魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
私がヴァエールさまを苦手としていることを一部の方は知らないので経緯を説明したのだが、ジークとリンは微妙な顔になりクロも『気にしちゃ駄目だよ』と言ってくれ、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは『近づけば教えてあげる』『主殿はお化けが駄目とは』『可愛らしいではないですか』『苦手なものの一つや二つありましょう』と微笑ましそうに私に視線を向ける。
そっくり兄妹の肩の上に乗っているアズとネルは、あまり理解していないのかこてんと首を傾げていた。
「ナイの傍に俺たちがいるから怖がらなくて良い」
「次、ナイに手を出したら斬る」
仕方ない奴と言わんばかりのジークと攻撃性が高いリンの言葉にありがとうとお礼を伝える。流石にアガレス帝国で次期皇帝陛下のご意見番役を務める妖精だか精霊を勝手に斬るわけにもいかないし、浄化儀式を執り行えない。
少し苦手意識が残っているが悪気がない……いや、あれ面白半分で脅かされた気がするけれど、今は私が幽霊系は苦手と理解して驚かしてくることはないのだ。そろそろ今後一切脅かさないで欲しいと願い出て、確約を頂けるなら怖がらない方が良いのかなあと考える。
「さて、個室に移って時間までゆっくりと過ごそうか」
王太子殿下の声でアガレス帝国の兵士さんたちによって、それぞれに宛がわれた来賓室へ案内された。私に用意された部屋は凄く広い上に、内装や家具などの調度品も凄く豪華だ。
ベッドに腰を掛けてみると、ばふんと跳ねるのではなくお尻が凄く沈んでいく。凄く柔らかいベッドで寝れるかなあと心配しつつ、護衛で一緒に部屋にきていたソフィーアさまとセレスティアさまが私の側に立ち、ジークとリンは壁際に控える。
「さて、ナイ。時間までどうする?」
「庭であれば出ても良いと帝国から許可を頂いておりますが」
お二方が私に問う。どうやら部屋で過ごしても良いし、皇宮の庭を散策しても問題ないようだ。おそらく庭に出る場合は帝国側の護衛兵を宛がわれるだろう。監視の意味合いもあるだろうし、その辺りはお互いさまである。
「エルたちがどうしているのか気になるので、庭へ行って彼らの様子を伺いたいです」
エルたちなら粗相の心配はないけれど、ポチとタマがはしゃいでいないか心配である。グリフォンさんは基本的に大人しく、のんびりと庭で草花を愛でていることだろう。ソフィーアさまとセレスティアさまから視線を変えてジークとリンを見れば『問題ない』『行きたい所に行こう』と無言で答えてくれる。
「分かった。アガレス側に知らせてくる」
ソフィーアさまが扉を開けて外にいる帝国兵士に知らせると、直ぐに彼らは他の兵士を数名引き連れて『ご案内致します!』と敬礼を執る。私が錫杖を抱えながらよろしくお願いしますと頭を下げると、そのように畏まらないで欲しいと請われるが癖のようなものなので許して欲しい。
以前より頭を下げる角度は浅くなっているのだが、黒髪黒目信仰がある東大陸では私の価値はアルバトロス王国よりも数段上がるようだ。兵士の皆さまに凄く気合が入っているし、緊張している方もいる。苦笑いを浮かべながら長い廊下をみんなと一緒に歩いて行く。私の肩に乗るクロとジークとリンの肩の上に乗るアズとネルとヴァナルと雪さんと毛玉ちゃんたちにぎょっとしている方がいらしゃるが、客人だと気付いて廊下の端に寄り深々と頭を下げている。
その様子を見た毛玉ちゃんたちは気を良くしたのか、ふふんと胸を張って堂々と歩いている様が面白い。時々、桜ちゃんと楓ちゃんと椿ちゃんが早足になって、私の手に鼻先でちょこんと触れ元の位置に戻って行く。
なにをしているのやらと笑っていると、暇なのかアルバトロスのメンバーにも鼻ちょんをしていた。鼻ちょんを受けた方はふふふと笑う方、なんだと不思議に首を傾げてみたり、あまり気にしていなかったりと様々であるが、お一人だけはいつものように『ふは!』と妙な声を上げるのを我慢していた。
皇宮の庭に出た。初めて訪れた時も見ていたが暗闇の中だったので、庭園の美しさはミリも分からなかったが、今はお昼の時間が少し過ぎた頃である。手入れされた木々や草花が咲き誇る広い庭園は、陽の光を浴び輝いていた。
広いなあときょろきょろと庭に視線を向けると、私たちに気付いたポチとタマがわーっとこちらへ走ってきた。彼らの後ろにはエル一家とグリフォンさんがいて、ゆっくりとこちらに歩いてきている。更に後ろには人化した赤竜さんと青竜さんと緑竜さんがいて、こちらを向いて小さく頭を下げた。
『聖女さま! 庭、広い!』
『走るの楽しい!』
ケタケタと笑うポチとタマはアガレス皇宮の凄く広い庭が気に入ったようだ。私に顔を近づけているので撫でてと主張している。手を出すと顔を寄せて目を閉じてふすーと鼻息を出す。
そうしてエル一家とグリフォンさんがこちらに辿り着きみんなが集まると、中庭を見渡せる廊下を歩いていた方々が驚いて立ち止まっていた。アガレスの兵士さんが事情を説明しているようで、話を聞き終えるとこちらを見ながら廊下を歩いて職場へと戻って行く様子が見えた。
「そっか。あまり帝国の方にご迷惑を掛けないでね。地面に穴も掘っちゃ駄目だよ」
ポチとタマの癖なのか地面を掘ることがある。子爵邸では裏庭の家庭菜園の土を掘り返し、畑の妖精さんたちが元に戻してを繰り返している。妖精さんが一生懸命土を元に戻していることもあれば、『ここ掘れ!』と命令を下すこともあるので奇妙な共存関係が成り立っていた。でも流石に皇宮の庭の土を掘り返すと怒られてしまうし、子爵邸の庭だけにしておいてねとも伝えておいた。
『分かった!』
『は~い!』
私の言葉に返事をしたポチとタマはぴゅーとまた広い庭を走り始め、ルカとジアも彼らに釣られて走って行き、毛玉ちゃんたちまで走って行く。
ポチとタマはネルのご両親のはずなのに、ネルの方が落ち着いているのはこれ如何に。まあ、元気なら良いかと一人で納得していると、エルとジョセとグリフォンさんが顔を近づけてきた。
どうやら私に撫でて欲しいようで、エルとジョセを撫でて最後にグリフォンさんを撫でると、お返しとばかりに顔をすりすりと擦り付けてきて、卵さんのあるお腹の位置にも顔を寄せ嘴でぐりぐりとしている。力は入っていないし、私がよろけるような強さではない。
『早く卵が孵ると良いですねえ。楽しみです』
『種族は違いますが、小さな仔は可愛いですもの。我々も仔が孵ればお世話を手伝わせてくださいね』
エルとジョセがグリフォンさんに視線を向けると、私のお腹に当てていた嘴を離してグリフォンさんは彼らと顔を見あわせた。
『ありがとうございます。卵が孵れば騒がしくなるかもしれませんが、よろしくお願いします』
エルとジョセとグリフォンさんの会話は至って平和だった。エルとジョセならグリフォンさんの仔を預けても問題なく育ててくれそうだが、果たしてどうなることやらと私のお腹に手を当てる。
相変わらず仄かに温かい卵さんに変化はなく、いつ孵るのか分からない状態だ。早く孵って欲しいけれど、どのくらいの期間で孵るのが普通なのか分からない。早熟で孵ると後が大変だろうし、適宜孵って欲しいものだ。視界の端に映っていた女の子二人が凄い勢いで走って行ったけれど、皇宮の廊下って走っても良い物だろうかと、消えた女の子二人の方へ顔を向けると違う方が視界に移りこむ。
「ごきげんよう、聖女さま」
竜のお三方が私たちの下へと辿り着き、赤竜さんが声を掛けてくれた。
「ごきげんよう、皆さま方。再度になりますが、大陸の移動ありがとうございました。部屋で休まなくて良いのでしょうか?」
「外の方が性に合っていますので。それに天馬と小竜とグリフォンになにかあっては困りましょう。護衛と牽制目的で我々は庭に出ております」
にこりと笑う赤竜さんがじりじりと私との距離を詰めてきた。どうしたのだろうと錫杖を抱え直すとクロが『危ないよ、ナイ』とクロが苦言を呈す。ぶつけるつもりはなかったのだが、クロの近くを錫杖の先が通ったので驚いたようだ。
ごめんと謝っていると『仲が良いようでなによりです』『クロさまは聖女さまが大好きですね』『はあ……愛おしい光景です』と赤竜さん青竜さん緑竜さんの順に声を上げた。
「えっと……ありがとうございます。エルたちとグリフォンさんだけでは心許ないですし、竜のお方がいらっしゃるなら安心です」
グリフォンさんは大丈夫だろうけれど、エルたちはのんびりおっとりしているため敵意に反応し難いところがある。竜のお三方がいるならば面倒が起こっても回避できるだろうし、並の人間であれば睨まれるだけで失禁するだろう。
「戴冠式の間もこちらにいますのでご安心ください。面倒なことは代表に投げておけば良いので、我々のことは気にせずに」
赤竜さんが妖艶に笑えば、すっと彼女の手が伸びて私の頬に触れる。
「錫杖によって聖女さまの魔力は安定しておりますね。駄々洩れの魔力も魅力的でしたが、更に良い魔力の質になるのでしょう。次に貴女の魔力を頂いた時が楽しみです」
ふふふと赤竜さんが笑うと、青竜さんと緑竜さんも笑っていた。魔力を駄々洩れにさせた気はないのだが、どうやら錫杖により魔力が漏れている状態はマシになっているようだ。
魔力が漏れなくなるなら子爵邸にある畑の妖精さんがいなくなり、エルとジョセたちも子爵邸からいなくなってしまうのだろうか。これから先どうなるかなんて分からないけれど、最悪の場合は魔力ぶっ放しだなあと目を細めればポチとタマがエーリヒさまを、毛玉ちゃんたちがフィーネさまとアリサさまを連れてきた。護衛の皆さまは目を白黒させているので申し訳ないが、いろいろと諦めて欲しい。
『歩いてた!』
『連れてきた!』
エーリヒさまの背をポチが鼻先で押しながら前に突き出し、毛玉ちゃんたちも上手く彼女たちの周りをウロウロしながら私たちの下へと誘導する。
『聖女さまの匂いが着いているので、仲間だと認識しているようですよ』
『尻尾をぶんぶん振ってお可愛らしいですねえ』
毛玉ちゃんたちの気持ちをエルとジョセが代弁してくれる。どうやらエーリヒさまとフィーネさまが別々に歩いていた所を見つけて、連れてきてくれたようだ。聖女の匂いというのは私のことだろう。
妙な例え方をされているが、鼻の良い毛玉ちゃんたちのことなので気にしてもしかたない。なんだか緊張しているようなエーリヒさまとフィーネさまとアリサさまに仕方ないかと笑い、私が音頭を取ろうと真っ先に口を開く。
「お暇であれば東屋を借りてみんなで話しませんか? 南の島での打ち合わせもしたいですしね」
ここで立って話し込むより良いだろうとアガレスの方にお願いして東屋を借り、卒業してから三ヶ月間のことや南の島の話をみんなで行うのだった。
◇
――アガレス帝国にナイさまが来国された。
自身の戴冠式より嬉しいのは、彼女が黒髪黒目のお方であり小柄で性格も凄く良い上に私を慮ってくれるという、空よりも広大で美しい優しさを持ち得ている方であるからだ。今、この時も私は彼女の優しさを噛みしめている。
私の目の前にある机の上にはアストライアー侯爵家の家紋が入った箱がいくつも鎮座している。黒く磨かれて輝く箱はナイさまの
小さな箱の中には反物やナイさまが所領している地で育てたとうもろこしやオレンジといった特産物が入っており、一番大きな黒い箱には中には長剣と短剣が一振りずつ入っている。拵えはシンプルなものであるが、細部を見れば確りとした造りであるし、名のある職人の手によるものだと分かる。武具の目利きは騎士や兵士ではないので彼らに劣ってしまうが、良い悪いの判断は下せる自信は持っている。ナイさまが贈って下さった品は滅多に世に出回らない品であろう。
私は恐る恐る長剣を手に取って柄を握り鞘から引き抜いて刃を確認する。刀身は極寒の夜に現れるオーロラような光を携え、刃こぼれ一つなく曲がっていない。美しい直線を描き、切っ先は鋭く細く尖っていた。
「この世のものとは思えぬほど美しい……。私などにこのような立派な品を贈って下さるとは…………嗚呼、部屋に誰もいなければ歓喜の涙を流していることでしょう」
望外の喜びに涙が目に溜まるのだが人前で泣いては駄目だと訓練しているので、私はどうにか堪えている。私の妹たちである、第二、第三皇女がハンカチで目元を押さえて『良かったですね、お姉さま』と歓喜の涙を流しているのだが、自分たちもナイさまから贈り物を頂けて嬉しいのだろう。私の伴侶にまで贈り物を下さっているので、本当にナイさまの優しさはアガレスの大地よりも広くて大きい。
『お嬢ちゃんはドワーフとも縁を持っておるようだのう。良い品だぞ。良かったなあ、ウーノよ』
「本当に良かったです。ヴァエールさまは……確かエーリヒ少年からアルバトロス王国の品を頂いたとか」
私の助言役として一緒に過ごしている精霊の彼は、ベナンター準男爵から贈り物を頂き喜んでいた。ヴァエールさまにとって西大陸の品は珍しい上に贈り物を頂くような年齢ではない。
ベナンター準男爵の優しさを痛く気に入り、アルバトロス産のワインを喜んでいる。もちろん私たちにも祝いの品を贈って頂いており、ご迷惑を掛けてしまったのは我々アガレス帝国側だというのにマメな方であった。
他にも聖王国の大聖女であるフィーネ嬢からも祝いの品を頂いている。彼女も我々が面倒な事情に巻き込んでしまったというのに律儀に贈ってくれたのだ。お二人ともナイさまと仲が良いので優しい方なのだろう。
『貰ったぞ! でもお嬢ちゃんとフィーネ嬢からは貰えんかった……我、悪いことしたかの?』
「最初にナイさまを驚かせたのはヴァエールさまです。ナイさまから頂けないのは当然かと。聖王国のフィーネ嬢はヴァエールさまは精霊ですので贈り物を送っても仕方ないと判断されたのかもしれませんね」
ヴァエールさまは髑髏の顔で器用に悲しみを表現している。ナイさまからアルバトロス土産、もしくは贈り物を頂けなかったのは致し方ないことだろう。先程もナイさまはヴァエールさまを苦手としているようだったので、今から仲良くなるのは骨を折る。
ヴァエールさまの自業自得だからナイさまと仲良くなるための手助けはしないつもりだ。酷いと言われるかもしれないが、私はナイさまに嫌われたくはない。
「ウーノお姉さま、我々姉妹にまで気を使って頂いております。この御恩をどう返せば良いのでしょうか……」
「いつか機会があればアガレス帝国自慢の品を贈りましょう。領地自慢の特産物をご用意すれば、ナイさまはきっと喜ばれますわ」
第二皇女であるドゥーエが困り顔で問うたのでナイさまが喜ぶことを教授する。ナイさまは家畜の餌であるさつま芋を喜んで買っていた。私は家畜の餌などありえないと最初は考えていたのだが、庶民の間では非常食として用いられており、試しに食べてみると……飛び切り不味くもなく、それなりに食べることができた。
ほんのり甘く、食べていると喉が渇くことが難点だろうか。ナイさまが食べるのであればと、一週間程度食事に出して貰ったがお通じが良くなった気がする。食べることを止めるといつも通りに戻ったので、料理番には毎日一食なにかしらの料理として出すようにと命じた。味はそれなりだが、ナイさまが食べている物を私が食べているということがひと際嬉しく、離れていても心が通じ合っているようだった。
「ところでドゥーエ、二人はなにをしているのかしら? 来賓の方々が多くいらしているから、皇宮で普段通りに過ごすのは問題があるのだけれども」
いつも私たち姉のあとを追いかけて離れない子たちだというのに、今は部屋にいないのである。ドゥーエの顔を見て首を傾げると、彼女は片眉を微かに上げながら口を開く。
「妹たちは護衛を連れて中庭に行くと。どうやらアルバトロスからやってきている、ドラゴンとペガサスとグリフォンが気になるようです。勝手に触れては駄目だときつく言い含めましたし、遠目で見て直ぐに戻ると約束を交わしたので問題は少ないかと」
生真面目なドゥーエと約束したのであれば、妹たちも無茶はしないだろう。彼女が怒ると凄く怖いので、妹たちから恐れられている。母は皇帝の相手を務めることを一番にしていたので、第四、第五皇女は母からあまり構って貰えなかった。
その分私たちが相手を務めていたのだが、第二皇女であるドゥーエは妹たちを不憫に感じたようで厳しく接していたのだ。私はそんな彼女から逃げてきた妹たちを慰める役に就いている。ドゥーエが妹たちから怖がられていることに損をしていないかと問えば適材適所だと笑って彼女が言ったのだ。本当にドゥーエには頭が上がらない。
妹たちはいつ戻ってくるだろうかとドゥーエと第三皇女であるトレと話していれば、扉からノックの音が聞こえ『第四、第五皇女殿下がいらしております』と護衛に就いている兵士が告げた。
身内しかいない部屋なので入って良いと許可を出せば、勢い良く開かれた扉から妹二人が目を丸く見開きながら姿を現した。部屋に入るやいなや妹二人は私たちの下へ小走りで駆け寄る、私たちの顔を見上げて声を上げる。
「ウーノお姉さま! ドゥーエ姉さま! トレ姉さま! 黒髪黒目のお方のお腹には赤子がいるのですかっ!?」
「黒髪黒目のお方が愛おしそうにお腹を撫でておりました! 父上の側室に赤子ができた時と同じことをしていましたわ!」
『ぶほぉっ!』
「…………!!!?」
「え?」
「はい?」
妹二人のとんでもない言葉にヴァエールさまは吹いて、私は目を丸く見開き、ドゥーエとトレは小さく声を上げた。
えーっと……あれ、頭が混乱していて現状が分からなくなった。状況を整理しよう。
妹二人はドラゴンとペガサスとグリフォンが気になって庭に出ていたはずなのに、ナイさまとどこかで出会ったのあろうか。そういえば先ほど護衛の兵士から『アストライアー侯爵閣下が中庭に出たいと申請されました』と報告に上がっていた。
アガレス帝国の警備の者が就いていれば問題なく、本来であれば報告にくることはないのだが、報告に上がった兵士は黒髪黒目のお方の動向は知らせておいた方が良いと判断したのだろう。優しいナイさまのことだからドラゴンとペガサスとグリフォンの様子が気になって、中庭に出たいと申し出た可能性がある。
しかし……しかし、何故、妹二人は私の心をぐっさりと抉る言葉を言ったのだろうか。真意は分からないが、とりあえずドゥーエとトレとついでにヴァエールさまと視線を合わせた。
『あのお嬢ちゃんが妊娠じゃと……?』
「黒髪黒目のお方に新たな命が宿ったのであれば我々も盛大に祝福しなければなりませんが、婚姻なされなかったはずでは?」
ヴァエールさまとトレが驚きつつも声を上げる。確かにナイさまにお子が誕生なされるならば心から祝わなければならない。節操のない父帝が孕ませてきた妊婦を多くみている私が、ナイさまの妊娠の兆候を逃しているなんて……なんたる不覚、なんたる節穴。
一番にお祝いできなかった悔しさに血の涙が流れそうな勢いで歯噛みしながら、これは東大陸を司る女神さまが私に与えた試練なのだろうかと思い至る。
いや……その前に。
私の父のように――一緒にしたくはないが――節操がないならば妊娠するかもしれないが、ナイさまはアルバトロス王国の貴族である。貴族女性の婚前交渉はご法度に近いものだ。真面目で周囲に気を配ることができるお方が、私の父のような行動を安易に取るはずはない。
だが、好いた方と閨を共にしたり興味本位で行為を行えば…………………………まさか、無理矢理! そうであればナイさまと関係を持った男を殺してしまおう。そうだ、ナイさまから頂いた長剣であれば、首と胴を綺麗に斬り落とせるだろう。そこから千枚にでも万枚にでも斬り刻める自信がある。はははと笑いたくなるのを堪えていると、私の口の片端がどんどんと吊り上がっていく。
「お、お姉さま、落ち着きましょう。流石に侯爵家の当主を務めるお方が不貞を働いたとあれば、アルバトロス王国は侯爵閣下の行動を問題視しましょうし、王国の社交界で噂になりましょう」
ドゥーエが私の隣で声を上げながら、私の背に手を置いて落ち着けと上下に撫でてくれる。
「それにアストライアー侯爵閣下が懐妊したのであれば、我々アガレスにも知らせが届くのではありませんか? 仮に帝国に報告がなくともウーノお姉さま個人に届きそうなものですが」
眉尻を下げたドゥーエが心配そうに私を見たが、彼女の最後に放った言葉で私の心は悲鳴を上げた。
「…………ま、まさか私はナイさまに嫌われている……?」
玉座の重みよりも重い事実が私を襲う。ふらふらと一歩二歩と後ろに下がって、ヴァエールさまとぶつかった。
『落ち着け、ウーノよ。お嬢ちゃんは嫌いな者に自分から近づかぬぞ。それにお嬢ちゃんが妊娠したことを隠しておきたい場合もあろう。腹の子が流れてしまえば貴族の女としては致命的だからなあ。確かにお嬢ちゃんと前に出会った頃より腹が少々出ているが、食べ過ぎて太っただけかもしれん』
「ナイさまが太ったなどと! いえ、でもふくよかなナイさまもお可愛らしい……って話が逸れております!」
逸らしたのはお前さんだろうに……って我はやはりお嬢ちゃんに嫌われておる? とヴァエールさまが仰るが今は聞こえない振りをする。
確かに妊娠初期は子が流れることが多い故に黙っておくこともある。貴族であるなら尚更だ。貴族女性が婚姻前に妊娠したという大きな話題に頭を抱えそうになる。自身の戴冠式よりもナイさまご懐妊の事実確認をどう行おうと部屋にいる皆で考え、部屋にいた兵士には緘口令を敷く。ナイさまのご都合で公表していないだけかもしれないと、真実が分かるまで静観していようと皆で決めるのだった。