魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
移動十日目。朝起きて天幕の片付けにご飯を済ませ、また幌馬車へと乗り込む。ガタガタと揺られながら真昼間、ようやく辺境伯領領都へと辿り着いたのだった。
王都ほどの規模はないけれど、十分に栄えている街というのが第一印象。高い城壁に守られ、その中には整備された家々に辺境伯さまが住まう大屋敷……というよりほぼお城だった。
「凄いね。王都も大きいけれど、辺境伯領ってだけあるなあ」
観光がてらにプライベートで訪れてみたいけれど、無理だろう。移動に時間が掛るということはそれだけお金が掛かってしまうのだから。
今回の遠征中に自由時間があれば、ぷらぷらと街を散策できれば御の字か。
「ああ。ここまでの規模の街は王都以外だと初めてだな」
「大きいね」
高い城壁を見上げて、おのぼりさん丸出しの三人だった。
「聖女さま」
「はい、どうされましたか?」
唐突に教会から派遣され遠征時には聖女を統括している――聖女さまたちは皆この役目を担っている人を、統括と呼んでる――方が私に声を掛けた。
かっちりとした服に髪を後ろになでつけている中年男性。それなりの家の出身者だった気がするけれど、忘れてしまった。覚えていないので、覚えていなくても大丈夫な部類の人である。
「軍や騎士団、そして辺境伯さまより、聖女さま全員に呼び出しが掛かりました。着いたばかりでお疲れでありましょうが、馬車へ同乗をお願いいたします」
辺境伯領都への入門はまだ果たしていないし、人数が多いので今日も今日とて野宿の予定だったのだけれども。夜までには時間があるから辺境伯さまの屋敷で部隊編成の割り当てでも発表されるのだろう。
「承知しました」
「あとこちらを。――では、よろしくお願いいたします」
手短に用件だけ告げて統括はこの場から去っていく。他の聖女さまにも伝達しなければならないので、忙しいのだろう。彼から受け取ったものは三枚の腕章だった。教会のマークが刺繍され、教会関係者だということが一目でわかる。
そして布の色が白地に青の縁取りがされているので、教会騎士の服のシンボルカラーなので聖女、もしくは聖女の護衛騎士と表すものでもある。
「ジーク、リン。はい、これ」
「ああ」
「うん」
二人にも腕章を渡す。誰にでも合うように作られているので、腕回りに余裕がある。持参していた裁縫道具を取り出し白色の糸を取り出し、針孔へと通す。
「リンからかな。――ごめん……ちょっとだけ屈んで、じっとしててね」
「ん」
私の言葉通りに素直にしゃがんでくれたリンの左腕上腕部の服の布に何度か糸を通す。辺境伯さまの屋敷にお邪魔する間だけ、止まっていればいいので本当に軽く。
終わりだよ、という言葉と共にリンの左腕をぽんと軽く叩くと、ありがとうと言葉が返ってきた。そして静かに待っていたジークに声を掛ける。
「ジークは……膝立ちになってもらっていい?」
「わかった」
そういうと地面の上に膝立ちになるジーク。これでも私の胸元よりも腕の部分が上になるのだから、羨ましい限り。背がもう少しあればなあと、自然に口が開く。
「ごめんね」
「ナイが謝ることじゃないだろう」
「それはそうかもしれないけれど……もう少し背が高ければと思うことが多々あるのですよ……」
「気にし過ぎだ」
同年代の女の子とは頭一つ分近く低いんだもの、そりゃ気にもしますさ。副団長さまには遠回しに『成長はこれ以上期待できない』と言われる始末だし。
誰か背が伸びる魔術とか術式開発してくれないかなあ……。してくれないか、そんなものに時間を費やすなら新しい攻撃系統魔術でも考える方が有意義だもの。もう、私の背が伸びることに期待しない方が良さそうだなあと、がっくりと項垂れジークの左腕も軽く叩くとすまないと声が返ってきた。
「ナイはどうする、誰かに頼むか?」
三人だと家事全般は私の仕事になっているから、ジークは誰かに頼もうと考えているようだ。
「ううん、このくらいなら自分でできるよ。ちょっとだけ袖と腕章を一緒に持ち上げてて欲しいかなあ」
左腕は動かせないし、服が浮いていないと自分の腕に針を刺しそうだ。
「そうか。――リン」
ジークがその作業を受け持つよりも、リンにやってもらった方が良いと判断したようだ。周りの目もあるから、迂闊に男性が触らない方が良いと考えたみたい。リンに声を掛けると、彼女が嬉しそうな顔をする。
「はーい。こんな感じでいいの?」
「うん。少しだけそのままで」
そうしてまた針を何度か腕章と服の間を行き来させれば、直ぐに終わる。
「ありがと、リン」
「どういたしまして」
裁縫道具を鞄の中へとしまい込んで、荷物は纏めて預けることにした。聖女の衣装と騎士服を用意しておけと連絡を受けていたのだけれど、必要なさそうだなと苦笑い。
教会の馬車は、すぐに分かる場所に待機していたのでそのまま乗り込む。どうやら私が一番乗りだったようで、誰も居ない。護衛の騎士は一緒には乗り込まず、警備の方へ回るらしい。
小窓から見える景色をぼーっと眺めていると、ようやく誰かが乗り込んできた。軽く頭を下げ言葉も交わさず、既定の人員になるまでただひたすら待つのみ。
「あ」
そうしてまた誰かがやって来て、小さく声が聞こえたから、ついそちらを見てしまった。視線の先には昨日、移動の際に同乗した新米聖女のアリアさま。長い金糸の髪を揺らしてアイスブルーの瞳を輝かせて私を見ているので、苦笑いをしながら頭を下げる。
彼女も頭を下げ静かに着席し、ほどなくするとがたりと馬車が揺れ、辺境伯さまの屋敷へ赴くために動き出したのだった。
◇
辺境伯領領都の正面大門を抜け、真っ直ぐ屋敷へと続く道を馬車はゆっくりと街を行く。教会の馬車が珍しいのか、それとも護衛の人数の多さに驚きどんな要人が乗っているのかが気になるのか、正解はわかないけれど領民の人たちが物珍しそうに立ち止まってこちらを見ていた。
件の新米聖女さまも物珍しそうに小窓から見える景色を眺めていた。慣れている人は外など気にせず、ただただ時間が過ぎるのを待ち到着まで無心で過ごしている。
ジークとリンはどうしているのかなと私も小窓から外を確認する。剣を提げ馬車の近くを歩いているけれど、その視線は厳しいものだった。
警護の為だと分かっているけれど、こういう顔にさせているのは騎士の仕事に就いたから。私が聖女なんてものになっていなければ……という考えが浮かび首を振る。
あのまま貧民街で暮らしていれば春を売って生きていく道しかなく、私だけではなく彼女も……。これ以上深く考えるのは止めようと、深く息を吐く。
過去を振り返って、益になることは何もない。なら目の前にあることを一つでも片づけた方がマシである。今回の遠征でどんなことが起こるのかを考えていた方が有益だよなと、気持ちを切り替える。
編成規模の大きい遠征。一体どれだけ魔物が異常発生しているのか気になる。何か理由があるのならば、原因を潰せばいい。分からなければ、とりあえず魔物を間引いて時間を稼ぐ腹積もりだと聞いているけれど。
「お待たせしました。――ヴァイセンベルク辺境伯邸になります」
御者の人の声が中に響くと馬車の扉に近い人から降り始めた。必然的に最初に乗り込んだ私が最後となる。
護衛として就いていたジークが手を差し伸べていたので、彼の手を取って馬車を降りた。他の聖女さまたちから『そこを代われ』という意味合いの視線が刺さる。ジークはいつもと変わらない様子なので、気にしていないようだ。
彼の下には時折『エスコート依頼』が舞い降りてる。
お貴族さま出身の聖女さまは貴族として夜会に出席することがあるのだけれど、婚約者が居ない人は見目麗しいエスコート役を探す。教会も出自の分からないエスコート役を雇うよりも、教会に所属している身内の方が問題が少ないと考えたのだろう。
斡旋業務をいつの間にか開始していたのだ。
そんなことなのでお貴族さまの籍へ入ったジークは、彼女たちからすれば凄く美味しい物件。身長が高く、体も鍛えていて細マッチョ。短く切りそろえた赤い髪に紫の瞳。顔、すこぶる整っている。身内以外と喋るときは基本敬語で低い声でありながら威圧感はなく耳に心地良い声。
良い衣装を身に纏い黙って突っ立ているだけで絵になる。リンも普段はのほほんとしているけれど、騎士としてならキリッとしているからカッコいい女性と評されてる。
「どうしたの?」
リンの男装姿を頭の中で思い描いていたら、自然と笑みが出ていたようでリンが私の顔を覗き込んで声を掛けてた。
「ううん、リンが男装したらカッコいいだろうなって考えてた」
「ダンソウ?」
どうやら一度で意味が伝わらなかったようだ。わからなかった所を聞き返した彼女に苦笑を浮かべる。
「男の人の恰好したらってこと」
「んと、それ兄さんになるだけだよ?」
双子だものね。性差はあるけれど似ている二人である。リンが男装をすれば当然ジークによく似るのだろう。あれ?
「じゃあジークが女の子の恰好をすればリンになるね」
「え……それはちょっと…………」
そう言ってジークの方を見る微妙な顔をしているリンに気が付いたのか、こちらを見て不思議そうに視線を寄こす彼。そんな彼が女装した姿を想像してみる。
「ぶっ!」
「二人共、なんで俺を見て微妙な顔をしたり、笑ったりしている……?」
不味い、ジークが女装した所を想像したら笑いが止まらなくなった。声に出すのは憚られるので必死に我慢しているけれど、笑ってはいけないと思うと余計に笑いが込みあげてくる。
「あのね、兄さんが女の子の恰好をしたら私になるねってナイが」
「……おい」
呼ばれてジークの顔を見る。顔だけなら女装が似合っている可能性は十分にあるけれど、体形は隠せないだろう。肩幅広いし、腰も男性特有のものだから。
「ごめん。ジークが女装してるとこ想像したら止まらなくなった」
「後で説教だ。――とりあえず行くぞ。無駄話をしている時間はないからな」
馬車から降りた聖女さまたちは、辺境伯邸の馬車停から移動し始めている。アリアさまが私たちを不思議そうな顔で見ていたけれど、護衛の騎士の人に移動を促されていた。彼女たちに追いついて最後尾を歩く。ちなみに先頭は侯爵家の馬車で乗り付けた件の聖女さまだった。
扇子を持ってご令嬢然とした姿で闊歩している。移動で疲れているだろうに、そんな素振りは全く見せていないことに感心していると、邸の玄関前に今回の遠征に参加している聖女が全員集まっていた。
お貴族さま出身の聖女を呼ぶなら理解はできるけれど、どうして平民出身の聖女まで呼ばれているのか。
流石に親睦を深めましょう、なんて短絡的なものではないだろう。
国境警備と魔物の襲来に耐え凌ぎ、勇名を馳せてきた辺境伯家なのだから。玄関前にはセレスティアさまと婚約者であるマルクスさま、そしてソフィーアさまの姿が確認できた。三人と目が合ったので軽く目礼を交わし、辺境伯邸の中へと案内される。
広い玄関ホールにはガタイの良い中年男性の姿が。おそらく彼がヴァイセンベルク辺境伯さまであろう。護衛の人たちを数名連れて、ホールの階段前に立っている。そうして一緒に屋敷の中へと入ってきた、出迎え陣は閣下たちの斜め横に集まっていた。
「ようこそ、ヴァイセンベルク辺境伯家へ。早速で申し訳ないのだが聖女さま方にはやって欲しいことがある」
辺境伯さまと聖女十名程度に護衛の教会騎士が多数が対面していた。
「ご機嫌麗しゅう、ヴァイセンベルク閣下。聖女を代表して家格が一番高いわたくしがご挨拶申し上げますわ」
「確か、侯爵家のご令嬢だったかな? 此度の遠征に参加頂き感謝する。しかし事態は一刻を争う、まずは場所を移動しよう」
辺境伯さまの素っ気ない態度に少しいら立つ様子を見せた、侯爵令嬢さま。そそくさとホールを過ぎ歩いて行く辺境伯さまの後ろを一同、理由もわからぬままついて行くしかなかったのだった。