魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
嘘は吐けない。人面魚さんを釣ったと伝えたものの、食べられなかったマグロさんに思いを馳せる。
ただ食べられないものは仕方ないし、自分で釣ったわけではないのだからとお腹にぐっと力を入れた。大蛇さまと別れてコテージへと戻る道中、ディアンさまたちから詳しく話を聞かせて欲しいと請われ海の竜のお方に出会ったことを告げる。
「先ほども言ったが、本当に君はいろいろなモノを引き寄せるな」
ディアンさまが背を屈めながら私と視線を合わせる。少し苦笑いになっている彼の後ろでダリア姉さんとアイリス姉さんが『カッコつけて』『ディアンがナイちゃんの隣取った~』と小さく抗議の声を上げ、ベリルさまが『今は邪魔をしては駄目ですよ』とお二人を牽制している。赤竜さまは面白そうにその様子を眺め、青竜さまと緑竜さまはいつものことだと泰然とした雰囲気である。
「みたいですね……もう少し問題が起きる間隔が空いてくれると良いのですが」
本当に困ったものである。私の魔力に誘引されているのだろうけれど、問題が起きるスパンが短すぎやしないだろうか。トラブルを避けるためにお屋敷に引き込もるのは少し違う気もするし、ストレスも溜まってしまう。
今までは運良く全て解決できていたけれど、手に負えない事態が起こればどうなってしまうのだろう。私が背負ったアストライアー侯爵位の力だけで解決できると良いのだが……国を跨いだ問題となると、どうしてもアルバトロス王国を巻き込んでしまう。
「悪いことばかりではないから良いだろう。今回の話も、困っている者たちを助けることになったのだからな。君が魚を釣らなければ海竜とは会えず仕舞いだった」
「あ、侯爵家でご協力できることがあれば手伝います。勝手はできないので、アルバトロス王家と相談してからという形を取らせて頂きますが……」
ディアンさまにアストライアー侯爵家で手伝えることがあればと申し出ておく。アルバトロス王家に許可を得てからだけれど、魚人の方々を引き受ける切っ掛けを作ったのは私だから、知らぬ存ぜぬはできない。
「ありがとう。初めて君と会った時と比べて、随分と確りしてきた」
亜人連合国の皆さまと初めて会った時は聖女の立場しかなく、身元を保証できる身分は持っていなかった。陛下によって使節団長に任命されたけれど、ズブの素人が良く務めあげたものである。
王太子殿下とソフィーアさまの手助けがなければ、ディアンさまたちの不興を買っていた可能性もあるから本当に奇跡のような成功だった。クロが亜人連合国創始者の生まれ変わりだったということも大きいだろうけれど。
「受け入れる予定の魚人の数は少ない。あとは我々と上手く溶け込めるかが問題だろう」
竜のお方の言を聞いただけで、魚人の皆さまがどんな方たちなのかは全然情報に上がっていない。困っているから新天地を探しているということで、受け入れる形となった。
「亜人連合国が更に発展すると良いのですが」
「そうだな。いろいろと活動が盛んになってきているから、新たな交流を持てるのは良いことだ。しかし海竜と大蛇に名を贈るのか……」
ディアンさまの口から羨ましいと聞こえた気がするが、きっと空耳だろう。そういえばディアンさまたちの名前は誰が付けたのか。聞くかどうか迷って、答えられないなら誤魔化すだろうと思い切って聞いてみる。
「ディアンさまの名前はどなたから賜ったのですか?」
そういえば彼のご両親の話は聞いたことがないし、力のあるお方だから単独で生れた可能性もある。
「もちろん、ご意見番からだ。良い名を頂いたと誇っている。ベリルも同じだ。彼に付けて欲しいと請うと、君同様に数日待ってくれと悩んでいたな」
ディアンさまが柔らかく微笑んだ。ご意見番さまの記憶を継承しているクロが恥ずかしそうに照れている。亜人連合国の竜の皆さまで名前がある方は、ご意見番さまが名付けたそうだ。エルフとドワーフの皆さまは各部族の長老さまかご両親が名付けるのが習慣となっているらしい。
ご意見番さまがいなくなった今はディアンさまとベリルさまが名前を欲している竜の方に名前を付けているとのこと。私の下にも名前を付けて欲しいと願う竜がくるだろうから、その時は是非頼まれて欲しいと彼からお願いされる。良いのかなあと悩みつつ、結局請われれば付けざるを得ないので、私のセンスのない名前で良ければと伝えれば謙遜するなと言われてしまった。
そうしてディアンさま方と別れて、コテージにいるアルバトロス王国のメンバーと今回の件を伝えるため顔を合わせた。
◇
ナイさまとジークフリードたちがまた釣りに出掛けて行ったので、俺はコテージでのんびりと一人気ままにハンモックに乗って読書を楽しんでいた。フィーネさまはイクスプロード嬢と一緒に浜辺に繰り出し、お土産用の貝殻を見つけに行った。
聖王国もアルバトロス王国同様に内陸の極小国家となるので、海に関する品は珍しく喜ばれるそうだ。昼下がりの木陰でハンモックに揺られていると睡魔に襲われる。このまま寝落ちしても誰にも迷惑は掛からないと、目を閉じようとした時だった。
「ベナンター卿」
ナイさまの声が頭上から降り掛かり、何事だろうと目を開く。少し離れた場所で困った顔になっているナイさまとジークフリードたち幼馴染組が立っていた。彼女が俺のことを畏まって呼ぶ時は、アルバトロス王国の貴族としてである。俺はなにかあったと飛び起きてハンモックから降りた。
「お休みの所を申し訳ありません、少しお話を通しておきたい案件があります」
「お気になさらないでください。閣下、話とは?」
ぶっちゃけ、俺が今回の長期休暇で島に赴いたのは、ナイさまがなにか問題を引き起こした時に、迅速にアルバトロス王国へと報告する任を賜っているからだ。もちろんプライベートで訪れているが、国に報告する案件があれば速やかに行うようにと魔術具を借り受けている。ナイさまも俺が国から任を受けていることを知っているので声が掛かった訳だが。
「コテージの中に入りませんか? ソフィーアさまとセレスティアさまにも同席して頂きたいので」
ナイさまが困ったような、申し訳なさそうな顔で告げた。トラブル体質の彼女のことだ。きっとなにかに巻き込まれたか、面倒事に直面したのだろう。今まで良い方向へと全て導いてきた彼女のことだから、今回も大事にはならないだろうが報連相は大事である。
早く話を聞いた方が良かろうと快諾して、コテージの中へと進む。談話室でポポカがグリフォンの卵を抱いている、世にも珍しい光景を横目にしながらご令嬢たちと話を聞くことになった。
「魚人族の何名かを亜人連合国の皆さまが保護をすることになった、と」
「あと海竜さんと大蛇さまの名付けを私が担うことになりました」
人の顔をした六十センチオーバーの魚を釣り上げて逃がすと、何故か海から竜のお方と出会って、話をしていると島の主である大蛇さまがひょっこりと現れて名付けと魚人の保護を請われたそうだ。
魚人の保護は島の管理を担っている亜人連合国と大蛇さまが主導するとのことだが、アストライアー侯爵として手助けできることがあれば行いたいとのこと。手助けをしても良いか、陛下に判断を乞いたいそうだ。
「承知しました。直ぐに外務部に連絡を入れます」
「休暇中なのに本当に申し訳ありません……」
しょぼんとしているナイさまに俺は苦笑をして口を開く。
「閣下、謝らないでください。閣下の責任ではありませんし、迫害されている方々の保護を悪いと私は判断していません。亜人連合国が主導ですし報告だけで終わるかと」
彼女は悪いことをしようとして問題を引き起こしていない。ただトラブルが彼女に襲い掛かってしまっただけ。外務部とアルバトロス上層部と陛下は頭を抱えるだろうし、話を知った諸外国も『またか……』となるのだろう。
気を付けなければならないことは彼女が諸外国の矢面に立たされないか、である。実際、彼女は個人で武力を備えている。それは国の一つや二つ、簡単に一捻りで落とせるくらいに。
アルバトロス王国は過剰に戦力を有していると、他国から突き上げを貰う可能性もある。ヴァレンシュタイン副団長個人でも過剰戦力気味だが、彼はナイさまより強かだから適当にのらりくらりと躱せるだろう。ナイさまは他国からの突き上げを上手く躱せるのだろうか。割と真面目な所があるし、突き上げの言葉を正面から受け止めて悩みそうである。
「あ、すみません。フィーネさま方にも話を通して良いかも聞いて頂けると助かります。島で一緒にバカンスを楽しんでいるので、いつかは耳にすることになるので念のため」
「そうですね。話を通しておいた方が良いでしょう。では私は報告に参ります」
俺は同席しているみんなに断りを入れて席を立つ。談話室の隣にあるコテージの宛がわれた部屋に赴いて魔術具を取り出し、外務部へと繋げば直ぐに反応があった。
『ベナンター卿、どうしました?』
魔術具から聞こえてきた声は外務卿ご本人だった。長期休暇に赴いているのではと首を傾げるも、話をしなければと背筋を伸ばす。
「シャッテン卿、お久しぶりです。お伝えしたいことがあり、ご連絡しました」
言い終えるやいなや、俺はナイさまから聞いた話を漏らさずシャッテン卿に伝えた。
『アストライアー閣下も大変ですねえ。こうもなにか引き寄せるならば『異能』の疑いもありそうです。っと、無駄口を叩いている場合ではありませんね。直ぐにお伝えすると閣下にお伝えを。また私から折り返し連絡をいれます』
ふうと息を吐くシャッテン卿と連絡を終えると、魔術具の出力が落ちる。確かにトラブルを引き寄せすぎなので、ナイさまにはなにか異能でもあるかもと考えると納得できてしまう。一時間ほど部屋で待っていれば折り返しの連絡が入り、内容とアストライアー侯爵家が支援すること、聖王国にも話を通すことは大丈夫という判断を頂いた。
「さて、ナイさまに連絡しなきゃな」
椅子から立ち上がり部屋から出て、隣にある談話室へと歩いていた。丁度、フィーネさまとイクスプロード嬢が戻ってきたようで、二人並んでコテージの廊下を歩いている。このまま進めば彼女たちと出くわすことになる。なにか気の利いた話ができると良いのだがと悩みながら歩を進めると、先にフィーネさまが俺に声を掛けてくれた。
「エーリヒさま。ただいま戻りました!」
日焼けしないようにと長い鍔の麦わら帽子を二人とも被っており、白いワンピースが眩しかった。肩には薄いストールを掛けているので、帽子以外の日焼け対策もバッチリ行っているようだ。
「おかえりなさい。フィーネさま、イクスプロード嬢。収穫はありましたか?」
楽しそうな顔を浮かべるフィーネさまを見ると俺も自然に頬が緩む。ぶっちゃけてしまうと、娯楽の少ない世界に生まれ変わったから、この世界で暇潰しを見つけるのは大変だ。
同じ転生者である彼女も感じているだろうに、いろいろと考えて楽しいことを見つけて行動している姿は好ましい。ナイさまが俺たちを島に誘ってくれたのは、暇かもしれないと慮ってくれてのことだろう。
「はい! 沢山採れましたよ。アクセサリーにしても可愛いでしょうし、お土産としても十分活躍してくれます」
ふふふと笑う彼女の姿に暫しの間話し込み、魚人の件を伝えようと談話室に二人を誘うのだった。
◇
フィーネさまが浜辺で貝殻を拾い、お土産にするのだと良い顔で笑っていた。彼女の手の中には綺麗な貝殻が沢山抱えられており、見たことのない貝殻が多かったし、異世界故なのか大きなサイズから小さなサイズまでいろいろある。
並べられた貝殻を見て、美味しいのかなと考えた私は食い意地が張り過ぎているのだろうか。
はまぐりや牡蠣、あさりに赤貝に西貝にバイガイにホタテ、サザエにあわびも美味しそうだ。あさりくらいしか口にしたことがないけれども……。生まれ変わってからは内陸国家に住んでいるので、貝類は珍しく、結構お値段が張るのだ。
お魚釣りも良いけれど、貝類を探して食べるのも楽しそうだ。ただ知識がないので、毒を持っている貝が判断できないのが問題か。
このことを幼馴染組に話せば『食い意地が張り過ぎだ』と言われてしまった。当たっているから否定はできないし、私の興味は中身のない貝よりも中身のある貝にあるのだから。
――そんなこんなで三日の時間が経った。
アルバトロス王国に戻るまであと一週間あるのだが、魚人の皆さまと馴染むことができるだろうか。エーリヒさまにお願いしてアルバトロス上層部には、亜人連合国が魚人の方々を保護することになったと一報を入れて貰っている。一足先に帰った副団長さまが凄く悔しがっていると、外務卿さまが苦笑いしていたそうだ。戻ったら事細かく魚人の方々のことを聞かれそうだなと私も苦笑いになったけれど。
そして海竜さんと島の大蛇さまに名前を贈ることになっているのだが、数日間うんうん唸り倒してようやく決めた。島だとアルバトロス王都のように名前付けの資料がないので、不便極まりない。
エーリヒさまとフィーネさまとジークとリンとサフィールにクレイグ、ソフィーアさまとセレスティアさまも巻き込んで一緒に考えて貰ったけれど……みんな私が考えた名前を優先させようとする。
贈る名前を気に入ってくれると良いのだが海竜さんには断っておかなければならないことがある。――さて。談話室に集まっている幼馴染組と私は視線を合わせた。
「そろそろ時間だね。行こうか、ジーク、リン、クレイグ、サフィール。公の場にみんなが揃っているから、ちょっと新鮮」
私の声に幼馴染組が頷く。右腕を差し出せば、自然とみんなの腕も伸びてきてグータッチをした。十年こうしているのだから本当に長い付き合いになったものである。
「教会騎士の格好をしていないから、少し違和感があるな」
「だね、兄さん」
流石に私服は不味いので、ジークとリンは結構かっちりとした衣装を纏っている。背が高いし、手足が長いから凄く様になっているので羨ましい。私も聖女の格好ではなく侯爵家の当主として品位が欠けない衣装を侍女さんたちに用意して貰った。衣装選びのセンスはないので、全て侍女さんたちに任せているので、それなりに似合っているはず。
「ジークとリンは公的な場でナイの側に控えているのは慣れているけれど、僕はまだ慣れないし、緊張するなあ」
サフィールが困ったような表情で呟いた。ディアンさま方が同席するから、どうにも慣れないらしい。彼曰く、ディアンさまたちや高位貴族の方々は独特の雰囲気を纏っているとのこと。
公爵さまも同様でプレッシャーが凄いらしい。私が初めて公爵さまとお会いした頃は威圧感に慣れなかったけれど、もう慣れてしまった。おそらくサフィールの感覚がマトモなのだろう。この数年間でいろいろとあり過ぎて、慣れてしまった私が異端なのだ。
「妙なことにならなきゃ良いがなあ」
クレイグが呆れた視線を私に寄越す。妙な事態になれば亜人連合国の皆さまと海竜さんが大変なことになりそうだ。魚人の皆さまが島にくるのは、縄張り争いに負けてとのことだから相手側が襲ってこないとも限らない。
とはいえ海竜さんとディアンさま方とダリア姉さんとアイリス姉さんにダークエルフの皆さまと大蛇さまがいる。戦力過剰だろうから、私が巻き込まれることはないし、そもそも諍い事に発展する可能性の方が低いわけで……。
『ボクも忘れないで~!』
私の肩の上に乗っているクロがグータッチに加わりたかったようだ。拳を差し出せば、クロは私の肩から飛んで鼻先をちょこんと付ける。そのあと順にジークとリンと二人の肩の上にいるアズとネル、サフィールとクレイグにも鼻先を差し出していた。
『ロゼも!』
ロゼさんも影の中から出てきて、身体をぬーっと伸ばして私とグータッチをすると満足したのか影の中に戻った。
『ヴァナルも』
『私たちも』
『忘れないで』
『くださいまし』
一緒にいたヴァナルと雪さんと夜さんと華さんも鼻先を突き出すか、片前脚を出してくる。それを見た毛玉ちゃんたちが鼻を鳴らして同じようにおねだりをして、みんなと仲良くグータッチをしていると、ソフィーアさまとセレスティアさまが談話室にやってきた。
彼女たちも公の場に立つということでぴっちりとした装いになっていた。クロがついでとばかりにお二人に鼻先を差し出すので、ソフィーアさまは少し戸惑いつつ、セレスティアさまは凄く嬉しそうにグータッチをして、順番にヴァナルたちとも済ませている。
「では行きましょうか」
談話室を出ると、エーリヒさまとフィーネさまとアリサさまに、ギド殿下とマルクスさまが立っていた。聖王国にも話を伝えるために同席することになったのだ。そしてアリアさまとロザリンデさまも私の関係者ということで、参加する運びとなった。
アストライアー侯爵家の箔を落とさないため人数は多い方が良いという判断もあるようだけれど、アリアさまとロザリンデさまに許可は得たし、アルバトロス王国とフライハイト男爵家とリヒター侯爵家にも許可は得ている。
コテージから出ると、ディアンさまたちが私たち一行を迎えにきてくれた。
「さて、行こうか。君はこちらへ。護衛の二人も一緒の方が良いだろう」
ディアンさまが私を手招きするので、なにも疑わず歩を進める。ジークとリンも一緒で私の後ろを歩いて、ディアンさまの下へと辿り着けば、私の隣にディアンさまが並び、後ろにジークとリン、そしてベリルさまと赤竜さまと青竜さまと緑竜さまが並び凄い一団を形成していた。
ダリア姉さんとアイリス姉さんの隣にお婆さまがしれっと混じっているので、今回の会談に興味があるようだ。外で自由に過ごしているエル一家とグリフォンさんがこちらに気付いて、浜辺へと一緒に赴くことになった。
「大所帯になっていますが……構わないのでしょうか?」
ディアンさまや周りの方々の顔を見上げながら私は問うた。結構な人数なので向こうの方々を驚かせてしまわないだろうかと、ふいに不安になったのだ。
「良いのよ。島には慣れて貰わなきゃいけないんだし」
「そうだよ~これから一緒に過ごすなら、島の環境を知って貰わなきゃね~」
私の疑問にダリア姉さんとアイリス姉さんが答えてくれた。お婆さまはお二人の言葉を面白おかしそうな顔で聞き、ディアンさまは無茶をするなよ、と言いたげな顔をしていた。そうして私はディアンさま方に囲まれながら歩いて浜辺に辿り着けば、大蛇さまが既に待っていた。
「お待たせしました」
『気にするな。楽しみで朝からいたからな!』
ぐははと笑う大蛇さま。そうしてみんなが合流して海竜さんと魚人さんの登場を待つ。いつもと変わらない海の景色で、海竜さんの姿は見当たらない。基本、時間にルーズな世界だから待たせても、待たされても問題はない。
浜辺で佇んでいると空が暗くなり、波が高くなっていく。ゴロゴロと遠雷が聞こえて、更に波が荒れると海の中から海竜さんが姿を現した。その背には魚人族の方が数名乗っているようだ。
「普通に出てくれば良くないか?」
『普通に出てくれればありがたいのう』
ディアンさまと大蛇さまが苦笑いを浮かべて海竜さんを迎え入れる。海竜さんとは同じ竜族なので、敵対心はないとディアンさまは判断しているらしい。
『演出も大事だ。舐められては困るからな。まあ次からは必要ないか』
海竜さんもくくっと笑って、次から派手な登場演出は控えるようだ。海竜さんの背から魚人の方々がひょいと海の中へと飛び込み、こちらへ泳ぎながらやってきた。
「海の護り手である海竜殿の願いを、そして我らの事情を汲み取って頂いた亜人連合国の方には感謝致します」
魚人の代表の方が声を上げて礼を執り、後ろに続いている魚人の皆さまも頭を下げている。彼らは他の魚人に迫害されたと聞いているが、悲壮感はなく、凄く立派そうに見えるのだけれど。
そしてあまり魚っぽくないと言おうか。人間そのもので、腕と足にヒレがあり、お尻の部分から尻尾が出ているくらいである。私たちはゲストとなるので、黙って事の成り行きを見守るだけに勤める。
「我々亜人連合国の成り立ちは竜が迫害された亜人を受け入れたことから始まる。我らの下へと逃げてくるのであれば保護は当然だ」
『島の生き物と自然を壊さなければ問題ないぞい』
彼らが逃げてきた深い理由は追い追い知ることになるのだろう。とりあえず落ち着ける場所を提供することがディアンさまたちの考えだし、魚人の方々も願っているようだ。
浜辺の一角に小屋を建てて、彼らはそこで生活するそうだ。建材はダークエルフさんたちの集落を作る際に余った建材を利用する。南に位置する島なので、年中暖かいから、頑丈な建屋でなくとも平気なのだそうだ。
「横暴な魚人には困り果てております。海の王は我関せずで過ごしておられますし……困ったものです」
「王がいるのに民の統治をしないのか?」
「お会いしたことはありませんが、城に赴いて嘆願しても聞き入れては貰えず。困り果て海の治安を護る竜殿に相談して今回の運びとなりました」
魚人の代表さんとディアンさまが話し込んでいた。どうやら海にも王さまが存在するようだが、海の治安に興味がない様子。海の王さまってどんな方だろうと首を捻っていると、大蛇さまと海竜さんが私に視線を寄越した。
『お嬢ちゃん、我らの名前は決まったのか?』
『おお、そうであった! 人の子よ、我に名をくれ!』
先ほどまでのシリアスな空気は霧散して、一気に明るい雰囲気になった。魚人の方々は大恩ある海竜さんが嬉しそうなので、話が流れてしまったことを全く気にしていない。そして浜辺の一角を陣取って、他の魚人さんたちと移住作業を進めていた。
「えっと……名前を贈る前に海竜さんに少しお願いが」
『どうした? なにか問題があったのか? 私の名前が思いつかなかったとか?』
私の言葉に海竜さんが心配そうに首を下げた。一応、海の王さまという私より格上の存在がいるのに、私が海竜さんの名を授けて良いのか聞いておきたい。そして他の海竜さんが私に名前を求めてこないかも知っておきたかった。
『王は放任しているからな。だからこそ魚人は困っておるのだ。問題に首を突っ込んでくれれば良いのだが、それぞれ好きにしろという考えだ。まあだからこそ私が海の護りを担っているのだが……』
王さまには一応許可を得たらしい。そして他の海竜さんたちには事情を話して御してくれるとのこと。なんだか海竜さんから苦労人の匂いがして仕方ないのだが気のせいだろうか。話を終えて大蛇さまと海竜さんから期待の眼差しを受ける。私は大きく息を吐いて口を開いた。
「大蛇さまは"ガンド"さま、海竜さんには"エーギル"さまは如何でしょうか?」
この名前をみんなの前で口にした時、エーリヒさまだけは大丈夫かなという顔になっていた。おそらく名前の元ネタになっている先を知っていたのだろう。とはいえ大蛇さまと海竜さんに妙な名前は付けられないし、格のある名を……と考えるとこうなった。
『おお、良い名ではないか! 我はガンド。うむ、据わりも良いし音の感じも良い!』
『我はエーギル! ふむ。良い感じだ。其方に頼んで正解だったな!』
凄く喜ぶ大蛇さまと海竜さん、もといガンドさまとエーギルさまがご自身の名前を呟くと、私の魔力が少し減った。持って行かれたなと感じつつ、前より魔力が減っていないことに、私の魔力はどこまで増えているのだろうかと頭を抱えたくなる。
「気に入って頂いて良かったです。えっと、先ほどもお伝えしましたが、他の方も私に名前をと強いられても困るので、私が名を付けたということは伏せて頂けると……」
名前を付ける文化がなければ、名無しのままである。これから先、望まれることが増えても困るので牽制しておいた。ガンドさまとエーギルさまは分かったと首を縦に振ってくださる。どうにか問題が起こらないまま会談を終え、解散となるのだった。