魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0484:駆け込み要請。

 教会の祭壇脇にある扉の陰から、神父さまと教会に駆け込んできた男性のやり取りを見つめる。泥だらけの男性は私たちに気付いていないし、かなり焦った顔で神父さまと言葉を交わしている。

 

 「お願いです、助けて下さい! 子供が産まれてこないんです!! 妻は身体が弱くて長い時間、痛みに耐えられるわけがない! どうか、どうか、お願いします、神父さま……私の大事なマリーを、子供を助けてください……」

 

 必死な声で懇願する男性は膝を床に突き、顔を両手で隠して泣いているようだ。神父さまはそんな彼の肩に手を置く。

 

 「事情は理解しております。貴方は何度も神に祈りを捧げ、奥方と赤子の無事を願っていた。私に助けられるか分かりませんが、家までご案内を」

 

 神父さまが真剣な表情で男性に告げた。どうやら子爵領の神父さまは怪我や病気は治せるがお産は専門外のようだ。男性の話を一緒に聞いているシスターたちも、難しい顔をしているから自信はない様子である。流石に見過ごせる状況ではないと、息を一つ吐いて足を踏み出した。後ろにはジークとリンも一緒に付いてきてくれて、クレイグとサフィールは扉の所で待機している。

 

 「失礼致します」

 

 「ごっ、ご領主さまっ!?」

 

 涙を流しながら男性が私を見上げ、驚きの声を上げた。聖女の格好をしていないけれど、領地の方々は私が領主であること、そして聖女であることは知っている。領地の方であれば無料で診療しても良さそうだが、そうなると節操がなくなるだろう。

 

 「一つ、質問をさせてください。このまま神父さまに奥方さまの出産を見守っていただくか、寄付を支払い聖女であるわたくしが立ち会うか、貴方はどちらを選ばれますか?」

 

 私は彼を見下ろしながら告げた。領地の方であれば無料で診療しても良さそうだが、そうすれば見境なく病人が領主邸へと赴くだろう。申し訳ないが線引きは必要だと、神父さまに視線を向ける。

 神父さまには申し訳ないことをした。私がしゃしゃり出てこなければ、子供を取り上げた名誉は彼のものである。とはいえ男性の必死さにただ事ではないと判断できるし、私は王都で出産立ち合いの経験を積んでいるのだ。

 

 「なっ? ご領主さまに立ち会って頂けるのですか!?」

 

 男性が身体を動かして私に一歩近づこうとすれば、ジークがすぐさま私の前に立ち、リンが真横に控える。男性はそっくり兄妹の行動に驚きつつも、怒るでもなく悲観するでもなく私と確り視線を合わせている。

 

 「領主としてではなく教会の聖女としてですね。そちらに関して、お間違えなきようお願い致します」

 

 嫌な言い方ではあるが、きちんと認識して頂かないと。不味いことになれば私が頭を抱える羽目になるのだから。

 

 「っ! 寄付代は必ず俺が払います! 黒髪の聖女さまに我が妻の出産の立ち合いをお願い致したく!」

 

 「承知致しました。では参りましょう」

 

 私の言葉に男性はぱあっと顔を明るくする。まだ奥方さまの状況が分からないので楽観はできない。先程、陣痛に長い時間耐えられないと言っていたので、あまり状況は良くない気がする。

 だからこそ神父さまの行動を遮ったという理由もあるのだが、今はどうでも良い。先ずは男性の奥方さまの状況を把握して、どう対処すべきか決めないと。神父さまとシスターにも了解を得て、私が男性と一緒に奥方さまの出産に立ち会うことになった。なにかあってはいけないと同行者にシスターが付けられる。

 

 「は、はい! 案内します!」

 

 男性が勢いよく教会の扉へと走って行く。祭壇横にある扉の側に立っているクレイグとサフィールに視線を向けると、行ってこいと軽く手を上げていた。言葉を交わさなくとも長い付き合い故に通じる部分がある。

 二人に確りと頷いてジークとリンと私は男性の背中を追う。教会の外に出るやいなや、ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちが私の影から一斉に出てきた。

 

 『急ぐならヴァナルに乗って。雪と夜と華の背中には遅れてくる人が乗れば良い』

 

 ヴァナルはいつもの狼サイズではなく、何人も乗れるように大型化してくれていた。

 

 『出産は大変ですからねえ』

 

 『我らもお世話になりましたから』

 

 『お手伝い致しましょう』

 

 雪さんたちも大型化しているのだが、シスターたちが乗るとして大丈夫だろうかと気になるが今は急いでいる。ジークとリンの顔を見れば無言でリンが私の手を引き、ジークが男性をヴァナルの背に乗せた。

 シスターは雪さんたちと毛玉ちゃんたちと落ち着いてくるようにと告げて、ヴァナルが一気に子爵領を駆け抜ける。以前、アガレス帝国でジークとエーリヒさまを乗せていた時よりも、走るのが速いようなと感じていると男性が腕を上げて指を指した。

 

 「あ、あそこの家です! お願いします、妻を助けてください!」

 

 男性は状況の異様さに気付いていないようだ。でも怖がられて話にならないよりは良いだろう。いきなりの魔獣の登場に領地の皆さまが驚いているけれど、私がいることで『なんだ、ご領主さまか』となっていた。

 ヴァナルの背中から勢いよく降りて男性の案内の下、家の中へと入る。男性であるジークが入るのは不味いので、家の外で警備をお願いした。クロとヴァナルもジークと一緒に外で待つと言い残している。

 

 「だ、大丈夫か!? 黒髪の聖女さまがきてくれた! 絶対に君を死なせはしないからな!!」

 

 家の中に入ると男性は奥方さまの手を握る。ベッドの側には産婆さんとご近所の女性が数名控えており、私の登場にぎょっとしたが直ぐに安堵の表情へと変わる。落ち着いてくれるのは有難いが、まだ助かると決まっていない。そそくさと奥方さまに近づいて様子を伺う。玉の汗を掻きながら唸り声を上げて痛みを我慢していた。

 

 「女性は初産ですか? 痛みの間隔はどの程度ですか?」

 

 私は奥方さまから産婆さんたちへと顔を向けて確認を取った。

 

 「初めてだよ! 今の間隔は五分程度! もう少し間隔が早くなってくれれば良いんだけれど……なかなかだねえ……」

 

 あと一息というところで赤ちゃんは出てきてくれないようだ。陣痛の間隔が一、二分間隔だと産道から出てきているのだが、まだその状況になっていない。あまり遅いと問題があるだろうと、赤子に魔術を施す許可を男性と奥方さまに取る。

 奥方さまは意識朦朧、男性はなんでも良いから助けてくれという感じで許可をくれた。どうか赤子が無事で産まれてくるようにと願う。

 

 「――"母の腕の中で眠れ"」

 

 母親の胎から出てくる気力がないならば力を与えるだけである。小さな命が掛かっているから、慎重に魔力を練って術を発動させた。きちんと適量の魔力を込めたし、きちんと落ち着いて詠唱も呟いた。だから大丈夫と自分に言い聞かせて奥方さまの顔を見る。

 

 「せ、聖女さま……手を握っていてくださいませんか?」

 

 視線が合わないまま奥方さまは私の方へと手を伸ばして小さな願いを囁いた。旦那さまである男性を差し置いて行動に出るのは気が引けるが、出産においては母体をなにより優先させる。私は奥方さまの手を握ると、丁度遅れてきていたシスターが部屋の中へと入ってきた。シスターも何度かお産に立ち会ったことはあるものの、産婆さんほど場数は踏んでいないそうだ。

 

 とりあえず、それぞれがやれることをやり神に祈るしかない。手を握っているとまた痛みが襲ってきたようで、奥方さまが獣のような唸り声を上げる。男性は奥方さまの声に驚いてオロオロしていた。

 産婆さんが強い口調で邪魔だから部屋を出て行けと申せば、手伝えることがない男性は肩を落として部屋を出て行った。少し可哀そうだが、命のやり取りの現場である。赤子が無事に産まれたら、貴方の腕の中に抱かせることができるだろうと奥方さまを見る。

 

 「少し間隔が短くなっているようですね……もう少しですよ。大丈夫、大きく息を吐いて吸ってを繰り返してください」

 

 痛みの間隔が更に短くなっており、奥方さまの苦しさが増している。無痛分娩も魔術で施せなくはないが、ここまでくればこのままの方が良いはず。何度か奥方さまがいきむのを繰り返していると、産婆さんが奥方さまの足元で手を動かし始めた。

 お手伝いの女性も忙しなく動き始め、お湯と布を用意している。魔術の効果があったのか、それとも奥方さまと赤子が頑張った結果なのかは分からないが、なににせよもう少しだと奥方さまの手を強く握り返した。

 

 また少し時間が経つと産婆さんが歯を食いしばり、産まれ出た赤子の足を持ち逆さに吊る。ぱしん、ぱしんと赤子の身体を叩いて刺激を与え、息をするようにと思いを込めていた。

 

 「そ、そんな……私の赤ちゃんが…………」

 

 状況を理解してわっと泣き始める奥方さまの手を解き、私は産婆さんと赤子の下へと駆け寄る。

 

 「お願い、息をして! お父さんとお母さんを悲しませちゃ駄目だ!」

 

 私には親の有難みは分からないけれど、誰かのために必死になっている姿は尊重すべきものだろう。産婆さんに代わって私が赤子の背を叩く。狙いは気道の部分、背中の肩甲骨の真ん中である。

 

 君のお父さんは教会まで必死に走ってきてくれた。何度も足を縺れさせて地面に転んでも諦めず、早く辿り着くようにと懸命に駆けてきた。教会の寄付代だって馬鹿にならないだろうに、迷いなく払うと言ってのけたのだ。君のお母さんだって身体が弱いのは承知の上で君の誕生を願った。十月十日も君をお腹の中に抱え、君が無事に産まれてくるようにと慈しんできたはずだ。

 

 「…………あぅ…………あ……」

 

 産婆さんの手際が良かったのか、私の一発が聞いたのか赤子が息をし始めて産声を上げた。部屋の中に大きく響くその声は命の雄叫びそのものである。ふうと息を吐いて私は産婆さんと良い顔になる。産婆さんは必要な処置を施して、お手伝いの女性に赤子を手渡した。お手伝いの女性とシスターはほっと胸を撫で下ろしながら、赤子の身体に付いているものを拭き取って嬉しそうな顔になっている。

 

 「良かったねえ。ちょっと小さいけれど元気な女の子だよ!」

 

 産婆さんがにかっと笑い、妊婦さん……もとい母親に告げた。悲しみの涙から喜びの涙に変わっている母親は、早くこの腕に抱きたいとお手伝いの女性に手を伸ばす。女性の一人が柔らかい笑みを浮かべながら赤子を母親の腕の中へと導いた。涙を流しながら赤子に頬ずりをする母親を見て、私も笑みが零れる。どうなるか分からないけれど、私もこんな場面を迎える日がくるのだろうか……あ。でも、相手いないやと苦笑いを浮かべた。

 

 「他の処置もあるので、もう少しこのままでいてください。取り上げた産婆さんの腕が良くて安心しました」

 

 私は母親の下へと行き声を掛ける。赤子が生まれたからと言って終わりではなく、もう少し処置が必要だ。いきんでいたので痔になることもある。そうなった場合はお産中の出来事なので、別途料金は取らない予定だ。

 

 「なーに、あたしゃ取り上げただけで、聖女さまのように魔術は使えないからねえ。助かりました、ご領主さま」

 

 産婆さんは私の言葉に肩を竦めながら、最後に深々と礼を執った。最初は私が聖女としての感謝と最後は領主としての礼のようだった。今日の私は私服なので聖女として捉えるには難しいだろうと、頭は下げずにお礼のみを伝える。

 時間が経ち、教会に駆け込んできた男性に赤子は無事に産まれたと報告すれば、嗚咽しながら部屋へとやってくる。ジークとクロとアズも一緒にきて、ヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちは外で待ってくれているそうだ。

 

 「ありがとうございます! 黒髪の聖女さま!! 寄付は必ず教会に納めます!!」

 

 男性は涙の跡を残しながら私に頭を下げる。

 

 「承知致しました。細かなことは教会の神父さまにお預けいたしますので、よろしくお願い致します」

 

 平民の時よりも聖女の寄付代は高くなっていた。貴族家の当主兼聖女なので、致し方ないことだった。それでもぼったくる聖女さまよりは安いのだから世の中は理不尽である。この辺りもどうにかしたいなあと考えるものの、教会の領分だから余りでしゃばる訳にはいかない。もし口を出すなら筆頭聖女の座に就けばとなるが選定の儀は協議中だ。

 

 「聖女さま、ありがとうございました」

 

 「産後の肥立ちが悪ければ教会にお申し付けください。その場合、追加の寄付代は頂きませんので」

 

 私は母親の女性に告げると、彼女はまた深く礼を執る。身体が弱いと聞いているし、産後の体調の心配もあるけれど……今は無事に赤子が生まれたことを喜ぼう。いつだって、どんな時だって新たな命の誕生は尊いものだから。

 

 ◇

 

 赤子が生まれて数時間、無事に初乳を済ませて胸を上下に揺らしながら、すやすやと眠りに就いていた。初産の母親は幸せそうな表情で眠る赤子を優しく抱きながら鼻歌を鳴らしている。

 

 「聖女さま、ありがとうございます! ありがとうございまずぅ……!」

 

 赤子の父親が涙と鼻水を垂らしながら、また感謝の言葉を述べる。先ほどより落ち着いているはずなのに、状況が酷くなっているのは何故だろう。私は少し彼の態度に引きつつも、大事な奥さまと赤子を失いかけていたのだから当然だろうと結論付けた。

  

 久しぶりに聖女らしい仕事をしたなあと、赤子を抱く母親の顔を見る。そして名付けを請われるかもしれないと心の隅っこでドキドキしていたのだが全く触れられないまま解散となった。先程産まれた赤子に私が名付けをすれば、これから領内で産まれた赤子に名前を強いられそうである。

 先のことを考えれば、私が誰かに名前を授ける機会は少ない方が良い。名前の語彙力は皆無だし、センスもないのだから。日本人的な名前でよければいくらでも浮かんでくるのだが、西洋系の名前となると歴史の偉人の名前くらいしか知らないのだ。妙な名前と捉えられる可能性もあるし、くわばらくわばらと祈らずにはいられなかった。

 

 外で待ってくれていたヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちと合流する。

 

 「お待たせ。外で待って貰ってごめんね。なにがあるか分からないし、念のためだったから」

 

 私はヴァナル一家に小さく頭を下げる。男性の奥方さまの身体が弱いことは知っていたから、動物アレルギーだと大変なことになろうと彼らには外で待機して貰っていた。

 竜は鱗に覆われているので大丈夫だと判断したのだろう。毛玉ちゃんたちが嬉しそうに私の足元に駆け寄って、お尻を地面にぺたんと付けるとふんふん鼻を鳴らし始める。どうやら赤子が無事に産まれて嬉しいらしい。

 

 『大丈夫。無事に産まれて良かった』

 

 『ええ、本当に』

 

 『命は等しく平等ですから』

 

 『問題があるとなれば、立ち入れないのは致し方ありません』

 

 ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんが順番に口を開いた。彼らも毛玉ちゃんたちと同様に嬉しいようで、尻尾をばっふんばふっん振っている。感情がダイレクトで分かるのは有難いなあと彼らの頭を撫でて教会へと戻るのだった。

 教会の聖堂にある信徒席でクレイグとサフィールが私たちを待ってくれていた。扉が開くと彼らは後ろに振り返り、私たちが戻ってきたことを確かめて口を開く。

 

 「おーお疲れさん。大丈夫だったのか?」

 

 「おかえり、ナイ。どうだった?」

 

 クレイグは軽く片手を上げながら、サフィールは席から立って私たちを出迎えてくれた。毛玉ちゃんたちが嬉しそうに二人の側に寄って『産まれた!』『産まれた!』と訴えている。

 

 「ん。赤ちゃんもお母さんも無事だよ。まだ気は抜けないけれど本当に良かった」

 

 産まれて泣いてくれないから一瞬覚悟を決めたけれど、本当に無事で良かったし女性も問題はない。ただ身体が弱いと聞いているのでアフターケアは大事になるだろう。その辺りは教会のシスターが担ってくれるそうで、教会でどうにもならない場合は私が出向くつもりだ。教会では母親同士でコミュニティが形成されているそうなので、上手く利用すれば子育てに困ることはないはず。

 

 「そっか。いきなりで吃驚したが良いことだからな」

 

 「うん、本当に。ナイは無茶してないよね?」

 

 クレイグが席から立って両手を腰に当てて息を吐き、サフィールは私に視線を向けて首を小さく傾げた。私が無茶をやらかす前提だけれど、純粋に心配してくれているので真面目に答えよう。

 

 「してないよ。早く出てくるようにって魔術を一節唱えただけだから。それに戦闘じゃなくて、お産だからいつもより凄く気を使って魔術を発動させたよ」

 

 魔物と邂逅して戦いの場となると私の場合、魔力の配分が雑になることもある。間に合わない時や時間が足りない時は、誰かが死なないことを優先させるので魔力使用量が大雑把になることは多々あった。今回はお産ということでゆっくり丁寧に魔力を練ってから魔術を発動させた。今まで不思議なことが起こっているので安心はできないが、赤子と母親に影響はないはずである。

 

 「自信満々な顔するんじゃねーよ。ナイの馬鹿魔力で問題が引き起れば、それはそれで不味いだろ。ま、珍しく加減したみたいだし、なによりだ」

 

 「あはは。赤ちゃんとお母さんが無事なら僕は安心かな。やっぱり親がいないって大変だから」

 

 呆れ顔のクレイグと乾いた笑いを漏らすサフィールに私は肩を竦めた。

 

 「緊急事態は無事に乗り越えたから、領内の田畑の見回りに行こう。代官さまは先に向かってる?」

 

 「ああ。事情は話しておいたからナイが遅れても問題はないってよ。見学予定の場所で待ってるそうだ」

 

 子爵邸で家宰さまの部下を務めているクレイグが今日の私の秘書役である。予定外の出来事があったけれど、自領内のことなので融通が利いた。

 

 「じゃあ行こうか」

 

 クレイグとサフィールとジークとリンの顔を見て頷き、みんなで移動を開始した。何故かロゼさんが私の影の中から出てきて、ぽよんぽよーんと跳ねながら一緒に歩いている。

 ヴァナル一家も一緒に領内を回る予定である。雪さんたちはフソウに適しそうな野菜や果物があれば、私の許可を取って帝さまとナガノブさまに連絡をするらしい。住む場所が変わっても故郷が大事なのは、人も魔獣も変わらないようだった。

 

 「ご当主さま、お疲れ様でした。無事に赤子が誕生したとのこと。喜ばしいことでございます」

 

 領地の人口が増えれば収入が増える。子供からお年寄りまで徴収するから、領主にとって人口は大事なものだ。とはいえ税を取り過ぎると反乱が起こるので匙加減が難しい。その辺りの采配は代官さまに一任しているが、そろそろ自分で考えなきゃいけない時期にきている。不満が出ていないならば、このままを維持、天候や自然災害に因って収穫が減ればその分税金を安くする、くらいしか考えていないけれど。

 

 私は代官さまの言葉に返事をして、辿り着いたとうもろこし畑に視線を向けた。

 

 「問題なく育っていますか?」

 

 「ええ。気候も安定しておりますし、例年通りの収穫を今年も期待できるでしょう」

 

 私の疑問に代官さまが答えてくれる。今年は雨も日照時間も問題はなく収穫量に問題はなさそうだ。領の方々の収入に関わるから、天候に悩まされないのは本当に有難い。

 

 「虫害や温度変化に強いとうもろこしの開発も進めたいですね。この先、なにが起こるか分かりませんので」

 

 とはいえいつかは冷害や温暖化で気象影響を受けることもあるだろう。なにも対策を練らないのは愚かだから、試したいことは沢山ある。

 

 「そちらの方はご当主さまが雇った者に任せましょう。今日は開墾している場所の視察をお願い致します。ご当主さまが訪れたならば領民も気合が入ります」

 

 専門職の方を雇っているが、彼らの成果が目に現れるのは長い年月を必要とするだろう。

 

 「領主は邪魔にしかならないかと……見学しているだけですしね」

 

 会社のお偉いさんたちがスーツ姿で良い腕時計を身につけて、長い列を成しながら工場見学をしているようなものである。作業服を着て仕事をしていた私には、大学病院の院長回診と同じように見えてならなかった。お金を頂いている身だし、下っ端には分からない責任を背負っているのだろうけれど……駄目だ、駄目。深く考えるのは止めよう。誰にも分からないように頭を振って、代官さまの顔を見上げる。

 

 「侯爵位を持つ方が鍬や鎌を持つ方が問題です。堂々と領主として振舞って頂ければ充分です。ご当主さまがこの領地を司るようになって発展しているのですから」

 

 彼が自信を持ってくださいと言葉を付け足した。ご尤もであるが、フライハイト男爵さまは手に鍬を持って畑作業をしていたはず。男爵さまに初めてお会いした時、彼の手は肉刺ができており貴族の手とは言い難かった。

 フライハイト男爵家が特殊だと言われればそれで終わりだが、侯爵位を持っていても致し方ない状況であるなら必要だよなと考えている。口にすれば代官さまに呆れられそうなので言葉にはしないが。

 

 「そうだと良いのですが……」

 

 以前の状況は話に聞いただけで、実際に目にしてはいない。領地を賜った頃に訪れた頃より、作付面積は広がっているし用水路や農道の整備、主要道の拡張は執り行っている。便利になったと聞くものの、私は利用したことがないので実感が湧かない。

 こればかりは致し方ないし、人工池と苗や種関連で成果を頑張ろう。人工池は自然に小魚が住み着いて、水草や水生昆虫が順調に増えている。苗や野菜関連は頑張って交配を繰り返せば新種が作れるはずだ。そしてその中に虫害や天候に左右されない強い品ができると嬉しい。

 

 「大丈夫です。自信を持ってください。あと一人で背負うのは止めましょう。そのために我々使用人がご領主さまによって雇われているのです」

 

 さあ、次に参りましょうと告げた代官さまに私は小さく頷く。次は新規開拓地の選定だった。森を切り拓くのだが魔物の巣があれば大変なことになるし、希少動物がいても問題となる。なるべく適切な場所を選びたいのだけれど、素人目には良く分からない。

 

 「ナイ、新しい開拓地でなにを育てるんだ?」

 

 「基本はとうもろこしだよ。子爵領の基幹産業だから疎かにできないかなって。実入りの良い収入があるなら切り替えても良いんだけれど……とうもろこしは家畜用の飼料として手堅く売れるから」

 

 アルバトロス王国の一大産業は小麦の生産である。小麦に作り替えることもできるけれど、馬や牛は貴重な労働源であり移動手段だ。十分に需要があるので子爵領の運営が成り立っている。作付けするものを転換することもできるけれど、急に作らなくなればお得意さんが困ることになる。需要と供給のバランスを見極めるのも難しい。

 

 「最近、子爵領のとうもろこしを食べた家畜がいつもより元気だと風の噂で聞き及んでおります。嘘か真か分かりませんが、噂が噂を呼び高値で買い取ってくれる方が増えると良いのですが」

 

 代官さまが嬉しいのか嬉しくないのか良く分からない噂を教えてくれた。私の魔力が漏れ出ていたのか、とうもろこしさんに不思議なことが起こっているようである。せめて『黒髪聖女が統治している領で取れたものだから』というプラシーボ効果であって欲しいと願いつつ口を開いた。

 

 「一時だけ高値で売れても問題ですよね。それをどう持続させていくかが難しい課題かと」

 

 今は高値で売れても将来値崩れすることもあるし、価値が落ちれば領民の方々のやる気も下がりそうだ。とうもろこしさんが値崩れした時は、作付けする品を変える転機なのかもしれない。

 

 「そうですね。しかしご当主さま、それを見越して試験畑を作ったのでは?」

 

 代官さまが問う。あれは私の趣味全開、というか不可思議なことが起こっても領内で治められるようにと個人的に作ったものである。あとは好き勝手できるように。そりゃ領地に利益を齎すことができる新種が作れたなら、小作人の方々に作って欲しいとお願いするけれど。今はまだその時ではないはず。

 

 「試験畑は私の趣味のようなものですから」

 

 「しかし大陸を越えて、いろいろな品種を育てておられます。なにか子爵領に新たな特産物をと願ってしまいますが」

 

 「私がいなくなった時に困る事態に陥ると領民の方々にご迷惑を掛けるので、数十年後を見据えた行動は起こしたいところですね」

 

 領地をアルバトロス王家へ返却しなければ代替わりした誰かも困るから、対策を取れるように動かないと。私の魔力でお野菜さんが異様に成長したりしているのだ。私がいなくなった時のことを考えると、私という存在は厄介だろうし迷惑極まりないはず。

 ふう、と大きく息を吐く。まだまだ死ぬ気はないし、長生きするつもりだけれど、私がいなくなった後を考えると頭が痛いなあと空を見上げるのだった。

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