魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
女神さまが顕現した翌日。少し時間が空いたので、ユーリの部屋に私たちはいた。
女神さまにとって、私の黒髪黒目という容姿と魔力量が多いことは親近感が湧くらしい。ならばユーリにも情を抱いてくれるのかなと疑問を抱き、女神さまにもう一人黒髪黒目の赤子がいると伝えれば、黒髪黒目は今の時代に珍しいと微笑んでユーリと会ってくれたのだった。
赤子を抱くのは初めてだったようで、おっかなびっくり抱く姿は姉が生まれたばかりの妹を緊張しながら抱いている姿のようだ。私より身長の低い女神さまだから余計にそう見える。
「なんとなくお前に似ているか? 確かに南の匂いがするけど……微かに嫌な臭いがあるな」
女神さまがユーリを抱きながら、私とユーリの顔を見比べながらそんなことを口にした。ユーリは乳母さんとアンファンが数日に一回湯浴みをさせているのに、臭いとはこれ一体と私は顔を顰める。あ、そっかと私は一人で納得して、女神さまに苦笑いを向けた。
「おしっこかう〇ちしているのかもしれませんね。おむつを替えましょう」
私は女神さまに両腕を差し出して、ユーリを渡してくださいとアピールする。女神さまは私の言葉に怪訝な顔を浮かべた。
「ちげーよ! 流石にそれくらいあたしでも分かるっつの! そうじゃなくて、南の生き物の匂いとなんか嫌な生き物の臭いがするって言いたいんだ!」
女神さまが大声を出すとユーリが驚いて泣きそうになる。今にも泣きだしそうなユーリを女神さまは『悪ぃ! 驚かすつもりはなかったんだ』と言いながら一生懸命あやしている。
ユーリが生き物に触れる機会はかなり少ない。毛玉ちゃんたちが時折ユーリの様子を伺いに部屋にやってくるのだが、最初の頃より上手く相手をこなしていた。近頃はユーリが毛玉ちゃんたちの背中に乗ろうとして、彼らは『危ないよ』と言いたげに伏せたままユーリの成すがままになっている。湯浴みも数日に一度は行っているから獣臭いことはないのだが……あ。
「もしかしてユーリの母親の匂い……?」
ユーリの父親は私と同じである。血統的に違う所は母親が違うということだ。黒い女魔術師がどこの大陸出身か知らないけれど、あまり良い人とは言い難いしユーリに妙な品を飲ませていたと聞く。もしかしてその臭いが残っているのだろうかと、相談がてらに女神さまにユーリの件を打ち明ける。
「数百年生きた人間だぁ!? あり得ねえ! 人間は百年以上生きるように創造されてないんだぞ!」
女神さまがまた大声を出せば、落ち着いていたユーリがまた泣き出しそうになっている。女神さまは不味いと感じ取ったのか、すまん頼むと私に告げてユーリを渡してくれた。
「ご本人の話では、加齢抑制の魔術を編み出して生きていたそうです」
私はユーリを抱き直した。首は据わっているので以前より楽である。ユーリはきょろきょろと周囲を見渡しながら、私の肩の上に乗っているクロを見つけてなにか考えている。あーと言葉になっていない声を上げ、ユーリは両手でぺちんとクロの顔を挟み込んだ。ふぐ、と妙な声がクロの喉から漏れ出るけれど、痛くはないようでユーリになされるがままである。身の危険を感じればクロは勝手に逃げるだろうと私は女神さまと視線を合わせた。
「やっぱ人間は強欲だなあ。まあ永遠の命を得ているあたしが言うことじゃねーが。数百年生きたつーなら化け物だな。でもまあ微かに臭うってだけだから、この子に影響はないはずだ」
私は女神さまの言葉に安堵して小さく頷いた。やはり生命の理の輪から外れることはできないのだろう。創造主である女神さまが仰るのであれば、黒い女魔術師は希代の術を開発したと言える。でも倫理からは外れているし、人間に定められた年齢以上生きてなにになるのだろうと考えてしまう。
もちろん誰だって死にたくはないけれど、いずれ迎えくる終わりを受け入れられないのは如何なものだろうか。逆に死を迎え入れられない感情は人間らしいとも言えるのか。全く持って人間とは難しい生き物だ。
「女神さまは不老不死なのですか?」
ふと興味が沸いて聞いてみる。
「んにゃ。不老だけど、あたしと同格かそれ以上の連中に深手を負わされれば死んじまうだろうな。あたしが創り出した連中なら傷一つ負わせられねえよ」
女神さまに私はなるほどと頷いた。人間が女神さまに敵うわけがないし、妙なことを企む人がいても問題は少なそうである。女神さまは子爵邸で暫く滞在するから警備面を心配していたのだ。お城に降臨したから、どうあったって女神さまが現れたと噂は流れる。陛下とアルバトロス上層部の皆さまには子爵邸の警備の増強をお願いしたが、急に人員を差配するのは大変だ。
「つーか、ホント小せえなあ……もう一回抱かせてくれ」
女神さまのお願いに私はユーリをゆっくりと渡す。ユーリのムニムニ攻撃から逃れたクロは小さく息を吐いていた。
「女神さまはいろいろな生物を創り出したのですよね?」
「創ったが、必要最低限だな」
どうやら女神さまが創造なさったものは、大陸という大地と木々の緑に水に川、四足動物に鳥に虫にと基本的な生き物なのだそうだ。人間もそのうちの一つで、牛や豚は人間が食べても良いようにと創造したとか。
あとは創り出した自然と生き物が勝手に進化してくれるだろうと放置していたそうだ。管理監督責任があるそうで南の女神さまはちょいちょい南大陸の人間に手を出していた、と。
それで南大陸では女神さまが恐れられていたのかと納得できた。しかしそれなら他の大陸の女神さまも管理監督責任の名のもとに地上に手を出していそうだが。
「姉御たちはあたしみたいに管轄地に手を出さねえ。どうしてかは分からねえが、興味がないとか勝手にすれば良いとか考えてるんだろうな。東の姉御は代理できる奴を生み出したって聞いた気がする」
ふうと息を吐いた女神さまにユーリが先ほどのクロに対して取った行動を、女神さまにも行った。ぺちんと小さな音が鳴ると、部屋の隅に控えていた乳母さんがひょえー! と慄いている。女神さまに無体を働ける人間はそうそういないけれど、まだ小さい赤子故に女神さまはなにも言わない。面白そうな顔を浮かべてユーリの行動を受け入れていた。
「西の姉御はなにを考えているか分かんねーし、東と北の姉御はあたしの背の小ささと胸のなさを小馬鹿にするんだよ。だからあんま島に帰りたくねーんだが……今回は仕方ねえ」
女神さまは先ほどより大きく長いため息を吐いた。私の右腕の怪我は人間には治せない。流石にこのまま一生を過ごすのは、まだ長く続くであろう人生でキツイことである。
「お手数かけます?」
私は浄化儀式を行って女神さまの怒りを買ったはずなのに、巡り巡ってとんでもない方向に話が進んだ。まさか人間の身でありながら神さまが住まう島に行くとは。
「気にすんな。こんな機会がなけりゃ、姉御たちが創った大陸に渡ることなんてなかったし、島に戻って親父殿に顔を見せることもなかったしな」
女神さまはユーリを抱きながら器用に片手を振る。そういえば南の島で朽ち果てたお屋敷の中で見つけた日記を書いた人は、どこかの海の藻屑となってしまっている。亡くなった方が夢見た地に、全く興味がない私が赴くことになるなんて思いもよらなかった。
「質問ばかりで申し訳ないのですが……」
「なんだ?」
私は先ほどから質問ばかりしているが、女神さまは嫌な顔を見せず答えてくれている。今も女神さまは首を傾げながら、ユーリの両手ぺちぺち攻撃を受けていた。
「神さま方が住まう島に人間が赴いたことはあるのですか?」
「あたしは島にずっといるわけじゃねえから、どうだろうな。でもまあ普通は辿り着けないな。それこそ案内がいねえとな」
女神さまの話を推測するに、人間が神さまの島に初上陸するのは私たち一行ではなかろうか。私がむーっと考え込んでいると、女神さまがどうしたと問うてくる。正直に人間の身で神さまが住まう島に行くのは恐れ多いと伝えた。
「別に人間は立ち入り禁止ってわけじゃない。ただ島の周りは特殊だから辿り付き辛いんだよなあ。海の魔物も多いし」
「海の竜のお方にはお会いしましたが、他にも強そうな魔物が海にいるんですね」
烏賊とか蛸の魔物って食べられるのだろうか。蛸の魔物であれば、凄い量のたこ焼きができそうだ。でもソースがないなと少し残念な気持ちになる。
「お前の肩に乗っているのは陸の竜だよな……内包されている魔力量を考えれば、その小ささは異常なんだが……」
女神さまがクロに視線を向けた。私はクロに右手を伸ばせば、クロは私の指に顔を擦り付ける。そしてクロは女神さまに小さく頭を下げた。
『初めまして、女神さま。ボクはクロって言います。ナイと一緒にいたいから小さい姿のままでいるんだ~』
クロは相手が誰であろうと喋り方を変えないのに、女神さまには敬語を使っているところがある。格の高い竜でも女神さまにを敬うんだなと感心しながら女神さまとクロのやり取りを聞いていた。
「クロは南の匂いはしないな」
『えっとね、ボクは西大陸で何万年も生きた竜の生まれ変わりだから、南の女神さまとの繋がりはないのかも。前のボクの記憶で古代人を見たことがあるけれど、女神さまとナイと一緒で黒髪黒目だった。大地に魔素が満ちていた頃が懐かしいよ』
「年々、魔素は薄くなってるんだが、こればかりはどうしようもねえ。それこそ親父殿に頼まなきゃ元には戻らん」
女神さま曰く、大陸にある魔素の濃度は時が経つにつれて低くなっており、原因は人間や生き物が増え過ぎたことだろうと推測していた。環境破壊であれば緑を増やせば、何百年か何千年後に効果が表れるかもしれないが、魔素ってどう増やすのだろう。
女神さまより格上の神さまにお願いすれば、ワンチャンあるらしいのだが手を入れる気はないらしい。生き物の命と同じで星の命もいつかは尽きる。なるようにしかならないだろう。
「というか、ずっと突っ込みたかったんだが……良いか?」
「どうなさいました?」
女神さまが凄く真面目な顔を浮かべて私に問う。
「どうして人間の屋敷に竜とフェンリルとケロべロスとその仔供たちと、庭に天馬とグリフォンがいるんだ!? あと妖精と猫又もいなかったか!?」
「えっと、なんやかんやで彼らと仲良くなりました。そして一緒に過ごすようになりました」
女神さまは目を見開きながら私を見ている。古代人は魔物や魔獣を付き従えていたとクロから聞いたし、黒髪黒目は古代人のシンボルとも聞いた。私の黒髪黒目は古代人の血を色濃く引いた先祖返りだろうとも教えてくれていたのだが、何故南の女神さまは驚いているのだろうか。
「いや、確かに大昔の黒髪黒目は魔物や魔獣を従えていたがな……けどよ、魔素が低くなった今の状況だと難しいだろ……数を揃えるのも、多種がいるのも」
なんだか西大陸が特殊と言いたげである。東も北も南大陸にも赴いたことがあるが、北が少し優れているが文明レベルはそう変わりない。もちろん魔術が普及していなかったり、西大陸にない技術が他大陸で存在していたりするけれど。でもそれってゲームが舞台で作品ごとに差異があるせいだろうと考えているのだが、女神さまの考えだと不思議なようだ。
「一頭、従えてるくらいなら驚いたりしねえよ。けどお前、数が多過ぎじゃねえか。古代人でも多くて二頭とかだったぞ?」
「え……?」
初めて知った事実に今度は私が目を見開いた。
「阿呆みたいな魔力で惹かれているようだが、他に原因がありそうだな」
「も、もしかして私の魔力は親和性が高いからでしょうか?」
「んー……ちょい魔力を放出してみ? あ、加減はしろよ」
女神さまの言葉に魔力を少し練って、体外に放出してみる。その途端、クロとロゼさんとヴァナルと雪さんたちと毛玉ちゃんたちが嬉しそうな顔を浮かべた。
「確かに親和性が高いが……本当にそれだけか?」
「わ、分かりません。でも何故かクロたちを始めとしたみんなが私を慕ってくれます。亜人連合国の方々もそうですし……」
「お、おい、まだ竜がいるのか?」
女神さまが少し引きながら私に問い掛ける。嘘を吐く必要はないし、吐いたところで直ぐバレるから正直に答えよう。
「はい。亜人連合国の方々の中には竜や亜人の皆さまがいらっしゃいます」
「…………西ってどうなってんだぁー!?」
また驚いている女神さま。どうやら西大陸と南大陸の環境が随分と違うようだ。他の大陸に詳しくなさそうだし、南の女神さまの驚きは仕方ないのだろう。しかし西の女神さまってどんな方なのだろうと、少し興味が湧いてくるのだった。
◇
南大陸の王族の方々に浄化儀式を執り行って一週間が経ち、神さまの島に渡る準備を終えた。これから選抜メンバーと一緒に島に赴くのだが、アルバトロス上層部では前人未踏の地に行ける可能性があるということで沢山の方の興味を引いていたようだ。
で、選抜競争に勝ち抜いたのは副団長さまと猫背さんとエーリヒさまと緑髪くんであった。あとは護衛の方が数名と、外務部の方が数名同行する。なにか作為めいたものを感じるが、武力面に関しては圧倒的安心感がある。エーリヒさまは私の事情に巻き込んでしまって申し訳ない限りだ。
島でも問題が起きると、アルバトロス王国への連絡は彼が担ってくれていた。もしかしてエーリヒさまは私のトラブル対処担当になっているのだろうかと、申し訳なさに小さく頭を下げた。
アルバトロス城の地下に設けられている転移陣で、女神さまといつもの子爵邸の面子と同行メンバーが集っている。
「国家間の転移陣を使用させて頂けるとは有難い限りです。手配、お疲れさまでした。陛下にもお礼をお伝えいただければ嬉しいです」
私は外務卿さまと顔を合わせて目礼する。爵位に差があるため私が大袈裟に礼を執れば、相手が委縮してしまう。大変な立場になったけれど、背負っているものがあるから頑張っていかないと。
神さまの島に赴いて怪我を治して貰えたならば、次は侯爵領の視察が控えている。小麦の生産地であるが、他にも特産物を生み出して領の方々が潤えば嬉しい。そして自分用の田んぼと畑も侯爵領に作って小作人さんを雇う予定である。
「いえいえ、お気になさらず。無事にお戻りなさることを祈っておきますね」
外務卿さま――名前を聞いたのに何故か忘れ去っている――がにこりと笑みを浮かべ、胸に手を当て答礼してくれた。今回の旅程はいくつかの西大陸の国を中継し、そこから一気にロゼさんの転移で北大陸へと移動する。
北大陸のミズガルズ神聖大帝国にも連絡済みなので、迎えの馬車に乗って大陸横断鉄道へと乗り換え二泊掛けて北の大地の北端に辿り着く。そこからは女神さまの案内により、神さまが住まう島へと足を踏み入れる。
「では皆さま、よろしくお願い致します」
私が声を上げ、ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまに侯爵家の護衛の方数名に、副団長さまと猫背さんとエーリヒさまと外務部の数名の方を一人ずつ視線を向けた。皆さまは無言で頷いてくれ、準備は整っているようである。
「おう。よろしくなー」
そして女神さまが軽く声を上げた。女神さまには同行する皆さまの安全を確約して頂いている。未知の領域に踏み込むのは命懸けだ。南の島の冒険とはまた違った危なさを含んでいるかもと、女神さまと一緒に過ごした一週間の間にいろいろと話を詰めさせて頂いた。
南の女神さま曰く、神さまの島に住まう方々は人間に興味はないそうだ。無視されるのがオチだし、水先案内人である女神さまがいなければ私の腕の傷も治せないだろうとのこと。
人間に無関心という割には、目の前の女神さまは子爵邸でいろいろな方と気さくに話していたので信憑性が薄い。とはいえ嘘を吐く必要もないことである。多分、本当なのだろうなと納得し、腕の傷を治して貰ってとっとと帰ろうという話になっていた。
「便利なもんを創ってんなあ……まあ双方向で魔力を注がなきゃいけないのは面倒だが」
確かにお城にある国家間を移動できる転移陣は移動先の魔術陣にも魔力を注がなければ発動しない。おそらく不法に侵入されることを危惧しての処置なのだろう。そもそも各国のお城には侵入防止用の妨害魔術が施されているはずである。
ちなみに女神さまの力を使えば一足飛びで神さまの住まう島へと向かうことができるのだが、女神さまの観光がしたいという希望と一足飛びの場合は私と女神さまの二人だけの旅となるので今回の旅程が組まれた。
「そろそろお時間です。閣下、魔術陣に魔力を注ぎ込んでください」
外務卿さまが懐から懐中時計を取り出して時間を確認しながら告げた。私は彼の言葉に頷いて魔力を練って魔術陣へと注ぎ込む。次第に魔術陣が淡い色に光り始めて地下室を照らす。そうして移動メンバーが魔術陣の上に乗り、術を一節唱えれば一ヶ国目に到着していた。
「アルバトロス王国、アストライアー侯爵よ。よくぞ参られた」
「陛下自らのお出迎え、感謝致します。アルバトロス王国にて侯爵位を賜っております、ナイ・アストライアーです。この度はアルバトロス王国、そしてアストライアー侯爵家の要請を聞き入れてくださり誠に感謝致します」
転移先の王さまが私たち一行を魔術陣のある部屋で迎え入れてくれた。アルバトロス王より年上なのは確実で、立派な髭を携え豪華な衣装を纏っている。私は王さまの言葉を聞いてすぐに礼を執り、今回の件の感謝を告げた。好意的に受け取られているけれど、外交なのでギブ&テイクなやり取りを事前に行っていた。
「我が国でゆるりと過ごして欲しいところであるが、急ぎの旅路と聞き及んでいる。また会えることを楽しみにしていよう」
王さまは立派な髭を撫でながら少し残念そうに呟いた。ちなみに女神さまのことは秘密である。移動先の国に知らせて良いかと女神さまに問うたところ、必要ならば仕方ないが、面倒になりそうだから止めてくれということだった。
とはいえ女神さまは凄いオーラを発している。並の人は近寄っただけでも驚くだろうと、私用の魔力を抑える魔術具を身に着けて頂いた。効果はそれなりにあるようで、子爵邸で女神さまの登場で腰を抜かした侍女さんが女神さまと視線を合わせて会話できたのだ。
私が身に着けている魔術具ってどれだけ御しているのかと疑問に思うが、知ればきっと心臓に悪い。副団長さまの魔術具は凄いんだなあと誤魔化して、楽しそうに話している女神さまと侍女さんを見守っていた。
あ、お礼を伝えないと。
「ご厚情、感謝致します。では次の国へ参りますので、御前失礼致します」
王さまに頭を下げれば、次の転移の準備が始まる。術式の書き換えで暫く時間を要したが、それでも最短である。副団長さまと猫背さんが他国の魔術師さんに興味津々な様子だったので、別の国の技術がどの程度なのか気になったようだ。
術式を書き終える前にお二人の興味は移っており、何故か私に視線を注いでいる。どうしたのか問うてみれば私の魔力がどの程度減ったのか気になったようだ。国家間の移動は大量の魔力を消費すると言われている。
私は魔力量がかなり多く備わっているので、三年前の亜人連合国へ急行した際も使節団の代表と魔力補填を兼ねていた。三年前より随分と楽であるし、一度に消費する量も減っている。ということは確実に私の魔力量は三年前より増えているということである。思えば、いろいろな方に私の魔力を請われたり、盗られたり、注いだりしたなあと懐かしい気持ちを抱えながら、次の国へ転移するのだった。
「よくきてくださった、アストライアー侯爵殿」
転移を終えて直ぐ私に声を掛けた方がいた。私の目の前には背の高い偉丈夫な中年男性が両手を広げながら、アルバトロス一行を迎え入れてくれる。でたか、と私は心の中で溜息を吐いた。
今いる国の王さまから目の前の男性は少々厄介な存在であると聞いていた。そして彼を第一線から下がらせるため一芝居打って欲しいとも言われている。この国に転移する条件の一つだったので、私たち一行を引き留めないことを条件に引き受けた。エーリヒさま以外に外務部の方が同道したのは、今目の前で起きようとしている件の報告と後処理を任せるためだった。
「この度は我々の要請を受け入れて頂き感謝致します。アルバトロス王も貴国のご対応に感謝されておりました。重ね重ねではございますが、お礼申し上げます」
私が礼を執れば、派手な騎士の衣装を纏った偉丈夫が口元を伸ばして笑う。目の前の彼は騎士団の団長を務めている方である。この国は数十年前まで隣国と小競り合いに明け暮れており、彼の父親が戦功を上げ騎士団長の座に就き世襲した。騎士の力量は並の騎士くらいだし、事務処理に長けているわけでもなく、戦場に立って指揮を執る才能もさほどないそうだ。
そんな人物なのに我が物顔で城内を闊歩しているから鬱陶しいとのこと。どこの国も大変だとアルバトロスの陛下と顔を見合わせながら、通信機越しにこの国の王さまの愚痴に付き合っていた。
二代目のボンボンはどうして高確率で無能判定されるのだろうか。お茶の誘いに了承するのだが、これから先の彼の行動如何で破滅するか首の皮一枚繋がるのかが決まる。この国の王さまが忙しいのは、貴方を追い落とすためだとは決して口にしない。
「陛下は忙しい故に私が場を任された。急ぐ旅路と聞き及んでいるが、魔術陣の術式の書き換えに時間を要す。茶と上手い菓子でも如何かな?」
私の返事を聞く前に目の前の彼が片腕を伸ばして、私の腰に手を回そうと試みる。
「失礼致します。聖女さまに無暗に触れられては困ります」
ジークが私と団長閣下の間に入り、手を伸ばして接触を阻止し抗議も入れる。リンもジークと私の間に身体を割り込ませ、団長閣下との距離を取った。ちなみに彼と私の爵位は同格の侯爵位だが、功績は私の方がずっと上だと相手国の王さまが仰っていた。
「これは申し訳ないことをした。勇敢な騎士よ、主人への無礼許せ」
それを判断するのは私のようなと首を捻りつつ、お茶の誘いを受ける。術式の書き換えに時間を要するのは仕方ないし、美味しいお菓子は魅力的だ。
団長閣下を先頭に魔術陣の部屋から外に出て廊下を歩く。途中かなり広い手入れの行き届いた中庭が見えた。城内でお仕事をしている方々が目の前の団長閣下の登場に眼を剥きながら、廊下の隅に寄り頭を下げる。時折、アルバトロスの黒髪の聖女かと声が聞こえてくるが気にしたら負けだ。どうやら星に新たな模様を付けたことで、噂が西大陸中に広まっているそうだ。
一応、彼が取る行動を国から提示されていた。私に亜人連合国との取引を願い出るか、竜のお方を一頭融通してくれと願い出るか、天馬さまを……以下略。まあ、私をお茶に誘い欲望駄々洩れの話を私に打ち明けるだろうと、王さまが多大な溜息を吐きながらアルバトロス側に教えてくれている。
関係者は王さまの息が掛かっている人物を侍らせるので、好きにして良いとのこと。あとは私がアルバトロス王国を経由してこの国に抗議を入れる。そして怒ったこの国の王さまが目の前の彼を処分するという筋書きだ
凄く単純な方法だが効果は絶大らしい。私という人物が過大評価されていないかなーと思いつつ、好きにして良い――最悪、死んでも構わない――とのことなので流れ次第だが、ちょっとした悪戯を計画している。関係者とは話を済ませているので私の行動を責める人はいない。事前打ち合わせ、大事。
「さあ、入り給え。美味い菓子と茶を用意した。好きなだけ食してくれ」
団長閣下がまた両手を広げながら声を出し上座に腰を下ろした。私は彼の対面の席に案内されて腰を下ろす。女神さまにも話は通しているので問題ないのだが、面白いからソフィーアさまとセレスティアさまの横に立って眺めていると言い残している。
ちらりとソフィーアさまとセレスティアさまと女神さまの方を見れば『無茶をするなよ』『やっておしまいなさい!』『どうなるやら』という雰囲気である。ジークとリンは団長閣下の先ほどの行動で警戒しているようで、厳しい顔つきになっていた。いつでもレダとカストルの柄に手を掛けられるようにと、筋肉が張っているような……。
侍女のお方がお茶を出してくれ、団長閣下がお茶を飲んだので私も一口お茶を嚥下する。確かに美味しいけれど、少々熱いのが難点だ。そうしてお菓子に手を伸ばして咀嚼していると、にっと笑った団長閣下が口火を切った。
「この場には私の息が掛かった者しかいない。単刀直入に貴殿へ申し入れよう」
いや、王さまがこっそり王家側の駒を忍び込ませているのだが、目の前の彼は気付いていないようだ。なんだろう平時だから戦闘力は必要ないし、団長であれば後方で指揮を執っていれば良い。危険に対して感度が低いような、鈍いような。ジークとリンの殺気に気付いていないので大丈夫かなと心配になってくる。
「フェンリルとケルベロスの仔が生まれたと聞き及んでいる。私に一頭融通してくれないだろうか?」
彼は至極真面目な顔で仰った。魔獣が大好きなようで、子供の頃から憧れていたと目をキラキラさせてペラペラと語っている。少し意外な所に話が飛んだのであっけに囚われるも、私は極上の笑みを浮かべる。
「それはそれは。閣下のお気持ちしかと理解致しました。しかしながらフェンリルとケルベロスの仔であります。数年後には成獣となり力も身体も大きくなりましょう。閣下に彼らを御せましょうか?」
申し訳ないが、毛玉ちゃんたちをフソウ以外に譲渡する気はない。笑いながら私の口の端が吊り上がっているのが分かる。ふざけたことをと言いたいが、ここは外交の場だ。クロたちが魔力漏れてるーとソワソワしているが、ちょっと彼らを気に掛ける余裕はない。
「それはもちろんだ! 絶対に不幸にさせないと我が名に誓おう」
「なるほど、お覚悟承知致しました。しかしながら不安は残ります。ヴァナル」
私がヴァナルを呼べば影の中から出てくる。ついでにヴァナルの頭の上にはロゼさんも一緒だ。雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちは話がややこしくなるといけないので、影の中に留まって貰っていた。
『どうしたの?』
「閣下と全力でお相手して差し上げて」
こてんと首を傾げたヴァナルだが、ヴァナルとロゼさんと打ち合わせは済んでいる。そしてこの国の王さまにも。
『わかった。走ってくる』
ヴァナルがぬっと大きなサイズになって目の前の団長閣下の首根っこを噛んだ。ぷらーんとヴァナルの口の下に垂れ下がる彼は目を白黒させて黙ったまま驚いていた。
ロゼさんの転移で先ほど通った中庭へとヴァナルと団長閣下が消える。そうして幾分かの時間が経って『ぎゃあああああ!!』という野太い悲鳴が聞こえてきた。どうやら上手くいったようで、言うことを聞いてくれない魔獣の怖さを体験できただろう。失礼な要望を申し出たということでアルバトロス王国からの抗議と、勝手に増えたフソウからの抗議を受けて彼は失脚するはず。
「どこにでも馬鹿な奴がいるんだなー」
しみじみと声を上げた女神さまに私は小さく肩を竦めると、転移の準備が整ったと知らせが入る。そして転移の間際、無礼を許して欲しいと小さく頭を下げる王さまと挨拶を交わして次の国へ向かうのだった。