魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0461:王都の元公爵邸。

 建国祭が終わって数日後。

 

 少し時間に余裕ができ、王都にあるアストライアー侯爵家のタウンハウスへ見学に行こうとなった。これから職人さんにお願いして改修作業に入るのだが、その前に規模を把握して新たに雇う使用人の皆さまの人数やら、新たに購入する予定の家具の配置等を決めるためである。

 

 子爵邸で役職が高い方たちも一緒に赴いており、辿り着いた馬車回りから私は降りた所だった。後ろにも子爵家の使用人さんたちが使う馬車が止まり、家宰さまと侍女長さんや料理長さんがぞろぞろと降りてくる。今回はエルとジョセとルカとジアにポチとタマ、グリフォンさんも一緒にきている。

 

 私が侯爵邸に移れば彼らも一緒にきたいと望んだため見学に行くかと声を掛ければYESと声が返ってきた。ロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちもいるのだが、お猫さまだけは興味がないようで振られてしまった。ジルヴァラさんは『新居に移る際を楽しみにしています』と言い残し、子爵邸のお掃除に精を出してくれている。

 

 「広いですね……別棟もありますし、使わない部屋がたくさんありそうです」

 

 部屋がたくさんあっても使わないなら勿体ないの一言に尽きる。本邸の他にも別棟がいくつか建てられて、別棟だというのに割と広い。下賜された錫杖を抱え、私のお腹の所にある卵さんを撫でながら建屋を見上げる。

 

 『子爵邸より大きいねえ』

 

 馬車回りから侯爵邸の外観を見上げる。子爵邸より何倍も大きいし、庭も凄く広いのだ。庭師の方を何人雇えば賄えるのだろうとか、使用人さん方を何名増やせば運営できるのだろうか。

 クロも子爵邸より更に広い侯爵邸に驚いているようで、私と一緒にお上りさん丸出しだった。ジークとリンも驚いているものの、ハイゼンベルグ公爵邸を知っているため『侯爵家だからな』『侯爵が狭い屋敷に住むわけないから』と言いたそうな感じだ。

 

 「ナイにとっては広いか。別館は食客がいれば、そこで囲ったりしているな。他にも長期滞在をする客に開放したり使い方はそれぞれだ」

 

 ソフィーアさまが苦笑いを浮かべながら教えてくれた。夫婦で愛人をそれぞれ別棟で囲い、公認不倫しているお貴族さまもいるらしい。気に入った絵描きや職人を招き入れて、生活を支援することもあるそうだ。

 

 「広さはそのうち慣れてしまいますわ。とりあえず玄関に参りましょう」

 

 セレスティアさまが屋敷の中へ入ろうと私たちを先導する。玄関の扉もかなり大きいし、ハイゼンベルグ公爵家と遜色ない造りだ。本当に侯爵位を手に入れたのだなあとしみじみしていると、侍女長さまと家宰さまが玄関の大扉を開いてくれた。

 

 「広い……」

 

 私はまた同じ言葉を吐き出して、正面にある階段を見上げて天井から吊るされた大きなシャンデリアに視線を向けた。シャンデリアが落ちたら一体いくら損失することになるのだろうか。

 新しく買い直せば、凄くお金が掛かりそうである。シャンデリアを繋いでいる鎖や金具に問題がないか調べて頂こうと、小市民丸出し根性が発揮されそうだった。

 

 「……でも」

 

 『凄い絵だねえ……良いのかな?』

 

 クロが首を傾げているが、個人的に、いや普通の感覚の持ち主であれば良くないと判断しそうである。でも美術品だから評価する方がいてもおかしくはない。おかしくはないのだが、玄関を入って直ぐ正面の階段を上がった先に『どどん!』と裸婦が描かれた大きな絵を飾るのは如何なものだろうか。下は隠してあるけれど大きな胸が立派にはっきり描かれていて、ぽっちゃり系の美人さんなのだが、元屋敷の主の趣味なのかは分からない。

 

 「正面のアレはないな。まあ、個人的にだが……」

 

 「わたくしもソフィーアさまと同じ意見です。美意識を疑いますわ。竜やフェンリルの絵を飾ればよろしいのに」

 

 微妙な顔で裸婦が描かれた絵を見上げるソフィーアさまと、鉄扇を広げて口元を隠しながら目を細めたセレスティアさま。確かに裸婦の絵画より竜が描かれた絵を飾った方が様になりそうである。ふいに家宰さまが大きめの手帳を持って私と視線を合わせると、にこりと彼が笑みを浮かべ口を開く。

 

 「ご当主さま、どういたしますか?」

 

 「売却で」

 

 家宰さまの問にすぱっと答えた私は、裸婦の絵は一体いくらで売れるのだろうかと首を捻る。今回屋敷を賜るにあたって、残っている装飾品や家具は自由に処理して構わないと伝えられている。なので売り払っても使い続けても問題はなく、目の前の裸婦の絵は売り払うことにした。

 私の趣味ではないし、屋敷に戻ると真っ先に裸婦の絵が目に入るのは気分的に頂けない。テンションが上がる方もいるかもしれないが私は下がる。裸婦の絵によって少し話が逸れたと、一緒に屋敷に赴いている侍女長さんや料理長さんに私は視線を合わせた。

 

 「では、それぞれの持ち場にお願いいたします」

 

 「はい。では行って参ります」

 

 「行ってきますね、ご当主さま」

 

 侯爵邸はかなり広いため、侍女さんたちや下働きの方々に料理長さんには各自の持ち場の状況を確認して頂く。不要なものをリストアップして頂き、私が売り払うか残すかの最終判断を下す。足りない物があれば申請して頂くし、今日だけで終わることはないだろう。

 引っ越しにはまだ一年近く時間を要するので、ぼちぼちと進めていく予定である。子爵邸より随分広いし、玄関ホールを見渡すと美術品も点在していた。上階の居住区に辿り着くには、どれくらいの時間が掛かるだろうと歩を進め始めると、私の影の中から毛玉ちゃんたちが出てくる。ぴゅーと走り出して、ぎゅっと脚を止めてUターンする毛玉ちゃんたち。

 そうして私の前に五頭並んで顔を上げ私を見ているけれど、一体どうしたのだろうか。ヴァナルも私の影から顔だけを出して、毛玉ちゃんたちを見たあと私を見上げる。

 

 『広いから、遊びたいって』

 

 毛玉ちゃんたちが影から出てきた理由をヴァナルが教えてくれた。どうやらお屋敷の広さが気になって見学をしたいらしい。ばふばふと尻尾を振る毛玉ちゃんたちを見ると、前脚を器用に動かして足踏みしているから本当に遊びたいようだ。

 

 「遊ぶものがないけれど……一緒にお屋敷を見学する? それとも好きに見て回る?」

 

 少し背を丸めて毛玉ちゃんたちと視線を合わせると、雪さんたちも私の影から顔だけを出した。

 

 『主殿と一緒に見学をしたい仔と遊びたい仔に分かれていますね』

 

 『見える範囲であれば問題ないでしょうか』

 

 『好きに見て回るのは仔たちが問題を起こしそうですが』

 

 こてんと首を傾げながら考える様子を見せた雪さんたちは毛玉ちゃんたちを見て、大丈夫かと問うているようだった。遊びたいと訴えて鼻を鳴らしている毛玉ちゃんたちは、今にも走り出しそうな勢いである。

 

 「うーん。毛玉ちゃんたちなら物を壊すことはないかなって。怪我だけしないように気を付けて貰えば良いかな。あと、この場にいない方がいるから驚かせないように……くらいかな」

 

 新しい環境下だから毛玉ちゃんたちの好奇心を刺激しているのだろう。少し悩んだ様子を見せた雪さんたちは許可を毛玉ちゃんたちに出したようで、桜ちゃんと楓ちゃんと椿ちゃんが一気に階段を昇った。松風と早風は私たちと一緒に動くようで、ぴったりと私の横に付いて『どこ行くの?』と問うように顔を上げた。

 

 「じゃあ、二階に上がって執務室に行ってみようか。その後は当主の部屋を見てみよう」

 

 ヴァナルと雪さんたちが顔を引っ込めるのを横目で確認しながら、松風と早風に声を掛ければ桜ちゃんたちが戻ってきた。忙しいなあと笑えばクロも私と同じことを考えたようだ。

 

 『みんな元気だねえ』

 

 「クロは興味ないの?」

 

 ふふふと笑うクロの顔を私は見る。

 

 『興味はあるよ。ナイの肩の上にいれば一緒に見れるから問題ないでしょ』

 

 どうやら自分で飛んで見て回る気はないようだ。この辺りクロは凄くおっとりしているというか、なんというか。それぞれに個性が出ていて面白いなあと、みんなで一緒に階段を上る。

 裸婦を描いた大きな絵画の前に立つと、本当に大きいなあと感心しつつ見上げる。絵の隅にはサインが入っているから画家さんが描いたものだろう。一体いくら値が付くかなあと、また考えて二階の廊下を進み始めた。廊下には大きな壺や甲冑、壁には絵画が飾られている。要らないものと要るものを家宰さまに告げながら執務室を目指す。

 

 「ここかな?」

 

 「ああ、図面によるとこの部屋が当主用の執務室だな」

 

 重厚な扉の前に立ち声を上げるとソフィーアさまが教えてくれた。渋い色の扉の奥にはどれだけ広い執務室が広がっているのやらと、ドアノブに手を掛けて部屋の中へと進む。

 

 「広い……」

 

 なんど同じ言葉を言えば済むのだろうか。窓際にどっしりとした机が備え付けられており豪華な椅子もある。応接用のソファーも立派な物だし、本棚やワインセラーまで置いてあった。

 

 「仕事に必要ないものもありますが……」

 

 「ワインセラーは普通にあるぞ。仕事終わりに一杯、という方も多いな」

 

 私がワインセラーを見ながら呟くと、ソフィーアさまが教えてくれた。どうやらワインセラーや酒棚がない方が珍しいとのこと。公爵さまの執務室も普通に置いてあるそうで、仕事終わりに一杯煽るのは問題ないそうだ。確かに王都の街中では昼間から酔っている方を割とみるので、この世界はお酒に寛容らしい。ワインセラーの前に立って中身を見るが、銘柄を読んでもさっぱり分からない。

 

 「流石にお酒の価値はわたくしには分かりませんわ」

 

 「良い品ですよ。私にとっては、ですが」

 

 セレスティアさまもワインセラーを覗き込んでいるが、お酒の良さは分からないようだ。唯一、この部屋にいる面子でお酒を嗜む家宰さまが教えてくださった。

 

 「どうしましょうか……私はお酒は飲まないので家宰さまが持って帰りますか? 子爵邸の皆さまに振舞っても良いかもしれませんね」

 

 本当にどうしよう。お酒に興味はなく、飲む気もないから味を理解できる方が楽しめば良いと家宰さまに提案してみた。

 

 「え?」

 

 「それか料理酒として料理長さんに提供するか、でしょうか」

 

 目を真ん丸にしている家宰さまだから、ワインは結構な価値があるのだろう。でも私が持っていても飲まない。

 

 「お、お待ちくださいご当主さま。それならば、このまま寝かせておきましょう。更に価値が上がる可能性もあります」

 

 家宰さまが随分と慌てているので、流石に料理に使うのはもったいないのだろうか。私が好き勝手に決めるとあとで問題に発展することが多々あるので、家宰さまの指示に従っておくべきかとワインは売らないし子爵邸の皆さまに振舞う話はナシとなる。

 

 そうして執務室で要るものと要らないものの選別を終えて、次は当主部屋へと足を向ける。歩いている廊下の横幅が広いし、長さも子爵邸より随分と距離がある。

 また『広い』と呟けば、遊びに出ていた桜ちゃんたちが戻ってきて、毛玉ちゃんたちみんなでワラワラと部屋を探検し始め、とある位置で立ち止まり五頭一斉に鳴き始めた。一体なんだろうとみんなで顔を見合わせて辺りを探ると、隠し部屋が見つかった。隠し部屋は誰にも気づかれなかったのか、王家の手は入っていないようで元のままのようだ。趣味で集めていたであろう本が沢山並び、一冊を手に取ってざっと読み進めてみる。

 

 「…………エロ本じゃん!」

 

 床に叩きつけたくなる衝動を抑えて、これ全て官能小説なのと頭を抱えるのだった。

 

 ◇

 

 侯爵邸で見つけた隠し部屋にあった『エロ本』という言葉を説明する羽目になる。しかも以前私が『エロゲ』と口にしていたから、記憶の良い方々は覚えていて誤魔化せない。素直に官能小説のことですと伝えると、ソフィーアさまは右から左へ視線を流し短く『そうか』と言い、セレスティアさまは無言を貫いた。

 

 家宰さまは微妙な雰囲気で妙なことを口走れば男である自分は顰蹙を買うと理解しているようで、彼もセレスティアさまと同じく無言を通した。ジークも家宰さまと同じ様子だし、リンはいつも通りだった。隠し部屋を見つけた毛玉ちゃんたちは、五頭並んでドヤ顔を披露していたので確りと頭を撫でておく。

 エロ本を男性陣に配っても良いが女性の目もあるので素直に処分した方がいいだろう。そして、この部屋をなにに使おうか……図書室は別にあるし、タンス預金部屋にしても意味がないし、お野菜の貯蔵庫にも向かない。使い道が見つからないと、頭を捻りながら部屋からベランダに移動する。

 

 中庭を見渡せるベランダは広くて、陽差しが良く当たる場所になっている。日照時間も計算されて当主部屋が配置されたのだろうと、青空から見えるお陽さまを見上げて視線を庭へと移す。そこにはエルとジョセとルカとジアにポチとタマにグリフォンさんが、きょろきょろと庭を散策している。エルとジョセが私に気付いたので、ベランダから手を振ればルカとジアも見られていることに気付いて嘶きを上げ、ポチとタマも翼を広げてアピールしている。

 グリフォンさんはそんな彼らを愛おしそうに見ていた。卵さんは私のお腹の所にいつもいるが、最近大きな変化はない。いつ卵から孵るのかとグリフォンさんに質問すれば、いつも托卵していたから分からないと仰る。確りと二つの魔力を感じることができるので生きているが本当にいつ孵るのやらとお腹を撫でる。

 

 「広いお屋敷は幻獣のみんなには良いね」

 

 侯爵邸の規模を知ると子爵邸が本当に狭く感じてしまう。現にルカとジアは庭を凄い勢いで駆け回り追いかけっこをしているが、子爵邸の庭より走っている時間が長い。ずっと子爵邸で暮らしているから野生の天馬さまより体力が劣ってしまうのではと心配だった。こちらに引っ越せば少しは運動不足が解消されそうだと目を細める。

 

 『子爵邸と比べると随分と広いねえ。エルたちは過ごし易くなるし、竜のみんなが降り立てる場所があると良いなあ』

 

 クロが私の肩の上で口を開いた。庭にエルたちの厩舎とポチとタマの寝床にグリフォンさん用の建屋も必要だなあ。馬車を引く馬のための厩があるので、近くに備えれば良いだろう。

 見栄えが悪くなってしまうので厩はお屋敷の裏手にあるが日中は自由に庭を闊歩できる。もし天馬さまと竜さんたちとグリフォンさんが増えることもあるだろうかと考えが過るが、今でも一緒に過ごしているのだから一頭二頭増えたところで変わりない。なるようになるさと心を決めれば他の問題が頭に過る。

 

 「庭の手入れや、お掃除は大変そうかな。使用人さんの数は凄く多くなりそうだなあ」

 

 何度でも言うが庭とお屋敷の規模が子爵邸と段違いである。使用人の皆さまは毎日掃除に明け暮れていそうだし、部屋から部屋を移動するのも大変である。使用人の皆さまは大変だけれど、個人的に図書室や調理場の規模が大きくなることは嬉しい。

 子爵邸の図書室もそろそろ蔵書量に限界を迎えていたので、本の選定を行って空き棚を作ろうと皆さまと話していた所だ。屋敷の所有権は私に移譲されているので、いつきても大丈夫だから本だけ図書室に置いていくということもできる。

 

 「侍女の数も増えるし、雑務を引き受ける者も多く雇わないと屋敷を維持できないだろうな」

 

 「来客もあるでしょうから、対応できる者を雇いませんとね」

 

 「最初は慣れないでしょうが次第に慣れますし、ご当主さまは皆に命を下せばよいだけです。頑張りましょう」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまの声に返事をして侯爵邸を去るのだった。

 

 ◇

 

 どうして俺はまた共和国に足を踏み入れているのだろう。

 

 仕事だから文句はないが、外務卿であるシャッテン卿と一緒に共和国へ入国していた。移動手段が乏しいため、アルバトロス側が動くことになったのだが……今、目の前で起こっている状況に顔が引き攣っている。共和国の大統領官邸に手厚く招かれた俺たちは来賓室に案内され、直ぐに共和国のトップが俺たちの前にやってきた。

 

 「このような事態を引き起こしてしまい本当に申し訳なかった。まさか研修生の中に黒髪黒目のお方を利用する者が現れるとは……」

 

 大統領閣下の開口一番が今の言葉である。ぐっと歯を食いしばって事態を重く捉えている共和国の大統領閣下は、俺たちに平身低頭に頭を下げている。一国の王であれば頭を下げることを躊躇うが、共和国は王政制度を取っていない。そのためか、彼らは謝るべきときには頭を深く下げても問題ないようだ。

 

 「大統領閣下、頭をお上げください」

 

 シャッテン卿が真面目な顔と声のトーンで大統領閣下に語り掛ける。今回は流石に俺だけでは対処できないと外務部の長であるシャッテン卿が指揮を執る。俺は後学のためと、前回共和国を訪れているので相手側も多少は安心するだろうという配慮だ。

 隣には緑髪のユルゲンが少し緊張した様子で控えている。俺もユルゲンも外務部に配属されたばかりなのに、大陸を越えて出張するなんて考えていなかった。まあフィーネさまに送る話のネタにはなるから有難いことだ。

 

 「本当に申し訳ない」

 

 「黒髪の聖女さま……アストライアー侯爵閣下とヴァレンシュタイン男爵閣下は今回の件を共和国へ抗議する予定はないと仰っております。ですがアルバトロス王国としては面子を潰された形となりますので、共和国側の誠意を見せて頂きたいのです」

 

 問題を引き起こした女性の話を共和国へ通せば直ぐに謝罪の書状が届いている。ナイさまも魔術師団副団長であるヴァレンシュタイン卿も共和国を責める気はないそうだ。

 女性を許すと言わない辺り良く考えているし、仮に女性が反省して謝りたいと申し出ても突っぱねる気なのだろう。ナイさまもヴァレンシュタイン卿も共和国の研修生をアルバトロス王国に受け入れて、治癒師を輩出させることを潰したくないようだ。

 

 「なにをご用意すれば良いのか……」

 

 「では、こちらを。アルバトロス王国と周辺国や西大陸で起こった貴族に関する出来事を綴っている書物となります。貴国に貴族制度の怖さを記した話を、今後アルバトロス王国へ向かうであろう研修生にこちらを読んで頂きたいのです」

 

 ふふふと笑うシャッテン卿に大統領閣下がごくりと息を呑む。アルバトロス王国から共和国に赴く間、興味があってシャッテン卿が大統領閣下へと差し出した本を読ませて頂いた。平民と貴族の違いを脚色もなく事実そのまま描いているそうで、割とえぐい内容もあった。

 女性が読むには少々気が引けるが、文化の差でアルバトロス王国や貴族制度を採用している国を理解できないなら目を通すべきだ。そして、貴族が平民に舐められてしまえば終わりだということが彼ら彼女らに届くと良いのだが。

 

 「承知した。我々も内容を確認させて頂いても?」

 

 「勿論ですとも。読んで頂いても文化の違いが理解し辛いならば、使いの者を派遣して訥々と貴族の怖さを語ることもできますので」

 

 怯む大統領閣下とにこりと笑みを浮かべているシャッテン卿。どうにか大事な話は合意に至ったと俺は小さく息を吐く。今回は貴族制度を共和国側に深く理解して頂くために赴いた。共和国上層部は今回の件を重く受け止めてくれており話は恙なく進んだ。黒髪黒目信仰があるからナイさまに嫌われたくないのか、揉めないで済むのは有難い。

 

 「さて、件の彼女は反省しておりますか?」

 

 問題を引き起こした女性はアルバトロス側からも共和国側からも責められ、なにが問題だったのかを教え込み共和国へ送還されている。彼女は始終不貞腐れていたままで、共和国に戻ったと聞いているが反省したのであろうか。

 自分を省みることができれば立ち直るチャンスはある。再評価されてアルバトロスに研修生としてまたくることもできるのだ。

 

 「……いいえ。両親はしきりに反省を促すと言っておりますが、報告では『どうして私が!』と部屋で叫んで暴れているようです。今回の件で彼女の家の評判はガタ落ちですので、いずれ破滅するでしょう」

 

 どうやら評判が落ちれば富裕層から貧民へと落ちてしまうそうだ。今まで下に見ていた相手と一緒になってしまえば、自尊心の高い彼女の心は持つだろうか。ある意味自分で自分を罰しているの状況なので、それに気付けば少しは状況がマシになるだろうが……。

 

 「結果に納得しておられませんか。立ち直る機会はあるというのに残念なことです」

 

 本当に残念である。ナイさまの過去を知らぬまま暴言を吐いたのだから致し方ない。せめてナイさまの過去を知った上で関わっていれば、状況は変わっていたのではないだろうか。それとも貧民出身の成り上がりだからと、煙たがってしまうのだろうか。たられば話を考えても仕方ない。今は自分の仕事をきっちりとこなさなければと意識を集中する。

 

 「不快な話しかできず、本当に申し訳ない。なにか共和国でできることがあれば良いのだが……」

 

 「ふむ。ベナンター卿、なにか良い手はありますかな?」

 

 再度頭を下げる大統領を見たシャッテン卿が俺に案を求める。いきなりのことで驚くも、ここで驚いた姿を見せれば失礼に当たる。ぐっと堪えて思考を走らせた。

 共和国からアルバトロス王国に向けての賠償は決定している。では今この場で求められているのは、ナイさまとヴァレンシュタイン卿に対しての償いであろう。ナイさまとヴァレンシュタイン卿が喜ぶもの……と少し頭を捻る。

 

 「アストライアー侯爵閣下には美味しい食べ物や、珍しい野菜に果物が喜ばれましょう。ヴァレンシュタイン卿は……そうですね、魔術に関することであれば喜ばれそうですが……魔獣や幻獣についての情報でも喜ばれるでしょう」

 

 大統領閣下が少しだけ柔らかい顔になり、ナイさまに向けて贈る品を頭の中で選んでいるようだ。美味そうに食べているナイさまの姿を幻視できるのだが、実際に美味そうに食べるのだろう。俺もまたお土産にチョコレートを選ぶつもりだが、甘くないチョコレートを探す予定である。チョコレートであれば日持ちするし、フィーネさまにも贈る予定である。

 

 「黒髪黒目のお方には共和国の特産品を沢山贈りましょうか。しかしヴァレンシュタイン卿の望みとなると難しいですね……」

 

 やはり大統領閣下はナイさまに贈る品は即座に決めたようだ。少しでも彼女が喜ぶと良いのだが、ヴァレンシュタイン卿へ贈る物が難しい。共和国に魔術の知識は皆無だから、大統領も考えあぐねているようだ。

 

 「共和国の方々は魔術の知識を持っておりませんから、魔力持ちの方を見つけ研修生を送ることでも彼であれば喜ぶかと。事実、今回の研修に積極的に参加なされていますから」

 

 シャッテン卿が俺の言葉を補足した。教会主導であるのに魔術師団副団長として研修生に積極的に関わっている。魔術の知識がない成人が珍しいから、成長した大人に魔術を扱えるのかどうかと考えていそうである。

 ナイさまに魔術師団に引き籠っていた魔術師を紹介したと話が出回っているし、ヴァレンシュタイン卿の考えていることはイマイチ分かり辛いが……とりあえず魔術に関することであれば問題はないだろう。

 

 「そうですか。しかし研修制度を続けて良いものなのか……」

 

 「アルバトロス王は一期生の結果を見て継続の可否を下したい、と。ですので今後の皆さま次第とお伝えしておきます」

 

 共和国もあんな女性が紛れ込んでいるのは想定外だったのだろう。猫を被っていれば見破るのは難しい。そんな手合いの者にも対処できるようになにか策を考えなければと、暫くの間共和国の方々と来賓室で意見を出し合うのだった。

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