
「ヤーバン王国にご報告した通り、グリフォンさまが倒れていた所を偶然見つけ治癒を施させて頂きました。皆さまはわたくしが竜やグリフォンを手懐けたと仰いますが、仲良くして頂いているだけで立場は同等でありましょう」
会う人会う人、私が竜やグリフォンを服従させたと驚くが、ただの人間がそんなことできるはずもない。魔力が切っ掛けで話すようになり、仲良くなっていっただけである。
魔力量の多さで他の方より優位な立場に立っているが、他の方も竜の方やグリフォンさんたちと会話を交わせば仲良くなれる。アリアさまが一番の証拠ではなかろうか。彼女の場合、コミュ力お化けだから参考にし辛いけれど……。
『ナイさんの手当は正確なものであり、無事卵を産み落とすことができました。托卵場所も提供して頂きましたし、感謝してもしきれません』
話がややこしくならない内にグリフォンさんが加勢してくれる。私の行動に嘘がないかの証明になるし、グリフォンを保護したいと願うヤーバンの方々に直接アルバトロスで暫く生活すると伝える切っ掛けにもなる。
「なんと! 会話ができるのですか!?」
組んでいた腕を解いて、ぎょっと驚いた王女殿下の姿は第一王子殿下の姿と似ていた。血の繋がった兄妹なのだなあと感心しながら、この場はグリフォンさんに任せようと静観を決め込む。
『はい。ナイさんのお陰ですねえ。弱っていたところに魔力を注いで頂きましたが、魔力の相性が良く言葉を交わせるようになりました。――この地で貴女の姿を見た記憶があります。グリフォンを祀った場所へ、ある周期で花を飾ってくれていましたねえ』
ぱぁっと顔を輝かせた王女殿下の姿に、どこかの誰かさんを幻視してしまう。まあ百メートルほど離れた場所で待機しているけれど。ヤーバン王国のグリフォンさんは大人しく王女殿下の後ろに立っているけれど、こっちへきたそうにしている。
でも、私の隣にいるグリフォンさんが少し前にガンを飛ばして、こちらへくるなと無言で主張しており、隻眼のグリフォンさんは時折『ピュエ~』と零しながら必死に我慢している。
「見ていて下さったのですか?」
『はい。何度か目にしたことがありますよ。祀られたグリフォンは雄にしては強いお方でした。彼の仔を成したことがありますが、今はどこにいるのやら』
種族特性なのか、グリフォンは雌の方が強いらしい。目の前にいる隻眼のグリフォンさんが情けない顔で、雌グリフォンさんを見つめて『ピュエ~』と鳴いた。グリフォンさんは托卵で子育てしている故に、自身の仔がどこでどう生きているのかは感知しておらず、親として産みおとした仔は放置プレイなのだとか。
「彼は先代の国獣でヤーバンを愛してくださっていた。御産まれになったグリフォンの居場所は分からないのですね……残念ですが、元気で暮らしていることを願いましょう」
グリフォンさんの首に下げている卵さまが雄であればヤーバンに戻ってくるらしい。雌だと強い雄を求めて各地を飛び回わるのだとか。だから先代の国獣の血を引いた仔は大陸中を飛び回り、雄を探し求めているから運が良ければヤーバンにも姿を現すだろう、と。
竜の方より数は多いけれど人間の前に姿を現すことは稀であり、グリフォンさんからすればヤーバンの国の方と雄グリフォンが一緒に過ごしているのは意外なことらしい。
でも、目の前で懐いている雄がいるのだから信じる他ないし、雄グリフォンにも考えがあるのだろうとのこと。グリフォンさんが私の魔力の影響で産卵可能回数が増えたことを王女殿下に伝えれば、彼女がぐるりと顔を私へと向ける。
「さて……ミナーヴァ子爵」
「はい」
「先ほどは失礼な態度を執り申し訳なかった。倒れたグリフォンを救ってくれたこと感謝する。グリフォンは元々、人間に懐くような性格はしていない。アルバトロス王国から保護の連絡が入った際には、乱暴に扱っていると決めつけていた」
ヤーバン上層部の見解は第一王子殿下からも聞いているが、王太子殿下の言葉によって状況が補足された。ヤーバン王はアルバトロス王国がグリフォンを無下に扱っていると決めつけているそうだ。
第一王子殿下がアルバトロス王国からヤーバンへ報告を入れた際も聞く耳を持たず、のこのことやってきた使者が緩衝地帯で無礼を働けば斬り殺せと命令が下りている。
「父……この場には信用に足る者しかいないので言えることだが、陛下は力が強いだけで周りのことなど顧みない。強ければ良しとされるヤーバンの国体を現している人物だ……――」
王女殿下が『だから兄より力の勝っている私が王太子の座に就くことができた』と第一王子殿下の顔を見ながら教えてくださる。使者としてアルバトロスへ参った王子殿下は失態を犯しているので、斬り捨てて良いと命も下っているそうだ。だが彼女は血の繋がった兄を殺す気はなく、どうしたものかと思案していたとのこと。
「いっそ、貴女が父王のような人であれば良かったのだが……いや、すまない。聞かなかったことにして欲しい」
横柄な態度で接していれば彼女に問答無用で首を斬られていたに違いない。
「ヤーバンの方々は、他国の者がヤーバンの地を踏むことを嫌っているのですか?」
「事実だよ。特に長く生きている者たちは余所者を嫌っていてね。百年ほど前に隣国との戦で皆殺しにしたことがその証拠…………だが今日、この日……ミナーヴァ子爵と出会って痛感したよ。ヤーバンは他国との繋がりを求め更なる発展を願おう、とね」
王女殿下が……いや、王太子殿下が目を細めながら私を見た。着ている衣装も控えているジークとリンが持つ剣もヤーバン王国の者たちより未来に生きていると感じたそうだ。
確かに彼らは腰布一枚に外套のみという格好――王女殿下はもちろん服を着て胸を隠しているが、随分と古い時代にあったデザインだ――であるし、佩いている剣もシンプルなもので片手長剣というより、ローマ兵が使っていたグラディウスと呼ばれている剣に似ていた。
今回、使者を務めなければ世界を知らずに、近い将来ヤーバン王として立ち、外を知らないままヤーバン王国が変わらぬままの治世を敷いただろうと。
「……」
私は彼女の言葉になにも答えることができなかった。王太子殿下の顔はなにかを覚悟したような雰囲気を持ち、口出し無用と言いたげだったのだから。
「兄上、此度の失態、どう償われますか?」
「ヤーバンの者に失敗は許されない。王族であるならば尚更だ。この命、如何様にもするが良い」
「アルバトロス王国は兄上の助命を願っておられた。彼らの願いを無下にしても?」
「決定を下すのはヤーバンだ。俺がヤーバンの者であることは変わらない。忠誠はヤーバンに。願って良いのであれば、今回の務めを果たした俺以外の命はどうか奪わないでくれ」
第一王子殿下の穏やかな顔と声は、死を目前にした方の物ではない。なにもかもを受け入れて、ヤーバンの民として終わろうとしている。王太子殿下は実兄の願いを叶える気はあるようで、使者を務めた他の四名はどうにかヤーバン王を説得して見せると仰った。
「では兄上、剣を返して頂きたい」
「分かった」
第一王子殿下が腰から剣を鞘ごと持って王太子殿下の前に置く。ふう、と息を吐き立ち上がると、殿下も立ち上がるようにと促した。無言で相対する兄妹は暫くして、王太子殿下が肩幅に足を開いて息を吸い、片足に重心を掛けて腕を引く。
「しっ!」
一気に息を吐いた王太子殿下の渾身の右ストレートが第一王子殿下の左頬にぐねりと食い込んで、殴られた彼が十メートルほど吹っ飛んで弧を描く。あまりの威力に呆然とするアルバトロスメンバーと、したり顔のヤーバンの面々。
「兄上は今この瞬間に死んだ。良いな」
王太子殿下が引き連れていた方に視線を向ければ、彼らは確りと頷く。そうして彼女が腰に下げていた小さな袋がポトリと落ちた。
「ミナーヴァ子爵。我々ヤーバンは他国の言葉を信用しない。だが、グリフォンの言葉は信じられる。此度の会談の子細はヤーバン王に必ず伝えよう。陽が完全に沈む前に国へ帰れ。ではな」
不敵に笑った王太子殿下が護衛の方を引き攣れて、仲間の下へと戻っていく。隻眼のグリフォンさんは雌グリフォンさんを気にしているようで、何度もこちらを振り向いていた。私は落ちたままの小さな袋を拾って第一王子殿下に渡すと、彼は力なく笑って肩を落とす。
「馬鹿な妹だ。力を隠し無能を演じることもできただろう……俺が次代の王になっていれば、父譲りの空気を読めない馬鹿な王を務められたのに……俺はいつも、動き始めた物事の真意に気付くことが遅い」
殿下が意味深な言葉を呟く。もしかして妹殿下はなにかヤーバンの未来を大きく動かす出来事を起す気なのだろうか……悠然と歩く王太子殿下の背を小さくなるまで見送って、王子殿下が子袋の中身を開けば金貨が数枚と紙が一枚入っていた。
『兄上へ。世界を見てください。いつか私がヤーバン王となった時、外の話を沢山聞かせて欲しいのです。そうすればきっと……ヤーバンはもっと良い国になるはずですから』
読んでも良いと言われ、紙の内容を知ることができた。彼らと出会って一日しか経っていないけれど……どうして家族が別れなければならないのだろうかと、頭を悩ませる。ヤーバン王国の精鋭三百名と合流した雄グリフォンさんが『ピュエ---------!』と悲しげに一鳴きしたのだった。