魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
朝。借りている教会宿舎の自室の扉をノックする音が響きました。なにも問題はないので『どうぞ』とわたしが告げると、下働きの女性が顔を出してにっと笑顔を浮かべます。
「プリエールさんや、そろそろ時間だよ。体調は大丈夫かい?」
「はい! 体調はばっちりです。今、行きますね!」
豪快な声に私は答えて、外に赴く準備をしなければと座っていた椅子から立ち上がりました。共和国からアルバトロス王国へ研修に赴いて、既に十日も時間が経っています。
初日にアルバトロス王国の方々とのご挨拶を行いましたが、恐れ多いことにアルバトロス王との拝謁を賜ることができました。私と一緒に赴いた皆さまも凄く緊張したご様子で陛下との対面を済ませ、寝起きの場となる教会宿舎に赴いて荷物を纏めたのです。
皆さん、異国の地で未知の技術である『魔術』をきちんと習得できるのか、不安と希望を抱えながら荷解きを終えました。共和国からやってきた研修生十名と教会宿舎に住まう皆さまとの共同生活となりますが、部屋は個室となっているので個人的な空間をご用意くださったことには感謝しなければならないのでしょう。
初日の夜は教会の一室で歓迎会を開いて頂き、お世話になる方々とご挨拶を交わしました。その中にはミナーヴァ子爵さまもいらっしゃって、時折私たちの授業を見学することになったと教えてくださったのです。
貴族の方がどのような仕事をなさっているのか分かりませんが、きっとお忙しいはずなのに私たちにまで気を配ってくださるとは。お世話になるのは共和国の者だというのに、いろいろと気にかけてくださって『不便があれば教えてくださいね』と仰ってくれたのです。
子爵さまはマメな方だなあと心の中で囁けば、不穏な視線を感じ取りました。
私たちと行動を共にする研修生の方々からのものです。研修生候補の選出は国外に赴き魔術を習うことに抵抗のない者と共和国上層部から指定され、アルバトロスに赴いて技術を習い芽が出なくとも『薬草学』を学ぶと通達されておりました。魔力が多く備わっていても適性がなければ治癒魔術を扱うことが不可能となるので、一年間を無為に過ごすよりも別の方向で学べるようにとアルバトロス側から提案があったそうです。
そうして選出された一期生十名は全員が女性という結果となり、富める方々のグループと私たちのグループに分かれてしまいました。共に行動をすることもあまり良く思われていないようで、富める方々のグループからは厳しい視線を向けられてしまうのです。富める者と貧しき者と分けられているので仕方ない部分もありますが、この一年という時間で皆さんと打ち解けられることを願わずにはいられません。
アルバトロス王国の皆さまにご迷惑を掛けることにならなければ良いのですが……少し心配をしております。
二日目は休養日とされ三日目はアルバトロス王都の街へ繰り出して、商業地区を案内して頂き日用品の買い出しやおすすめの食堂の紹介などを受けました。
勉強ばかりでは息が詰まるだろうと自由時間も設けてくださっておりますし、共和国政府の皆さま方の私財から私たち十名にお小遣いを頂いております。無駄に消費できないですし、アルバトロス王国で過ごす最後に、お世話になった方々に贈り物を買うための資金に充てようと決めました。
アルバトロス王国の王都は、共和国の首都よりも古い街並みですが、人々が多く行きかい活気があります。お店のご主人の呼び込みの声や、元気に走っている子供の声に女性の皆さまが輪になって楽しそうにお話をしている姿。共和国の街中も賑やかですが、異国の地の雰囲気は母国と少し違っていて新鮮でした。
四日目には初めて授業に参加して、魔力を体の外へ出す感覚と魔力を掴む感覚を覚えたのですが、教師の神父さまは私たちの筋が良いと褒めてくださいました。他の方々がどのように魔力の感覚を掴んでいるのか分かりませんが、褒めてくださるとやはり嬉しいです。あまり言いたくはありませんが……貧民の癖に、と厳しい視線を向けて罵られることもありません。
とはいえアルバトロス王国も平民の方々と貴族の皆さまにはっきりと分かれております。きちんと振舞わなければ、問答無用で斬り殺されることもあるそうです。
共和国では誰かを殺めると罪に問われ罰せられますが、アルバトロス王国では貴族の方が平民を斬るのは問題はないそうです。悪評が立つこともあるので、そうそうないと教えてくださいましたが忠告されたということは気を払えということなのでしょう。
覚えなければならないこと、やらなければならないこと、気を付けること、やりたいこと……沢山ありますが、一年間を通してじっくりと学び、共和国で治癒師として道を立て政治家を目指せればと考えております。だから、今日も頑張らなければと両手を使って頬を叩き気合をいれました。
「みんな、早くしなー!」
先ほど、わたしを呼んでくれた下働きの女性が階下から大きな声を上げました。どうやらわたし以外にも準備をしている研修生が部屋にいるようです。
今、わたしが借りているお部屋の前の前の主はミナーヴァ子爵さまだったとお聞きしました。教会の聖女として貧民街から拾われ、魔力の多さと平民の皆さまに気さくに接して『黒髪の聖女』と二つ名を頂いたそうです。
三年前、とあることが切っ掛けでご活躍し、アルバトロス王国の貴族位を賜ったと下働きの女性が教えてくださいました。貴族出身の方で若くして当主の地位に就いたのだろうと考えておりましたが、身ひとつで今の地位を得たと。わたしにそんな才能はありませんが、以前の部屋の主さまに恥じないように進まなければと再度気合を入れて……。
「はーーいっ!」
と、大きく返事をして、部屋を出て階段を降りて行きます。今日は教会騎士団の訓練場に赴いて、治癒魔術の練習を執り行います。教会騎士という身内だから、失敗しても痛くしても問題はないとシスターさんが仰っておりましたが本当に大丈夫なのでしょうか。少し心配になりながら、他の方も合流して用意して頂いた馬車に乗り込み教会騎士の訓練場へ向かいます。
訓練場広場には教会騎士の方が大勢集まって、木剣で模擬戦を繰り広げていたり、徒手格闘戦を執り行っていて活気が凄くありました。聞き慣れない野太い声が上がり、励ます声や助言を述べている声に野次が飛んだりといろいろです。
時折、土煙が上がって模擬戦が本番さながらな様子で、少し驚いてしまいました。広場の片隅にはシスターと年配の聖女さまが控えております。おそらく彼女たちは騎士さま方の手当を担うのでしょう。
私たちの到着と同時に教会騎士のリーダーさんがやってきて、挨拶をくださいました。酷い怪我を負えば教会の聖女さまかシスターに治癒を申し出るけれど、軽い怪我であれば放置して治るまで耐えるそうです。今回は軽い怪我を私たち研修生が治すので有難いとリーダーさんは笑みを浮かべます。そうして私たちも彼へ頭を下げました。理由はどうであれ、お世話になるのは私たちなのですから。
「今日はよろしくお願い致します。まだ魔術に慣れていなくて、手間取ることもありますが精一杯務めさせて頂きます!」
「ええ、話は聞き及んでおります。急ぐ治療ではありません。ゆっくりで良いのでよろしくお願い致しますね」
酷い傷や怪我であればきちんと経験を踏んでいる方にお任せする、と話を聞いています。私たちも誰かに術を施すのは初めてですし、一番簡単な初級の治癒魔術しか教わっておりません。
手順を追って慣れて行き場数を踏んでから次へ移行しましょうね、と魔術師団副団長さまが仰っておりました。彼は私に魔力が多く備わっていると見抜いてくれた方ですが、なにを考えているのか分からない時があります。
ミナーヴァ子爵さまと懇意にしているようなので、妙な方ではないのでしょうけれど……ああ、駄目ですね。少しのお付き合いしかしていないのに、こうして判断するのは良くありません。誰にも分からないように小さく頭を振っていると、ふいに人影が差しました。
「少し時間が空きましたのでお邪魔させて頂きます。今日もよろしくお願い致しますね」
心の中で噂をしていれば、ご本人が登場なさったので胸の鼓動がばくばくと跳ね上がります。少し前までいらっしゃらなかったのに魔術師団の副団長であるヴァレンシュタインさまはいつ現れたのでしょうか。
先日の初授業の時と同じく、にこにこと掴みどころのない笑みを浮かべて私たち研修生に礼を執っています。銀糸の長い髪と金色の瞳が陽の光に透けて、美しい一枚の絵画を見ているような錯覚を引き起こしました。私の近くでは研修生の『きゃあ!』という黄色い声が上がり、特に富める方たちが嬉しそうに声を上げて頬を染めていました。
凄く格好が良くて品のある方ですから、彼女たちが盛り上がるのは致し方ないのでしょう。でも私たちは魔術の研修を受けにきた身です。共和国とお世話になっているアルバトロスの方々の期待を裏切らないように努めなければなりません。
よし、とまた気合を入れて、借りた魔術の教本を手に取って復習を始めました。私の出番は軽い怪我を負った騎士さんがやってきた時のみ。私と一緒の馬車に乗っていた方たちも揃って教本を開き、文字を目で追っています。初めて誰かに術を施すので、皆さんも私も緊張しているようでした。
「あまり気を張ると失敗してしまいますよ。まだ初手の段階です。術を受けた方に影響を及ぼすことはありませんし、慣れも必要となります」
副団長さまが、一年間という期限付きなので焦る気持ちも理解できますが時間は十分取っていますのでゆっくりいきましょうと仰ってくださいます。まだにこりと笑みを浮かべたままですが、私たちの心を軽くしようと気遣ってくれていました。先ほどは失礼なことを考えてしまったなと反省しながら、手当を望む騎士さんに魔術を施します。緊張して胸が煩さかったのですが、どうにか騎士さんが負った擦り傷を綺麗に治すことができました。
病気を治すための魔術は怪我を治すより難しいと聞いています。いずれ、教会が開いている治癒院へ赴き、病気の方に治癒を施すそうです。その時にきちんと対応できるかどうかが、治癒師としての分かれ道なのだとか。確りと基礎魔術に慣れて、次の段階に取り掛かれるようにと並んでいる騎士さんたちの傷を順に治していくのでした。
◇
卵さんが一個から二個に分裂して増えたけれど、特に問題はないと結論が出た。悩んでも仕方ないので袋の中に入れて、首から吊り下げている状態である。重さはさほど感じず下げていても違和感はない。
グリフォンさんは『生息数が減っていたから助かります』と言って機嫌良く嘴を私の頬に擦り付けてくる。時折頭の上に乗せてぐりぐりされるのは首を下げるのが面倒なのだろうか。
「子育てしすぎじゃないかな、私って……」
自室の椅子の上でぼやいていると、ジークとリンとクロの視線が集まる。いや、ユーリとアンファンは状況が状況だったので致し方ないが、偶然に出会った魔獣と幻獣さんたちのお仔さま方を預かり過ぎではなかろうか。空から卵が落とされるし、領に住み着いて番になって卵を産みおとし、果ては弱って私の下に辿り着いて面倒をみることになった。
毛玉ちゃんたちもいるし、ルカとジアもいる。お猫さまの仔は欲しい方に譲渡できたけれど、次にお猫さまが仔を成したとき普通の猫として産まれてくれるのか分からない。
「まあ……可愛いから良いか」
産まれたばかりの仔って犯罪級に愛おしい姿である。目は開いていないし、脚取りもおぼつかない。必死になって母親のお乳を求める姿は生命力の強さを表している。
卵から孵った仔たちが無心に硬い殻を破って、外の世界へと一歩を踏み出す姿を見ているとくるものがある。副団長さまとセレスティアさまほどの情熱を魔獣や幻獣の皆さまに向けられないが、仲を深められるなら今回のグリフォンさんのような関係となるのだろう。
『ナイが慣らされてる。まあ、お世話はほとんど必要ないし、ナイの側にいれば強くなっちゃうからねえ。今後も増える可能性は十分にあるよ』
クロがテーブルの上で幼竜さんと仔竜さんと戯れながら、私に顔を向けて妙なことを言い放つ。これ以上増えると大変なので勘弁してください。グリフォンさんが家宰さまと挨拶を交わした時、彼の顔が引き攣っていたのだけれど。
また私が卵を抱えて帰ったり、誰かと一緒に戻れば家宰さまに辞職願を提出されそうである。もしそんなことになれば私はどうすれば良いのだろうか。家宰さまを紹介してくれた方に申し訳ないし、平身低頭謝るしかない。
そろそろ子爵邸で過ごす方は打ち止めになってくださいと願っていると、クロと幼竜さんと仔竜さんはお互いの尻尾を絡め合って、抜けだしたり、巻き付きにいったりと器用なことをしている。
「平民のままなら、一緒に過ごす場所に困っていたかもな」
「きっと、教会宿舎の部屋が溢れるね」
ジークとリンが小さく笑いながら紅茶を飲んでいた。教会宿舎で過ごしていれば、今より騒ぎになっていたのではないだろうか。庭もないし、部屋も狭いから毛玉ちゃんたちと一緒に過ごせなさそうである。妙なことを考えていると、五頭で遊んでいた毛玉ちゃんたちの動きが止まり何故か私の方を見る。
「宿舎住みのままだったら、卵さんやみんなと一緒に過ごすことはなかったかもね」
宿舎で生活しているままなら、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんとも一緒に過ごせないし、毛玉ちゃんたちも外で過ごして頂かなければならないかも。私が考えていることが伝わったのか、毛玉ちゃんたちがわらわらと近づいてきて私の足元に五頭がちょこんとお座りした。ジークとリンが不思議そうに彼らを見ているけれど、手や口を挟む気はない様子。
「どうしたの?」
私が毛玉ちゃんたちに首を傾げると、膝上に顔を乗せたり、足に鼻先を擦り付けたりと忙しい。仕舞には桜ちゃんが私の足の間に入り込んで、椅子に脚を掛けて顔を近づける。どうするつもりかな、とじっとしていると、大きくなった体を私に預けて耳元で甘え鳴きを始めた。
『一緒にいたいって。サクラもナイに懐いたね~アンファンもそのくらい懐いてくれると良いんだけれど。あと君もだよ?』
クロが桜ちゃんの気持ちを代弁してくれた。アンファンは私に対して、少しずつマシになっているけれど警戒を全て解いてくれていない。ユーリは随分と動くようになったし、短い期間で感情が随分と発達した。
クロが言った『君』というのはジークに懐いている幼竜さんのことで、幼竜さんもアンファンと同様に私に苦手意識を持っている。同じ空間にいてもジークとリンとクロがいれば問題ないけれど、幼竜さんと私だけとなると始終気を張っているのである。ブレスを放った一番最初の頃よりマシになっているし、私を見て隠れる様子はなくなった。警戒心が凄く強い猫を見ているようで、微笑ましいで済ませようとしているが、やはり仲良くなれないのは寂しい。
リンに懐いた仔竜さんは、遊び相手を務めてくれるなら誰でも良いようで、リンの肩の上がお気に入りだけれど『一緒に遊ぼう』と誘えばぴゅーっと近寄ってくれる。飛ぶのは苦手な様子で、幼竜さんともども『飛ぶ』というよりは『跳ぶ』のだ。小さい身体なのに跳躍力が凄く、ひょいっとリンとジークの肩の上に登る姿は爽快であった。
「桜ちゃん、重いから降りてください」
桜ちゃんの大きな脚を掴んで顔を合わせる。桜ちゃんはこてんと首を傾げるので、ゆっくりと床の上に前脚を置いた。つまらない、と桜ちゃんは体勢を立て直してちょこんとお座りをした。
へっへっへっと長い舌を出して五頭が並ぶ。一列に並んでじっとしている姿は可愛いと眺めていれば、毛玉ちゃんたちは飽きたのかまたじゃれ合い始める。
「そういえば、ジークの竜さんとリンの竜さんに名前がないから、君とか貴方って呼んでるね……勝手に名前を付けると問題になりそうだし、どうしようか」
ルカとジアは親であるエルとジョセが私たちに彼らの名前を求めたから付けた。でも竜さんたちは喋れないので名前を求めることはなく、話題にも上らなかった。ジークとリンは困った表情になり、クロが幼竜さんと仔竜さんと遊んでいた尻尾を解いて私を見上げる。
『付けてあげれば良いよ。一緒に過ごしているんだし、仲間みたいなものでしょう? 竜は知識のある他の竜の下へ行って名前を求めることもあるし、仲間内で名前を付け合うこともあるから』
なにも問題ないよ、とクロが言った。
「それならディアンさまかベリルさまにお願いした方が良くない? というか幼竜さんと仔竜さんは名前を求めているのかな?」
子爵邸の庭でエル一家とグリフォンさんと共に過ごしている番の竜さんにお願いしても良いけれど、少々心許ないのでディアンさまとベリルさまを頼った方が良いだろう。どうしようかと悩んでいると、クロが幼竜さんと仔竜さんと視線を合わせて翼を広げた。どうしたのかなと静かに見守っていると、テーブルの上に立っているのでカチカチと爪の音が鳴る。
『名前欲しいって。ジークが考えて付けて貰えると嬉しいみたいだよ。この仔はリンに付けて欲しいって』
クロがジークとリンに視線を向けて、胸を張って言い切った。私に名前を付けて欲しいと強請られなかったことに、ほんの少しだけ寂しさを感じつつそっくり兄妹の顔を見る。
「俺で良いのか?」
「同じく。私で良いの?」
それぞれがそれぞれと視線を合わせると、幼竜さんがジークの肩に跳び、仔竜さんもリンの肩に跳び乗って顔をすりすりしている。むーと口を伸ばしているとクロが私の肩に飛び乗って、二頭の竜さんと同じように顔をすりすりし始めた。なかなか終わらないすりすり攻撃なので、ジークとリンに名前を付けて欲しいというアピールなのだろう。
『ジーク、リン、お願いしても良いかな? 良い名前を贈ってあげてね』
クロがすりすり攻撃を止めて、ジークとリンへ声を掛けた。今回は私が頭を悩ますことはないままで済みそうだ。
「分かった。ただ少し時間が欲しい」
「そうだね。直ぐには思いつかないし……考える時間は欲しいかも」
ジークとリンが幼竜さんと仔竜に視線を向けると、二頭が甘い鳴き声を出す。大丈夫、とでも言っているのだろうかと首を傾げると、開いたままの自室の扉をノックする誰か。視線を向けると扉の側にソフィーアさまとセレスティアさまが立っていた。どうしたのだろうと一同顔を向ければ『入るぞ』の声が。問題はないので一つ頷くとお二人は足を部屋の中へと進める。
「ナイ。ヤーバン王国の元第一王子殿下の足取りが掴めたぞ」
「まさか本当にナイの仰った通りに行動に移すとは」
ソフィーアさまとセレスティアさまが呆れた様子でヤーバンの元第一王子殿下の動向を伝えにきてくれた。彼がきちんと市井に紛れ込めるのか心配だったので、殿下について調べて貰っていた。
彼を探し出すのは簡単だったようで、ヤーバン王国の隣国の冒険者ギルドに問い合わせをすれば直ぐに分かったそうだ。特徴のある恰好で冒険者ギルドに訪れたから話題になったようだ。
そうしてお二人からの報告を聞き届けると、元第一王子殿下は冒険者登録を済ませ割とすんなり他国の文化を受け入れて堪能しているのだとか。
まだまだ冒険者ランクは低いけれど、地味でお給金が安い仕事も引き受けるため冒険者ギルドの受付の皆さまに評判が良いらしい。元王族ながら横柄な態度も取らず、にっと笑って大きな声で受け答えをすることが少々難点なのだとか。
あと腰布と外套姿で暫く活動をしていたようで『半裸男』の二つ名が元殿下に付いたそうだ。冒険者ギルド職員の女性陣が目のやり場に困ったので、上着の存在を教え普通は上半身裸でウロウロすることは無いと伝えたので『半裸男』の噂は直ぐに消え去るだろうけれど。
「大丈夫そうですね。ヤーバン王国は元第一王子殿下を探し出す予定はないのでしょうか……」
「どうだろうな。他国を見てきて欲しいとヤーバン王が願ったから、暫く合流しそうにはないが」
「元気でお過ごしのようですから、見識を広めるためにも元第一王子殿下には頑張って頂くのが一番良いのでは?」
元王子殿下は市井にきちんと紛れ込めているので、私たちの見解は軽いものだった。問題を引き起こす様子はないし、馴染めているのであれば大丈夫だろうと判断する。
「あと、ナイ。教会がナイを筆頭聖女候補の一人に召し抱えたいが、構わないだろうかと問い合わせがきている。なるべく早く返事をした方が良いだろう」
「選定など必要ないように感じますが、慣例なので致し方ないのでしょうね。実力と実績を考えればナイであることは間違いないでしょうに」
ソフィーアさまとセレスティアさまが告げた。筆頭聖女選定の儀の執り行いは先延ばしにされていたので、ようやくときたなという感じだ。
筆頭聖女の座に興味はないけれど、選ばれたというならば今まで聖女として働いてきたことが認められた証拠だろうし悪いことではない。筆頭聖女は諸外国に向けた『顔役』であるし、方々の国へ足を向ける私にとって今更の役職なのだろう。後ろ向きに考えても仕方ないので前を向いて考えれば、筆頭聖女に選ばれても現状と大して変わらない。
「えっと……逃げられないですし、筆頭聖女さまから託されたものもあります。お引き受けいたします、と返事をお願いしても良いですか?」
現筆頭聖女であるマリアさまから『アルバトロスをお願いします』と言葉を残されているのだ。だから、まあ……きちんと振舞えるかどうかは分からないけれど、選ばれたのであればきちんと務めを果たすつもり。ソフィーアさまとセレスティアさまに確りと視線を合わせて、自分の考えを口にした。
「分かった。ナイは渋ると考えていたんだがな」
「意外ですわ。しかし、良い心掛けかと」
私の役職が増えれば彼女たちも仕事が増える。我が儘は言えないし、子爵家当主の立場もある。お貴族さまとして名前が売れることは悪いことではないし、役職が一つ増えても仕事量はそんなに増えないはずだ。ならば、筆頭聖女選定の儀を真面目に受けよう。良い未来が訪れますようにと願い、ユーリの様子を見に行こうと席から立ち上がるのだった。