魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~   作:行雲流水

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0497:聖王国内のご様子。

 聖女ウルスラに聖痕が現れて数日が経っていた。

 

 夜、私は聖王国の自室で机に座ってエーリヒさまから頂いた、オーロラの写真の複写に視線を落としていた。暗闇に浮かぶ緑糸の帯の濃淡に目を奪われる。物凄く寒かったけれど本物は美しかったとエーリヒさまが記した手紙に認められていた。肩を寄せ合って手を繋いでエーリヒさまと一緒に見たかったなあと、写真に写るオーロラの帯を指でなぞる。

 

 聖女ウルスラを大聖女の格へ引き上げるかの検討が始まっている。聖女ウルスラの聖痕は私が所属している派閥の方も確認して偽物ではないと判断されているし、教皇猊下も御認めになっている。

 

 私よりも階位が上の聖痕が彼女に現れたから聖王国上層部では当然のことだ。私は聖女ウルスラが大聖女の座に就くことを問題にしていないけれど、ナイさまが凄く気にしてくださっている。聖王国を立て直した私の功績を認めないつもりなのかと憤ってくれていた。

 

 それに黒衣の枢機卿さまがなにか企んでいそうだと。だからナイさまは私の側にフェンリルのヴァナルを残してくださった。フソウ国に知らせが入れば、ケルベロスであるフソウの神獣さまも護衛として私の下にやってくる。私が所属している派閥の方々は凄く驚いていたけれど、竜使いの聖女と二つ名を持つナイさまがヴァナルと神獣さまを預けてくれたことは有難いと仰っていた。

 

 大聖堂では聖王国民の方々と大陸各国から巡礼にきている信者の方たちで、新たな大聖女が誕生する可能性があることに盛り上がっている。息絶えていた赤子の命を吹き返させたこともあって、余計に神の御使いであると騒がれていた。私はそんな奇跡を起こしたことはなく、怪我や病気の方に対して普通に魔術を施して、手に負えない方は諦めざるを得なかった。

 

 私より大聖女として力があるのならば、座を譲るべきだろうと彼女が起こした奇跡を目の前にして決意できた。だから私が大聖女の座から降りることに後悔とか悔しい気持ちとかは微塵もない。

 でも今まで大聖女さまと頼られてきたのに、唐突に新しい大聖女が誕生し周囲の方々が盛り上がっていることに不安というか、寂しさを覚えていた。

 

 ふうと息を吐いた私の足元で伏せて目を瞑っていたヴァナルが顔を上げて視線を合わせた。ずっとゆらゆらと揺らしていたふさふさの尻尾の動きがピタリと止まっている。

 

 『フィーネ。寂しいの?』

 

 ヴァナルが小さく首を傾げながら私の足の上に彼の片脚がちょこんと乗った。心配させるつもりはなかったのに、どうやら彼は私の雰囲気でなにかを悟ったようだった。

 

 「気に掛けてくれてありがとう、ヴァナル。寂しいというよりは……なんだろう、ちょっと難しいけれど、複雑な気持ちって感じが一番強いかなあ」

 

 ナイさまが初めて聖王国の地を踏んでからというもの、私は……私たちはかなり忙しかった。聖王国の立て直しに奔走して、いろいろな方と出会い言葉を尽くし国を良くしようと奮闘したのだ。

 あの黒衣の枢機卿さまも三年前は下位の役職だったのに、随分と尽力してくれて今では派閥の長として、そして枢機卿として務めている。まさか彼が後ろ盾となっている聖女に聖痕が現れるなんて全く考えていなかった。そりゃゲームの時系列なんてとっくに過ぎているので、ゲーム知識なんて全く役に立たないけれど……大聖女の座から降りることにもう少し覚悟を持ってから現れて欲しかった。

 

 『フクザツ?』

 

 ヴァナルが伏せの状態からお座りの格好をして私を見上げる。椅子に座ったままだと話し辛いと、私は椅子から立ち上がりヴァナルの隣に腰を下ろした。私はヴァナルの身体に手を伸ばして、彼のもふもふの長い毛を堪能する。

 

 「大聖女の座から降りるのはもっと先だって考えていたし、周りの方から向けられていた好意がぱっと止まって寂しいというか、私は大聖女としての力は微妙だしなあとか、いろいろね」

 

 あと聖女ウルスラに聖痕が現れて、エーリヒさまの下に行けると喜んでしまった。みんなと力を合わせて立て直した国を簡単に捨てようとした自分に少し衝撃を受けたのだ。

 

 もちろん手順を踏んでエーリヒさまの下に嫁げるならこの上なく嬉しいことである。でも、こんな急に大聖女の座から降りる可能性が出てくるなんて、私には青天の霹靂だった。

 上手く気持ちが纏まらないから自分の気持ちをきちんと理解できていない。でもこれだけは言える。大聖女のことで国を割る訳にはいかないと。大聖女としてあまり役に立たなかった私だが、みんなと一緒に聖王国を立て直したという自負はある。

 

 『国が心配?』

 

 「どうだろう。私は王さまじゃないから決定権を持っているわけじゃないし、聖王国は教皇猊下のお言葉が凄く強いんだ。今の猊下がどう考えているか分からないし派閥があるから仕方ないけれど、あの人と敵対するのは避けたいなあ」

 

 黒衣の枢機卿さまは下位の神職から成り上がったやり手だから、今回自分の派閥から聖痕持ちを輩出したことを利用するだろう。だとすれば私の存在は邪魔となる。

 

 「ナイさまにお礼を言わなきゃね」

 

 本当にナイさまには感謝しなければ。裏で暗躍する人がいれば私の命を狙うこともあるだろう。私が手を伸ばしてヴァナルの頭を撫でると、彼は気持ち良さそうに目を細めた。

 

 『全部、問題、片付いて。またみんなで遊ぼう?』

 

 ナイさまへのお礼は全て終わってからで良いとヴァナルは言いたいらしい。そしてばっふばふと尻尾を動かして、みんなで遊ぶ所を想像しているようだ。

 

 「ヴァナル! 可愛い! またみんなで遊ぼうね! 来年の南の島も楽しみにしているから!」

 

 私は笑みを浮かべながらヴァナルの首に腕を回す。大きくて私が飛びついてもびくともしないし、ヴァナルは嫌がる素振りを全く見せずに顔を私の肩に乗せてぐりぐりと擦り付けている。ヴァナルがいるなら多少の無茶はできそうだけれど、なるべく穏便に済ませたい。黒衣の枢機卿さまに直接話を伺うのは気が早い。だったら。

 

 「黙って指を咥えているだけじゃあ解決しないし、ウルスラの気持ちを聞いてみるのもアリかな。聖女が集まる会があるから、その時に話を聞いてみましょう!」

 

 私がぐっと右手を握り込む姿を見たヴァナルが小さく首を傾げている。ウルスラに大聖女の座に就く意思がないのに強要されるのはなにか違う気がする。私の場合はゲームのキャラに転生したのだから、そのキャラを演じなければならないと考えたから。

 それに大事になるなんて全く考えていなかったので、普通に過ごしていれば普通に大聖女として普通の人生を送っていただろう。大聖女の座を引退すれば結婚も可能なので、誰か私の隣に立っていたかもしれない。今はエーリヒさまを好いているからエーリヒさま以外の人が私の隣に立つなんて考えられなかった。

 

 『大丈夫?』

 

 へたんとヴァナルの耳が後ろに下がる。

 

 「大丈夫。流石に私の勝手な判断で動くわけにはいかないから、派閥の人たちには相談するよ。それにウルスラも私から話しかけられれば緊張するだろうから、前もって話をしたいって伝えてもらおうかなって」

 

 流石になにも告げずに私が動けば周囲の皆さまに迷惑を掛けてしまう。相手方の動向もあるし、探りを入れている最中だろうから目立って動くと相手の思う壺かもしれない。

 私がナイさまのように力を持っていれば無理矢理に相手を捻じ伏せることもできる。でも、それはなにか違う気がするから、やはり話し合いで解決できるのが一番だろう。日和見主義とか温いとか言われるかもしれないけれど、今はまだ実害もないのだから。

 

 ヴァナルはナイさまの影の中だけにしか入れないのかと思いきや、入ろうと思えば誰の影の中でも入れるそうだ。護衛としてヴァナルも一緒についてきてくれるとのこと。

 凄く頼もしい護衛だと、私はまたヴァナルの頭を撫でて侍女の人に『朝一番で話がある』と私が属する派閥の皆さまに伝えて欲しいとお願いしてベッドの中へと潜り込んだ。ヴァナルは一緒に寝てくれないようで、床ですやすやと寝息を立てていたので少し残念だった。

 

 ――数日後。

 

 ヴァナルが朝起きて、部屋の中を忙しなく動き回っていたのでどうしたのか私が聞いてみれば『雪と夜と華がきた』と嬉しそうな顔で告げた。朝早く聖王国の聖都の外まで私とヴァナルと護衛の人と一緒に赴いて、フソウの神獣さまと合流する。

 彼女たちも影の中に入ることは造作もないようで、目立たないようにひっそりと暫くご一緒させて頂きますと言って私の影の中に消えていった。護衛の人が驚いているけれどナイさまと一緒にいれば、驚くことが沢山あるのにと少し面白い光景を見てしまう。

 

 朝食を終えて大聖堂に向かい、いつも通りに祭壇の前で祈りを捧げる。私の後ろには聖王国で聖女を務める皆さまも祈りを捧げ、更に彼女たちの後ろには大聖堂に仕えているシスターたちも同様に祈りを捧げている。

 

 前の方にアリサと件のウルスラが座しており、他の聖女の人たちはウルスラに興味の視線を向けている。ウルスラは聖痕が現れたというのに、いつもと変わらない日々を送っているそうだ。ただ彼女に就く護衛は増えているけれど。

 そうして祈りを神に捧げて朝拝を終えれば、私は息を小さく吐いて床に突いていた膝に手を添えて立ち上がった。

 

 「皆さま、お疲れさまです。今日もお務めよろしくお願い致します」

 

 一段高い所に立っている私は聖女とシスターを見下ろす形になっていた。そして私の一声で今日の奉仕活動が始まり、皆さまは各々の担当場所へと散っていく。奉仕活動は多岐に渡り、大聖堂の掃除に参拝者の懺悔を聞いたり、治癒を施したりといろいろだ。

 三年前の出来事を切っ掛けに、治癒に関しては寄付代を頂くことになっている。最初こそ反発はあったものの、変な治癒依頼を掛けてくる方や何度も病気かもしれないと押し寄せる患者さんは減った。良いことだろうと目を細めていると、アリサが私の前に立つ。

 

 「お姉さま! 今日も一日、よろしくお願いします!」

 

 「アリサ。ええ、よろしく」

 

 お休みの日以外は彼女と一緒に聖女として行動している。参拝客に声を掛けたり、治癒依頼を受ければ術を施し病気や怪我を治しているのだ。アリサは治癒魔術が得意だから信者の方に術を施し、私はアリサが苦手な教義について信者の方と話す機会が多い。

 良い組み合わせだよなあとぽつりぽつりと増えていく参拝者の方々に挨拶や声掛けを始める。こうして仕事をこなしていると時間が経つのが早い。そろそろお昼に差し掛かろうとしていた。

 

 「おお、凄い! 聖女ウルスラが今度は失くした腕を再生させたぞ!!」

 

 大聖堂の片隅から歓喜の声が上がる。声が聞こえた方向に私とアリサは顔を向けると、人だかりができていた。その輪の中には聖女ウルスラと患者さんの姿があった。患者さんは泣きながらウルスラにお礼を告げているようだった。

 

 「お姉さま……」

 

 「どうしたの、アリサ。酷い顔をしているわ」

 

 「だって、だって! お姉さまの立場が奪われようとしているのですよ!?」

 

 アリサは悲壮な顔をして私に言葉を投げる。確かに大聖女としてウルスラは相応しいのだろう。しかし大聖女の座は正直に告げると象徴の意味合いが強い。なにかが起こったときに皆を纏め上る胆力がなければ、力不足を感じてしまうはずだ。

 私はナイさまのお陰で吹っ切れることができたけれど。果たしてウルスラに可能なのだろうかと疑問に感じてしまう。やはり話を彼女とすべきだろうと離れた場所で祝福を受けている彼女を見て、私は目を細めるのだった。

 

 ◇

 

 アリサはまだ暗い顔のままだった。彼女は聖女ウルスラが聖痕を得て力を発動させていることに納得しておらず、私の地位が危ぶまれていることを不安視しているようだ。

 私が大聖女の座に執着していないと彼女が知れば怒ってしまうかもしれないが、前世のお陰なのか私は女神さまに対する信仰心が薄い。女神さまをキチンと崇めている聖女ウルスラの方が大聖女に適任なのだろう。とはいえウルスラの意思も大事だから、彼女の考えや未来の展望を知りたい。

 

 朝拝を終え参拝者の方たちの懺悔や治癒依頼に答えた私たち聖女は、いったん休憩を取るためにとある部屋に集まっていた。今まで聖王国の聖女が集まる機会なんてなかったけれど、せっかくだからと私が集まって情報共有やお喋りをしようと私が発案したのだ。

 迷惑な参拝者さんの情報や怪しい人を見れば報告に上げているし、困っていることや治癒魔術についてなど話は本当に多岐に渡る。問題がなければ一、二分で報告が終わり、あとは茶話会といった軽いものであるけれど。

 

 「聖女ウルスラは凄いわね。まさか失くした腕を再生することができるなんて!」

 

 「あたしには無理だなあ。本当に大聖女に相応し……っ! 失礼致しました!」

 

 とある聖女さま二人が明るい顔で話していた。私の姿に気付いて凄く気まずい雰囲気を出して、慌てて頭を下げてくれたけれど。確かに聖女ウルスラの力は凄いけれど、アリサが凄い形相で怒りを露わにしていた。

 私はアリサの服の袖を静かに掴んで『気にするな』と小さく首を振る。私だってただの聖女であれば凄い力を持つ聖女さまが誕生したなら嬉しい気持ちになるだろう。だから喜んでいる聖女さまたちを咎める理由はなかった。

 

 「さあ、報告の時間ですよ。席に着きましょう」

 

 私の声に先ほどの聖女さま二人がいそいそと席に着いた。少し息を切らしながら聖女ウルスラも私たちより少し遅れて部屋にくる。十人掛けの丸テーブルにいろいろな表情を浮かべた聖女さまが座して、私の言葉を待っていた。

 

 「今日の午前のお務めご苦労さまです。体調に問題がないのであれば、お昼からもよろしくお願い致します」

 

 私が声を上げると、みんなが確りと頷いてくれた。あとは大聖堂の参拝者の中に妙な行動を取る方や怪しい人の情報を交換していく。それぞれ所属している派閥は違えど、みんな聖王国で聖女を務めている子たちである。

 妙な人からやっかみを受けて聖女を辞めたいと願う人がいるかもしれないと考えて、話し合いの場を設けたけれど役に立っているようで良かった。ふうと息を吐いて、私は今飛ぶ鳥を落とす勢いのウルスラの顔を見る。

 

 「聖女ウルスラ。少し話を良いでしょうか?」

 

 立場を気にしたくないけれど、どうしても大聖女として振舞わなければならない。少しむず痒い思いがあるものの、他の聖女より優遇されているので上に立つ責任というものがある。私がきちんと責任を果たせているか分からないけれど、彼女たちを路頭に迷わせたり不幸になって欲しくはないのだ。

 

 「はい。如何なさいましたか、大聖女フィーネさま」

 

 ウルスラが小さく首を傾げると水色の長い髪が肩からはらはらと落ちていた。十五歳と聞いているのに随分と落ち着き払って私と視線を合わせている。堂々とした子だなと感心しながら、派閥の方たちがいないこの機会に聞きたいことを聞いてみようと私は口を開く。

 

 「既に噂が出回っておりますし、ウルスラも覚悟を決めた頃でしょう。大聖女の座に就く決意は済みましたか?」

 

 私の言葉を聞いたウルスラが少し硬い顔になる。聖王国の大聖女の座には聖痕が現れれば、その位に就くことができる。そして彼女は私より上位の聖痕持ちだから、聖王国上層部の話し合いは彼女を大聖女の座に就かせると直ぐに判断するだろう。

 私の扱いをどうするか困り果てていそうなので、聖女ウルスラが大聖女の地位に相応しく能力があるのであれば問題ないと私が所属する派閥の方には伝えている。聖女ウルスラが静かに椅子から立ち上がり胸の前で手を握った。

 

 「聖王国が危機に苛まれた際に大聖女フィーネさまのような働きは私には無理でしょう。しかしながら……困っている方々を助けたいという私の意志は誰にも負けないつもりです!」

 

 聖女ウルスラが自分の言葉をはっきりと声に乗せて私へ伝えた。おそらく彼女は人助けに関しては本気のようだ。政治面は理解できないので自信がないようである。

 元々、大聖女という称号は聖王国にとって象徴のようなものだから、人々の話に耳を傾け治癒魔術を扱えれば構わない。私が大聖女として異端なだけだと、彼女の言葉に小さく頷いた。

 

 「では聖女ウルスラは聖王国の決定に従い、不服はないということで宜しいでしょうか?」

 

 「はい。枢機卿さまのお話では私は確実に大聖女の座に就くことになると。そして今よりできることが増え、沢山の人々を救えるようになると教えてくださいました」

 

 希望に満ちた目で私を見ていた聖女ウルスラが凄く困ったような顔になる。

 

 「しかしながら、大聖女フィーネさまは私が同じ位に就くことをどうお考えですか? もしフィーネさまの了承を得られないのであれば、私は辞退しようかと考えております」

 

 彼女は人々を救うことは聖女でもできると言葉を続けた。たしかに聖女のままでも誰かを救うことはできるけれど、大聖女の地位に就けばできる範囲が広くなるだろう。

 

 ウルスラは私を慮ってくれているけれど二人同時に在位することもできるので、彼女が納得しているのであれば問題ない。だが、それは私とウルスラの視点であり、周りの皆さまがどう考えているのかで状況は変わってくる。

 黒衣の枢機卿さまはウルスラと大聖女が二人同時に存在していることを相談していたようである。自分が所属する派閥から聖痕持ちを輩出したならば、必ず大聖女の位に据えようとする。それだけ聖王国では大聖女の地位は高く、そして大きな影響力を持つ存在なのだ。

 

 「私としては問題ありません。聖女ウルスラとご一緒に務めを果たせるのであれば、こんなに嬉しいことはありません」

 

 「本当ですか!?」

 

 私の言葉でウルスラから緊張が一気に解きほぐれ笑みを携えた。私の言葉は嘘ではない。真面目なウルスラと共に大聖女を務め上げたなら、今より多くの方を救えることは確実だ。

 荒事に慣れていないようだし場数を踏んで経験値を積まなければならなそうだけれど。聖女ウルスラの願いは本物だろう。曇りのない目で多くの人を救いたいと言ってのけたのだ。聖女が集まっている場で宣言できるのは心から望んでいるから。

 

 「皆さまがいらっしゃる場で嘘を吐いても仕方ないですからね。――ウルスラ」

 

 今私が告げた言葉は自分にもウルスラにも刺さっている。そして一番伝えたいことを告げるべく、私は少し声のトーンを落として彼女の名を呼ぶ。少し空気の流れが変わったことが伝わり、ウルスラにもアリサにも周りの聖女たちも息を呑んだ。

 

 「貴方の力は素晴らしいものです。ですが、過ぎたる力は貴女の身を危険に置く場合もございましょう。十分に力の使いどころは考えて行使してください」

 

 「わ、分かりました。ご助言、感謝致します」

 

 おっかなびっくりな顔をしたウルスラが私の言葉を噛みしめているようだった。良かった。彼女は大聖女の座に就けると浮かれてはいない。周りが見えているのであれば間違えた判断はしないだろう。あとは彼女の周りにいる方々が問題である。彼女を唆すような方がいなければ良いのだが……少し不安を抱えながら、茶話会は解散となった。

 

 私は一番先に部屋から出て息を吐く。ウルスラには脅しのような言葉を掛けてしまった。大聖女が同時に二人存在することを気に掛けてくれていたから優しい子なのだろう。

 少し後悔が残るものの、周りの大人たちに振り回されなければ良いのだが。この辺りも派閥のみんなに相談してみようと頭の隅に刻み込んだ。暫く護衛の方と一緒に歩いていると、アリサが小さな足音を立てながら私の下へとやってきた。

 

 「お姉さま。ウルスラを味方に引き入れるおつもりなのですか? 他の聖女たちはお姉さまがウルスラの力に嫉妬していると口にしていました」

 

 アリサは茶話会の部屋に残って情報収集を行ってくれたようだ。私が部屋を出たあとにウルスラも立ち去ったので、聖女の皆さまで姦しくお喋りをしていたのだろう。アリサは困っているような、怒っているような顔で私と視線を合わせる。

 

 「敵とか味方とか考えていないわよ。彼女には後ろ盾の枢機卿がいるから、私たちは手を出せないでしょう。って、嫉妬かあ……ねえアリサ、貴女がウルスラのように奇跡を起こせたなら、周りのみんなは貴女をどう扱うかしら? 良く考えてみて」

 

 以前の私ならウルスラの力に嫉妬していただろう。でも正直に言ってしまえば、ウルスラより凄い人を知っている。おそらく治癒の力はウルスラの方が上であるが、件の方は……ナイさまは想像の斜め上を超えたことを起こす方だ。

 私は竜の方々と仲良くなる自信はないし、ヴァナルのようなフェンリルと喋る気力もないだろう。エルフの方たちだって、対面して話をするだけで緊張するのにナイさまは平然としている。

 

 最近は神さまの島に赴いて怪我を治して貰い、西の女神さまの引き籠もりを解決して欲しいと創造神さまからお願いされたそうだ。本当に吃驚であるし、ウルスラの力を頭一つ以上飛び抜けている。

 ナイさまのぶっ飛び事情を知っているお陰で、ウルスラに嫉妬は湧いてこなかった。過ぎたる力は持て余すだけだし、私に扱える気がしない。ナイさまと出会う前の私なら喜んでいたかもしれないが、今の私は狡猾な方に良いように利用されるだけだと落ち着いて考えることができた。

 

 「えっと……凄いと言って褒め称えてくれるかと」

 

 「他には?」

 

 アリサがむむっと考える素振りを見せながら、頭に思い浮かんだことを口にしている。まだ考えているようで次の言葉が出るようにと私は彼女に促した。

 

 「誰にも治せなかった病気や怪我を治して欲しいって請われると思います」

 

 「そうね。そして治すのだけれど……そこから先、貴女がどうなるのかは?」

 

 「あ……利用されるのでしょうね。きっと自分の都合の良い方向へと導こうと企むんじゃないかなと」

 

 アリサの言葉に私は頷く。奇跡を起こせるウルスラだけれど、自身の身を守る術を持ち得ていない。大聖女候補となっているので聖王国から護衛が就けられるけれど、信用できるかどうかは分からない。そもそも黒衣の枢機卿さまの関係者かもしれない。ナイさまに興味があるようだから、彼がなにを考えているのか探りを入れてみたいけれど……バレれば私が糾弾されるから下手なことはできない。

 

 「ええ、そうね。私には逃げ道があるし、頼れる方たちがいる。でもウルスラにはないと思うの。彼女の本心を聞いたわけでも、見えるわけでもないから心の内でなにを考えているかは分からない。でも困っているなら、騙されているなら助け出せる手筈は整えておきたいわね」

 

 私は最悪の場合アルバトロスに逃げることができる。ご迷惑を掛けてしまうことになるけれど、エーリヒさまとナイさまであれば手を差し伸べてくれると信じている。それでもまあ、逃げるのは本当に自分の身が危うくなった時だけだ。それまではきちんと大聖女の務めを果たさなければ、三年前共に立ち上がったみんなを裏切る形になってしまう。

 

 「そうですね。流石、お姉さまです!」

 

 「もう。アリサ、何度も言うけれど私たちは同い年なのよ。お姉さまは止めない?」

 

 「嫌ですよ。そもそもお姉さまはアストライアー侯爵さまとベナンターさまにはタメ口じゃないですか。私にタメ口になってくれない限り止めません!」

 

 くすくすと笑うアリサに私も笑って、午後からのお務めを始めるのだった。

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