魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0449:西端の国の変化。

 共和国の研修生が初授業を受けた次の日。王都のお屋敷で領主邸に運び入れる家具をざっくりと選び、もろもろの領地関連の事務作業を捌いていた。時間はお昼前。窓から入る外の光が背中を優しく温めてくれている。お昼寝をしたら気持ちよさそうだなあと、息を吐き窓の外を見上げた。

 

 グリフォンさんがヤーバン王国に渡って数日が経ったけれど戻ってくる気配がない。首から下げている袋の中の卵さんに触れて、君のお母さんは戻ってこないねえと右手人差し指で布越しにつんつんする。丁度その時、扉が開く音が聞こえて顔を前に向けると、ソフィーアさまが野暮用を済ませて執務室へと戻ってきた。

 

 「ナイ、ヤーバン王国から連絡があったそうだ」

 

 視線が合うなり彼女が告げた言葉は随分とタイムリーなものである。しかし、引き籠もりの国が他国へ連絡を取るのも不思議だ。なにかあったのだろうとソフィーアさまと顔を合わせた。

 

 「内容はどのようなものだったのですか?」

 

 「件の王太子殿下が玉座に就いて、閉じていたヤーバン王国は他国の者を受け入れる、と声明を出した」

 

 どうやら王太子殿下は父王さまを玉座から引きずり下ろしたようだ。どのような経緯で簒奪紛いのことを推し進めたのかまでは分からないが、西大陸で割と大きな国とされているヤーバン王国が新しい道を進もうと踏み出したのだろう。

 ただ百年前の遺恨が当事国には残っているかもしれないから、今更なにを言っているのだと突き上げを頂く可能性もある。とはいえ、新たな道を歩もうとしているヤーバンを悪く言うのはお門違いかもしれない。

 

 「でだ。件の雌グリフォンと共に新女王陛下がアルバトロス王とナイに感謝を述べたいと謁見を願われた」

 

 「え……ヤーバン国内は大丈夫なのですか?」

 

 新政権が樹立したばかりだというのに、ヤーバン上層部もヤーバン国内も安定していなさそうである。そんな中、女王陛下自ら外遊に赴くなど、よほどの自信がなければできないような気もするが。

 

 「さてな。ヤーバンの情報は全く掴めていない。普通、情勢が怪しい国があれば噂くらい立つが、ヤーバンは他国との関わりを持っていない。外務部の者たちが周辺国から情報を得ようとしているが、まだ時間が必要だろうし謁見の日取りも決まっていないからな」

 

 謁見までは今少し時間が必要になるだろう、とソフィーアさまが告げた。ふう、と息を吐いたソフィーアさまに、執務室で事務仕事を捌いていたセレスティアさまが鉄扇をばっと開いて口元を隠し彼女へ視線を向ける。

 

 「ソフィーアさん、ではグリフォンさまはナイの下へ戻ってくださるのですね?」

 

 「そちらも分からないが……ナイの下へ戻ると言っていたから、おそらくは」

 

 雌グリフォンさんが戻ってくるかどうかは、彼女自身が決めれば良いことだ。ヤーバン王と陛下との謁見については、要請があれば私は参加しなくてはならない身である。

 日取りが決まれば教えて頂きたいとソフィーアさまに伝えて、あとはアルバトロス上層部にお任せするしかない。妙なことにならなければ良いが、と願いつつ領主の仕事を終えてユーリの様子を見に行くと伝え部屋を出た。

 

 執務室を出るとジークとリンも一緒に付いてくる。私は二人に顔を向けて口を開いた。

 

 「まさか、代替わりをこんな短期間で済ませるなんて……血濡れの玉座、とか言われていなきゃ良いけれど」

 

 王太子殿下はヤーバン王のことを快く思っていない節があったから、以前から簒奪を狙っていたのかもしれない。ただ個人で行動するには無理があるし、協力者を募っていたのだろう。

 

 「ヤーバンの内情が一切分からないからな。王太子殿下は、父親のことを力で統治して周りを省みないと評していた。玉座に腰を据えている価値がないと判断されれば斬られても仕方ない」

 

 ジークが私の顔を見下ろしながら難しい表情で答えてくれた。ヤーバン王国の古株の皆さまは他国の人間が嫌いだとはっきりと告げていたから、融和政策を取るにも反対を受けそうである。

 

 王の座にいる価値はないと判断されたならば、先王さまはよほどの無能だったのか。アガレス帝国の陛下のように無能でも周りを頼り、上手く国を回せば文句はでなかったはず。力に頼ったものと仰っていたから、我慢の限界を迎えた末の強硬策だったのかもしれない。政治って難しいと目を細めるとリンと視線が合った。

 

 「ナイが気にすることじゃない」

 

 む、と口を尖らせてリンが言う。私が他国のことに気を揉んでいることを彼女は良く思っていないようだ。

 

 「それは、そうなんだけれどね。政変が起こると、その国に住まう人たちが迷惑を被る形になるから」

 

 私も領主として、領民の方から寝首を掻かれないように気を付けなければならない身だ。遠い地のできごとだと他人事で済ませるわけにはいかない。

 

 「でも、王さまが強権を振るっていたなら仕方ない」

 

 リンの言葉に、私の頭がどうにかなって無茶や無謀な指示を出す姿を思い描くけれど、周りに止められるか窘められて強権を振るうことなんて無理だと悟ってしまった。

 ジークとリンも止めてくれるし、クレイグとサフィールも諭してくれるだろう。家宰さまだって、ソフィーアさまとセレスティアさまも怒るに違いない。公爵さまからも重い拳骨を頭に一発頂きそうだし、陛下も玉座の上から冷たい視線を私に浴びせそうだ。周りにいる人に恵まれているなあと感謝しながら、リンの言葉に答えるために口を開く。

 

 「暴君が倒れたなら良かったけれど、ヤーバンの情報が少なすぎて判断ができないんだよね。まあ私が気にした所で他国の話だから傍観するしかないけれど」

 

 ヤーバンのことに口出しをしたいなら、ヤーバン王国と関わるしかない。今の所、なんの縁も持っていないし伝手もないから見ているだけしかできない状況だ。設けられる謁見の場でヤーバン王国の新陛下からどんな情報が齎されるのかと、ユーリのいる部屋にノックをして三人一緒に入った。

 

 「ご当主さま、如何なさいました?」

 

 部屋に入ると、乳母さんが不思議そうに私に問い掛ける。一応、訪問前には侍女さんに頼んで『今から行きます』と告げて頂くのだが、こうしてアポなし訪問する時もあるのだ。

 

 「突然申し訳ありません、少し時間ができたのでユーリの様子を伺いに参りました」

 

 「そうでしたか。ユーリはいつも通りに過ごしておりますよ」

 

 乳母さんがユーリが寝ているベッドの中を覗き込んで笑みを浮かべる。感情の起伏が凄く少ないユーリであったが、最近になって『あ』とか『う』と言葉を発するようになった。

 指を彼女の手元に差し出すと、体温を感じ取ってしっかりと手で握り込んでくれるようになっているし、排便の不快さも訴えてくれるようになっているし、お腹が空いたと声を上げることも覚えてくれた。乳母さんたちも私たちもユーリの変化に安堵して、心配が尽きなかった彼女の未来が明るいものであるようにと願えるようになっていた。

 

 「毛玉ちゃんたちのペロペロ攻撃を嫌がってくれますし、お猫さまの尻尾なでなで攻撃にも反応を見せてくれますから」

 

 最初こそ毛玉ちゃんたちのペロペロ攻撃に反応を見せなかったユーリだが、ようやく舐められているという感覚が脳に伝わったのか『嫌だ、嫌だ』と腕と足を必死に動かしながら『うー』とか『あー』と訴える。

 毛玉ちゃんたちに反応を見せてくれたので、お猫さまにお願いをして三本の尻尾でくすぐり攻撃を敢行して頂いた。ユーリはお猫さまの三本に分かれて動く尻尾が不思議だったのか、お猫さまの尻尾の一本を掴んで放してくれない。

 

 暫くお猫さまとユーリの間で微妙な空気が流れたのだが、彼女が尻尾を放してくれないのでお猫さまが私に助けを求めてようやく解放されていた。次はリンの肩に乗っている仔竜さんとジークの肩の上に乗っている幼竜さんとクロでなにか刺激を与えて貰う予定である。

 どんな反応を見せてくれるか分からないけれど、割と肝の据わっているユーリと状況を理解している竜さんたちなので問題あるまい。

 

 「ええ、本当に良かったです。時期的に首が据わって、寝返りを打つ頃になるので違う心配も生まれますが……ユーリが元気で大きく成長してくれると願っております」

 

 「ええ。アンファンの様子は如何ですか?」

 

 私の背を直ぐに抜かさないで欲しいと願いつつ、アンファンのことも聞いてみる。がっつりと彼女に関わることができず、子爵邸で働く方々にアンファンのことを気に掛けて欲しいと願い出ていた。

 貧民街から脱出してあまり時間が経たぬまま、異国の地に移ることになったアンファンの立場に立てば、私に不遜な態度を取ることを多少は大目に見てあげたいところである。ただ、あまりに酷いと周りの方たちも納得しないだろうし、そろそろ思い直してくれると良いのだが。サフィールの説得もあって表面上はどうにか整えているけれど、私に対して態度がぎこちないままである。

 

 「朝、こちらに顔を出して託児所へ向かいましたよ。友達ができたと照れ臭そうに教えてくれましたが、ご当主さまとどう向き合えば良いのかまだ悩んでいるようです」

 

 友人ができたのか。これを切っ掛けに託児所の中だけでも良いから、同年代の子たちと縁を繋げることができると良いけれど。私にはまだ警戒心を抱いているが、立場が違うことは理解している様子。今少し見守る時間が必要かなと、乳母さんにはアンファンのことも宜しくお願いしますと伝えてユーリを抱きかかえる。

 

 「まだまだ小さいね。でも直ぐに大きくなっていくんだろうなあ……」

 

 ふふふ、と笑うとユーリが不思議そうな顔で私を見て『あー』と声を上げる。私の肩の上にクロが『可愛いねえ』と小さく声を零せば、影の中から毛玉ちゃんたちがワラワラと飛び出し、続いてヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも出てくる。

 少し前までこの光景にぎょっとした顔を浮かべていた乳母さんは、もう慣れたのかあらあらと笑い彼女に近寄って行った桜ちゃんを撫でている。松風と早風が私の足元でぺたんと床にお尻を付けて、私の腕の中にいるユーリをじっと見つめているので腰を下ろす。

 

 そうして松風と早風はすんすんと鼻を鳴らしながらユーリの匂いを嗅いで、ベロンと長い舌で彼女の頬を舐めた。舐められた感触が嫌だったのか、頬に着いた涎が冷たくなったのかユーリの顔が歪み目をぎゅっと閉じる。口を開けたと思えば『ぎゃあ!』と大きな声で泣き始めたのだった。

 

 「ご当主さま!! ユーリが、ユーリが初めて大きな声で泣きました!!」

 

 乳母さんの嬉しそうな声と共に、しょぼんとしている松風と早風に不思議そうな顔で楓ちゃんと椿ちゃんと桜ちゃんが泣いているユーリを見ている。私はなんとも言えない状況に笑みを浮かべながら、乳母さんとジークとリンとクロに『良かったぁ……』と安堵の息を吐くのだった。

 

 ◇

 

 ユーリに感情が少しずつ備わっている今日この頃、子爵領で孵った竜さんもリンの肩の上ですくすく成長していた。物怖じもせずクロとジークと一緒にいる幼竜さんと仲良く遊んでいるし、エルとジョセとルカとジアと庭で過ごしている番の竜さんたちが一階の部屋の窓から顔を出すと、嬉しそうに外に出て彼らにじゃれついている。

 毛玉ちゃんたちとも問題なく――揉みくちゃにされているけれど――過ごしているし、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんとも時折会話をしているようだ。お猫さまは相変わらずで、相手をしたり逃げたりと気分次第だが、ジルヴァラさんも普通に相手を務めてくれる。

 お屋敷で働く皆さまも好意的だし、リンに懐いたことが予想外だったけれど仔竜さんの様子も順調である。ジークが好きな幼竜さんは、相変わらず私のことが苦手であるが距離を詰めているはずだ。

 

 お昼ご飯を終えたあと。子爵邸の自室で椅子に腰を掛け、机の上にはグリフォンさんの卵さんを鎮座させている。クロが私の肩の上から机へ飛び乗って卵さんを覗き込んでいた。ロゼさんも興味があるのか私の足を這いあがり、膝上でぽよんと揺れた。ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちも気になるようで、お座りをして机の上の卵さんに視線をじっと向けている。

 

 卵さんを預かって一週間ほどが経過していた。サイズが大きくなっていないけれど、黄色の宝石のような卵さんの色味が増している気がする。

 副団長さまは『成体の記録はありますが、卵について記されているものは読んだ記憶がないですね』とのことで、グリフォンさんの卵さんに興味津々だ。常に子爵邸にいるわけではないので、私に観察日記をつけるようにとお願いされている。一日に二回、朝と夜に卵さんの体重を測ることと、変化があれば記録に残すだけなので凄く簡単なものだった。

 

 「お母さんが戻ってくるよ。良かったね」

 

 黄色い卵さんを指先でツンツンしてみるけれど、反応はなにもない。そりゃ当然のことだけれど、なにかしら反応を見せて欲しいと願うのは我が儘だろうか。

 母グリフォンさんは、明日アルバトロスにヤーバンの新陛下と共に戻ってくる。もしかすればヤーバン王国の新陛下と意気投合して、あちらで暮らすと仰るかもしれないが、それは母グリフォンさんの自由なので好きにして頂ければ良い。卵さんも一緒に向かうのであれば、一緒の方が良いだろう。少し寂しくなるけれど、致し方のないことである。

 

 『強い仔に育ってね』

 

 クロも私を倣って鼻先で卵さんをツンツンした。どんな仔が孵るのかな、とクロと一緒にお喋りをしていると、ロゼさんも私の膝上から身体を伸ばして卵さんに触れようとしている。卵さんに届かず必死に奮闘しているロゼさんを抱え机の上に移動して貰うと、ぺちょんと卵さんにロゼさんボディーがタッチした。卵さんをどうするつもりかな、と暫く見守っているとロゼさんは身体全体で卵さんを包み込む。

 

 そうしてロゼさんは机から床に転がり落ちて、ヴァナルたちの下へと辿り着いた。ロゼさんが抱えていた卵さんを解放すると、毛玉ちゃんたちが凄い勢いで卵さんへと群がる。遠慮というものが全くないペロペロ攻撃が始まるのだが……卵さまがなにかしら反応を見せることはないので、毛玉ちゃんたちは『しゅん』とへこたれてしまう。

 

 構って欲しかったのかなと椅子から立ち上がって、毛玉ちゃんたちの下へと行きしゃがみ込む。真っ先に桜ちゃんが私に気付いて『撫でて!』と顔を肩の上に乗せる。

 もっふもふのダブルコートの長い毛を堪能していると、他の仔たちも『撫でてー!!』と脚を使って訴えたり、鼻先で私の身体をツンツンして主張する。順番だよーと、腕を二本使ってひとしきり撫でていると、最後にヴァナルと雪さんたちも私の横にやってきた。彼らも構って欲しかったけれど、毛玉ちゃんたちがいるから我慢していたようだ。ヴァナルの首に腕を回して体重を掛ける。ビクともしないし、ヴァナルも私の重さを気にしてはいない。

 

 「もふもふだー」

 

 ふさふさの毛を堪能しながら、セレスティアさまがこの場にいれば『理想郷がここにありますわ!』と声を上げそうだと笑っていると眠気が襲う。床で寝落ちした私の第一発見者が侍女さんであれば『きゃあー! ご当主さまー!』と大騒ぎになるので、我慢我慢と耐えていても人間の三大欲求に抗うことは難しかった。

 

 『主、寝た』

 

 『あらあら』

 

 『まあまあ』

 

 『ご飯を食べた後ですからねえ』

 

 『このままだと風邪を引くね。ボク、誰か呼んでくる~――あ、ジークぅ』

 

 みんなのやり取りが聞こえたような、聞こえなかったような。私が次に目が覚めたのは自分のベッドの上だった。誰が運んでくれたのか分からないまま、夜がきて……次の日を迎えた。

 

 ――アルバトロス城・謁見室前

 

 またアルバトロス城の謁見室へと錚々たる面子が集まることになった。西大陸の西部にある大きな国と認知されているヤーバン王が直接来訪するということで、お城の中はてんやわんやの大騒ぎである。

 私がアルバトロス王国上層部の皆さまと関わるようになる前は、今のような忙しさだったのだろうか。以前を知らないので公爵さまに聞いてみようかと、きょろきょろと周囲を見渡した。人が集まる前なので、人通りは多くない。ただ近衛騎士さまや外務部の方があっちこっちに指示を出している。

 

 結局、公爵さまと顔を合わせたのは謁見が始まる少し前。時間がないと判断して私の疑問が解決することがないまま、新ヤーバン王とグリフォンさんとの謁見が執り行われるのだった。

 入場を済ませて待っていると、陛下が玉座に腰を下ろせば新ヤーバン王とグリフォンさんが一緒に謁見場へと入ってくる。グリフォンさんは私の姿を見つけて目を細めると、玉座の前を見据えた。ヤーバン王も真っ直ぐと玉座を見上げて小さく頭を下げた。ヤーバン王の格好は腰布と胸を隠す布と外套を羽織っている。ヤーバンの護衛の方々は腰布一枚に外套で堂々と姿勢を真っ直ぐ伸ばしていた。相変わらずのようで安心したような、もう少し服を纏っても良いような……複雑な気分だ。

 

 「アルバトロス王よ、此度の謁見の場を設けてくれたこと感謝します」

 

 「気にするな、とは言えぬが……新ヤーバン王よ、遠き地に良く参られた」

 

 お互いに国の頂点に立つ身だからか、初手は穏やかに言葉が交わされた。そうしていろいろと言葉が飛び交い、アルバトロス王国とヤーバン王国との取り決めされていく。どうして王太子殿下が玉座にすぐ就いたのか、追放された第一王子殿下がどうなっているかは話題に上がらないままだ。後で事情を聞けると良いなあと、謁見を眺めていれば恙無く終了するのだった。

 

 「ミナーヴァ子爵。陛下の命により、とある場所へご案内致します」

 

 謁見場を出て直ぐに近衛騎士の方に声を掛けられた。グリフォンさんと再会できるかなあと、近衛騎士の方の後ろに付いてお城の廊下を歩いて行く。凄く広い中庭に出て東屋に案内されると、椅子に腰を掛けている新ヤーバン王とグリフォンさんが私を待ってくれていた。東屋には外務卿さまも同席しており、端っこにはメンガーさまも立っていた。

 

 『ナイさん。久しぶりというほどではありませんが……何故か長き時間、貴女の側を離れていたように感じてしまいます。貴女の下で過ごすために戻って参りました』

 

 グリフォンさんは私の姿に気付いて、てってってと東屋から歩いてこちらへときた。私の頬に嘴を寄せるので、手を伸ばして顔をゆっくりと撫でさせて頂く。目を細めて受け入れてくれるグリフォンさんが私のお腹に視線を向けるので、首から下げている卵さんを服から取り出して袋越しに彼女の前に差し出す。

 

 『順調なようですねえ。良いことです』

 

 卵を確認したグリフォンさんの首に袋を下げようとすれば『ナイさんが持っていてください』と仰る。ヤーバン王を待たせる形になっているので、致し方ないと判断し東屋へと足を進めた。私がヤーバン王の前に進めば、彼女も席から腰を上げる。以前、彼女と顔を合わせた時よりも凄く落ち着いた雰囲気があるのは気の所為だろうか。

 

 「陛下、御前失礼いたします」

 

 「そのように畏まらなくとも良い。貴殿はグリフォン殿の命の恩人であり、卵を託された傑物だ。本来であれば私の方が頭を下げねばならぬが……立場がある故に許して頂きたい」

 

 ヤーバン王は言葉のみで礼儀を尽くしてくれた。なら、私も礼を尽くすだけである。ヤーバンの護衛の方々は私の態度に文句を付けるでもなく、ただ静かに見守っているだけだ。

 おそらくヤーバン王になにもするなと言い含められているのだろう。他国だし、新王が下手な行動を取ればヤーバンの評価が落ちるからという理由もありそうだが。外務卿さまは私たちのやりとりに口を挟む気はないようだ。書記官さんも同席しているので、一応公式な場だから変な事は言えないし聞けない。

 

 席へ案内されると、グリフォンさんが私の横に立つ。給仕の方から紅茶を頂き、話し合いの場が開かれたのだった。

 

 「ミナーヴァ子爵、先日はヤーバン王国国境付近で失礼な態度を取り申し訳なかった。他国の方には不快であろうと知りつつ、あのような形を取るしかなかった」

 

 確かにヤーバン王の態度は使者として横柄なものだった。ヤーバンの流儀のようなものは感じ取れたし、暴力的な行動に出たわけでもない。

 

 「事情をお聞きしても宜しいでしょうか?」

 

 代替わりが行われているので、なにか凄く面倒な理由があったのだろうと彼女の顔を見る。許す、許さないよりも理由を先に知らなければ。

 

 「父は……先王には王の資質が備わっていなかった。ただ力が強いだけで政についてはさっぱりだったが、ヤーバンの国是は『力』だったからね」

 

 同世代の王族の中で誰よりも強く、玉座に就くことができたそうだ。だが、力が強いだけで政治のセンスは皆無であった。そんな者が玉座に就けばヤーバン王国の未来がどうなるのかなど明らかである。

 先代が玉座に腰を下ろして五年の月日が経っているが、ヤーバン王国国内は荒んでいるらしい。五年で荒れるというのもおかしな話に感じるが、真実を知るにはヤーバン国内へと赴くしかないのだろう。王太子殿下が決闘を申し込み先王が受け、見事勝ち玉座を奪い取ったとのこと。外に出ていた精鋭部隊三百人が目の前の女性に同調してくれたことも、決闘に持ち込めた大きな理由なんだとか。

 

 「私が国から離れるのは好ましくなかったが、流石に国獣と据えている彼女を無下に扱うことはできないとアルバトロス王国へこさせて頂いた」

 

 『ヤーバンが荒んでいるのは事実ですねえ。食料の生産を上げようと、先代の王が無理矢理な技法を発案し民に強いたようです』

 

 グリフォンさんがヤーバンの内情を教えてくれた。話は新ヤーバン王から聞いたのだろう。身内の恥を直接彼女の口から言えないので、グリフォンさんにお願いして私たちに伝えたのだろうか。農業で国が成り立っているヤーバン王国は、先代の王が命じた農法で食べ物を育てたが上手く育たず、一瞬にして国民が飢える羽目になったとか。

 

 「父は無理を押し通すことができる立場にいた。五年間もあのような王を玉座に就かせていた私たちにも問題があるが……ようやく引きずり落とすことがでた」

 

 私を簒奪王と評する者が出てきておもおかしくはない、と彼女が自嘲気味に笑う。彼女が王族として正しい、正しくないは判断が付かないけれど、ヤーバン王国に住まう方々が長き時間苦労するのであれば、玉座を彼女が奪った行為は正しい物のように見える。

 

 「まあ、私も先代から玉座を『力』で奪ったから偉そうなことは言えないし、父の血を引いている身だ。いつ同じ道に走るかも分からない」

 

 ふう、と小さく息を吐いたヤーバン王が私に視線を向ける。

 

 「大きな竜を引き連れていたミナーヴァ子爵だ。国を一つ落とすくらい簡単だし彼女も懐いている。私が民の命を奪う前にヤーバン城に乗り付け、愚かな行為に走った王を斬ってくれ」

 

 ははは、と笑うヤーバン王であるがなにを託してくれたのだろう。面倒になる前にはっきりと断っておくべきか。

 

 「できません。ヤーバンに住まう民のため、ご自身のために他国に予防線など張らずとも、自国の者たちだけで自立できるよう立ち回って頂きたく」

 

 「手厳しいな、ミナーヴァ子爵は」

 

 目の前に座す彼女が闇落ちすれば、私が王さまの首を切り落とさなければならないとか……勘弁してください。もしかしたら彼女なりの冗談なのかもしれないが、公式な場なので記録に残ってしまう。話題を逸らすため追い出された第一王子殿下はどうなったのかと聞いてみると『知らない。兄上のことだからしぶとく生きているはず』とカラカラと笑うヤーバン王だった。

 

 ……この国、大丈夫だろうか?

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