魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~ 作:行雲流水
――聖女ウルスラと直接話した数日後。
聖女ウルスラが大聖女の座に就くことが決定した。就任式は月が替わったその日に行われる予定となっている。私、フィーネ・ミュラーが所属している派閥の皆さまは聖女ウルスラが大聖女になることを快く思ってはいない。
やはり自分が所属している派閥と黒衣の枢機卿が所属しているもう一つの最大派閥と敵対関係に陥ることを危惧しているようだった。執務室で書類仕事を捌いていると、先々代の教皇さま――正しくは三代前の教皇さまだけれど――が部屋を訪ねてきた。三年前より彼の顔に浮かぶ皺は深くなり、月日が過ぎたことを象徴している。
「フィーネ、大聖女が二人同時に存在することに納得しているのかい?」
三代前の教皇さまは深い皺を更に深めた。
「私は構いません。過去に大聖女が二人存在していたことはあったと聞き及んでおりますから」
私自身に問題はない。聖王国の顔が二つあったとしても構わないと考えているし、ウルスラと敵対するつもりもなかった。彼らが気にかけてくれているのは、私は聖王国を立て直した功労者として周りからの扱いが変わってしまうことを危ぶんでいるのだろう。
月日が経てば功績なんて色褪せてしまうものだし、状況は日々変わっていく。ウルスラに聖痕が現れたことは、私に大聖女の座を降りろという神さまのお導きなのかもしれない……って神さまは本当に存在しているみたいだから、冗談抜きで大聖女を辞せと告げられているのだろうか。そうだとしたら凹むなと三代前の教皇さまの顔を見た。
「ああ。歳の近い姉妹だったと記録に残っている。もう一つ事例があるが、その時は直ぐに片方の大聖女が辞めてしまったらしい」
三代前の教皇さまが眉尻を下げながら教えてくれた。おそらく悪い意味で大聖女の座を辞したのだろう。ようするに時代の流れや派閥に人間関係が複雑に絡み合って、長く同時に大聖女が存在したこともあれば、直ぐに一人になってしまった時代もあるということだ。
私とウルスラが同時に大聖女の位に就いた場合は何年座すことができるだろうか。ナイさまが黒衣の枢機卿を危険に感じてヴァナルを残してくれたから、彼がなにか企んでいることは確かなのだろう。
ナイさまは鈍い所があるけれど、身の危険に対しては敏感である。その身の危険は私に向いていたわけだけれど、ナイさまに気にして貰えてちょっと、いや、大分嬉しかった。所属国は違うのに、ちゃんと繋がっていること身を以て感じることができた。そしてエーリヒさまも別れ際、凄く心配そうに私を気遣ってくれていたのだから。
「あの男は次の教皇の座を狙っておるようでな。地盤固めに必死なのだろう。聖女ウルスラに聖痕が現れたことは彼にとって都合が良い。良過ぎるくらいだ」
黒衣の枢機卿は裏でいろいろと動いているそうだ。問題行動ではないし、政治活動だから咎めることもできないと三代前の教皇さまが教えてくれた。一応、私が所属する派閥からも次代の教皇さまを推挙するし、他の派閥の枢機卿も立候補するはず。
以前は七大聖家の当主の誰かが就いていたけれど腐敗を阻止するために廃止して、枢機卿を務めていれば誰でも教皇選出の儀に立候補できるように制度を変えた。単純に七分の一の確率から、西大陸の教会に所属している枢機卿の座に就いている人の数分の一となっている。聖王国で枢機卿の座に就いていれば多少は優位かもしれないが、確率の話に限って言えば難しくなってしまった。
「しかし聖女ウルスラの力は本物です。少し真っ直ぐすぎるきらいがあるので、悪い方に利用されなければ良いのですが」
私はゆっくりと目を閉じて、数秒待ってから開き三代前の教皇さまを見た。聖女ウルスラは聖女として相応しい振る舞いをしている。寄付額は最低限を指定しているし、身分に囚われず分け隔てなく信者の方と接していた。神に対しての祈りも真面目に捧げているし、仕事をサボる様子もない。私より大聖女に相応しいかもしれないと考えているから、彼女が大聖女の位に就くことに不満はない。
ただやはり世間に揉まれていないというか、擦れていないので悪い人に騙されそうだ。決めつけは申し訳ないけれど、黒衣の枢機卿さまのような方に操られていそうである。
「まだ十五歳と幼いが、フィーネも彼女と同じ歳に大聖女として酸いも甘いも知ったではないか」
三代前の教皇さまがふっと柔らかい笑みを浮かべる。三年前はナイさまとアルバトロス王国と亜人連合国の方々に聖王国の上層部がお尻を叩かれた形となるので、彼も人のことは言えない気がするけれど。
私もふふふと小さく笑っていると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。来客予定はないので誰だろうと、護衛の人に取次ぎを頼めば同じ派閥の方が訪れてきたと教えてくれる。三代前の教皇さまに私は目配せをすれば、彼は小さく頷いてくれる。そして護衛の方に私は小さく頷くと、執務室に同じ派閥の方が数名扉の前に立っていた。
「どうぞ、お入りください」
私の声に導かれ、同じ派閥の男性三名がゆっくりと部屋の中に入ってきた。私が席を勧めるとやんわりと断られてしまったので、直ぐに終わる話なのだろう。
彼らは私が所属する派閥の中でも比較的新参である。年齢も若く――といっても私とは十歳以上離れている――将来を有望視されている方々だった。三人が私の執務室に訪れるのは珍しいので、本当にどうしたのだろう。
「失礼致します。丁度良かった、大聖女フィーネさまだけではなく、貴方もいらしたか」
一人の男性が半歩前に立ち私と三代前の教皇さまと相対する。彼らは立ったままなので私も立って話を聞いた方が良いだろうと席から立ち上がった。三代前の教皇さまは厳しい顔つきになって彼らと視線を合わせている。いつも穏やかな方なのに珍しいと私は彼に向けていた視線を元に戻して、三人の男性を確りと見据える。
「なにかありましたか?」
私の言葉に男性三人がごくりと息を呑む。取って喰いやしないのに妙な雰囲気を携える彼らの言葉を私は待った。
「申し訳ありません。今日限りを持って派閥を抜けさせて頂きたい」
深刻な表情を浮かべた男性三人が私と三代前の教皇さまに頭を下げる。そして顔を上げた彼らの目は真剣そのものだった。
「え……でも……何故……――理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」
何故、派閥を出ようとするのだろうか。そんなに簡単に鞍替えできるもの……そういえば彼らは最近私が所属する派閥へと入ってきたのだった。流れる風に吹かれて、あっちへ向かいこっちへ向かう方たちなのかもしれない。
「……大聖女フィーネ。私は耄碌して耳が聞こえ辛い。彼らが伝えた言葉をもう一度教えてくれるかな?」
先ほどまで厳しい顔を浮かべていた三代前の教皇さまは菩薩のような表情になっていた。彼の背後から黒いオーラが見える気がするけれど、まさかいつも穏やかな三代前の教皇さまが悪鬼羅刹のように変わることなどあり得ないから私の気の所為だろう。
「は、はい。派閥を抜けたいと彼らは仰いました」
三代前の教皇さまの雰囲気に気圧された私は少し上擦ってしまう。
「そうか、そうか。して大聖女フィーネよ、君はどう考える?」
指を顎に手を当てて考える仕草を見せた三代前の教皇さまに、男性三人は彼の雰囲気に吞まれたのか小さく縮こまっていた。
「私に彼らを引き留める権限はありません。ですので、彼らの言葉を受け入れるべきではないかと考えております」
派閥の所属に関しては契約書を交わしているわけでもない。ただ空気を読んで、誰々はどこそこの派閥に属していると察するだけだ。今回のように直接、入る抜けるを宣言することもあるが、聖王国では自然に形成されていることが多かった。
「ふむ。それは何故? 派閥の人数が少なくなれば、多数決で話を決める際に我々が不利になろう。大聖女フィーネはその大事さを身に染みて知っているだろう」
「もちろんです。私たちの派閥が持っている力はいずれ弱くなりましょうし、そうなれば他の派閥が強くなるのみ。強い方につきたいと願うのは当然の心理かと」
今いる男性たちは世間の空気を読んだのだ。大聖堂を訪れた信徒の皆さまは聖女ウルスラが起こした奇跡を目の当たりにしているし、彼女に聖痕が現れたことも知っている。
彼らがウルスラが所属している黒衣の枢機卿さまの派閥に入りたいと願う気持ちも理解できた。強い者の下にいれば守ってもらえるし、お零れにも預かれよう。ただ、また私たちの派閥に戻りたいと口にした時は百パーセント無理になっているけれど。
「確かに、心の弱い人間には致し方ないことなのか。そうだな、聖女フィーネの言の通り、君たちは好きにすると良い。そして己の行動を後悔しないように聖王国に尽くしなさい」
三代前の教皇さまの言葉に男性三人がぐっと歯噛みしてなにかを堪えている。黙って鞍替えされるより正直に申し出たことは有難いけれど、もう少し上手く動くか誤魔化すことはできなかったのだろうか。
動くにしたって少しタイミングが早い気がするので、彼らは無事に黒衣の枢機卿さまの派閥に合流することができるのか。大丈夫かなと彼らの心配をしていると、男性三人は執務室からすごすごと撤退していく。
「……馬鹿なことを」
男性三人を見送ったあと三代前の教皇さまが目を細めながら小さく声を零す。私も緊張していたのか胸を撫で下ろしていた。
「しかし彼らの気持ちは理解できます。私の下にいれば今いる地位を落とす可能性もありますから」
沈む船には乗りたくないし、乗っていたくはないだろう。沈むつもりはないけれど、彼らは私が失脚すると判断したのかもしれない。
「なにを言う、フィーネ。君は聖王国の大聖女だ。そして国を立て直した者なのだよ。我々が君に不義理を果たせば神から鉄槌が下る。そうならぬように我らは君を助けよう。あの時君がアストライアー侯爵に誓った様にな」
三代前の教皇さまが柔らかく笑むので、私も彼に笑みを返す。三年前はナイさまに聖王国の方々がお尻に火を付けられ、私も一緒に炙られただけである。あの時の私はナイさまに誓ったというより、自分の立場が危ういと感じ取って致し方なくだった。
今は、どうだろう。みんなで立て直した聖王国を波乱に導きたくはない。聖女ウルスラと大聖女の座に一緒に立っても構わないし、私は必要ないなら退くつもりだ。
「さて、ここで話していても埒が明かないでしょう。私は大聖堂にお務めに参ります」
「分かった。無理はしてくれるなよ、フィーネ。苦しいなら我々を頼って欲しい。アストライアー侯爵やベナンター準男爵もいよう。己の心に溜め込まず、いろいろと相談しなさい」
私は三代前の教皇さまに頷く。今の状況よりも三年前の時の方が切羽詰まっていた。私が邪魔なら誰かから命を狙われることもあるだろう。暗殺を防ぐためにヴァナルとフソウの神獣さまが一緒にいてくれる。
そうして彼の下から去り大聖堂へと移動している途中、私の目の前に黒衣の枢機卿さまが立っており不敵な顔を向けているのだった。
◇
黒衣の枢機卿が大聖女である私の前に立った。背が高くて――私が低いのかもしれないが――少し圧迫感がある。彼がにこりと笑みを携えると口を開いた。
「こんにちは。奇遇だね、大聖女フィーネ」
胡散臭いと感じてしまうのは着衣が赤を差し色にした黒い姿だからに違いない。どうにも最近、彼と喋る機会が多くなっている気がする。以前は一歩下がって私が所属している派閥より目立たないように動いていたというのに。
「ごきげんよう。どう致しましたか?」
とりあえず挨拶を返さなければと彼の顔を見上げて私も笑みを携えた。
「大聖女フィーネさまは今の聖女ウルスラをどう捉えているのかな?」
黒衣の枢機卿がふふふと笑いながら私に疑問を投げる。どうしてそんなことを聞くのかと身構えるけれど、彼の気持ちを知る良い機会だろうかと私は口を開く。
「私ができないことを彼女は成し遂げています」
私が抱くウルスラに対しての正直な感想だった。周りの聖女も聖職者の方々も彼女の力を喜び受け入れているし、聖痕が現れたことにも素直に祝福を贈っている。
「ああ、そうだねえ。聖女ウルスラは素晴らしい力を持ち、息絶えた赤子の命を再び蘇らせ、腕を失くした者に新たな腕を与えた。ウルスラは大聖女として君より数段上だろう?」
「確かに彼女は素晴らしい力を持っております。信者の皆さまにも分け隔てなく接し、聖痕が現れたというのに他の聖女に驕っておりません」
野心があれば他の聖女と差が付いたと見下す素振りを見せそうだが、彼女にはそれがない。その上、同時に大聖女が二人いても構わないとも言っている。目の前に立つ黒衣の枢機卿は大聖女である私の存在が邪魔なはずだ。
「そうだね。本当に彼女は素晴らしい人格者だ。周りの者たちもウルスラの力に心酔し始めている。彼女が大聖女の座に就けば、君はウルスラの影に隠れることになろう」
今の状況を考えれば聖女ウルスラが大聖女の位に就けば私の影は薄くなるはずだ。やはり目の前の彼は私を大聖女の座から退くことを望んでいるようだ。今は言葉で諭しているけれど、私が辞めない場合強硬な手段に出る可能性もある。私は小さく息を吐いて、もう一度黒衣の枢機卿を見上げた。
「その時はその時でございましょう。それに私には私の大聖女としてのやり方がございます」
ウルスラの力は本物だけれど、いずれ彼女の身を破滅させそうだ。優しい彼女のことだから無理をして多くの方々を助けようとしそうである。そうなった時、彼女を引き留める者がいなければならない。彼女を持て囃して治癒を施させようとする周りの人を諫める者がいなければ。いずれウルスラは潰れてしまう危うさを持っていそうなのだ。
「まさか大聖女フィーネはアルバトロス王国を……アストライアー侯爵を頼るのかな?」
「それも一つの手段だと考えておりますね」
彼の言葉に私は答える。ナイさまを頼るのは最終手段だろう。本当にどうにもならなくなった時だけ相談に向かうつもりではいる。私には聖王国のみんながいるのだから、ナイさまを頼る前に彼らを頼らなければ失礼だ。
「そうか。確かに彼の侯爵の力は偉大だ。しかし大聖女フィーネに侯爵の力を十全に使い切る自信があるのだろうか?」
「……どういう意味ですか?」
むっと口を結んだ私に黒衣の枢機卿が口の端を伸ばしながら右手を動かした。
「アストライアー侯爵を上手く使えば、西大陸全土を聖王国が手中に収めることもできよう。そして我々は神の教えを説き聖都の価値を上げれば、更なる発展を遂げよう」
彼は右手を開いてからぐっと握り込む。どうやらナイさまを丸め込む気でいるらしい。
「確かに素敵な計画です。ですがナイさま……アストライアー侯爵閣下が貴方の小さな野望に力添えなさるとは考え辛い」
私の言葉に黒衣の枢機卿の片眉がピクリと上がった。ナイさまを御せる人なんてジークフリードさんとジークリンデさんとクレイグさんとサフィールさんに、ハイゼンベルグ公爵さまくらいだろう。次にアルバトロス王くらいのはずだ。
目の前の彼にナイさまが御せるはずはないし、下心を持った人に彼女は敏感だ。きっと直ぐに内心を見抜かれて袖にされるのではと、私は訝しい顔になってしまう。
「ははははは! 私の夢を小さいと言うのかね、君は!」
良い声で笑う黒衣の枢機卿は右手を目に当てて涙を堪えているようだ。大陸は西以外に東と北と南が存在しているのだし、全世界を手に入れると言わない時点で小物の思考ではと考えてしまったのだ。うーん、こう遠回りにやり取りをするのは苦手だから直接的に物申してしまおう。
「失言でした。撤回させてください。しかしアストライアー侯爵閣下を御せると考えるのは危険です。また聖王国を崩壊の危機に陥れるおつもりでしょうか」
私が即座に政治家のような答えを発すると彼はむっと顔を顰める。どうやら私は無意識に余計なことを口にしてしまったようだ。気を付けているけれど、慌ててしまったり戸惑ったりすれば心の隅で思っていることがぽろっと口から漏れてしまう。
「聖王国を危機に陥れるなど。大事な国を亡国にする気など全くないよ。ただね、彼女が持つ各国との縁はとても魅力的だ。大聖女である君には分かり辛いのかもしれないがねえ」
黒衣の枢機卿がふふふと不敵に笑った。
「確かに私は未熟者ですが、他国の方に頼ってはいません」
私と聖王国は三年前にナイさまにお尻に火を付けられただけで、彼女を頼ることはなかった。もしかして彼は密かにナイさまが聖王国と関わっていたと勘違いしているのだろうか。
「確かに前回は頼っていなかったようだが……聖王国が更なる発展を望むには他国の力も必要だ」
「仮に他国の援助を得られたとして、我ら聖王国がなにを差し出すのですか? お金も土地も潤沢にある訳ではないのですよ」
聖王国は宗教の総本山として大聖堂に巡礼にきた方々の寄付で成り立っている所が大きい。もしかして彼はその状況を改善しようとしているのだろうか。
悪いことではないけれど他国の力を借りてまで遣り遂げることには思えないし、仮に援助を受けたとして……聖王国に望むものはお金か土地のはずだ。他国に献上すれば聖王国は一気に傾く。目の前の彼は聖王国の財政を理解しているはずなのに、どうして口にしたのだろう。――まさか。聖女ウルスラが大聖女の位に就くことに反した私がナイさまを頼ると考えているのだろうか。
そうであるならお門違いも良い所である。私はウルスラが大聖女になることに反対はしていないし、一緒に切磋琢磨できるのであればそれも良いだろう。もし周りの人たちに私が大聖女の座を辞せと言われれば、潔く身を引くつもりだ。
私の派閥の皆さまは、聖王国を立て直した者の一人である私を無下に扱う気かと怒ってくれるだろう。でも聖女ウルスラが大聖女の地位に就き、その座に相応しい人物であれば問題ない。今は彼女の考え方を危惧しているので、暫くは私ができる範囲で見守るつもりでいる。
「そんなこと十二分に知っているよ。聖王国には他国と比べれば土地も人も資金も少ない。だからこそ聖女ウルスラが大聖女の位に就くことに期待しているし、彼女の力がアストライアー侯爵を超えるなら良い喧伝になると思わないかな?」
「確かにアストライアー侯爵閣下の力を超えるとなれば、聖王国に凄い人物が現れたと大陸中の話題になりましょう」
もし聖女ウルスラがナイさまと直接対決したとして、治癒の能力であればウルスラが勝つ可能性が高い。他の部分の勝負となればナイさまが圧倒的に勝ってしまう。私が彼の言葉を認めたことで、目の前の黒衣の枢機卿がどやっとした顔になる。
「……――そう。だから君にはアストライアー侯爵に頼って貰わなければ。そして彼女をアルバトロス王国から引っ張り出して欲しい。もし君が侯爵を聖王国に連れてきてくれるならば、私は君とウルスラが同時に大聖女として存在することを支持しよう。悪い話ではあるまい?」
黒衣の枢機卿が言葉を続ける。聖女ウルスラが大聖女になっても、私が所属している派閥の勢力を落とすことはないと。しかし少し前に私が所属している派閥の人が離脱宣言をしているのだが。彼も私も正しい判断を下すには情報が錯綜しているようだった。
「お断りいたします。私利私欲でアストライアー侯爵を引っ張り出せば、今度こそ確実に聖王国は潰れます」
私は黒衣の枢機卿さまの目を真っ直ぐに見据える。本当に彼はなにを考えているのだろうか。聖王国の未来を考えているのに破滅の道へ進もうとしている。私がナイさまと仲良くしているのは個人的な繋がりのみで、政治的に協力関係にはなっていないのに。
そりゃゲームの知識を持っていたから不味い事態に陥りそうになると、彼女と連絡を取っていた。でも情報提供だけして他は関わっていない。第三者の人から見れば、私とナイさまは政治的にも繋がっているように見えるのか。ヴァナルとフソウの神獣さまに今のやり取りは筒抜けだから、目の前の彼がナイさまの怒りに触れないようにと祈るばかりである。
「聖王国が潰れれば各国が黙ってはいないよ。アストライアー侯爵はなにをしているとアルバトロス王国に抗議がたくさん入るだろうね」
黒衣の枢機卿がドヤ顔で告げた。それ、他国を頼っているだけで聖王国のみで解決しようとしていない。確かにアルバトロス王国を責める好機だと捉えて書簡を送るかもしれないけれど、直接関係のない国にできることは少ない。嗚呼、もう彼に喧嘩を売ってしまっても良いだろうか。ヤケクソになった訳ではないけれど、こうも絡まれてしまうとウザくて敵わない。そもそも聖女ウルスラが大聖女の位に就くことに反対していないのに。
「他国の方の威を翳して得た物に価値はありません。望みがあるのであれば自分たちの手で掴み取らなければなりませんよ。本当に貴方は――」
小者ですね、と私が言おうとした時だった。
「――フィーネさま!」
「――枢機卿さま?」
アリサと聖女ウルスラの声が重なり、私と黒衣の枢機卿を呼び止めていた。正直、小物は言い過ぎだから凄いタイミングで二人が現れたものだと、誰にも分からないように小さく息を吐く。結局、話は有耶無耶になって私は大聖堂へと向かい、黒衣の枢機卿と聖女ウルスラは廊下の奥へと消えていく。
「枢機卿となにを話されていたのですか、お姉さま?」
「少しね……ああ、でもアリサにも知って貰っておいた方が良いかもしれないわね」
他言は無用と告げて彼女に先ほど彼と話していたことを教えると、アリサは顔を真っ青に染める。
「ナイさまを政治的な理由で聖王国に引っ張りだしたら……凄く大変なことになりませんか。いや、まあ……先日はナイさまとアルバトロス王国にお願いして公式訪問にさせて頂いたので私たちが言える台詞ではありませんが」
アリサも理解しているのに派閥の長を務める黒衣の枢機卿が状況をきちんと理解できないとは。彼は聖女ウルスラの聖痕と力の発現に今まで我慢していたものが噴出してしまったようだ。今回の件はきちんと聖王国上層部に報告してナイさまにも伝えておこうとアリサと話し、先ずは大聖堂でお務めを果たすのだった。