魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
春の陽気が眠気を誘う今日この頃。三年前はヒロインちゃんの突飛な行動に驚いていたと目を細める。学院を卒業して社会人となったから、聖女のお仕事も再稼働というか学院生時代よりも活動時間を増した。
聖女の仕事で開拓費を稼いで領地経営に注ぎ込みたい気持ちがある。もちろん税金を投入しても良いけれど、領地の皆さまから預かった大切な資源を己の趣味や思い付きで使う訳にはならない。思い付きや実験としてやりたいことはポケットマネーから出すと、家宰さまとソフィーアさまセレスティアさまにクレイグと子爵領の代官さまには伝えている。
伝えた皆さまには、良い心掛けだが加減はしてねとお願いされてしまったが。
流石に魔力をぶっ放してしまうとアマゾンのような密林になりかねないので、正攻法で行うのだが……欲望が駄々洩れると叶ってしまう傾向がある。気を付けておかなければいけないが、こればかりはどうしようもない。妙なことになれば領内だけで流通させようと心に決めている。
今日は出掛ける予定があるので、侍女さんたちに聖女の衣装を纏うため介添えをお願いしているところだ。着替えの最中はクロもロゼさんもヴァナルも雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは廊下で待機してくれている。
お猫さまが間違えて時折入ることがあるけれど、侍女さんの手に依って追い出されている。ジルヴァラさんだけは嬉しそうに笑って、私の着替えの様子を部屋で眺めているけれど。そのうちジルヴァラさんは介添えもしてくれそうな気配があった。
少し前まで、私が着替えをしている最中は毛玉ちゃんたちが鼻を鳴らして『早く遊んで』コールを廊下で行っていたのに、最近は着替えの時間くらいであれば待ってくれるようになっている。着替えを終えて侍女さんが部屋の扉を開けると、毛玉ちゃんたちが勢い良く走ってきて私の周りをくるくるする姿は鼻を鳴らしていた頃と変わらない。
「開けますね」
着替えを終えて侍女さんが苦笑いを浮かべて扉のノブを握る。お願いしますと伝えると、ドアノブを捻る音が聞こえゆっくりと内側に扉が開かれる。
案の定、毛玉ちゃんたちが一気になだれ込んできて私の周りをくるくると回って、部屋にいる侍女さんたちとジルヴァラさんに『構って!』攻撃を繰り広げていた。毛玉ちゃんたちから遅れること少しヴァナルと雪さんたちが部屋に入ってくる。ヴァナルの頭の上にはロゼさんが乗り、クロは雪さんの頭の上に乗っていた。ヴァナルと雪さんが私の下にくると、ぺたんとお尻を床に付けてお座りをした。尻尾をぶんぶん振っているので、どうやら構って欲しいようだ。
触るよと分かり易く手を下からゆっくりと伸ばして、ヴァナルの顔に触れる。ヴァナルの目元を親指の腹でゆっくり撫でると、目を瞑って気持ちよさそうな顔をしている。右手だけでは物足りないかなと、左手も伸ばして同じように指の腹で撫でるとヴァナルの尻尾が更に揺れていた。雪さんたちも触って欲しそうだし、毛玉ちゃんたちもこちらに気付いて一斉に私に寄ってくる。
みんな触り心地が良いのでずっと触っていたいけれど、時間は無情にも過ぎていく。お迎えである教会騎士服を纏ったジークとリンが部屋の扉の前に立って、私を見ながら苦笑を浮かべていた。
「ナイ、そろそろ時間だ」
「行こう。治癒院参加は久しぶりだね、ナイ」
姿を現したジークとリンに毛玉ちゃんたちが新たな遊び相手を見つけたと、彼らに駆け寄って行く。桜ちゃんが一番に辿り着いてリンに頭を撫でて貰って幸せそうな顔を浮かべていた。そうして楓ちゃんと椿ちゃんもジークに撫でて貰い、松風と早風はリンに撫でて貰って満足したのか私の下に戻ってくる。
今日は午前中に執務室で事務作業を捌いて、お昼から教会が開く治癒院に参加する。プリエールさんたちも後学のために見学を行うそうだ。まだ病気の方々に治癒を施すのは早いので、聖女見習いとして参加ではなく見学になったそうだ。ただ、彼女たちは順調に治癒魔術を覚えているので、そのうち治癒院にも参加することになるだろう。
「ジーク、リン、護衛よろしくお願いします。今日は見学だけれど、忙し過ぎて捌けなくなれば、手伝いをお願いしますって教会からお願いされてる」
私は午後出勤だけれど、ロザリンデさまとアリアさまは朝から参加である。お二人は筆頭聖女候補に選ばれたことで、良い方向で気合が入っているようだ。
アリアさまは私には敵わないけれど、自分でやれることを地道に行って皆さんの役に立ちたいと気合を入れていたし、ロザリンデさまは以前より魔力量が上がっているので一日治癒院に参加しても魔力が枯れないと零していた。ロザリンデさまも私には敵わないけれど、聖女業が楽しくなっているので続けていきたいと仰っている。
真っ直ぐなお二人には負けていられないので私も頑張らなければ。侯爵位となったので治癒院に参加もなかなか難しくなっているが聖女の称号も保持したままだ。
治癒院へ来院した皆さまに嫌がられない限りは、聖女として参加したい気持ちがある。治癒院が忙しいイコール大変な思いをしている方が多いということなので、こんなことを望んでしまうのはおかしなことかもしれないが。
自室から廊下に出ると、ロゼさんとヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちが私の影の中に入る。彼らに予定は伝えてあるので、お屋敷の中で自由に過ごすこともできるのだが一緒にくるようだ。外に出ると大騒ぎになるので出られないけれど、毛玉ちゃんたちは外に興味深々だし、ヴァナルと雪さんたちは仔たちになにかあった時のためについてくるのだろう。
見送りの侍女さんたちと、エルとジョセとルカとジアと番の竜さんたちとグリフォンさんと行ってきますの挨拶をする。卵さんは私のお腹の位置にあった。大きさは変わっていないが、グリフォンさん曰く順調らしい。
副団長さまとディアンさまとダリア姉さんとアイリス姉さんとお婆さまも『特に問題はない』と仰っていたので大丈夫なはず。彼らは更に劇的な変化が起こらないかと期待していた。また卵さんが分裂するとか騒ぎになるだけなので勘弁して欲しい。ソフィーアさまとセレスティアさまはお昼で仕事を終えて、それぞれのお屋敷に戻っている。
「ジークとリンは大変だけれど、偶には馬車移動も良いかも」
子爵邸の玄関前で私がぼやけば、ジークとリンが苦笑いを浮かべている。最近はロゼさんの転移に頼り切りなので、ゆっくりと王都の中を移動するのも悪くない。ジークとリンは徒歩移動だし、周囲に気を張らなければならないから大変である。乗り合い馬車で学院まで通っていた頃が凄く懐かしい気持ちになってしまった。
「ゆっくりできる時間もないとな」
「警備は任せて」
ジークとリンが私を見下ろしながら微笑む。短い移動時間だけれど、馬車の中は他の人の目がなくなる。もし寝落ちしても、ジークとリンにクロとロゼさんにヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちに知られるくらいだから問題が少ない。確かに堂々とぼけーとできる時間だとジークとリンに感謝する。
「二人とも、ありがとう」
お礼を伝えて、リンのエスコートを受けて馬車に乗り込む。席に腰を下ろすとクロが顔をすりすりと擦り付けていると、かくんと小さく馬車が揺れて子爵邸の馬車回りを出ていく。正面門を抜けて貴族街の道を進み、外の景色を暫く楽しんでいると教会に辿り着いた。降りる時はジークのエスコートを受けるのだが、遠くからこちらを見ていた王都の皆さまが『黒髪の聖女さま!』『邪竜殺しの英雄!』と盛り上がっていた。
護衛の皆さまが控えているので彼らを出し抜いてこちらにくる猛者はいないけれど、少々気恥しい。ジークとリンも黄色い声を浴びているのに動じた様子はない。顔に気持ちが出ないのは羨ましい限りだとそっくり兄妹の顔を見上げた。
「早く教会の中に入ろうか」
「だな。行こう」
「変な人はいないけれど、騒ぎになる前に入ろう」
ジークとリンに守られながら教会の中へと足を進める。平民と貴族では天と地ほどの差があるため、黄色い声を上げている方々に手を振って答えることはない。おそらく建国祭の陛下と一緒に王都の皆さまにご挨拶をする時くらいではなかろうか。教会の扉を入って直ぐ、見知った二人が私のお迎えを担ってくれるようだ。
「アストライアー侯爵さま。ようこそ教会へ」
「陞爵、おめでとうございます。侯爵閣下」
シスター・ジルとシスター・リズが恭しく私に頭を垂れる姿に違和感を覚えてしまう。ゆっくりとお二人が頭を上げるのを待って私は口を開いた。
「シスター・ジル、シスター・リズ。ありがとうございます。可能であれば、私的な場では以前のように接して頂けると嬉しいです」
シスター・ジルとシスター・リズにはお世話になっていたから、できれば今まで通りに接して欲しい。とはいえ侯爵位を持つ人間に私的な場であってもなかなか難しいような気もする。私が二人の立場になれば『え、無理』と言いたくなる。
「善処いたしますね」
「なかなか難しい注文ですね」
二人から返ってきた声を聞き、やはりかと苦笑いを浮かべた。致し方ない部分かなと考えながら治癒院を開いている部屋へと案内して頂いた。
治癒院は毎度のことながら盛況で、王都の皆さまが多く来院されている。病気であったり怪我であったり、いろいろな症状の方がいるはず。聖女さま方が治癒を施している手前の部屋で、人がごった返している部屋を覗いていた。
聖女さまがいらっしゃる所にはロザリンデさまとアリアさまがいて、手際よく患者さんに治癒を施している。アリアさまもロザリンデさまも何度も治癒院に参加しているので慣れたものだ。先輩面ではないけれど、アリアさまが討伐遠征参加が初めての時にアドバイスをしたし、ロザリンデさまともいろいろあった。
私たちがいる部屋の少し離れたところでは、共和国の研修生たちが騒がしい治癒院の様子に驚きながらも、確りと聖女さま方の動きを目で追っている。プリエールさんも夢中で覗いており、私がやってきたことに気付いていない。邪魔をしては悪いから閉院してから声を掛けようと、隣の部屋に視線を戻そうとした時だ。
ふいに共和国の研修生の一人と視線が合った。流石に無視を決め込むわけにはいかず目礼を執る。確か彼女は副団長さまに黄色い声を上げていたうちの一人で、歓迎会の際に私に声を掛けてきた人だ。見学中にこちらへとくる気はないようで、相手の方は直ぐに視線を戻した。
視線が合ったのは偶々かなと気を取り直して、シスターと神父さまに『ヘルプに入って良いですか?』と許可を貰いに行くのだった。
◇
本日開かれていた治癒院が終了した。相も変わらず治癒院は大忙しで、最後の最後まで患者さんが途切れることはなかった。
私は聖女さま方に『お疲れさまでした』と軽く声を掛けていく。決して社長出勤したことを気にしているからでは……多少は気にしているので、ご機嫌取りと言われても仕方ない。
参加していた聖女さま方は私が陞爵したことを知っているようで、お疲れさまでしたの声と共にお祝いの言葉も贈ってくれる。快く思っていない方は顔に出ているので面白い。特にお貴族さま出身で、高位貴族の聖女さまに顕著である。平民の方と低位貴族の方は普通に接してくださった。
面白い、と余裕をこいていられるのは今の爵位を手に入れたからである。本当にお貴族さまの世界は爵位がものを言い、お貴族さまのルールを知っている方々は身に染みているようだ。
お貴族さまの世界に馴染めるのか分からないが、人間関係が複雑怪奇な世界で平穏無事に生きて行けますようにと願う。そうして最後にロザリンデさまとアリアさまの姿を見つけて、声を掛けようとお二人との距離を詰めた。
「ロザリンデさま、アリアさま、お疲れさまです」
私が声を上げると、ロザリンデさまは綺麗に笑い、アリアさまはてれてれと笑って私を迎え入れてくれる。
「お疲れさまです、アストライアー侯爵閣下」
「お、お疲れさまです、侯爵閣下!」
三人お互いに聖女の礼を執る。他の方が周りにいるので、ロザリンデさまとアリアさまは私の立場は貴族の方と判断したようだ。聖女の立場となると、筆頭聖女以外は立場が同じなので敬語や慮った態度は必要ないから。
私が陞爵した日に、私的な場所では名前で呼んでくださいとお願いをしているので、子爵邸に戻ればお二人は名前で呼んでくれる。
「今日も忙しかったですね。いつものことですが、王都に住む皆さまも聖女さま方も大変です」
治癒院は開催場所に訪れるからこそ、割安な寄付額で済んでいる部分がある。聖女さまを家に呼ぶ治癒依頼となれば、高い寄付を払わなければならないのだが平民の方々の所得に余裕はない。
平均寿命が短いためか貯金はお祝い事用に貯めるくらいで、老後の資金を考える方は少ない。この辺りは食事事情や教育の高さが関わってくるため、なかなか手を出し辛い部分である。でも知っていて見過ごすならば、アルバトロス上層部と教会とエーリヒさまとフィーネさまを巻き込んで、異世界知識SUGEEE……を披露すればマシになるだろうか。
「ですが、閣下が参加なさると患者さんがみるみる減っていきましたわ」
「はい! 流石、閣下です。あ、患者さんから『おめでとう』と伝えてくださいって頼まれましたよ! 凄く嬉しかったです!」
ふふ、と短く笑うロザリンデさまと胸の位置で両手の拳を掲げて嬉しそうに笑うアリアさま。まさか治癒を施している聖女さまに、私へのお祝いの言葉を預ける方がいようとは。アリアさまに伝言を頼んでいるから世間話の中で私の話題を上げたのかもしれない。
「そうですか。いつかお礼を言えると良いのですが……では私は共和国の研修生の皆さまに声を掛けて邸に戻ります。お二方はどう致しますか? 少し待って頂けるなら、一緒に馬車で戻ることもできますよ」
教会の馬車で戻るより安全だけれど、私を待たなければならないのでお二人に伝えておく。
「はい、閣下と一緒に戻ります! 共和国との皆さまとお話をしたいので、私もご一緒して宜しいでしょうか?」
「わたくしもご一緒致します。研修生の皆さまの授業を見学しておりますし、大変なこともありましょう。少しでもなにか困っている話を聞き出せると良いのですが……」
それでは行きましょうかと私たち三人と護衛の皆さまは踵を返し、研修生たちがいる隣の部屋へ移動した。部屋には研修生たちと監督役のシスターがいて、なにやら真剣に取り組んでいる。彼女たちは治癒院見学中に得たなにかを紙にまとめていたようで、筆記用具を持ち悩んでいる方に既に記入を終えている方、シスターに質問を投げたり、治癒魔術について語り合っていたりと盛況である。
国を背負って他国にきているので大変なのに、嫌な顔せず学んでいるのだから正直に凄い方々だ。もし私が彼女たちと同じ立場であればきちんと学べたか謎だ。でも良い就職先となるなら、真面目に取り組むだろうなと想像できる。研修生たちは部屋に人が入ってきたことで、視線を私たちへと向けた。邪魔して申し訳ないけれど、丁度良かったので私は聖女の礼を執り口を開く。
「お邪魔をして申し訳ありません。皆さまのご様子を見させて頂き、聖女見習いの頃を懐かしく感じ声を掛けさせて頂きました。なにか質問があるのであれば、シスターやわたくしたち聖女にも問い合わせください」
言い終えると少し後ろでロザリンデさまとアリアさまも礼を執り、私と同じ意見だと示した。お二人も貴族令嬢兼聖女さまである。身分制度のない共和国の皆さまから見れば、とっつきにくい相手だろう。
プリエールさんは静かに目礼をすると、彼女と同じグループの方々も目礼をする。もう一つの研修生のグループは目を輝かせながら私を見ながら、その中の一人、先ほど私が治癒院に参加する前に視線の合った子が小さく手を挙げた。
「黒髪の聖女さまにお聞きしたいことがあります! 宜しいでしょうか?」
二つ名の方で呼ばれたことに違和感を少し受けるものの、今日は聖女として参加しているので問題はないはず。にこにこと笑みを浮かべながら手を挙げた子と、彼女と同じグループの人たちも嬉しそうな顔で私を見ている。
一方でプリエールさんは心配そうな顔で私を見ていた。他の方々は手を挙げた子に対してどう出るのか伺っている。黒髪黒目信仰があるから多少は仕方ないのかと、私は短く一度目を瞑ってから口を開く。
「はい、どうぞ」
私は答えられることであれば、という言葉はぐっと飲み込んで笑みを浮かべる。
「病気の方々に治癒を施すには知識が必要と教会の皆さまから教えて頂きましたが、黒髪の聖女さまはどう知識を得たのでしょうか?」
手を挙げた子の質問は真っ当なものだった。変な質問を浴びせられなくて良かったと安堵しつつ、どう答えるべきかと少し思案する。正直ベースが一番だと思い至り、手を挙げた子と確りと視線を合わせた。
「わたくしは教会にある本を読み込みました。あと学院に通い図書室を自由に利用することができたことも大きいのではないかと考えます」
教会で自由に読める本は教義について記されたものがほとんどである。ただ聖女やシスターたちに治癒魔術を教えるために基礎を記した魔術本が少ないながらも置いてあった。文字が読めない方がいるので利用する人は少ないし、口伝で手解きを受けるから読んでいる人を見たことがない。お貴族さまは家庭教師から魔術を習うため、教会の図書室になんて興味はない。
今回を機に魔術関連の本を教会に寄贈するのも良さそうだ。魔術関連の本は少ないし、解剖書は野蛮と言われてしまうが、今回のこともあるので神父さまとシスターに相談してみよう。魔術を扱う個人の力量や考え方や捉え方の違いで特性が出てくるため、魔術関連の書物や医学書系の本をいろいろと読めば打開策を得られることもある、と付け加える。
こればかりはアリアさまのような天才肌と私のような知識による変人と、ロザリンデさまのような世界における標準タイプに分かれるのだ。人体解剖書を読み込んで臓器の位置を把握する聖女って少し嫌だな……でも、知って損はない。
「教えて頂きありがとうございます」
にこりと笑みを浮かべた彼女に私も笑みを返す。
「いえ。使い手の皆さまに似合った術式が見つかると良いのですが……こればかりは試すしかないので、地道な努力が必要になります。挫けずに、周りの方々に相談を持ち掛けてください」
さまざまな使い手の聖女さまがいるし、シスターたちもいる。神父さまも治癒の魔術を使えるし、カルヴァインさまも治癒師として良い腕を持っている。彼ら彼女たちは治癒の術を習っていた頃、いろいろと苦労をして乗り越えた方々だ。同じく困っている後進を放っておくことはないだろう。私もシスターと先任の聖女さまたちに支えられたのだ。
できることなら研修生全員が治癒の魔術を確りと学び、母国に戻って欲しい気持ちがある。ただ全員が全員、一定の力を得ることは難しいかもしれないと、研修生たちと話をして帰路に就くのだった。
◇
ミナーヴァ子爵さま改め、アストライアー侯爵さまがわたしたち共和国の研修生に声を掛けてくださいました。子爵さまから侯爵さまへと爵位が変わっていることに驚きますが、シスター方のお話では当然の結果なのだそうです。
いろいろと侯爵さまのご活躍を聞かせて頂きましたが本当に凄いお方です。でも貧民であるわたしに気さくに声を掛けてくださりますし、わたし以外の方々とも普通に接してくださいます。もちろん立場の差があるのでお友達と交わすような会話はできませんが、侯爵さまとお話を交わしている時はドキドキしつつも穏やかに過ごせるのです。
先ほど、開かれていた治癒院が終わりを告げ、侯爵さまと他の聖女さまがご一緒にわたしたちの様子を見にきてくださいました。
わたしたち研修生を気にかけてくださっており、お二人の聖女さまとは顔見知りとなっております。貴族家出身の方ですが、アリアさまは凄く気さくなお方ですし、ロザリンデさまは気品に溢れつつも優しいお方です。
侯爵さまに富める方々のグループの一人が手を挙げて質問をなさっていました。なにを質問するのだろうと身構えてしまいましたが、わたしも知りたいことでした。
教会のシスターさんから手解きを受けて、簡単な怪我の治癒を施せるようになりましたが、病気となるとどうすれば良いのか分からないのです。魔力を沢山注ぎ込み力技で治す方法もあるのですが、それでは術者が先に力尽きてしまうでしょう。
彼女と侯爵さまのお話の結果、魔術関連の本と解剖書と医学書関連を教会へ寄付する運びになったので少し道が開けた気がします。
富める方たちに疑心暗鬼になっていたようで反省をしなければなりません。人を疑うのは良くないことで、本当に恥ずかしいことを考えてしまいました。
そんなことが先ほど起こり、今も同じ部屋で紙に役立ちそうなことや思ったことを記しています。あとでレポートして提出するので、綺麗な文字を丁寧に詳しく記すことを心掛けていますが……ちゃんと書けているのか心配でした。
「プリエールさんはアストライアー侯爵さまと知り合いなんだよね?」
「はい。少しご縁があってお話をさせて頂くことがありました」
ふいに声を掛けてくれた方はわたしと同じグループの方です。彼女もわたしと同じ境遇で、魔力量を認められ今回の研修に参加を決意をなさっております。努力家で文字の読み書きが苦手だと仰っていたので、一緒にお勉強をする時間を設けて仲良くなりました。他の方々も参加していますし、アルバトロス王国にきてからは本当に充実した毎日を送っています。
「黒髪黒目のお方だけれど普通の方だね。もちろん、身分の差があるから簡単に近寄ることはできないけれど、向こうの例の人たちと少し違うなって……」
彼女が想像していた黒髪黒目のお方は、富める方々のように貧しい者には取り合わないと考えていたそうです。侯爵さま以外の黒髪黒目のお方に会ったことがないので分かりませんが、もし仮にいらっしゃればどのような雰囲気を持つ方なのでしょうか。きっといろいろなお方がいるのではないのかと考えてしまいます。だって黒髪黒目のお方は一人の人間であり、わたしたちと変わらないのですから。
少し思考が脱線してしまったと、彼女の質問に答えます。
「私たちから喋り掛けることはできないですが、お声掛けを受けて言葉を交わせば、私たちと同じ目線で考えてくださったり、どうすれば良いのか一緒に悩んでくださいます。優しい方です」
「プリエールさんの言っていることだから間違いはないけれど、私は侯爵さまと言葉を交わしていないから……そう判断するのはまだ先かなあ。ごめんね」
申し訳なさそうな顔を浮かべていますが、侯爵さまにどんな判断を下すかは個人の自由なのでしょう。心の中で誰かをどう思うかは自由です。
わたしもお付き合いが苦手な方はいますし、逆に長くお付き合いを続けていきたいと思う方はいますから。そして目の前で悩ましい顔を浮かべている彼女も、その内の一人です。文字を書くことが苦手な彼女は少し苦戦しているようでした。そんな姿にふふふと笑みを浮かべて、筆記具を握りしめます。
「そんな日がくると良いのですが、先ずはレポートを仕上げないとですね!」
頑張りましょうと声を付け加えれば、彼女は眉尻を下げて困った顔になりました。
「う……文字を書くのは苦手だよ……」
「書いていれば慣れますよ、これも勉強の一つです!」
文字は書いて覚えてを繰り返せば自然と身に付くものです。あとは単語を沢山覚えれば問題なく扱えるようになるでしょう。お互いに笑ってレポートの紙に視線を落とすと、先にレポート作成を終えた違うグループの方々がわたしの横を通り過ぎました。
「黒髪黒目のお方に声を掛けることができて幸せね! しかも侯爵さまだし、もっと目を掛けて頂かないと!」
わたしの背後からグループのリーダー格の方の声が聞こえてきました。既に目を掛けてくださっていますが……富める方々は今の状況でも足りないようです。
アストライアー侯爵さまに手を出せる方はそうそういませんが、なにかあった場合に波及する範囲が凄く広くなってしまうでしょう。これは教会の方と共和国の監督官に相談するべき話かなと考えて、レポートを書き終え宿舎には戻らずシスター方に声を掛けるのでした。