魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――あれ?
目が覚めた。知らない天井だって言いたいけれど、ここは私が三年前に利用していた離宮の部屋である。南大陸の男性王族の方の浄化儀式を執り行っている最中に女神さまが顕現した。異世界で魔法や魔術に魔物や魔獣がいる世界だから、神さまも存在しているかもしれないし構わないのだが、問答無用で攻撃されるのは勘弁願いたい。
とはいえ女神さまは謝ってくれたしワザとじゃない感じだった。私が女神さまに抗議するより前に、痛みと失血で意識が途切れてしまった。右腕を上げると包帯ぐるぐる巻きである。治癒魔術が存在し失くした腕を生やせる術者もいるのに、私の腕の怪我が治っていないのは女神さまの力が強すぎるのか。
「痛い……! あれ、痛くない……不思議」
持ち上げた腕をしみじみと眺めているのだが、包帯には血が滲んでいるのに痛みがない感覚は変な感じだった。
「ナイ!?」
「ナイ! 大丈夫か?」
ベッドの上でぼやいた私の視界にリンとジークの顔が映り込む。ジークが眉根を寄せて難しい顔をし、リンは泣きそうな顔になっている。持ち上げた腕をベッドに戻して、逆の手をリンの顔に添えた。親指の腹で彼女の目元を擦りながら私は口を開く。
「どうにか大丈夫。腕、怪我しているのに痛くないんだけれど……私が気を失っている間になにがあったの?」
私が声を上げたことにジークとリンが安堵の息を吐く。ベッドから身体をゆっくり起こそうとすれば、リンが背中を支えてくれる。ふうと息を吐いていると、ばたばたとなにかが近づいてくる音がした。
『ナイ~……大丈夫? 痛くない? 気を失う前のことは思い出せる?』
クロがベッドの上に飛び降りて首を傾げながら問うてくる。クロと一緒にロゼさんもベッドの上にぴょんと乗り、ヴァナルがベッドの淵に顔を乗せ、耳を横にしながら心配そうに私を覗き込んでいた。
ヴァナルの後ろには雪さんと夜さんと華さんがじっとこちらを見ながら、毛玉ちゃんたちがベッドに突撃したそうにしているのを制している。
「大丈夫。不思議と痛くないんだよね、包帯に血が滲んでいるから傷が治ったわけじゃないって分るのに。意識を失う前のことも確り覚えているよ。とりあえず大丈夫だから。そんな情けない声出さないでよ、クロ」
『んっとね、えっとね……うぅ、ジークぅ、説明をお願い』
クロは説明をしたいけれど心配の方が勝って上手く言い表せないようだ。説明のバトンをジークに渡して、クロは私の膝に顔をぐりぐりと擦り付ける。心配、してくれたんだなあと左腕でクロを持ち上げ膝の上に乗せる。
今度は私のお腹に顔をすりすりし始めて、クロは喉を鳴らしていた。ロゼさんも私の足の間に挟まってへちょんとなっているし、ヴァナルも珍しくピーピー鼻を鳴らしている。毛玉ちゃんたちも同様に鼻を鳴らして私を見ている。雪さんたちもいつもゆらゆらと揺らしている尻尾が動いていない。リンが私の横に座って腰に手を回す。暫く経つと彼女の温もりがゆっくりと伝わってきた。
「ナイが気絶している間に、フライハイト嬢とリヒター嬢を召喚して治癒を施して貰ったが傷は治らなかった。ヴァレンシュタイン副団長の話によると、人間より上位存在となる女神から受けたものだから治すのは難しいだろう、と」
アリアさまとロザリンデさま以外にも教会のシスターたちが治癒を試みてくれたそうだ。それでも傷は癒えないので、シスター・ジルによる無痛術を施した。浄化儀式を執り行ったのは午前中だったが、私が気絶している間に陽が沈み夜になっている。
痛みがないものの傷は治っていないのは日常生活に支障が出る。利き腕だからご飯が食べ辛いし、お風呂も入り辛いだろう。それに身体を温めれば血の巡りが良くなるので、お風呂厳禁を言い渡されそうである。
「女神さまはどこに?」
クロの背中を撫でながら、ジークの顔を見上げた。彼の表情は先ほどより柔らかいものになっているけれど、時折私の右腕に視線を向けていた。女神さまは私が浄化儀式を執り行い、南大陸の男性王族に掛かっている呪いを解こうとした所を怒っていた。
でも王族の方々が女神さまと私が話していた間に割り込んだことで、いろいろと有耶無耶になった部分がある。もう一度女神さまと話がしたいけれど出来るのだろうか。
「陛下方とナイの傷をどうするか話し合っている。ナイを傷付けるつもりはなかったが、怪我を負わせたから申し訳ないことをしたと仰っていた」
「あれ、私が浄化儀式を執り行ったことは怒っていない?」
そういえば女神さまと私が話している間に問題とされることはなかった。女神さまが一番怒っている部分は、過去に黒髪黒目のお方の容姿を蔑んだ王族の方への怒りが大きいようだ。何百年経っても忘れていないのだから相当に根深いものなのだろう。実際、男性王族の方々に『許す』とは言っていないのだから。
「罰が解けたわけじゃないからな。話が終わって、ナイが目覚めていれば顔を出す、と」
「そか」
「ナイ、痛みはないが傷が治ったわけじゃない。無理をするなよ。俺たちに言えば大抵のことは補助できる。他にもナイを助けられる者はいるんだ。昔とは違う。俺たちを頼れ」
ジークが言い終えると、リンが私の腰に回している腕の力が増す。リンも助力してくれるようで、有難い限りだと彼女の胸に頭を寄せた。
「うん、ありがとう。暫く面倒を掛けるけど、よろしくお願いします」
私がジークとリンを視線を合わせると、クロが『ボクもナイを助けるよ』と告げ、ロゼさんが身体をぷるんと張って、ヴァナルがぶんぶんと尻尾を思いっきり振り、雪さんたちも手伝うと言い、毛玉ちゃんたちは雪さんたちの周りをくるくる回っている。
頼もしい仲間だなと笑うと、部屋を二度ノックする音が聞こえる。この叩き方はソフィーアさまかなと首を傾げると、開いたままの扉から当人とセレスティアさまが立っていた。
「気付いたのか、ナイ」
「大丈夫ですの?」
ゆっくりと歩きながらお二人がベッドの側にきた。ソフィーアさまとセレスティアさまは私の右腕を一瞬見て顔を顰めるが、直ぐにいつもの顔になる。こういう所の切り替えは凄く早くて羨ましい。
ジークがベッドから半歩下がり、リンは私の側にいるままだ。お二人はリンの行動を諫めないので問題はないようだ。そんなお二人の横にヴァナルが座り直すと、毛玉ちゃんたちもぴゃーっと寄って五頭並ぶ。ぶわっと特徴的な御髪が盛り上がった方の姿は見ないとして、問われたことに答えなければと口を開く。
「痛みはないので大丈夫です。腕が動かし辛いので不便ですが……」
左利きではないから、いろいろと不都合がありそうだ。とはいえ介添えして貰いやすい環境にいるので有難いか。貧民街時代なら大問題だったけれど、今なら不便なくらいなので目を瞑れる。
「そうか。今、治る手段を模索して貰っている」
「暫く不便なのは我慢してくださいませ」
アルバトロス上層部には迷惑を掛けてしまった。なにかお礼ができると良いのだが、私が考えるお礼はどうにも突飛なことが多いらしい。ソフィーアさまとセレスティアさまに相談しつつ考えようと決め、様子を伺いに行こうとベッドから降りた。
リンが私の身体を支えてくれるのだが、もしかして彼女は二十四時間付きっ切りでいるつもりなのか。それを彼女に問えばドヤ顔で『もちろん』と返事がきそうなので黙っておく。
「邪魔するぞー」
凄く気楽そうな声が部屋に響く。訪問者は南の女神さまで、彼女の後ろには陛下と宰相閣下に外務卿さまが控え、更に副団長さまと猫背さんも一緒だった。他にも公爵さまと辺境伯さまもいるし、知っている顔が沢山ある。
護衛に就いている近衛騎士の方々の隅っこで、エーリヒさまが同道していた。なんだか私の所為でエーリヒさまを引っ張りまわしている。彼にもあとでお礼を言わなければと決めて、女神さまに礼を執る。
「先ほどはご挨拶もしないままとなってしまい失礼致しました。ナイ・アストライアーと申します。以後、お見知りおきを」
「おう、よろしくな。お前の怪我は悪いことをした。あたしの実家に行けば治せる奴がいるんだが……お前は、ナイはどうしたい?」
再度女神さまに頭を下げる。名乗ってくれないのは致し方ないのだろう。同等の存在ではないし、亜人連合国の方々のように名乗る習慣がないのかもしれない。この場にいる陛下方とも話をしたいけれど、女神さまの言葉を放置するのは駄目だろう。
「このままでは不便なので、治せる手段があるならば治療をお願いしたいです。しかしご実家はどちらに?」
「北大陸の更に北だな。あたしたち神が住んでいる島があるんだ」
女神さまの言葉を聞いて副団長さまと猫背さんの表情がぱあっと明るくなった。この流れだと彼らも付いてきそうだが、それより前に私は神さまが住んでいるという島に赴くことになるのだろうか。
「案内はあたしが務めるんだが、治してくれるかどうかはお前のことを気に入ってくれる奴がいればっつー賭けになるな」
私より背が拳一つ分小さくて見目は儚いのに、言葉使いが外見と合致しない。ちぐはぐさに苦笑いしそうになるのを我慢して、女神さまに単純な疑問をぶつける。
「島に人間が入って良いものなのでしょうか?」
「あたしが連れて行くから大丈夫だ。でもな、治せる奴に興味を持って貰えねえと無視されることもある。その辺りは覚悟してくれ」
どうやら私が気にしたことは些末事のようだ。しかしまあ、他の神さまに私のことを気に入って貰えないと治癒は受けられないのか。こう神社の神さまのようにお賽銭を投げれば、願いを叶えてくれるようなシステムがあれば良かったのに。気にしても仕方ないと旅程の話をしようと再び口を開こうとすると陛下が一歩前に出た。
「女神殿、我が国にとってアストライアー侯爵は欠かせぬ存在です。どうか彼女の傷を癒して頂きたい」
陛下は女神さまに軽く礼を執った。これは北大陸の更に北にある島に行くのは決定だなと私は腹を括る。急展開に驚きつつも、南大陸で聞こえた声や南の島で見つけたとあるお方の日記に書かれていた神々の島のこと。
これらを踏まえると女神さまと対面して、島に赴くことは私の運命に定められていたことかもと珍しくロマンティックに捉える。陛下方が話を終えたと言わんばかりに部屋を出て行き、女神さまと護衛の近衛騎士の方々とエーリヒさまに、子爵邸の面々が残った。もちろん副団長さまと猫背さんは部屋に残っている。感情は表に出していないけれど、内心はきっとリオのカーニバルの様にヒャッハーしているはずだ。
陽が完全に沈んで夜の帳が落ち、部屋の窓から衛星の光が差し込んでいた。
女神さまは島行きを私の予定に合わせてくれるようで日程調整に入っている。怪我を負ったままは不味かろうと、最優先でソフィーアさまが私の予定を組みなおしてくれた。ふいに浄化儀式を執り行った彼らのことが気になり始める。話のタイミングを見定めて、私は女神さまと部屋にいる皆さまに問うてみた。
「南大陸の男性王族の方々はどうなったのですか?」
「あたしが国に帰れっつった。罰を解いても良かったけどよぉ、なーんかムカつくんだよなあ。あたしの背が低いことを馬鹿にしている感じを腹の奥に隠してるっつーか」
女神さまが面倒くさそうに髪を掻き毟りながら教えてくれる。他の方たちも微妙な顔で頷いているので、彼女の言葉通り帰国の途に就いたようだ。申し訳ないことをしたかなと息を吐けば、女神さまが気にするなと告げる。一応、約束を結んだので浄化が成功すれば良いと願っていたけれど致し方ないのか。
ふうと息を再度吐いた私を見た女神さまが肩を竦めたあと物珍しそうに部屋を見渡し窓の外に視線を向けた。
「ん?」
女神さまが窓の外になにか見つけたのか、席を立ち窓の傍まで行って桟に手を掛け空を見上げた。何度か悩ましそうな声を上げて、私たちの方へと振り返る。
「なあ、一番大きい星にあんな模様あったか? 真ん中よりちょっと下にある模様なんだが……あたしの記憶違いか……?」
「…………」
言いたくないけれど、伝えておかなければ大騒ぎになりそうである。女神さまが疑問に感じるほどなのかと冷や汗を掻きながら、私は南の島での試し打ちの話を彼女に打ち明けた。
「はあ!? お前があの星に傷を付けた張本人かよ! あたしでも苦労するってーのに、どうして人間ができるんだ!?」
「私以外にもできるはずと仰った方がいますので、私だけではないかと。あと竜のお方に乗って上空から撃ったので、地上で撃ったわけではないですから……」
目を真ん丸に見開いて驚く女神さまに私は補足をしておく。副団長さまも可能だと仰っていたし、私だけができる芸当ではない。あと上空から撃ったので、地上から撃っていれば届かなかったかもしれないのだ。
「はああああ!!?」
声を荒げて顔芸を披露している女神さまを私は憎めない。物言いは乱暴だけれど、話せば理解ある方と分かってしまった。
腕の傷は状況が分かっていない所での不意打ちだったし、大昔に黒髪黒目のお方を蔑まされたことは女神さまにとって一大事だった。やはり彼女を悪く思えないなあと話を終えて、子爵邸へと戻るのだった。
◇
アルバトロス城から子爵邸へと戻ってきた。何故か南大陸の女神さま付きで。現界したのは久しぶりだし、西大陸に初めてきたから興味があるとかなんとか。
私が星に新しい模様を作ったことに女神さまが凄く驚いたのは、南大陸を創造した女神さまなので力が全力で出せるのは南大陸限定らしい。多少は他大陸に干渉できても、他の星まで力が及ぶことはないそうだ。そりゃ驚くなと感心しながら、私は神さま以上のことをやってのけたのかと頭を抱えたくなった。
南の女神さまはクロとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちに興味深そうな視線を向けていた。神さまの世界、というか南大陸だと珍しいので面白い存在だと言っていた。南大陸を創造したものの生物の進化には頓着していなかったし、人間しか愚かな行動を取らなかったのでノータッチだったそうだ。神さまのお仕事も大変だと耳を傾けながら聞いていたのが数十分前だった。
子爵邸の地下から子爵邸の廊下を歩く。女神さまは私の横できょろきょろ視線を彷徨わせながら屋敷を観察している。廊下を抜けると玄関ホールに辿り着き、二階へ上がろうとした時だった。
「ナイさま!」
「アリアさん、屋敷内を走るものでは……速い……」
アリアさまの大きな声が響いた少しあと、ロザリンデさまの声も響く。玄関ホールにある真向いの廊下の入り口からアリアさまが凄い速度で私の下へ辿り着いた。少し苦笑いしながら早足でロザリンデさまも遅れてやってくる。私の肩の上のクロが『アリアは足が凄く速いねえ』と呑気な声を上げた。
「アリアさま。もしかして私が戻るのを待っていてくださったのですか?」
「はい。ナイさまのお役に立てずに申し訳ありませんでした……あの、きっと不便なことが沢山あるかと思います。お手伝いしますので遠慮なくお申し付けくださいね」
アリアさまは私の右腕に視線を一瞬だけ向け、お互いに視線を合わせる。有難い申し出であるが、流石に四六時中介護されることはあるまいと苦笑いを浮かべながらよろしくお願いしますと告げた。ロザリンデさまは伝えたいことを言い終えたアリアさまに苦笑を向けながら、私と視線を合わせる。
「アリアさまはホールを忙しなく歩き回っておりました。ナイさまのことが心配で心配でたまらなかったようですわ」
どうやらお城に召喚されて戻ったあと、子爵邸の玄関ホールでずっと過ごしていたようだ。アリアさまとロザリンデさまから話を聞いたクレイグとサフィールもホールで私の帰りを待っていてくれたそうで、ゆっくりと私たちの下へと歩いてきている。
「ロ、ロザリンデさま!? ナイさまに言わなくても!」
両手を握り胸の前に当てて、アリアさまはロザリンデさまに抗議する。怒っているが迫力が皆無で可愛らしいものだった。
「ナイ」
「腕を怪我したって聞いたよ。大丈夫?」
クレイグとサフィールが心配そうな顔を浮かべて私の右腕に視線を向けている。そういえば、生まれ変わってから大きな怪我を負ったのは初めてかもしれない。一番大きな怪我で擦り傷やかすり傷なのだから今まで恵まれていたものだ。大きな病気を患ったこともないし幸運だったなと自分の意識を改める。
「包帯を巻いているけれど、魔術で痛み止めされているから平気だよ」
私の少し後ろに立っている女神さまを責めているようで申し訳ないが、心配してくれている人の言葉に黙秘するわけにもいかないだろう。二人はお屋敷に入った一報とアリアさまとロザリンデさまから話を聞いているはずだ。
大丈夫と表現するためにぷらぷらと右腕を動かせば、アリアさまとサフィールに無暗に動かすなと苦言を呈された。私は素直にごめんと謝って、見知らぬ女の子がいることに気付いた四人に紹介しようと身体を少し斜めにした。
「えっと、こちらの方は南大陸を創造なさった女神さまです。暫く子爵邸で過ごすことになりました」
私が女神さまに視線を向けると、彼女が頭を掻きながら一歩前に進み出る。
「え?」
「はい?」
「はぁ?」
「嘘?」
アリアさまとロザリンデさまとクレイグとサフィールは短く声を漏らしながら、目を真ん丸に見開いていた。私だって目の前のお方が女神さまと信じがたいものの、南大陸の男性王族の方たち曰く……伝承で残っている話と姿絵に女神さまはそっくりであるとアルバトロス上層部に言い残している。それに王族の方が少女に土下座紛いのことをするはずないので、目の前のお方が女神さまだと確定して良いのだろう。
「おう。あたしが南大陸を創った者だ。西大陸に足を向けたのは初めてだから暫く世話になる。あとコイツの怪我を治さねえといけないからな」
女神さまが右手の親指を立てて私を差した。フランクな行動なので女神さまらしくないというか、なんというか。神さまと初めてお会いしたが、翼が生えているでもなく神々しい光が身体から発しているわけでもない。
人間そのものだけれど、彼女の身体の内に宿っている魔力はもの凄い量がありそうだ。私の目の前に顕現した時の御威光というか、存在感の重さというか、不思議な感じが人間のソレより何倍どころか何十倍も凄かった。
「よ、よろしくお願い致します。女神さまにお会いできて光栄です。アリア・フライハイトと申します!」
驚きから一番に回復したのはアリアさまだった。順応が早い上に自己紹介をすれば女神さまは『おう、よろしくな』と誠にフランクである。女神さまのイメージが崩れていくけれど、堅苦しいよりは良いのだろう。
アリアさまに釣られて、ロザリンデさまとクレイグとサフィールも名乗りを上げる。彼らは少し恐る恐るな感じで頭を下げていたのだが、女神さまも女神さまで一度に名乗られても名前を覚えきれないと苦笑いを浮かべている。
上階に登ろうと私が皆さまを誘導しようと手を差し出した時に、丁度侍女の方が通りかかった。私がいるのでホールの隅に移動して頭を下げようとしたのだが、女神さまを彼女が視認した瞬間腰を抜かした。しまったと不味い顔になるが流石に想定外の出来事なので、侍女の方にはあとで理由の説明と謝罪をしなければ。
「あ、悪い。脅すつもりはなかったんだがな……」
女神さまは後ろ手で頭を掻く。女神さまも女神さまで故意に力を振るったわけではなく、単に存在の格の違いからくるものだから……と気まずそうに教えてくれた。どうやら魔力量が低い方には女神さまの圧に気圧されるようだった。
これでは女神さまと対面するたびに彼女は腰を抜かす羽目になるなと頭を抱える。なにか良い解決策があれば良いのだが、女神さまに魔力制御の魔術具を身に着けて頂く訳にはいかないし……どうしたものか。
「とりあえず応接室に参りましょう」
「分かった」
私は女神さまに告げ、腰を抜かした侍女の方の対処はアリアさまとロザリンデさまにお願いする。クレイグとサフィールには女神さまがお屋敷にきていることを皆さまに伝えて欲しいとお願いすれば、それぞれの持ち場へと戻って行く。
「なんであたしにあんなに驚いているのか分からねえが、すまないな。でも北の島に行かなきゃなんねーし……悪いが我慢してくれ」
「大陸を創造なさった女神さまが現れたのです。驚いても仕方ないかと」
魔力の低い方には女神さまの御威光が凄いものと感じ取れるみたいだし、南大陸を創造した者だ、なんて普通は言わない。嘘であれば大法螺を吹いているわけだが、南大陸を創造したなんて誰も信じない嘘を真顔で言い切っているのだから本当だろう。
そして目の前の少女が内に秘める魔力の多さは人間の領域を遥かに超えている。私も魔力量に関して女神さまのことをとやかく言えないが、人間の枠に収まっているわけで。
「なら、なんでお前らは驚いていないんだ?」
「いえ、突然女神さまが姿を現した時は驚きました。状況が状況だっただけに驚いている暇がなかっただけではないかと」
一触即発の空気だったけれど、どうにかなって良かった。誰かが女神さまに斬りかかっていれば大事に発展していただろうし、逆に女神さまが力を振るって浄化儀式の場にいた人たちを圧倒していた可能性もある。
「そういえばあたしに殺気を向けていたな。南じゃあ、人間はあたしに頭を下げるばかりだった。あの場にいた連中は面白い奴らだと興味が湧いた。あ、蛙みたいな格好してた連中は別な」
くくくと白い歯を見せながら女神さまは面白そうに笑う。女神さまの姿を見て、ジークとリンが微妙な顔を浮かべていた。おそらく女神さまと相対して勝てるかどうかシミュレートしているようだった。
護衛として力不足を感じているのだろうか。でも女神さまに打ち勝つなら、神話レベルの実力がなければ無理な気がする。なにかボタンをひとつ掛け間違えて神さまが大暴れすれば大変だろうけれど。
そんな事態になれば人間は大人しく滅びの道を歩むのか、それとも勇者のような偉人を望むのか。目の前の女神さまは話が通じるようなので一先ず安心できているが、北の島にいる神さまが私たちと友好な関係を築くとも限らないから気を付けよう。
「興味を持ってくれたことは有難いのですが、どうして私に南大陸の方々の血が流れていると分かったのですか?」
「大陸を創る時にあたしの血を与えているからな。もちろん西も東も北も姉御たちが血を与えて創造してる。進化の度合はそれぞれ特徴があるんだが……随分と前に分かり辛くなっちまった」
人智を超える力で女神さまは大陸を創造なさったようである。仕組みは良く分からないけれど、大本が女神さまの血液を介した創造だから、人間もまた彼女の血を引いているそうだ。極微量であるし、女神さまの力を具現化できるほどでもない。時折、影響を色濃く受けた方々がいろいろな力を得るのだとか。それは魔物や魔獣に動植物にも言えると。
「太古の昔に黒髪黒目が多く存在していたのは、女神さまの血の影響を色濃く受けていた、と?」
ならば聖樹や竜の皆さまにエルフに妖精さんたち、その他いろいろな力の強い生き物は女神さまの血に影響を受けているのか。そして古代人と称されていた黒髪黒目の方々も。
「おそらくな。つっても黒髪黒目ばかりじゃなく色んな生き物を創ったんだがな。人間は馬鹿だからあたしは南大陸に干渉していたが、他の姉御たちは放っていたな。そもそも干渉できるのは管轄下にある連中だけだし……だから南と西の血が入っているお前は特殊だな」
女神さまの言葉に科学の力が全否定されているように感じてしまう。地球が生まれた際は海から生命が育まれ、そこから長い年月を経て地上に住む動植物が増えて、進化の過程で人間が誕生した。でも今住んでいる世界はどうやら女神さまが最初にある程度の生き物を創造して、大陸に生み出したんだとか。本当にファンタジーだなと感心しつつ、女神様の言葉に耳を傾ける。
「それだと西大陸に移り住んだ南大陸の方々にも言えるのでは?」
「んー……でも、力が発現していないからなあ。あたしらにとっちゃ普通の人間としか捉えられねえぞ」
女神さまの言葉に、私は南と西の血を色濃く引いた特殊なハーフと言ったところかと一人で納得する。魔力量が多いから不思議といろいろな物や生き物を引き付けてきた。そうかーと納得しつつ、今更状況を変えることはできないし、私の人生はトラブル続きのようだ。一人苦笑しながら女神さまと話していると、私のお腹が盛大に鳴ってご飯を食べようとなるのだった。