魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
てんやわんやの日々を送っていれば、アガレス帝国の戴冠式を明日に迎えていた。
亜人連合国からはディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんが参加し、聖王国からは大聖女であるフィーネさまを代表としてアリサさまとお偉いさん方数名が大陸を渡り、アルバトロス王国からは王太子殿下と王太子妃殿下とエーリヒさまと私たちアストライアー侯爵家の皆さまが参加する。
「では行こうか」
「はい、よろしくお願いします」
アルバトロス王都の外にある広い野原で赤竜さんと緑竜さんと青竜さんが集まり、ディアンさまとベリルさまダリア姉さんとアイリス姉さんとアルバトロス王国組がいそいそと竜のお方の背に乗る。
相変わらず、一人で巨大な赤竜さんの背の上には辿り着けないので、ジークとリンの手を借りている。錫杖を抱えているので致し方ないが、私の様子を見てクスクスと笑うダリア姉さんとアイリス姉さんに口をへの字にしながら視線を向けると、彼女たちはひょいひょいと軽い足取りで竜さんの脚やでっぱりを使って登ってきた。
王太子殿下もひょいと登りながら妃殿下をエスコートしている。なんで私だけ運動音痴なのやらとぷーと頬を膨らませていると、エーリヒさまも上がることが難しいらしく近衛騎士さまの手を借りて上がっていた。仲間がいて良かったと青竜さんと緑竜さんたちに視線を向けると、アルバトロスの官僚組も近衛騎士さま方の手を借りているのでひょいひょい登れる彼らが特殊なだけである。
「毛玉ちゃんたちも単独で上ってる……」
毛玉ちゃんたちがひょいひょいと赤竜さんの背を登ると、肉球に伝わる竜のお方の鱗の感触が独特なのか歩き方が妙なことになっている。いつもより長く脚を上げながら身体を大きく揺らして、困り顔でひょこひょことらこちらへきた。何度か経験しているはずなのにいまだに慣れないようだ。
そんな毛玉ちゃんたちをヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは『良い経験』『まだ慣れませんか』『慣れないようですねえ』『仔たちの感性が育つと良いのですが』と微笑ましく見守っている。
「子供でも魔獣だ。ナイが気にすることはないんじゃないか?」
「ナイはそのままで良いよ。兄さんと私が手伝ってあげるから」
そっくり兄妹が私にフォローを入れてくれるが成長できないのは少々悲しいので、いつかは一人で上がってみようと決意した。いつかが『いつ』になるか分からないけれど頑張ってみよう。そうしてくるりと体を返して、目的の人物を見つけて歩を進める。
「エーリヒさま、共和国のお土産ありがとうございました。チョコレート、凄く美味しかったです」
他の方もいらっしゃるが公式な場とは言い辛いし、亜人連合国の皆さまだけであれば呼称を気にする必要はなくいつも通り気楽に彼に声を掛けた。
「気に入って頂けたなら良かったです。最初にお渡ししたチョコレートは甘過ぎたので、砂糖控えめのチョコレートを探してみました」
私にエーリヒさまがやんわりと言葉を返してくれると、ダリア姉さんとアイリス姉さんが私の横に立つ。エーリヒさまは予想外の出来事に少し驚いた様子を見せたものの、直ぐに普通の態度に戻った。エーリヒさまは感情の制御が上手いなあと感心しつつ、ダリア姉さんとアイリス姉さんに顔を向ける。
「ちょこれーとってなに~?」
「聞き慣れない名前ね。ナイちゃんのことなら食べ物関連でしょうけれど……」
お二方の隣にポチとタマも立って『ちょこれーと?』『食べ物?』と首を傾げながら話を聞こうとしている。今回子爵邸で一緒に過ごしているエルとジョセとルカとジアも一緒にアガレスに渡って、滞在期間中はお仲間探しにアガレス帝国をウロウロしてみるそうだ。
グリフォンさんも彼らの話を聞いてやる気になって、護衛を兼ねて一緒にグリフォンさん探しもするとのこと。見つかると良いなと願いながら、問われたことを答えようと口を開く。
「カカオという植物から作られるお菓子ですね」
そういえばチョコレートの作り方なんて知らないなあとエーリヒさまを見ると、彼は片眉を上げながら小さく笑う。
「製法がかなり根気が必要で作ることが難しいですが、共和国は工業技術が西大陸より発展しているので生産できるのでしょう」
エーリヒさまはそう言ってダリア姉さんとアイリス姉さんとポチとタマに作り方を簡単に伝えた。お味噌やお醤油の作り方も知っていたし、食べ物関連の知識が豊富である。もしくは私が食べ物関連の作り方を知らないだけか。どちらかは分からないがエーリヒさまの知識は有難いものだ。私だけではできないことや知らないことを補ってくれるのだから。
「興味あるわね」
「美味しいの?」
「共和国の品なので彼の国から取り寄せなければなりませんが……味見なら私が買い付けた品が少し残っているので、亜人連合国の領事館にお送りできます。如何なさいますか?」
チョコレートはダリア姉さんとアイリス姉さんの興味を引いたようだ。私はお土産のチョコレートは直ぐに消費してしまったし、お二方におすそ分けはできない。エーリヒさまはまだ残っていたようでお二人に提案した。
「あら、良いのかしら?」
「わ~ありがとう。なにかお礼をしないとね」
エーリヒさまは亜人連合国へチョコレートを送ることが確定したようだ。時間があるならアガレスから共和国に渡ることもできるけれど、竜のお方が赴けば騒ぎになるに違いない。まあ、外務卿さまとエーリヒさまが訪れた時点で飛竜便を利用しているけれど……。
仮にエルフの皆さまの間でチョコレートが流行ってくれるなら、新しいものが生まれるかもしれないしこっそり期待しておこう。ふふふと笑う機嫌の良いお二人を見ながら、私もこっそり機嫌を上げるのだった。
「そろそろ飛ぶぞ。気を付けろ」
「ええ」
「は~い」
ディアンさまが声を上げるとダリア姉さんとアイリス姉さんが声を上げた。落ちないようにと身体に少し力を入れると、私の傍にいるジークとリンが気が付いて『大丈夫か?』『落ちないようにちゃんと見ているからね』と教えてくれる。
いつも二人には助けられてばかりだなあと『ありがとう』と伝えると、ジークは柔らかく笑ってリンはへへへと嬉しそうに笑う。ダリア姉さんとアイリス姉さんが私たちを見て『相変わらず仲が良いわねえ』『本当にね~』と仰り、ディアンさまとベリルさまが『良いことだ』『ええ、本当に』と告げポチとタマやグリフォンさんたちと話し始めた。そうして彼ら四人は王太子殿下と王太子妃殿下へと顔を向ければ、少し緊張した様子で殿下と妃殿下が小さく頭を下げる。
「そう畏まらなくて良い。アルバトロス王には世話になっている。これからもよろしく頼む」
「代表殿、長距離移動の際はお世話になっております。末永く貴国と我が国との関係が続くよう微力ではありますが努力致します」
ディアンさまと殿下が挨拶を交わすと少しばかり政治の話になっていた。私は話に耳を傾けながら、共和国に辿り着くまでゆっくりしていようとヴァナルの頭を撫でていると雪さんたちと毛玉ちゃんたちも撫でろと主張する。
羨ましそうに見ているエル一家とポチとタマにグリフォンさんの視線に晒され、順番だからちょっと待って欲しいと視線で訴えておいた。アズとネルはディアンさまの肩に乗ってみたり、ベリルさまの角の匂いを嗅いだり、赤竜さんと竜語で話したりと忙しない。子爵邸で過ごしているとどうしても同族の方と接する機会が少ないので、今回は良い体験となるだろう。和やかに交流を深めながら私たち一行は聖王国を目指す。
――数時間後。
聖王国に辿り着く。首都である聖王都の外に大聖女さまであるフィーネさまご一行が私たちを待っていた。本当は聖王国ご一行さまがアルバトロスに転移でくる予定だったが、偶には竜の皆さまと交流があることを示したいとディアンさまの提案でアルバトロス王国から聖王国へと向かい彼らを拾って東大陸へ旅立つことになる。
大きな竜のお方が三頭降り立てば流石に狭く、ぎゅうぎゅうに詰まっているような感じがする。挨拶もほどほどに聖王国のフィーネさまご一行はそれぞれ竜のお方の背に乗って早々に飛び立つ。
「皆さま、お久しぶりでございます。此度は聖王国までご足労頂き感謝致します」
「いや、気にしないでくれ。出会いは酷いものだが君たちは立ち直った。これからも良い関係でいたいものだ」
フィーネさまとディアンさまが挨拶を交わし、同行しているアリサさまも頭を下げていた。脅してすみませんでしたと平謝りしたいが、空気をぶち壊すだけなので止めておく。空の上での軽い会談を終え、フィーネさまがとことことこちらに足を進めた。
「お久しぶりです、ナイさま! エーリヒさまも久しぶりです。アルバトロス王国の学院を卒業して三ヶ月しか経っていませんが、なんだか凄く懐かしい……ナイさま、本当にグリフォンや孵った竜と一緒にいるのですね」
彼女とは手紙のやり取りで近況を報告している。侯爵位を賜ったこと、錫杖を下賜されたこと、子爵邸に新たな面子が加わったことは手紙を通して知っている。グリフォンさんの卵が増えて私のお腹に抱えているのも知っているので、彼女の視線が私のお腹の所に刺さっていた。
「増えていますが特に困ることもないので、良いかなあと」
フィーネさまが興味を持っていることを察知したのかポチとタマとグリフォンさんがこちらへやってきた。こてん、こてんと顔を傾げながらフィーネさまを見るポチとタマと、彼女と視線を合わせようと脚を屈めたグリフォンさんに彼女が少し驚く。
「ナイさまが問題視していないのであれば良いことかと。毛玉ちゃんたちは相変わらず可愛いですし、小さい竜さんたちも可愛いので。あ、聖王国で大聖女を務めているフィーネ・ミューラーと申します。よろしくお願いしますね」
フィーネさまが毛玉ちゃんと声にしたので、耳の良い毛玉ちゃんたちがワラワラと彼女に寄って『撫でて!』と主張している。彼女はポチとタマとグリフォンさんに視線を向けたまま、少しだけ背を屈めて毛玉ちゃんたちに手を伸ばした。
撫でてくれると察知した毛玉ちゃんたちは器用にフィーネさまの手にすり寄り、指を動かして貰うと気持ちよさそうな顔になっている。時折、フィーネさまの指が毛玉ちゃんたちのツボに入るとだらしのない顔になるのが面白い。
『ボク、ポチ! 聖女さまに名前貰った!』
『タマだよ! 可愛い名前貰った!』
ポチとタマが『嬉しいな~』『強くなった~』と目を細めながらフィーネさまに顔を近づけて、毛玉ちゃんたちと同じように撫でてと主張している。そんな二頭を見ているグリフォンさんもフィーネさまに声を掛ける。
『まだ名前はないですが、ナイさんからはグリフォンさんと呼ばれています。よろしくお願いしますね、フィーネさん』
「改めて、よろしくお願い致します……ナイさま、どうしてそのような名前を。あとグリフォンさんに名前つけてあげなくて良いのですか?」
フィーネさまがジト目でこちらを見るので経緯を話しておく。エーリヒさまも何故ポチとタマと名付けたのか不思議なようで私の声に耳を傾けていた。まさかポチとタマという普遍的な名前が竜さんたちにとても気に入るなんて考えていなかったのだ。グリフォンさんは今の所グリフォンさんで困っていないし、グリフォンさん自身も名前を付けてと欲しいとお願いされないのでグリフォンさんで定着してしまった。
「なるほど……世界の違い故に、ありきたりな名前が彼らには素敵な名前に聞こえると。卵さまが孵ると分からなくなるのでは……?」
「竜のお方が気に入っていて亜人連合国の皆さまが問題ないのであれば良いのではないでしょうか。ポチとタマなら可愛いイメージがありますし、愛嬌のある仔たちなので似合っているかと」
フィーネさまが難しい顔で頷き、エーリヒさまがフォローを入れてくれる。彼の言う通りポチとタマは私が不意に呟いてしまった名前をとても気に入っている。改名を提案すると悲し気な顔を浮かべるので、可哀そうだとセレスティアさまから抗議も頂いている。
ディアンさまもクロも問題ないと言ってくれたし、仮にポチとタマという名に可哀そうと反応する方がいれば転生者の可能性も浮上する。リトマス試験紙のような役割を果たせるとも取れるので、彼らの名前はこのままだろう。すりすりとフィーネさまとエーリヒさまへ顔を寄せるポチとタマと戯れたり毛玉ちゃんたちの相手を務める。
聖王国からいくつかの国の上空を抜け大海原へと到達し、東大陸のアガレス帝国を目指す。ウーノさまは元気かなあと、数時間後に見えるであろう帝都に思いを馳せるのだった。
◇
――アガレス帝国の帝都上空に辿り着いた。
拉致事件の時は気付かなかったけれど、アルバトロス王国の王都より規模が大きい。ざっくりと比較して、五倍以上あるのではなかろうか。よくそんな大国の皇宮でたった三人――おまけが二人いたけれど――でウロウロしたなあとしみじみとしてしまう。
竜のお方がゆっくりと帝都の上を旋回しながら高度を下げていく。以前降り立った帝都の外にある広場に、巨大な竜のお方が三頭降り立ち私たちも竜のお方の背から順に降りて行く。
私は錫杖を抱え背中に乗せてくれた赤竜さんにお礼を伝えると、ダリア姉さんとアイリス姉さんが『気を使わなくて良いのに』『竜なんて食っちゃ寝ばっかりなんだから、偶には働かないとね~』と私の後ろでぼやいている。ディアンさまとベリルさまは『今回は代表の役目があったからな……』『皆さまを背に乗せて空を飛ぶのも楽しいのですが、残念です』と少し覇気のない声を零していた。
そうして私たち一行の前に、お迎えの使者の方が恭しく礼を執った。あのお方は確か……。
「アルバトロス王国の皆さま、亜人連合国の皆さま、聖王国の皆さま、遠き地にお越しいただき感謝いたします。此度の案内人を務めさせて頂きます、アガレス帝国第二皇女ドゥーエと申します」
第二皇女殿下はアルバトロス王国の王太子殿下と亜人連合国の代表を務めているディアンさまと聖王国で大聖女を務めているフィーネさまと軽い挨拶を交わした。今回のアルバトロス王国の代表は王太子殿下なので、こうした挨拶はしなくて良いので少し気が楽である。
おそらく晩餐会や夜会が開かれるだろうから、その時の挨拶回りでどれだけ顔見せと縁を繋げられるか、になるのだが……黒髪黒目信仰がある東大陸なので少々心配している。ただウーノさまが采配しているはずなので、下手なことにはならないだろう。そうして護衛の兵士を引き連れた第二皇女殿下は綺麗な笑みを浮かべ右手を馬車へと向けた。
「早速で申し訳ありませんが、馬車にご搭乗くださいませ」
お腹に忍ばせているグリフォンさんの卵さんを服の上から撫でながら、案内に従って馬車へと乗り込み暫く待っていると馬車が進み始めた。竜の方々は少しあとに人化して馬車で皇宮にやってくる。エル一家とグリフォンさんは馬車の後ろを歩く手筈だ。
人数が多いため長い馬車の車列が続き、私はエーリヒさまと一緒に同乗していた。フィーネさまも一緒に乗れれば良かったけれど、流石に国が違うため差配されなかった。
お互いに地位を持っているから諦めなければならないところだろう。使者である第二皇女殿下とアルバトロスの王太子殿下と王太子妃殿下は同じ馬車に乗っている。政治の話をしているだろうし、国を率いる立場を持っていると大変である。
馬車の座席には対面にエーリヒさま、私の両隣にはソフィーアさまとセレスティアさまが座しており、エーリヒさまが若干居心地悪そうなご様子だ。超がつく美人に囲まれているから緊張は仕方ない。なにか話題はないかなあと探していると、大事なことを彼に伝え忘れていた。
「エーリヒさま、再度になりますが共和国のお土産ありがとうございました。あと大統領閣下から賜った品も良い物ばかりでしたので、お礼状を認めております」
「いえ、お気になさらず。共和国の皆さまはなにを贈ろうかと随分と考え込んでいたので、ナイさまからのお礼状があれば安心なさるかと」
共和国のお土産として頂いたチョコレートのお礼を改めて伝え、共和国の大統領閣下から頂いた品のことも伝えておいた。お礼状を認めて送ったことを彼に伝えておけば、お仕事で役に立つかもしれない。小さく笑ったエーリヒさまはクロを見て、外で警護を務めているジークとリンに視線を向けたあと私に視線を戻した。なんだろうと彼の言葉を待ってみる。
「アズとネルはジークフリードとジークリンデさんの下にいるんですね。てっきりクロさまと一緒に馬車に乗るのかと」
「寝る時以外は大体二人の肩の上ですね。ネルの場合はリンと一緒に寝ていることが多いですが」
アズとネルはジークとリンの肩の上がお気に入りで、起きている時はそっくり兄妹の下にいる。私の部屋でゆっくりしている時は毛玉ちゃんたちとじゃれていたり、クロとじゃれている。
時々外に出てポチとタマに構って貰っているし、ルカとジアに追いかけられて逃げ回っていることもある。私がその様子をベランダから眺めていると、ぴゅーとアズとネルが避難してくることもあるし、ルカとジアに反撃していることもある。遊びの範疇なので酷いことにはなっていないし、嬉しそうに顔を緩くさせながら魔術具で写真を撮っている方もいるので平和そのものだ。
「聞いて良いのか分かりませんが、グリフォンさまの卵はどうなったのですか?」
エーリヒさまは外務部に勤めているから私の情報が入ってくるのだろう。それに私に巻き込まれてヤーバン王国へ一緒に赴いているのだから、彼がグリフォンさんの卵の情報を知っても問題はない。
「えっと二つに分裂してからは変わりありません。グリフォンさん曰く孵りたくなったら孵るらしいので、いつになるのかは未知数です」
私はそう言って首から下げて服の中に仕舞ってある巾着袋を取り出す。卵を見せたい人がいるなら見せても良いし、触りたい人がいるなら触っても良いよとグリフォンさんから許可を頂いている。
袋から卵が顔を覗かせると、彼がごくりと息を呑みまじまじと卵さんを見つめている。卵さまは分裂してから変わった様子はない。黄色い宝石のような丸い石がちょこんと私の手の平の上に鎮座していた。
「以前より大きくなっていませんか?」
「そうでしょうか?」
エーリヒさまの言葉に私は首を傾げたくなる。毎日見ているためか、大きくなったという実感はない。ソフィーアさまとセレスティアさまもお休みの日以外は、卵さんに変化がないかチェックしてくれている。私の両隣に座っているお二方もエーリヒさまの言葉に疑問を持ったようで卵さんに視線を向けた、次の瞬間だった。
「うわ、動いた!」
私の手の平の上で卵さんが二つとも小さく揺れた。馬車の揺れで動いたのかと一瞬考えたけれど、舗装された道を行く馬車は揺れていない。いきなりのことで驚いたけれど、ぴくんと卵さんが動くことがあるのかと感心する。
「動いたのか?」
「動きましたの?」
ソフィーアさまとセレスティアさまが少し捲し立てるように私に声を掛けた。もう一度卵さんに視線を向けても動く気配はなさそうだ。
「俺は分かりませんでした。でも、卵を持っているナイさまが仰るなら動いたのではないでしょうか」
小さく笑みを浮かべるエーリヒさまの言葉にお二方は『そういうこともあるのだろうな』『動いた瞬間を見逃してしまいましたわ』と納得した顔と残念そうな顔を浮かべている。クロも卵さんに視線を向けると、私の肩の上で口を開いた。
『注目されて恥ずかしかったんじゃないかな?』
「見られているって分かるものなの?」
恥ずかしいのであれば、副団長さまと猫背の魔術師さんが卵さんを凝視していた時が一番恥ずかしかったと思うのだけれども。あの魔術師二人のねちっこい視線は凄いものだ。観察しているぞ! という雰囲気をありありと発して卵さんを写実しているのだから。彼らに驚いて卵さんがぴくんと動いたのならば納得できるのに。
『どうだろう。でも動いたならなにか思うことがあったんだよ。きっと』
クロの言葉に心の中で『怖くないよー』と念じてみる。伝わるかどうかわからないけれど卵から出た外は怖くないし、グリフォンは有翼種だから空を飛ぶ。地面を這っている人間よりも遥かに強い生き物だ。
恐れる必要はなにもないのだから、孵りたいときに孵れば良いし、それまでグリフォンさんも私たちも待っているから元気に孵って欲しい。クロの言葉に『そっか』と返事をして卵さまを巾着袋に入れて、お腹の所に仕舞い込む。聖女の衣装はゆったりとしているけれど、卵さんの厚さでお腹がちょっと出ているように見えるのはご愛敬である。無事に孵ってねとまた願い、手をお腹に置いてさすっていると目的地に着いたようだ。
御者の方が馬車の扉をノックして『どうぞ』と返事をすれば、扉がゆっくりと開く。エーリヒさまが最初に降りて、ソフィーアさまとセレスティアさまが次に出ていき最後に私が馬車から降りた。
そうして私の視界に真っ先に目に映ったのは、皇宮の大きな玄関口であった。アルバトロス城の入場口も凄く大きくて立派だけれど、帝国と名乗っているアガレス皇宮の広さと豪華さは格段に上である。
派手だなあとエスコートをしてくれたジークから手を放すと、ウーノ皇太子殿下と第三皇女殿下と第四皇女殿下と第五皇女殿下に、厳しい処罰を逃れた第七皇子殿下から第十五皇子殿下が総出で迎えてくれている。ウーノさまの後ろには髑髏の馬に乗っているヴァエールさまもいて、エーリヒさまに視線を向けているようだ。お迎えの使者を務めた第二皇女殿下が彼女たちの輪の中へと加わると、ウーノさまが一歩前に出て礼を執った。
「皆さま、ようこそアガレス帝国へ」
彼女が声を上げ、王太子殿下と王太子妃殿下の下へと足を進めて挨拶を交わし亜人連合国のディアンさまと言葉を交わす。聖王国のフィーネさまとも二言三言交わして、ウーノさまが私とエーリヒさまの下へとやってきた。
「アストライアー侯爵、ベナンター準男爵、お久しぶりでございます」
にこりと笑みを浮かべるウーノさま。
「皇太子殿下、お久しぶりでございます」
以前より更に大人っぽくなったようなと感じつつ私は小さく頭を下げると、エーリヒさまも深めに頭を下げた。
「殿下、お誘い頂きありがとうございます」
「積もる話はのちほど。長の旅でお疲れでございましょう、部屋をご用意しておりますので少しの間そちらでお休みください」
ウーノさまの言葉のあと、西大陸からやってきた主だった面子に挨拶を交わしている。一通り終えると、エル一家とポチとタマとグリフォンさんは皇宮の中庭へと案内され、私たちは豪華な休憩部屋へと通されるのだが、何故か後ろに面白おかしい雰囲気を携えているヴァエールさまが着いてきていた。
『お嬢ちゃんたち、エーリヒ! 元気にしておったか!?』
部屋に入るなり開口一番にヴァエールさまが声を上げた。彼を知らない西大陸の方々が驚いているけれど、亜人連合国の皆さまと私たちはヴァエールさまを知っているので『仕方のない妖精だ』という態度である。
いつの間にか髑髏の馬さんは消えており、骸骨の身体だけが現れているという不思議な光景である。精霊の一種なのでなんでもアリみたいだけれど、夜に寝ていて枕元に立たないで欲しいなと願いつつ聖女の礼を執る。
「お久しぶりです、ヴァエールさま」
「ヴァエールさま、お元気でしたか?」
「お久しぶりです。相変わらずのご様子で安心しました」
私に続き、フィーネさまとエーリヒさまが声を上げた。ヴァエールさまはご機嫌に『お前さんたち以前よりも雰囲気が良くなっているな! 成長しているようでなによりだ!』とガハハと笑っている。彼も相変わらずのようでアガレス帝国の皇宮で好き勝手しているようだ。ウーノさまのご意見番を務めているようで、前よりも彼の存在感が増している気がする。
『お嬢ちゃんは少し見ない間に随分と魔力の流れが良くなっているなあ……お? もしかしてその杖が理由かの。魔力をばら撒くより良いことだが……我が強くなれぬなあ……こう、ぶわ~とここで魔力を放出しても良いのだぞ?』
「許可が下りればいくらでも致します」
魔力をぶっ放すだけなら簡単だし、周辺環境を考慮しなくて良いならいくらでも放出するけれど。
『! 本当か!?』
「アガレス帝国の許可が下りても、アルバトロス王国の許可が下りるかは不明ですが」
おそらくアガレス側の許可が下りても、アルバトロス側の許可は下りないだろう。流石にアガレス側に利益が大きすぎるので、釣り合う対価があれば許可をくれるだろうけれど。
『お嬢ちゃん、やはりまだ我のこと苦手か? アレを恨んでおるのか? 根に持っている? 悪い顔をしておるぞ? 可愛い顔が台無しぞ?』
わたわたしながらヴァエールさまが私に問うが『うん』と言っては駄目だろうか。アガレスの皇宮でヴァエールさまに驚かされたことを忘れてはいない。もう少しマシな出会いであれば、彼に苦手意識というか拗ねはしないのだが。
私の周りをウロウロしているヴァエールさまがオロオロとし始めた。この場をどう収めようかと悩んでいると、影の中からロゼさんがぴょーんと跳び出してヴァエールさまの顔面に張り付く。
『マスターを虐めちゃ駄目!』
『ぬはっ! お主はスライム! あ、ら、らめぇ! 骨の中には入らないでぇ!』
ロゼさんがうねうねと身体を器用に動かしてヴァエールさまの骨の中へと侵入していく。妙に艶めかしい声をヴァエールさまが上げ、何事かと慌てたアガレスの皆さまがウーノさまを召喚された。
ウーノさまに怒られたヴァエールさまは『すまんかった』と頭を下げ、ウーノさまも謝罪の言葉を投げて彼を回収し去っていくのだった。