魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0480:釣り上げた魚。

 リンの力を頼りに針に掛かったお魚さんを釣り上げようと必死になっている。魚影は見えているのでもう少しなのだが、なかなか(おか)へと上がってくれない。美味しく食べてあげるから観念してくださいませと願っていると、水面にお魚さんの身体が見えた。前回フィーネさまが釣り上げた黒鯛よりも大きいのは確実で、私の口元が伸びるのが分かる。

 

 「もう少しっ……! 竿、持つかな」

 

 私は視線を竿に向ける。お手製の竿は頑丈とは言い難く、今にも折れそうである。私が視線を海から竿へと移したことにより、リンも釣られて竿に視線を向けた。

 

 「折れそうだね。大丈夫だと良いんだけれど」

 

 私の背後から腕を回して、竿がお魚さんに引っ張られないように力添えしてくれているリンも不味いと判断しているようだ。早く釣り上げた方が良さそうだと視線を海に戻す。

 

 『ナイ、リン、頑張って~』

 

 クロが私の肩の上で尻尾をぺしぺしと背中に叩きつける。どんなお魚さんが釣れるか興味があるようで、海の方を覗き込んでいる。器用に脚を踏ん張っているので肩から落ちはしないし、落ちたとしても飛べるから問題はないけれど。落ちないでねと願いつつ、もうひと踏ん張りだと手に力を込めた。

 

 「一応、ただの魚だな」

 

 「そうだね。大きいけれど、リンがいるならナイでも引き上げられるかな」

 

 「……大丈夫だと良いが」

 

 クレイグとサフィールとジークは私が釣り上げるお魚さんが普通のお魚さんだったので、安堵しているようだった。手伝って欲しいと願い出ない限り、彼らは少し離れた場所で見守りに徹するようである。

 先程、根がかりして魔力を盗まれたばかりだから、きっと普通のお魚さんなのだろう。ある意味良かったかなと安堵の息を吐くと、お魚さんの体力が尽きたのか海面から顔を出し、身体も中に浮いて糸に釣られて手元の方へとやってくる。

 

 「大きいねえ。大きいね……」

 

 釣り上げたお魚さんは六十センチクラスの大物だった。でも普通のお魚さんと少し……いや、大分違う特徴がある。びちびちと一生懸命に跳ねているお魚さんだが、果たして目の前の生き物はお魚さんと言えるのだろうか?

 

 「人間の顔、かな?」

 

 リンが跳ねるお魚さんを見て首を傾げながら、人間の顔があると告げた。私の見間違いかと納得させようとしたが、他の人にもそう見えているようだ。クロも私の肩の上で『顔の部分が人の顔だねえ』と呑気に呟いている。

 クレイグとサフィールとジークも私が魚を釣り上げたからこちらへきているが、クレイグは目を真ん丸に開いて、サフィールとジークはなんとも言えない表情になっていた。

 

 「な、なななな、なんで魚に人の顔があるんだ!?」

 

 「本当だ。人の顔を持つ魚がいるんだね」

 

 「サフィール、おそらくかなり珍しい部類に入るんじゃないか」

 

 クレイグはお魚さんを指を指して驚いているけれど、サフィールとジークは落ち着いた様子だった。落ち着き方が微妙な気がするけれど、私を見て苦笑いを浮かべないで欲しい。驚きから復活したクレイグも私に視線を合わせて、口を開いた。

 

 「ナイ、これ、どうすんだよ。食べるのか?」

 

 彼の言葉に私は一瞬考える。池の鯉に人の顔をした模様があると、テレビのニュースで騒がれていたことがあった。目の前のお魚さんは、人の顔の模様ではなく、人の顔そのものなのだ。

 確か、ゲームで人の顔をしたお魚を育てるゲームがあったけれど、造形の雰囲気が似ている。これで目の前のお魚さんが喋り始めれば、ゲームそのものだよなあと感心してしまった。お魚さんはゲームの様に喋りはしないけれど、先ほどから『ぎょえー』と珍妙な声を上げている。って、違う。

 

 「釣り上げたから、きちんと食べないとって考えているけれど……食べるのは抵抗があるね……」

 

 クレイグの質問に答えた私は、どうしようかと悩んでいた。食べる目的でお魚さんを釣り上げたのだから、最初の目的通りに食すのが正義だろう。

 

 「俺も食う気が湧かねえぞ。ジークとサフィールは?」

 

 クレイグが大きく息を吐いて、二人の顔を見る。

 

 「僕もちょっと食べ辛いかな。お腹が減っていれば別だけれどね」

 

 サフィールは肩を竦めて遠慮したいと申し出た。貧民街時代であれば、私たちは迷わず目の前のお魚さんをごちそうとして捉え、嬉々として火を燃やして焼いて食べたことだろう。今はご飯に困ることはなく余裕があるので、食べるものの選別をしていた。心の余裕からくるもだから、悪いことではないはずだ。

 

 「見た目が食べる気を失せさせるな。リンはどうしたい?」

 

 ジークも小さく息を吐いてから、妹のリンを見て問う。

 

 「食べるのは可哀そうかなって……変な話だけれど」

 

 まあ、同じサイズの普通のお魚さんを釣り上げていれば、私たちは嬉々として食べている。確かに躊躇っているのは変な話なのかもしれないと、リンの顔を見上げて私は頷いた。

 

 「じゃあ逃がそうか。ちょっと残念だけれど、食べないならリリースするのが一番良い方法だろうしね」

 

 早く逃がしてあげないと弱ってしまう。六十センチオーバーの巨大魚を食べられないのは残念だが、怪魚を食べるには勇気が必要だった。

 

 「えっと、楽しませてくれてありがとう。元気に海で過ごしてね――"君よ陽の唄を聴け"」

 

 お魚さんの下にしゃがみ込んで別れを告げた。正直、お魚さんが針に食いついて引き上げるまでの時間は楽しかった。力比べなんてやったことがないし、リンの力を借りたけれど、お魚さんの力強さを体験できたのは良い機会であった。

 感謝の気持ちと、釣り針で傷ついた場所が癒えるようにと随分と魔力を絞った治癒を施しておいたので、海の中で元気に暮らして欲しい。尻尾の付け根を持って、海の中にお魚さんを放り込んだ。お魚さんは一瞬にして海の中へと泳いで、直ぐに姿が見えなくなった。

 

 『せっかく釣ったのに逃がして良かったの、ナイ?』

 

 「うん。無理に食べても仕方ないし、逃がした方が正解かなって」

 

 クロが私の言葉に頷いて、顔をぐしぐしと擦り付けてくる。クレイグが釣りを続けるのかと声を掛けてくれたので、私はそろそろ引き上げようと提案した。野郎陣三人が手のひらサイズのお魚さんを釣っているので、戻って塩焼きにして貰おうとみんなで決める。

 釣り場にしていた磯の掃除を行っていると、少し雲行きが怪しくなっていることに気が付いて空を見上げる。

 

 「こんなもんか。雨が降りそうだし、帰ろうぜ」

 

 クレイグにみんなが頷いて、磯を離れようとした時だった。突然、海が大きくうねり白波が磯に打ち付ける。いきなりどうしたのかと驚くものの、波にのまれては不味いと直ぐに磯を離れた。

 

 「こんなに急に海が荒れるものなのかな?」

 

 サフィールの声に釣られて、磯から離れた場所で五人並んで海の様子を眺める。クロも不思議そうに首を傾げているし、影の中のロゼさんもソワソワしている気がした。

 

 「陸育ちに分かる訳ねえだろ。ずぶ濡れになる前に戻るぞ」

 

 私の疑問にクレイグが的確なツッコミと次にとるべき行動を述べて、みんなで頷いた時だった。海の中から巨大な竜というか蜥蜴というか、凄く大きな竜っぽい方が顔と上半身を海面から出している。そして先ほど釣り上げたお魚さんが竜のお方の前をぴょんと跳ね、存在をアピールした。

 

 『この仔を釣り上げたのはお主らか?』

 

 海から姿を現した竜のお方――多分――を私たちは見上げる。クレイグとサフィールの顔は引き攣っているけれど、ジークとリンの顔はいつも通りだった。クロは動じることなく、私と一緒に竜のお方を見上げている。

 

 「この仔と仰られるのは、先ほど海面を跳ねたお魚でしょうか?」

 

 認識が間違っていると大問題となるため、私は確認を取る。目の前のお方の仰るこの仔とは、先ほど海面を跳ねたお魚さんで、先ほどリリースしたお魚さんであろうか。

 

 『そうだ。この仔は海の中で元気に泳ぎ回っていたのだが、ついに人間に釣られてしまったかと悲しんでいたが……戻ってきた。それに何故か力が増しているのでな、先ほど理由を問うた』

 

 不思議に思って島を見にきたと、竜のお方が続けて教えてくれた。最近、海の中の魔素濃度が上がって生き物が元気になったそうだ。海に住んでいる魔物も同様で、活動が活発になっているとのこと。

 きっかけは私たちのいる島で火山活動が活発になった頃からだそうだ。それって私が島に魔力を注いだ時ではなかろうかと首を傾げるが、怖くて確認を取る勇気はなかった。

 

 『話を聞くとな、仔を釣り上げた人間が海に戻してくれたそうな。どのような人間か興味が湧いてな。出てきた次第だ』

 

 「確かに先ほど跳ねた魚を釣り上げたのはわたくしです」

 

 『ふむ。ではこちらの魚ではないのだな?』

 

 竜のお方の声と同時に、巨大なマグロさんが海面をばしゃりと跳ねてアピールした。六十センチオーバーのお魚さんより三倍以上大きい気がしたが気の所為だろうか。しかしマグロさんが近海で泳いでいるとは意外であった。マグロさんが釣れていれば、凄く大喜びしながら料理人さんに捌いてくださいとお願いしただろう。

 

 「いえ、今跳ねた魚の前に跳ねた魚がわたくしが釣った魚です」

 

 言い回しが紛らわしいが、こう表現するしかないので致し方ない。嘘を吐いてもしかたなく、私が釣ったのは六十センチオーバーのお魚さんであると、きちんと竜のお方に告げた。

 

 『ほう。欲のある者であれば大きな方を釣ったと嘘を吐いて選ぶというのに、お主は正直者だ』

 

 本当はマグロさんを食べたいので嘘を吐きたい気持ちは存分にあった。でも嘘を吐いてもしかたないし、近海にマグロさんが回遊しているならばいつか釣れる可能性は十分にある。

 ドワーフの職人さんに資金を惜しまず道具制作を依頼すれば、マグロ用の釣り竿を作って貰えるはず。竜の鱗で作った釣り竿であれば、マグロさんが沢山釣れそうだとにんまりと顔が緩くなるのを我慢していると、意外な方が現れた。

 

 『おや。海が荒れとると様子を見にきたのだが、これはこれは。海竜ではないか、珍しい』

 

 島の主である大蛇さまがひょっこりと顔を出した。私の隣に大きな大蛇さまの顔が近づいて、竜のお方をじっと見ている。怒っているとか、恐れているとか負の感情はなく、単に興味が引かれたようだった。

 

 『ん? 陸の蛇か。力を持っているようだな。初めて見受けるが、名のある者とみた』

 

 海の竜さんも大蛇さまに嫌悪や悪意はなさそうで、珍しいものを見たという雰囲気だった。妙な組み合わせだなあとお二方のやり取りを眺める。

 

 『名前はないが、この島の主を務めておるぞ。お主こそ、名は?』

 

 『そういえば私も名前はないな。王命により海の護りを務めているが……名前なぞ誰からも聞かれなかった』

 

 大蛇さまと海の竜さんとの間に微妙な空気が流れ始め、彼らの視線が私に注がれる。あれ、嫌な予感がするのは……私だけ?

 

 ◇

 

 白い大蛇さまが首をぬっと立て、海の中から上半身を出している暗黒色の竜のお方が相対している。大蛇さまの方が竜のお方よりも小柄だけれど、どちらも身体が大きいので凄く迫力があった。私たち幼馴染組は彼らのやり取りを黙って眺めていたのだが、名前に関して何故か大蛇さまと竜のお方の視線が刺さった。

 みんないつも通りに『またか……』『ナイだからねえ』『面倒事にならないと良いが……』『ナイなら大丈夫』とそれぞれ言いたげである。言葉にしないのは、この場で発言すると不味いと理解しているのだろう。

 

 『長く生きておるし、そろそろ名前が欲し……――むむ、むむむむむ! 小さき人間の肩に乗りし竜はさぞ力のあるお方と見受ける! 蛇殿、少々失礼するぞ!』

 

 竜のお方が大蛇さまに断りを入れて、陸へと近づいてくる。竜のお方の全長はディアンさまとベリルさまたちに負けず劣らずの大きさだ。ただ少し違うところは、身体が細長く翼は小さいし、尻尾が縦に平面的だった。海中にこんな大きな竜がいるのに、今まで気づかなかったなんて本当に不思議である。

 

 『構わんぞい。ふふふ、陸には凄い竜がおるのじゃよ!』

 

 大蛇さまが竜のお方になぜかドヤ顔を向けている。どうやら海と陸の違いによって競争心が生まれているようだ。大蛇さまは顔を高く上げて、喉か胸のあたりを張って格好つけていた。クロはクロで海の竜のお方に興味があるのか、私の肩の上で脚踏みをしながらこてんこてんと楽しそうに顔を動かしている。

 

 『初めまして。陸の小さき竜よ。我は海の護りを務める竜。そなたは?』

 

 竜のお方が陸へと近づき、顔をクロに寄せて挨拶をした。クロも私の肩の上に乗ったまま口を開く。

 

 『ボクはね、クロって言うんだ。彼女の側で一緒に過ごしているよ~』

 

 クロが名乗りを上げると、ぐりぐりと顔を私の顔に擦り付ける。

 

 『名前があるのか、羨ましい。しかし人間に付き従っているのか?』

 

 『付き従っているんじゃないよ。一緒に過ごしているだけ。彼女と一緒にいるといろんなことが起こって毎日が楽しいねえ』

 

 竜のお方が厳つい顔を傾げると、クロも釣られて顔を傾げる。その横で大蛇さまが顔を出し私の方を見た。

 

 『お嬢ちゃんの毎日は楽しそうだのう。人間故の苦労もあるだろうが、それを越えて面白いことをやってくれる。ワシが強くなったのもお嬢ちゃんのお陰だしな。っとワシが話の邪魔をしては駄目だのう』

 

 大蛇さまがそう言って、私の背中に顔を付けて少し前へと押し出した。どうやら海の竜のお方と挨拶をしろということらしい。

 

 「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。ナイ・アストライアーと申します。アルバトロス王国で侯爵位を賜り、聖女を務めさせて頂いております」

 

 『???』

 

 竜のお方が妙な顔になって私の言葉を頑張って咀嚼しようとしている。人間社会に疎いのは仕方ないので、簡単にどんなものか説明するとなるほどと理解してくれて安堵の息を小さく吐いた。大蛇さまも横で唸りながら聞いていたのだが、もしかしてあまり知っていなかったのだろうか。まあ、彼らには彼らのルールがあるのだから、深く捉える必要はないと前を向く。

 

 『名前がナイで良いのだな? アストライアーが家名というものか。人間は本当に面白い。しかし海に落ちて助けた者とは装いが違う気がするぞ?』

 

 海の世界は陸とは違い、名前がない個体が多く存在しているそうだ。家名も卵さんで産まれるお魚さんたちが多いので、兄弟が計り知れないし、生きているかどうかすらも分からないと。

 竜のお方は陸の竜さんたちと同じく、番から卵さんが生まれるか、自然に力を得て具現化するか、突然変異で竜化することもあると教えてくれた。名前の文化は海の王さまが気が向けば名付けてくれるらしいが、かなり珍しいし、王さま自身名前に頓着していない。だから海の王さまの名前を竜のお方は知らないと首を振っていた。

 

 「おそらく漁師の皆さまではないでしょうか。海の上で働く方々ですので、装いが違うのは致し方ないことかと」

 

 アルバトロス王国は内陸部なので漁師さんは珍しいが、海沿いの国に赴いて港へ行けば活気の良い声が響いている。フソウでも寒い地域というのに褌一丁で作業している姿を見た。他の国もそう変わらないし、竜のお方が不思議に思っても仕方ない。

 

 『ボクは代表たちを呼んでくるね~ナイは彼らと話してて』

 

 竜のお方と話していると、クロが私の肩から飛び上る。

 

 「あ、うん。クロ、お願いします」

 

 クロと顔を合わせると、ぴゅーと空を飛んで行く。暗雲立ち込めていた空はいつの間にか晴れやかな青空に戻っており、先ほどまでの荒れた天気模様が嘘みたいだった。

 

 『小さき竜に気を取られてしまったが、私に名をくれぬか?』

 

 『む。黙って聞いておれば逃せぬ言葉を……お嬢ちゃん、ワシにも名前をくれんかの?』

 

 竜のお方と大蛇さまが私に視線を向けた。どうしていつもこうなってしまうのだろうと、私は頭を抱えたくなる。

 

 「あの……皆さまいつも私に名を強請りますが、考えるのは大変なんですよ?」

 

 そう、気楽につけられないのだ。気楽に名前の候補を呟くことすら、ポチとタマにより塞がれてしまった。カッコいい名前が直ぐ頭の中に浮かべば良いが、知識やひらめきは私の中に存在しない。前世の知識を使っても良いのだが、気の利いた名前なんてほとんど知らないし……むーと唸っていると竜のお方が良い顔になっている。

 

 『言葉から察するに、名前をいろいろな者に付けてきているではないか。今更、ひとつふたつお主が付けた名が増えたところで変わるまい』

 

 『なにを悩んでいるのだ、お嬢ちゃんは?』

 

 竜のお方が私の言葉から事実を導き出し、大蛇さまが首を傾げる。まあ、ここは正直に打ち明けておいた方が無難だろうと私は彼らを見上げる。

 

 「名前を授けるということは、大きな責任が生じると考えております。簡単につける訳にはなりません」

 

 ポチとタマの件は致し方なかったし、申し訳ないと思っている。本人は名前を気に入っているけれど、名前の由来を知った周りの方々は微妙な顔になっていた。ちなみに名前の由来を打ち明けたポチとタマに改名を促してみたが、嫌だ~と拒否されている。また同じ失敗を繰り返す訳にはいかないので、竜のお方と大蛇さまには諦めて欲しい。

 

 『それはそれで良いことではないか。悩みぬいて付けてくれた名を賜るのは光栄なこと!』

 

 なんだか断れない事態になっているなあと遠い目になる。大蛇さまも期待の視線を寄越しているし、これは私が付けないと引き下がってくれそうにない。

 

 「今少し時間をください……この場で良い名前を授けられるとは思えませんし……」

 

 『おお! 気が変わったのか。嬉しいぞ! いつまでも待っておるからな!』

 

 『前からお嬢ちゃんから名前を欲しかったのだが、良い機会に恵まれたのう』

 

 海の竜のお方と大蛇さまはきゃっきゃと喜んでいる。早くディアンさま方がこないかなあと願っていれば、見慣れた姿が見えてきた。ディアンさまとベリルさまに赤竜さまと青竜さまと緑竜さまも一緒である。ダリア姉さんとアイリス姉さんもきているし、ダークエルフさんも一緒だった。そして勢いよく私の下へとクロが飛んでくる。

 

 「おかえり、クロ」

 

 『ナイ、ただいま。このやり取り、ちょっと新鮮かな』

 

 ふふ、とクロが嬉しそうに笑って私の肩の上に乗った。そうしてディアンさま方と顔を合わせて礼を執る。

 

 「クロと離れることはないから新鮮だね。ディアンさま、皆さま、海の竜のお方とお話する機会を頂きました。彼と大蛇さまに私が名前を贈ることとなりました」

 

 ディアンさまたちに挨拶をすると、ダリア姉さんとアイリス姉さんが私の後ろに立つ。アイリス姉さんは私のお腹に両手を回してぴったりとくっついてきた。

 ダリア姉さんはやれやれという雰囲気で、リンはむっとしている。これはいつものことだから良いけれど、赤竜さんが何故か微妙な顔をしていた。

 

 「君は我々の想像を超えることに出会うな。名を請われたならば、名を贈って貰えると有難い。さて、海の竜と会うのは初めてだ。私は西大陸の亜人連合国で代表を務めている。我々に名乗る習慣がないのでご了承頂きたい」

 

 ディアンさまが苦笑して私から海の竜のお方へと顔を向けて名乗りを上げた。

 

 『そこにおる小さき者もお主らも魔力量が多いなあ……額に角があるが、竜の力が弱くなったのか?』

 

 「いや、亜人連合国の土地が狭くてな。人間を模している方が都合が良かったというだけだ。本来なら竜の姿で対面すべきだが……五頭もいると島でも不便だ」

 

 亜人連合国の竜の皆さまが人化している理由って土地が狭いことが起因していたのか。切ないけれど、確かに亜人連合国の国土は大きいと言い辛いから致し方ないのだろう。また無茶をして島に魔力を注ぎ込めば大変な事態になりそうなので、いきなり大きく土地が広がるということはない。

 

 『海は広いぞ。陸のように人間がいないから、国土を気にする者はいないからな。気が向けば、陸から海へ移り住むと良い。竜ならば環境の違いに最適化するだろう』

 

 竜のお方が、人化したようになと仰った。なるほど、環境の変化によって成長に変化があるようだ。人間が対応するには代を経なければ無理だけれど、竜であれば一代で可能にしてしまうようだった。

 面白いなあと聞き耳を立てていると、海の中でもいろいろと問題があるようで、とある魚人(ぎょじん)を陸で預かって欲しいと竜のお方がディアンさまに願い出る。

 

 「我々と共生できるなら構わない。掟は『盗むな、犯すな、殺すな』だが、守ることは可能か?」

 

 『そのようなことで良いのか?』

 

 竜のお方が嬉しそうな顔を浮かべて、ディアンさまに首を傾げた。

 

 「ああ、勿論だ。我らは人間に迫害されて集まった亜人により成り立った国だ。海の中でも問題があり、受け入れて欲しいというのであれば可能な限り聞き届けるさ」

 

 亜人連合国の成り立ちは割と酷い理由なので、海の中でも同じことが起こっているなら断る理由はないようである。受け入れ予定の魚人さんたちは、同族の魚人さんと仲が悪くて海の中で生き辛くなっている。この辺りの海であれば、仲の悪い同族とテリトリーが被らないので問題なく過ごせるだろうとのこと。

 

 竜のお方は魚人さんたちの新たな住処を探しており、丁度この島に差し掛かったそうだ。ディアンさまと竜のお方は受け入れ人数や細かな打ち合わせをして、私は横で聞き耳を立てていた。関わることはないけれどアルバトロスにも報告した方が良いだろうし、話の場から追い出されなかったのは、そういうことなのだろう。

 

 『問題が解決しそうで安心した。彼らを連れてくるのに数日時間が掛かる。それまでに私の名を考えて貰えると嬉しいな!』

 

 話を終えた竜のお方は晴れやかな顔を浮かべて、海の中へと巨体を沈めていく。手を振る私たちは新たにくる魚人さんたちを受け入れるため、コテージに戻ろうとみんなで歩き始めるのだった。

 

 ――マグロさん、食べたかったなあ……。

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