魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ポチとタマと名付けたつもりは全くないのに。
喜んでいる番の竜さんたちとディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんとお婆さまが『当事者が気に入っているから問題ない』の声で、番の竜さんたちの名前がポチとタマに決定してしまった。
竜さんたちは『ボク、ポチ!』『ワタシ、タマ!』とみんなに自己紹介をしてケタケタと笑っている。竜さんたちが気に入っているのなら良いかなあと悩ましい顔を浮かべていると、セレスティアさまが『いつかわたくしも竜の方に名前を付けてみたいですわ』と小さく囁いている。名前の候補が消え去れば彼女に任せるのもアリだと頭の中にメモを残した。
そうして騒がしいような、いつものような日々が過ぎていき建国祭当日になった。
春も終わりを告げて、雨が良く降る時期になっている。どんよりとした曇り空が続いていたが、今日は綺麗に青空が顔を出していた。おめでたい日だから有難いことだと、聖女の衣装に身を包み教会に赴いた。
いつもの場所でジークのエスコートを受けて馬車を降りると、お迎えの方々が教会の大扉の前に並んでいた。大袈裟にしなくても良いのに、侯爵家の当主を手厚くもてなさなければならないという意志の表れなのだろう。申し訳ないという気持ちと、本当に出世したなあという気持ちが私の心の中でせめぎ合っている。
今日は子爵邸のいつものメンバーで教会に赴き、アリアさまとロザリンデさまも一緒にきていた。建国祭の当日の教会は一年で一番忙しい日なのかもしれない。治癒院の寄付代が安くなるので、必然的に来院者が多くなる。多くなるということは聖女さまが何人いたって問題ない。むしろ手伝える方は手伝って欲しいと教会が声を掛けているので本当に忙しい。
馬車を降りて前を向くと、無茶ぶりくん、もといカルヴァインさまが私の前に立って礼を執ると小さく微笑みを浮かべる。
「アストライアー侯爵閣下、本日はよろしくお願い致します」
「カルヴァイン枢機卿、よろしくお願い致します。半日ほどしか手伝えませんがご容赦を」
私の言葉にカルヴァインさまが『いえいえ、半日だけでも十分です』と気を使ってくださった。私が丸一日教会に時間を割けないので、午前中だけでも手伝おうと申し出たのである。
お昼からお城に赴いてお貴族さまとしてやることがある。王家の皆さまに贈る品や顔合わせに、挨拶回りをするそうだ。お貴族さま同士の付き合いは慣れていないので、ソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまにお任せ状態だ。
アルバトロス王国に属する有力な貴族のご当主さまと挨拶をきちんと交わせるだろうか。ハイゼンベルグ公爵さまとヴァイセンベルク辺境伯さまには慣れたけれど、他の高位貴族のご当主さまと挨拶を交わした機会が少なすぎる。
「では、参りましょう」
カルヴァインさまの案内で一同教会の中へと進む。まだ始まっていないので聖堂の中に人はおらず静かなものだ。あと一時間もすれば王都の皆さまがこぞってやってくるだろう。
炊き出しも手伝いたかったけれど、お玉を持ってお椀に粥やスープを注ぐ侯爵家の当主がいれば凄く騒ぎになる。私の護衛の方々で場所を取ってしまうし、不特定多数の人が訪れるので早々に諦めた。待合室に案内されて子爵邸――この場合侯爵邸となるのか微妙――の面子だけとなる。他の聖女さまは別室待機なのかいらっしゃらない。そのうち時間がくれば係の方にでも呼ばれるだろう。
「アリアさま、ロザリンデさま、今日一日頑張りましょう」
今日、一番大変であろうアリアさまとロザリンデさまに視線を合わせて気合を入れる。
「はい、ナイさま!」
「ナイさま、もちろんです」
アリアさまはにっこりと元気に笑い、ロザリンデさまは静かに微笑みを浮かべた。ソフィーアさまとセレスティアさまにも視線を向ければ彼女たちはゆっくりと頷いてくれる。
「私たちは手伝えないが、周りに気を配りながらナイの傍に控えているからな。なにかあれば直ぐに知らせるし、なにか違和感があった時も直ぐに教えてくれ」
「治癒が使えるならばお手伝いができるのですが、わたくしたちはからっきしですからねえ。護衛任務に集中させて頂きますわ。不届き者には容赦致しません」
お二方はいつも通りに護衛とアドバイスに徹してくれる。そしてジークとリンの顔を見上げると、アズとネルが翼を広げながら一鳴きした。名前を貰ったアズとネルはご機嫌だ。ジークとリンに更に懐いたし、クロの真似をしているのか尻尾で背中をぺしぺし叩いてみたり、顔をすりすりして二人に甘えている。そっくり兄妹は私の傍に立って、ふっと笑った。
「俺はいつも通り護衛に就く」
「私もナイの傍にいるよ」
二人は聖女である私の専属護衛だから当然だ。少し前までは誘導係に駆り出されていたが、流石に爵位持ちの聖女から離れるわけにはいかないと、ジークとリンは後ろに控えるようになった。アリアさまとロザリンデさまにも教会騎士が護衛に就いているから、馬鹿なことを考える人はいない。
「うん。今日一日、よろしくね」
そうしてジークとリンと私がグータッチをすると、クロとアズとネルが自分たちもとアピールして鼻先を突き出す。クロの鼻先と私の拳を合わせ、ネルとも同じことをする。ジークの肩の上に乗っているアズとちゃんとできるかなと心配しつつ、ゆっくりと彼女へ拳を伸ばすとちょこんと鼻先が触れた。
上手くできたのか分からないが、少しだけ彼女との距離が縮まった気がして笑っているとジークとリンがクロの鼻先に拳を当てて、それぞれに合わせていく。後ろで羨ましそうに見ている某お方の凄まじい視線を受けて、クロが彼女の下へと飛んで行き器用に鼻を差し出した。
滞空飛行しながら首を伸ばしている姿はあまりカッコ良くない。ぷっと吹き出しそうになるのを我慢していると、某お方の自慢のドリル髪がぶわっと広がってタッチした手をキラキラした目で眺めている。
喜んで貰えたならなによりと目を細めていると、タイミングを計らったアリアさまが勢いよく片手を上げて口を開く。
「クロさま、私もお願いしたいです!」
ぱあっと顔を輝かせたアリアさまはクロと視線を合わせた。クロは滞空飛行したまま首を傾げ彼女の下へと飛んで行く。
『ん、アリアも? 良いよ~今日一日頑張ろうね~』
クロは嬉しそうに笑ってアリアさまの拳と自分の鼻先をちょこんとあてた。えへへと嬉しそうに笑ったアリアさまが『一つ夢が叶いました!』と仰る。クロとああすることが夢だったようだと思いきや、私たち幼馴染組がグータッチをしていることが羨ましく憧れていたとのこと。
クロはついでだと言わんばかりにロザリンデさまとソフィーアさまにも鼻先を突き出して、グータッチ擬きをしていた。少し恥ずかしそうだけれど嬉しそうに笑うロザリンデさまと、ふっと柔らかく笑んだソフィーアさま。
みんな仲が良くてなによりだと考えていると、身内しかいないことに気付いたのか毛玉ちゃんたちが私の影からわらわらと出てきて鼻先をみんなに突き出している。ついでにヴァナルと雪さんと華さんと夜さんも出てきて、ちょこんと床にお尻を付けた。
「わ、わっ! よろしくお願いしますね!」
「幸せですわ!」
「私もするのか?」
「わ、わたくしもですか!?」
『みんな仲良し』
『良いことです』
『楽しいですねえ』
『帝とナガノブが見れば喜びそうです』
順番に鼻先と拳をあてていくアリアさまと恍惚の顔でセレスティアさまも参加して、ソフィーアさまとロザリンデさまも毛玉ちゃんたちの行動に巻き込まれていた。ヴァナルと雪さんたちは呑気なもので、毛玉ちゃんたちを微笑ましく見守っている。
治癒院が始まれば影の中に入って貰わないといけないので、今しばらくは自由で良いかなと毛玉ちゃんたちと戯れていると、私たちを呼びにきたシスター・ジルとシスター・リズにも毛玉ちゃんたちは行動に出る。きょとんとしているシスターズに説明をすると、順番にみんなと鼻タッチをしていたので驚いていないシスターたちの肝は太いなあと感心するのだった。
そうして治癒院が開かれると、多くのみなさまがひっきりなしにやってくる。私はいつも通りに治癒を施していきながら、来院した方と少し雑談を交わしたり、凄く畏まれたり驚かれたり、陞爵を祝われたりといろいろだった。
大変だけれど午前の時間はあっという間に流れ、アリアさまとロザリンデさまとは別れてアルバトロス城へと赴いた。
普段より警備が厳しく、近衛騎士団の皆さまが気を張っているのが伝わってくる。その近衛騎士さまに案内されて広いホールに通された。中ではアルバトロスのお貴族さまたちが集まって談笑しており、一段上がった場所では陛下とリーム王とヴァンディリア王が顔を突き合わせて和やかに話をしている。
「錚々たる方たち……」
そんな中にぽいっと放り込まれた新米侯爵位持ちの私はどうすりゃいいのか分かりません。公爵さまが見つかれば挨拶をするのだが、姿が見えないのである。むーっと口を膨らましたくなるのを我慢して別の言葉に言い換えたのだが、側付きの彼女たちは私の声を聞き逃さなかった。
「ナイもその一人だろうに」
「ですわね。むしろ一番目立っているのでは? 唯一の女性ですもの」
ソフィーアさまとセレスティアさまが仕方ない、というような雰囲気で仰った。確かにホールの中は領地持ちの女性当主は私しかいない。残りの女性ご当主さまは聖女を引退した法衣貴族位の方々である。
しかも私は現役聖女だから教会の専属護衛となるジークとリンを連れているし、側仕えとしてソフィーアさまとセレスティアさまもご一緒だから目立っている。さらに言えば肩の上に小さな竜が乗っているのは、会場内では私とジークとリンしかいない……。なんだか私の周りがおかしいよ! と叫びたくなるが三年という時間で慣れてしまった。見慣れない方はぎょっとした顔で私を見ているが、大体の方は爵位が下となり声を掛け辛そうである。
「えっと、顔合わせした方が良い方はいらっしゃいますか?」
じっとしていても仕方ないので、ソフィーアさまとセレスティアさまに顔合わせを済ませておきたい方を教えて貰う。とりあえずヴァイセンベルク辺境伯さまと肩を並べている、もう一家の辺境伯さまとご挨拶を交わし、私と同じ爵位である侯爵家の方々とも顔合わせを済ませた。
リヒター侯爵さまとも顔合わせをして『娘を真っ当な聖女に導いて頂き感謝します』と仰ってくれたが、ロザリンデさまご本人が頑張った結果だと伝えておいた。私がしたことはほとんどないと言って良い。
そして緑髪くんのご実家である侯爵さまとも話を交わし、北大陸のミズガルズから戻ったご子息さまは外務部に配属されたので、扱き使ってかまわないと太鼓判を押される。緑髪くんはエーリヒさまと一緒に共和国の女性リーダーを止めに入っていたので、今から苦労しそうだと苦笑いを返しておいた。
お貴族さまの務めを果たしているといつの間にか時間が過ぎており、近衛騎士さまがお城の城壁に案内するため私に声を掛けてくれる。
「アストライアー侯爵閣下、お時間でございます」
「はい。案内、よろしくお願い致します」
騎士さまに返事をして、彼の後ろをついて行く。そうして以前上がったことがある壁の上に立つと、王都の皆さまが城壁の外に大勢集まっていた。辺りを埋め尽くす人の数はいったいどれほどいるのだろう。
数えるのが億劫になるほど人がいるし、壁の上には公爵さまとヴァイセンベルグ辺境伯さまに、もう一家の辺境伯さまに、侯爵さまたちと伯爵さまも立っている。今度こそ女の人が私だけになったので凄く目立っている気がする。
壁外では『黒髪の聖女さまだ!』と声を上げている人がいるし、公爵さまや推しの貴族の方の名前を叫んでいる人もいる。人気の度合が分かるので面白いなあと目を細めていれば、陛下と王妃殿下に王太子殿下と王太子妃殿下に第二王子殿下と第一王女殿下も姿を現した。
やはり王族の皆さまが顔を出すと、王都の人たちのテンションが凄く上がる。陛下ー! と叫ぶ声が多方から聞こえ支持が高いと察することができる。陛下や皆さまが手を振って暫くすると、音楽隊の方が楽器を鳴らす。その音が上がると、壁外に集まっている皆さまがしんと静まり返った。ようするに音楽隊の方が鳴らした音は陛下のお言葉があるよという印だったのだ。
「皆、良く集まってくれた! アルバトロス王国の繁栄と平和を願い、我らはより良き未来を望む! そして近年、アルバトロス王国に多大な功績を齎したアストライアー侯爵にはアルバトロス王家より錫杖を与える」
陛下が突然私の名を呼び、近衛騎士さまが恭しく私を陛下の下へと案内してくれた。すると壁外から『おお!』という声が上がり視線が一気に集まる。他の近衛騎士さまが錫杖を抱えて陛下へと手渡した。
そうして陛下が私に視線を合わせたので膝を突き礼を執る。そうして錫杖が陛下の手から私へと渡った。ずっしりと重いだろうと覚悟していたのに持つと凄く軽い。凄く不思議な感じを覚えていると、陛下が目録も渡してくれた。また恭しく受け取って立ち上がると拍手が沸き起こり、声を張り上げる人たちが多くいる。
「竜使いの聖女さまー!」
「アルバトロス王国ばんざーい!」
「ばんざーい!」
「陛下ー!」
「聖女さまー!」
こんな感じで盛り上がっていると、黒と白と赤と緑と青色の巨大な竜のお方がアルバトロス城の空を『轟!』という音を立てながら飛んでいく。少し遅れて風が吹けば、また集まった方々が凄く盛り上がっていた。
陛下と王妃殿下に王太子殿下と王太子妃殿下と第二王子殿下に第一王女殿下が揃って、アルバトロス城の壁外に集まった方々へと手を振っている。他の高位貴族のご当主さまたちも揃って手を振っていた。そうして陛下が私の隣に立つと視線を合わせ……。
「アストライアー侯爵、手を振ってやれ。この三年間、いろいろとあったが……其方は若い。遠い未来に我が息子が王位に就いた際はよろしく頼む」
陛下が手を振りながら、ぽつりと漏らした言葉は次代を担う王太子殿下を心配しての言葉だろうか。親心は良く分からないけれど、陛下も人の子だからやはり王太子殿下が心配なのだろう。
「はい、陛下。これからもよろしくお願い致します」
未来はどうなるか分からないけれど、王太子殿下が玉座に就いた際には今と変わらぬ忠誠心をアルバトロスに捧げようと、頂いた錫杖を抱えながら王都の皆さまに手を振るのだった。
◇
建国祭の陛下が王都の皆さまに挨拶をしたあと、頂いた錫杖を持ったままディアンさまとベリルさまと合流した。お二人の隣にはダリア姉さんとアイリス姉さんが微妙な顔で立っていて、更に隣には青と緑と赤色の角が額から生えた方々がにっこりと笑みを浮かべている。どうやら空を飛んでいた青竜さまと緑竜さまと赤竜さまが人化した姿のようで、どことなくディアンさまとベリルさまに似ている気がする。
「君が驚いてくれたなら嬉しい」
私の下にディアンさまがやってきて、柔らかい顔を浮かべながら開口一番に教えてくれた。でも、私より王都の皆さまの方が驚いたのではないだろうか。ディアンさまならば陛下方には話を通しているだろうし、その辺りの心配はしていない。凄く良いタイミングだったのはお婆さまが彼らと協力をしていたのかもと、へらりと勝手に私の顔が緩くなる。
「驚きました。ディアンさま方が空を飛ぶとは聞いていなかったので……でも、凄く素敵でした。地上で見る機会はなかなか訪れないですから」
私の言葉にディアンさまとベリルさまが嬉しそうに笑い、ダリア姉さんとアイリス姉さんが面白くなさそうな表情を浮かべていた。ディアンさま方がアルバトロス城上空を飛んだ理由は、先ほど教えてくれた通り私を驚かせたかったとのこと。聞いていなかったので驚いたけれど、ディアンさまたち五頭の巨大竜が並んで飛ぶ姿は凄く綺麗な光景である。
しかも黒、白、青、緑、赤とそれぞれ色が違っていたので、航空機がお尻から色付きの煙を吐き出しているようにも見えた。また見られる日がくると良いなあと私がぼやけば、クロが『ボクたちが飛べば見れるね』と目を細めながら教えてくれる。でもディアンさまサイズではないよねと問い返すと、大きくなるから大丈夫と教えてくれた。クロたちが大きくなって、広大な空をゆっくりと飛ぶ姿を目に焼き付ける日はいつになるだろうか。
「エルフは竜みたいに図体が大きくないから、派手なことはできないわね。魔法を使って良いなら盛り上げられたけれど」
「だね~。魔法で派手に光らせれば映えるけれど、陽が出ている時間じゃあ意味ないし~今回は代表たちに出番を取られちゃった~」
ダリア姉さんとアイリス姉さんが声を上げた。エルフの皆さまが仮に飛行できても、人間サイズだから派手さはなく目立たないから仕方ない。空を飛べる魔法が存在しているものの、竜のお方の背に乗る方が楽だから使わないと聞いている。
アイリス姉さんが派手に光らせると言ったのは、花火のようなものだろうか。確かに陽が出ている間はインパクトに欠ける。夜ならばきっと幻想的な光景を見られたかもしれないと、ダリア姉さんとアイリス姉さんの顔を見上げた。
「いつか見てみたいです」
エルフの皆さまが彩る光魔法はきっと素敵だろうと自然と笑みが零れた。
「なら、亜人連合国に遊びにいらっしゃいな。最近のナイちゃんは私たちに構ってくれないから寂しいわ」
「おいで、おいで~。夜になったらみんなで楽しもう。音も付けると結構迫力があるんだよ~」
ふふふと笑うダリア姉さんとへらりと笑うアイリス姉さんは、いつも通り優しい。いろいろと忙しくてダリア姉さんとアイリス姉さんに会う時間は少なくなっていた。予定をやり繰りすればいつかは可能だろうと、後ろに控えているソフィーアさまへ視線を向けると『分かった』と頷いてくれる。
有能な方が側仕えで良かったと安堵して、お姉さんズの暇な時期を聞けば『何時でも良いわ』『ナイちゃんの方が忙しいでしょ~』と仰ってくださる。彼女たちの後ろでは竜の皆さまが何故かソワソワしていた。どうしたのだろうと顔を彼らに向けると、赤い角を生やした女性が私の下へ歩いてきた。
「竜が住まう場所は人間が寝泊りするには適しませんので、代表が貴女を誘えないことを残念がっています」
彼女の背はディアンさまと同じくらいなので女性にしては凄く高いし、同性ゆえの気安さなのか距離が近かった。リンより高いので凄く見上げている感じがするし、直ぐ近くで話をすると胸で顔が見え辛いのだけれども。
胸の大きい方が自分の足元が良く見えないと愚痴を零しているのを聞いたことがあるが、上から下ではなく下から上に見上げて逆の体験をするとはかなり不意打ちだった。その胸の一割でも良いから欲しいなあと思考を放棄したくなるのを我慢して、赤竜さんとどうにか視線を合わせた。半歩後ろに下がったのはご愛敬である。
「皆さんが一緒であれば野宿も楽しそうです。竜の皆さまに囲まれて一晩夜を明かす体験なんて滅多にできないですから」
ご意見番さまが根城にしていた場所は岩肌が露出して、エルフの街のように緑が多いとは言い難い場所だった。でも、竜の皆さまが一緒であれば野宿でも危険はなく楽しい一夜を過ごせそうだ。野宿には慣れているから問題ないし、食事も材料さえあれば自炊できる。私の意見を聞いたクロが顔をすりすりしながら『楽しそうだねえ』と呑気に言っているし、アズとネルは亜人連合国を知らないから体験して貰うのは丁度良い機会であろうか。
「貴女の考えはとても素敵です。竜同士が一緒に集まる機会は少ないですし良い提案でしょう。代表、出来得るならば彼女の先ほどの言葉を叶えて頂きたい」
「確かに良いことではあるが……君はもう貴族だ。野宿は勧められないだろう」
赤竜さんかディアンさまの顔を見て、いつか竜さんたちの領域で野宿をしたいと仰る。ディアンさまは微妙な顔を浮かべながら私を見るが、許可さえ頂けるなら問題はない。ダリア姉さんとアイリス姉さんが『代表って堅物よね』『真面目過ぎるんだよ~』とお二人で話していた。
「遠征で慣れているので大丈夫です。それに野宿は久方ぶりですから、みんなで焚火を囲えば楽しいですよ」
討伐遠征の時にジークとリンと私は三人で火を囲い、暗闇の中でゆっくりとした時間を過ごして楽しんでいた。静かな夜には星が空を照らし、幻想的な光景を作り出していた。
人工的な光がほとんどないから、綺麗な星々が沢山見える。星座はさっぱりだけれど、三人で星と星を繋げて食べ物に似ていると笑っていたのだ。三人よりかなり増えてしまうけれど、他愛のないことを話しながら夜を越えるのもきっと面白いとディアンさまの顔を見上げる。
「そうか。では、いつかあの場所で君たちと夜を共に過ごせる日がくることを楽しみにしている」
「代表、そんなことでは機会を逃してしまいますよ。近いうちに、竜の皆と貴女たちとで過ごしましょう」
赤竜さんの押しは強いけれど嫌な感じはしない。これもまたソフィーアさまに私の予定を聞いて、暇な時間に亜人連合国へと久方ぶりに赴くことになった。
「あ、そうだ! 伝えておかなければいけないことがあるの」
ふいにダリア姉さんが声を上げて、私が持っている錫杖を見た。陛下から下賜された錫杖はかなり豪華な仕様だし、持っていると体の中で巡る魔力が綺麗に流れている気がする。錫杖を持ったまま魔術を発動させてみたいけれど、王都の街中で勝手に使うと怒られてしまう。
どこか試し打ちができる場所がないかなあと考えるが、自領で魔術をぶっ放しても良いのだろうか。この辺りは詳しい方に聞いてみよう。アルバトロス王国の街中で攻撃魔術の使用は禁止されている。治癒は時と場合によりけりとされているから、治癒魔術を試すのもアリなのかもしれないとダリア姉さんと視線を合わせる。
「アルバトロス王とアルバトロスのお偉いさんたちが資金を出してくれたから、割と、というか凄く良い素材を使ってドワーフの職人が鍛えたものになるわ」
そういえば陛下から頂いた目録に目を通すと、お世話になった方たちの名前が記されていた。アリアさまのご実家であるフライハイト男爵家とエーリヒさまのご実家であるメンガー伯爵家に、何故か東のアガレス帝国であるウーノさま個人の名もあった。他にも名前を上げるとキリがない。後ろ盾の二家は当然のように記されていたし、教会に所属している方の名前もチラホラあったし、本当にどれだけの方が錫杖制作に関わったのか。
「ナイちゃんとナイちゃんが認めた者以外が触ると……」
ダリア姉さんが勿体ぶって言葉を一度止めた。
「触ると?」
「どっかーん! もしくは、しおしおになるからね~」
私がダリア姉さんに鸚鵡返しをすると、今度はアイリス姉さんが両手をワキワキさせながら大きな声を上げた。どっかーん、て触った人は爆発四散してしまうらしい。もしくは杖に魔力を取られて、しおしおになり動けなくなってしまうようだ。
物騒だなと手元の杖に視線を落とせば、施された魔石がキラリと光る。レダとカストルのように魔力を貯め込んで、お喋りし始めないよねと不安になりつつも、陛下から頂いた品なので紛失なんて以ての外である。奪われないように対策を取ってくれているなら有難いと考えを改めた。亜人連合国の皆さまも杖の作成に関わってくださり、いろいろと面白い仕掛けを組んでいるので楽しみにと教えてくれた。
そうして亜人連合国の方々と別れて、夜にお城で開かれる夜会に参加するために一度子爵邸に戻るのだった。
夜、アルバトロス城。
子爵邸で一度着替えを済ませて、アルバトロス城へもう一度向かう。向かうといっても転移での移動なので時間も手間も掛からない。豪華なホールに足を踏み入れると、先にいたお貴族の皆さまが私に視線を向けた。
いきなりで驚くけれど、新参者だから仕方ないと適当な位置に足を進めて主催者である陛下の登場を待つ。陛下との挨拶を終え、公爵さまと辺境伯さま方にも挨拶を交わし彼らと親しい方の紹介を受ける。
どんどん顔が広がっていくなあと感心していると、私に声を掛けたい方たちが視線を送ってくれている。向こうからは声を掛けられないようで、遠巻きにこちらを見ているだけだ。ソフィーアさまとセレスティアさまから、そういう視線は無視で良いと教えてくださっているので無視を決め込む。
「挨拶回り、ようやく終わった……」
ようやく終えた挨拶回りに私は長い息を吐く。ソフィーアさまとセレスティアさまが苦笑いをしているが、特になにも言われないので挨拶回りに問題点はなかったようだ。これから先もお貴族さま生活が続くけれど、円滑な領地経営を行うには挨拶回りも大事である。役目は終わったから美味しい料理にありつこうとすると、子爵邸メンバーに笑われる。
「いつものことだが、本当に良く食べるな、ナイは」
「やるべきことは終えたのですから、楽しみもなくては」
くつくつと笑うソフィーアさまとセレスティアさまに、ジークとリンは黙って笑うのみ。私が食い気を発揮すると、みんなに笑われるのもいつものことだなと軽食コーナーへと足を運ぶ。
美味しいお料理を堪能していると、陛下からの解散宣言を受けて子爵邸に戻ることになった。ソフィーアさまが珍しく、お城の廊下を歩いている途中で別れたのだが、どうやらリーム王の付き人としてやってきているギド殿下の下へ足を運ぶようだ。邪魔しては悪いと快く彼女の背を見送って、帰路へと就くのだった。