魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
私の要望はアルバトロス上層部と教会と共和国に受け入れられた。例の女性に反省の色は見られず送還もやむなしと共和国から判断され、あと一回問題を起こせばアウト判定となる。最後の一回は私自身が関わって、彼女が踏ん張れるかどうか判断したいのも理由の一端にあるのだろうか。
――数日後。
私の時間が空いている午後と共和国の研修生が教会で学んでいる時間が被る日がやってきた。クレイグとサフィールに話を聞いて貰っていたのだが、私が行動に移すと聞いて引いていた。どうしてと問えば『雰囲気が怖え』『やり過ぎは良くないよ』と答えてくれたのだが、微妙にはぐらかされている気がする。
やり過ぎなければ問題あるまいと、私のやりたいことを教会とアルバトロスと共和国に話は伝えてある。毛玉ちゃんたちとヴァナルにもちょっと手伝って頂く予定だ。
聖女に関わる仕事はソフィーアさまとセレスティアさまが関わることはないのだが、今日という日は心配しているようで一緒に教会についてきてくれるそうだ。
「あまり脅し過ぎるなよ? 周りに迷惑を掛けてしまうからな」
「脅して格の差を見せつけるのもアリだと考えますが、まあ、小物ですから本気を出す必要もないでしょうね」
子爵邸の馬車回りでソフィーアさまが当事者の女性より周りを心配し、セレスティアさまがふふんと笑いながら仰った。今日の私はいつも教会へ行く時よりも気合を入れており、介添えを頼んだ侍女さんたちには『着飾って欲しい』お願いした。
いつもお洒落には気を使わない私が物珍しい発言をしたものだから、侍女さんたちはここぞとばかりに飾り付けてくれた。装飾品も必要だと言われて買っておいた指輪や腕輪を身に着けているし、お化粧もばっちり施されている。少し気合が入り過ぎではと首を傾げるも、私がお願いしたし文句は言えない。
「心配は必要ありません。ヴァナルと毛玉ちゃんたちに外に出て貰うだけです。あとは私は普通に目的の方と言葉を交わすだけですので」
教会を破壊するつもりはないし、共和国の面子を潰す気もないし、真面目に魔術を習っている方々の邪魔をする気もない。単純に構って欲しいそうなので、構ってみるというだけの話だ。
まあ、行動的になっているので相手はさぞかし驚いてくれるはず。おそらく私のことを珍しい装飾品くらいに考えていただろうから、隣に立って装飾品らしく目立ってみせますとも。それでプリエールさんより有利に立って、自分と貧しい方々は違うと主張したかったのかもしれない。
「行きましょう」
「分かった」
「ええ、参りましょう」
ソフィーアさまとセレスティアさまと視線を合わせて頷く。ジークとリンにも視線を合わせて護衛をよろしくと無言で伝えた。馬車に乗り込み、いつもの場所に腰を下ろして暫く貴族街を進み、商業区画へ入ると教会に着いた。私たちを迎え入れてくれたシスター・ジルとシスター・リズに挨拶をしながら、研修生たちが魔術を習っている部屋の前に立つ。
「みんな、お願いします」
私の声にヴァナルと毛玉ちゃんたちがシュバっと影の中から出てくる。ロゼさんも一緒のようで、ヴァナルの頭の上にちょこんと載っていた。いつもよりぷーと膨らんでいるので怒っていますとアピールしているようだった。
雪さんと夜さんと華さんはフソウの神獣さまなので共和国に印象が悪くなることをして欲しくないため、私の影の中でお留守番である。一緒に参加したいと言っていたが、まあまあと私がご遠慮を願い出ると納得してくれた。
ヴァナルは子爵邸内では狼ほどの大きさで過ごしているが、今日は二倍ほど大きくなった姿で登場をお願いした。毛玉ちゃんたちはいつもの大きさだけれど、険しい顔をお願いしますと伝えているので少し目元が厳しい感じである。
毛玉ちゃんたちの様子が違うことに『ふはっ!』と吹いた方がいるのは気にしない。何故なら毎度のことだから。そして吹いた方の隣にいる人が『落ち着け!』と声を掛けるのも毎度のことだった。
そうして扉を開いて部屋の中に足を進めて後ろに立つ。
見学者がくることは珍しくないので共和国の研修生も慣れているが、流石にヴァナルたちを引き連れているとは想定外で後ろに視線を向けた方がびくんと肩を大きく揺らしている。部屋の後ろには他にも見学者がおり、メンガーさ……エーリヒさまが隅っこで立っていた。その隣には緑髪くんの姿もあり、彼らは小さく目線を下げたので私も視線を返しておく。
ヴァナルと毛玉ちゃんたちが私の横に並んだ。左横にヴァナルがついたかと思えば、私とヴァナルの間から桜ちゃんが顔を突っ込んで身体を滑り込ませ、駄目?と問うように私の顔を見上げた。あざと可愛いので構わないと笑うと、桜ちゃんは満足してぺたんとお尻を床に下ろす。
ヴァナルの左横に楓ちゃんと椿ちゃんが腰を下ろし、私の右横に松風と早風が並んでお尻を床に下ろして尻尾をゆらゆらさせている。ついでにクロも私の肩の上で尻尾をゆらゆらさせていた。
「おや、聖女さま。ご見学に参られたのですね。もしご助言があればよろしくお願い致します」
今日の講師は副団長さまだった。治癒魔術はからっきしなので、授業内容は魔力操作や魔術の概念について講義しているのだろう。私が動くと知って王国と教会が念のため彼に本日の講師を依頼したのだろうか。怒りで大暴れする可能性もあるし、ストッパーがいるのは有難いと副団長さまに視線を向けてにっこりと笑みを作る。
「承知致しました。突然押しかけて申し訳ございません。授業をお続けください」
私が今日、授業に赴くことは研修生に伝えられていないはずだ。私の声を聞いた副団長さまが、んふふと笑って講義を続ける。途中参加だが、魔術の講義は面白い。そもそも私は教会のシスターと聖女さまから教えを受けて、魔術を習得したので魔術師の方の説明は新鮮である。
三年前に副団長さまから教えを受けたが短い期間だったし、遠征中だったので腰を据えていない状態だった。教会の教えが悪いのではなく、アプローチを変えた手法なので聞いていて新鮮である。
「では、中級の魔術を使ってみましょう……と言いたい所ですが、治癒魔術を施す相手がいらっしゃらないことが悩ましいですねえ」
副団長さまが困った風に口を開くが表情は全く困っていない。彼が治癒を使えるならば、シスター・ジルのように自ら腕を折って生徒たちに教えを施しそうだと割と失礼なことを考えてしまう。やはり治癒院や騎士団や軍の施設に赴いて治癒を施せば、実力と経験値を手に入れる一番の方法なのだろう。でも勝手にウロウロできないし、事前に打診して許可を貰っておかないといけない。
「仕方ないので……――」
まさか副団長さま自ら腕を折るのだろうかと身構える。
「――実演して頂きましょうか。聖女さま。申し訳ございませんが、僕の代わりに治癒を施して頂いても?」
副団長さまは攻撃魔術以外からっきしなので私を頼るのは仕方ないし、実演をお願いされれば見学をさせて頂いている身なので引き受けることはやぶさかではない。あの骨の折れる音をまた聞かなくて済んだと小さく息を吐いて、副団長さまと視線を合わせた。
「実演は構わないのですが、怪我を負った方や病気の方がおりませんよ……?」
治癒を施す相手がいなければ意味がないが、相手がいなくても術を発動させることはできるけれど……参考になるのだろうか。
「ええ。ですので、こんなこともあろうかと魔術師団から怪我人……いえ、病人……いずれにせよ、症状持ちの方を連れてきております」
副団長さまが右手の人差し指を立てて、対策はありますよと言いたげに告げる。妙なことを口走ったけれど、気にすると禿げそうなので目を瞑る。そうして副団長さまが部屋に招き入れた方は、魔術師団の特徴的な紫色の外套を羽織っているので魔術師団に所属していることは間違いない。
間違いないのだが……異様に痩せ細り猫背が酷く、顔色も青白くて頬がこけ不健康を体現したような方だった。目に光が宿っていないし、生きているのが不思議である。アンデッドでも見ているようで、良く動けるなと感心してしまった。
「…………」
男性がきてから部屋の中の雰囲気が凄く重くなっていた。副団長さまより簡素な外套を纏った男性は、ゆっくりと歩を進めて副団長さまの隣に立つ。
「彼は十年近く魔術師団の建屋に引き籠っていましてね。背が曲がっているのは、机に向かって新たな術式開発や実験を延々と行っていたことが原因でしょう」
副団長さまの説明によると、彼は副団長さまの同期入団で術式開発と実験に力を入れていた方だそうだ。外には全く出ず部屋に籠ってずっと研究開発を続けていて、そろそろ不健康が極まり不味いと判断された。良い機会だし研修生の実験台として使って貰おうと魔術師団の面子が彼をどうにかこうにか説得して外に連れ出したとのこと。
部屋にいる皆さまがドン引きしながら説明を聞き終えると、患者さまが私の方にくるりと顔を向けゆらゆらと早足でこちらに向かってくる。副団長さまが『聖女さまは貴族のご当主さまなので粗相はしないようにお願い致しますね』と告げたので、彼は世間的から隔絶されていたようだ。ジークとリンが私の前に出て身を庇ってくれる。二人はレダとカストルに手を伸ばしていないから念のためのようだ。
患者さんは私の近くでどうにか礼を執って拙い言葉で名乗ってくれたので、私も名乗り返す。彼は私が侯爵位を持っていると知り、世間知らずで失礼な態度を取って申し訳ないと頭を深く下げる。ざんばらに伸びた髪の間から見えたご尊顔は、ご飯を食べてふくよかになればイケメンになりそうだった。
「はいんつ……ほんとうにりゅうが、いる! ふぇんりる、もいる! ちいさいこたちは……ふぇんりるのこども?」
彼が名乗り終えると、クロとヴァナルと毛玉ちゃんたちに視線を送って凝視している。患者さんに視線を送られた毛玉ちゃんたちが、珍しくぴくんと肩を揺らしてゆらゆらと揺らしていた尻尾をお腹の方に隠していた。
ヴァナルはいつも通りなので大丈夫だが、毛玉ちゃんたちが誰かに苦手意識を持つのは珍しい。副団長さまに懐いているのに、同系統のマッドな人も受け入れてくれるはずなのだが、目の前の彼は副団長さまより変人なのだろうか。
「この通り、黒髪の聖女さまの噂も知らないのですよ。そして喋る機会も少ないので言語能力も怪しくなっております。ずっと引き籠もっていて情報に隔絶されておりました。団員の無礼をお許しください、アストライアー侯爵閣下」
副団長さまは彼の言葉を無視して私に喋り掛けると『はいんつにむしされた。かなしい』と丸い背中をもっと丸くして落ち込んでいる。そんな彼を見た桜ちゃんが勇気を出して彼の下へ歩を進め、大丈夫と問い掛けていた。桜ちゃんが動いたことで楓ちゃんと椿ちゃんも彼の下へと歩み寄る。松風と早風は気にしているものの、彼の側に行く気はないようだ。
「いえ、お気になさらず。しかし……長年の不摂生を魔術で治すのは難しいかと。それに生活を改めなければ、同じ症状がまた現れるだけです。失礼ですが成人男性とは言い難い体重ですし、一度魔術を施して食事を確り摂取して頂いた方が良いかと」
おそらく背中の骨が固まっていそうだし、治したとしても結局引き籠もりを続けるなら元に戻るだけ。研究者だから、集中すると食事も忘れているのだろう。ガリガリに細った彼の身体は、貧民街に住む栄養失調の子供とさほど変わらない。
私の言葉をプリエールさんたちは興味深そうに聞いてくれている。魔術だけを頼って治すのは無理がある――もちろん魔術だけで治すこともできるけれど――ので、この辺りは確りと説明しておかなければ。もしかして副団長さまはこの手の患者さんもいると、共和国の研修生たちに示したかったのだろうか。それなら良く考えているし、講師役としての務めを果たしている。
「やはり閉じ籠っているのは宜しくありませんか」
「そうですね。繰り返しになりますが、食事と睡眠と運動は大事なことですし、陽の光に当たることも大事かと。とりあえず治癒を施します。先ずは体力の回復を優先させましょう」
「え……まじゅつ、こわい。ちゆまじゅつ、きらい!」
痩せ細っている彼が子供じみたことを言い始めて逃げる態勢を取った。するとヴァナルが彼の外套を噛んで逃亡を阻止する。痩せ細った彼に力はないため、ヴァナルが軽く噛んでいるだけで逃走阻止できている。
「治癒魔術が嫌いとは、どういうことでしょうか?」
初めてそんなことを言われて驚いてしまい、副団長さまに視線を向け答えを求めてしまった。
「彼は他人の魔力に敏感なのですよ。攻撃系の魔術は外に放出するので問題ありませんが、治癒は怪我人や病人に術者の魔力を通すことになりますから拒否反応が出るのです。彼曰く、子供の頃に経験した治癒魔術は凄く痛かったと」
なんだろう、麻酔を掛けないで手術を行う感じなのか……それとも花粉症のような過敏反応なのか……どちらにしても難儀な体質だ。でも、そういう方がいてもおかしくはない。
今回、共和国の研修生たちにこういう場合もあると示すことができたのは良かった。治癒魔術は決して万能ではないと知って貰えたはずだ。
しかし、こうなるとご本人に術を施すことを躊躇ってしまう。猫背の改善は諦めて、せめて食事を取って頂ければ随分と状況はマシになるはず。ここまで彼を放置していた魔術師団の皆さまに言いたいことはあるが、変人変態の巣窟である。他人の命を慮ってくれたことを感謝しよう。でも、アルバトロス上層部に、魔術師団の団員の健康に注意を払って欲しいとお願いしなければ。
「痛いのを我慢すれば治りますよ。それに僕が知る中で聖女さまの魔力は一番親和性が高いです。以前受けた治癒魔術より痛くない可能性もありましょう。さあ、諦めて実け……聖女さまの治癒を受けてください。死にはしませんしねえ」
今、副団長さまは実験と言わなかっただろうか。まあ、副団長さまの言葉に痩せ細った彼が諦めて大人しくなったから良いけれど。ヴァナルの口からだらんと下がっている彼の下へ行き視線を合わせた。
「流石に今の状態の貴方さまを放っておくわけにはなりません。ゆっくり魔力を通していきますので痛ければ教えてください。途中で止めることもできます」
私の言葉を聞いた痩せ細った彼は不安そうな顔から少しマシな表情になる。
「むり、しませんか?」
「はい。お約束致します」
「……あなたのまりょくはすごくおおいけれど……いやなかんじはしない……おねがいします」
どうにか説得できたので安堵の息を吐く。そうして中級の治癒を施すのだが見た目の変化は全くない。でも痩せこけた彼の顔には血が通い始めたようで、血色が良くなっている。
間近で見た治癒魔術に目を輝かせている研修生たちだけれど、こう見た目に変化がないので地味で申し訳ない。でも、まあ。私のようなタイプの治癒師の方がいるのだから、少しでも手本になったなら良かったと息を吐く。例の女性と視線が合って、私はにこりと微笑んだ。
◇
なんだか怒っていた威勢が逸れてしまったけれど、今にも死にそうな方を放ってはおけない。私が施した治癒魔術は彼の体質に合ったようで、痛みもなく最後まで術を発動させることができた。当の本人は凄く不思議そうな顔をして『ありがとうございます』と仰っているのだけれど、また引き籠もり生活を続ければ術を施した意味がない上に治ってもいない。
「もう何度かわたくしの施術を受けてください。外に出るのが面倒であれば、魔術師団の隣にある騎士団の建屋に移動して施術を受けてくださいね? このままでは直ぐに命が尽きてしまいます。貴殿の研究が続けられなくなりますよ」
他にもたくさん伝えておきたいことはあるが、先ずはご飯をきちんと食べて外に出て無理のない範囲で身体を動かして欲しい。あと寝てください。顔は凄く良いはずなのに、不摂生で凄く残念なことになっている。
ちゃんと食べて寝てを繰り返せば体重は戻るので、状態は直ぐに持ち直すだろう。私の言葉に痩せ細った彼は『そとにでるのはいやだけれど……がんばります』と前向きな返事をくれた。副団長さまに部下の健康管理もお願い致しますと伝えると、少し面倒そうな顔を浮かべ『団長に伝えますね』と仰った。丸投げする気だなと訝しみつつも、魔術師団の団員の皆さまの健康が守られるなら団長さまの犠牲も致し方ないのだろう。トップに立っているのだから、仕事が増えることを恨まないでくださいと願っておく。
「さて、魔術は時に例外を生み出すこともありますが、一度で治すことを諦めて複数回に分けて段階的に治癒を施す場合もあります。皆さまの考え方、捉え方、工夫で乗り越えられることもありましょう」
副団長さまは研修生に視線を向けて、考えることを止めてしまっては魔術師として敗北でしょうねえと続けた。そうして副団長さまの講義は続き、一時間ほど経つと終了を告げた。誰かの魔術に対しての考え方を聞くのは楽しい。
「では今日の講義の内容を纏めて、いつものように提出をお願い致しますね。皆さまの報告を読むのは凄く楽しいですから、忌憚のない意見も書き込んで頂いて構いません。後日になってしまいますが、出来得る限り答えを用意しますので」
副団長さまは研究肌だから、彼の好奇心が良い方向に作用されている。ぶっちゃけ、魔術の知識が薄い人からの質問なんて、魔術師の方からすれば子供の質問だろう。それでも楽しそうに笑って、答えを用意するのだからマメな方である。でも副団長さまなので研修生を実験台にしている可能性はいなめない。そこだけが残念な部分だった。
「僕は暫く部屋に待機しておりますので、魔術に関するご質問のある方は個別にどうぞ」
微妙に牽制しているので、魔術に関する質問以外を頂いたことがあるのかもしれない。普通の学校に通っていれば、生徒と先生の楽しいお喋りの時間と勘違いしたのかもしれない。
共和国は貴族制度がないので貴族と平民の違いを実感し辛いし、アルバトロス側も階級制度のない国の方々の相手を務めるのは初めてのことだから難儀しているようだ。
アルバトロス王国に共和国の皆さまが赴いているので、アルバトロス側が優位になるけれど始まった国交を壊したくはない。副団長さまも大変だなあと視線を向けて、彼に『退室します』と目線を下げた。そうして足を動かそうとした、その時である。
「黒髪の聖女さま! 共和国の監督官と教会の皆さまから、黒髪の聖女さまには安易に近づいてはならないとお叱りを受けてしまいました。ですが私は聖女さまのように慈愛に満ちた治癒師になりたいのです! どうか貴女さまの手解きを受けることを許して頂けませんか?」
がたりと椅子の音を立てながら立ち上がる例の研修生の女性に声を掛けられた。共和国の監督官さまが顔を真っ青にさせて彼女を止めようとしたが、私が構わないと彼を制す。
彼女の行動を止めるには、私が教会に赴かなければ良いだけだ。ただ教会に赴くことを止めたとして、彼女は『二人目の私』を求めるだけ。プライドが高く、お金持ちの家で育ってきたためか随分と甘やかされて育ち、注意を受けたことを反省していない。
空気が読めないのは仕方ないが、臨時で教育を施されたのに未だに突飛な行動を取るならば、この先も同じ行動を繰り返しそうだ。他国の文化に馴染めないなら、首と身体がお別れする前に母国へ戻って普段の生活を送れば良い。富裕層のお嬢さまであればご両親が面倒をみてくれる。
「申し訳ありませんが、貴女さまだけ特別扱いとはなりません。確かにわたくしは聖女を務めておりますが、貴族の当主でもあります。共和国には存在しない制度なので馴染みがないのかもしれませんが、今この場でわたくしが『無礼だ』と言って貴女さまの首を斬り落としても問題にはなりません」
あまり口にしたくはないが、この場で彼女を私が斬ったとしても誰も文句は付けないし罪にもならない。少し声のトーンを落としていたので、周りの方々、特に共和国の研修生の皆さまが驚いている。件の彼女は私の言葉に驚きつつも納得できないようで口を開いた。
「そんなことをすれば共和国の人たちが凄く怒りますよ!?」
怒るより前に、今の監督官さまのように顔を真っ青にして平身低頭謝られそうだが実際の所はどうなのだろうか。それに国外で起きたことである。共和国政府は彼女のご両親に経緯を説明するだけで終わる可能性が大きい。
「抗議くらいは立てるかもしれません。ですが、時と場合によりましょう。監督官殿、もしわたくしが彼女を斬り殺したとして、我々アルバトロス側に抗議をいたしますか? わたくしに彼女の命を奪った責任を取れと申しましょうか?」
びくりとした監督官さんには申し訳ないが答えて貰わねば。ヴァナルたちを外に出て貰っていたのは悪手だったかもしれない。彼を脅すつもりはないのに、ヴァナルと毛玉ちゃんたちが彼に視線を向けたお陰で直立不動になっているもの。
「……いえ。共和国が治癒魔術を習いたいと無理を申し、アルバトロス王国に今回の場を設けて頂いております。そして貴国の制度を研修生に正しく教育を施せなかった我々の落ち度もありましょう。責められるべきは我々共和国です」
監督官さまの言葉を聞いて女性は目を丸く見開いている。教育を施されたが、自身には関係ないと突っぱねていたのだろう。もしくは共和国では大丈夫な行動を、アルバトロス王国では認められないことに納得ができなかったとか。
私も前世の記憶を持っているので彼女の気持ちは分からなくもないが、貴族制度がある国や状況が全く違う場所だと『死』という言葉が間近に迫る。私は貧民街で真っ先にこの世界の洗礼を受けて、前世の価値を早々に捨て去り生き残った。
「嘘……嘘よっ! 黒髪黒目のお方が優しくないなんて嘘に決まっているわ! だって慈悲に満ち溢れたお方で困っている者を助けるって!」
「確かにわたくしは黒髪黒目を持ち得ていますが、その前に人間です。そして困っている者と仰いましたが、貴女は実際に困っているのですか? 飢えてもおらず、身に纏う衣装にも困っていない。病気もしていない。住む家もある。飢えたことはありますか? 食料を持っている者に媚びを売り、腐った食べ物を地面に落とされ、そんなことをされても頭を下げて日々の糧を得たことは?」
黒髪黒目の人間に幻想を抱くのは自由であるが、抱いたものに反するから違うと言われても困るだけだ。聖女として治癒院に赴いて誰かを助けているけれど、寄付は頂いているので慈善事業でもない。彼女より困っている人を沢山見ているためなのか、彼女を見る視線が厳しくなってしまった。
「それは……でも、黒髪黒目の貴女は沢山持っているじゃない! お金だって地位だって人望も、なにもかも! 少しくらい分けてよ! 私は、今の自分の価値をずっと維持していかなければならないの! 落ちぶれて貧しい者になるなんて絶対に嫌よ!」
他者の功績で保つ己の価値ってなんだろう。それは虎の威を借る狐とか某アニメの餓鬼大将とお金持ちの息子の関係ではなかろうか。他人の威光にありついて己を輝かせたとしても、それは夜空に輝く星々ではなく地上で爆発した花火のようなものだ。目を細めて彼女をどう諭せば良いかと考えていると、視界の端からエーリヒさまと緑髪くんと監督官さまが現れて、彼女の下へと歩いて行く。
「失礼致します。申し訳ありませんが、これ以上聞き苦しい言葉を我々は聞きたくありません。退室して頂きます」
エーリヒさまが口を開き、緑髪くんと監督官さまが彼女の両脇を掴んで部屋を出て行こうとする。彼女はまだ納得できていないのか私を見た。
「な、勝手に決めないでよ! 話はまだ終わっていないわ!」
「決めるのは貴女ではなく、我々やアストライアー侯爵閣下です」
エーリヒさまがちらりと私を見たので頷いておく。彼女の処遇や対応を決めるのはアルバトロス上層部だけれど、今の状況であれば間違いではない。
「どうして私だけがこんな仕打ちを受けないといけないのよ! 貧民の癖に目立っている奴に負けたくない! 黒髪黒目のお方の慈悲もカッコいい魔術師に付き合って貰うのも私じゃなきゃいけないの!」
更に音量を上げて叫んだ彼女の声に教会の皆さままで部屋を覗きにきて、様子を目に入れた瞬間に『やべえ事態!』と感じ取り件の彼女を取り囲む。共和国の婚姻適齢期は知らないが、副団長さまは貴族で男爵家のご当主さまである。
付き合うのは無理だし、仮に付き合ったとして奔放な方だし御すのは難しそうだけれど。あと研究者なので、デート中にふらっと消えて地面にいる珍しい昆虫にヒャッハーして熱心に観察するタイプだ。それが許せなければ直ぐに破局の道を歩む。
「僕は妻子持ちですので、お付き合いは無理ですよ。年齢も離れておりますし、愛人は必要ありませんしねえ」
うん。副団長さまはご結婚されてお子さまもいらっしゃるし、何気に奥方さま一筋のようだ。これで不倫しまくりならクルーガー伯爵家のように問題を引き起こして大変なことになっているはず。
少し副団長さまの奥方さまがどんな方なのか気になってくるけれど、関わることはなさそうだ。そして……。
「慈悲など持ち合わせておりませんし、対等な関係でないなら貴女と付き合う価値などありません。貴女から搾取されるだけの関係であれば、早々に縁を切りたいものです」
私の中に慈悲という言葉は存在しているのか、微妙なところである。ぶっちゃけてしまうと真面目に魔術を習おうとしていない彼女に掛けるものはないし、このまま共和国に強制送還されてもなにも感じない。むしろ邪魔をする人がいなくなってホッとする気持ちの方が大きいのである。ある意味酷い人間だが、やはり己の利益だけを求める人に掛ける情けはない。
「ちょっと、痛い! 離してよ!」
まさかここまで酷い方だとは思わなかった。貴族制度はないとはいえ、富める方々の世界に住んでいたならば空気を察する能力が長けていそうだが……いや、読めなかったからこそ彼女は部屋を追い出されてしまった。とりあえず一波乱は終わったとヴァナルと毛玉ちゃんたちに視線を合わせ、出汁に使ってごめんねと謝るのだった。