魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
数日前に見つけた浜辺の遺跡に足を運び、今から中へと突入する。突入と表現すれば危ない所へ踏み込むような感じが湧くけれど、未知の場所だから用心するに越したことはない。
トラブルが起きるので遺跡探索には赴かないつもりだったが、報酬として提示されれば致し方ない。
なので念のために錫杖を持っている――私が魔術を放つと遺跡ごと消滅しそうではある――し、護衛にジークとリンもいるし、亜人連合国から力自慢の獣人さんとダークエルフさんも護衛でいる。副団長さまと猫背さんと魔術師三名もいるし、ソフィーアさまとセレスティアさまとギド殿下とマルクスさまも一緒であった。
ちなみに声が録音できる魔術具は割と簡単に制作できたが、取り扱いが難しいという話になった。
長時間録音できるものは諜報活動に向いており、一般に流通させると大変なことになると判断が下った。なのでフィーネさまに手渡された魔道具は五秒から十秒程度録音できるもので一度の使用制限が付与されている。それでも需要はあるようで、フィーネさまは嬉しそうに笑っていた。誰かのために動けることはフィーネさまの魅力的なところだと感心していると、彼女は共和国の監督者に手渡していた。
録音した魔術具は定期便で共和国へと運ばれて送り主から送り先へと渡る。思い人だけではなく家族や友人への連絡を入れ、メッセージを聞いたあとの魔石は回収される。貧民の方々は文字が読めない人が多く、共和国側も連絡手段として丁度良いとなり研修中はある程度配達代を負担してくれるとのこと。
既存のシステムである定期便を使っているので、安く済む上にお願いすれば相手方から研修生にもメッセージが届けられるように仕組み作りをするらしい。
悪用されることもあるので監視付きではあるが、連絡手段がないのは寂しいし今回は良いきっかけとなったのだろう。フィーネさまの懐からも副団長さまたちに報酬を払うことになっているので、彼らの下には一体いくら入るのやら。
「さて、皆さま。準備はよろしいでしょうか?」
副団長さまが代表して声を上げた。にこりと笑っている彼の瞳は面白いものがありますようにと輝いている。私は私で平穏無事に探検を終えますようにと願っているのだから、彼とは相反していた。
「はい」
「大丈夫、行こう」
私と猫背さんが代表して副団長さまに返事をする。砂浜にちょこんと出ている人工構造物は建物の天井辺りだろう。殆どの部分は砂浜の中に埋もれているので、中はどうなっているのやら。遺跡にある窓らしきものから侵入して中へと入れば、砂は全体に侵入しておらず歩ける空間が十分に確保されている。
「凄いですね。砂に埋もれているのかと思えば随分と奇麗ですし……」
私は感嘆の声を上げた。外から見た感じは小さな建物という印象だったが、中に入ると随分と広い。廊下であろう部分と各部屋への扉があり、以前は誰かが住んでいたようだ。
時折、天井から滴り落ちる水に驚きながらも、みんなで進み部屋があれば確認を行いながら、奥へ奥へと進んでいる。珍しい調度品や武具に絵画が飾られており、今現在の美術品や刀剣類と比べると趣が少し違って面白い。特に魔術に関することがなくて、副団長さまたちは少しがっかりしている。私は逆に変な物がなくて良かったと安堵しているのだから、彼らとの温度差が凄い。
「魔術でお屋敷の中が汚れないようにしているようです。砂が入っていないのはソレのお陰かと。調度品から察するに、お金持ちのお屋敷か貴族のお屋敷だったようですねえ」
副団長さまが廊下を歩きながら声を上げる。彼が見つけたかった品がないので好奇心が少し下がっているようだった。まあ、発見した遺跡から世紀の大発見がポコポコと出てくるのが異常なので、今日の遺跡探索が普通なのではと感じてしまう。
「普通のお屋敷のようですね。しかし島に誰か住んでいたとは」
私は周りをきょろきょろと見渡しながら呟く。以前発見した遺跡で島に人が住んでいたことは分かっているが、見つけた遺跡は神殿とか特別な場所という意味合いが強く取れた。しかし今いる遺跡、というか古い建屋は普通のお屋敷のようである。人の営みの形跡があり、ここでは誰かが日常を送っていたのだとうかがい知れる。
「大分昔のようですよ。今現在流行っている絵画とは随分と趣が違いますから」
副団長さまの言葉になるほどと頷き、お屋敷の一番いい部屋に私たちは進んだ。おそらく屋敷の当主部屋だ。立派な机に応接用の椅子があり奥の部屋にはベッドがある。本当にお貴族さまのお屋敷だなと視線を動かしていると、副団長さまが机の中を漁り始めた。
「おや? 日記のようですね。マメにつけられているので、当時の生活を紐解けるでしょうか」
そう言った彼はペラペラと日記の項をめくる。内容を読んでいないように見えるが、速読しているのだろう。所々で副団長さまの手が止まるのは、気になることが記されているからだ。
「黒髪黒目の方についての記述がありますね。時代的には五百年ほど前でしょうか。その頃から黒髪黒目の方は珍しく崇められていたようですよ」
僕たちにその感覚は良く分かりませんが、と副団長さまが言葉を付け足した。確かにアルバトロス王国に住んでいると黒髪黒目は珍しいと思われる程度だ。ただ東大陸と南大陸へ赴けば、黒髪黒目のお方と崇められる。ということは、この島は東か南大陸の影響を強く受けていたのだろう。面白いなと聞き耳を立てながら家探しを続ける。
「黒髪黒目は女神さまの血を引く者、もしくは女神さまの奇跡を体現できる者であると……北大陸のさらに北にある小さな島には神々が住み、四大陸を創造した女神たちの父神がいるとか」
そういえば南大陸の女神さまは大陸の方々と関わりを持って――神罰とかの類――いるけれど、北と西と東大陸を創造した女神さまは、あまり人間と関わろうとしていない。
東大陸の黒髪黒目は女神さまの生まれ変わりで、数々の奇跡を起こすと言い伝えられているけれど、北と西では女神さまと黒髪黒目の伝承は存在していない。私はむーと唇を尖らせて、良く分からない世界だなあと目を細めた。
「どうやら日記を書かれた方は女神さまについて研究をしていたか、信仰に篤い方のようですねえ。頻繁に四人の女神さまについて記されています。あと黒髪黒目の信奉者でもあるようです」
副団長さまが日記を読み終え私に手渡してくれるが、中を読む気にはなれなかった。机の上に日記を置いて奥にある寝室へと足を進める。アルバトロス王都の子爵邸とそう変わらない寝室のはずなのに違和感を覚えた。
「なにか変な感じが……」
『魔素が多い気がするね』
私が感じた空気の違いはクロによると魔素濃度の変化のようだ。でも魔素の濃度を変化させそうな物はないと首をきょろきょろと動かして、なんとなくベッドの枕を剥いでみる。
「あ、魔石がある。どうしてこんな所に……」
私は拳ほどの大きさの魔石を手に取って枕の下に拳銃を仕込んでいるようだと、まじまじと魔石を見つめた。しゅばっと横に副団長さまが立って私の手元を覗き込む。
「大きいですし質も良いですねえ。おや、術式が仕込まれているので魔道具の類のようです」
副団長さまの言葉に感心していれば、魔石が妙な音を立てて私の魔力を奪っていく。
「おやおやおや。魔石は自動的に魔力を吸い取りましたか。魔道具を作った方の実力がうかがい知れますねえ……聖女さま、随分と魔石に魔力を供給したようですが平気なので?」
驚きながらも副団長さまは感心していた。私も私で彼の言葉に驚くのだが、魔力を奪われたとしてもあまり感じていなかった。
「あまり減った感じはしませんね。副団長さまが驚かれるほど減ったのでしょうか?」
「僕が対象であれば気絶していたかと。聖女さまが羨ましいです」
副団長さまは魔術師として十分に魔力を有している方である。そんな方が気絶するほどの魔力を奪われているというのに、私が平気な状態なのは本当に魔力量が増え過ぎているようだ。とりあえず身体に異常はないし、日常生活も普通に送っているので心配する必要はないだろうが、いろいろと気を付けないとあとで大変なことになりそうである。
「この魔道具の使い方は分かりますか?」
「少しお待ちくださいね。術式を解読してみましょう」
私の質問に副団長さまと猫背さんが魔石を持って、なにやら二人で話し込み始めた。邪魔をしては悪いと私はベッドから離れて寝室の中をウロウロと歩く。
「聖女さま」
「はい?」
副団長さまに呼ばれて私は彼らの下へと行く。魔石に仕込まれた術式を読み解けたようで、猫背さんが嬉しそうな顔になっている。魔石には映像と音声が保存されているようで、起動ができれば再生できるそうだ。
かなり長時間の記録が可能なようで、副団長さまと猫背さんが感心している。昨日、彼らが開発した音声記録の魔術具の参考になると喜びながら、魔道具を起動してくれた。
拳ほどの大きさの魔石を床に置くと、魔道具が輝いて3Dホログラムのような映像が浮かび上がった。五百年前の方がこんなことを思いつくなんて凄いと映像に視線を向ける。
『今、私を見ている者がいるならば随分と未来に生きているのだろうな。もし女神信仰が薄れているならば私の話を聞いて欲しい。四つの大陸を創造した女神がどれだけ凄い方々であるかを、未来永劫に伝えて欲しいのだ』
年若そうな男性の姿が浮かび声まで流れてきた。彼は大陸の女神さまを信仰し、女神が引き起こした奇跡を調べていたとのこと。彼はアイドルの熱狂的なファンのように思えてならないが、大陸を創造した女神さまは大事な存在であり、信仰の対象であり、研究の対象でもあった。
一目会いたいと願い北大陸の端に存在するという小さな神々の島を目指して旅に出て、戻ってこれなかった場合に備えてこの魔石を残したと。彼が目指す場所へ辿り着けなくとも後悔はないらしい。彼が気になるのことは、どうして女神さまと同じ容姿である黒髪黒目を作り出したのかが気になっていたそうだ。戻ってこれなかったので彼の疑問が解消されることはなかったのだろう。
『私が死んだとしても構わない。なにせ神々の島の近くで死ねたのだから。きっと私は女神さまの寵愛を受け、神の御許へ辿り着いているはずだ』
そう考えられるなら、彼は望んだ死を迎え後悔も残さず逝けたのだろう。葬送儀式を執り行った魔術師の方のようにはなっていない。彼は女神さまに会えないことを悟っていながら、巡礼の旅に出たのか。
『私がいない未来でも女神信仰が残っていることを願う』
最後に言い残して映像はそこで途切れた。
「女神さまの熱狂的な信者の方でしたね。東大陸では黒髪黒目信仰が残っているので、彼の望みは叶っていますが……変質しているような?」
「時代が変われば価値も変わりますよ。五百年前の信仰がそのまま続けられるというのは中々難しいことですからねえ」
私の疑問に副団長さまが答えてくれた。確かに五百年も同じ信仰が続くのであれば、それはおそらく閉鎖的な場所でないと無理そうだ。その後は特に発見できたものもなく、魔術書が見つかることに期待していた副団長さまたちは気落ちし、私はなにも発見できなかったことに安堵の息を吐くのだった。
◇
島にきて一週間が過ぎた。今日で共和国の研修生組と魔術師組がアルバトロス王国へ戻る。副団長さまたちは浜辺に出現したお屋敷の研究を戻ってやるらしい。
大蛇さまに島の食べ物や果物をお土産として持って帰って良いか聞いてOKを頂いたので、研修生と副団長さまたちは割と大きい荷物を持つことになった。皆さま喜んでくれているので良かったと安堵しているのだが、副団長さまが凄く喜んでいるのは意外だった。
なんでも奥方さまの機嫌を取るのに丁度良いらしい。夫婦仲が壊れないように副団長さまは動いているから、仮面夫婦とかではないようだ。奥方さまがどんな方なのか気になるけれど、他人さまのお家に干渉するのは憚られる。一先ずお別れをしようと、ロッジの外に出てみんなで森の中の道を歩き、砂浜へと辿り着いた。
飛竜便の竜の方を背に立つ共和国の研修生と私たちアルバトロス組と聖王国の面々と亜人連合国の方が対面し、私はアルバトロス側の代表として一歩足を踏み出した。
「皆さま、短い期間でしたが息抜きができたなら嬉しいです。アルバトロスに戻れば、また勉強漬けの日々となりましょう。あまり無理をなさらずに」
島に滞在中は彼女たちと話す機会は少なかった。侯爵位を持つ私が共和国の研修生と一緒に過ごすのは気を遣うと、着かず離れずの距離を取っていた。
その代わりアリアさまとロザリンデさまが彼女たちの面倒をみてくれていたし、フィーネさまとアリサさまも魔術に関して手解きをしていた。同性同士という気安さもあるのか距離を詰めることができたようで、プライベートの時間でも会話を交わすところを目にした。
立場が高すぎるのも問題だけれど適材適所なのだろう。プリエールさんたちが息抜きできれば良いのだから。少し日焼けしている研修生たちを見て私が笑えば、プリエールさんが研修生の代表として半歩前に出る。
「アストライアー侯爵閣下、ありがとうございました! 一週間、貴重な体験をさせて頂き感謝致します!」
彼女がおもいっきり頭を下げ、勢い良く姿勢を元に戻す。首が取れるよと言いたくなるが元気な証拠だろう。研修生の他の面々もプリエールさん同様に良い顔をしているから、特に問題はなかったようだ。みんなを誘って良かったと安堵していると、今度は副団長さまが半歩前に出る。
「聖女さま、この度はご一緒させて頂きありがとうございました。また機会があれば訪れたいものです。あと手紙も確りと届けますので」
副団長さまたちは浜辺のお屋敷で見つけた資料を持ち返り、当時の文化や風土を紐解くそうだ。魔術以外にも歴史やらいろいろと調べているようなので、本当に興味の範囲が広い。
「陛下の許可をきちんと取ってくだされば大丈夫ではないでしょうか? 手紙、よろしくお願い致します」
大蛇さまは島の生き物を無駄に殺生しなければご自由にというスタンスだし、亜人連合国のディアンさまたちも特に咎めることはないだろう。
あとは副団長さまたちがはっちゃけないように陛下の許可があれば、島にいつでもこれるはずだ……もしかして私がなにかやらかすことを期待しているのだろうか。
手紙は私がやらかした件を記してあり、あとは起こるであろうことを書いておいた。陛下方であれば、きちんと対処してくれるはず。そして私は、にこにこ顔の副団長さまの横に立つ猫背さんに視線を向けた。
「せっかく治ってきているので、過度な引き籠もりはしないでくださいね」
「……分かった。頑張る」
猫背さんが私の言葉に小さく頷く。素直に納得してくれているが、興味を引けば研究室に引き籠るのだろう。魔術師団に常駐しているわけではないので、誰か止められる人がいれば良いのだが。
副団長さまは彼に命の危険があるからと連れ出しただけなので、猫背さんが元気な間は放置しそうである。大丈夫か心配になるが彼も大人だ。自分のことは自分でやらなければならないし、私が四六時中張り付いているわけにもいかない。こうして忠告に留めておくのが精一杯だと苦笑いをして、共和国の研修生と魔術師の皆さまが竜の方の背に乗る姿を見ながら竜の方から少し距離を取った。
竜の方が大きな翼を広げて、ゆっくりと高度を上げていく。プリエールさんたちが懸命に手を振っているので私たちも手を振り返した。下から見送る機会は少ないので新鮮だなあ。竜の方が小さくなるまで見送りを続け、私たちはロッジへと戻るのだった。
――お昼がきた。
今日のお昼のメニューは新鮮なお魚さんを使ったムニエルにサラダとパンとスープというものだった。アルバトロス王国ではお魚さんは干物くらいしかないので、料理人さんのセレクトは嬉しい限りだ。クロとアズとネルには果物を用意してくれており、彼らは夢中で食べている。
美味しい美味しいと食べていると、ポポカさんが談話室で『ポエー』と間抜けな声を出している。彼らはグリフォンさんの卵を抱えているのだが、このままグリフォンさんの卵が孵らなければどうしようか悩み中である。
グリフォンさんはお好きにどうぞというスタンスで、このままポポカさんたちが育てても問題ないし、私が彼らから卵さんを奪ってアルバトロス王国に戻っても良いとのこと。一生懸命卵を温めているポポカさんたちから卵さんを奪うのはかなり気が引ける。偽卵を用意しても良いのだが、ずっと温めているポポカさんたちが可哀そうだ。
「ナイ、どうしたの?」
リンが首を傾げながら私に問う。彼女の声に釣られて、クレイグとサフィールとジークが私を見た。
「変な顔になってるぞ」
「大丈夫?」
「どうしたんだ?」
三人揃って不思議そうにしているものだから、その姿がおかしく思えてつい笑ってしまう。大したことではないと告げて、ポポカさんたちの今後はどうなるのか気になっていると変な顔になっていた理由を伝えた。
「お昼からなにするの?」
私は話題を変えて、お昼からなにをするのか男性陣に聞いてみる。他の方々は各々好きなことをしており、私は関知していない。大体、女性陣と男性陣に分かれて好きに動いているようだけれど。
「こっちにきて一週間が経ってるからなあ。島の探検は飽きてきたし、どうしたもんか」
「森の中は随分と歩いたからね」
「ゆっくり過ごすのも良いかもしれないな」
クレイグとサフィールとジークが悩みつつも答えてくれる。特に決めていないので、その場のノリでなにか始めるけれど初日よりも勢いがない。
「あ、海で泳ぐのは? みんな泳げないよね?」
私はふと思いつく。リンとは泳いだけれど、クレイグとサフィールとジークは海で泳いだことがない。そもそもアルバトロス王国は内陸部で、川があっても小川か大河である。王都は水路を築いて生活水は確保されているし、王都近郊で泳げる川はない。一生泳げなくても問題はないが、レジャーとして覚えても損はないだろう。運動にもなるし。
「あの大量の水の中に入るのか?」
クレイグが目を丸く見開いて驚いている。水の中で動くという行為が信じられないようだった。
「怖いのクレイグ」
私はクレイグを見てにやりと笑えば、彼は口の端を吊り上げる。
「……ナイ、喧嘩売ってんのか?」
「違うよ。客観的事実を言っただけ」
ああん、とメンチを切るクレイグに私はふっと笑って言葉を放った。
「よっしゃ。泳げるようになってナイを見返してやる!」
クレイグは椅子から勢い良く立ち上がり、島の浜辺へと行こうとする。サフィールとジークが苦笑いをし、リンが行こうと私に手を差し伸べた。そして私の肩の上に乗るクロが『ナイは意地悪だねえ』としみじみと呟いて、顔をすりすりしてきた。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちも海に行くかと聞いてみると、彼ら彼女らも着いてくるそうだ。ちなみにヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちも泳げないので、私が教えることとなる。
着替えを持って浜辺に移動して、さっそく海の中に入る。着衣で泳ぐのは危ないけれど水着がないので仕方ない。男性陣は上半身裸でも大丈夫だし、私とリンは彼らの半裸など気にしない。今更見ても『きゃ!』とか可愛らしい声を上げたところで、気色悪いと言われるのがオチなのだ。
みんなで膝下の位置まで海の中に入る。ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちは波打ち際で戯れていた。クレイグとサフィールとジークに泳ぎ方をレクチャーしてから、毛玉ちゃんたちに泳ぎを教える予定である。ちなみにロゼさんは泳げなくても問題ないからと言って私の影の中にいる。ロゼさんは粘性生物だから水が苦手なのかもしれない。
「クレイグ、顔を水に浸けられる?」
「……いや、無理だろ」
私からクレイグは視線を外した。彼は勢いで泳ぐと言ったものの現場にきて怖気づいたようだ。
「じゃあ、そこからだね。ジークとサフィールはどうする?」
先生役を担うなら、真面目に生徒と向き合わねばならないだろう。地味に妙な顔になっているクレイグから、ジークとサフィールの顔を見る。
「僕はとりあえず海の中に入ることを慣れないと。顔を浸けるのは怖いなあ」
「リンの話だと、慣れれば直ぐに泳げるようになると聞いたな。とりあえず顔を浸ける練習をしてみる」
とまあ、海に慣れてない面子は初歩の初歩から始めることとなり、リンと私が講師役を務めることになった。やはりジークが一番早く泳ぎをマスターして、顔をどうにか海に浸けられるようになったクレイグもゆっくりと泳いでいる。
サフィールは少し時間が掛かったけれど、先に泳げるようになったジークとクレイグによってコツを受け、ようやく海の中を泳いでいる。慣れてくると息継ぎや潜水にと順を追って、難易度が高いことも伝えてみた。リンは以前に潜水まで覚えているので新たに教えることはないが、彼女であれば遠泳や素潜りもできそうである。
「お魚さん、銛で突けると嬉しいけれど、潜水は難しいんだよね」
海に潜ってお魚さんを突くなら、釣りをするより確実に採れそうである。漁業権とか気にしなくて良いし食べる分には取り放題だ。海は綺麗で澄んでいるから潜り易いけれど、深く潜るのは私には無理である。
「そうなの?」
リンが私の隣で首を傾げる。ジークたちは泳げるようになって、三人の中で誰が速く泳げるか競争していた。
「身体、浮かない?」
「どうだろう。一応、沈んでくれるよ。あとは息がどれくらいもつか、かな」
リンの言葉に羨ましいと返して、毛玉ちゃんたちの下へ行く。クロは犬かきならぬ竜かきで泳いでいるけれど、アズとネルは経験が足りなくて毛玉ちゃんたちと波打ち際で遊んでいた。
「みんなも泳いでみる?」
私の声に毛玉ちゃんたちが一鳴きして、順番に海の中へと入る。松風と早風が勢い良く海の中に入って、ばっしゃばしゃと水しぶきを豪快に上げながら、四本の脚を必死に動かして泳いでいる。
「もっとゆっくり動かしてみて。大丈夫、沈まないから」
松風のお腹の部分に手を伸ばして補助をする。私が腕を伸ばしたことにより安心したのか、言葉通りに松風はゆっくりと脚を動かし始めた。私は様子を伺いながら腕に入れている力を抜いていく。
松風はそのことに気付かないまま、ゆっくりと脚を動かしてぱしゃぱしゃと泳いでいる。隣でも早風がリンの手解きを受けながら、同じように泳ぎ方をマスターしていた。
慣れると自由に二頭は海を泳いでいるので、次は椿ちゃんたちの番だと海の中へと誘った。これまた勢い良く派手に水しぶきを上げながら、豪快な犬かきをしている。そんな姿に苦笑しながら、松風たちと同じように手解きをすれば直ぐに泳げるようになっていた。
そうしてヴァナルも海の中へと入って、綺麗な犬かきを披露している。浜辺では雪さんたちが『見事な泳ぎです』『仔たちも頑張りました』『私たちは遠慮しておきます』と言って、泳がないようだった。
お昼から続いた水泳講座は夕方になり終了を迎える。泳げるようになったとドヤ顔になっているクレイグの後ろに、毛玉ちゃんたちも泳げるようになったとふふんと顔を上げて歩いている。
「楽しかったなら、なにより。今日はぐっすり眠れるよー」
若いから疲れていなさそうに見えるけれど、泳ぎは結構体力を使う。私も同様に直ぐに寝落ちするのだろうなと笑って、ロッジに戻るのだった。