魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ヤーバン王国の第一王女殿下方は、彼らの精鋭部隊約三百名と合流すると物悲し気な雄グリフォンさんの鳴き声が響く。
私たちもみんなの所へ戻ろうと踵を返して歩き始める。そうして待っていてくれたメンバーに会談の内容を伝えた。はっきりとした返事は頂けなかったが、グリフォンさんに関してはノータッチになるのだろう。
第一王子殿下は王族籍を剥奪されて、国外追放となったこと。彼の扱いはヤーバン王国では『死亡』と判断されたも同然である。急な展開にアルバトロスメンバーは目を白黒させつつも、ヤーバン王国が決めるべきことだと分かっているのでなにも口にしない。あとはアルバトロス上層部に結果を知らせれば、今回の使者のお仕事は果たしたことになるだろう。
グリフォンさんにアルバトロスで生活が送れるようになって良かったと顔を上げると、彼女は神妙な顔をして嘴を開けた。
『あの女の子の瞳は真剣なものでした。少々気になりますので様子を見てきます。雄グリフォンも私に妙な視線を送っておりましたし、ヤーバンの王が血迷って彼女を斬る可能性もありましょう』
グリフォンさんが地平に消えたヤーバンの使者約三百名を憂うような視線を国境沿いへと向ける。確かに王太子殿下の物言いだと、ヤーバン王は力任せに強権を振るっているような感じだった。
ヤーバン王の気が短いのであれば、王太子殿下の命も危ういのではないだろうか。だからこそ、殿下の兄である第一王子殿下を追放したなら説得力が増す。言葉を交わせるグリフォンさんであればヤーバン王も話を聞いてくれるはず。少なくとも国獣として定めているのだから、私の言葉より効果は絶大だ。
「分かりました。十分にお気をつけて」
『ナイさんの魔力を分けて貰い、格が上がっております。人間が束になって襲ってきても負ける気はしません。事が片付けばアルバトロス王国へ戻りますので、必ず貴女を見つけますね』
グリフォンさんが首に下げていた卵さんを器用に嘴で掴み、私に袋ごと渡してくれた。卵さんは私が育てろということらしい。
『では、また。必ず戻りますので卵をよろしくお願い致します』
翼を広げたグリフォンさんが空へと飛び立って行く。翼を広げると随分と大きいなあと、黄昏色に染まった空を飛ぶグリフォンさんを暫く見つめていた。どうか、ヤーバン王国の面倒事が解決しますようにと願い、第一王子殿下へと顔を向ける。国を追放されたことに落ち込んでいなければ良いけれど。
「俺は妹の言葉通り、一人で気ままに各国を放浪して見識を広める。アルバトロス王国の城と竜の背の上で見た街並みしか知らぬが、ヤーバンより栄えていたからな」
ふっと笑った元第一王子殿下が私を見下ろし、手を差し伸べようとして止めた。
「ミナーヴァ子爵、たった一日ですが世話になりました。アルバトロス王国の方々も俺の横柄な態度に驚いたことでしょう。王族籍を剥奪された俺の言葉に価値はありませんが、申し訳なかったとお伝えください」
ぴしっと腰に手を付けて、直角に頭を下げた元第一王子殿下。直前まで王族だった方が市井の中へ入ることに抵抗がないことを不思議に思いながら、影の中のロゼさんを呼ぶ。
殿下の手元にある金貨は平民の方であれば数ヶ月余裕で暮らせるものだが、貴族や王族となると直ぐに消費してしまう。どうしたものかと考えるけれど、お金を渡す義理もなく資金が尽きて旅ができないのは彼自身の問題だ。
「殿下、各領に入る際は入場料を払わなければなりません。大きな町になれば身分証が必要となりましょう。早急に冒険者ギルドを見つけ冒険者登録を行ってください。そうすれば各国への移動が楽になるはずですから」
とりあえず旅をするのであれば、日銭を稼げて身分も保証してくれる冒険者になるのが手っ取り早い。私はアルバトロス王国を離れる気は毛頭ないけれど、もしもの時を考慮して各国を放浪することもあるだろうと調べていた時期があった。身に着けた知識は無駄にならないと頭の中の記憶を掘り返す。ふむ、と殿下は私の言葉に耳を傾けてくれているので、旅に役立ちそうな情報をいろいろと伝えておく。
「ロゼさん、申し訳ありませんが銅貨と短剣を取り出して頂けますか?」
『ん!』
私の影から出ていたロゼさんにお願いすると、ペペッと吐き出してくれる。地面に転がった袋の中には銅貨が詰まっているし、鉄製の短剣は三年前に王都の武器屋さんで購入したものだ。
短剣は討伐遠征に持って行くこともないし、金貨を銅貨に換金すると結構な量になるし盗難が怖い。金貨が入った袋は誰にも見られないようにと注意をして……って腰布一枚と外套という装いだから隠す所がないな……。金貨を盗まれて路頭に迷うのも社会勉強かと元殿下の顔を見上げ、袋と短剣を差し出す。
「受け取っても良いのだろうか……」
むむ、と考えている元殿下にぐいと押し付ければようやく受け取ってくれた。
「唐突に市井の中へ混じるのは大変ですが、殿下の旅路が良い物であるようにと願っております」
本当は長剣を手渡したいけれど、ロゼさんに預けていなかった。
「野営訓練を受けておりますので、数日から十日間くらいであれば野宿でも問題ありませんよ。身分もなにも持ち得ない俺に手厚い心遣い感謝致します。では……ここで。さらばです!」
外套を翻した殿下は一歩、一歩と平野を踏みしめ歩き出す。ヤーバンに隣接する国へ辿り着くには、一晩歩き続ければ辿り着けるはず。
夜道を踏破するのか、どこかで野宿をするのかは彼次第であるが、どうか元気でと小さくなる背を見送った。ヤーバン王国がこれからどうなるのか、元殿下がどんな旅を送るのか気にはなるけれど……それぞれの人生を歩むしかないと、みんなに戻りましょうと声を掛けて青い竜の方の背に乗るのだった。
――青い竜のお方の上で今回のことについて話していた。
平原を歩く元殿下が見えなくなって暫く、アルバトロス王国メンバーが顔を突き合わせていた。リンの肩の上に乗る孵ったばかりの仔竜に視線を向けると、こてんと首を傾げている。今回は嫌われなくてなによりと安堵の息を吐き、みんなの顔を見渡す。
ヤーバン王国の取り決めに口を出すことはできないし、とりあえず元殿下と使者四名の命の保証は得たので、役目は果たしたはず。
グリフォンさんがヤーバン王国が気になると、飛び立ったのは意外だったが、グリフォンさんもグリフォンさんで考えがある。そのうち戻ってくると言っていたし、また会うことができるだろう。袋の中に入っている卵さんを握りしめ、アルバトロスに戻れば報告を済ませなければ。怒涛の一日が終わったと、ソフィーアさまとセレスティアさまの顔を見る。
「ナイに懐いたはずのグリフォンがヤーバン王国へ行くとはな」
「…………寂しくなりますが、卵さまをナイに託してくださいましたわ」
お二人がヤーバン王国の方へ視線を向けて呟いた。意外な展開だったようで、驚きと寂しさがあるようだ。そんな彼女たちをクロが見つめて、おもむろに口を開く。
『戻ってくるって言っていたから、きっとまた会えるよ。セレスティア、寂しそうな顔をしないで?』
クロがセレスティアさまの肩に飛び移って、彼女の顔を覗き込む。萎れていいたドリル髪に気持ち張りが戻ったようで、ふんわりとなっている。
「クロさま……ありがとうございます。わたくしは大丈夫でございますわ。卵さまがいらっしゃいますし、孵ったグリフォンにみっともないと言われてしまえば生きていられませんもの」
「卵さん、どのくらいで孵るんだろう? というか肌身離さず持っていた方が良いのかな……」
アドバイスを頂けるはずだったグリフォンさんとは離れてしまったし、グリフォンの生態がはっきりと分かってもいない。副団長さまかディアンさまに聞けば情報を頂けるかもしれないが、結局のところどうなるのだろうか。私が死んでも孵らなかった場合もどうなってしまうのか気になるところではある。
『無理のない範囲で良いんじゃないかな。ナイの側にいるだけで恩恵はあるんだし、強い仔が産まれてくるはずだよ~』
「そっか」
とりあえず袋の中に卵さんを仕舞い込んで、首から下げておく。落としても怖いし服の中に入れてみた。聖女の衣装なのでゆったりとした恰好ではあるものの、お腹の辺りがぽっこりと膨らんでいるように見えなくもない。ミナーヴァ子爵の大食漢がようやく腹に現れたのかと騒ぎになりそうだが、噂が流れればその時はその時である。
「メンガーさま」
「はい?」
ちょっと話が途切れたので、私用ではあるがメンガーさまに声を掛けた。新しい環境に飛び込んだから大変だろうに、速攻で外交の場に立つとは彼は思ってもいなかっただろう。
「此度はお仕事で同行されていたのですよね?」
「ええ。外務卿閣下から直接命を受けました。将来のためにミナーヴァ子爵について行くように、と」
外務卿さまも配属されたばかりの新人に無茶を申し出たなあ。でも逆をいえばメンガーさまは期待の新人であると、周りに主張しているようなもの。やはりメンガーさまは出世コースを歩んでいるのだろう。自分の力で道を切り拓いているのだから彼は凄い。
「お疲れさまです。外務部には馴染めそうですか?」
「皆さん良い方なので、問題ありません。仕事は多いですが、楽しい部署ですよ」
笑みを浮かべたメンガーさまにそうですかと告げると、ソフィーアさまとセレスティアさまが彼と視線を合わせた。
「メンガー。フィーネ嬢との連絡はきちんと取れているのか?」
「卒業してまだ日が経っておりませんが、手紙の一枚でも送られては?」
お二人の言葉にメンガーさまが顔を真っ赤にしている。超絶美人に話しかけられて顔を赤らめているのか、フィーネさまの話題だから顔を赤くしたのか……どちらだろう。判断し辛いなあと小さく首を傾げれば、メンガーさまがはっとして声を上げる。
「え、あ……はい、手紙は昨日出しました。彼女から直ぐに文が届いたので直ぐに返さなければ、と……」
「そうか。フィーネ嬢はメンガーとナイに気を許していた。境遇も同じだから心を開いてくれていたのだろう。マメに連絡を取ってくれると助かる」
「ええ。特別なものを抱いていたのでしょうねえ。食べ物の話など、凄く嬉しそうに彼女は語っていましたから」
ソフィーアさまとセレスティアさまの援護射撃が凄いなあと感心しつつ、フィーネさまとメンガーさまが思い合っているのなら、是非とも添い遂げて欲しいものだ。
所属国が違うので今後どうなるか分からないけれど、仲の良い人に不幸になって欲しくない。とはいえ、当人同士の問題だから口を出すのは野暮である。メンガーさまも、ここにはいないフィーネさまも頑張れ、と応援するしかない私だった。
◇
ヤーバン王国の件が一段落したので、延ばしていた子爵領の領主邸の内見に戻った。共和国の研修生がアルバトロス王国へやってくるのは二日後と迫っている。その次の日は、北大陸のミズガルズに留学していた緑髪くんたち三人も戻ってくる予定だ。
ロゼさんの転移で領主邸に移動を済ませ、かなり広い玄関ホールを抜けて二階へ上がり当主部屋に入る。今は天蓋ベッドくらいしか備え付けられていないが、日が経てば購入した家具が搬入される。
衣装箪笥と机とベッドがあれば十分だが、私の場合は幼馴染組で駄弁る時間があるので、丸テーブルと四人分の一人掛けソファーを買った。お貴族さま用の家具を売っているお店で買い付けを行ったのだが、値段の高さに目ん玉が飛び出る所だった。でも、座り心地の良い椅子を買うことができたし後悔はない。子爵領邸でも楽しく過ごせると良いなあと、今後自室となる部屋を見渡す。
「広いなあ……慣れると良いんだけれど」
本当に広いので、十人や二十人ほど一緒に暮らしても問題なく過ごせそうである。部屋にある窓も大きなものだし、ベランダに出ると広い庭が見渡すことができた。
『王都のお屋敷のナイの部屋より三倍くらい広いかなあ。仔たちが喜びそうだねえ……って、もう喜んでいるね』
クロが私の肩の上から部屋を見る。スカーフを巻いた五頭の毛玉ちゃんたちが部屋の中を駆けている。桜ちゃんが大きく跳ねて、早風と松風に覆い被さって甘噛みしながら遊んでいるし、楓ちゃんと椿ちゃんは三頭を見ながら我関せずを貫いていたりで面白い。
毛玉ちゃんたちは凄くスカーフを気に入ってくれて、お出掛けする際は私か侍女さんに『スカーフ巻いて』とそれぞれの色のスカーフを咥え、ばふんばふんと尻尾を振りながら訴えてくる。
侍女さんは私の着替えに忙しいというのに、介添えを終えると毛玉ちゃんたちの首にスカーフを巻いてくれる。私が巻けば、斜めになったり結び目が汚かったり、直ぐ外れたりするので侍女さんたちが順番に巻いている。五頭が一列に並んで待っている姿は可愛いけれど、ちょっと複雑な心境だった。
「遊び放題だからね。ユーリとアンファンがこっちに移り住むなら部屋に遊びにきてくれると良いけれど」
アンファンはまだ私に壁を作っていて、私を遠巻きに観察している。物陰からむっと難しい顔を浮かべてこちらを見ているのがバレバレだし、子爵邸の皆さまにも気付かれている。
サフィールには気を許しており、十歳相当の子供らしい話を二人で交わしているとか。託児所の子供たちとも、ゆっくりではあるが話す機会が増えていると教えてくれた。王都にいたいならそれでも構わないが、王都だけではなくいろいろな領を見て沢山の方が住んでいること、いろいろな職業があってアンファンが進むべき道は自分次第であることに気付いて欲しいものだ。
「まだ先だろうな。アンファンはまだナイを受け入れられていないから、王都を出るのは難しそうだ。こればかりは、ゆっくり時間をかけて見守るしかない」
「ナイはナイの考えで進めば良い」
ジークとリンが私に身体を向けて柔らかく笑む。アンファンが私を敵視していることを悩んでいるのを知っているので、この件に関しては二人は口出しをあまりしない。元々、私の意思に任せてくれるそっくり兄妹だけれども、いつもより更に一歩引いて見守ってくれているような気がする。
「あ、そうだ。ちょいちょい気になって家宰さまには聞いていたけれど……テオとレナはちゃんと独立できそう? 無理なら子爵領で自警団に入ったり、教会とかお屋敷で下働きとして入ることもできるから」
貧民街で過ごしていたテオとレナをはぐれの魔術師に利用された所を保護したのだが、彼ら二人は子爵邸で過ごしてはいない。出会い方によるから致し方ないが、彼らは教会の孤児院に預け時折ジークとリンが様子を見に行っている。
「足りないところはまだまだあるが……教会騎士の一端は担えるようになったはずだ。あとはテオの意識次第か。言葉使いが中々直らない」
ジークが詳しく教えてくれた。テオはこの三年間で随分と成長して私の背を追い抜いている。一応、彼らの後ろ盾となっているから面会日を設けて顔を突き合わせるのだが、三年前の痩せた少年はどこへいったのか。十三歳になった彼は衣食住の環境改善により、細身ながらも確りと筋肉を付けて大人の階段を少しずつ昇っている最中だ。
「教会騎士になれそうなら、テオの心配は必要なさそうだね。レナは大丈夫そう?」
「針仕事を覚えてる。性に合っているみたいで、刺繍とか綺麗に刺しているよ」
リンがゆっくりとレナについて語る。レナは裁縫に興味を持って真面目に取り組んでいる。彼女は魔術師に騙されて兄が凶行に走ろうとしていたことを知らないままだ。十一歳になるから、早ければ職人さんに弟子入りしてもおかしくはない年齢である。次の面会日にでも彼女に話をしてみようと頭の片隅にメモをとっておく。
「グリフォンさんの一件で騒がしくて流れていたけれど、仔竜さんはリンに凄く懐いたね」
私がそう言うと、リンの肩の上に乗っている仔竜さんが見せつけるように彼女の顔に顔をすりすりしながら目を細め、足踏みをして甘え鳴きをしている。喋ることはまだできないけれど、リンのことが大好きだと言っているようで可愛い。へらりと笑う私にリンも笑みを浮かべる。
「ナイと一緒」
リンは私とお揃いの姿になったことが嬉しいらしい。暴れることもなく、リンに懐き、餌はほぼ不要だし排泄は勝手に済ませてくれている。幼竜さんもクロも同じ状態なので竜の方々の特性なのだろう。
魔素が濃いとお腹が減らず、気が向いた時に果物を口にしているくらいだ。仔竜さんはリンと共に過ごして、寝る時も彼女についているのでべったりだった。クロよりリンに懐いたのでクロが少ししょげており、昨日は私の部屋のベッドでリンと寝て枕元にはクロと幼竜さんと仔竜さんが団子状態で寝て、リンは私を抱き枕替わりにして寝ていた。リンが暫くの間一緒に寝るための口実にしそうだと目を閉じたのだった。
「子爵領の収入が順調に増えているから、領の人たちに還元しないとね」
私が領主を担うようになって、作物の収穫量が増えているそうだ。増えた分の内いくらかは税として回収させて頂いている。といっても以前の領主さまより税負担は減っているので、生活が苦しいとの意見は出ていない。領に住まう若い方たちはやはり都会に憧れるようで、王都に一度は訪れてみたい気持ちがあるようだ。
「奨学金、だったか?」
ジークが小さく首を傾げた。子爵領の教会で開いている勉強会で成績が優秀な子で、学ぶことに意欲のある若者には王都に出て教育機関に入れるように『奨学金』と銘打って資金を貸し出している。
王都で学び子爵領に戻ってくるならば返済は必要はない、とか王都で働くならば安い利子で返済をお願いしていた。領主となってまだ三年ほどなので、ようやく軌道に乗り始めた制度だけれど、利用してみたいと手を挙げる人が増えている。
「うん。領から王都に出て教育機関に通いたい若い人に向けて始めたものだけれど、職人として学びたいって申し出た人もいるから、家宰さまと代官さまとソフィーアさまとセレスティさまと私でちょっと思案中」
ほいほいお金を貸し出せば、なにかに理由を付けてお金を借りにくる人が増えてしまうと皆さまは危惧していた。奨学金に関しては一定の成績を残して学ぶ意志がある若い方と限定しているので、成績という数字と年齢という数字で資格を得られる人を絞れる。
職人となると、基準が明確ではないので申請許可を出し辛いと頭を悩ませているところだ。完全返済を謳えば低利子で貸すこともできるけれど、持ち逃げする人が現れれば信用問題も出てくる。領に住まう人を疑いたくないが、逃げる人もいるだろうなあというのが本音であった。まあ逃げれば地の果てまで追いかけるけれど。
「難しい……」
リンが言葉のままの顔を浮かべて私を見下ろす。
「試験的に運用しているものだし、駄目なら制度打ち切りもあり得るから。税金を投入しているし、運用方法はちゃんと確立しておかないとね。――そろそろ時間かな」
奨学金制度が上手く運用できなければ、当主権限でスパッと止めることもできる。この辺りは強権を振るえるので便利かもしれない。
「行くか」
「行こう、ナイ」
ジークとリンが表情を切り替え、護衛としての顔になる。今日は子爵領の人たちに魔力測定を行うと通達していた。陽が空の真上に昇る頃に教会を訪れた人全員に魔力を測って頂く予定だ。子爵領専用の測定装置である水晶玉が王都の教会から届いたので、一度見てみたかったのだ。私が触れると壊れる可能性があるから見ているだけだけれど。
『魔力の多い人いるかなあ?』
クロが私の肩の上でこてんと首を傾げると、移動の気配を感じた毛玉ちゃんたちが遊ぶのを止めて私の影の中へ消えて行った。
「どうだろうね。魔力量の多い人が見つかって、そこから治癒魔術に適性のある人を見つけるとなると難易度が跳ね上がるみたいだから」
魔力が備わり、外に自身の魔力を放出できるタイプであれば、学びを受ければ大半の人は基礎の治癒魔術を行使することはできる。ただ基礎から先は術者が持つ適性次第であり、大きな怪我や病気を治すとなれば難易度が跳ね上がるのだ。だからこそ聖女さまや治癒師の方は重宝され、仕事として成り立っていた。
今日の測定で子爵領から魔術師や聖女さまや治癒師の方が誕生すれば良いのだけれど。現時点で子爵領の教会に聖女さまはいらっしゃらないので、候補選定の日でもある。
『難しいんだねえ』
クロが小さく言葉を零す。ロゼさんに教会までの転移をお願いして、ぱっと教会へと辿り着くことができた。教会の神父さまとシスターに挨拶をして、外を見ると領の人たちが沢山集まっている。大人も子供も興味があるようで、今から執り行う測定に期待を寄せているようだ。
「魔力量が多ければ、未来が大きく変わります。彼らはそれに期待しているのでしょう」
神父さまが私の隣で仰った。若ければ魔術師を目指すこともできるし、才能次第で聖女も務めることができる。魔物の討伐遠征に向かうこともあるので命に危険のある職業だが、やはりお給金の良さや田舎で土を耕すよりも憧れるものなのだろう。神父さまとシスターが集まった領民を一列に並ばせて、聖堂に置かれた測定装置まで順に足を運ばせた。私は当主として、信徒席の一番前で見学させて貰っている。
「光った! 神父さま、これは……」
二十代後半くらいの男性が声を上げた。魔力は全ての生き物に宿っているので、測定装置は魔力を一定量満たしている方にのみ反応を示す。光らなければ、基礎魔術を扱えない方と判断される。淡く光っていたので、男性はそれなりに魔力を有しているのだろうか。魔力測定を行っているところを見るのは初めてだから判断できない。
「ふむ。アルバトロス王国の平民の方々の平均、といった所ですね」
なるほど。測定装置が淡く光ると平均的な魔力量の持ち主のようだ。
「では魔術を使えるのですね!」
「ええ。ですがご自身で研鑽せねばなりません。学ぶのであれば一定の資金か環境が必要となります」
測定装置が光っても、魔術を習える環境が整わなければ宝の持ち腐れである。魔力量が多いと判断されれば、魔術師団に紹介状を書いてお伺いを立てることもできるけれど……平均では難しいだろう。肩を落とす男性には申し訳ないが、事実なので致し方ない。興味があるのであれば、教会に置いている魔術の基礎を記した本を読み独学で鍛えるしかない。
男性のやり取りをみた大人の中で、芽がないと判断した人は列から離れて諦めたようだ。小さな子供はキラキラと目を輝かせているし、ご両親が子供の将来が開けるかもしれないと列に並ばせたままだった。
そうしてどんどん測定を進ませていくと、時折水晶玉が眩く光を放つことがある。百名ほど測り終えて、五名が眩く光を放った方だった。
神父さま曰く、魔術師か聖女を担える魔力を十分に有している方らしい。ただやはり、本人次第で努力と研鑽を怠れば凡才で終わるだろうと仰っていた。稀に天才と呼ばれる方がいて、教本や手ほどきを受けただけで才能を開花される人もいるらしい。測定を全員終えれば、最終的に十五名ほどの方が眩く光を放った方である。子供もいれば、三十歳手前の方もいて年齢はバラバラだ。
領主の出番だと椅子から立ち上がる。
本業に支障がなければ教会に顔を出し、魔術の教えを受けてくださいと声を上げた。小さな子供はイマイチ理解していないけれど、ご両親が話を聞いてくれていたので魔術師か聖女になりたいなら子供を説得して教会へ足を運ばせるだろう。さて、この中からどれだけの方が残るのかと期待をしながら、全ての予定を終えて王都の子爵邸へと戻るのだった。