魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

489 / 740
0489:光の帯。

 ――衝撃の事実が発覚した。

 

 エーリヒさまとフィーネさまはお付き合いをしていたようだ。告白したのは、南の島に赴いていた時だろうとジークが予想を立てていた。リンは私が驚いている様子が面白いのか機嫌が良い。

 

 なにかお祝いの品を贈ろうかとそっくり兄妹に相談するも、婚約も果たしていない状況だから公式にお付き合いをしていると発表された時で良いのではと教えてくれた。確かに、婚約に至る前に破局すれば贈った品が無意味なものになるし、エーリヒさまとフィーネさまも気にしてしまうだろう。それならやはり正式にお二人の婚約が発表された時に改めてお祝いの言葉と品を贈れば良いだろうと決め、こっそりとオーロラの写真の複写を手渡すくらいで良いのだろう。今日はいつもより早めに夕ご飯とお風呂を済ませて就寝するのだった。

 

 「おはようって言うには早すぎる時間だけれど……」

 

 宿の部屋のベッドで目が覚める。もぞもぞと身体を起こして、部屋にある時計を見た。時刻は深夜二時。いつもであれば深い眠りに就いているのに、クロとロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんのお陰で起きることができた。女神さまは隣のベッドで寝ているのでかなり声の音を落としていた。

 

 『おはよう、ナイ』

 

 クロが枕元で丸く身体を丸めたまま顔だけを私に向け、ベッドの端にヴァナルと雪さんたちが顔を乗せて私を見上げている。ロゼさんも私の膝上に這い上がり、身体をぷるんと揺らしている。

 

 『おはよう、主』

 

 『おはようございます、ナイさん』

 

 『皆さま、おはようございます』

 

 『仔たちもおはようございます』

 

 ヴァナルと雪さんたちの小声が響けば、毛玉ちゃんたちがのっそりと起き上がり身体をぶるぶると振るわせて、眠りから覚醒していた。彼ら彼女らはこれから私たちの行動を分かっているようで、早く行こうとふんふん鼻を鳴らして行動を急かしている。ベッドから降りて女神さまを起こそうと声を掛ければ、女神さまは涎を垂らしながら目を開けないままむくりと起き上がる。

 

 「おはようございます。女神さま。光の帯を見に行く時間になりましたよ」

 

 「ふぁ……うーん、分かった……なあ?」

 

 「はい?」

 

 女神さまはまだ目が開かないままで眠そうである。声を上げたあとの言葉が続かないので、寝落ちしてしまったのだろうか。女神さまは私のことを子供だというが、女神さまも大して変わらないのでは。女神さまの肩を揺すり覚醒を促そうと左腕を伸ばせば、女神さまがカッと目を開き私を見据えた。

 

 「子供じゃねーからな!」

 

 「なにも言っていませんよ!」

 

 私は無言だったのに、どうして心の内を言い当てるのだろう。謎だと考えていれば女神さまが片頬を膨らませた。

 

 「むう。起きる!」

 

 女神さまが勢い良くベッドから降りて、すぱっと一瞬で普段着の姿になっていた。最初にこの姿を見た時は驚いたけれど、一週間以上女神さまと過ごせば慣れた光景だった。私も小さく呼び鈴を鳴らすとリンとソフィーアさまとセレスティアさまが部屋に姿を現した。

 それぞれの方と挨拶を交わし、リンとお二人の介添えを受けながら服を着替えて更に防寒着を着込む。暖房が効いているので暑いくらいだが、外に出ればぐっと寒くなる。私の着替えを終えたソフィーアさまとセレスティアさまが女神さまに防寒着を勧めて腕を通していた。

 

 「ありがとなー」

 

 女神さまが気楽な声でお二人に礼を伝える。ソフィーアさまとセレスティアさまも最初こそ女神さまにおっかなびっくりな様子だったけれど、一週間以上経てば慣れてしまったようだ。

 毛玉ちゃんたちも女神さまにじゃれついているし、じゃれつかれたご本人も満更でもなさそうに毛玉ちゃんたちの相手をしている。女神さまがヴァナルに大きくなって欲しいと伝え、一緒に寝ていたこともあるから本当に人間臭い女神さまである。

 

 「では、行きましょうか。光の帯が見れると良いのですが……」

 

 私の言葉にリンとソフィーアさまとセレスティアさまが頷き、女神さまは微妙な表情で窓の外を見ている。女神さまになにかあったのか気になり、どうしたのかと私が問えば『なんでもねえ。なんでも、な』と言葉が返ってくる。

 

 その割には浮かない顔というか妙な雰囲気の女神さま。いつもあっけらかんと笑って、子爵邸の中を興味深そうに観察し、ご飯を食べる時には全て目新しいもので埋め尽くされているようで、美味い美味いとご飯を食べて幸せそうな顔を浮かべているのに。

 本当にどうしたのだろうと首を傾げるも、廊下でジークが待っているだろうし早く行かないと他の方を待たせてしまう。

 

 扉を開けるとジークが廊下でカストルの柄に手を添えて、私を待ってくれていた。彼は部屋から出てきた私を見ると、カストルの柄から手を離して数歩足を進めて私の前に立った。

 

 「ジーク、おはよう。楽しみだね」

 

 私が彼を見上げて、大丈夫か確認すればいつも通りの表情で変わった様子はない。リンもソフィーアさまとセレスティアさまも普段通りだし、みんな体調は大丈夫そうだと頷いた。

 

 「おはよう、ナイ。見れると良いな」

 

 私を見下ろすジークが小さく笑う。タイミングを見計らった女神さまがジークを見上げた。彼の背の高さにむっとしているのだが、背の高い方を見ると姉上さまである他の女神さまを思い出して複雑な心境になるらしい。

 

 「おはよーさん」

 

 複雑な心境に陥るとはいえ、身長の高い方は姉上さまではないと理解しているので背の高い方に当たり散らすことはない。女神さまが怒る時はご自身の容姿を言及された時のみ、だそうな。

 

 「おはようございます、女神さま」

 

 少し背を屈めたジークが女神さまに礼を執る。その後直ぐ、オーロラを見たいと言った方たちが、廊下を歩いて私たちの下へきた。メンバーは今回の同行者のほとんどをしめ、夜が苦手な方以外はやってきているようだ。

 にこにこ顔の副団長さまとウキウキ顔の猫背さんに、エーリヒさまと緑髪くんと護衛の方と外務部の方数名である。この場にいる全員がもこもこの防寒着姿となっているので、すらっとした体型の方が丸味を帯びていて面白い。ジークとリンもソフィーアさまとセレスティアさまもフォルムが丸いので、違和感がある。おそらく皆さまも私の姿を見て面白いと思っているだろうからお互い様だろう。

 

 宿から出れば、ソリが用意されており案内人の方が私たち一行を展望台まで連れて行ってくれる。

 

 私たち一行は外に出れば寒さに首を竦めた。案内人の方は寒さに慣れているようで、長毛の鹿――トナカイかも――さんのご機嫌を取りながら白い息を吐いている。私は案内人の方によろしくお願いしますと告げ、鹿さんにもよろしくお願いしますと目線を下げた。すると鹿さんが何度か頭を下に上にと動かして挨拶をしてくれる。クロが私の肩から『よろしくね~』と鹿さんに伝えれば、鹿さんは一鳴きして答えてくれた。

 

 「どうぞ、お乗りください。女性と男性に分かれた方が良いでしょう」

 

 「助かります」

 

 案内人の方の提案により男女分かれることになる。分けてくれなければ、自然と分かれただろうけれど。ソリから落ちればヴァナルと雪さんたちが拾ってくれるそうだ。彼らは雪深い道を物ともしないようだし、毛玉ちゃんたちもフソウに移り住むならば雪道には慣れておかないと。ヴァナルと雪さんたちは毛玉ちゃんたちに丁度良い機会だと考えているようだった。

 

 「はいよー! シルバー!」

 

 案内人の方の威勢の良い声を上げるのだが、真夜中なのに大きな声を出して周囲にご迷惑をお掛けしていないか心配になる。ひひーんとは鳴かず、鹿さんは黙ったまま脚を一歩踏み出すと、どんどん歩みを早めてスピードを上げていく。

 

 顔に当たる風が痛いけれど、暗闇のはずなのに雪のお陰か星明りを反射して真っ暗ではない。私の目がようやく慣れてきて周囲の景色が見え始める。森の中にある整備された道をソリは進み、アルバトロス王国の森の雰囲気とはまた違って針葉樹が多く聳え立っていた。

 雪が落ちた音が響けば慣れていない私たち一行は驚き、係の方は『頭上に落ちなくて良かったです』とカラカラと笑っている。時折、野生動物の目が光るのだが、ヴァナルたちのお陰なのか襲われることはなかった。

 

 「展望台です。どうぞ奥へとお進みください。今日は天気に恵まれておりますので、高い確率で光の帯が見えることでしょう」

 

 確約はできませんが、と案内人の方が片眉を上げながら教えてくれた。私たちは運が良いようで、高い確率でオーロラと遭遇できるようだ。写真の魔術具も借りることができたし撮り手も沢山いる。あとはオーロラが現れてくれれば万々歳だけれど、こればかりは自然のものだから現れなければ粘らず宿に戻って神さまの島へ移動する準備をしよう。

 

 数分歩くと、森が開けて満天の星々が見えた。私たちが立っている視界の前はなにも遮るものがない。後ろを振り返れば針葉樹の森が鎮座している。凄い場所だなと感心しながら、アルバトロス王国のメンバーでオーロラの登場を待つ。

 私たちの後ろでは係の方が薪に火を灯している。どうやら冷えた身体を温めたり、飲み物を用意してくれるようだ。随分、身体が冷えるから有難いと空を見上げる。この場に辿り着いて十数分、まだオーロラが現れる気配はない。案内役の方の話によると、いろいろな方向に現れるから油断をしない方が良いそうだ。長ければ数時間見えることもあるし、数分で見えなくなることもあるとのこと。完全に運だなあと空を見上げながら口を開く。

 

 「現れないね。前兆とかあれば良いんだけれど……」

 

 空を見上げながら横目でジークとリンを見る。そっくり兄妹も空を見上げながら、ちらりと私の顔を見下ろす。さりさりと雪を踏みしめる音が聞こえて、誰かがジークの隣に立ち止まった。

 

 「確か、なかったかと。ひたすら空を見上げて、見逃さないようにしておかないと駄目だったはずです。違うかもしれませんが」

 

 どうやらエーリヒさまがやってきていたようだ。今の時間は公務ではなく自由時間である。少し暈しながら前世のオーロラ情報を齎してくれた。何故か女神さまは私の隣で微妙な顔を浮かべたまま、彼の話に聞き耳を立てている。

 なんだか女神さまの様子が少しおかしいようなと感じるものの、突っ込むのは野暮だろうと私はなにも言わない。空を見上げたまま、また時間が過ぎて行く。

 

 「流石に首が痛くなってくるね。副団長さまと猫背さんは大丈夫みたいだけれど……」

 

 私は首を抑えながら正面を向く。慣れていないと長時間空を見上げたままなのは厳しい。首が痛い方には魔術を施して、今日の朝に響かないようにと気を配っておく。

 件の二人は興味が先行しているのかずっと空を見上げたまま、手元には紙の束とペンを持ちオーロラが現れるのを待っていた。元気だなあと感心しながら、案内人の方からコップを受け取って副団長さまたちの下へと歩いて行く。もちろん護衛としてジークとリンも後ろに控えてくれ、オーロラを見逃さないようにと空にも気を配ってくれている。

 

 「ご苦労さまです。飲み物は如何ですか?」

 

 極寒の地である故か受け取ったコップには冷えないようにと魔術が施されていた。魔術具の類いになるようだと私は副団長さまにコップを差し出せば、私の声に気付いて副団長さまが視線を合わせてくれる。

 

 「閣下自らありがとうございます。彼の分は僕が預かりましょう」

 

 「首が痛くなったら教えてくださいね。痛みがマシになる魔術を施します」

 

 私から副団長さまへとカップが渡る。私の言葉に副団長さまが助かりますとお礼を告げると、猫背さんが空を指差した。

 

 「あ……ハインツ、聖女さま、あっち見て!」

 

 猫背さんが嬉しそうな顔を浮かべて副団長さまと私の名を呼ぶのだが、視線は空の彼方に固定されたままである。副団長さまと私と周りにいた方々が一斉に猫背さんが指差した方向へと視線を向けた。

 

 「……凄い」

 

 私の視界の右端に緑色の大きな空のカーテンが現れていた。緑色の光が淡くなったり、濃くなったりを繰り返し、ゆっくりと不規則に形を変えている。オーロラの出現で少し明るくなったような気がするけれど、私の勘違いだろうか。

 森の奥からは狼の遠吠えが響いて、毛玉ちゃんたちが遠吠えに反応して返事をしているようだった。アルバトロスの王都ではないし、自然の森の中だから近所迷惑にはならないだろう。毛玉ちゃんたちの気の済むまで鳴けば良いと、空を見上げたままジークとリンを横目で見る。

 

 「ああ。凄いな、ナイ」

 

 「うん。ナイと兄さんと一緒に見れて良かった」

 

 偉大な自然現象にジークとリンも感動しているようだった。極寒の地へ赴かなければオーロラを見る機会はほとんどない。本当に怪我の功名だなと、傷を負っている右腕を左手で撫でる。

 

 「自然は偉大ですねえ」

 

 「凄いねえ、見れて嬉しい……! 外に出てなかったら見れなかった。ハインツ、聖女さまありがとう!」

 

 副団長さまと猫背さんの声が聞こえ、嬉しそうな猫背さんに『気になさらないでください』と私は言葉を返す。

 

 「まさか本物を目にすることができるとは」

 

 「ええ、本当に。書物の中だけでしか体験できないものだとばかりとわたくしは考えておりましたわ」

 

 ソフィーアさまとセレスティアさまが夜空を見上げたまま声を上げる。

 

 「初めて見た……こんなに綺麗なんだな」

 

 「本当に。外務部に配属されなければ、見れない景色でしたね、エーリヒ」

 

 エーリヒさまと緑髪くんも感嘆の声を上げて、空に視線が釘付けになっている。ひとしきりオーロラを目に焼き付けて、借りた魔術具でオーロラの写真を収める。

 私も数枚魔術具に納めてた。副団長さまとセレスティアさまも写真を撮っているので焼き増しして頂く予定だ。エーリヒさまにも焼き増しした写真を二枚贈って、フィーネさまとお付き合いしていることを応援していると言わなければ。

 

 「なんで……あんなのが良いかなあ……?」

 

 一緒に鑑賞会にきていた女神さまが、みんなと少し離れた場所で腕を組んで顔を斜めに倒しながらボヤいた。私は女神さまの仰った言葉を全て聞き取れなかった。

 

 「どうしました、先ほどから浮かない顔をしておりますが」

 

 私は女神さまの様子が気になって一声かける。

 

 「いや、喜んでいる連中に無粋なことは言いたくねえ」

 

 「どうしてですか?」

 

 むーと唸っている女神さまに私は小さく首を傾げる。一体なにを言いたくないのだろう。こんな壮大な景色を見ているのに、本当に女神さまだけ浮かない顔をしているのだ。見慣れているはずの案内人の方だってオーロラを見入っているというのに。

 

 「聞きたいか?」

 

 「気にはなりますね」

 

 私の言葉にふうと大きく女神さまが息を吐く。

 

 「じゃあ言うぞ。あれ、あたしの親父の屁なんだよな。ちなみに今は機嫌が良いぞ。島に行くなら丁度良いタイミングだ」

 

 機嫌が悪いと赤色のオーロラになるそうだ。意味が分からないよ!

 

 「は?」

 

 理解の範疇を超えた女神さまの言葉に私の口から短く声が漏れた。致し方ないのでちょっと声が低くなったのは許して欲しい。聞いた私も悪いけれど、まさかオーロラが神さまのおならによって現れるとは誰も思うまい。

 

 「だから言っただろ、水を差したくねえって」

 

 「聞いた私が悪かったです」

 

 がくんと頭を垂れた私に女神さまが『そらみたことか』と呆れた声を上げ、私は無理に聞いてすみませんと女神さまに謝った。とりあえず感動しているみんなに悪いので、黙っていて欲しいと女神さまに相談し、女神さまと私のやり取りを聞いていたクロにも黙っていて欲しいとお願いするのだった。

 

 ◇

 

 荘厳な自然現象をテレビの画面や画像を通さず直接目で見て凄く感動していたのに、女神さまの一言で自然現象の奇跡が私の中で脆くも崩れ去ってしまった。魔術具に写真を収めた皆さまは、どんなものが撮れたのか良い写真が撮れたのかとお互いに聞き合っていた。

 

 エーリヒさまはフィーネさまに写真の絵を手紙と一緒に送るはずだから、オーロラの絡繰りを知らない方が嬉しいだろう。知ってて嘘を吐いて手紙を書くよりも、知らないまま感動を分かち合った方が良いような気がする。少し意地悪かもしれないが、世の中知らない方が幸せなこともある。

 

 女神さまと私はオーロラの秘密についてみんなには話さないという約束を取り付けた。喋らない代わりに子爵邸で美味しいものを食べさせろと請われたのだが、女神さまはなんでも美味しいと言って食べているので少し悩ましい約束である。私はみんなの感動が減らなければ良いので、自分の心の中で整理できればそれで構わない。クロも構わないよと二つ返事だったので有難い限りだ。

 

 女神さまと離れて、そっくり兄妹の下へと歩く。私に気付いたジークとリンが視線を向け、寒さで鼻を赤く染めながら小さく笑っている。

 

 「凄かったな」

 

 「ね、兄さん」

 

 嬉しそうに言葉を紡ぐそっくり兄妹に、彼らの感動を壊せないと私は言葉を考える。

 

 「見にきて正解だったね。アルバトロスじゃあ一生見れなかっただろうし、また機会があれば見たいかも」

 

 私はジークとリンには隠し事をなるべくしないけれど、今回の件は黙っておくべきと判断した。

 

 「そうだな、ナイ」

 

 「またみんなで見たいね」

 

 ふっと笑ったジークとリンに宿に戻ろうと私は告げ、他の方たちにも声を掛けた。やたらテンションの高い副団長さまと猫背さんはオーロラがどうして現れるのかと二人で考察している。ソフィーアさまとセレスティアさまも彼らの話に耳を傾けていた。

 

 エーリヒさまも緑髪くんと一緒に興奮気味に話し込んでいる。いつかネタバレをする日がきて、笑い話に昇華できれば良いと願うばかりだ。案内人の方の声に導かれてそりに乗り込む前、鹿さんに挨拶を交わしてから座席に腰を下ろす。私の後ろにはリンが乗っているので、振り落とされる心配はない。ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちも雪道を駆け抜ける準備を終えて、宿がある方向を見据えていた。

 

 ぱしんと鹿さんのお尻を叩いた手綱の音が聞こえると、ソリがゆっくりと加速していく。また針葉樹林の中に整備されている道を走り抜けて宿に戻ってきた。宿の中に入る前にヴァナルたちが私の影の中に入った。

 そうして宿の中に入る。暖房が効いている宿の中は暖かくて良いなあと天井を見上げる。厳しい寒さは身体に堪えるし、無事に戻ってきたという安堵感が凄い。魔物と対峙している方が危険なはずなのに慣れていない寒さは恐怖を煽る。

 

 「じゃあ少し仮眠を取って朝ご飯を終えたら出発しましょう」

 

 天井から視線を戻した私の声にみんなが答えてくれて、それぞれの部屋へと戻る。女神さまも私と一緒の部屋で仮眠を取るらしい。女神さまでも睡眠が必要なのかと疑問を呈したところ、現界していると人間の肉体に引っ張られるとかなんとか。不思議ですねえと私が口にすると、女神さまも本当になと目を細めていた。

 

 ――数時間後。

 

 はたと目が覚める。時間は予定の出発時間の少し前。緯度が高い位置にあるため、陽が昇っている時間が長い。介添えを受けながら着替えを終えて朝食を取り外に出る。

 またソリで移動して海辺にある港を目指して船に乗り込む。目的の場所まで辿り着けば、そこから先は女神さまの転移で移動できるそうだ。女神さまと言えどもアルバトロス王国から神さまの島へ直接転移は人数の関係上難しかった。

 

 雪原を走ること数十分、北大陸最北端に位置する港に辿り着いた。大きな船は停泊しておらず、小型から中型の漁船が多く船着き場に泊めてあった。少し寂しい印象を受けてしまうが、帰りにお魚さんを買って帰ればお猫さまは喜ぶだろうか。

 大量に買い付けるとお猫さまは際限なく催促するので、少量買うだけだなと決める。そしてアルコール関係もなにかないかなあと小さな漁村を見渡すものの、取り扱いをしている店はなさそうだ。

 

 「んじゃ、行こうぜ」

 

 女神さまが声を上げ、借りた船を差した。漁村で一番大きな船を借りており、目的地も村の方は知っていた。漁村と神さまの島の間にある岩礁が目的地であり、村の方たちの漁業ポイントになっているそうだ。

 

 「はい」

 

 私は短く返事をすると、同行する皆さまも小さく頷く。私たちを見た女神さまが何故か目を開いたあと不敵な顔になった。

 

 「なんだよ、緊張してんのか?」

 

 女神さまが心配は要らないと言いたげににっと笑う。

 

 「それは、村の方たちからあんな話を聞けば、緊張は致し方ないのかと。女神さまがいらっしゃいますので幾分かマシですが」

 

 村の方たちは『また神の島に行きたいという馬鹿が現れた』とはっきりと告げている。詳しく話を聞けば、無謀な挑戦者が神さまの島を目指して失敗に終わっているそうだ。岩礁までは辿り着けるものの、その先へ進もうとすれば大嵐に遭い漁村に戻るか、命を失うかのどちらかだそうだ。

 もしかして人間は拒まれていないかなあという不安があり、女神さまの導きに寄って島に辿り着いても、私の怪我を誰も治してくれないのではという想像もできてしまう。

 

 「心配いらねーよ。今回は私がやっちまった責任がある。だからなにがあっても守ってやるさ。というかその前になんもねぇかんな」

 

 女神さまが防寒フードの後ろに両手を添え軽口を叩く。流石に南大陸を創造した女神さまの言葉を否定できないと、私は確り頷いて漁船に乗り込む。

 

 「じゃあ行きますぜ!」

 

 船長さんが全員が乗り込んだことを確認して声を上げた。大陸横断鉄道が走っているので、船の動力も機械的なものだった。もくもくと黒煙を吐きながら力強く進む船に、手漕ぎとは違う感慨を受ける。

 ただ波は北国らしく荒れており揺れが酷い。体幹を鍛えるのに丁度良さそうだけれど、周りの方々で船酔いを訴える方が出てくる。甲板に出ている副団長さまはにこにこ顔で、猫背さんも平気な顔を浮かべている。ジークとリンも平気そうな顔をしているが大丈夫だろうか。ソフィーアさまとセレスティアさまも顔を青く染め始めているので、早く手を打った方が良さそうだ。

 

 「船酔いしている方は申し出てください。多少はマシになるかと」

 

 ぐわんぐわんと揺れている船の感覚を鈍化させるもので、船酔い自体を治すものではない。というか船酔いを治しても揺られ続けるから、術を施しても意味がないのだ。すまない頼むと力のない声で珍しく語り掛けたソフィーアさまとセレスティアさまに術を施す。暫く時間が経てば少し顔色がマシになって落ち着いていた。

 

 「侯爵閣下、申し訳ないのですがユルゲンに……ジータス殿に酔い止めを施して頂いても良いでしょうか?」

 

 エーリヒさまが緑髪くんの肩を支えて私に声を掛けてきた。一応、公務の最中という認識なので呼び方が侯爵を選択してくれている。エーリヒさまは律儀だなと笑い、私も口を開いた。

 

 「ベナンター卿にも施しますね。顔色が悪いです」

 

 私は緑髪くんも酷いが、エーリヒさまもあまり良い状況ではないと判断した。女神さまとジークとリンと私は平気なようだ。船が大きく揺れている感覚があるけれど、ただそれだけである。

 

 「すみません、助かります、閣下」

 

 「申し訳ありません、アストライアー侯爵閣下」

 

 力なく返事をくれたエーリヒさまと緑髪くんに術を施した。五分か十分程度経てばマシになると告げると、船のヘリに移動して緑髪くんが海へ餌をばら撒いている。エーリヒさまは緑髪くんの背を擦りながら、自分も船酔いに耐えていた。ご令嬢のお二人はご令嬢の矜持があるようで、顔を青くしつつも吐き気はぐっとこらえていたのだが……なににしたって大変だ。

 

 「エーリヒは面倒見が良いな」

 

 「確かに。私の面倒も見て貰っているし、助言も貰っているから感謝しかないよ」

 

 ジークがエーリヒさまと緑髪くんのやり取りを眺めながら私に声を掛けた。私もエーリヒさまにはお世話になりっぱなしだし、ジークも何気にエーリヒさまと一緒に行動すると、部屋が一緒だったりして仲良くなっている。

 貧民街仲間以外の関係が生まれていることに嬉しさを覚えつつ、いつまでも幼馴染の関係でいられるのもあと少しかなと目を細めた。結婚や仕事で疎遠になることはままあるし、ジークとリンとも離れてしまうことがあるのだろうか。

 

 「そうだな。俺もエーリヒには感謝している」

 

 どうやらジークもエーリヒさまに対して同じ気持ちを抱いているようだ。私はエーリヒさまに恋愛感情は全く抱いてはおらず、転生者仲間という意識と助言をくれる方という認識が強いけれど、ジークは彼をどう捉えているのだろう。

 男友達だろうなと一人で納得していると、寂しかったのかリンが私の後ろにびとっとくっついて手を回してきた。厚着をしているのでなんだかへんな恰好になっているけれど、私も忘れないでと訴えているようだ。私のお腹に回っているリンの手に私の手を添えて握り込む。ぐっと力を込められてリンの腕に苦笑いを浮かべ、ジークの顔を再度見た。

 

 「いつか、キチンとお礼を言わなきゃね」

 

 「ああ。いつか言わないとな」

 

 ふふっとジークと私は肩を竦め、リンは頬を寄せてくるけれど……フードを目深に被っているからいつもの距離は取れなかった。リンにも顔を向けるとむっとしながら、ようやく私がリンに意識が行ったことにより嬉しそうな顔になっている。ざっと大きな波が船体を打ち付けて大きく漁船が揺れた。

 

 「うわっ!」

 

 「危ないよ、ナイ」

 

 ぐらりと揺れた私の身体をリンが支えてくれた。いつもどおりナイスな仕事だとリンの顔を見上げる。

 

 「ありがとう、リン。海に落ちたらエーギルさまが助けてくれるかなあ……海の守護者を命じられているみたいだし」

 

 仮にエーギルさまが助けてくれるより前に、海の冷たさで体温が奪われて即、命を落としそうである。荒れた波に飲まれれば一溜りもないと遠くの海面を見れば、大きな岩礁が見えてきた。

 

 「私が真っ先に助けるよ。ナイに教えて貰って泳げるようになったから大丈夫」

 

 「ありがとう、リン」

 

 ふふふとお互いに視線を合わせると、操舵室の窓が開き船長さんが顔を出す。

 

 「おーい、皆さま方ぁ! 目的地に着きましたぜ!」

 

 目的地に無事に辿り着いたようで、岩礁までもう直ぐだそうだ。本当の目的地である神さまの島まで、あと一歩となったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。