魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
ハンモックと格闘すること数度、ようやく乗れて一安心したところで晩御飯となった。一緒にきた料理人さんに『簡単な品で申し訳ありません』と謝罪を受けたが、十分に豪華で美味しいものだった……料理人さんの価値感は良く分からない。
ダークエルフのお姉さんが料理に興味があるようで、料理人さんと話が盛り上がっている所を見た。人知れず、交流が生まれているので良いことだなと一人で頷いている。
――翌朝。
季節は夏。朝から暑いけれど、カラッとしているので過ごし易い。日本よりマシというのが私の感想だが、慣れない方にとっては『暑い』ようだ。暑熱対策には十分気を付けて、今日はなにしようとなる。やりたいことを決めてはいるものの、フリープランなのである。コテージでゆっくり過ごすも良し、温泉を楽しむのも良し、海に出て泳ぐのも良し、釣りに森の探検に大蛇さまとお話をしても良いのだ。
エルとジョセとルカとジアは森の中に入って、美味しい果物を食べてきますと目を輝かせながら出発していた。セレスティアさまが彼らと一緒に行動すると仰って、彼女も森の中へと消えて行った。
ソフィーアさまは彼女がハッスルしないようにお目付け役で付いて行ったし、ギド殿下も婚約者であるソフィーアさまと一緒に付いて行くそうだ。で、マルクスさまはゆっくりしたかったけれど、セレスティアさまに首根っこを掴まれて一緒に進んでいたが、本当に彼らの将来は大丈夫だろうか。
アリアさまとロザリンデさまはコテージでまったり過ごすそうだ。プリエールさんたち共和国組は砂浜で遊んでいる。
ボールを渡して、ビーチバレーやビーチフラッグのルールを伝えておいたので、彼女たちはソレをベースにオリジナルルールを作り上げて楽しむだろう。
ゲーム等のハイテク機械はないので、自ら遊び方を見つけるのは大事なことである。プリエールさんと一緒に過ごしている番の鸚鵡さんたちは、森の中の仲間の下へと飛び立って行った。積もる話もあるだろうし、里帰りなのだから十分に堪能して戻って欲しい。
私は、幼馴染とコテージの外に集まって『今日はなにしよう?』と頭を捻っている最中である。クロたちは私たちに任せるらしく、肩の上でこてんと首を傾げながらやり取りを聞いている。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちも地面にお尻を付けて、家族揃って首を傾げていた。ロゼさんは『ハインツの所に行ってくる!』と言い残してひゅばっと消えていた。グリフォンさんも空を飛んで気ままに島を探検してくるとのこと。
「ナイが森の中に行けば、なにが起こるか分からねえ……つー不安が俺にはある」
「クレイグ……失礼だなあ。まあ、否定できないのが痛いけれど」
クレイグの言う通り、私が森の中へと赴けば古代遺跡を見つけて、また魔術書とか貴重な品を発見しそうである。もちろん過去の叡智を発見できたのは悪いことではないけれど、トラブルの元になりそうで怖い。
「じゃあ、どうするの?」
サフィールがクレイグと私に問う。四人で海に泳ぎに出ても面白そうだけれど、男性陣が交じると『ご当主さまの珠の肌を見せる訳には!』と侍女さんたちが騒ぎそうだし、今回も水着を持ってきていない。泳ぐなら着衣となるので、流された際の対策を打っておかないと。泳ぎに慣れていない面子だし、離岸流に嵌ると一気に流されるので怖い。
「ゆっくり過ごすのもアリじゃないか? みんな仕事尽くめだったろう」
「うん。ナイもクレイグもサフィールも頑張っているから」
「ジークとリンの言葉は有難いがなあ。時間を無駄にしている気がする……」
そっくり兄妹の言葉に、クレイグが渋い顔になる。私もクレイグと同様にゆっくりしていると時間がもったいない気がしてならない。お互いに貧乏性だなと苦笑いしていると、フィーネさまとアリサさまとエーリヒさまが姿を現した。
丁度コテージで出くわして、一緒に外に出てみようとなったらしい。護衛の方もいるのだが、私たちが特別な関係と知っているので『大聖女さまに男が!?』という騒ぎにはなっていない。
「おはようございます。皆さま」
「おはようございます」
「おはようございます」
フィーネさまが声を上げると、アリサさまとエーリヒさまが続く。銀色の髪や金色の髪が朝陽に照らされてキラキラしていた。羨ましいと思いつつ、彼らと視線を合わせる。
「おはようございます。フィーネさま、アリサさま、エーリヒさま」
私が挨拶をすると、ジークとリンとクレイグとサフィールも続く。やはり他国の方と法衣のお貴族さまだから、クレイグとサフィールは少し緊張しているようだ。彼らに私が『そんなに気を張らなくても』とは言えないのだが、エーリヒさまは気付いているようで二人に視線を向けていた。絡むことはなかったけれど、男性同士だし交流が広がれば良いなと願う。
「ナイさま、今日はなにをして過ごされるのですか?」
こてんとフィーネさまが首を傾げれば、さらさらと肩から長い髪が流れ落ちた。
「丁度みんなとなにをしようか悩んでいました」
「恥ずかしながら、釣りというものを楽しんだことがなくて。エーリヒさまとアリサと一緒に海に赴こうとしているのですが、皆さま一緒にいかがですか?」
私の言葉にフィーネさまがくすくすと小さく笑う。嫌な感じは全くなく、単純に私たちがなにをしようか迷っていることが面白かったようだ。釣りをしようとフィーネさまは仰るものの、道具も持っていなくて手ぶらである。
「竿と釣り針は?」
私が口にすると、クロがくるんと首を回す。時折、取れないかという勢いで首を回すけれど、大丈夫だろうか。
「手作りで試してみようかと。素人の試みなので、釣れない可能性の方が高いですけれどね」
エーリヒさまが照れ臭そうに笑いながら、フィーネさまの代わりに答えてくれる。テグスは持参したけれど、針は用意できなかったそうだ。餌は磯で取れば良いだろうと考えているらしい。素潜りも考えたけれど、銛を持っていないから諦めたそうだ。
「銛ならダークエルフのお姉さんに借りることができますよ。釣り針は私が用意してきた物を使いますか? まあ竿は現地で用意しなければいけませんが……」
あれよあれよと話が進み、フィーネさまたちと私たちは一緒に行動することになる。一度コテージの部屋に戻って、王都の職人さんに作って貰った釣り針とテグスを手に取った。お魚さんに針を持って行かれることもあろうと、多めに用意しておいて良かった。人数分の竿が用意できると、一緒に部屋にきていたリンの顔を見上げる。
「リン、行こう」
「うん」
私とリンの声に、クロが尻尾で反応してネルは小さく鳴いた。可愛いなあとリンと視線を合わせ、コテージの外に出る。待っていてくれたみんなと合流して浜辺へと進む。整備された森の中の道は進みやすい。
討伐遠征では道なき道をひたすら歩くこともあった。派手な彩色の鳥を見ながら『美味しいのかな?』と幼馴染組と話しながら進んでいると、フィーネさまとアリサさまがちょっと引いて、エーリヒさまがなんとも言えない顔になっていた。
食が全てにおいて優先されていて申し訳ないと思いつつ浜辺に出る。砂浜ではプリエールさんたちが楽しそうに砂のお城を作っていた。他の面子はボールで遊んだり、波打ち際できゃっきゃとはしゃいでいる。若いなあとしみじみしていると、エーリヒさまが岩場の方へ行きましょうと指差した。
「それじゃあ、餌探しからですね。ゴカイとか小さな蟹がいれば良いのですが……いなければ森に戻って蚯蚓を見つけるくらいかな?」
「え……?」
私の言葉にフィーネさまが少し顔を青くする。にゅるにゅる系は苦手なようで、若干引いているようだ。それなら小さい蟹を見つけて貰おうと、岩を動かして下にいる蟹さんたちを追い出して捕まえて欲しいと伝える。みんなと一緒に行動するのに、一人だけやることがないのは切ない。フィーネさまは蟹なら平気なようで、アリサさまと一緒に岩を動かしていた。
「お、いた。しかしまあ、えぐい見た目してるよな」
「ね。お魚さんにとっては美味みたいだから、頑張って誘引して貰わないと」
クレイグと私のやり取りにフィーネさまが感心していた。妙なところで感心しなくても良いのだけれど、ゴカイを掴める私が凄いようだ。慣れれば大丈夫だし、襲われることもないから平気なのだが、乙女心を所持している方々には嫌われる存在だよねえ。蚯蚓とかゴカイとか幼虫系って。生きていることには変わりないし、進化の過程で分かれただけなのに嫌われている。まあ、致し方ないかと笑って、しばしの間餌を取ることに執心していた。
「もう良いかな? 釣りなんて滅多にしないから、餌の量が分からない……」
餌箱の中にはゴカイが沢山うねうねと動いている。新鮮なのでお魚さんの食いつきは良いだろうと、期待の眼差しを向ける。
「足りなくなれば、また取りにくれば良いだろう」
「そうだね、兄さん」
ジークとリンの言葉に頷いて、あとは浜や磯に落ちている丈夫な木を見つけて、ジークとリンに良さそうなサイズに切って貰う。レダとカストルが少々不満そうだが、お魚さんのためだ我慢して欲しい。
竿から伝わる『あたり』の感覚判定が難しそうだが、さて、自作の釣り竿でお魚さんが釣れるかどうか。坊主になってもご飯を食べ損ねることはないし、気楽に取り組もうとみんなで頷いた。木の先にテグスを繋げて、反対側のテグスの終点に針を付ける。外れないように結んで、餌を針につけようとしていると『ひゃ!』と可愛らしい声が上がる。
「ナイさま~! 私には無理ですぅー!!」
悲鳴を上げたのはフィーネさまだった。どうやらゴカイを半分にちぎり、釣り針を刺すという行為が無理だと言いたいらしい。苦手なものを無理にやることはないと、エーリヒさまがフィーネさまの針に餌を付けている。
「あ、ありがとうございます。エーリヒさま」
「いえ。苦手な方には苦手なものですよね。気付かなくて申し訳ありません」
片眉を上げて謝罪するエーリヒさまを見上るフィーネさまの顔は少し赤みが掛かっているような。陽射しの所為だろうと納得して、一投目を海へと投げ入れる。重りを付けているのだが、腕力のない私では数メートルが精々だった。
ジークとリンは凄く遠くに飛ばしているし、クレイグとサフィールも男の子なので割と飛んでいる。力の差を覆すには高い岩場から投げ入れても良いが足元が悪い。おっこちて救出騒ぎになれば、みんなが心配するので大人しくこの場で釣りを続行だと意識を集中した。――一時間後。
「釣れないね」
全く以てアタリがない。他のみんなもアタリはなく、糸に付けている『浮き』が海の中に沈みこまないのだ。島の周辺のお魚さんは人間が呼び寄せていると気付いているのだろうか。賢いのかなあと、一度竿を上げて餌を付け替えて、また海に投げ入れる。
ゴカイはお魚さんに突かれて、投げ入れた時より小さくなっている。魚がいない訳ではないのだが、針まで食いついてくれない。
ぷーと頬を膨らましていると『食い意地張り過ぎ』『ナイらしいね』『誰も釣れていないからな』『ナイ、頑張ろう』と幼馴染組の声が聞こえ、フィーネさまとアリサさまとメンガーさまは『気長に待っていましょう』『釣りって忍耐力が必要ですね』『いろいろと試しているのですが、食いつきが悪いですね』と言っている。
『釣れないねえ』
さらに一時間が経過した。のんびりなクロも痺れを切らしたようで、ぺちぺちと尻尾で私の背中を叩きながら呑気な声を上げた。みんな飽きてきているようで、一度コテージに戻るのもアリだと声を掛けようとした時だった。
「あ!」
フィーネさまが声を上げると、木の枝がしなっており、海面に浮かんでいるウキが沈んだり顔を現したりしていた。魚が確りと掛かるように、タイミングを見て竿を上に持ち上がることはできるだろうかと彼女に視線を向ける。エーリヒさまもフィーネさまが心配なようで、側に寄りアドバイスを始めた。
「ど、どうすれば!?」
「タイミングを見て、竿を上に上げてくださいね。俺が合図しますから! ――今です!」
「は、はい!」
エーリヒさまの声に合わせて、フィーネさまが手作り竿を上に引く。リールは付いていないので、手で手繰り寄せる形だ。手袋を嵌めて糸を手繰るけれど結構重いようで、難儀していた。
「お姉さま、頑張ってください! 最初に釣り上げた功績を頂きましょう!」
「そ、そうね、アリサ! 頑張るわ!」
フィーネさまは話し相手がアリサさまだと口調が変わるようだ。面白いと微笑んでいると、テグスを全て巻き上げたらしい。海面に魚影が見えて、みんなが『おお!』と声を上げる。
「フィーネさま、もう少しです。頑張ってください!」
エーリヒさまはアドバイスを送るだけで、手を出そうとしない。ぷるぷると腕を震わせながら、どうにか釣れたお魚さんを磯に上げると、フィーネさまが凄く嬉しそうにドヤ顔を披露した。
素直な方であると笑いながら短刀をジークから借りて、味を落とすわけにはいかぬとお魚さんを〆ておく。釣れたお魚さんは黒鯛に近い姿で、四十センチ台の大きさだった。結構良いサイズだよねとみんなと顔を合わせて、今日唯一の釣果を喜ぶのだった。
◇
今日の釣果は黒鯛一匹であったが、釣った本人であるフィーネさまが凄く大満足な様子を見せているので『また挑戦してみよう』と告げて、コテージに戻ってきた。
毛玉ちゃんたちは生魚の匂いに興味津々で、すんすんと鼻を鳴らしながらまな板の上に鎮座する黒鯛を一生懸命見ようとしていた。フィーネさまの提案で釣った黒鯛は塩焼きにして食べたいそうで、みんな一度部屋に戻って着替えを済ませて外に出ている。
「私、捌けません。でもせっかく自分で釣った魚だから……」
フィーネさまが黒鯛に視線を向けながらぼそりと呟いた。聖王国も内陸部だし、お貴族さま出身の彼女が魚を捌くことはないだろう。前世では、とも考えるが、前世はスーパーでは切り身で陳列されているか、鱗と内臓は処理されてパック詰めとなっている。
そりゃ仕方ないと苦笑いしつつ、私も魚を捌いた機会は数えるほどしかないので人のことを笑えない。料理人さんに捌いて貰おうと伝えようとすると、エーリヒさまが半歩前に進んだ。
「じゃあ、俺が捌くか横で捌き方を伝えます。久しぶりなので上手くできる自信はありませんが、知識がないまま捌くよりは良いかと」
フィーネさまに選択肢を用意するあたり、エーリヒさまは気遣いのできる方だなあと感心しているとジークが動き始める。
「なら、俺とクレイグとサフィールは火を熾すか」
ジークはクレイグとサフィールに視線を向ける。
「ん、分かった」
「うん、そうだね」
二人はジークの提案に文句はないようで、すんなりと受け入れていた。クレイグとサフィールは薪置き場に足を運び、ジークは燃えやすい小さな木の枝や葉っぱを集めている。
「私はお魚さんの捌き方を横で見ても良いですか? 自分で捌けるようになりたいです」
私は後学のために見学を申し出る。自分で釣ったお魚さんが捌けないのは悔しいし、美味しさが半減する気がするのだ。料理人さんは顔を真っ青にするかもしれないが、彼らがいない時は自分で捌かなければいけない。
やはり、見ておくべきだと判断してエーリヒさまとフィーネさまとアリサさまの顔を見る。リンは私の隣で一緒に見学するようだ。
「俺は大丈夫ですよ」
「見られるのは緊張しますが、私も構わないですよ。暇ならアリサも一緒に見ている?」
「あ、はい! お姉さまの捌く姿、確りと目に焼き付けさせて頂きます!」
エーリヒさまとフィーネさまから許可を頂き、アリサさまと一緒に見学することになった。お邪魔しますとアリサさまに言って、彼女の隣に立ち更に私の横にリンが立つ。エーリヒさまが声を上げると、まな板の黒鯛に包丁が入る、訳はなく包丁の背で鱗を取ることから始まった。
ざりざりざりと鱗の堅い音を響かせながら、時折ぴょっと鱗が凄い場所に飛んで行く。それに気付いた毛玉ちゃんたちが鱗を追ってぴゅーと駆け出すのだが、見つからなくて悲しそうに鼻を鳴らしながら戻ってきた。ヴァナルと雪さんたちは『あらあらまあまあ』という感じで、まったりと地面で過ごしている。子育は結構大変だけれど、フェンリルやケルベロス業界では見守るのが基本のようだ。
鱗を綺麗に取って、今度は内臓を取り出す。包丁をお腹に沿って入れると、中身がどろっと出てきて生臭さが増した。これが苦手で捌かない人が多いのだろうけれど、やはり命を頂くなら自分で捌かなければ。と言っても身分の兼ね合いで、お屋敷ではできない身であるが。
「うわー……」
フィーネさまが黒鯛の内臓に触れると、妙な声が上げながら顔を顰める。エーリヒさまが苦笑いをしながら、やるべきことを淡々と伝えていた。苦手な人は苦手だし仕方ないのだろう。頑張れ~と心の中で応援して、まじまじと彼女が捌く姿を見つめる。
あとでノートに纏めておけば、次にお魚さんを捌く時に困らないかな。綺麗に捌くには慣れがいるだろうし、三枚に下ろすとなれば技術が必要になってくる。今回は塩焼きなので、鱗と内臓を綺麗に取れば完了であった。
「ふう。少し刃の入れ方が悪くて不格好ですが……できました! 嬉しいです、ありがとうございました、エーリヒさま!」
「いえ、俺はなにもしていないです。苦手な方もいるのに弱音を吐かずに最後までできたのはフィーネさまのお力ですよ」
フィーネさまとエーリヒさまが視線を合わせて笑う。私はなんとなくアリサさまに視線を向けると、彼女はやれやれという顔をしていた。良く分からない関係性だなと首を捻ると、火の用意は済んでおりお魚さんを焼ける準備は整っている。
「それじゃあ焼きましょうか。ジークフリードが良い感じで用意してくれていますしね」
エーリヒさまがフィーネさまににこりと笑みを浮かべる。なんだかエーリヒさまの態度は私と接する時より、彼女と接する時の方が優しいような? 温和なエーリヒさまだから、気の所為かもしれないが。
そういえば彼がテンパっている所は見たことはあるけれど、怒っている所はまだ見たことがない。優しい方が怒ると怖いというジンクスがあるから、触れない方が良いのだろうか。そういえば穏やかなサフィールが怒ると超怖いものなあ。キレることが滅多にないし、最近はめっきりその姿を見ないけれど。
塩を振った黒鯛を網の上に置いて焼き始める。私たちが釣ったお魚さんを焼くと知って、ダークエルフのお姉さんが銛で突いたお魚さんたちを提供してくれた。有難いので黒鯛の側に置き一緒に焼く。
カラフルなお魚さんもいれば、渋い色合いのお魚さんもいる。味の保証はされているし、バラムツのような危険を伴うお魚さんは入っていないそうだ。ウツボも美味しいと聞くから、磯にいないか探してみたいし、蛸もいないか気になるところだ。烏賊は流石に釣れないよなあと苦笑いを浮かべていると、反面が焼けたようで並べたお魚さんたちをひっくり返していく。
「良い色に焼けていますね。こうして食べるのは初めてなので、楽しみです!」
「そういえば、聖王国では野宿とか野外で食べることはないのですか?」
へらりと嬉しそうに笑うフィーネさまに私は問いかけた。
「ないですねえ……アルバトロス王国の聖女さまのように討伐に参加することもなかったですから。やはり聖王国の聖女は象徴の意味合いが強いです」
フィーネさまが少し困ったような様子で教えてくれた。聖王国では屋内作業が多く、外に出ることは滅多にないとのこと。国が違って特色が出るのは面白い――と言って良いのか分からないが――ものである。
「聖王国で聖女を務めるのは大変そうですね」
室内で仕事をずっと執り行うのは私に合わない気がする。孤児院や貧民救済所に慰問に向かうそうだが、崇められて終わりという場合が多いらしい。フィーネさまが今後に改善していきたい教会のイベントであると教えてくれた。
聖王国の教会では治癒代を払わなかったが、フィーネさまの提案により、金額は定めず心付けとしてお金を払うようになっている。反対派の方もいれば、賛成派の方もいたそうだが、聖王国の改革者として案が通った。
アルバトロスの教会にも問題はあるし、聖王国の教会にも問題がある。急激な変革は大変だけれど、ゆっくりとしたものであれば受け入れやすいだろう。そして間違っていたと判断できれば、元に戻すか別案を立てるだけである。より良い未来を目指せると良いのだが、未来は誰にも分からない。
「そうですか? 野外に赴く方がいろいろと不便がありそうです」
フィーネさまが首を傾げた。討伐遠征では苦労や不便は沢山あるけれど、ジークとリンと一緒に行動するのは楽しいし他の方との交流も悪くない。まあ、私が外に出るとトラブルが起こる上に高い爵位を頂いたので遠征に出る機会はほぼなくなっているけれど。
教会から要請されて、予定が入っていないなら二つ返事で赴くのだが、果たして依頼はくるのかどうか。フィーネさまと私が喋り込んでいると、お魚さんが焼けたようだ。
「良い感じに焼けましたよ。フィーネさまからどうぞ」
エーリヒさまが葉っぱの上にお魚さんを置いて彼女に差し出す。
「ありがとうございます、エーリヒさま。美味しそう!」
焼き魚と化した黒鯛を受け取ったフィーネさまが嬉しそうに笑う。自分で釣ったお魚さんを食べるのは初めてのことで嬉しいようだ。彼女はフォークとナイフではなく、お箸を使っている辺り日本人だよなあと感心する。フィーネさまはお魚さんの皮は苦手なのか、皮を取って白身を口に運ぶ。
「ん~! 美味しいです。釣ったばかりですし、身が確りしていますね。普通の鯛と少し違うような、同じような……」
そういえば普通の赤い鯛と黒鯛の違いってなんだろう。まあ美味しいなら良いかと私も魚を焼いてくれた男性陣から受け取って、お箸で皮ごと身を解す。口の中に運ぶと、ほんのりとした塩味と魚の身の味が口の中へと広がっていく。
あ、お醤油さんを用意して持ってきていたと一旦部屋に戻りまた外に出る。自分のお魚さんに適量掛けて、他の方に『好みでどうぞ』と順に回していく。
「お、ショーユを掛けると、味が確りして美味いな」
「不思議な感じだね。真っ黒な液体なのに、深い味がある気がするよ」
クレイグとサフィールがお醤油の味を気に入ってくれたようだ。割と子爵邸で食べていたけれど、焼き魚は滅多にでないメニューだし新鮮な様子。
そうして私たちが焼き魚さんを食べている所を見て、クロとアズとネルとヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちも興味を持ったようだ。流石に塩をまぶして焼いた魚さんは彼らに渡せないので、素焼きをお願いしてみた。
クロとアズとネルは焼き魚さん一匹を分け合って食べるようで、葉っぱの上に乗せた素焼きのお魚さんを器用に口先で身をほぐして口の中に運んでいる。骨は大丈夫かと問えば、喉に刺さる心配は必要ないそうだ。ヴァナルと雪さんたちも大人なので、一匹ずつ丸ごと呑み込んでいる。あまり咀嚼していない気もするが、彼らは平気らしい。毛玉ちゃんたちは幼いので、私がお魚さんの身をほぐしてそれぞれに配る。
「世話をする姿は母親そのものですね、ナイさまは」
「ええ。ナイさまの姿は微笑ましいです」
フィーネさまとアリサさまが感慨深そうに呟くけれど、私は母親のイメージを上手く想像できないので良く分からない。単純に世話を焼いているだけで、母性が高いとかそういうものではないはずだ。
子供を産めば母親というものを少しは理解できるのだろうか。毛玉ちゃんたちはお魚さんを初めて食べるけれど、匂いのお陰で躊躇なく凄い勢いで完食した。物足りないという表情で私を見上げるけれど、夕飯までの繋ぎなので『これで終わりだよ』と伝えれば鼻を鳴らしながら諦めている。
そうこうする内に、外に探検に出ていたメンバーや浜辺で遊んでいた方々が戻ってくる。探検組は果物を沢山見つけたようで、お土産を持って帰ってくれた。浜辺で遊んでいた共和国の皆さまは、少し陽に焼けているけれど今日一日を十分に楽しんだという表情だった。
楽しければなによりと彼らを見ていれば、あれよあれよという間にみんなでコテージの中へと戻る。夕飯は島特有の素材を使っていたり、アルバトロス王国や聖王国のお野菜さんにお肉を使ってのお料理だった。美味しい美味しいとみんなで舌鼓していると、島の新たな開拓地を探しているダリア姉さんとアイリス姉さんがコテージの食堂にひょっこり姿を現した。
「女の子たちで、温泉に行きましょう!」
「身分は関係ないからみんな一緒だよ~。男は覗いたらどうなるか、分かっているよね~?」
前回、ダリア姉さんとアイリス姉さんが島を訪れた時に入った温泉を気に入り、改装が済んでいるそうだ。どうやら九条さんに露天風呂の概念を聞いていたらしく、彼らが描いたイメージ画を参考に造り上げたとのこと。
私とフィーネさまは温泉を理解しているけれど、現地組の皆さまは誰かと一緒に裸でお風呂に入る習慣はなく顔を赤く染めている方がいた。本当に裸の付き合いが駄目ならコテージのシャワーで済ませることができると、ダリア姉さんとアイリス姉さんが女性陣に伝え、興味がある方のみが一緒に森の中の温泉に赴くのだった。