魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
教会の皆さまと共和国の監督官に昨日のことは相談しました。他国に身を寄せている身であり、共和国に住まう者として見逃すわけにはなりません。
教会の方々はアルバトロス上層部に報告を上げること、アストライアー侯爵さまに起こったことを伝える可能性もあると教えてくださいました。
富める方たちにこの件が露見すればわたしの立場が悪くなる可能性も示唆してくださり、なにかあれば報告をお願いしますとも仰ってくださいました。共和国の監督官からも教会の方々と同じ話をして、同じ対応をすると仰ってくれています。あと本国にも連絡を入れて、最悪の場合は一年間の研修期間を待たず帰国の途に就いて貰うとのことでした。
できることなら研修生全員が一年間無事にアルバトロス王国で過ごし、治癒師を名乗れるようになりたいです。
貧しき者と富める方々との間に差がなくなるようにと願ってアルバトロス王国行きを志願しましたが、差がある人間関係を順調に築き上げるのは難しいのでしょう。でも諦めてしまえばそこで終わりになってしまい、貧しき者と富める方々との差が永遠に埋まらなくなります。
頑張ろうと、ベッドから降りて今日一日が始まります。身支度を整えると丁度良いタイミングで教会宿舎の下働きの小母さまから、朝ご飯だよー! と研修生全員に声が掛かりました。
「はーい! 今行きます!」
階下から聞こえてきた声に大きく口を開いてわたしは答えました。食堂に入って自分の分のご飯を受け取り席に腰を下ろします。するとわたしの目の前には昨日一緒にレポートを書いていた短く切っている青髪が綺麗な方が『前、良い?』と問い掛けてくださいました。断る理由はありませんし、彼女とは最近楽しくお喋りを交わすことができます。アルバトロス王国での研修を終えて共和国に戻ってもお友達でいたいと願える方でした。
「いやー、朝からご飯が食べられるのは有難い」
朝ご飯をトレイに乗せて着席した彼女は明るい顔で、自身の境遇を皮肉っています。確かに貧しい方たちの中にはご飯を満足に食べられず、痩せ細っている方がいらっしゃいます。
わたしは運良く貧裕会の皆さまと出会えたことで支援を得られましたが、彼女はずっと苦労をしてきたのでしょう。でも、一緒に過ごすようになって身の上話を聞くことがありますが、いつも笑って冗談で済ませています。
そして、治癒師として腕を磨いて職を得るとも。学ぶ機会を得られない方はまともな職に就くことはありません。低いお給金で日々の生活を送ることが精一杯で、彼女が先ほど言った通り食事にありつけない日もあります。
「本当に。一日に一食だけという日もありましたから」
わたしが肩を竦めると、彼女も同じように肩を竦めてにっと笑ってくださいました。本当に彼女はいつも明るくて元気なので、わたしも釣られて笑みを浮かべてしまいます。お祈りをして、食事に手を付け始めます。食堂で大きな声で喋ると怒られてしまいますが雑談は許可されています。わたしと一緒に過ごしている方とは、今のようにお喋りをして楽しんでいました。
「だね。弟たちも魔力があれば良かったんだけれど……まあ仕方ない。沢山ご飯を食べて今日も一日頑張ろう、プリエールさん」
彼女が苦手な文字を頑張って書いているのも、治癒師として大成しようとしているのもご家族のためと聞きました。
「はい! あ、もしよろしければご家族の話を聞かせて頂いても良いですか? わたしにはきょうだいがいないので、なんだかとっても新鮮です!」
彼女の弟さんも一緒に魔力測定を受けましたが残念ながら規定値には及ばず、アルバトロス王国に一緒にくることは叶わなかったとのことです。私たちは運良く魔力の値が規定を超えて、こうして研修生として参加することができましたが、多くの方は参加が叶いませんでした。だからわたしはその方たちの分も頑張らなければなりません。
「一人っ子だったんだね。妹か弟がいそうな感じだけれど、意外だな~」
あまり実感はありませんが、どうやらわたしは弟か妹がいそうだと判断されています。幼い頃に父と母にきょうだいが欲しいとお願いしたことがありますが、貧乏だからと一蹴されていました。彼女の家はご兄弟がいるので羨ましい限りです。
「あ、話が凄く変わっちゃうけれど、今日の講師は魔術師の方だね。あの凄く顔の良い銀髪の……えーっと……ヴァレン……?」
「ヴァレンシュタイン副団長さまかと」
目の前の彼女は名前を覚えることが苦手なようです。今はするすると私の名前を言えますが、最初の頃は何度か名前を詰まらせていましたから。
「話の内容を私たちに合わせて簡単に砕いて説明してくれるから私はありがたいけれど、プリエールさんはイマイチなんだっけ?」
「少し言い辛いですが、わたしは神父さまとシスター方の説明が分かり易かったです。個人差があるようなので、合う合わないがあるみたいですね」
面白いと言ってしまうと失礼になるのかもしれませんが、ヴァレンシュタイン副団長さまの説明が分かり易いという方もいれば、わたしのように神父さまとシスターの教え方が分かり易い方もいます。魔術の捉え方で変わってくると聞いていましたが、本当に個人差が出てくるなんて考えておりませんでした。
「それを考えると面白いよね、魔術って」
「はい! それに誰かのお役に立てるのは嬉しいです!」
レポートで個人差があることに触れておいたのですが、アルバトロス王国の教会の皆さまと魔術師団の皆さまのお役に立てると嬉しいです。習い始めて少ししか期間の経っていない者の考えを述べているので、おこがましいのかもしれませんが。
「う、眩しい! 眩しいよ、プリエールさん! 私は就職先としか考えていないもの」
「えっと……考え方は人それぞれですから、良いと思います」
治癒師を目指す理由は人それぞれです。わたしは共和国で富める方と貧しい方との差が少しでも埋まるならと目標に定めていますし、就職先の確保にお金のためと仰る方と一緒で目的があるのですから。
「あ、でも、ありがとうって言われたのは嬉しかったなあ。あっちだとなかなか言われたことがないからねえ」
「はい。教会騎士の方がわたしたちの治癒で笑顔になってくれたことは、凄く嬉しかったです!」
良くない暮らしのためか、両親からもお礼の言葉を受けた記憶は少ないです。友人と呼べる方も少ないので、お礼の言葉を受け取る機会は限られています。
でも、わたしは貧裕会でお世話になっていたので『ありがとうございます』の言葉を沢山誰かに伝えていました。彼女が先ほど言った通り、わたしのありがとうの言葉が誰かの心を満たしてくれていたならば、きっと……素敵なことです。
「ね。ご飯、作ってくれたお礼を伝えてみようかな……」
「わたしも一緒に良いですか?」
彼女が机に並んだ器を見て、ぼそりと呟きました。教会宿舎で過ごすようになって当たり前にご飯が用意されていますが、作ったくださった方々がいらっしゃいます。
そして食材の買い出しを担った方にお野菜を作ってくださる方……食卓に並ぶまでに多くの方々が関わっているのでしょう。わたしが言葉を述べると、彼女は照れ臭そうに笑いました。いつもよりなんだか口に運ぶご飯が素敵で、美味しく感じながら朝ご飯を終えて……。
「おばちゃん。朝ご飯、ありがとうございました。美味しかったです」
「ありがとうございました! いつも美味しくて幸せです!」
下働きの小母さまはわたしたちの言葉を聞いてきょとんとした顔を浮かべたあと、目をなんどか閉じたり開いたりを繰り返すとにっと良い顔になります。
「なんだい、大袈裟だねえ、あんたたち。ま、今日も一日勉強漬けだろ? 頑張ってきな!」
豪快に笑った小母さまが気合を入れてくださいました。世話になっている側なのに、誰かから応援を受けるなんて思いもよりませんでした。
「……――夜ご飯はこっそり大盛にしてやるよ。全く黒髪の聖女さまと似ているねえ」
「なにか仰いましたか?」
ぽつりと小母さまが呟いきましたが聞き取ることができなくて、首を傾げながら聞き返します。
「いいや、なにも。ま、どこかの誰かさんじゃないんだから、無理と無茶はするじゃないよ! ほらほら教会に行くなら早くおし!」
小母さまはふっと軽く息を吐くと両手を腰に当てて、食事を終えたわたしたちを食堂から追い出したのでした。そうして朝ご飯を一緒に食べた彼女と顔を見合わせます。
「良い人だね」
「ですね。今日も頑張りましょう!」
面白くなって笑うと彼女も一緒に笑ってくださいます。そうして同じグループの方々が加わり教会へ向かい今日の講義が始まります。用意された席に座ると、室内の後ろにはシスターお二人が見学を行い、共和国の監督官もいらっしゃいました。
少し待っているとヴァレンシュタイン副団長さまが部屋に入り、わたしたちのみんなと視線を合わせます。にこにこと綺麗な笑みを浮かべていますが、金色の瞳の奥ではなにを考えていらっしゃるのでしょうか。
「さて、今日は皆さんに魔力の全力放出を行って頂きます。魔力を使い切ることで、魔力の総量が上がる効果が見込めますよ。治癒の訓練を行わない前日の夜に試してみるのも良いでしょう」
彼が仰ると教会横にある小さな庭にみんなで出て行きました。庭の隅に植えている木になんだかアストライアー侯爵さまの魔力があるような気がしますが…………気のせいでしょう。
講義開始を待っているとヴァレンシュタイン副団長さまは結界を張る魔術具を取り出して、周囲に被害が出ないようにと気遣ってくださいます。魔力を全力放出させるには、限界を超えていかなければならないため胆力が必要なのだそうです。
「さて、順番に実践してみましょう。魔力量が低くとも術式の工夫や慣れで消費量が減る方もいます。逆に魔力を多く注ぎ込んでも並の効果という方もいらっしゃいます。魔術を身に着ける努力や研鑽を怠らないようにしましょうね」
ヴァレンシュタイン副団長さまがわたしたちに発破を掛けてくださいます。そうして最初に手を挙げたのは、富める方たちのリーダー格の女性でした。
「よろしくお願い致します。ヴァレンシュタインさま」
「では、魔力を練ってみてください。外への放出が難しいのであれば、基礎の治癒魔術の一節目を唱えてください」
背の高いヴァレンシュタイン副団長さまを彼女は顔を赤くしながら見上げて、魔術の一節目を唱えました。一節目は魔力の起動詠唱とも言われているそうです。
そこから身体の中の魔力を放出させて限界まで出し切るようでした。淡い魔力光が辺りを照らし数分間はそのままで、最初に挑戦した女性が地面にお尻を付けました。どうやら限界まで達したようで凄い汗を掻いています。
「お疲れさまです。今の感じで良いので、暇がある時に試してみてくださいね」
「は、はい! ご教授、ありがとうございます!」
女性の言葉に『いえいえ』と返すヴァレンシュタイン副団長さま。そうして次も富める方々の内の一人が手を挙げて、魔力を放出しています。先程の女性とは違って、一気に大量の魔力を外に出したためなのか挑戦した方は意識を失ってしまいました。
教会の女性騎士が呼ばれ、その方が別室へ彼女を運んで行きます。方法は人それぞれだそうで、意識を失うこともあるとのこと。一人一人、挑戦してわたしの出番が回ってきました。
「では、どうぞ」
「はい」
昨日、教会の治癒院でアストライアー侯爵さまが治癒の術を使っている所を見せて頂きました。もちろん、他の聖女さま方が治癒を施している場面も見ています。皆さま、ご自身に合っている術式を使いさまざまな治し方をなさっていました。
同じ魔術を唱えても術者によって微妙に変わり、起動詠唱もそれぞれに特化されたものを使用されているそうです。わたしが合うとするならばアリアさまの術式でしょうか。教えて頂いてはいないけれど、なんとなく彼女の魔術が一番分かり易かったのです。
見て覚えるのも勉強だと教会のシスター方は仰っており、見て盗んで自身で使いやすいように改良することは問題ないと聞きました。
――なら。
ゆっくりとお腹の真ん中から魔力を沸き立たせるように、そして腕を通って外に放出させるように。ゆっくり滑らかに、留まることなく外へ、外へ。魔力を練って体の外へ放出させます。どんどんと体内にある魔力が外へと飛び出していき、もう無理かなと諦めようとして、今日は己の限界を探っているのだとはっとしました。そして更に魔力を練る。
「素晴らしいですねえ」
「凄い……」
「こんなにたくさんの魔力が……」
ヴァレンシュタイン副団長さまの声を皮切りに、他の皆さまも声を上げていました。まだ大丈夫、まだ魔力は残っていると自身の限界を探っていきます。そうしてわたしの意識が途切れる少し前。
「なにアイツ……私の邪魔をしないでよ」
富める方のリーダー格の女性の声が耳に届いて、わたしの意識が遠くなっていくのでした。
◇
外務部の自席で書類と格闘していた。――俺が叙爵して数日が経っている。
俺の将来に期待を込めての叙爵だから、アルバトロス王国に骨を埋める決心がついた。転生してメンガー伯爵家の三男坊という立ち位置だったので、貴族籍を抜けて独り立ちしようと考えていたのに運命は面白おかしく動いた。
俺の叙爵はミナーヴァ子爵、もといアストライアー侯爵さまのお陰でもあるのだが彼女は一体どこまで昇り詰める気だろうか。彼女自身は普通の生活が送れれば良いみたいだから、流石に国盗りを画策することはなさそうだ。
しかし……彼女の名前を私的な場で呼んで良いことになったが、なんと呼べば良いのだろうか。向こうは当然俺のことを『エーリヒさま』と呼ぶだろう。というかコレ一択だ。
仮に俺が彼女の名前を口に出すとして『ナイさん』……軽々し過ぎる。ちゃん付けなんて以ての外だし、ソレで彼女を呼んだ日にはジークフリードに視線で殺されそうである。
ナイ嬢でも良いのだが、確実に彼女の方が立場が上なのに呼べるはずもない。そもそも貴族令嬢に対しての敬称であって、貴族家当主に向けるものではない。やはりナイさま、が一番無難であろう。そもそもフィーネさまのことを俺はそう呼んでいるから、大丈夫、俺はやれる子と頭の片隅に彼女の呼び方を刻み付けた。
俺の叙爵について親父と長兄は喜んでくれたが、次兄は微妙な顔になっていた。どうやら次兄は片田舎の広大な土地の領主の助手を務めるよりも、華やかな王都で暮らし城で官僚として勤務することに憧れがあったようだ。時間ができれば王都に遊びにきて欲しいと言い残して実家を後にしたのだが、次兄はやってくるのだろうか。
法衣であるが正真正銘の爵位持ちとなったので、城の官僚が寝泊りしている宿舎で生活することになった。割と良い部屋を宛がわれた上に、食堂が併設されているので食事に苦労をしないのは良いことだ。自炊も楽しいけれど、一人分の食料を買って調理をすると割高になる。しかも冷蔵庫が普及していないので、野菜や肉の保存が大変だ。魔術具の冷蔵庫が存在しているが、貴族になったばかりの俺には高級品である。
フィーネさまとの手紙のやり取りは続いており、日々の密かな楽しみでもある。娯楽が少ないので時間を持て余すこともあり、手紙になにを記そうかと考えることが楽しいし、彼女が面白おかしく伝えてくれる聖王国での日常を知れることが嬉しかった。
「えっと、次は……」
俺は一つの書類仕事を捌き終え、次の書類に手を伸ばした。長時間、椅子に座っていることに苦労を感じないし、前世でも同じようなことをしていたので慣れた作業である。
パソコンがないことが不便に感じるものの、手書きで綴る紙の書類も悪くない。文字を書き損じられない時は流石に緊張して、ゆっくりと丁寧に書いているが、情報共有の書類や同部署に提出する書類であれば修正線を引けば問題ない。手を伸ばして新たな書類に目を通す。内容はグリフォンの卵が増えたという知らせをヤーバン王国に届け、その返事が陛下の下へ差し出されたというものである。
ナイさま――慣れない……が慣れておかないと――が少し前にグリフォンから預かった卵が分裂したという話は知っていた。彼女の家の使者が登城して陛下に報告を上げ、城の方々たちが大層驚いていた。
歓喜していたのは、魔術師団の方々と幻獣が大好きな方々である。増えているから目出度いと、仕事終わりに杯を交わしている方までいた。前世では、職場で酒を飲むことはもの凄く問題であるが、アルバトロス王国は仕事終わりで成人しているとお酒に関しては緩く、執務室でワインを一杯楽しんでから帰宅するという方もいる。
「ん?」
とんでもない文字が躍っているような。新ヤーバン王がグリフォンの卵が増えたことを大層喜んでいると書類には記されている。それは構わない。ナイさまたちアストライアー侯爵家の方々は大変かもしれないが、新たな命を授かるのはめでたいことなのだから。
でも、ヤーバン国内に吉報を知らせ喜びの舞を踊り過ぎて執務が滞っていると、平気で記す彼の国の新女王陛下は大丈夫だろうか。後の文章には『いやー参った参った』と意訳で記されているのだが、彼の国の内情ってあまりよろしくなかったのでは。暇を見つけてアルバトロスに赴きたいが、国内掌握をしているものの、王国民の立ち直りも大事だから暫くはこれないと凄く残念そうに残りの文章に書かれていた。
建国祭の準備もあるし、ヴァンディリア王とリーム王が来賓としてアルバトロス王国にお越しになる予定だ。流石にヤーバン王まで受け入れるとなれば、警備や宿泊場所に食事のメニューから見直さなければならなくなる。
グリフォンの卵が増えてめでたい気持ちは十分に理解できるが、今少し我慢して欲しいところだ。ナイさまに直接頼れるのならば、彼女がヤーバン王国に赴けば卵と女王陛下は対面できるが……個人のやり取りまでは把握できていない。機会があって、話の流れが上手くいけば聞いてみよう。知っていれば、仕事のやり繰りが容易くなるかもしれない。
「ベナンター卿」
「どうしました?」
元第二王子殿下の側近候補であるユルゲン・ジータス侯爵子息に声を掛けられた。北大陸のミズガルズ神聖大帝国の留学から戻り、即、外務部に配属されたのに彼は文句ひとつ零さずに真面目に職務を遂行している。
俺と同様に新人のため雑務が多いが、基礎能力が高いので直ぐに仕事を覚えているので羨ましい限りだ。ナイさまは彼の名前を憶えていなかったようで『緑髪くん』と呼称していた。外務部に勤めていればナイさまと縁があるだろうし、彼の名前をきちんと覚えてくれると良いのだが。
彼とは話をする仲となっている。ミズガルズから戻ってきて直ぐに外務部に武者修行と称してジータス侯爵さまから命を受けて配属された。第二王子の側近候補だったというのにふいにしてしまったことで、周りからは少し浮いていた。
俺も俺で叙爵の話を受けており、周りには妬む人もいたのだ。そんな俺たちを心配していたのか外務卿が引き合わせてくれ、少しずつ距離を詰めて今は名前で呼び合うようになっている。勤務中は流石に無理だが、私的な話や慮る必要がない時は互いに名前で呼ぼうと決めた。
「ミナーヴァ子爵、いえアストライアー侯爵閣下の昨日の動向です。シャッテン卿が目を通しておくように、と」
「ありがとうございます。直ぐに目を通しておきます」
シャッテン卿とは俺たちの上役である外務卿のことだ。不思議であるが、皆は彼のことを家名ではなく役職で呼ぶ方が多い。当の本人は自身の異能の所為もあるから顔を覚えてくれるだけでも有難い、と仰っているが……寂しくはないのだろうか。俺にできることは少ないがユルゲンのように上司のことはシャッテン卿と呼ぶように決めた。
時折、用事で他部署に行き彼の名前を告げると『誰?』という顔をされることがある。シャッテン卿はアストライアー侯爵のお陰で随分と顔を覚えてもらえたと、嬉しそうな顔を浮かべているが、外務部の長が控えめな様子では覚えて貰うことは難しそうだった。
彼が俺に手渡すと『では』と告げて、自席に戻って行った。俺はユルゲンから受け取った紙を広げて文字を読む。
ナイさま――……慣れない!――の一日の動向は次の日には城の者が知ることになる。もちろん、陛下と宰相閣下に外務卿と内務卿と限られた面子にしか公開されない。組織の末端である俺が彼女の動向に目を通すようになったのは、ハイゼンベルグ公爵閣下の手によるものだ。ナイさまは抜けているところがあるから、文面から妙なことを感じ取れば報告を上げろと請われた。
彼女の行動を事細かく記されていることはなく大雑把なものだ。起床した時間と午前中は執務に励み、午後からは自由時間がほとんどを占め、ルーティーン化している。時々、竜のお方が遊びにきたとか、グリフォンの羽を頂いたのでヴァレンシュタイン副団長に贈ったとか、子供たちと一緒に庭に植えた木の成長が凄く早いとか、ゆっくりとした日々を過ごしているようだ。
ただそれが今後どう芽吹くかは謎である。本当にナイさまは規格外だった。
そうして一時間ほど書類と格闘していると俺の机に人影が差した。誰だろうと顔を上げれば、俺の顔をみた相手はにこりと笑みを浮かべる。
「ベナンター卿、お邪魔をして申し訳ありません」
俺の下へきたのは外務部の長であるシャッテン卿だ。どこにでもいるような顔に嬉しそうな笑みを張り付けていた。流石に座ったままでは不味かろうと俺は椅子から立ち上がる。
「シャッテン卿、どうされました?」
「いえね、困ったものが外務部に舞い込んだもので…………陛下方には既に知らせが届いておりますが、アストライアー侯爵閣下に知らせるべきかどうか判断に迷っておりまして。貴方であればどう考えるだろうと足を運んだ次第です」
仕事に対して熱心である彼が珍しいことを仰る。外務部に勤めて何年も過ぎているし、俺のような新参者にアドバイスを求めるなんて何故だろうか。
「こちらを目に通して頂けますか?」
差し出された手紙に視線を落とす。封蝋は教会のマークが施されており、差し出し人はアウグスト・カルヴァイン枢機卿の名が記されていた。
「……はい」
嫌な予感がして少し声が低くなってしまう。差出人の方にではなく、教会で受け入れている方たちに不安を抱いてしまったのだ。アウグスト・カルヴァイン男爵子息は乙女ゲームのヒーローの一人だが、ゲームのシナリオ通りには進まず今は枢機卿を務めるに至っている。
真面目な人物と評され、周りからの信頼も厚い。時々、無茶を仕出かすそうだがもう少しすれば大人の貫禄が身について落ち着いてくるだろう。教会の一部の方々が腐っていただけで、シスターや神父さまに事務方のほとんどは真面目な信徒である。三年前の件もあるので、教会について心配はないと言って良い。もちろん細々とした問題点はあるだろうが、それは彼らが解決していくべきものだ。
だから俺は共和国の研修生たちになにかあったのではと思い至った。手紙は既に開封されているので、シャッテン卿が目を通しているのだろう。そして内容から俺を頼る案件だと判断したようだ。兎にも角にも手紙を読まなければと、指示通りに文字を読み進めていく。
「アストライアー侯爵にもっと目を掛けて欲しい……ですか」
手紙には割と詳しい状況が記されていた。枢機卿に伝わるまでに人を介しているだろうに、分かり易く纏められていた。報告者が優秀なのか、神父さまやシスターたちが有能なのか、はたまた書いた本人が上手く記したのか。冗談はさておき、手紙に嘘はあるまい。嘘を記したところで意味も旨味もないのだから。
手紙の内容を簡潔に述べるなら、研修生の一部にナイさまを利用しようと考えている者がいるそうだ。まだ行動に移してはいないし、教会も注意を払うのでアルバトロス上層部も知っていて欲しいというもの。
なにか起こる前にこうして知らせてくれたのは有難いことである。アルバトロス王国と共和国の協定のもと行われている魔術研修だ。研修生が問題を起こし企画が潰された被害を一番被るのは共和国であるが、アルバトロスの外務部もアルバトロス王国の面子も潰されることになるだろう。
「無謀ですよねえ。まだ若い女性ですので、アストライアー侯爵閣下の物腰や見た目に騙されてしまっているのでしょうか」
「それもありましょうが、共和国には黒髪黒目信仰があります。我々には理解し難いものですが、黒髪黒目のお方には頼って良いという考えがどこかしらにあるのかもしれませんね」
確かに侯爵位を持つ彼女にはハイゼンベルグ公爵閣下のような圧はない。でも周りに控えている方々が尋常ではない圧を放っているのに、どうしてソレに気付かないのか。
彼女の肩に乗っているクロさまも、スライムもフェンリルとフソウの神獣さまも凄いオーラを放っている。気付かないのは黒髪黒目であるナイさまに意識を取られていることもあるのだろうか……。その辺りは黒髪黒目を信仰している方々にしか分からず、俺が悶々と考えても仕方ないのかもしれない。
「あと女性特有のものもあるのでしょう。夜会に顔の良い男性を侍らして見栄を張るでしょう?」
これも理由のひとつにありそうだ。もし仮にナイさまと仲良くなれば、自慢したくなるのではないだろうか。前世でいた、お金持ちのぼんぼんが親に買い与えて貰った高級外車を自慢するような感覚だ。自分が働いて買ったわけではないのに、自分を大きく見せるために高い物を利用して周りに見せつけているような……。
「男の私には分かり辛いですが、貴族女性の一部では流行っておりますねえ。しかしそれがどうしてアストライアー侯爵閣下に繋がるのでしょうか」
シャッテン卿が渋い顔になる。例えが抽象的過ぎたようだから他のアプローチを試みようと、俺は再度口を開いた。
「自分の隣に凄い方が控えているなら自慢したくなりませんか? 珍しい宝石やドレスを自慢するご令嬢やご夫人方と同じ心理なのでしょうね」
有名人が隣にいれば『凄いでしょ!』と言いたくなる。貴族女性であれば、貴重な布で仕立てたドレスは夜会で目立つし、珍しい宝石も同じで人だかりができ自慢をしている。
「凄い方には近寄らないか、ゆっくりと関係を築き上げるのが普通ですが……でも女性の例は分かり易いですねえ。確かにそのようなご夫人やご令嬢がいらっしゃいます」
普通の貴族はそうなるだろう。遠巻きに見ながら、声を掛けて貰うまで待つしかないのだから。でも、共和国には身分制度はなく差別が存在する。多分、問題を起こしそうなのはお金持ちの人なのだろう。
「っと、話が脱線していますね。端的に問います。このことを外務部からもアストライアー侯爵閣下に伝えるか判断に迷っているのです」
外務部の長が迷うとは。国と国との関係というよりは女性特有のヒエラルキー問題だから、シャッテン卿は分かり辛いのか。言いたくはないが、女性は陰で動くことが多い。
男であればムカつく相手は殴り倒すで済むが、女性は徒党を組んでマウント合戦に発展して事態をややこしくさせる場合がある。ナイさまにも知っておいてもらった方が良いし、関係各所がぬかりなく連携できるようにしないと。仮にアルバトロス側の動向を問題を起こしそうになっている研修生が知れば、行動に移らず裏でこそこそ始めることもあるだろう。
「アストライアー侯爵閣下に必ず伝えてください。あと共和国の方々にも教会と魔術師団、アルバトロス上層部とも連絡を密に取れるようにしておきたいですが……」
俺に決める権限はないが、頼られるのは助言を求められている証拠である。でもなあ……良かれと考え、シスターと神父さまに相談して教会に魔術関連の本や医学書を寄付をしようとナイさまが行動に移そうとした途端に、利用しようと考える者がいるなんて……。できることなら知らなくて良いが、問題が表面化すれば不味いことになるのは分かっている。だからナイさまには申し訳ないが知って頂かねばならないと小さく息を吐いた。