魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
日も沈み辺りは随分と暗くなっていた。ちょっと遅くなったね、とリンと会話をしながら自分の天幕へと辿り着く。資材で散らかっていた周囲も整理されており、様子がガラッと変わっていた。すごいな工作兵や輜重部隊の人と感心しつつ、目的の人物を見つける。
「ジークただいま。遅くなったけれど、ご飯貰ってきたからみんなで一緒に食べよう」
私の声に振り向いたジークはどうやら火を熾してくれたようで、赤々と薪が燃えていた。水もいつの間にか確保していて、小さな鍋でお湯を沸かしている。
「ああ、すまない。――……リン、どうした」
「……ナイが祝福施してた」
ジークを見て先ほどの事を思い出してしまったのか、普段よりもテンションの低いリンに気付いていた。双子故のシンパシーなのか、小さな変化によく気付いたものだ。
「は?」
リンから視線をバッと外して厳しい顔で私を見るジーク。いやあ、ねえ。
「だってあの状況じゃあ仕方ないよ。騎士の人の心意気を無下にする訳にはいかないし」
とりあえず、視線を外してくれないジークに状況を説明する。難しい顔をしながら、腕を組んで静かに話を聞いてくれるのだけれど威圧感が凄いんですが。
「何節唱えた?」
「一節だけだよ」
流石に二節が限度で、三節四節となると過剰に掛け過ぎだ。日常生活に支障が出るレベルになってしまう。
「そうか、分かった。リン、不貞腐れるな。ナイも聖女として逃げ場がなかったんだ、その状況じゃあ仕方ない」
リンの肩に手を置いて納得させようとしているジークにまだ不満げな視線を寄せているので、まだ納得は出来ていないようだ。時折、戦闘時以外に知らない人に祝福を掛けるとリンが拗ねる。子供じゃないんだからと笑いながら彼女を諭すけれど、まだ慣れないらしい。
「リン」
「むう……」
「なんでそんなに嫌がるかなあ」
「だって、ナイが取られたような気がして嫌だ」
リンの言葉にジークと私はぱちくりと目を閉じたり開いたり。
「私は誰のものでもないよ。それに私が一番に優先しているのはジークとリン、あと残りの二人だし」
これ以上は仲間を失いたくはないから、聖女として救い上げられた時、優先すべきは彼らだと決めている。それがブレちゃいけないし、ブレさせる気もない。
「それにリンとジークには二節唱えたでしょう。叙任式の時に」
あからさまな優遇だったので、後で神父さまやシスターたちにしこたま怒られたんですが、私。身内だとしても、ああいう場で決まり事から外れたことをすべきじゃないって。神聖な教会の祭壇には、王国からも陛下の名代が寄こされており、その人は苦笑していた。ちなみに公爵さまである。
「……そうだけど」
「お年頃だねえ。リン~そろそろ機嫌直して、ご飯食べよう」
「うー……食べる」
少し悩んだ素振りをみせて数瞬のちに、お腹が空いていたのか先ほどのことは忘れて、ご飯を食べる準備を始めるリンだった。
「いただきます」
ジークもリンも私のこの台詞にはなんの違和感や疑問も抱かないようになっている。むしろ一緒に唱えているのだから、慣れている。偶々、この言葉を聞いた人は不思議そうな顔をしているけれど、突っ込んでくる人までは居ない。
「明日も早い。食べたら直ぐ寝ろよ」
ジークの言葉は尤もだ。体は疲れていないけれど、一日中馬車に揺られていた精神的な疲労はあるだろう。
「あ、副団長さまがこっちに顔出すって言ってたから、まだ寝られないかも」
食べ終えた食器を手に持ったままジークの言葉に答えると、深いため息を吐く彼。
「あの人は何を考えているんだ……?」
「申し訳ございません、ジークフリードくん。聖女さまは魔力制御が甘々なので、少しでもこの状況を改善したく、お話の時間を頂きたかったのですよ」
ぬっと突然姿を現した副団長さまに、一同驚きの視線を投げる。ただ先ほど苦言を述べたジークが一番慌てていたけれど。
「っ! 失礼いたしました、副団長殿っ!!」
椅子代わりにしていた丸太から立ち上がって、騎士の礼を執るジーク。その姿を苦笑いをしながら彼の行動を制す副団長さま。
「ああ、そう硬くならないで。そもそも自由時間にお邪魔したのは僕の方ですから、お気遣いは必要ありませんよ」
副団長さまは爵位持ちなので、立場には雲泥の差があるのだけれど、気にしては居ない様子。おそらくは先ほど述べた通りプライベートな時間なので、立場は取り払いたいのだろうか。
「ご足労申し訳ありません、副団長さま」
「いえいえ。聖女さまが男所帯の場をウロウロするのも問題がありますし、お気になさらず。それに僕には目的がありますから、問題はないのです」
まあ、副団長さまの目的は私を使った実験だろうなあ。一応聖女の立場があるので無茶はしないはずである。
「こちらをどうぞ。眠りに就く前に少量でも良いので飲まれるとよく眠れますよ。女性に野営はキツイでしょうから」
下げていた鞄の中から袋を取り出して手渡してくれる。どうやら町で言っていたよく眠れる茶葉のようだ。いつの間にか立ち上がっていたリンに茶葉の入った袋を預ける。頂いたものを地面に置くのは流石に気が引けた。
「お心遣い感謝いたします、就寝前に頂きますね。――副団長さまのお口に合うかは分かりませんが、お茶を淹れますので少々お待ちを」
「おや、もしや貴女が手ずから淹れて下さるのですか?」
ジークやリンは騎士として仕込まれているけれど、こういうことには慣れていない。お客さまをもてなす為、教会から教えられたのは私だけである。もちろん、教会職員がこの場に居れば彼ら彼女らが用意してくれるけれど。
「ええ。誰も淹れてくれる方が居ないので必然的にそうなりますね。あまり上手くはないので期待はなさらないで下さい」
「それは楽しみです。筆頭聖女さまともなると、動作のひとつにも魔力を纏わせているそうで、彼女が淹れたお茶を飲むと若干魔力が上がると噂されています」
「そんなことが起こるのですか?」
真に信じがたいけれども。噂に尾ひれ背びれがくっ付いていないかな、ソレ。
「まあ噂なので……魔力制御が甘い聖女さまならば、同じ現象が起きないかと期待しています」
「あり得ませんよ。そこまで器用ではないですし」
「いいえ、魔力量の多い貴女ならば可能性は十分ありますねえ……ふふ」
なんだかマッドな視線を受けているようなと、背中に汗が流れる私だった。
◇
お湯は火にかけていたので、直ぐにお茶の用意が出来るようになっていた。取り敢えずいつものようにお茶を淹れて、副団長さまへと渡す。
「熱いのでお気を付けください」
「ありがとうございます。――早速頂きましょう」
そういえば毒見とかいいのだろうか。彼もお貴族さまだけれど護衛も付けずウロウロしているようだし。まあフェンリルを霧散させるほどの実力の持ち主だから必要ないのかもしれないけれど。
「うーん……、変わりませんねえ。残念です」
言葉の通りに本当に残念そうな顔を浮かべる副団長さまに、苦笑で返す。
「さて、無駄話は止めて本題に入りましょうか。少し前にお渡しした魔術具は身に着けて頂いていますよね」
「はい。頂いてから肌身離さず指に嵌めております」
そう言って左手中指に嵌めている銀の指輪を右手でなぞる。
「それは良かった。その魔術具は貴女の有り余っている魔力を制御する補助装置ですが、体の中で滞留している余剰分を外に放出させる役目もあります」
「え」
「それだけ聖女さまの魔力量は異常ということですよ。貴女の生育が悪いのも、おそらくはソレが原因でしょう」
そんなに異常な量なのだろうか。他の人と比べたことがないし、いまいち副団長さまの言葉に実感が持てないのだけれど、滅茶苦茶うれしい言葉を耳にする。
「では、この魔術具を身に着けていれば、身長がまだ伸びる可能性がっ!?」
がばりと俯けていた視線を上げて、副団長さまを期待の目で見つめ彼の言葉を待つ私。
「ふむ。女性の成長期が終わるのは早いと聞きますので、あまり期待しない方が良いかもしれませんねえ」
「うっ……」
「そう気落ちなさらずとも。小柄で可愛らしいではありませんか」
副団長さま、女性に気遣いの言葉を掛けられる人だったのかと驚きを覚えつつも、私のテンションは上がらない。
「いまだに子供のお使いだと勘違いされる私の気持ちを理解してくれる人がいない……」
後ろで微妙な雰囲気を醸し出している二人。リンがなにやら言いたそうだけれど、副団長さまが居るので声を出せない様子。ジークは突っ込みをすれば地雷を踏んでしまうと理解しているのか、知らぬ存ぜぬを決め込むようだ。
「まあ、その話題は置いておきましょう。――ここからが本題です」
「はい」
流石にがっくりしたままだと失礼なので、居住まいを正して視線も合わす。
「本来ならば聖女さまの魔力を空にして時間をあけ回復させてを繰り返し、魔力が増減する感覚を養って欲しい所ですが」
遠征中ですものねえ、と微妙な顔をする副団長さま。確かに私は魔力を全て出し切ったことは一度もない。時折、魔力を全て使い切りぶっ倒れる人を見たことがあるけれど、ああいう状態に陥ったことがないので不思議な光景でもあった。
辺境伯領へと辿り着くまでにはまだ時間はあるけれど、道中何が起こるかわからないので、不確定要素を抱えたまま実験をする気はないらしい。微妙に常識人だよなあと副団長さまへ視線を向けると、彼も微妙な顔を浮かべている。
「ということで、こちらを」
「これは、一体?」
「疑似的に魔力を空にできる腕輪です。仕組みは秘匿されておりますので詳しい説明は出来ません」
随分と幅のある腕輪で、かなりゴツイ。日常使いはちょっと無理がある代物、とでも言えばいいだろうか。魔石が幾つか付けられているので、そちらにでも私の魔力を移動させるのかも。疑似的って言ってたし。
「取り敢えず付けて頂いても?」
「了解です」
そう言うと腕輪を手渡ししてくれる副団長さま。腕輪を受け取ったのだけれど、装飾とか結構凝っているような。前回、譲り受けた魔術具の指輪はシンプルな物だったので意外である。
「――あ……」
「ナイ!」
腕輪を身に着けた瞬間に訪れた浮遊感に平衡感覚を失って、くらりと体が揺れて地面へ倒れ込む……ハズだった。
「ごめん、ジーク。ありがとう」
「ナイ!?」
魔力を使い過ぎて鼻血を出したときとはまた違う不思議な体験に頭が少し混乱する。魔術陣へ魔力を補填した後は脱力感と眠気が酷いけれど、この感覚をなんと表現すればいいのだろうか。ジークが片腕で倒れるのを阻止してから、リンの両腕が伸びてきてちゃんと体を起こして支えてくれた。
「大丈夫か? ――ヴァレンシュタイン副団長殿!」
「おお、そのような剣幕で怒らないでください騎士殿。大丈夫ですよ、疑似的に魔力が空になっただけなので、聖女さまの体が慣れないことに驚いただけ。直ぐに元へ戻りますので」
両手を軽く上げて降参のポーズを取る副団長さま。多分、彼は自分の立場を脅かすようなことはしないだろう。だってその地位を剥奪されたら魔術師として好き放題出来ないんだもの。だから、その点に関してだけは信用は出来ると思う。
「平気だよ、ジーク、リン。ちょっと体が浮いた感じがしただけだから」
慣れない感覚に驚いただけである。ジェットコースターに乗って急に下降し始めた時に感じる、内臓が浮くような変な感触だった。
「ふむ。ちゃんと機能しているようですね。では、腕輪を外してください」
彼の言葉に従って腕輪を外す。すると浮遊感は収まって元の状態に戻ったのだった。しかし、これが何の効果をもたらしてくれているのかがさっぱり分からないのだけれども。
「魔力が空になったことのない聖女さまです。空になるという感覚を身に着けて下さいね。魔力の操作に関しては、今回の合間と学院での特別授業で行いましょう」
自分の限界を知らなければ、どこまで魔術を行使していいのか判断がつかないし、危険な状態の時に無茶をしない為なんだそう。
それでもにんまりと満足している副団長さまを見て、なにかしらの収穫はあったようだと一人納得し、明日から寝る前に一度だけ腕輪を身に着けてこの感覚を覚えてくださいねと告げられるのだった。